人と本の交流を考えたら”無人”になった。古本屋「BOOK ROAD」の小商い

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東京の三鷹駅から徒歩12分ほど歩くと見えてくる三谷通り商店街。駅から少し離れたこの商店街に無人の古本屋「BOOK ROAD」がある。駅から少し離れた三谷通り商店街は、目立った観光スポットも見当たらないので、地元の人以外はなかなか訪れることがない場所だろう。

全国を探しても無人の本屋は数えるほどしかあるまい。なぜこのような本屋を営むことになったのか? 今回は「BOOK ROAD」を営む中西功さんにお話を伺った。

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取材に訪れた「BOOK ROAD」はガラス張りの路面店で、2坪ほどの小さな店だった。

商店街に面した店内には4つの棚が並び、店のドアは開放されている。店内に従業員さんはない。普通の本屋には必ずあるレジが見当たらない代わりに、会計用のガチャガチャが置いてあるのが見える。

街の本棚をつくりたい

中西さんは、2012年の4月に「BOOK ROAD」を開店した。

都内の大手IT企業で働いているサラリーマンの中西さんは、本は大学時代から読むようになり、開店前の蔵書は約1000冊、ゆくゆくは本屋になりたいと考えていたそうだ。そもそもなぜ無人の古本屋を作ろうと思ったのか、その発端を聞いてみた。

「もともと頭の中にアイデアはあったんです。よく田舎の路上にある無人の野菜売り場ってあるじゃないですか、あんな本屋を作れたらいいなと思っていたんです。僕は本屋さんは街の公共施設だと考えています。周囲に住んでいる人との関係性で本屋は成り立っていると思うんです。だから、地域の本棚のような本屋さんを作りたいと考えていました」

コンビニは街にある冷蔵庫のようなものだし、本屋は本棚の機能を持っている。つまり、欲しいものを全て自分の家に置く必要はなくて、その都度適切な場所に足を運べば必要なものは手に入るという考え方は小さな住まい方にも活かせる。

アイデアこそ持っていた中西さんだが、お店になっている物件を見つけるまでは店を始めようと思っていなかった。現在の物件は、商店街を歩いている時に偶然張り紙を見つけて発見したそうだ。問い合わせてみるとそこまで家賃も高くない。ならば始めてみようと思い立ち、中西さんは開店の準備を始めた。

人と本の交流を考えたら「無人」になった

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取材時もお客さんが来店し、本を選んでいた

「物件が見つかった後に、どんなお店にしようか考えてみたんです。街の本棚としての本屋を考えたときに、人がいると入りづらいじゃないですか。それに、僕はサラリーマンをしているので常に店にいられるわけじゃありません。開店前に本屋をやっている先輩に『立ち読みだけで帰られると少し嫌な気分になる』という話もきいていたので、僕もそういうストレスは抱えたくないし、お客さんにも店員さんを気にすることなく本に親しんで欲しいと思って、それで出てきたのが現在の形です」

街にある本棚のように、お客さんと本が交流する場をつくりたい。そんな思いから中西さんは無人の古本屋を開くことを決めた。店員さんの視線を気にしないお店がつくれたら、商品と集中して向き合える。衣料品店で試着だけして帰ったり、本屋で立ち読みだけして帰ると、なんとなく後ろめたい気持ちになるけれど、無人商店ならば、そのような感情を抱くことは少ないだろう。

ほんとに無人で大丈夫? 開店の不安と懸念

ここでひとつ気になったことがある。無人でお店をすると、商品が盗まれてしまったり店を荒らされたりする可能性を考えてしまうが、開店前の中西さんに不安はなかったのだろうか?

「僕もそれは考えましたし、無人本屋の話を親に話したら反対されました。『なに言ってんの? 盗まれるに決まってる』って(笑)。もちろん若干の不安はありましたけど、それでも大丈夫かなと考えていたんです。都心に近いといろんな人が来ますけど、ここは地元の人が行き来する場所ですし、変な人も来づらいと思ったんです。売り物にする予定の本はほとんどが蔵書だったので、盗まれてもそんなに痛手ではなかったですし」

商店街という周りの環境や、売り物が蔵書だったという条件に加え、中西さんには無人本屋に対する好奇心があった。

「無人の古本屋って面白いじゃないですか。無人の野菜売り場みたいに、地域の人を信じて実験的に始めてみたらどうなるのかを確かめてみたかったんです」

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地域の人を信じてみたい。その結果がどうなるのか知りたい。お人好しすぎるかもしれない営業方法は小商いだからこそ実現できたものだろう。これが銀行から借り入れをしたりすれば、中西さんのような選択はできなかったに違いない。店を始めた1週間は、中西さんは念のため店の奥のスペースに待機していたというが、懸念は杞憂になったのだろうか?

