Art Is Living Magic.

記憶を語るイランの壁―肖像画家Darvish Fakhrが捉えたもの

EMMAOSLOプロフィールアイコン | 2015.5.2
  • facebookでシェア
  • ツイート

Back_Way_Home

僕らの生活は、日々何かを記録し、そして更新することで生まれる。特にタブレットPCやスマートフォンを駆使する現代人にとって、SDカードやUSBといった記録媒体の利用はもはや安全策で、今はそうしたアーカイヴをクラウド上で管理したり、即SNSに投稿したりするシステムが幅を利かせている。どうやら人は、記憶を一定の場所に固着させるのではなく、できるだけ公開し、世間に流して緩やかに広め、社会の波の上を漂わせる、つまりフロートさせることに興味があるらしい。

この現象は、分厚いアルバムに写真を一枚一枚保管していた時代からすると考えられないことだが、面白いのは、こうしたシステムが果たして最先端のものかというと、そうでもない点である。昔から現在に至るまで、人々はエレクトリックなものに頼らずとも記憶をうまく共有してきた。そのための空間とは、いわゆる「雲(クラウド)」ではなく、「壁」であった。

人間には、壁にあらゆるものを貼りつけたがる習性があるらしい。写真、絵、ポスター、新聞記事の一部。そこには誰かの人生の残り香が断片的に付着している。特に公共の壁面は、個人の記憶を、社会の中で他者と広く分かち合える場である。そうした空間に残される痕跡の数々は、今という時代を共時的に切り取った何気ないものにすぎない。しかし通時的にみると、貴重な記録の積み重ねであることに気づく。今というこの瞬間の壁は、100年前にも、10年後にも、1週間後にでさえ存在し得ない記憶の組み合わせから成るものであり、ゆえにその表層は絶えず流動的なのである。

肖像画家Darvish Fakhrの遍歴

img_3176_(1)__medium
画家Darvish Fakhrは、イランの街角にある壁面を描いた作品で知られるアーティストだ。イラン系アメリカ人の彼は1969年にテヘランに生まれ、アメリカで育った後イギリスに渡り、1997年にロンドン大学スレード校美術学部を卒業。それから現在にいたるまでイギリスを拠点に活動中である。

彼の専門は肖像画だ。ナショナル・ポートレート・ギャラリーからBP Travel Awardを授与されたこともあり、また気鋭のダンサーで振付家のAkram Khanの肖像を描いて同ギャラリーの永久コレクション入りを果たすなど、着実なキャリアを積んできた。

npg_npg_6847_large
2014年の秋には初の個展も開き、従来からの油彩による肖像画のほか、インスタレーションやデジタル作品など制作の幅を広げた。最近のアーモリー・ショーでは、面白いパフォーマンスを披露してちょっとした話題にもなった。

イランの記憶をたどる

ripped_Ghajar
Darvish Fakhrは、2004年に父方の母国であるイランを訪れたのがきっかけで、以来、その文化を積極的に作品に用いるようになる。彼はイランという国が実は包み隠された真実に満ちていて、その内情は部分的にしか明らかにされていないと語る。そしてそのヴェールを剥がすべくモチーフに選んだのが、公共の壁面だった。

そこでは人々のさまざまな思いが錯綜している。壁に貼られた誰かの写真、死亡記事やポスター。それらは太陽の光で日々色あせ、あるいは雨風にさらされながら、上からさらに新たな記憶が重ねられていく。こうしてできた多層的な壁面から、彼はイランの埋もれゆく歴史を手繰り寄せようとするのだ。

mullah_against_pink_wall_173_by_151cm_2014-2__large
時にはこのように、登場する人物が壁に描かれた絵なのか、実際の人間なのか、ぱっと見ただけでは識別しづらい作品もある。一見リアルな肖像のように見えても、実はよく見ると、上から文字が重ねてあったりする。これは、現代人もやがて過去になっていくという、一種の暗喩なのかもしれない。

記憶との向き合い方

Free_Bahar
画家はキャンバスに絵具がどのようにいきわたるか、細心の注意を払って筆致を重ねていく。描けば描くほど、痕跡の一部は失われ、また一部は新しい視覚効果としてアップデートされていき、そうしてできた痕跡の集積が、やがて一枚の絵画となっていくのだ。その仕組みは、何層もの記憶で埋め尽くされた壁面と、どこかでシンクロしているようにも思う。Darvish Fakhrの描く作品の数々は、日々失われては加えられていく記憶を留めようとすることの「不可能性」から始まっており、それがゆえに人々の心を強く動かすのである。

ひるがえって僕らの日常生活を顧みると、記憶の身近な共有の場が「壁」から「雲(クラウド)」へ変容してきているのを実感したとしても、そこには同様のことがいえると思う。デバイスはデータのアップロードも、ダウンロードも、バックアップも担ってくれるが、それをどう記憶していくかは、結局のところ一人一人の力量にかかっている。僕らはエレクトリックな「画力」を手に入れたが、だからこそ、日々の儚い一瞬一瞬を大事に生き、その記憶を目に焼き付けては心に刻むといったシンプルな感性も、生きる術として鍛えていたいものである。

Via:
bbc.co.uk/arts
eoaprojects.com
darvish.com

 

  • facebookでシェア
  • ツイート

YADOKARI「未来働き方会議」オープン!

EMMAOSLOプロフィールアイコン

Writer EMMAOSLO

世界の小さな住まい方ライター担当。

大学、大学院と現代美術史を専攻。ミニマルアートのことばかり考えて過ごし、その流れでYADOKARIに行きつきました。

「どんなスペードもハートを内包しているように、ミニマリズムにも独自の温かさがある」をモットーに、ミニマルハウスの新たな可能性を模索中。

HP:emmaoslo

EMMAOSLOの執筆記事一覧 »

▼「未来住まい方会議 by YADOKARI」の購読はFacebookが便利です。