【対談】ブック・コーディネイター内沼晋太郎さん×YADOKARI|100 PEOPLE 未来をつくるひと。(VOL.001)

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YADOKARIメンバーが未来をつくるひと100人に会いに行く対談企画「100 PEOPLE 未来をつくるひと。」VOL.001は、ブック・コーディネイターの内沼晋太郎さん。下北沢の書店「B&Bのオーナーであり、『本の逆襲』の著者であるといった「本の未来」をつくる活動を軸に、横浜みなとみらいにあるシェア・スペース「BUKATSUDO」のクリエイティブ・ディレクターも務めるなど、多彩に活躍されています。今回は出版業界の内外で野心的な試みを続ける内沼晋太郎さんに、今ある現実の枠を超えて、未来を作る発想法について伺いました。(進行・構成 蜂谷智子)

左から時計回りに内沼晋太郎氏 YADOKARIウエスギセイタ、さわだいっせい
左から時計回りに内沼晋太郎さん YADOKARIウエスギセイタ、さわだいっせい。

壊すのではなく、考え直す。

── 「100 PEOPLE 未来をつくるひと。」企画のVOL.001の対談相手を内沼さんにお願いしたのは、内沼さんとYADOKARIは、「本」「家」と、それぞれ取り組む分野は違えど、スタンスや方法が似ていると感じたからです。 内沼さんは今でこそ下北沢の「B&B」という書店のオーナーですが、活動を始めて10年程は、書店や出版社や取次といった、本にまつわる既存の業界に属するのではなく、「numabooks」という自身のブランドを持って、業界の外側から「本の未来」を作るべくアプローチをされていました。

YADOKARIも代表の2人は元々WEBが専門で、住宅業界にいたわけではありません。しかし今では商業的なものも含めていくつもの建築プロジェクトを動かすようになっています。

両者とも、業界の外側に居たからこそ「本」「家」の固定化した概念を拡張したり、硬直化した業界に刺激を与えたりする活動ができているのではないでしょうか。

B&Bは下北沢にある書店。「これからの街の本屋」をコンセプトに、営業している。本のセレクトに加えて店内で飲めるビールやコーヒーのおいしさや、毎日行われているトークイベントの面白さも評判が高い。
B&Bは下北沢にある書店。「これからの街の本屋」をコンセプトに、営業している。本のセレクトに加えて店内で飲めるビールやコーヒー、毎日行われているトークイベントも評判が高い。

内沼晋太郎さん(以下、内沼) そうですね。ぼくは「本」をもう少し広く捉えなおすべきだと思っています。

例えば、ひとくちに「本が好き」と言っても、人それぞれ「好き」と感じて大事にしている要素が違います。エンタテインメントとしての「物語」も、仕事に役立つ「情報」も、一見ムダだけど知的好奇心を満たす「知識」も、人生の様々な局面に実用的な「ノウハウ」も、あらゆる「中身」がすべて、本に書かれています。それらを読むことに即効性のようなものを求める人もいれば、中長期的に人生に作用することを求める人もいる。さらにただ「中身」を読みたいだけではなく、それが書かれた本を「モノ」として物理的に所有したいという欲求があったりもして、その中でも「コレクション」として綺麗に保存する人の欲求と、「道具」として直接線を引いたり書き込みをしたりして使う人の欲求とは、全然別です。まだまだ、言い出したらキリがありません。

「本とは何か」という本質についての認識には、大きな個人差がある。そういう前提に立って考え直すと、必ずしもこれまで出版流通が扱ってきた紙の本だけを「本」としなくてもいいわけです。誰かにとっては、それが電子書籍やウェブサイトでも構わないでしょうし、あるいは音楽や映像でもよかったり、具体的な場所があってそこで人とコミュニケーションすることでよかったりもする。

出版流通に乗っている紙の本だけを「本」としてしまうと、従来の出版業界の衰退とともに「本」が「元気がない」「なくなっていく」ということになってしまう。けれどこうした「本」の本質についてあらためて考えてみると、実際はただ「本」の領域が広くなってきているだけ、形が変わってきているだけと捉えることができます。

