街の再生のシンボルに。スウェーデンの雪原に降り立った「金の卵サウナ」
スウェーデンのキルナ(Kiruna)は、国内最北端に位置する北極圏の街。冬は長く厳しく、最低気温がマイナス20度になることもある極寒の地だ。そんなキルナの雪原に、こんな不似合いな金色のオブジェがやってきた。実はただのオブジェでなく実用的であるとともに、街の「再生の象徴」でもあるのだという。
「何か住民の心の支えになるものをクリエイトしてほしい」
そんな想いから、スウェーデンの首都ストックホルムに拠点を置くアーティスト・デュオ「Bigert & Bergström」が制作したというこのオブジェ。
その背景には、意外なストーリーが隠されていた。
この金色の卵型のオブジェの名前は「Solar Egg」(太陽の卵)。太陽の光を反射して雪原を照らす様子は、確かに太陽のようにも見える。
しかしよく観察すると、卵の上部から煙が出ているのが分かる。一体どういうことなのだろう?
正面の階段を上り、中を見るとすぐに答えは分かる。
そう、この金の卵の正体は、実はサウナだったのだ。サウナの発祥はフィンランドだけれど、隣国スウェーデンでも広く普及している。特にこの北極圏の街キルナでは、体を芯から温めるサウナは生活必需品なのだろうとすぐに想像ができる。
周囲を雪原に囲まれた立地だが、なんと太陽光パネルをしっかりと搭載している。窓はないけれど、LEDライトで室内の照明もばっちりだ。
この「Solar Egg」は一般に開放されていて、地元民でも観光客でも気軽に利用できる公共の施設。けれど、この金色の太陽の卵が作り出された理由は、市民サービスとは全く別のものだった。
このキルナの街は、鉄や鉱石の採掘で長年栄えてきた。街の経済にとってこの資源は非常に重要で、採掘事業がなければキルナという街は存在しなかったと言っても過言ではない。
しかし長年の採掘で街の地下に空洞が発生し、街が地盤沈下する危険性が高まってしまったという。そういう調査結果を受け、キルナは街ごと3km離れた新しい場所に移転する計画の真っ最中なのだ。教会などの歴史的建造物は建物ごと移転させるが、住宅や市庁舎などの建物は新たに建設することになる。住み慣れた街を去る人々の気持ちは複雑だ。
鉱山を存続するためとはいえ、キルナの人々は、生まれ育った街を離れる喪失感にさいなまれている。そんな住民の気持ちを考慮した行政は、スウェーデンの首都ストックホルムに拠点を置くアーティスト・デュオ「Bigert & Bergström」に「何か住民の心の支えになるものをクリエイトしてほしい」と依頼をかけた。
そんな切実なオーダーのもとに生み出されたのがこの「Solar Egg」なのだという。
実はこの「Solar Egg」は、全体が69のパーツを組み合わせてできている。外側はチタン・カラー・コーティングを施したステンレス・ミラー、内部は松のウッドパネルという素材の違いこそあるけれども、分解を想定した構造になっているのだ。つまり街が新たな土地に移転する際も、パーツ単位で手軽に運搬ができるということ。
まさに「Solar Egg」は、「街の分解と再生」を象徴するデザインそのものなのだ。
そして内部のストーブは、生き続けるキルナを象徴するように「心臓」の形をしている。暖かく、適度に狭い「Solar Egg」の中に裸で居たら、まるで母親の胎内に居るような安心感を覚えるのではないだろうか。そんなリラックスした環境下なら、街が消える悲しみや喪失感を素直に誰かに吐露することもできるかもしれない。地元の人々の心も体も温めてくれそうだ。
「Solar Egg」には、新しい場所でもぜひキルナの人々の生活を明るく照らし続けていってほしいものだ。