オランダの水上ハウス ~住民たちがゼロからつくる、サステナブルな集落~
運河の国であるオランダ。首都アムステルダムをはじめ、都市にある美しい運河は人々を魅了し続けている。
かつては輸送、治水、都市防衛などに使用されてきた運河だが、現代では娯楽や社交の場に進化してきているのだ。コロナ禍以前は、国王の誕生日などお祝い事があると人々がこぞってボートで運河に繰り出し、友人とボートの上で語り合うのもオランダ人らしい休日の過ごし方だった。
そんなオランダ人にとって「水上での生活」は、憧れのライフスタイルでもあるという。今回は、世界が注目するサステナブルな水上集落についてご紹介しよう。
ソリューションとしてのハウスボート
アムステルダムの運河には、「ハウスボート」(オランダ語ではwoonboot)という居住用ボートが停泊しているエリアがある。このハウスボートとオランダ人の付き合いは長く、なんと1652年のアムステルダム市議会の記録から、この頃からすでにハウスボートは運河に係留していたことが推測できるのだとか。
現代社会においてその重要性が向上したのは、1950年代以降。第二次世界大戦後の混乱と人口増加で住宅供給が追い付かず、人々は運河にも次々と住むようになったという。意外かもしれないが、オランダの人口密度は日本よりも高く、日本の九州とほぼ同じ大きさの国土に、約1763万人(2023年現在)が住んでいる。
そのため、特にアムステルダムのような大都市では、今なお住宅不足問題は行政と住人の悩みのタネ。オランダ全土で約1万世帯、アムステルダムだけで約2千500世帯あるという水上住宅・ハウスボートが、住居として重要な役割を果たしていることが想像できる。
ハウスボートの暮らしぶり
1960年代からハウスボートとして使われていた船を、博物館にし公開している「ハウスボート博物館」がアムステルダムにある。その内部を見学すると、驚くほど暮らしが「普通」だったことが分かるだろう。
ダイニングスペースや暖炉、寛ぐためのリビングコーナーも確保されている。普通に素敵な住宅だ。言われなければ、これが船の中だなんて分からないのではないだろうか。
もちろん、ベッドとトイレ&シャワーも完備されている。この空間は先ほどのメインホールとは区切られているため、プライバシーの考慮も感じ取れる設計だ。
ちなみにこのハウスボートは、幅4.5メートルで長さは23.3メートル。居住可能面積は約80平方メートルにもなるそう。外観から感じる印象よりも、はるかに広々としているように見える。
厳格な停泊場所の制限
ハウスボートを好き勝手に運河に停めているわけではない。係留できる場所は自治体が厳密に決めていて、ボートの持ち主は自治体に正規の住所(係留する場所)を登録する必要も。そうすれば電気や上下水道も引けるので、インフラに関しては地上と遜色ない生活が送れるのだ。正規の家として認められているので、郵便物もきちんと配達してくれるという。
そんなハウスボートだが、いまでは運河における係留場所は既に定員に達してしまっているのだとか。追加の係留許可が政府から降りなくなってしまったため、既に許可の出ている係留場所が空くのを、気長に待つしかない。更に通常の不動産ではないので複雑な法律が適用されるため、ハウスボートの譲渡や売買は、専門のブローカーが介入することが望ましいともされてしまう。
そしてかつては地上の家に住めない恵まれない人々が住んでいたにも関わらず、実はメンテナンス費や税金含む諸経費もかなり膨大。人気ぶりと維持費の高騰で、今やステータス物件になってしまった。なんとも皮肉な話だ。
水上の豪邸集落が誕生
そんな中、2019年5月に新たな水上集落が現れ、オランダ国内で話題になったという。様々なスタートアップ企業がひしめくアムステルダム北部の工業地帯内の運河に、新規で水上居住区がオープンしたのだ。46世帯・約100名が住めるその居住区は、「Schoonschip」(クリーンな船)と名付けられた。マンションなどが立ち並ぶ新興エリアに、突然現れる水上の居住区がこちら。沿岸からの眺めは、このような感じ。
ハウスボート同士も、ウッドデッキ経由で行き来できるような設計になっている。
ハウスボートは通常は平屋だが、この水上の豪邸たちの大半は2階建て。地下フロアがある家もあるそう。住人は、この水上集落の家を「ヴィラ」とも呼んでいるのだとか。
ちなみにこのヴィラたちは、それぞれが建設会社の倉庫のような場所で組み上げられ、その後にこの場所まで船でけん引されてくる。家の数か所をこのように杭に固定して、漂流を防いでいるのだという。
ヴィラたちが船でけん引され、どのようにこの場所に収められたのか分かる動画がある。船がヴィラをデッキに接岸させる様子がとても面白い、ぜひ見てみてほしい。
Schoonschip Intocht 11 mei 2019 from Schoonschip on Vimeo.
サステナブルな水上の実験集落
実はこの「Schoonschip」は、環境問題にも真剣に向き合っている。まず、この集落のヴィラは、屋根の3分の1以上を緑化させないといけないというルールがある。そしてヴィラから出る排水は浄化槽で浄化され、水上の庭園や樹木に使用されている。
さらに発電はソーラーパネルによる太陽光発電が主な発電方法になるのだが、なんとその電気を隣近所で融通し合うこともできるのだとか。しかも無料で譲り合うのではなく、ブロックチェーン技術を用いた「Jouliette」という地域仮想通貨を介して行われるのだそう。この仮想通貨を導入しているカフェなどもアムステルダムには存在するので、自宅の発電した電気でビールを楽しむ何ていうことも可能なのだ。
そしてコミュニティとして電気自動車を所有し、必要な際に住民が使用できるカーシェアリングも行っている。更には同士の連絡網を経由して、不用品の売買も行っているのだとか。シェアリングやリユースを心がけるなど、住民たちが環境負荷を考えて生活していることが分かる。
住民たちが作り上げたコミュニティ
驚くのは、この「Schoonschip」は、現在の住人たちがアイディアを出し合って作り上げた集落なのだということ。住人たち自身の手で、11年かけてゼロから理想的な環境を作り上げたのだとか。
このサステナブルな水上集落は、オープン直後からオランダ国内で注目をあつめ、有力紙「Trouw」が選ぶ「サステナブルな100のこと」にオープン直後の2019年(45位)と2020年(16位)に2年連続ランクインした。その他にも、環境関連の様々な賞にノミネートや入賞を果たしているのだという。
そういう受賞も後押しし、「Schoonschip」には「こういう環境負荷の低い家に住みたい」「同じような水上居住区を作りたい」と考える世界中の人たちから問い合わせが殺到。
それに応えるように、彼らのこの歴史やコミュニティの仕組みは、「GREENPRINT」というホームページ経由でオープンになっている。サステナブルな水上集落は、オランダだけではなく、世界中に広がるのも夢ではないかもしれない。
[All Photos by Naoko Kurata]