【インタビュー】オンラインカウンセリングサービスでつくる「やさしさでつながる社会」|櫻本真理氏(株式会社cotree代表取締役)
リモートワークが日常となった今、急激に伸びているのがオンラインでのカウンセリング、コーチング市場だ。「コロナ鬱」などの新たなメンタル不調の増加も見られる中、24時間いつでもどこでも自分に合った方法でカウンセリングを受けられるオンラインサービス「cotree」の利用件数は65000件を突破。自身の経験をもとに2014年にこのプラットフォームを立ち上げた櫻本真理氏に、メンタルケアの動向やサービスの展望、そして豊かな暮らしに対する個人的な価値観についてインタビューを行った。
櫻本真理 さくらもとまり
睡眠障害を体験した時、ほしかったもの
−創業の経緯としては、ご自身が証券会社に勤務していた時の体験が大きかったのでしょうか?
そうですね、証券会社で忙しく働いている時に睡眠障害になり、誰に相談していいか分からなかった。やっとの思いで行ったメンタルクリニックでは長時間待たされた挙句、数分の診療で薬を処方されただけ。睡眠障害の背景には、仕事が上手くいかなかったり、会社への信頼が揺らいでいたりということがあったので、そこを扱っていく必要があると思ったのですが、薬での対処しか行われないことに非常に違和感がありました。
当時はカウンセリングに保険点数がついていなかったので、精神科の医療でそれを提供するインセンティブがなかったことが後で分かりました。医療の中でカウンセリングが普及していくことが難しいのであれば、医療の外で一般の人がアクセスしやすいサービスとしてあったらいいなと。病気かどうかは関係なく、生き方に迷ったり、体調がすぐれない時などにも気軽に相談できたらいい。欧米では日常的なサービスとして普及しているのですが、日本ではまだそういう認識のされ方ではありませんでした。
これからの時代を見据えると、カウンセリング的な関わり、つまり自分自身を見つめ直し、自分自身でやりたいことや目指す方向をしっかりと考え、自分の解決すべき課題を自分で明らかにしていくような営みをサポートする専門家が必要とされてくるだろうと。そこで、忙しい人でも家にいながら時間も関係なく使えるオンラインのカウンセリングサービスを立ち上げました。
カウンセリングは合理と非合理、個と社会を言語でつなぐ営み
−大学は教育学部でいらっしゃいますが、学術的にも心理学の分野をインプットされていたんですか?
私がより興味を持っていたのは進化心理学で、なぜ人間はいろんなバイアスや感情を持つに至ったのかを進化的な背景から考えていく学問を学んでいました。行動経済学や市場のバイアス、人間としての非合理性が意思決定にどう影響を及ぼすのか、などという卒論を書いていましたね。そこからビジネスとつながって証券会社に入社したんです。
ビジネスの世界も合理的に見えて、結局は非合理性が支配している世界だと思います。感情や説明不可能なものによってビジネスが左右される場面が非常に多い。個人としても、合理的に収入を最大化することによって幸福が最大化するかといえばそうではなく、説明がつかないような人との関わりや、失敗から立ち上がる中で身につけていく学びが人生をつくり上げていきます。
合理の偏重が行き過ぎると、非合理が排除されるデメリットというか、それによって見えなくなるものが問題を起こし始めるということを、私自身も睡眠障害を通じて体験しました。合理と非合理とをどう折り合わせていくのかということが、生きていく上で重要なテーマになると思っています。個としての自己と社会の中の自己との葛藤もあると思います。カウンセリング、あるいはコーチングというのは、言語を通じて合理と非合理、個と社会をつないでいくような営みという側面があるのではないかと思います。そこが切り離されていると人は社会的に不調をきたすことが多いように感じていて、非合理に蓋をするでもなく、合理を否定するでもなく、そのバランスをその時々で見出していくことに心の健康や幸福があるのではないかと考えています。
−どちらかに行き過ぎることなくバランスが重要で、それを人生の各場面で編集していく必要があるんですね。
そうですね、その中で「自分はどう在りたいのか」という「意思」の部分と、もともと持っている「特性」の部分も、与えられた「環境」を考慮しながら、折り合いをつけていくということですね。
「分からない」の解像度を上げていく
−学生時代も含め、櫻本さんがこれまで「こういうことを変えたらいいんじゃないか」と考えていらっしゃることには一貫性があるような気がしていて、そのパーソナリティはどういうふうに形成されたんだろうと興味が湧いています。社会に出る前に、何かご自身を形成する上で影響を受けた印象深い出来事はありましたか?
