‟1つのことをするヤツら”へ ~ブッシュマンが教えてくれること~

毎日自由に移動して、好きな場所で過ごし、生きるために必要な食材は、全て周辺地域で取り揃えることが出来る。
そして1日の労働時間は、おおよそ3~4時間。
このような生活はまさしく、多くの人が憧れる場所・時間・お金に縛られない、新しい生活だと言えるのではないだろうか。
しかし遠く離れたアフリカには、古くからこのような暮らしを続けている“ブッシュマン”と呼ばれる人々がいる。
1日3~4時間の労働で生活に必要なエネルギーを蓄えることが出来て、自由に移動が出来るだなんて、とても効率的な暮らしだと思える。

この記事では、そんなブッシュマンの生活を紹介する。遠く離れた場所で暮らす彼らの暮らし方を知り、自身の生き方や価値観を見つめなおすきっかけになるかもしれない。

彼らがブッシュマン。

狩猟採集民族「ブッシュマン」

南部アフリカの乾燥地帯、カラハリ砂漠で生活している先住民族、ブッシュマン。全人口は約10万人ほどで、ボツアナ・ナミビア・南アフリカ・ザンビア・アンゴラなどの広い範囲で暮らしている。彼らの暮らしの最大の特徴は、移動と狩猟採集をしながら生活をしているということ。
移動をしながら、簡易的な住まいをつくったり、周囲で捕らえた動物や収穫した野生の野菜などを食べて暮らしているのだ。
つまり、そんな彼らにとっての労働とは、簡単な住居を作ることや、獲物や野菜などの食材を集めて調理をすることだ。労働時間はたったの3~4時間なのだとか。

ブッシュマンたちが住む、カラハリ砂漠。

しかし1970年以降から、政府による近代化政策の一貫として、ブッシュマンを定住化させ、賃金労働を行うことを促す取り組みが進められている。
なぜなら政府は、移動生活をする人々がたくさんいることによって、国民の管理が難しくなるから。そして何よりも、安定した生活を営んでほしいということが政府の望みだった。狩猟採集に頼る「野蛮」な生活よりも、賃金労働をしてお金をもらって好きなものを買う、学校や病院に通うことが出来るというような私たちの暮らしに馴染みのある暮らし方にシフトするほうがよっぽどいいだろう、と。

そして政府から仕事や住居が与えられたブッシュマン。彼らが住む家が立ち並ぶ1,000人規模のコミュニティが複数作られ、一部には事務職・工事現場や学校建設などの公共事業に関する仕事が、また一部には農地や家畜など農業や畜産業が行える環境が与えられた。

いきなり住む場所を与えられ、賃金労働を強いられたブッシュマンは一体どのような行動を起こしたのだろうか。

定住か、狩猟採集か。ブッシュマンがとった行動とは?

なんと彼らは、賃金労働や定住地での暮らしをあっさりと受け入れたのだそう。
学校や病院にもそこそこ行くようになり、定住地に住み、賃金労働も彼らにとっては新鮮で前向きに取り組みはじめた。家畜がもらえるのなら喜んでもらうし、畑もやるようになった。そんなブッシュマンだが、面白いことに狩猟採集も辞めずに続けているのだとか。

獲物を狙うブッシュマン。

なぜ1つのことしかやらないんだ?

賃金労働を始めたブッシュマンたちは、スーパーでフライドチキンを買うようになっても未だに時に狩猟採集を続けている。時に定住地に住むこともあれば、移動生活をするときもある。
自分で動物を狩って食料にすることと、スーパーでお肉を買うということ。定住地に住むことと、砂漠の中で移動生活をすること。
これらの両極端にあるような2つのことが、無理なく共存しているのが現在のブッシュマンの暮らしなのだ。
そんな彼らの行動を不思議に思う方も多いのではないだろうか。開発を進めていた政府の誰もが、街に来たら狩猟採集をやめるだろうと思っていたという。

彼らが狩猟採集をやめなかった理由、それは、

彼らは1つのことに専念するということに価値を見出さないからなのだそう。

彼らのコミュニティには、狩猟採集している○○さん、工事現場で働く○○さんなどというくくりはない。一つの仕事や暮らし方に特化せず、みんなで役割や暮らしをシフトしているのだ。
そしてブッシュマンは、政府の役人たちのことを「1つのことをするヤツら」と呼び、1つのことだけをすることはおかしい。不思議だ。というように捉えているのだとか。

いつ雨が降るか分からないカラハリ砂漠での暮らし。
昨日獲物が獲れたからと言って、明日も同じ場所で同じものが獲れるわけではない。
常に変化の激しい不安定な暮らしを営むブッシュマンだからこそ、常に新しいことを受け入れながら変化し続けることの出来る強さを持ち合わせているのかもしれない。

何か1つのことを選ばなくてはいけないなんて、ない

日本での「キャリア形成」と呼ばれるものには、何か一つの道に特化するために、ステップを踏んでいくというスタイルがあるように感じる。「二兎を追う者は一兎をも得ず」なんて言葉もよく耳にする。

しかし、
私たちはなぜ、新しいことを始めると古いことをやめなければならないと考えているのだろう?
なぜどちらかを選ばないといけないと思っていたのだろう?
どちらかを選ばないとならないと思っていたことがあったけれど、案外両方やることも出来たのではないか?

ブッシュマンの生活に触れると、そのようなことを考えさせられないだろうか?

出会いや別れ、新生活のスタートなど生活に変化がある人も多い春。
新たな暮らしに一歩を踏み出した方も、何か新たなことに挑戦したいけれど、まだ一歩を踏み出せずにいる方もいるかもしれない。
何かを始めるときに何かをやめなくてはいけないわけではないし、一度決めた道をずっと貫かなくてはならないわけではない。
そして誰だって、いつだって何にでも挑戦出来るし、何にでもなれる。

読んでくださった方が、そんなワクワクした気持ちで日々を過ごせることを願っている。

参考文献
1. 書籍:松村圭一郎編, 働くことの人類学, 株式会社黒鳥社, 2021年
2. 書籍:丸山淳子, 変化を生きぬくブッシュマン -開発政策と先住民運動のはざまで-, 世界思想社, 2010