【滞在レポート】「一晩、地球と縁を切ってみる」建築家 川合健二に学ぶ、未来を見据えた豊かな暮らしの見つけ方

「地球と縁を切ってみる」。

そんなコンセプトのもと土木建材用のコルゲートパイプで作られた異質な建物があると聞いた。

JR豊橋駅から車で約20分。住宅街の中を進んでいくと目に飛び込んでくるコルゲートハウス

建物を支える基礎はなく、地面との接合部分もない。大地から絶縁され、ただその場に横たわっている大きな宇宙線のような建物なのだという。

この住まいを手掛けたのは、川合健二さん(1913-1996)。建築家、そしてエネルギーの研究者として、インフラから脱却し、自給自足の生活をミニマムに実行できる住まいのあり方を探求し続けていた稀代の建築家だ。

我々が向き合い続けてきたタイニーハウスの哲学と、コルゲートハウスには何か近しいものがあるように感じる。今回は、荒島・伊藤・齊藤・西山・高橋のYADOKARIメンバー5名でコルゲートハウスを訪れた。

一体どんな住まいなのだろうか。施設の総合プロデュースを手がけた冨田さんのお話と私達の滞在体験を交えながら、ご紹介していく。

住宅街に寝ころぶ鉄の家は、異質だけど心地良い

(提供:株式会社monotrum/写真:Yoshiro Masuda)

1965年、川合さんが自身の自邸として建てられたコルゲートハウスは、土木建材用のコルゲートパイプを使って作られた。鉄素材であるコルゲートパイプは、自力での組み立てができ、そしてやがては土の中に還る。地球の大きな循環の中に、自分自身の暮らし、そして住まいがあることを、素材から感じることができる。

そして特筆すべきもう一つのポイントは、正六角形が隙間なく並べられたハニカム構造。川合さんが一つ一つ、細かく計算しながら並べたのだそう。

明るすぎず、間接照明のやわらかい光が独特な雰囲気のある室内。川合さんが特にこだわっていたシステム家具や趣のあるインテリアは当時のままに、照明や内装、ランドスケープデザイナーさんと共に川合さんの思想を紐解きながら、無駄なモノはできるだけ置かずに、豊かな空間となるよう工夫されたのだそう。

地球と縁を切ることを体感するための工夫として、南からの光を遮断し、北からのみ光が差し込むようコルゲートハウスを建て、そのかわりに工場の蛍光管のようなものをたくさん配置してたという川合健二さん。現在は、宿泊施設として活用しているこの空間での体験をより豊かにするための工夫として、間接照明が使われている。

「一晩、地球と縁を切ってみる」図面から読み取った川合さんの思想と生き様

インフラからの脱却や、ミニマムな暮らしの実践の場として建てられた住まいでありながらも、トレーラーハウスとは姿形が大きく異なるコルゲートハウス。これまでに足を運んだことのない不思議な空間に圧倒されるとともに、この住まいに込められた川合さんの思想について、関心は深まるばかり。冨田さんに、詳しくお話を伺った。

髙橋: 川合さんが住まれていたコルゲートハウスが、現在は冨田さんの手に渡り、現在は宿泊施設として運営されているのですよね。この住まいが、そのような形になるまでの経緯について、教えていただけますか?

冨田さん(以下敬称略): 実は、私は元々川合さんのご活動について詳しくはなく、川合さんと繋がりがあったのは、父でした。

父は建築家だったこともあり、30代の時、コルゲートハウスを見に行ったことが川合さんと知り合ったきっかけにあるそうです。その時は川合さんもご存命で、「地球についてもっと考えるべきだ」、「従来の建築ではダメだ」なんて、当時の父にとっては訳の分からなかったことを言っているなという感覚だったそうです。ですが、それからいろいろとお話する中で、父にとって指針になる言葉を多く残されたと聞いています。

そして川合さんが亡くなられた後、川合さんの息子さんから「父の住まいを持て余しているから誰か買い取ってくれないか」と連絡があり、引き取ることになりました。

元々父は川合健二さんの記念館にしたいという想いがあったそうなのですが、彼の思想や世界観を多くの人に体感してもらいつつ、経済的にも持続可能なものにしていきたいという想いで、宿泊施設として活用させていただくことに決め、2023年、一棟貸しの宿泊施設としてオープンさせました。

髙橋: 地球と縁を切ってみるというコンセプトも、川合さんが残されたものだったのでしょうか?

