【インタビュー】家族も、組織も、暮らし方も。流動的に受け入れ、変わり続けるCRAZY・森山和彦の生き様
「これからの○○」をテーマにした同連載で、これからの住まい方の選択肢として、CRAZY創業者・山川咲さんの記事を書かせてもらった。組織としての大変革を迎えるタイミングでCRAZYを辞め、娘の英ちゃんとともに奄美へ旅立った咲さん。そうした経験をもって見つけた「東京で暮らし、自然へかえる」という新たな暮らしについて紹介をしたところ、記事を読んでくださったYADOKARIさわださんから「彼女の暮らしを夫である森山(和彦)さんはどう見ていたのだろう」という声を頂いた。というわけで、今回の記事では、咲さんの夫である森さん(と親しみを込めて呼ばせていただいている)の生き方・暮らし方にフォーカスをしてみようと思う。
森山和彦
組織が危機に陥る中、山川咲が脱退し奄美へ
ご存知の方も多いかと思うが、あらためて紹介すると、森さんは妻である咲さんとともにCRAZYを率いてきた代表である。いつも完璧を目指してものごとを作り上げるクリエイティブ・ディレクションが得意な咲さんと、もっと長期的なビジョンでもって組織・経営を組み立てる森さん。その調和によってCRAZYは生まれた。
しかし、咲さんは昨年、CRAZYを辞めて娘とともに東京を離れた。新型コロナウイルスによって大打撃を受けるウエディング業界の真っ只中にいながら、東京で一人戦ってきたのが森さんである。森さんは当時を振り返りながら、経緯を教えてくれた。
「子どもが生まれてから、2人の時間がなかなか取れなくなったんですが、ある日、銭湯へ行った時、たまたま娘が車の後部座席で眠っていたんです。すると、咲ちゃんが切り出した。『私、辞めようと思う』。僕が最初に思ったのは『お前まで辞めるのかよ』ということでした」。
時は2019年の12月。当時、CRAZYという組織は大きな変革を迎えているタイミング。今一度組織をどうやって作り直すか、それが森さんの一番の課題だった。実は4年ほど前、組織が危機に陥った時に森さんは「リジョイン」という手を取ったことがある。社員全員を一旦辞めてもらい、そのまま離れたい人は離れる、それでも残りたい人だけが再就職するという大胆な取り組みだ。「またリジョインするしかないのかも・・・」。そう森さんは考えていた。
しかし、今回はそうはしなかった。「合宿でもすれば?」。そんな仲間からの突飛な提案が腑に落ち、即断した。全員で沖縄へ行ってキャンプをしよう。思いっきり楽しんで、お金を使って、辞める人たちには楽しい思い出とともに辞めてもらおう。そんな大胆な独断を張り詰める経営会議の中でひとり明るく発表した。みな最初はポカンとしたが、結果的には仲間の結びつきを強める機会となったそうだ。その後、15人ほどのメンバーがCRAZYを離れた。
森さんは「まわりの芽を楽しむ大きな木」
そんなタイミングでの咲さんからのカミングアウト。「お前まで・・・」。そこから2時間くらい、車中で二人だけの話を続けた。1時間くらい話した頃から森さんの頭の中に別の考えが浮かんできた。「普段はまわりに意見を求めたり、影響されやすい咲ちゃんが、何を言われてもブレない。これは覚悟してるんだなって思いました。何を言っても彼女の意思は変わらない。その時、ふと思ったんです。2人が全く別のことをしたら楽しそうだって。2人で1つのものを作るんじゃなくて、お互いの可能性がそれぞれ伸びていくのってめちゃくちゃ最高じゃん、って」。
森さんは咲さんのインスピレーションを尊重しているし、咲さんは森さんの意思決定を尊重している。咲さんは目の前のプロダクトのクオリティを完璧にまで求めるし、森さんは長期的なビジョンでもって組織が向かう方向を示してあげる。家族と組織という二つの居場所において、2人はそんな関係を保っていた。
しかし、子どもが生まれ、子育てをする中で、2人の時間が取れず、意思決定が遅れてしまう。これまで二つの経営人格をすり合わせながら進んできたCRAZYという組織の前に進むスピードが遅くなり、時間だけが過ぎていた。「僕のビジョンと彼女のインスピレーションがかみ合わず、お互いの強みをうまく交換できていなかった」と森さん。そんなタイミングだったこともあり、森さんは咲さんの決断を受け入れてみた。