11歳の時に父を山の事故で亡くしています。父は厳しい人で、「女の子はがんばって進学なんてしなくてもいい」というような古い考え方でした。逆に母は私の自由を尊重してくれて、父が亡くなった後、中学の時に1ヶ月間海外へ留学させてくれたんです。その時に世界の広さを感じて、高校1年から2年の1年間、アメリカのイリノイ州へ2回目の留学をしました。
そこは日本人が誰もいないコミュニティで、軽いいじめのようなものを体験しました。発音をバカにされたり、聞こえないふりをされたり。心理学に興味を持ったのはそのタイミングです。「どうして人は、人に対してバカにしたり、攻撃したりするんだろうか?」と疑問を持ち、それって心理学で説明できるのかなと、学校で心理学の授業を受け始めました。
もちろん心理学がすべてを説明してくれるわけではないのですが、理不尽なことがあっても、なぜこうなっているのかが分かると、それは自分の中で対処可能なものになる。「分からない」ということがいちばんのストレスなんだと感じました。
なぜそれが起きているのかを考えることの気持ちよさや癒しは、カウンセリングやコーチングとも通じるものがあります。自分が今どういう場所にいるのかが分からない時、すごく不安になる。カウンセリングやコーチングは対話を通じてその解像度を上げていくプロセスでもあります。カウンセラーが質問を投げかけることによって、解像度の粗い粒子を鮮明にしていく。視界が鮮明になることで、過剰に不安を抱かなくてもよくなったり、自分が本当に行きたい方向が明らかになったりする。そうするとやるべきことが明確になって「分からない」から解放される。自分に問いを投げかけて、それに答えて癒されていく、前を向いていくというプロセスが私は大好きだったのかもしれないですね。
保身を起点に選択しない
−11歳の時のお父様の死は非常に大きなインパクトだったと思いますが、どんなことを感じたのか、お話しできる範囲でお聞かせいただけますか?
父の死は突然でしたので、その前後の記憶が真っ白なんですが、ないと生きていけないと思っていた人が突然いなくなる体験を通じて「守ることをやめた」感覚はあります。失敗したくないとか、傷つきたくないとか、自分の身を守るために行動していることって多いじゃないですか。それによって行動が規定されるのではなく、私は何をやりたいだろうか、何に興味があるだろうかということを起点に行動を選択するようになった。
これだけのものを失ったからこそ、これから失いうるものはそれほど大きなものではないと恐れが逆になくなり、留学するとか、新しいことを始めることに対して恐れを抱かなくなったと感じています。
オンラインカウンセリングの未来
日本最大級のカウンセリングプラットフォーム「cotree」。現在190名の経験豊富なカウンセラーが登録されており、自分に最適な担当者とカウンセリング手法を選ぶことができる。
−カウンセリングというと日本ではまだ精神疾患の治療のような印象が強いと思いますが、今まさにリモートワークなどが加速している中で、cotreeのサービスがどんなふうに成長しているのか、またこの先どのような展望があるのかお聞かせいただけますか?
オンラインカウンセリングは現在一気に成長しつつあるサービスだと思っています。cotreeの利用者も増えていますし、コロナ禍でコミュニケーションが変容し、多くの人がオンラインで話すことに抵抗がなくなったと同時に、コロナ禍の影響でメンタルに不安定さを抱える人も増えたということがあり、変化の時を迎えています。
実はこれまでにも複数のオンラインカウンセリングサービスが立ち上がりましたが、苦戦を強いられていました。要因としては、日本におけるカウンセリングというものの認識のされ方に偏りがあり、サービスを知ってもらうことも使ってもらうことも難しかったからです。しかしオンラインコミュニケーションの環境が整ったこれからは、オンラインカウンセリングはサービスとして生き延びるフェーズから、本当に良いサービスが選ばれるフェーズに入ったと思っています。私たちも今後は提供できる価値にもっと向き合っていきたい。
私たちの取り組みとしては、現在cotreeという会社と、コーチェットという会社があり、cotreeは不安を抱えた時や調子が優れない時に自分をメンテナンスするために気軽に使っていただけるサービスです。コーチェットの方は、メンタル不調になる人が生まれないような組織づくりやリーダー育成に注力しています。不安を抱える人々の背景には、リーダーや教師、親といった影響力のある人との関係不全があることが多いのですが、彼らも誰かをメンタル不調にしたいとは決して思っていなくて、どう関わっていいか分からないから悩んでいる。だから私たちはメンタル不調の方をサポートしつつ、そういう人を生み出さない関わりを増やしていこうと考えています。
−cotreeのカウンセリングには「話す」と「書く」と2つの方法がありますが、どんな理由でそうしているんですか?
