Art Is Living Magic.

遊具にも舞台にもなるアートフィールド「Mi Casa, Your Casa」

EMMAOSLOプロフィールアイコン | 2014.10.24
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米国ジョージア州には、ウッドラフ・アートセンターという芸術文化総合施設がある。シンフォニーホールやアトランタ随一といわれるハイ美術館からなるこのセンターは、クラシック音楽やコンテンポラリーダンスを含め、多彩な芸術活動の場として有名だ。

センターの屋外広場では、2014年11月2日まで、《Mi Casa, Your Casa》という面白いインスタレーションが開催されている。この作品は、現代のメキシコを代表するデザイナー、エクトル・エスラウェイグナシオ・カデナによるもの。彼らは組み立て式のフレームを利用し、大きさ約2.5×2.5×3.2mの家を36個つくり、ビビッドな赤い集落を誕生させたのである。

くつろぐための「家」

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リチャード・マイヤーやレンゾ・ピアノの白い建築に映えるこのインスタレーションは、ラテンアメリカの活気あるストリートからも影響をうけているという。 作品タイトルは、スペイン語の “Mi casa, su casa.”(「私の家は君の家」=「どうぞ、くつろいで」の意)からきている。文字通り、美術館を始めとする芸術の場を地域社会に開かれたものにし、気軽にくつろげる暖かなスペースへと変容させることが目的だ。

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家のところどころにはハンモックやブランコが吊り下げられ、一見すれば「遊具のようなアート」という感じだが、この作品は、たとえば一昔前のイサム・ノグチによる《Black Slide Mantra》のように、その遊戯性をメインに押し出しているわけではない。ミニマルなグリッドを意識するなどデザイン的要素も強いし、なによりフレームだけからなるので、どこでも組み立て・撤去可能だ。確かに家という輪郭を保っているものの、それは具体的な使用のための形というより、むしろ「Home Sweet Home」の精神を表象したものと考えられる。

もちろん気兼ねなくゆらゆらとシエスタできるのは楽しいが、ハンモックの網やブランコは取り外し可能で、常に設置されているわけではない。つまり、家の中身は空っぽが基本形ということになる。公園の滑り台やシーソー、ジャングルジムといった遊具のように用途がはっきりしているわけではなく、とても抽象的なのである。

舞台としての「家」

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それはある意味、「余白の美」=「創造の余地」が残されているということでもある。《Mi Casa, Your Casa》は一つの作品であると同時に、さらなる表現の可能性を意識した、いわばフィールドでもあるのだ。だからこそ、そこでは様々な活動を催すことが許されている。たとえばアーティストのケビン・バードは、蛍光灯を利用したミニマルなライティングをおこなった。

他にもCORE Performance CompanyThéâtre du RêveThe Object Groupgloなどがパフォーマンスアートを披露。パフォーマーにとってみれば、この家も立派なステージの一つなのである。

さらに面白いのは、アート活動に関わっているのが、アーティストだけに限らないところだ。このセンターは美術教育や普及にも力を入れているので、週末の午後にはファミリー向けのワークショップが催されるし、ティーンの子どもたち若者が参加できる体制も整っている。彼らは家に飾りつけをしたり、周りの地面にチョークアートを描いたりして、《Mi Casa, Your Casa》をより楽しいものにしてくれている。

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集うための「家」

《Mi Casa, Your Casa》には、もちろんアート以外のもっと身近な活用法もある。ピクニックをしてもいいし、家の上部に布を張って文字通り屋根にすることもできるので、テーブルや椅子を置けば、友達や家族で集える東屋にもなる。

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そう、この家は一般の広場や公園など、あらゆるパブリックスペースでも十分設置可能な作品なのである。一つ置くだけでも、とてもモダンな雰囲気を演出できそうだ。

日本人的感覚からすると、この中に入って花見をしても面白そうだし、アメリカ人ならばBBQをしたくなるだろう。フランス人風にいえば、古本市を開きたい衝動に駆られるかもしれない。犬の散歩の合間にちょっとハンモックをかけてくつろぐのもいい。公園に置けば、ママ友やご近所の集まりにも一役買ってくれるだろう。屋根を張れば少しの雨をしのぐこともできそうだし、それならバス停に設置してもよさそうだ。

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きっかけとなるデザインさえあれば、私たちは一人一人が想像力を働かせてその使い道を探すことで、自分の心地よいと思う空間を創造できるのである。

現代社会においては、もはや建築が建築である必要も、アートがアートである必要も、デザインがデザインである必要もない。アートが建築であってもよいし、デザインがアートであってもよいのであり、逆もまたしかりだ。最終的には、観者の感性にかかっている。こうしてジャンルの境界が曖昧になることで、芸術が社会にもたらす役目も、我々の生き方も、少しずつ進化してきているのではないだろうか。

Via:
mihighyourcasa.tumblr.com
atlantaintownpaper.com
www.domusweb.it
flickr.com/highmuseumofart
atlanta.net

 

 

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Writer EMMAOSLO

世界の小さな住まい方ライター担当。

大学、大学院と現代美術史を専攻。ミニマルアートのことばかり考えて過ごし、その流れでYADOKARIに行きつきました。

「どんなスペードもハートを内包しているように、ミニマリズムにも独自の温かさがある」をモットーに、ミニマルハウスの新たな可能性を模索中。

HP:emmaoslo

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