森さんは自分を「まわりの芽を楽しむ大きな木」と表現する。「僕は創業時から吟遊詩人とかと一緒にチームを作りたかったんです。僕は単なる大きな木。まわりに才能を持ったたくさんの芽や花がほしいんです。自分自身はそれらの芽が育つようにコミュニケーションをとる役割。芽がどんどん成長していくのを見るのが一番楽しいんです」。
咲さんはそんな芽や花の中では完全なるスターだろう。だから、彼女がいなくなることはもちろん惜しい。だけど、ひとつの花がなくなった時、まわりの花が枯れるわけではない。「むしろ他の芽の面白みが出てくるし、新しい芽が生まれてくる。誰かがいなくなれば、他が頑張る。だから、咲ちゃんが辞めてもいいんだよ、と思った」。
そばにいることだけがパートナーシップじゃない
こうして咲さんがいなくなったCRAZYという組織とともに、東京に残った森さん。その暮らしっぷりはいかがなものだったのか。彼はこう即答する。「まず、咲ちゃんに感謝をしている。(奄美に)行ってくれてありがとう」。
家庭においては育児も家事も分担をしているという森山家。仕事が忙しいかどうかは関係ない。それは「誰もが地球で生きている人間として忙しいから」。
「咲ちゃんは仕事をしていないから暇だとかそんな感覚ではない。仕事に関係なく、人生に忙しい人だから、コロナ禍でも家族の時間は分担すべきだった。だけど、彼女は二人で奄美へ行ってくれた。僕は一人、東京で仕事だけに専念することができた」。もちろん、仕事は大変な状況だ。コロナの影響でいつ会社が潰れてもおかしくない。銀行からの借り入れのために足を運び、延命をした時期もあった。「仕事で言えば、記憶がなくなるくらい大変だったけれど、すごくいい暮らしだった」。
森さんがCRAZYを通じて考え続けているのは「パートナーシップ」という言葉に集約される気がする。人と人の関係性、愛し合うことの可能性。結婚式はそのひとつの形だけれど、CRAZYが目指すのは「愛を可視化すること」。昨年会社のビジョンも変更し、人生におけるあらゆる「パートナーシップ」を考えることを最大のミッションとして、動き始めた。
「パートナーシップとか、愛し合うことって、必ずしもそばにいることじゃないと思ってて。お互いが心地よい距離を見極めていくのが重要なんです。だから、昨年咲ちゃんがいなくなったことはすごくいい時間だったし、無意識にそんな時間を作ってくれた咲ちゃんの直感力は本当にすごいと思います」。
「できるだけそっちにいていいよって思ってた」と笑う森さん。2人がいないから寂しいかというと、そんなことはなかったらしい。もちろん連絡は取り合っていたし、帰ってきたことは当然嬉しかったけれど、森さんは目の前にいる人を大事にしたいタイプだから、大変な時期を仕事だけと向き合うことで充実した時間を過ごせたのだという。
「僕は彼女の欠けている部分が可愛いと思うんです。大事な用件でのLINEの大事な部分が抜けていたり、こちらの質問を無視して脈絡のない話が飛んできたり。『今すぐ振り込んで!』なんていうくせに、振込先の情報が欠けていたりして(笑)、残された情報から調べまくって、振り込みをするんです。可愛くないですか」。森さんの話を聞いていると、パートナーシップとはいかなるものかがわかるような気がしてくる。だからこそ、2人がバラバラの場所にいても、それぞれの暮らし・時間を尊重しながら、家族を育んでいけるのだろう。
「手触り感のない生活は嫌だ」
やがて、別々の時間を経て、東京に戻ってくるなり咲さんは「引越しをしたい」と言い始めた。それまで、代々木の大きなお家に住んでいた森さんは、正直今の暮らしがとても気に入っていたという。
「もともと移動が大好きで毎年のように引越しをしていたのですが、代々木の家はこれ以上ないくらい快適な空間で、生まれてはじめてこの家に合わせて家具を買い揃えたくらいです。しかも、咲ちゃんたちがいない間はリモートワークの仕事場としても機能していたわけですが、夜にろうそくをつけてチルな時間を過ごしていると、こんなに家が快適なんだと感動していたくらい。だから、引越したいと言われて最初は嫌でしたね」。