冨田: そうです。この家の中に残っていた川合さんの論文や図面から彼の思想を紐解いたり、川合健二さんが教えを説いたたくさんの方ともお話をさせていただく中で、川合さんは、電気、ガス、水道、保険など社会のインフラに当たり前のようにお金を払い続けていること、自分たちにとって本当にそれらのものが必要なのかということに、大きな疑問を抱いていたということが分かりました。

ポルシェのエンジンを取り出して発電機を改造したり、太陽光パネルの導入を検討したりなどエネルギーの活用の仕方を模索しながら、亡くなられる前まで自分で発電し、お水は井戸水をろ過したものを使用したり、食べるものはこの庭で作り、作ったものを隣の人と交換するなどして物々交換のようなことをしながら暮らしていたそうです。

また、東京大震災や空襲などもご経験されていることもあり災害についても敏感で、「なぜ災害で壊れてしまうような複雑な家をこんなに高いお金を払って買っているのか、もっと壊れない単純な家があるはずだ」と自分で家を作っていたというパンクロックのようなエピソードもあって。コルゲート材の費用は当時の価格で90万、この家を建てるのにかかった費用は360万ほどだったそうです。

そんな川合さんの生き様や思想が明らかになっていく中で見つかった彼の思想の核となるものが、「一晩、地球と縁を切ってみてもいいのではないか」ということ。
ここで意味する「地球」というのは、人間が介入して生まれた社会の仕組み、しがらみのようなもの。今の地球の状況を一回俯瞰してみるという体験ができるのがこのコルゲートハウスです。

地球に迷惑をかけることなく、自分本位に生きてみる

伊藤: 私たちがつくり出した「地球」という空間の中にいる側として観察するんじゃなく、一度、地球を離れた立場から見てみるということですね。本当に、いろいろなことを考えさせられそう。

冨田: そうですね。私自身も川合さんの思想に触れるようになってから、自分で決めたことではないものに惑わされて生きてしまっているなと感じました。周りの人の顔色を伺いながら関わり合ったり、本当に思っていることを言えなかったり。

この社会の中にいると自然とそのようになってしまうけれど、本当に自分がしたいことは何なのか、どんなふうに暮らしていきたいのか、もっと自分の気持ちに素直に生きていいんじゃないかと。

しかしここで忘れてはいけないのが、地球には迷惑をかけてはいけないということ。自分本位に生きてみることは大切だけれど、それによって環境を破壊するようなことがあってはいけない。現在の私たちの暮らしや豊かさだけではなく、未来のことも視野に入れて考えるべきだというのが彼の思想です。

では、本来あるべき私たちの暮らしとはどんなものなのか、暮らしの選択肢にはどんなものがあり得るのか。人間が作り上げた「地球」というものと一晩縁を切り、その問いを考えることが私たちには必要なのではないかと思います。

伊藤: 僕らがこのコルゲートハウスを終え日常に戻った時に、何と縁を切りたいか、もしくは切るべきなのか。川合さんが築き上げた土台の上で、このことをすごく考えさせられそうでとても楽しみです。

一晩滞在してみて…

間接照明によるやわらかい光がある寝室(提供:株式会社FOOD FOREST/写真:Takuya Yamauchi)

そんな川合さんの深い思想と探求が込められたコルゲートハウスの中で、一晩を過ごしてみた4人。

別の部屋にいても、物音や足音が聞こえてくる鉄ならではの音の響きは、この時間を一緒に過ごしている仲間がいることを常に感じさせ、夜は、虫や風の音に耳を澄ませながら、まるで屋外で眠っているかのような心地よさと共に眠りにつくことができた。

外にいるわけではないのに、外に限りなく近い。他の施設では絶対に味わうことのない特別な2日間の体験を、後日振り返るーー。

髙橋: キャンプや他のアウトドア施設とはまた違う外とのつながりを感じることができた本当に不思議な体験でした。
キャンプのテントで寝るのは、柔らかいし外との境界線が薄いから少し不安になることもあるけれど、コルゲートハウスは、外との近さを感じつつも、鉄だからこそ安心感もあってすごく心地が良かったなあ。

西山: 確かに。素材によって、人の捉え方や感覚のあり方が変わるんだなっていうことを自分の身を持って体感することが出来たよね。

間接照明も、暗いからこその静けさや落ち着きのようなものを感じられて。これからYADOKARIが行うタイニーハウスの設計や空間づくりにおいても、照明へのこだわりは大切にしていきたいなとおもいました。齊藤くんは、もっと建築という側面から見ていたんじゃない?

