「なぜ、ぼくらは本をつくりはじめたのか」― ALPS BOOK CAMPトークセッションレポート

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2016年8月5~7日、長野県大町市、木崎湖のほとりで「ALPS BOOK CAMP」が開催されました。松本市でブックカフェ&ホテルなど展開する「栞日 sioribi」さんが主催する同イベント。毎年全国から多くの方々が足を運ぶ人気のブックフェスティバルです。今年はYADOKARIにもお声かけいただき、出店とトークセッションの機会を頂戴しました。

6日に開かれたトークセッションでは、『月極本』編集長の宮下哲さんと書籍『未来住まい方会議』を刊行した三輪舎の中岡祐介さんと共に登壇しました。「なぜ、ぼくらは本をつくりはじめたのか」をテーマに4人で語り合った、トークセッションの模様をお届けします。

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YADOKARIファンともっと繋がるために作った『月極本』

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中岡:紙・インターネット関係なく、いろんな人たちが発信している時代にあって、本を売る側としても書店がどんどん増えています。つまり、いまは本に関わるプレーヤーがすごく増えている時代。そういった中で本の業界出身ではないYADOKARIのお二人が、何でまた本をメディアとして作ることにしたのか、うかがいたいですね。

ウエスギ:ホームページで世界中の小さな家をどんどん発信していたところ、月間で400万人ぐらいの方が見に来てくれるような巨大なサイトになりました。ただ、なかなかその温度感が伝わってこないというか。

さわだ:ウェブ上では簡単にコンテンツをワンクリックでシェアして、ものすごい“バズる”みたいなことってたくさんありますよね。何となく表層だけで「あ、楽しそう」とかっていうのは伝えられる気はするんですけど、何かこう深堀りされないっていうか。

ウエスギ:僕らの発信しているメディアが好きな人たちと、もうちょっとちゃんと繋がりたいなと思ったんです。そこで、じゃあ何かウェブじゃない方法でファンの方々と繋がる方法はないかなと考えたときに……

さわだ:何となく、それが本かなとは思ってはいたんです。でも、僕らはそれを作ったこともないし、どうしようかなと漠然といろいろ考えていました。ちょうどその頃YADOKARIのウェブメディアの編集長を募集していて、宮下さんが「ちょっと興味あるんで話がしたいです」ということで来てくださったんですね。

ウエスギ:そのときに、宮下さんが『月極本』の企画を持ってきてくださったんですよね。

宮下:この月極本自体のベースになった本で、80年代に出てた『週刊本』っていうのがあるんです。朝日出版から出ていたサブカル本で結構とんがっていて、形はまさに『月極本』と同じ形。紙の質感や手触り感を当時のまま再現して、中身はYADOKARIさんの今までの活動をベースにカルチャーに寄せた形で展開できないかと。最初にお会いしたときにいきなり「こういうのあります」というのをお見せしました。そしたら「これ面白いね」って、その場で共感してくれたというのが、そもそもの始まりですね。

月極本の原型となった週刊本 (PhotoVia:フクヘン)

ウエスギ:そうですね。『月極本』では、バスを車にして世界中を旅する人や移動しながらクリエイティブに住まう事例をたくさん取り上げているんです。

さわだ:リーマンショック以降にアメリカから「タイニーハウスムーブメント」が起きていました。車台の上にみんなでDIYをしてコミュニティーの中でお家を作っていくような、そういう事例を紹介したり、日本にない住まい方の選択肢を見せたりすることで、「住まい方はこんなに自由なんだよ」っていうものをこの本の中に閉じ込めています。

ウエスギ:50事例ぐらいは入っています。なので、これ見ると「ワクワクする」という人も多いですし、「高い賃貸に住んだり、35年ローンで数千万の家買うだけが選択肢じゃないんだ」と新たな発見があったという人もいます。暮らしの多様性を楽しんでもらえてるかなという感じですかね。

本はコミュニケーションがないと成り立たない

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中岡:インターネットで発信をしてきたYADOKARIのお二人にとっては、『月極本』を刊行したことで、それまでとはまた違う反応が実際にあったかと思うんですけれども、具体的にはどんな反応だったんですか?

