3人チームで本をつくる、葉山の小さな出版舎「ハンカチーフ・ブックス」

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「本は大きな会社が出すもの」と多くの人が思っているのではないでしょうか?しかし近年、コピー機などを利用して小冊子をつくるムーブメント「ZINE」や、YADOKARIが発行している月極本のような「リトルプレス」など、個人や小さなチームで本を出版する人が増えています。

2015年12月、目の前に海が広がる葉山の町で、小さな出版舎が生まれました。

出版舎の名前はハンカチーフ・ブックス。ちょうどハンカチをポケットに入れて歩くように、本をポケットに入れ、町や海辺で読んでほしい。という願いをこめてこの名前がつけられました。
その名前のとおりの薄くて軽い本で、ズボンのポケットにも入り、どこでも連れて歩けそうです。

この記事では、2015年12月に葉山で行われた「ハンカチーフ・ブックス」のトークショーをもとに、葉山の小さな出版舎をご紹介します。

小さな出版舎「ハンカチーフ・ブックス」

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そもそもハンカチーフ・ブックスってどのような出版舎なのでしょうか?立ち上げメンバーのひとり、”デザイナー&ディレクター”の渡部忠さんにお話を伺ってみました。(渡部さんの連載「葉山暮らし」はこちら ⇒ 葉山暮らし

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渡部忠さん(以下、渡部) 「ハンカチーフ・ブックスが生まれたのは、僕と妻が運営する「CORNER(コーナー)」というアトリエを開いたことに強く影響を受けています。そのアトリエにはワークショップやイベントに顔を出してくださる近所の方やお母さんたちがたくさんいらっしゃいます。特にお母さんたちとお話をしていると、 子育てをされて、家事をされて、限られた時間の中でワークショップに参加されたり、イベントを開催されたりと……、ものすごい密度で『暮らしてる』んですね。それが、『かっこいいな』『大好きだ』と心から思っています。」

渡部さんが奥さんと運営するアトリエ「CORNER」
渡部さんが奥さんと運営するアトリエ「CORNER」

ハンカチーフ・ブックスは「『暮らしをすこし上質にするヒントになるお話』を、この町に暮らす大好きな方々と共有していきたい、アトリエCORNERからお届けしたい」という思いから生まれました。

渡部 「最初に刊行する2冊の本でテーマにした『腸内細菌』や『禅の十牛図』は、生活の質感を上質にするヒントにあふれているテーマです。だから知らないのはもったいない。エッセンシャル(本質的)な暮らしを送っている方々にこそ、お届けしたいお話です。」

ハンカチーフブックスが最初に出版するのは以下の二冊。

【大切なことはすべて腸内細菌から学んできた~人生を発酵させる生き方の哲学(光岡知足)】
【僕が飼っていた牛はどこへ行った?〜「十牛図」からたどる「居心地よい生き方」をめぐるダイアローグ(藤田一照×長沼敬憲)】

一冊は腸内細菌の研究のパイオニア、光岡知足氏が長年の研究から見出した研究者の哲学。もう一冊は僧侶の藤田一照氏とハンカチーフブックスの長沼氏が、禅の十牛図をヒントに、心と身体について対談する内容です。

すこし難しそうな内容ですが、手にとってページをめくってみると、きれいな装丁やイラストが本の内容を和らげて読みやすくしており、最後まで一気に読めてしまいました。

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渡部さんは本をつくることを部屋づくりに例えます。それは「著者の話を聞くために、読者の方が遊びにくる部屋」。デザイナーの渡部さんは、文字組みやデザイン、装丁で、読者が手に取りやすい本を作ります。

渡部 「『僕たちはこういうことが気になってるけど、(読者さんに)一度遊びに来てみてくださいよ』って問いかけるような本が、ハンカチーフブックスの本です。」

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小さな出版舎ができるまで

「知ると面白いこと」「実はすごいこと」は世の中にごろごろ転がっています。それを分かりやすく伝えるための出版舎は、2人の発起人が立ち上げました。

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写真左:渡部忠さん 写真右:長沼敬憲さん

その2人とは、未来住まい方会議で「葉山暮らし」の連載をされている”デザイナー&ディレクター”の渡部忠さんと、長らく出版の企画・編集・プロデュースに携わってきた”出版プロデューサー&エディター”の長沼敬憲さん。
渡部さんと長沼さんはお二人とも葉山に暮らしています。