ぼくのこのような考え方を、「本」に対する冒涜だと感じる人もいるかもしれません。けれど一方で、「本の仕事に就きたい」と考える学生や転職希望の人に対して、出版業界のベテランの方々はすぐに「やめておけ」と言う。ぼくはそちらのほうがずっと「本」に対する冒涜だと思っています。出版業界全体の売上が下がっているからといって、素晴らしい物語に感動したいという気持ちや、世界についてもっと知りたいという知的好奇心が、人々から失われているということではない。「本はこんなに面白いよ」「本の領域はこんなに広いよ」と言い続けることで、広義の「本」に面白いプレイヤーが集まってくるようにしたいと考えています。
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── 固定概念の枠を外し本質を見つめることで、見落としていた豊かな可能性に気づくということがあるのかもしれません。その発見のプロセスは、本に限らず様々な分野においても当てはまるのではないでしょうか。

YADOKARIウエスギ(以下、ウエスギ) 僕らは2011年3月11日の震災が大きなきっかけとなって、住まいを考え直す活動を始めました。35年のローンを組んだり、高い賃貸の家賃を払ったりして、家族との時間も満足に持てず、住宅のために働くという生き方でいいのかと。

本当の豊かな時間を過ごしたいと思ったときに、住宅にまつわる金銭的負荷が大きなデメリットとしてあって、そのひとつの解決法としてのスモールハウスを軸に、『未来住まい方会議』としてメデイア発信を始めたという経緯があります。

YADOKARIさわだ(以下、さわだ) 震災後、宮城県の女川町に建築家の坂茂さんが作った中古コンテナを使った仮設住宅にもインスパイアされました。震災前から、アメリカで余っているというコンテナを住居に活用した、土地やローンに縛られない暮らし構想していたので、「自分が考えていたものはこれだ」と、可視化されたのです。

坂茂さんの作品は仮設住宅ですが、一般的な住宅の選択肢としてもスモールハウスを世の中に提案していくことにしました。

坂茂氏による宮城女川町に建設された仮設住宅。コンテナ多層仮設住宅。(出典:坂茂建築設計ホームページ)
坂茂氏による宮城女川町に建設されたコンテナ多層仮設住宅。(出典:坂茂建築設計ホームページ

── 今、世の中にあるもの。その形が窮屈だとか、行き詰まっていると感じたとき、仕方ないと諦めることや、こんなはずじゃなかったと怒りをぶつけることは簡単です。

しかしそこで立ち止まって、自分が好きなこと、活かしたいものについてじっくりと考えなおすことでしか、前に進めないのかもしれません。

大きすぎる世界に、どう対峙するか。

── 広い視野で既存の業界を考えなおし、アイデアを具体化するなかで、阻害となるものはありますか?

内沼 阻害しているのは、出版業界の大きさですね。僕が20代前半にやってきたような本にまつわる実験的なプロジェクトは、それぞれに「そうするしかなかった」という側面がありました。

本を日本全国津々浦々に安価に届けるため、何千社という出版社と一万何千店という書店が、取次と呼ばれる物流と金融を合わせ持った卸会社を通じて取引しています。書店には注文をしなくても勝手に新刊が入ってきて、利益率が低いかわりに返品ができる。大量に流通して大量に返品が出るこの大きな仕組みの中で、実験的なことをすることはとても難しい。一方、出版業界の仕組みの外側にいると、モノを仕入れることができなかったり、できても利益率が低すぎて商売にならない。だから実験的にならざるを得ない。

これまで10年くらいずっと外側をぐるぐる回ってきて、いま「B&B」という新刊書店をオープンしてやっと、内側にも場所が持てたという感じです。流通に関しても業界最大手のひとつであるトーハンを通しています。ある意味わざと業界の流儀に則っているところもある。今度は、内側からじわじわ何かできないかということを考えているんです。

内沼さん2013年の著作。出版業界の仕組みを分かり易く示しながら、その未来を論じている。
内沼さん2013年の著作。出版業界の仕組みを分かり易く示しながら、その未来を論じている。

ウエスギ 僕らも住宅業界の外側でウェブメディアをやりつつ、いろんな人とコミュニケーションをして、そのなかでやれることをやっていくというのを2、3年やっています。実はそれがようやく現実化する流れが起こり始めているのが僕らの現状なので、内沼さんが周辺から内側に入って実験的なことを行えるようになった経緯に、とても興味がありますね。

