世界の小さな住まい方

ホワイトハウスに招かれた女の子の小さな家「La Petite Maison」

伊藤 愛プロフィールアイコン | 2015.5.31
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今時代が求めているのは、自分の頭で考え、他人軸ではない心から楽しめる仕事やコトを見つけて実現するライフスタイル。しかし子供のうちから手とり足とり親の敷いたレールを歩いていくだけでは、子供がいざ大人になった時、「自分は何がしたいのか?」と進むべき方向を見失ってしまうことにも……。
わが子の「好き」はどこにあるのか、一緒に悩み、その過程を見守ってあげることも親として必要なことなのかもしれません。今日はタイニーハウスを作る過程で大人への階段を上り始めた12歳の女の子のストーリーをご紹介したいと思います。

思春期の女の子が自立のために選んだ小さな家

2012年、当時12歳のSicily Kolbeckさん は、アメリカ・ジョージア州の母親の運営するプライベートスクールで、来学期の自主課題の選定に頭を悩ませていました。ネタ探しにとネットで検索するうちに、タイニーハウスビルダーのDerek Diedricksen氏などの動画に影響を受け、タイニーハウスのDIYを次の課題に選ぶことに決めます。

Sicilyさんは以前から自立したい、自分だけになれる空間が欲しいと切望していました。彼女ほどの年頃には、誰もがそんなことを考えたことはないでしょうか。しかしSicilyさんはその手段としてタイニーハウスを建てることを思いつきます。

ここで大抵の親ならば(自身も同世代の子を持つ親なので身に覚えがあるのですが…)、心では応援してあげたいと思っても、親の自分がかかわることに面倒くささを感じたり、勉強とは関係のないことにお金を投資することがムダに思えたり、何より自分の子が、たとえ小さくても家一軒を建てるなどムリに決まっていると、親の方があきらめてしまうのではないでしょうか。

しかしSicilyさんの両親は違いました。それまで釘の一本も打ったことのない娘の言い分を、彼らが無下に聞き流すことはありませんでした。

親子の心地いい立ち位置を知る

Sicilyさんはこのプロジェクトで施主と建築家、ビルダーと資金調達の四役を担当し、母親のSuzannahさんはプロジェクトの進行管理、船乗りで建具師でもある父親のDaneさんは仕事柄豊富にある工具を携え、娘のサポート役になることが決まりました。

一見、子供に理解のある理想的な親像のようにも感じますが、実は父親のDaneさんはとてもせっかち。プロジェクトがスタートして数週間は娘のおぼつかない手つきにイライラし、娘は娘でせっかくの自分の家づくりが器用な父によって乗っ取られてしまうのではないかとイライラ。一触即発状態だった父と娘でしたが、作業を進めるうち、次第に二人は共同作業のコツをつかんでいったようです。

クラウドファンディングはキャリア教育に通ず

今回家の建築費の大部分は建築にかかった期間の授業料相当として両親が払ったもの。けれども彼らはかかった費用の全額を負担せず、Sicilyさんはクラウドファンディングを通して資金の一部を自分で集めることにチャレンジします。その結果、三週間で当初の目標金額を超える1,660ドル(※約19.7万円)の善意のお金が12歳の彼女の元へと届けられました。
※1ドル≒119円で計算(2015年5月中旬現在)

家全体のコストから考えると少ない金額ではありますが、この経験を通して夢をかなえるために必要なお金を得ることの大変さ、また自分の想いをいかに不特定多数の人に伝えるかという、プレゼンテーション能力を早くから身に着けるきっかけにもなったはずです。

また「学年で何番になったらこれを買ってあげる」などの、親が主体のゴール設定ではなく、あくまで子供の実現したいことのために設定されたゴールであったことも大事なことです。しかも頑張り次第では、より多くの資金の獲得につながる可能性もあります。だから子供も自分の頭で色々と思案し、一つではない正解を暗中模索しながら結果を出すために努力することができたのではないでしょうか。

周りの大人、友人たちとの関わりから学ぶ

喪失と再生への道

初めてのクラウドファンディングも成功裏に終わり、このままスムーズに小さな家のプロジェクトは進んでいくと思ったその矢先、ある悲劇がSicilyさんの家族を襲います。