先に「話す」カウンセリングを開始し、約1年後に「書く」カウンセリングを立ち上げています。cotreeの「書く」カウンセリングはチャットではなく交換日記のようなものなんですが、そこに読んでくれて、問いかけてくれる相手がいて、感じていることや課題感を書き出していくことで自分の悩みに対する理解が深まったり、感覚に気づけたりする。書いて振り返ることで、以前の自分はこういう状況だったけど、今はこんなふうに変われているなという記録にもなります。
人のコミュニケーションの特性としても、話すのが得意な人と書くのが得意な人がいますし、聞くのが得意な人も、読むのが得意な人もいます。カウンセリングの在り方も同様で、できるだけその方に合った手法と担当者をマッチングできるプラットフォームでありたいと考えているんです。
なぜ、コロナ鬱になるのか?
−コロナ禍の中、リモートワークが続くことで鬱っぽくなってしまう人もいますが、これは何か原因があるんでしょうか?
その理由の一つは、必要なミーティング以外で他人と話すことが減ってしまったことで、自分の世界が狭くなってしまうし、世界とのつながりが絶たれてしまうことによって、新しい出会いや気づき、視野や可能性の広がりが閉ざされてしまうことにあると思います。その結果、希望を持てなくなってしまったり、より良くなっていくイメージを持ちにくくなってしまったりする。コロナ前であれば、悩んでいたとしても会社に来ておしゃべりをしている間に悩みが気にならなくなるということがありましたが、今はそれが難しい。
悩みの解決には、「悩みそのものを減らす」という方法と、「悩み以外の部分を増やす」という方法があります。コロナ禍では悩み以外の部分が増えにくく、いろんな場所にも行きづらい中で偶発的な出会いも制約され、脳内で悩みの占める割合がどんどん高まってきてしまいます。
そんな中、人と対話して「今見えている世界が本当にすべてなんだろうか?」と問いかけられることで新しい視点・視座に気づくことができると癒しにつながる。それがカウンセリングの一つの役割でもありますし、コロナ禍で足りていないものでもあると思います。
「悩む」と「考える」は違うもの。問いかけることで「不安」を「課題」へ変えていく
−自分の悩みと向き合っていく時に大切なことやポイントなどがあれば、ぜひ教えてください。
悩みを抱えた時に重要なのは、「悩む」と「考える」は違うという所です。「悩む」というのは漠然と不安を抱え、何をどうしたらいいか分からない状態。分からないということが不安を呼び起こして次へつながっていかないことが多いのですが、「考える」というのは漠然としたものを明らかにして「課題」に変えていくというプロセスです。
だから「なんか不安だな」と感じたら「今、自分は何かが分からないんだな」と捉え直して、何が分かれば安心するんだろう? 私が見えていないのは何だろう? いつからこういう状態にあるんだろう? と自分自身に今の状態を明らかにする問いかけをしていく。その時に頭の中でやるよりも書きながらやった方が前に進んでいくことが多いです。
また、明らかになった課題が解決困難な場合は前に進めなくなってしまうので、そんな時は、これが解決した状態はどんな状態なんだろう? と想像して、そこへ辿り着くための選択肢を挙げ、取りやすいものから取っていくということもできます。そうすると実は目の前にあった課題には向き合わなくても理想の姿に近づくことができることもあります。
これは本当に悩まなきゃいけないことなんだっけ? ということも含めて、取り払って自分に問いかけてみることができるといいかもしれません。どうしても問いかけのパターンは自分の見えている範囲に限られてしまうので、他人から思いもよらないことを問いかけられることでさらに見えないものが見えてくる。そこに他者と対話する意義がありますね。
櫻本さんが思う豊かな暮らし、豊かな社会とは
−YADOKARIはこれからの豊かな暮らしを探求しているメディアですが、櫻本さんの考える「理想の暮らし」とはどんなものか、お聞かせいただけますか?