ウエスギ:この間、岐阜で講演したときに、この本を抱えた女の子が駆け寄ってきてくれて、「バイブルにしてます」って言ってくれたんです。「これ見て今の彼氏と一緒に世界を旅しながら暮らそうっていうのを決めました」っていうことを言ってくれて、ちょっと涙が流れそうでしたね。ウェブで何百万人の方に見ていただいていても、その一言にはかなわないなっていうのがあって、さわだと泣きそうでしたね。

さわだ:彼女自身が本自体を相当読んでいるから、結構グチャグチャになってるんです(笑)本の風合いがいい感じに変わってて。それって僕らが目指してた形だから、そこはすごく感動しました。その意味では、ウェブでやってるよりもコミュニケーションが一歩近づいたというか。目の前に買ってくださる人がいて、その人といろんなことをお話できるっていう距離感は、ウェブよりもリアルの本のほうが近いんじゃないかと思いましたね。

中岡:ウェブは「発信する人」と「読者」を直接繋いでしまうがゆえに、その間には何にもないわけです。でも、本という物が間にあればそこにコミュニケーションが生まれやすい。逆に言えば、本はそれを運ぶ人、当然売る人、作る人がいるわけで、コミュニケーションがないとそもそも成り立たないんですよね。

簡単に本を作ることができる時代

ウエスギ:中岡さんにお聞きしたいんですけど、印刷コストが結構安くなってきて、ウェブでもライターさんが乱立している中で、自分たちでリトルプレスであるとかZINEとかいう形でフリーペーパーを出したりとか、小さなグループや個人が出版社をやって本を出したりするっていうことについては、まさに1人出版社を今やっている中岡さんから、どういうふうに見えているんですか?

中岡:背景としては、ウェブもいいんだけど、それだけではやっぱり伝えきれないものがあるってことにみんな気づき始めたんじゃないかと思います。だから、「やっぱり本や雑誌だよね」って再評価をしたうえでそれを作りたい人が増えてきた流れがあるんですね。

また、出版って広告宣伝費がないと、なかなか売り上げが立たなかったというところもありますけど、インターネットとくにSNSの普及でが出版社が読者へ、著者がファンへ直接拡散できるようになった。YADOKARIはそこが非常に強いなと思うんですけどね。すでにウェブの読者になっているひとたちに、直接リーチできるという強みがあるんです。

本を作りやすい時代に、自分で本を作って自分で発信することもまた楽しい。誰かに本を作ってもらうのもいいんだけれども、採算性含めてもっと自由にやりたいよねと。本を作るプロセス自体も楽しめるようになった時代だと思うんですよね。

ウエスギ:中岡さんは1人出版社で本を出版されてますけど、ぶっちゃけ「いや、こういうとこ大変だったよ」っていうところはあったりします?

中岡:いや、あんまりそれはないかな。例えば三輪舎から出しているYADOKARIの本と同じような本を中は全部モノクロで2000部作るとしたら、3〜40万ぐらいのコストで作れてしまうんです。そう考えると、そんなに投資もしなくてすむし、そんなにリスクもない。昔は本を作るのって、それこそ活版印刷で本当に文字を組んでるからすごく大変だった。出版はギャンブルだ、って昔はよく言われたそうで、それほどたくさんの経費がかかったんです。今はもうパソコンさえ使えれば安価にそして短期間で本を作れてしまう。だからこそ、丁寧に本を作らなきゃいけないなと思っていますね。

繋がりたい人たちと繋がるためのツールとしての本

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中岡:「本棚はなりたい自分を投影したものだ」という話をいろんな人が言っています。そう考えると電子書籍って、読まないと自分のものにならない。本の場合って読まなくてもある意味自分のものになるんですよね。

ウエスギ:確かに。本棚に自分の生きたい人生のテーマが見えますね。

中岡:僕は小さい頃から、悩んだときには本棚を整理するんです。本棚を整理すると「自分って昔こんなこと考えて、こんな本読んだんだな」って思い返す。忘れていた夢とか気持ちを思い出すと同時に、大事なこととそうではないことの整理ができるんです。いつの間にか心も整理されている。