それは時に反目し合いながらも、「親友の一人」とまで慕っていた父親のDaneさんが、突然の交通事故で帰らぬ人となったこと。クラウドファンディングの興奮冷めやらぬ、そのわずか9日後に起きた悲劇でした。その日を境に、Sicilyさんは小さな家に対する興味を失ってしまいます。

Daneさんと一緒に土台のトレーラーに載せたデッキ。その近くに立つことすら父の姿が思い出されてつらい。Sicilyさんも母親のSuzannahさんも、Daneさんが亡くなってからは、ただぼんやりと家の窓から作業の手の止まったトレーラーを眺める日が続きました。

二人を慰めに訪れる友人たちや親戚の数がまばらになってくる頃も、最愛の人を失った母と娘の深い哀しみは癒えることがことがありません。以前にも増して泣くことが多くなった娘と学校の運営に自信を無くした母の二人は、少しの休息が必要と、5週間のロードトリップに旅立ちます。

しかしこの旅が転機となり、つらいからと物事に向き合わず、決断せずに生きていくことはもうできないとSicilyさんは悟ります。長旅から戻り、家の外に積まれた資材を目にした母と娘は、再びタイニーハウスと向き合う決意を固めたのです。

自分はひとりではない

しかし家の建築を再開してみると、これまで家族だけで作業をしていた時とは違うある変化に二人は気づきます。Sicilyさんのプロジェクトは、もう今までのように彼女や家族だけの孤独な戦いではなくなっていました。

Kolbeck家の古くからの友人だというハウスビルダーのLuke Bairさんを筆頭に、友人たちの応援、沢山のクリエイティブなアドバイスをくれるFacebookのタイニーハウスグループ、地域のホームセンターのスタッフやリタイアした元職人の男性など、有志で集まってくれた人たち。まるで川に投げた小石の水紋のように、Sicilyさんのタイニーハウスを取り巻く支援の輪は静かに、大きく広がっていきました。

タイニーハウスの完成が大人への扉を開く

2013年の冬、ニューオーリンズで開かれたTED Youth conferenceに登壇したSicilyさんは、これが以前の動画の少女なのかと見まごうほど、堂々としたスピーチを大勢の聴衆の前で披露します。大切な人の死を乗り越え、一つの大きなプロジェクトを乗り切った達成感に満ちた13歳の表情、ぜひ下の動画でご覧になって下さい。

あの時始めてなかったら、このおいしいケーキはなかった

そしてついに2014年の6月には、ホワイトハウスで開催されたMaker Faire(ものつくりの祭典) にSicilyさんも招待されることが決まります。用意された特別席に座り、大統領のスピーチを聞いている最愛の妻と娘、そしてホワイトハウスのポーチに展示された娘のタイニーハウスを見て、天国のDeanさんも鼻高々に微笑んでいたのではないでしょうか。

思い出してみて下さい。今自分が好きなこと、仕事にしていることは、子供の頃から好きなことや夢中になっていたこととリンクしてはいませんか?「好きで夢中になれること」があると、人は辛い経験をしても、それを日々の癒しや支えにまた這い上がることができる。そう、「小さな家」を完成させたSicilyさんのように。

「レモン(=悪い事)を渡された時に、私はそこからレモネード(=良い事)を作っただけじゃなくて、さらにレモンケーキまで作ることができた。そして私はそのケーキを食べた。すごくおいしかったわ。」

Via:
edition.cnn.com
huffingtonpost.com
inhabitots.com
tinymaison.blogspot.jp
suzannahkolbeck.com

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伊藤 愛プロフィールアイコン

Writer 伊藤 愛

1975年、北海道羊蹄山麓の雪深い町に生まれる。
半ミニマリスト的生活を送る中で小さな家に興味を抱く。
元々美しい家やインテリアが三度の飯よりも好き。

学生時代訪れたイギリスで古い建築が市井の人々の生活の場として機能していることに感銘を受ける。
そのノリで札幌市郊外の中古住宅に住み、真夜中に突如思いつきで家のペイントを始める「ゲリラ的DIY」を敢行するも、
往々にしてあまりに微妙過ぎて家族にも気付かれていない。

そんな生活から一変、降って湧いた引っ越しで持ち家や車を手放すと、人生一度きりという言葉がリアルに迫ってきた。
今では美しい風景を求めて旅に出たいとウズウズする毎日。

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