私たちのビジョンは「やさしさでつながる社会をつくる」です。なぜ「やさしさ」を大切にしているかというと、やさしさは提供した側もされた側もうれしいという相互性がありますし、やさしくされた人は他の人にもやさしくすることができるという連鎖も起こる。やさしさは相互性と連鎖によって無限に増幅していく、人間の生み出しうる最高のエネルギーだと思っています。破壊や攻撃はその逆で、攻撃された人は仕返しをしたいと思うし、他の人を攻撃してしまうという連鎖を引き起こす、とても不幸なエネルギーの使い方だと思います。
生きていると本当にいろいろなことがあり、苦しみや怒りがあったりしますが、それを攻撃に変えると破壊活動の連鎖になるし、「それでも自分はやさしくする」ということを選ぶとその連鎖は止まっていく。その意思はとても尊いと思うんです。
「理想の暮らし」と問われた時に思い浮かべたのは、そうしたやさしさや配慮、自分の怒りや苦しみを誰かへの攻撃に変えないですむ関係性の中に暮らしている状態が、みんなにとっての幸せだろうなということです。
−住まいという意味では、櫻本さんのお気に入りの空間や、好きな家などはありますか?
私は明確にバルコニーの大きな家が好きです。広く見渡せる場所がいい。例えば部屋の中だけを見ている時と、目の前に富士山が見えている時とだと、考えるスケールが全く違う気がします。できるだけ広く見ていたいし、閉じていたくないという願望がありますね。
富士山と湖と森が見えると、森の多様な在り方や、山と湖のコントラストによって、自分の存在がすごく小さく感じられるじゃないですか。自分の存在が小さく感じられることによって見えるものが増えたり、課題と感じていたことが自然と乗り越えられたりする。悩んでいる時は、自分という存在が大きくなりすぎているんですよね。生きづらいと感じている人と、そうでない人の言葉を分析すると、生きづらい人は「自分」という言葉を使う割合が圧倒的に多いんです。自分という存在を意識しなくても済むのが、私の中では富士山の近く、湖と森ですね。この美しきものに向き合わせていただいているという感謝の気持ちも湧いてきます。
−最後に働き方について伺いたいのですが、櫻本さんにとって今、ベストだと思う働き方や心地よいバランスがあれば教えていただけますか?
3月に出産をして大きな変化がありました。もともと仕事もプライベートも一体化していて、仕事が前に進んでいくのが趣味よりも楽しいという感覚だったんですが、子どもが産まれてからは、自分じゃないとできないことに自分の時間や力を使いたいと思うようになりました。つまり、この子を育てることは今、私にしかできない。一方、cotreeの仕事は私よりも上手にできる人がいるはずだという感覚になってきています。この事業を育てていく上で私よりも向いている人がいるのならどんどん任せて、cotreeが最もよく育っていく方法を取りたい。
自分がこの仕事をしている、という感覚よりは、cotreeのためには自分にどういう役割を持たせるのがいちばんいいだろう? と考えるようになってきました。自分だからできることというのは、仕事によって必要とされている場面に身を置いていく、というイメージですね。
−YADOKARIの読者には、子育て中でこれから住まいをどうしようかと考えている人も多いのですが、そういう形に向けてメッセージをお願いします。
家族が変化するとか、仕事や住まいを変えていく時というのは、葛藤も生じるタイミングだと思います。そういう時に人は悩むわけですが、そうした変化や葛藤のタイミングは、ふだんは気づかない自分の良さや弱さ、願いや不安に気づける機会でもあります。そこで自分自身や行先を見つめていくということが、この先のプロセスに大きく価値を生み出すことになると思うので、悩んでいたら「ラッキー」だと思って、向き合う何かを見つけたという喜びをむしろ楽しんでもらえたらいいかもしれないと思います。
(執筆:角 舞子)