できることから、やっていく。

── 内沼さんもYADOKARIも、業界の外側に居て「本」「家」を考えなおし、実験的な活動をしていたところから、今は実店舗を持ったり、実際にスモールハウスを作ったりして、業界の内側に入り込もうとしています。

その移行に関して、何かノウハウはあるのでしょうか。色々とチャレンジをしても、周辺的な活動に止まっていて、なかなか大きな一歩に繋がらないという人も多いと思いますが。

内沼 どうなんでしょう。僕は「色々やっているんです」って言う人ほど、実は何もやってないんじゃないかと思っています。僕がやっていることなんて、例えば「B&B」のように新刊書店のレジ横で生ビールを出すこととか、既に何万人もの人が、頭の中では「あったらいいな」「できたらいいな」と思いついたことだと思うんですよね。でも誰もやらなかった。

思いつきのアイデアそれ自体には、ほとんど価値がないんです。「できない」と多くの人が諦めていることを、まずやってみることからしか始まらないのではないでしょうか。

僕たちのほとんど最初のプロジェクトである『文庫本葉書』は、友人が主催するクラブイベントで古本を売って欲しいと頼まれたのがきっかけで始めました。普通は「クラブで古本なんか売れない」と考える。けれど22歳のぼくは、面白そうだからやってみることにした。どうやったら売れるか真面目に考えた結果、古本の文庫本の気になる一節を引用したものを印刷して、中身が見えない状態に包んで売るというアイデアを思いつき、実際にやってみた。

儲かりもしないし、手間もかかります。それを厭わず本にまつわる面白いことをできる範囲でやって来た結果、見ていてくれた人がいて、その人が新たな話をくれるようになって……ということが、わらしべ長者的に続いていまの僕があると感じています。

きっとYADOKARIさんも同じなんだと思います。ものすごく高いハードルを最初から設定していたわけではなく、とりあえず自分が出来るウェブメディアの運営を始めた。それを積み重ねていった結果メディアとしての力が付いて、実際に人手なり土地なりが提供されるようになってきたのではないでしょうか。

文庫本葉書は内沼さんがブックピックオーケストラとして活動していた時に始めた企画。ハガキのように誰かに送ることもできる。
文庫本葉書は内沼さんがブックピックオーケストラとして活動していた時に始めた企画。自分で封を開けて本の世界を楽しむことはもちろん、ハガキのように誰かに送ることもできる。

さわだ そうですね。僕らは戦略的に活動することで失ってしまうことが多い気がしたのです。そこで、お金とかそういうことはとりあえず考えずに、共感を持ってくれる仲間を集めてムーブメントを作ろうとウェブメディアを始めました。それを世間の人が見てくれたら、戦略を持って事業計画を立てるのとは別の形で、いろんなものが動き出すのではないかと思ったのです。

実際にそういう動きが起こっていて、読者で構成される「YADOKARIサポーターズ」から立ち上がった小屋部は、今年の5月に発足して、すでに5軒も小屋を建てています。年末までに更に2軒の小屋を建てる予定です。

虎ノ門ヒルズの小屋展示場で公開されたgreenz.jp代表 の鈴木菜央と YADOKARIがコラボレーションした小屋。施行は小屋部。
虎ノ門ヒルズの小屋展示場で公開されたgreenz.jp代表 の鈴木菜央さんと YADOKARIがコラボレーションした小屋。設計・施行は小屋部。

ウエスギ 2014年11月現在で1100人くらいYADOKARIのサポートメンバーが集まっています。僕らが運営するメディアに対して企業から依頼があると、サポーターの中で手を挙げた人たちでプロジェクトを組んで、プロボノ的に取り組む仕組みです。

そしてサポーターの活動を、僕らがメディアで発信していくことで逆にサポートするという、良い相乗効果が生まれています。新たな組織の形が出来上がる手応えを感じているところです。

── 内沼晋太郎さんは、「B&B「BUKATSUDO」の他にも大型書店のプロデュースや本で街を変える提案など、活躍の場を広げています。YADOKARIはますます拡大する小屋部の活動の他にも、都内近郊にスモールハウス・ヴィレッジを作る計画を進行中とのことです。

前向きなチャレンジを続ける両者の活動を、ぜひ店舗やイベントスペースに足を運んで体験してみてください。きっと刺激を受けるはずです。

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