第3回:ハンモックに学ぶ日々|元新聞記者の、非日常生活。<ジャングルを走る編>

ホテル代わりのハンモックは快適な寝心地。写真は福岡県上毛町にて
ホテル代わりのハンモックは快適な寝心地。写真は福岡県上毛町にて

バックパックひとつの旅が好きだった。最小限の荷物で飛び出すと、心まで軽やかに、自由になれる気がした。でも昔は知らなかった。軽やかさの代償に失われているものがあるなんて。ジャングルで過ごした1週間でちょっぴりそんなことを考えました。

装備品は肩に食い込む10kg超

ジャングルマラソンの大きな特徴は、食糧や衣類など生活に必要な全てを背中に担いで走ることでした。
ジャングルと聞くと、狩猟・採集で現地調達というイメージが膨らみますが、なんと持ち込みオッケーなのです。飲み水にいたっては配給してもらえます。特異ではありますが、小さな暮らしと言えなくもない文化的な暮らしです。

水を含めた装備品の総重量は10kg超。背負って走ると肩に食い込むのが難点です。
そこで少しでも負担を減らそうと、各ランナーが荷物の軽量化を図ります。
何を残して、何を置いていくのかを選ぶのは悩ましい作業。寝袋、嗜好品、ひげ剃り、などなど、便利グッズとは、しばしの別れです。中には高カロリーなナッツ類だけを食糧にして軽量化する選手もいました。

ちょっと不便な、歯がゆい思いをすることもあります。コップがなくてコーヒーが飲めない。そもそも、コーヒーがない……。
でも、それは一時的なことです。次第に慣れて気にならなくなります。そんなことが何度も続いて気づきます。これがないとダメ、暮らしていけない、そんなものは案外少ないのだと。

YADOKARIならぬ「宿背負い」

装備品には夜を過ごすための「宿」も含まれます。もちろん、「宿」といっても風呂やキッチンはありません。
木々に結わえて使うハンモックが持ち運び可能なホテルでした。
しかし、ハンモックと侮ってはいけません。設営時間わずか5分で、立派なホテルができあがります。

突然始まるロープの結び方講座。バカンスのような水着姿ですが、翌日から泥まみれで走ります。
突然始まるロープの結び方講座。バカンスのような水着姿ですが、翌日から泥まみれで走ります。
ハンモック村ではスコールで濡れないように荷物もつるします。
ハンモック村ではスコールで濡れないように荷物もつるします。

蚊帳が付いていて上から布で目隠しすれば、虫も人の目も気になりません。マラリアやデング熱を運んでくる蚊を防げるので一安心。
足まで伸ばせる快適空間は横たわればベッド、腰掛けるとイスに早変わり。たたんで収納すれば、すぐに走り出せる優れもの。中央部がたわんで低くなるので、寝転がると足の位置が少し高くなり、自動的にむくみが予防できます。40kmを走った後でもむくみ知らずでした。
居住空間を背負って毎日移動を繰り返す姿はYADOKARIならぬ「宿背負い」スタイルでした。

マラリアを媒介する蚊がいても、現地の方々は蚊帳いらず。
マラリアを媒介する蚊がいても、現地の方々は蚊帳いらず。

コースこそ決まっていますが、身ひとつで動き回り、お腹が空いたら食糧を取り出して食べる。疲れたらバックパックをイスに腰掛ける。夜になったら、自前のハンモックで眠る。最小限の荷物で走り続ける日々は、とても身軽で充実感と自由がありました。
ただ、不安がなかったわけではありません。

もぞもぞとハンモックに潜り込む。初日をなんとか走り終え、ジャングルで過ごす初めての夜が訪れたのだ。寝転がると、屋根代わりのタープの隙間から月明かりが差し込んできた。
月を見ようと身体を横向きに起こす。動きに合わせて揺れるハンモック。青白く光った月は小さく頼りなかった。
月光の届かない森は墨を塗りたくったように真っ暗だった。闇に包まれ、何も見えない。が、野生動物がいるのは確かだった。時折、不気味に響く鳴き声が物語っていた。

眠れずにいると、怪獣のわななきかと思うほどの轟音がとどろいた。ジャガーか。突然の出来事に身構え、音のする方角に意識を集中させる。どうやら隣のハンモックから聞こえてくるようだ。
「グゴゴー、グゴー」
聞き覚えのある深夜の騒音。分かってしまえば、何のことはない。野生動物ではなく、隣人のいびきだった。寝息も聞こえる。「すぴー」。間の抜けた音。一気に緊張の糸がほぐれた。
リズミカルないびきの合間に、かすかな物音。羽ばたきが聞こえた気がした。
かわいらしい寝息のたびに吹き出しそうになったが、長くは続かない。いびきを子守歌に意識が薄れていった。

案外と快適な移動式ホテルにも悩みはあります。当然のことながら、壁が薄いのです。
外界を隔てているのは薄布1枚きり。夜行性のジャガーが襲ってきたら、ひとたまりもありません。
絶えず危険にさらされている、そう考えると、ゆらゆらと揺れるハンモックは命の天秤のようでした(途中からはそんなことを考える余裕もなく、疲れきって泥のように眠っていたのですが)。
生きるために必要なものを背負っているとはいえ、それはあくまで最低限にすぎないのだと思い知らされました。荷物の軽さは安全性と反比例しています。なにせ野生動物の襲撃を防げる頑強な家は大きすぎます。とてもじゃないですが、担ぎきれません。

軽やかであること。それは、何もかもを気にせずに自由なわけではなく、危険と隣り合わせです。と同時に、荷物の重さは自分を守って、生かしてくれているものの重量なのです。そう考えると、わずらわしかった重さが少しいとおしくなりました。

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▼若岡さんは10月5日からチリのアタカマ砂漠で行われているアタカマ砂漠マラソンに挑戦!

毎日更新されるレースの様子はこちら⇒
http://www.4deserts.com/atacamacrossing/results

マラソン中の若岡さんに応援メールを送るならこちら⇒
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