第13回:加計呂麻島を訪れる人々|女子的リアル離島暮らし

YADOKARIをご覧の皆様、こんにちは。小説家の三谷晶子です。
加計呂麻島は夏真っ盛り。台風が連続して訪れていますが、晴れて海が荒れていない日は毎日のように海で泳いでいます。

泳いだあとのビールはこれこそが至福!という味がします。
泳いだあとのビールはこれこそが至福!という味がします。

さて、本日は、最近、島に訪れてくれた方々についてお話をしようと思います。

ライフスタイル誌『Roost』にて加計呂麻島での暮らしが掲載


先日の7/26発売の“暮らしは自由にデザインできる”をテーマとしたライフスタイルマガジン『Roost』にて特集『自然の中で暮らす6人のライフスタイル』にて4ページにわたり、私の加計呂麻島での暮らしを取材して頂きました。

鎌倉や糸島の特集もあり、読み応えたっぷり。個人的にもとても好きな雑誌です。
鎌倉や糸島の特集もあり、読み応えたっぷり。個人的にもとても好きな雑誌です。

どうして私が加計呂麻島に来たのか、島で暮らしてどのように自分の心境や暮らしが変化していったのかを素敵な写真とともに掲載していただいています。
取材チームの皆さんは、加計呂麻島に2泊され、撮影や取材の間の晴れた夜、一緒に海に入ったりと、取材自体もとても楽しいものでした。
雑誌全体の特集は『海暮らし、山暮らし』。よろしければぜひご覧くださいませ。

さて、雑誌の取材チームはもちろんのこと、加計呂麻島にはさまざまな人々が訪れています。

島を訪れてくれたYADOKARIメンバー


このYADOKARIで『バックパッカーワーキング』を連載しているスズキガクさんが先日、加計呂麻島を訪れてくださいました。
メールでのやりとりはしているものの、顔を合わせるのはお互い初対面。私が住む集落にある海辺でビールを飲んで、お喋り。

私が住む集落、諸鈍の海とスズキさん。「一緒にいるよ」とYADOKARIメンバーに連絡をしたら「黄昏てる」とからかわれていました。
私が住む集落、諸鈍の海とスズキさん。「一緒にいるよ」とYADOKARIメンバーに連絡をしたら「黄昏てる」とからかわれていました。

途中、YADOKARIの人々にFacebookのメッセンジャーで「加計呂麻島でスズキさんと会ってる」なんて報告したり。
初対面が島なんて何だか不思議な気持ちでしたが、とてもいい時間が過ごせました。

島がルーツの方が行った海辺の凱旋ライブ


また、先日には加計呂麻島出身で現在は関西をメインに活動されているミュージシャン、シーガン山下さんの帰郷ライブが行われました。

ステージセットは空と海のみ。最高のロケーション。
ステージセットは空と海のみ。最高のロケーション。

バックバンドを引き連れて海辺での凱旋ライブ。島の人々が多数集まり、大人も子どもも犬までも一緒に音楽を楽しみ、踊りだす。

手を取り合い踊るご夫婦とお子さん。素敵なご家族です。
手を取り合い踊るご夫婦とお子さん。素敵なご家族です。

ステージは海辺の木陰に椅子と機材を置いただけ。豪華なセットも何もないけれど、背景に青い空と海がどこまでも広がるロケーションも音楽も最高でした。

群馬からやって来た神社の屋根を修復する方々


また、先日は、加計呂麻島にある高千穂神社の屋根をボランティアで修復するために、群馬県桐生市の宮島工務店の皆様がいらしてくださいました。

奄美諸島には現在もユタ(ノロ)と呼ばれるシャーマンの方々がいらっしゃり、島の人々は何か問題があると相談をしに行きます。自然環境の厳しい立地のせいか、大漁や豊作の祈りを捧げる行事なども多く、神様という存在が非常に身近なところです。
しかし、加計呂麻島は超高齢化が進んでいる場所。古くから大事にされている神社は、大抵山の方にあり、お社や鳥居、そこに向かう道などの手入れをしたくても、お年寄りには通る道が険しすぎて、やりたくてもできないという現状があります。