齊藤: そうですね。このコルゲートハウスの中で長時間過ごすとなると、どんな暮らしになるのだろう、どんな人が、どれくらいの人数で住むのかなとかそんなことを考えながら滞在していました。

また別のコルゲートハウスの住人の話では、春になると、砂利の間をヘビが動く音が聴こえるなんて話も伺ったけれど、虫の声や一緒に住んでいる人の生活感がよく聞こえるのって長期的に住むことを考えると、やっぱり少し不便なようにも思えてしまう。

でも、それってすごく人が快適に住まうことを重視した考え方に過ぎないんだなって気づいて、ハッとしました。地球にとって良い住まいのあり方を考えたり、「地球」という言葉自体の意味合いをもっと様々に捉えてみると、住まいのあり方をもっと変えることができるのだろうなと。自分自身の暮らしや、YADOKARIとしてこれから手掛けていくプロダクトについて考える上で大切な、新しい視点を得られたような気がします。

荒島: そうだよね。私たちは、これからの暮らしのあり方として、トレーラーハウスというものを提案しているけれど、川合さんにとってのそれはコルゲートハウスだった。インフラというものに焦点を当てて、従来のものとは違う暮らしのあり方を模索するという姿勢は、YADOKARIにはない視点だったし、すごく興味深かったです。

切り口は違うけれど、我々が大切にしているタイニーハウスの哲学や、当たり前を問い直すという視点は、川合さんのいう「地球と縁を切る」という視点とも近しいようにも感じた。

1956年代に、こんな暮らしを営んでいたなんて本当に前衛的だよね。自分たちも、もっとよく考える必要があるなと思いました。

西山: 私も冨田さんのお話を聞いて、考えることの大切さを学ばせていただいたように思います。

地球の中には人間以外にもたくさんの生き物がいる中で、未来のために人間だからこそできることは何だろうってことを考えた時に、挙げられるのが、一歩立ち止まり考えることなんじゃないかって思った。

AIなどが広く生活の中に浸透し、全てのことがオートマティックに完結する現代だからこそ、目の前で起こっていることに対して自分の意思を持つことが必要なんじゃないかって。

川合さんも、コルゲートハウスの中でそんなことをされていた方なのではないかと思ったし、一歩立ち止まり考えることの大切さは、時空を超えても変わらない普遍的なものなのだろうなあ。

伊藤: そうですね。私は一晩、自分は何から離れるべきか、どんなものを俯瞰して見つめてみるべきなのかってことをずっと考えていました。

当時、川合さんが既存のインフラから離れることで、地球を俯瞰して見るということをご自身が実践されていたように、今この時代に、リニューアルされたコルゲートハウスに滞在するからこそ、自分が離れることができるもの、そして俯瞰して見るべきものがきっとあるのだろうなって思いました。

光が映し出すコルゲートのハニカム(提供:株式会社FOOD FOREST/写真:Takuya Yamauchi)

私たちは何から縁を切るべきなのだろうか?

それぞれ感じたことを伝え合った5人。たった2日間の滞在ではあったが、この一晩を経て、何かと縁を切る、そして俯瞰して物事を捉えてみるという探求のあり方、そしてその大切さを、自身の身を持って体感する機会になり、それぞれの暮らしや仕事への考えや価値観を揺さぶり、新たな視野を獲得できる貴重な経験となったようだ。

伊藤が言うように、今この時代に、コルゲートハウスに滞在するからこそ、私たちが縁を切ることができるもの、そして俯瞰して見るべきものがあるのだとしたらそれは一体何なのだろうか。その答えが見つかった先に、私たちの人生、そして未来の地球を生きる生き物たちの暮らしは、今よりももっと豊かなものになりそうだ。

文/鈴木佐榮、編集/髙橋実冬