【インタビュー】withコロナ時代のマイクロツーリズム。本当に持続可能な宿と地域のつくり方|NIPPONIA小菅 源流の村(後編)

©️NIPPONIA小菅 源流の村「崖の家」 https://nipponia-kosuge.jp/cliff/

コロナ禍でも連日完売するほど人気の、山奥の空き家を改修した宿「NIPPONIA小菅 源流の村」の運営者である、株式会社EDGE 代表取締役 嶋田俊平さんへのインタビュー。後編では、若者たちがこの宿を選ぶ意外な理由について、そして、嶋田さんが目指す「日本一のマイクロツーリズム宿」の真意と構想を伺った。

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いつか手に入れたいライフスタイルのための投資

2019年8月に、小菅村でいちばん大きな築150年の空き家、通称「大家(おおや)」を改修し、レストラン併設の宿がオープンした。宿のコンセプチュアルな対象客として想定したのは、首都圏に住む30〜40代の夫婦、あるいはカップル。とは言うものの、実際の利用者は経済的にも余裕のあるシニア層が多くを占めるだろうと予想していた。

ところが、その予想は覆された。営業を開始してみると、宿泊客の約50%が30〜40代、そしてなんと20代の若者たちが約20%を占め、50代以上の利用者は30%ほどだった。嶋田さんはそこに、どのようなニーズが存在しているのかをこう語った。

「思った以上に若い人が来てくれたのが驚きでした。社会に出たばかりの20代のカップルや、学生さんもけっこう多い。都会でバリバリ働いて疲れを癒しにここに来る、夫婦でゆっくり過ごすという旅の目的を想像していましたが、若い世代の方々のお話を聞くとそうではない。彼らは何かを消費しに来るのではなく、学びや将来の自己実現のための投資として、この宿に来るんです。

いつかこういう家に住みたい、いつかこういう素敵な家具や照明に囲まれて暮らしたい、こんな豊かな自然に包まれてオーガニックな食生活を実現したい…そういった目指すライフスタイルを吸収にし来る人が多い。最近『ライフスタイル・ホテル』というジャンルの施設が増えており、この宿はそれを意識してつくったわけではないのですが、まさにそういうふうに見られているんだなと実感しました」

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入口が宿で、出口が村

さらに嶋田さんは、もう一つ重要な宿泊客の特徴に気づいた。もともとこの宿は、小菅村に観光客が増えてきたため、宿泊機会を増やすためにつくったものだった。ところが、「NIPPONIA小菅 源流の村」を訪れる宿泊客の90%以上は「初めて小菅村に来た」という人々なのだ。

「つまり、小菅村に来るのではなく、まず『NIPPONIA小菅 源流の村』が目的で来る。それをきっかけにこの村を体験し、豊かな環境や食や村の人に触れて、『もっと小菅村のことが知りたくなった』と言ってくる。入口が宿で、出口が村なんです。僕は逆だと思っていたのですが、僕らの宿がなかったら小菅村に来ることはなかった人たちが来ています」

住環境や食生活、1日の過ごし方など、自分の理想の暮らしの体験のために宿を訪れ、それが入口となって地域への興味が湧くという構造だ。その興味の奥底には、漠然とではあるが「もしここで暮らすとしたら?」というシミュレーションも、かすかに混じっているのではないだろうか。リモートワークが一般化した今、都会で稼ぎ、リゾート地や田舎で消費するという働き方・生き方は、すでに過去のものになりつつあるのかもしれない。

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700人の小さな村で豊かさの本質に触れる

強い吸引力を持つ「NIPPONIA小菅 源流の村」の魅力をつくり出しているサービス開発のコンセプトは、「700人の小さな村で豊かさの本質に触れる」というものだ。

このコンセプトを宿として実現しているのが、嶋田さんからマネージャーを託された谷口さんを中心とするスタッフの方々だ。谷口さんは、もとは東京の会員制ホテルのスタッフとして富裕層向けのサービスを行ってきたが、果てしなく増長していく「高付加価値サービス」に疑問を感じ、同じホテルで働いていた奥さんとともにオーストラリアに留学、クリスタルウォーターズでパーマカルチャーの世界に出会う。「いつか自然が豊かなところで、自分たちの理想のホテルをやりたい」と思いながら帰国した谷口さんの目に留まったのが、開業を控えた「NIPPONIA小菅 源流の村」の求人情報だった。

嶋田さんは、谷口さんたちが提供しているサービスに、大きな共感と信頼を寄せている。

「谷口夫妻は自分たちがやりたかった宿をここで実現していて、僕はそれがいいなと思っているんです。彼らのライフスタイルの体現が、この宿だと言ってもいい。豊かさの本質って何だろう? 彼らがかつて感じていたモヤモヤを、同じように感じている若者たちがこの宿を訪れています。

『700人の小さな村で豊かさの本質に触れる』というのは、シンプルに言えば『足るを知る』ということ。そこにある自然や、目の前に差し出された食材に『ありがたい』と感謝する。今ここに大切な人といられることに感謝する。そういうものです。この宿だけでなく、小菅村自体にそういう感じがありますよね」

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子どもと過ごせる「崖の家」では、自炊の価値を開発

村の空き家を一つひとつ改修していき、村全体を分散型ホテルにするという計画と共に歩んでいる「NIPPONIA小菅 源流の村」は、「大家」に続いて2020年8月に、新たな客室「崖の家」をオープンした。村内の切り立った崖の上に放置されていた築100年超えの2つの空き家を、2棟の二階建てコテージへ改修。ゆったりとした滞在を約束するため中学生以上の利用に限定している「大家」に対し、「崖の家」は子どもと一緒に滞在したいというニーズに応える。