物を持ちすぎてしまった時代への反動として“ミニマリスト”とか持たない主義っていうのが出てきたのんだと思いますが、だんだん「やっぱりやりすぎだよね」ってバランスとって「この辺がいいよね」っていうのを探ってる時代ですよね。今ってね。

ウエスギ:本当にいいものや自分の好きなものを皆さん選び始めているっていう感じはしますよね。リトルプレスも2000~3000冊も刷って、多分これを好んでくれる人たちがいるので、そういう人たちに僕らはきちんと届けられるようにっていうのを考えていますね。

中岡:いわゆるミニマリストと呼ばれるひとたちは蔵書を断裁して全部電子書籍にしてしまうんだけど、そうしてしまうと本の命はそこで終わってしまいます。それに、電子にしたらほとんど読まないじゃないですか。そうするぐらいなら、本はブックオフに売ったほうがいい。なぜかというと、いい古本屋が“せどり”して、それを提案して売ってくれる人がいる。本ってモノである以上、そこから誰かまた違う人のもとに行くっていうことも含めて本の良さだと思うので。

ウエスギ:自分の知識として習得するっていうこと以外にも、人と繋がったりとか。

中岡:そうそう。「これ面白かったから読んで」って言って渡してあげたらいい。すすめられた側がちょっと怒っちゃったりすることもありますけど、そういうのもひとつの面白さなのかなって思います。

宮下:そういう意味じゃ、こういうイベントもひとつの本を通じた繋がりですよね。

ウエスギ:今回、僕らもこれ呼んでもらったのは、栞日さんが『月極本』を扱ってくれているのがきっかけです。この本はいわゆる日販・トーハンさんのような大きな取次を通さず、全部直で僕らの本を買い取って、かつ置いてくれませんかってお願いしました。今は150店舗ぐらいが扱ってくれています。直接店主さんとコミュニケーションができるようになったことで、今回このイベントにも呼んでもらえたって思うんですよね。

さわだ:『月極本』を通して、繋がりたい人たちと繋がれたっていう、ひとつの実績ですね。

YADOKARIが考える、本当のミニマリストとは?

中岡:お二人は「ニューミニマル」という言葉を雑誌にも掲げていますが、新しいミニマルってどういうことですか?

さわだ:僕らはスモールハウスを作って販売もしているのですが、やっぱり物理的に空間小さいので、そこに置くものはすごく精査しないといけない。そうなると本当に自分の大切なものは何かっていう、物との距離感が分かるようになってくる。そういう意味では、新たなミニマルを知るための旅をしている感じですね。

ウエスギ:愛着のあるものを選ぶようにはなってきましたよね。個人的に本を3000冊ほどPDF化したんですけど、その中で20冊ぐらいのお気に入りは今も手元に置いてあるので、そういうものは毎日読み返したりするとか、そういうのはありますね。

宮下:結構メディアで取り上げられて曲解されてる部分も多いかもしれない。「物を捨てて断捨離する=ミニマリスト」になっちゃってる。

ウエスギ:そうですね。

さわだ:僕らがよく言ってるのは、昔からいるような、森の中でコンテナみたいなのを使って仙人みたいに暮らしているおじいちゃんとかではなくて、もう少し精神的にも洗練された暮らしをイメージしています。そういう暮らし方であっても、社会とちゃんと繋がって、コミュニケーションをちゃんと取って暮らしていくっていうような。そういう新たな暮らし方のテーマみたいなものを「ニューミニマル」という中で得ている感じです。

ウエスギ:ミニマリストの基盤としてあるのは「人と繋がること」。家族であれ、地域の仲間であれ、会社の人であれ、それをベースに幸せを作っていくということですね。そこには、コミュニケーションやリアルな温度感のある対話が発生する。でもそれって正直面倒くさい。チャット、メールでやり取りをすればいいんだけど、そうじゃない面倒くささを選択することに幸せのヒントが隠れてるんじゃないか。

中岡:開かれた環境や人間関係の中で、必要なもの、そして愛すべきものと一緒に暮らしていくというのがニューミニマルということなんですね。

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