長沼さんと渡部さんの出会いは、長沼さんが、とあるお仕事を渡部さんに依頼したことがきっかけでした。
以来、親交が続き、ハンカチーフ・ブックスの構想が生まれたのは2015年の夏。渡部さんが運営するアトリエ「CORNER」で二人が話したことが、本をつくりだすきっかけになったそうです。

「葉山の海岸へ散歩で寄った途中に、ふと時間ができたら本を読んでもらいたい」「生活がすこし心地よいものになるヒントが得られる本をつくりたい」。なにより、「じぶん達がほんとうに読みたい本をつくりたい」そんな2人のやり取りから、小さな出版舎が生まれました。
2冊の本の編集作業は、その後すぐ、2015年の秋から始まったそうです。

どうつくってどう売るの?ミニマルな本の出し方

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記事の冒頭でご紹介した2冊の本を皮切りに、ハンカチーフ・ブックスでは、2016年も数冊の本を刊行する予定です。

編集作業は2015年秋からスタートしたことを考えると、ずいぶんハイペースに感じますが、今回の取材で、ハンカチーフ・ブックスでは、最小3人のチームで本がつくられていることを聞きました。

・エディター(著者へ取材や依頼をしたり、本の企画や製作を担当)
・デザイナー(本の外側をつくる)
・著者(本の中身を書く)

「この3名さえいれば本ができる」と聞くと驚いてしまいますが、先述した2冊の本も、ほぼ同じようなチームで本をつくったそうです。

長沼さんや渡部さんが小さなチームで本をつくるのは、良い本をつくるために逆算した結果だったと長沼さんは言います。

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長沼敬憲さん(以下、長沼) 「僕は長年出版の仕事をしているんですが、小さなチームならば、クリエイターが出版社を通さずに、企画から製本・印刷まですべてを手がけることができる。おまけにコストも抑えられて、シンプルな利益配分ができます。その方がクリエイターも心地よく質の良い本をつくれるのではと考えています。」

ハンカチーフ・ブックスでは、まず出版経費を回収することを目指して本をつくりはじめます。経費の9割になる印刷コストを回収して採算がとれるようになったら、次はかかった時間や労働に応じてチーム内で利益を配分していきます。この話を聞いた時、まるで一次産業のようなシンプルなシステムだと思いました。

世の中の多くの出版社はまず売ることを考え、そこから逆算して本の企画をつくり、制作現場は〆切に追われ徹夜をする人も少なくないそう。これではクリエイターも消耗してしまいます。

長沼さんはこれを逆からやってみようと思い立ちました。まず生活と仕事のバランスを整え「クリエイティブに集中できる制作現場」をつくる。次に「とにかく自分たちが最高と考える本をつくる」、そして最後に「つくった後にきちんと売ることを考える」それは出版業界の「当たり前」とは逆の発想です。

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長沼 「ハンカチーフ・ブックスを立ち上げる時に、『一旦売ることを考えることをやめてみませんか?』と渡部さんに伝えたんです。まず自分たちが買いたいと思う本をつくるために、心のゆとりをつくる。そのためにまず自分たちの「衣食住」を整える。結果としてチームのメンバーが気持ちよく、良いものを作り出せる。それが僕たちの理想の本のつくり方なんです。」

読者の生活の質を上げる、作り手の人生の質も上げる。それは小さいからこそできることなのかもしれません。

ハンカチーフ・ブックスでは、今後も4冊の本の出版を予定しているそうです。本は直販で販売し、大手オンラインサイトなどで販売することは考えていないようですが、だんだんと、本をご購入される方や、企業、団体、ワークショップ単位での大口購入も増えてきたようです。

■本はwebサイトから購入が可能です、webサイトはこちら
ハンカチーフ・ブックス

取材に向かった編集部スズキも一冊読んでみましたが、手触りもデザインもすごく心地いい本で、一気に読み終えてしまいました。今後どのような本が生まれるか、個人的にも楽しみなところです。

写真提供:ハンカチーフ・ブックス