スパゲティが空を飛ぶ?「わざと」デマを発信する理由
「毒を以て毒を制す」という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。悪を除くのに、また他の悪を利用することの例えだ。これと似たような意味合いで、世界には陰謀論や突飛な主張に立ち向かう動きがあるのをご存じだろうか。
「鳥は政府が放したスパイ」と主張する人びとは、その説をまったく信じない
#Bird’s Aren’t Real(鳥は偽物だ)という主張をご存じだろうか。この主張は、空を飛ぶ鳥が政府が放したスパイであるということを意味し、上空を飛ぶドローンのように、私たちの生活や軍事施設の内部を覗いているというのだ。
このハッシュタグが広まったのは、コロナ渦が始まってすぐの2021年ごろだった。スマホの普及とコロナ渦での外出制限が、SNSなどを通じた陰謀論の急激な拡散に拍車をかけていた頃だ。
こんな嘘のような主張が本当に受け入れられるのだろうか?そう思う人も多いだろう。しかし、実際には数百人程度の人が集まって大きな旗を振り、Bird’s Aren’t Realと叫んでいたというから驚きだ。
実は、「地球平面説」(地球は丸いという説に対し、地球は平らで端は滝となり流れ落ちていると主張する説)、「ピザゲート」(アメリカのピザ屋の地下には、ポルノで大儲けする有名人の談合が開かれていると主張する説)など、当時流行していた陰謀論は様々あった(一部は今も信じられているようだ)。しかしこれらの陰謀論と、空飛ぶ鳥は政府のスパイだと主張するBird’s Aren’t Realには大きな違いがある。それは、その主張が偏見や不十分な証拠に基づいた陰謀論であることを発信元が分かっているかどうかだ。
Bird’s Aren’t Realの支持者は、この主張が真実であるとは思っていない。つまり、鳥がスパイだとは思っていないのだ。しかしこのハッシュタグの支持者がこの主張を支持する理由は、その他の陰謀論や突飛な主張に「同じ立場から立ち向かう」ためなのだという。
正論を説いても耳を貸さない陰謀論者に、同等の陰謀論を主張することで対峙する。理にかなっているし、どこかシニカルな風合いをもったやり方だといえるだろう。
「空飛ぶスパゲティモンスターが世界を作った」説は、創造論と同等なのか
ここでまたひとつの陰謀論をご紹介しよう。それは「空飛ぶスパゲティモンスター教」。なんと、空飛ぶスパゲティモンスターが世界を作ったと主張する人達がいるというのだ。
なぜこのようなことが一部の人たちの間で主張されているのか、これを明らかにするためにまずは「空飛ぶスパゲティモンスター教」が誕生した背景を話しておこう。
「原始的な動物がだんだんと進化して人間になる」というのは、ダーウィンが唱えた進化論だ。この説は科学的な裏付けがあり、生命体を説くなかではもっとも有力とされている説だろう。対して「インテリジェント・デザイン論」という「地球の生命体は、偉大なる存在がデザインした造形物だ」と主張する「インテリジェント・デザイン論」という説も存在する。
少々突飛で、他人に説明するには証拠不十分にも思えるが、なんと2004年、カンザス州の教育委員会がこのインテリジェント・デザイン論を、進化論と同じく公教育で教えることと決めたという。このことに、え?と思う方は多いだろう。
なぜインテリジェント・デザイン論のような非科学的な話が公教育に受け入れられたのか?その理由は、インテリジェント・デザイン論が、多くの宗教が唱える創造論「創造主が世界を作った」という考えから宗教色を抜いたものだからということ。
つまり、この説は宗教家の考えに馴染みやすく、一般の人々にとっても理解しやすい説として、カンザス州の教育委員会に受け入れられたというわけだ。
世界を誰が創造したか、どう生きるか、このような考えに多様性があるのは当たり前のこと。しかし、科学的証拠のある説と、誰かが唱えた思想のひとつを並べ、人の知識のベースを作り出す公教育で教えることに、違和感を感じる人は少なくないだろう。そう感じた1人のアメリカ人が、インテリジェント・デザイン論に対抗する形で作り上げた主張、それこそが「空飛ぶスパゲティモンスター教」なのだ。
「アーメン」の代わりに「ラーメン」と唱える。信者はスパゲッティ湯切り用のボウルを頭にかぶることで、信仰心をあらわす…思わず笑いだしそうな教訓の数々は、カンザス州の教育委員会に対して痛烈な皮肉となった。科学的証拠のないインテリジェント・デザイン論が認められるのなら、空飛ぶスパゲティモンスター教だって同じはずだ、ということだ。
突飛な主張に「同じ立場から立ち向かう」。「空飛ぶスパゲティモンスター教」もまた、#Bird’s Aren’t Real同様に、この手法を用いるために誕生した陰謀論であることがお分かりいただけただろうか。
正攻法ではないけれど、たくさんの人の注目を借りるアイデア「デマ」
何かおかしいと感じたことに対して、正論で対抗しようとする人は多い。ただ、それだけでは動かない相手に対して、もう一歩踏み込んだアプローチをしたいなら、相手と同等の立場で、同類の主張をするのも手だ。
あまりにバカバカしい説や、デマとしか思えない主張に人びとは注目し、真の意味がわかったときに、相手の存在と主張が広い範囲に知れ渡る。どんな手段で対抗するにせよ、世間に認知してもらうことが、被害の抑止や、相手の説得に役立つこともあるだろう。
わざとデマを発信することで、自身が立ち向かう課題や相手の存在を知らしめ、詳しく知ってもらう手掛かりにする。そんなウィットに富んだ方法をひとつ知っておくと、いざというときの「毒」になってくれるかもしれない。
参考サイト:
COURRIER JAPON.”「鳥は国民を監視するために政府がつくったドローンだ」という陰謀論がZ世代に広がっているワケ”
https://courrier.jp/news/archives/271375/
HUFFPOST.”「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」 謎の宗教の正体は?”
https://www.huffingtonpost.jp/2015/11/19/flying-spaghetti-monster_n_8599312.html
Bird’s Aren’t Real.