【インタビュー】30代ふつうの夫婦が地方移住して空き家で一棟貸しの宿を始めるまで | 長野県飯島町「nagare」(後編)

©️ nagare

東京と横浜で生まれ育った石川景規(けいき)さんと妙子(たえこ)さんが、銀行員を辞めて500日の世界一周の旅をし、帰国後に移住した長野県飯島町で築100年超の空き家をフルリノベーションして一棟貸しの宿「nagare」を開業しました。経緯や資金のこと、苦労と成功のポイント、働き方などについて、お話を伺っています。

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思い切ってお金をかけた分だけ、高い価値を提供できる

移住から約2年半、早く工事を行うことよりも、心から信頼できる仲間を見つけることにこだわったお二人。地域でのつながりが徐々に増えていく中で、4回の設計士変更を経てようやく巡り会えた地元の建築デザイン会社フィールドワークとの設計が始まりました。

状態が良いとは言えない空き家をリノベーションしていく上で、やはり気になるのはお金のこと。実際、どのくらいの費用をどのように工面したのでしょうか?

景規さん:「当初の希望金額はあったものの、それはこのくらいなら返せるだろうというイメージ上での金額で、実際は家具や細かな備品まで含めると当初の希望額の4倍近くかかっています。フィールドワークさんを全面的に信頼していましたし、提案されたものの金額を聞いてたじろぐこともありましたが、僕はそのお金をお支払いして事業計画を調整することに集中。一見過大な投資だったかもしれないけれど、お金をかけた分はアウトプットに如実に比例すると感じていて、プロに頼まず自分たちのできる範囲でやろう…とやっていたらとても残念なものになっていたと思います」

妙子さん:「お金をかけた分だけ戻ってくるというか、その分の価値を提供できるんだなと感じているので、ちょっと思い切った金額をかけて今はすごく良かったと思っています」

景規さん:「資金は、長野県信用保証協会の創業融資の制度を使って借り入れをしました。元金の据置期間が半年あって、5月に返済が始まる時にちょうどコロナの拡大と重なってしまい不安はありましたが、そういう不安は自分がお金を借りて事業をする上では切り離すことができないものなので、覚悟して頑張ろうと思っています」

妙子さん:「こんな世の中になったからこそ一棟貸しにして良かったと思っています。一棟貸しだから、という理由で県内外からお客様が来てくれているので」

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DIYは仕上がりを担保できる仲間と一緒に

一筋縄ではいかない移住先での空き家リノベーションでしたが、思い描いた姿を実現したいという強い思いを持ち続けた景規さんと妙子さん。極寒の長野の冬に、日中の仕事を終えてから、電気も通じていない暗闇の中、毎日DIY し続けたという肉体的にも精神的にも辛い時期もありました。やり遂げることができた支えの一つが、地域の仲間の存在です。

景規さん:「こちらに来て数年暮らす中で知り合いもできたので、人数が必要な作業はその方々に頼むことができました。来たばかりの頃だったら助けてもらえる人もいなかったと思います。2年半過ごしたことは有意義だったなと」

仕上げの漆喰塗りは、見た目の美しさも重要だったため、あえてワークショップにはせず、信頼できるメンバーに手伝ってもらったそうです。大勢でワイワイ行うのも素敵なことですが、自分たちのこだわりに応じていろいろなやり方を組み合わせてもいいのかもしれません。

パートナーシップの下、地域資源をキュレーションし可視化する宿

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「nagare」という宿の名は、かつてお二人がひと月ほど滞在したグアテマラの宿から名付けたそうです。飯島町に100年以上も建っていた古民家を地域の人と共に生まれ変わらせ、室内の随所に地元作家の作品や家具などを使い、地元の食材やグローサリーを常備。宿泊客はこの地域の持つエネルギーや恵み、人の営み、カルチャーなどを、全身で享受しながら暮らすように過ごすことができます。

景規さん:「nagareは、『伊那谷』と呼ばれているこの辺の地域を凝縮したような宿泊施設、言い方を変えると、伊那谷を空間で感じてもらえるリアルメディアのようにしていきたいと思っています。例えば、同じ地域に住んでいる魅力的な作家さんの作品を、こういう空間の中でゆっくりと感じていただきたいですし、提供している食事を作っているシェフ、食材を育てている農家さんについても知っていただき、次回はその作家さんやお店や農家さんに会いに行く…nagareを通じてそんなつながりを作ることができたら本当にうれしく思います。この地域でそうした役割を担うことができたら幸せですね」