咲さんいわく「手触りのない生活が嫌だ」とのこと。整いすぎた生活も、この場所にいるという価値観も嫌だと言われた。それなら、自分で家を探して、引越しの準備もしてくれたら、僕はついていくと森さんは伝えた。森さんの条件は「せめて緑だけは見えるところに」。そのまま、咲さんは家を探し、引越しの準備をした。「とは言っても、最後のいくつかの手続きは僕がやったんですけどね」と笑う森さんは、やはり咲さんのことがとても好きなのだろうと思う。
そうして引越した先はなんと団地だった。これまでと比べると家賃は3分の1程度。間取りもずいぶん小さくなった。「家が小さくなって、前の家に合わせて購入した家具はなんだかチグハグで全然合わないんです。だけど、こんな暮らしもいいなって」。「引越してよかったことは?」と聞くと、「家族の身体的な距離が近いこと」だという。
全体的にコンパクトな家で、天井も低くて、みんなが近くにいる感覚。一人の快適な時間を経た後だから、なおさら、その良さを感じるのかもしれない。「咲ちゃんも前の家は完璧すぎたけど、この家は完璧じゃないからと工夫して暮らしたいみたいです。引越してよかったかといえば、超よかった。でも、今はもう『手触りのある生活』なんて求めてないと思いますよ。彼女はそういう人だから」。愛を込めて、森さんはそう話す。
他者との関係性の中で流動的に生きるということ
森さんの話を聞いていると、CRAZYが目指している「愛の可視化」というミッションがすごくすんなりと理解できる気がするし、なによりまず森さんの生活自体がそれを体現しているかのようである。CRAZYはコロナ禍をくぐり抜けて、次々と新しい挑戦を続けている。オンライン結婚式に新たな式場、さらには、テクノロジーを活用した「パートナーシップ」事業を今夏目標で作っているそうだ。
「これは僕が人生をかけて作っているプロダクト。新しいCRAZYを作っている感覚です。僕はふうふの関係性が世界を変えると思っていて、あらゆるテクノロジーを駆使して、パートナーシップを支えたいんです。人々は『being』よりも『doing』に目を向けがちですが、大事なのは『being』。2人の時間で何をするかより、2人でいることの素晴らしさを感じた上で、何かをする。そんな関係性を作っていきたいんです」。
これまで、結婚式という枠組みの中でいろんな可能性を模索してきたわけだが、結婚式というポイントの縦軸を伸ばしていくだけじゃなく、人生という横軸全てを網羅していきたいというのが森さんのこれからのビジョン。最近では「お客様以上社員未満」というポジションを作り、身内を増やしながら新しい組織のあり方を模索しているところだそう。
どこまで行っても森さんは「パートナーシップ」のことを考えているし、彼が描くビジョンはもう地球規模の話。それは暮らし方や住まい方にも直結するもので、全く別の領域とも思えない。「愛ある子どもが増えれば、世界が変わっていく。僕たちはこれからも『愛がみえる』ように、人生の編集作業を続けていくだけです」。森さんはそう締めくくる。
森さんの話を聞いていると、とても“流動的な”人生だと感じる。もともと、森さんも移動が大好きで、毎年必ず海外旅行をしていたし、今の生活をリセットするために定期的に家族旅行にも出かける。引越しだって毎年してきたわけだが、ここでいう流動的というのはそれだけじゃない。
組織が危機に陥れば突然みんなでキャンプをしてみたり、咲さんが「奄美へ行く」と言えばそれを受け入れたり、帰ってくるなり「引っ越したい」と言えば、ついていく。しかも、その状況を全力で楽しんでいる。(多拠点生活とかそういう意味での)単なる場所の流動性だけでなく、生き方そのものが流動的で、その人生を精一杯楽しんでいる。そして、それぞれの移動の根幹には誰かとの“パートナーシップ”がある。最初に書いたとおり生態系を維持する「大きな木」そのものだ。
森さん自身は「自分の時間を生きている感覚」だというが、聞いていると、そこには必ず他者がいて、流動的な時間があると感じる。そんな、他者との関係性の中で生まれる曖昧な暮らし方は、誰でも真似できるものではないし、だからこそ、僕は彼の生き様にすごく憧れるのである。