「崖の家」の建物内にはアイランドキッチンと円卓が備わり、食事は宿泊客が自炊する仕組みだ。嶋田さんは、ここにも豊かさの本質に触れるための仕掛けを施した。

「発端は『崖の家』の宿泊客の食事をどうしようかという課題からでした。『大家』のレストランはやはり大人向けなので、小さなお子さんを連れた『崖の家』のお客様に利用していただくのは難しい。そこで自炊を、ということにしたのですが、『自炊=安い』という考え方ではなく、自分で料理をすること自体を付加価値にしたいと考えたんです」

そこで生まれたのが「つながる食卓」というコンセプトだ。宿泊客に村で農業体験をしてもらい、幾重にも重なる「つながり」を感じていただく。例えば、大地とつながる、食物の生産者とつながる、家族や友人たちと一緒に料理し食卓を囲んでつながる。宿泊客はこの体験を通じて、人と自然、人と人、命とのつながりを回復することができる。

こうした仕掛けを行いながら、嶋田さん自ら書いたプレスリリースでは、「崖の家」の特徴を「3密回避の貸切宿」、「農作業はオープンエアのアクティビティ」などと表現。「withコロナ時代のマイクロツーリズム」を全面的に打ち出し、NHKをはじめとする多くのメディアの注目を集めた。

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普遍的なマイクロツーリズムと地域の再生を目指して

コロナ禍で海外を含む遠隔地への移動を制限された人々は、改めて身近な地域に目を向け始めた。今住んでいる地域をはじめ、自宅から1時間ほどで行ける近場への旅「マイクロツーリズム」が脚光を浴びている。しかしコロナ禍が終息すれば、再びインバウンド頼みの観光産業や遠いリゾート地での消費に置き替わってしまうのだろうか?

嶋田さんは、マイクロツーリズムにもっと普遍的な価値を感じているという。

「名もなき村、名もなき風景、名もなき人々、名もなき品々。そこに目を向けて、これらが長い歴史の中で人々の手によって受け継がれてきたことの意味を学ぶ。それがマイクロツーリズムだと思いますし、この言葉がない時から僕らはそれをやってきた。『近場で済ます』ではなく、近くにこんなに美しいものがあったんだと気づけたらいいですよね。コロナ禍で機運が高まったのは事実ですが、一過性ではなく、普遍的なマイクロツーリズムにしたいですね」

JR東日本とコラボレーションしたマイクロツーリズム企画、小菅村を含むJR青梅線沿線の地域を巡る「沿線まるごとホテル」を開催。Via:http://marugotohotel-omeline.com/

2021年2月17日から4月20日までの期間には、JR東日本とコラボレーションし、青梅線の無人駅「白丸」駅を発着点に、周辺集落や小菅村を周遊して「NIPPONIA小菅 源流の村」に泊まる、「沿線まるごとホテル」の企画を実施している。

この企画の背景には、マイクロツーリズムとして「沿線」という角度から、今まで見過ごされてきた小菅村周辺の地域にも光を当て、最終的な目的地だけではなく通過点にも人々の視野を広げたいという想いと共に、源流 小菅村に発し海まで続く多摩川流域全体のつながりを回復できないかという、嶋田さんの未来へのビジョンがある。

「多摩川源流にある小菅村は、昔から本当に頭が下がるような村づくりをしてきているんです。多摩川を汚さないために、30年以上前から全戸に下水道を整備したり、農業排水を川に流さないようにしたり、川のクリーン活動にも力を入れてきました。そしてようやく『多摩川源流の村と言えば小菅村』と、少しずつ知られるようになってきた。僕らの宿は、長年の村の努力の積み上げの上で営業させていただいています。

だから、本当に小菅村を感じるには、多摩川を遡ってきていただきたいんです。それができるのがJR青梅線です。多摩川沿いを走り、多摩川を一つの流域として意識することで、下流の人は上流の人のことを思い、上流の人は下流の人のことを思い、お互いに何かあったら助け合う。そんな流域一体の社会をつくれたらと」

経済成長が優先されてきた時代に、社会のさまざまな場所で効率化と共に分断が進んだことは周知の事実だ。人と自然、人と地域、そして地域同士の思いやりやつながりもまた、いつの間にか薄れてしまった。多摩川流域をもう一度つなぎ直すアクションは、これまで人々の命を生かし続けてきた、本質的な大いなる流れをつなぎ直す動作にも見えてくる。

©️NIPPONIA小菅 源流の村「崖の家」 https://nipponia-kosuge.jp/cliff/

最後に、嶋田さんに宿や地域づくりに取り組む人に向けてメッセージをいただいた。

「自分の経験からしか言えませんが、コロナ禍で思ったのは、僕たちのやっている事業はやはり地域の人や地域のファンによって支えられているということです。世の中が大きく変わる時に僕たちが生き残ることができているのは、何かあった時に助けてくれる人が大勢いたから。実はこれがいちばんの強さなのではないかと思います」

人間の本質的な豊かさに触れることをいかにつくり出せるか、そしてそこに集まるたくさんの共感をいかに力に変えることができるか。このようなモデルだけが、これからの予測不能な激動の時代を生き抜いていけるのかもしれない。

(執筆:角 舞子)

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