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nagare では、この地域でレストラン(kurabe CONTINENTAL DELICATESSEN)を営むシェフが監修した夕食がいただけます。地元の新鮮な野菜や魚、ジビエなど、伊那谷ならではの食材を使った料理を囲炉裏テーブルにて食べられるという、この上なく豊かなスタイル。飲食業経験のないお二人は、自分たちのできる範囲で頑張るのではなく、プロの方にきちんと相談し、自分たちは旅先でどんな食事が出てきたらうれしいか? を考え今のスタイルが実現したと言います。また、ゆくゆくは宿で食べたものや使ったものをお土産として買って帰ることができるような、オリジナル商品の開発・販売の仕組みも考えているそうです。

景規さん:「この地域の人にとっては当たり前になりすぎて価値を見出していないもの、でも外から見たらとても価値があるものを取り上げて磨き上げていくようなことを、この宿で加速させることができたら僕たちもうれしいなと思います」

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職住近接、兼業することのメリット・デメリット

現在、nagareの建つ敷地内に停めたトレーラーハウスで暮らしている景規さんと妙子さん。職住が限りなく一体となったライフスタイルを送る中で、何か変化はあったのでしょうか?

景規さん:「今までは、会社にいる時はこうしよう、みたいに切り替えていましたが、現在は仕事とプライベートの境目がなくなっています。そうなると自分たちがやっていることに嘘がつけない。例えば『これ良いんですよ』と言いながら、自分たちは別の物を使っている、などということも見えてしまいますし」

妙子さん:「仕事という感じじゃないかな、暮らしの延長線上に宿がある感じです。ストレスはないですが、自分がやった分だけ返ってくるので休むのが難しいですね」

また、お二人は「宿の運営」と「E Cや編集のお仕事」という兼業・複業もしています。そのワークスタイルは、収入の安定はもちろんのこと、それ以上の効果ももたらしているようです。

妙子さん:「子どもが生まれて仕事を減らしましたが、私はもともと移住した時から東京の編集の仕事をリモートでやっていました。程よい刺激を受けながら畑仕事もできる、みたいなバランスが心地よくて」

景規さん:「僕は地域おこし協力隊の時にある程度人脈ができたのが宿にも生かせているのと、ECの仕事では、こちらでは当たり前のものが違うマーケットではこの価格で売れるんだってことが数字として分かるので、世の中の価値観が客観的なデータとして取れ、宿でのリアルな接客に生かせる。仕事間での相互の情報共有が起きているのがメリットかもしれないですね」

ウェブや編集の仕事からのインプットで得られた感性・情報が、宿でのアウトプットに生きてくる、という好循環が生まれているようです。

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ふと、立ち止まる。nagareが伝えていきたいこと

最後に、これからnagareを訪れるお客様や、YADOKARIの読者に伝えたいことを伺いました。

妙子さん:「都会で暮らしていると日常を振り返る時間がなかなか持てないと思うんです。ここは非日常と日常のあいだの場所だと思っていて、この非日常の空間に来て、ゆっくりとした時間の中で日常をちょっと振り返る、そういう時間をここで作れたらいいなと思っています」

景規さん:「僕たちのやっていることは、『特別な観光資源があるからできた』というものではありません。少し高い位置から俯瞰すると価値を見つけられたり、自分が思ってもいないものに高い価値があったり、目線の違いで見えてくるものがあると思います。飯島町でできたので、他の地域でも同じ取り組みができると思います。僕たちの物件に比べたら、空き家ゲートウェイに載っている物件は状態が良いものばかりですよ(笑)」

経済成長期に作られた幸せや豊かさの雛形に違和感を感じながらも、日々の中で自分の辿り着きたい場所を見失うこともある私たち。都会生まれの銀行員だった石川夫妻が、人とのご縁と空き家を通じて実現した「nagare」には、自分基準の幸せや豊かさを見つめ直す「ふと、立ち止まる」時間が用意されています。一歩を踏み出すきっかけを探している方は、ぜひ石川夫妻の待つこの宿へ、会いに行ってみてはいかがでしょうか。

(執筆:角舞子)

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