前回記事から3カ月近く空いてしまい、すみません。その間に、7日間250kmを走る「サハラレース」の30代部門で優勝してきました。恐縮です。

ナミブ砂漠での開催なのに「サハラレース」なのは政情不安による代替地開催だから。

ナミブ砂漠での開催なのに「サハラレース」なのは政情不安による代替地開催だから。

 

レース中はテント生活。着られる寝袋は寒い砂漠の夜にも対応したミニマルルック!

レース中はテント生活。着られる寝袋は寒い砂漠の夜にも対応したミニマルルック!

上毛町1 田舎暮らしのフロンティアが、ここ、上毛町にもあります。

福岡の東端、大分との県境にある上毛町は地理的に見ても「辺境」です。その中でも、一際ひっそりとしているのが山の行き止まりにある有田地区。棚田の緑と石垣の対比が美しい11軒の民家からなる小さな集落です。数年前までは、住んでいる人以外ほとんど訪れることのなかった集落の古民家に、今では年間1200人が訪れています。

この古民家こそが、僕の職場、「ミラノシカ」です。築100年を超える日本家屋をリノベーションした施設です。移住の相談窓口であり、コワーキングスペース、住民や町外からのお客さんとの交流の場でもあります。

平野部が霧に覆われて神秘的な雰囲気に。上毛町にて、2015年秋。

平野部が霧に覆われて神秘的な雰囲気に。上毛町にて、2015年秋。

<前回までのあらすじ> あな悲しや、ブラジルのジャングルを走って帰国後に待ち受けていたのは無職という現実であった。「いいとこあるよ」。知人の紹介で、無職透明にして色彩を持たない若岡は、なんとか仕事を見つけて福岡県に出稼ぎへ。向かった先は大分県に接する福岡県の小さな町だった(回想終了)。

ジャングル5-0 ジャングルを走るランナーはミニマリストでした。身につけるのはバックパックひとつ。1週間分の食糧からベッドまで生活の全てが背中に詰まっています。グラム単位で減らし重量はわずか10kg。小さな荷物を担いで得られたのは最上の日々でした。

わずか、と書きながらも10kgというと、重さにして大人のしばいぬ1匹分。背負って走り続けるには少し骨が折れます。少しでも軽くしたいというのが人情です。1時間ほど悩んでコーヒー用のカップを荷物から外したり、食糧は高カロリーなナッツを多めにしたり。涙ぐましい努力を重ねて誕生したミニマリストなのです。 ジャングルで汗と泥にまみれ、草むらがトイレ、ハンモックがベッドという半ば野生の暮らし。洗練されたイメージとはほど遠い、野蛮な姿でした。

ジャングルから最寄りのまちはとてもきれい。

ジャングルから最寄りのまちはとてもきれい。

ジャングルマラソンからちょうど1年がたち、砂漠を走ってきました。 今年はチリ北部で開催されたアタカマ砂漠マラソンに出場。こちらも1週間で250kmを走るレースです。結果は168人中、日本人最高となる27位でした。 日中は30~35℃、夜間は-3℃という寒暖差に加え、最高標高3000mと高山病にも苦しめられるタフで楽しいレースでした。砂漠話をしたいところですが、帰国してそばを食べてひと心地ついたところでして、今回もジャングル編です。

ホテル代わりのハンモックは快適な寝心地。写真は福岡県上毛町にて

ホテル代わりのハンモックは快適な寝心地。写真は福岡県上毛町にて

バックパックひとつの旅が好きだった。最小限の荷物で飛び出すと、心まで軽やかに、自由になれる気がした。でも昔は知らなかった。軽やかさの代償に失われているものがあるなんて。ジャングルで過ごした1週間でちょっぴりそんなことを考えました。

Top