台風も多いところなのでどうしても屋根の傷みが早い加計呂麻島。トタン屋根は隙間が空いて今にも剥がれそうでした。
台風も多いところなのでどうしても屋根の傷みが早い加計呂麻島。トタン屋根は隙間が空いて今にも剥がれそうでした。

そこで、加計呂麻島を何度か訪れている宮島工務店の皆さんが、社員旅行兼社員研修として神社の屋根の修復をしに来てくださいました。

一日であっという間に屋根を修復。これからの台風シーズンも安心!
一日であっという間に屋根を修復。これからの台風シーズンも安心!
新しい看板も掲げてペンキも塗り直した高千穂神社。看板の文字はこの神社がある瀬武という集落の区長さん、川畑さんによるもの。
新しい看板も掲げてペンキも塗り直した高千穂神社。看板の文字はこの神社がある瀬武という集落の区長さん、川畑さんによるもの。

宮島工務店は、伝統工法を活かした家造りの設計施工を行っている会社。たった一日で朽ち果てたトタンと屋根組を解体し、すべて新しく掛け替えて、新たな看板まで取り付けてくださったその手腕は驚くばかり。
離島という立地柄、いつも使っている機材が使えない、山奥まで電源ケーブルが届かないなどの難しい点もありましたが、「だからこそ、日頃培ってきた技術が生かせるし、勉強にもなる」とおっしゃっていた職人の皆さんは頼もしい限りでした。

離島に限らず、昔から大事にされてきたものをどう守っていくかは過疎化が進んだ場所では大きな問題です。
しかし、このように、ほかの場所からいらっしゃる方と協力しあってやっていく方法もあるのではないでしょうか。直したくても直せなかったお社を綺麗にしてくださり、地元の方々も大変喜んでいました。

田舎に移住して、東京の友人との関係が変わったか


このように、加計呂麻島にはさまざまな人々がいらしてくださいます。
実際に、私も加計呂麻島に住んで1年8ヶ月が経過しましたが、1~2ヶ月に一度は友人や家族が訪れてくれます。

加計呂麻島を訪れてくれた友人の絵描き、山崎ひかりちゃんの加計呂麻島絵日記漫画バージョン。確かにこの日は珍道中な一日でした。
加計呂麻島を訪れてくれた友人の絵描き、山崎ひかりちゃんの加計呂麻島絵日記漫画バージョン。確かにこの日は珍道中な一日でした。
こちらは私の家の近所の諸鈍長浜をバックにした絵日記。「夢みたいにキレイ」なんて言われると私も嬉しい!
こちらは私の家の近所の諸鈍長浜をバックにした絵日記。「奇跡みたいにきれい」なんて言われると私も嬉しい!

移住した当初は、東京時代の友人と疎遠になるのではないかという不安もありましたが、今のところそういった感じはまるでしません。加計呂麻島は、ものも人も都会よりもずっと少なく、遊ぶ場所も海や山以外に無い分、訪れてくれた友人たちとはより密に語り合えるような気がします。

考えてみれば東京にいても、半年ぐらい会うことのない友人もざらにいます。私も仕事や実家の都合で半年に一度程度は東京に行くのでその時に会い、さらに加計呂麻島にも来てくれたら、東京にいる時と会う頻度としては変わらなかったり。

また、自分の好きな場所に自分の好きな人達がいることは何とも言えず嬉しいもので、普段だとなかなか言えない「来てくれてありがとう」「会えて嬉しい」なんて一言も不思議と照れずに口に出すことができます。

友人たちが訪れるとよく一緒に眺める近所の浜の夕日。
友人たちが訪れるとよく一緒に眺める近所の浜の夕日。
シーガン山下さんのライブ時にいたマロちゃん。行儀よくお手をしてくれました。
シーガン山下さんのライブ時にいたマロちゃん。行儀よくお手をしてくれました。

何もないからこそ、素直になれる。何もないからこそ、思ったことを言える。

ガードを緩めて目の前にある景色を眺める時、湧き上がる気持ちはいつでも単純で、そのシンプルさはとても気分のいいことだと私は思います。

写真協力:宮島工務店山崎ひかり