「開店してみると本を盗まれたりすることは全くなかったんですよね。ここは人通りも多い場所ですし、地域の人が行き交う場所なので、悪いことはしづらいみたいです。最初のうちは朝シャッターを開けて、夜には閉めていたんですが、今ではシャッターは開けっ放しで、24時間営業しています」

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無人営業を選ぶことへの不安は、幸い取り越し苦労に終わった。開店してからもうすぐ2年になる「BOOK ROAD」は、地域で「ガチャ本屋さん」と呼ばれ親しまれているという。お客さんは初老のおばあちゃんから、子どもまでさまざま。子どもからガチャガチャをしたいとせがまれて本を購入していくお父さんもいるそうだ。

レジの代わりはガチャガチャマシーン

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中西さんのお店では会計用にガチャガチャの機械が置いてある。「BOOK ROAD」では、これがレジの代わりになっている。本棚に並べられた本の後ろには値段が書かれたシールが貼ってあり、店内には300円と500円の2種類のガチャガチャを用意してある。該当する値段分カプセルを購入すれば会計は終了。本は無事お客さんのものになる。

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たとえば、この本は300円のガチャガチャを1回、500円のガチャガチャを1回まわせば購入できる

「会計の方法は最初、ガチャガチャか賽銭箱で考えていたんです。でも賽銭箱じゃ面白くないのと、ガチャガチャって買うのも楽しいじゃないですか、それで今の形に変えました。ガチャガチャの機械は3万円しないくらいでインターネットで手に入るんですよ」

店の壁には会計の方法が書かれたイラスト入りのポスターが貼ってあり、これは中西さんが元同僚に描いてもらったものだ。

筆者も取材時に本を購入させてもらったが、ガチャガチャを回す瞬間は子どもの頃を思い出して楽しくなってしまった。ガチャガチャを回すとカプセルが出てきて、中にはビニールの手提げ袋が入っている。こうした細かい心配りや購入の楽しさがあると、次も買ってみようかなという気になってしまう。

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筆者も本を2冊購入、右側に見えるカプセルには持ち帰り用の手提げ袋が入っている

選書のコツは「あえて無駄を出す」こと

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古本屋は、店主によって扱われている本のジャンルが異なる。店ごとに異なるチョイスも来店する楽しみのひとつだが、中西さんの店には、実用書から社会・経済、芸術、哲学・思想など偏りなく様々なジャンルの本が並んでいた。中西さんは本のチョイスにこだわりはあるのだろうか?

「僕自身好きなジャンルもあるんですが、立地が商店街ですし『街の本棚』を目指しているので、ジャンルは幅広く、難しすぎないように選んでいます。ここに並んでいる本は、たいていが僕が読んだ蔵書なんですが、最近では人からもらった本もここに並べています。本をもらう相手は友人の場合もありますし、何も言わずに段ボール4箱分の本を店に置いていってくれた人もいました。売るものも販売の方法も、この店は人の善意で成り立っていると思います」

中西さんは「本棚をつくるためには、無駄な本も置かなければいけない」という考えを持っている。何もない部屋が無機質で味気ないものに思えるように、本棚にも雑音にあたるものが必要で、無駄があると本棚全体の魅力も増すと考えているそうだ。

「僕はIT企業で営業職として働いています。会社は合理的な企業風土なので、古本屋の方は非合理な方向で進めたいと思っています。無駄を削ぎ落としたロジカルシンキングでは見えないものがあると思ってるんです。それが全てだと、ネットショッピングの安いものしか売れなくなりますけれど、社会の中の余白というか、無駄の中に面白さが生まれるんじゃないかと思うので、それを大事にしながらやっていきたいんです」

「BOOK ROAD」の由来

ちなみに「BOOK ROAD」の名前は、中西さんのお店の構想に由来しているそうだ。

「これから全国に『街の本棚』を増やしていきたいと思っているんです。自分でお店を開いていくのは難しいけど、たとえば、趣旨に賛同してもらえるお店に小さな本棚を置いてもらって、僕が選んだ本をお店に送れば、全国にいくつも小さな本屋さんができると思うんですね。それをつなげば日本地図に本の道ができる。『BOOK ROAD』という名前はそういう構想から生まれたんです」

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人口や購買者の数の問題から、閉店していく地方の本屋は多いという。一方で、売り切れずに捨てられていく古本も多いそうだ。中西さんの考える方法なら、飽和した都心の古本を地方で活かせるかもしれない。

中西さんはこの箱本屋さんに協力してくれる人を募集しているそうだ。喫茶店やパン屋さんや衣料品店の片隅に本が置かれていてついでに買い物できる、そんな風景はとても文化的で気持ち良いものになるだろう。

道はひとりではつくれない。選書は人それぞれに違うから、同じような方法で、いろんな人がいろんな「本の道」づくりをしても面白いかもしれない。中西さんの構想した道が現実になる日が来るといいなと思いながら、店を後にした。

箱本屋さん募集中!

BOOK ROADでは、記事の中でご紹介した箱本屋さんにご協力してくださる方を募集しています。お問い合わせは、以下のメールアドレスからご連絡ください。

無人古本屋 BOOK ROAD
東京都武蔵野市西久保2丁目14-6 亀松荘1階西側部分
bookroad.mujin@gmail.com
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