第1回:人間ルーツの暮らし|アフリカの暮らし

baobab
バックパックを背負い、世界中をヒッチハイクで旅をして周った。それが私の20代である。

29歳の時にトランスカイという南アフリカの中でも特に文化の残されたこの地にたどり着くまで、実に多くの場所を旅してきた。
それまでは海外はおろか、九州の実家から出て生活したことさえもなかったのだ。英語も全くと言ってよいほど話せなかった。
それが十年後の今ではアフリカの田舎町でアフリカ人に揉まれながら、二児の母をしているのだ。


 

アフリカには人間のルーツがある


アフリカの旅へ出る前に誰かが言っていた。

「アフリカには人間のルーツがある」と。

正直言って、科学技術が進化した日本で育った私にとっては「人間のルーツ」と言われてもいまいちピンとこなかった。

だが旅をして、民泊をして、人間としての知恵をアフリカ人から学ぶに連れて、とてもシンプルに自分の価値観で物事を受け止めるようになってきた。

アフリカの旅の途中、何度もあの言葉が頭の中に蘇る。

「アフリカには人間のルーツがある」

テレビで報道されているように、アフリカのインフラは整っておらず、日本の生活と比較すれば物質的にも貧しい生活をしていた。子供は働いていたし、医療も進んでいなかった。

しかし物質的にも経済的にも恵まれた日本から来た私の目にはアフリカは驚く程豊かに映ったのだった。
 

アフリカ人の家庭教育


子供たちは朝早くから井戸へ水汲みに行く。料理の時は火をおこす。そして妹や弟の世話も。

少年になれば家畜の世話も立派な子供の仕事だ。アフリカ人は子供の頃から自分が家族に何ができるのか、いわば「家族の作り方」を学び、知っている。
そして地域の人みんなが子供を愛し、叱り、守る。彼らはたくさんの周りの大人の意見を聞きながらスクスクと育つ。

大切なのは善悪の区別。そして自分を抑えて人を許し、ブラザーやシスターと一つのものを分け合える心。これがアフリカ人の家庭教育なのだ。

私は家族にお世話になるといつもその家族の子供たちと一緒にいろんなことを学んだ。

老人はいつもその知恵や経験から周りの人に尊敬されていた。その地から一歩も出たことのないはずの彼らの目は全てを知っているような深さを持っていた。
女は女らしく家を守っていた。その姿には女としての誇りがあった。
男は男らしく自分の家族に責任を持っていた。

旅を始めた当初は日本の便利で快適な暮らしが恋しかった。
でも旅を続けるうちにアフリカの便利でも快適でもない生活の中に私たち日本人が忘れてしまった人間としてのルーツがあると気がついた。

アフリカ人は自然との間に壁がない。彼らは上手に自然と循環して生きているのだ。
そしてアフリカ人はいつも自然に感謝の気持ちを持っていた。

45Lのバックパックにはカメラと画材道具、何でも書き込めるノートとペンそして少しの着替え。旅をする私の生活もどんどんシンプルになっていった。
そして心にひっかかった言葉や出来事をひたすらノートに書いていったのだ。

▲マダガスカルで牛の放牧をする少年
▲マダガスカルで牛の放牧をする少年

旅が終わる時


どれだけ旅を続けただろうか。

最後に日本を出てから3年という歳月が経っていた。
私はここ南アフリカのトランスカイという地に腰を下ろしていた。
コサ族の主人ラスタに出会い、彼に革製品や天然素材を使ったアクセサリー作り、家庭菜園などを習っていたのだ。

ラスタはこの丘と丘が連なるトランスカイの地の電気も水道もない村で育った。彼は人間のルーツの生活を知っていた。そんな彼から学ぶ知恵はたくさんあった。

ラスタの私を家族として扱ってくれる温かさに触れ、だんだんと日本の家族が恋しくなってきた。そして遂に南アフリカから日本へ帰るチケットを買ったのだ。

私の旅が終わる瞬間だった。

あの小雨降る日に下関から中国の青島(チンタオ)へ行くフェリー乗り場に見送りに来てくれた父と母。
その父と母、そしてラスタが私の旅を終えたのだった。
 

時空を超えて日本を見つめる


日本に帰り、正直アタシは戸惑いを隠せなかった。時空を超えてきたようなそんな感覚があった。
便利で快適だと思っていた暮らしは、不自然な環境の上にアンバランスに成り立っているように私の目には映った。

先進国。”先進”と呼んでいるものの、地球上の全ての国がこの生活をするとこの星はどうなってしまうのだろう。
ふとそのような疑問が頭を過ぎる。
一人が豊かでもその他のたくさんの人が貧しいのは「豊か」だとは決して言えないのではないだろうか。
 

現代の日本人が失いかけている人間のルーツ


私がアフリカで見た人間のルーツの話をすると大抵の年配の人は「昔の日本もそうだった」と語ってくれる。
だとすれば、それは現代の日本人が失いかけている大切な人間の知恵ではないのか。
経済が発展して女性も社会進出の権利を得て、家族全員がバタバタと朝早くから家を出てしまう現代社会。
教育というのは大学に行くことだけではない。一番大切な教育は家庭から始まるのだ。

日本はかつて世界に誇れるとても豊かな国だった。
その豊かさは経済ではなく、文化、農業、漢方医学、教育、そして仏や神を知る心といった生活に密着した豊かさがあったのだ。
その知恵をもう一度見つめ直すことこそが、私たちに課せられた未来へ繋ぐ道しるべではないのか。
 

アフリカの暮らし


現在私は南アフリカのウムタタという田舎町と丘の上の村を行き来する生活している。
庭には大きなブラックベリーの木やガヴァの木、桃の木がありシーズンになるとたわわに実らせる。そして15羽を超える鶏の世話をしながら生活している。

▲うちの鶏クウィーン。雛が生まれた。
▲うちの鶏クウィーン。雛が生まれた。

村には大きな畑を作り、たくさんの野菜や主食であるとうもろこしを育てている。
なるべく自給できる暮らしを目指して。

そして本業である天然素材で作る雑貨はこの地域で採れた木の実や、庭でできる数珠玉や桃の種、ガヴァの実で作っている。
土から生まれて土に戻る。地球と循環して生きていきたい。
私の作る作品はそんな気持ちから生まれている。

▲アボカドの種から作るネックレス
▲アボカドの種から作るネックレス

これから定期的にアフリカの生活、旅を通しての記事をお届けしていきます。
どうぞよろしくお願いします。