世界初の水上酪農場「Floating Farm」

欧州オランダは、国土の約3分の1が海抜ゼロメートル未満で、気候変動の影響に弱い国です。温暖化の影響で海面上昇が起これば、国土が沈んでしまうこともあり得るため、政府・国民共に環境問題には真剣に向き合っています。それにも関わらず、オランダはここ数年、窒素排出量がEU基準を上回っており大気汚染が問題視されました。2019年にはその「原因」として政府から悪役にされた酪農家や農家の人々が、政府に対して大規模なデモも実行しています。けれども同じ年、オランダには環境問題に配慮した驚きの酪農場も誕生していました。今回は、その画期的でサステナブルな酪農場に関してお話しさせてください。
海に浮かぶ酪農場

その牧場は、オランダ南部の港町、ロッテルダムに存在します。こちらが、海に浮かぶ「フローティング・ファーム」(Floating Farm)です。

農場を水上に作るという発想がすごいですね。オランダに暮らしていると、国民の発想力に驚くことが多々あります。国土は日本の九州ほどしかない小国ですが、いち早く農業にも独自の発想力とテクノロジーを導入し、非常に効率よく農作物を生産しているのです。そのおかげで農作物の輸出量は、アメリカに次いで世界第二位を誇っているのだとか。

現在このファームでは、32頭の乳牛が暮らしています。「動物福祉、循環性、持続可能性を重視し、消費者に近い都市で健康食品を生産すること」を目指して作られたのだそう。確かに都市に近いところで食物を生産出来たら、輸送にかかるエネルギー(ガソリンや輸送中の保冷に必要な電力)を削減できるので良いことばかりですよね。

ちなみに、牛たちはずっと水上に閉じ込められている訳ではありません。定期的に、目の前の野原に放牧してもらえています。さすが「動物福祉を重視する」と宣言しているだけあり、乳牛たちの生活の質にも配慮があるようです。自由があって良かったですね。
自然エネルギーで稼働するファーム

ファームのすぐ横には、このファームの電力をまかなうソーラーパネルが浮かんでいます。ここで、搾乳機や排泄物処理、1階の事務所の電力を賄っているのです。環境にも配慮していることが伺えます。
こういったサステナブルな取り組みが注目され、2020年秋には、オランダのデルフト工科大学の浄水に関する研究に協力をするようにもなりました。

そして、乳牛たちがいるフロアの下には、スタッフたちの事務所が。

ここに、何故フローティング・ファームが誕生したのかといったストーリーが紹介されています。
もともとは、アメリカで発生した深刻な洪水をニュースで見て、この海上の牧場のアイディアを思いついたのだそう。洪水のせいで物流が混乱し、市内のスーパーマーケットの棚は2日以内に空になり、多くの人に大きなパニックを引き起こしました。最近はコロナウィルスが引き起こす買い物パニックで、日本でも似たような光景が目撃されましたね。
けれど海上に農場を作れば、都市の近くでの生産を可能にすると考えたのだそう。
地元での循環サークルを

このファームのポリシーとして、「可能な限り循環を作る」があります。そのため、乳牛たちはなるべく地元でとれる餌を食べているのです。例えば、地元の草、近隣の風車が脱穀した小麦ふすま、ビール醸造所から生産過程で生まれる穀物かすなどなど。

そうやって生産されたフローティング・ファームのミルクとヨーグルトは、ファームの事務所で販売されています。どれも濃厚で非常に美味しく、地元の人々に愛されています。ちなみに1本750mlで1.50ユーロ(2020年12月現在、約189円)です。このミルクは、このファームのみの販売ではなく、地元ロッテルダム市内のスーパーにも卸しているのだとか。

敷地内には、ミルクサーバーの設置も。近所に住んでいたら、定期的にここのミルクを購入できるのです。筆者が訪れたタイミングでも、地元の方が購入にやってきていました。ファームのポリシー「循環を生む」は、地元の住民にミルクを楽しんでもらうことによって、見事達成されていました。遠くまで運ぶとまた余計なCO2も発生させるので、自転車で買いに来られるくらいの距離のコミュニティでの循環が、一番効率が良いのでしょうね。

この海上ファームの成功次第では、同じく海上養鶏場や海上農園などの計画も控えているのだとか。お住いのコミュニティの近くにこういった「小さな循環」を生み出す生産者が増えれば、環境への負担を軽減しながら美味しい生産物を食べられますね。後続の地元密接型生産者の誕生を楽しみに待ちたいと思います。
[All Photos by Naoko Kurata]
Via:
floatingfarm.nl