旅を愛おしく思う映画たち。3つの作品から考える”旅と日常”それぞれの醍醐味

旅−−。広辞苑の定義によるとそれは、「住む土地を離れて、一時他の土地に行くこと」だと言う。

交通手段やパッケージ旅行などが発展し、ただ住む土地を離れるというだけでなく、様々な形の旅が生まれている中で、私たちはどんな旅をできるだろうか。旅から何を感じ、旅にどのような意味を与えられるだろうか。

今回は、旅をテーマにした作品を3つ紹介する。それぞれ違う視点や色で旅を描いた、珠玉の名作だ。

『場所はいつも旅先だった』(2021)

@via:https://ttcg.jp/movie/0791000.html

最初に紹介するのは、松浦弥太郎氏の同名エッセイを映画化した作品。

「わたしたちの知らないところで、だれかの朝がはじまり、だれかの夜が終わっている。」

このコピーが象徴するように、この映画は旅先のささやかな人々の日常の風景を描いた作品だ。

撮影されたのは主に早朝と深夜。心地よい語りと共に、アメリカ、スリランカ、フランス、オーストラリア、台湾の世界5カ国で暮らす人々の暮らしが地球規模で見えてくるようだ。

例えば、スリランカで早朝に、川に子供を歯磨きに連れて行く父親の後ろ姿。あるいは、マルセイユのレストランでてきぱきと働く女性の背中−−。観光の旅もいいけれど、普段は表立って切り取られることのない、誰かにとってはなんでもないそのような姿こそ、妙に惹きつけられるのは何故だろう。

特別SNSに載せようとも思わないような、映えない瞬間や景色……旅の大部分を占める、そんないわゆる“なんてことない瞬間”をこの映画のように愛でられる感性を育みたい。

映画の中で、松浦弥太郎氏の「旅の価値観」が語られる中、あなた自身の旅や暮らしに対する価値観を見直すのも良いだろう。

「私はなぜ旅に出なくてはいけないと思うのか?」「私は旅の最中、何に一番幸せを感じるのか?」「私は旅に何を求めているのだろう……?」等々。その主語は、旅でなくたっていい。仕事でも、人でもいい。

今この瞬間も地球上の何処かで、日常を営んでいる誰かの日々を愛おしく描いたこの映画の視線は、新たな旅の形のヒントとなるだけでなく、より一層私たちの暮らしや日常を愛おしく思える転機となるだろう。

松浦 弥太郎監督/78分/日本/配給:ポルトレ

『究極のハピネスを求めて』(2017)

@via:https://www.milesofhappiness.com/blog/

北米から南米を目指し、手作りのキャンピングカーで旅をするドイツ人カップルのドキュメンタリー作品。二人と一匹(愛犬)の旅は、壮観な景色とともに順風満帆に進んでいく。

しかしある日、彼らのロードトリップは、愛犬の病気によって中断されてしまう。「旅を続けるのか、犬が落ち着いて休養できる場所へ行くか……」という選択を迫られた時に彼らが選んだのは、旅ではなく愛犬との穏やかな日常だった。それは、彼らが “究極のハピネス”を探求した結果だ。

旅と日常−−。そのバランスを取るのは時に難しいけれど、そのコントラストがあるからこそ、旅は愛おしい。

旅をする日々も、地元で暮らす日常の中にも、さまざまな選択がある。その中で、どちらも彼らが納得した結果なら、最高に幸せなはずだ。帰国した2人を暖かく迎え入れた家族のきつい抱擁は、何事にも変え難い日常の喜びが詰まっていた。

この映画を見ることで旅の高揚感を味わうと同時に、日常の安定した暮らしも、旅と同様にもしくはそれ以上に、より一層味わい深くなるのではないだろうか。

Felix Starck, Selima Taibi監督/96分/ドイツ/原題:Expedition Happiness

『はじまりへの旅』(2016)

@via:https://www.heraldnet.com/life/locally-shot-captain-fantastic-a-swiss-family-robinson-for-today/

現代社会から切り離されたアメリカ北西部の森で暮らす一家が、母親の死をきっかけに街へ出るロード・ムービー。6人の子供たちと父親は、仏教徒の母親の葬儀が教会で行われることを阻止するために、また最期のお別れをするために奔走する。

ずっと森で生きていた彼らが、現代社会と折り合いをつけていく姿が〜〜だが、中でも印象深いシーンは、彼らの「弔い」だ。彼らは母親の残した遺書にならい、彼女を火葬するのだが、その形はいわゆる一般的な冠婚葬祭で行われる「常識的な儀式」とは程遠い。しかし、その光景はこの作品の中でも最も美しい−−。

彼らは海岸で、色とりどりのドレスアップをして、母が好きだった”Sweet Child O’Mine”を皆で歌い、踊る(原曲はロックバンド・Guns N’ Rosesの曲であるのも愛おしい)。そして、彼女の遺志の通り遺灰は公衆トイレへ。

彼らの想いの丈の詰まった弔いの形を見ていると、冠婚葬祭などの儀式は、今やその多くが形骸化しており、その儀式や人に対する「思い」はさほど重要でなくなっているのではないかと思わされる。

私たちが仮に、冠婚葬祭を自分たちでやるとしたらどんな形の式を作れるだろうか?パーマカルチャーなどの文化では、家族や仲間たちだけで作る“手作りの結婚式”があるという。手作りの会場やケーキの写真を見たことがあるが、それはとても素敵だった。

社会からすると「普通じゃない」彼らの旅を通して、私たちの日常に潜む「普通の子育て・家族の在り方」、はたまた「普通の冠婚葬祭」とは一体何なのか、果たしてそれにどんな思いを乗せるべきか考えさせられるようだ。

マット・ロス監督/119分/アメリカ/原題:Captain Fantastic

@via:https://www.columbian.com/news/2016/oct/28/new-on-dvd-captain-fantastic-lights-out/

今回は、旅に新たな視点を与えてくれるような映画を3本紹介した。

旅に出る人の数だけ、旅に与える意味合いは異なる。たとえ同じ景色を見ていても、同じ映画を観ていても、そこで得られる考えや気づきは全く相容れないものになるかもしれない。

「旅」と言っても、その旅は、近所の散歩や美術館、誰かとのデートなど “小さな旅”でも良くて。

家を離れて気づいた、最中の小さな出来事や風景、見知らぬ誰かの背中、ふと聞こえた誰かの言葉など、それぞれの心に引っ掛かった”その何か”を大事に思えたら、私たちの暮らしのより一層愛おしい醍醐味も味わえるようになるだろう。



QUOTE

それぞれ違う視点や色で旅を描いた、珠玉の映画たち。様々な形の旅が生まれている中で、私たちはどんな旅をできるだろうか。旅から何を感じ、旅にどのような意味を与えられるだろうかーー。