【インタビュー】イタリアのタイニーハウスクリエイターから学ぶ、デザイン手法と暮らしの美意識〜レオナルド・ディ・キアラさん

 

みなさんタイニーハウスと聞くと、どんな家を思い浮かべるでしょうか?きっと小さな限られたスペースに、キッチンやシャワー、ダイニングや寝室がパズルのように組み合わさり、小さな宝箱のようにぎゅっと凝縮されたようなスペースをイメージするのではないでしょうか?今日ご紹介するイタリアのタイニーハウスクリエイター、レオナルド氏のタイニーハウス、“aVOID”はその名の通り一見”何もない空間”。今回は、その魅力と彼の暮らしの美意識に迫ります。

レオナルドさんとは

今回のタイニーハウスクリエイターインタビュー企画、トップバッターを快く引き受けてくださったのは、イタリアで注目されるタイニーハウスクリエイターのレオナルド・ディ・キアラ氏(Leonardo Di Chiara)。イタリアのペーザロ(Pesaro)在住の30歳の建築家です。現在はTinyhouse Universityの理事を勤めながら、フリーランスの建築家として世界中でタイニーハウスをはじめ多くのプロジェクトを手がけています。

“aVOID”とは

初めて”aVOID”を見た時は、今までのタイニーハウスの概念が一気に覆されるような感覚がありました。ただでさえ限られたスペースに、日常に必要なものを全て詰め込むだけでも大変なところに、何もない空間を作れるとは考えてもみませんでした。”aVOID”は全ての家具や機能が壁の中に収納されているのです。これを聞いただけで、ワクワクしますよね。まるでトランスフォーマーの世界のようです。さて、どんな風に家具が現れるのか、まずはそのデザインのきっかけからご紹介していきましょう!

“aVOID”が誕生するきっかけ

まずは、どのようにしてこの斬新なアイデアが思いついたのか尋ねてみました。

この全てを収納するアイデアは、「どのようにしたら小さなスペースを常に物が溢れず綺麗な状態を保てるか」という問いから始まったというレオナルド氏。

落ち着いてストレスのない自分だけの空間が欲しかった彼は、必要な時に必要なものを取り出せるように全てを収納し、グレーの何もない空間を作り出すことで自分だけの空間を確保することに成功しました。この空間こそが、この”aVOID”の名前の由来です。

自分だけの空間というと、タイニーハウスという小さな家自体が既に自分だけの空間ではあるのですが、そこに物も存在しない空間こそ、真の自分だけの空間だと彼は言います。そして、そんな空間を彼はこう表現します。

「ここはまるで白いキャンバスのように、いつでも自分の生き方を創造できる場所なんです。」

全てのものを収納すると、またゼロからのスタートが切り出せる家。彼にとっては、感覚的に毎日自分の家を作っているようで、時にはデスクで仕事をし、時にはテーブルを広げ友人を呼び、ベッドを広げて眠る。翌朝には全てをもう一度収納して、この日はどんな家にしようかと考える。そして、その作業は永遠に終わりがありません。タイニーハウスがさまざまな場所に移動できるのと同じように、家も固定されずにいつでも変化できるところが、この”aVOID”の面白さだとレオナルド氏は言います。

タイニーハウスと住む土地との関係性

そんなレオナルド氏はタイニーハウスを牽引し、ドイツはベルリン、スイスのチューリッヒやイタリアのローマなど、ヨーロッパの大都市を旅した後、現在はイタリアの彼の故郷、ペーザロ(Pesaro)にあるカントリーサイドで暮らしています。都市にあるタイニーハウス、田舎にあるタイニーハウス、それぞれの魅力を伺ってみました。

「私の夢は中心地や様々なものにできる限り近い場所に住める家を持つことでした。」と語るレオナルド氏。

都心部で家を持とうと思っても、古くて狭くておまけに高い。そこで思い付いたのが両側が建物に囲まれた狭い土地にもフィットする、テラスハウスのようなデザインのタイニーハウスでした。つまり、隣の建物に近づけるように、長手方向には窓が一切ないのです。

高層ビルが立ち並ぶ都市部に対照的なタイニーハウスで暮らすことに成功したある日、彼に転機が訪れます。さまざまな都市を旅している時、イタリア・トスカーナ地方の田舎町に住む友人が彼を招待してくれたのです。

「初めて自分のタイニーハウスが田舎町にある姿を見た時、本当に大きな衝撃を受けました。そして、この家の可能性を理解したのです。この家にはタイヤがついていて、一緒に移動ができる。つまり、まだ誰も住んだことのない場所に住める可能性があるのだと。」

この時をきっかけに、自然や太陽、自分を取り巻く環境と素晴らしい関係を築けることに気づいたレオナルド氏。ただ最終的に大切なのはバランスなのだと彼は言います。都心部なら多くの人と繋がれる。でも田舎なら自然や自分自身と繋がれる。現在は田舎町に住む彼は、自分らしくいられて、誰もいない場所で自分のやりたいことができるのはとてもよかったそうです。

ただ、誰にも未来のことは分からない。コロナの前はミラノに行く予定を断念し、今の暮らし始めた彼も今は田舎暮らしが好きだったとしても変わるかもしれないと彼は言います。

「タイニーハウスの利点は、永遠に決める必要がないことだと考えています。」

大人になると、誰に言われる訳でもなく、なんとなく安定しなくてはならないというプレッシャーを誰もが一度は感じたことがあるのではないでしょうか。それがどこかで自分を制限してしまい、苦しいと思う人もいると思います。本当は、家も生き方も、決める必要なんてないのかもしれません。

家族でタイニーハウスに住むことは可能?

一方、家族が増えたりライフステージが変わっていくこともありますよね。“aVOID”は写真のようにゲストを招いて4人で食事をすることも可能です。それでは、家族でタイニーハウスに住むことは可能なのでしょうか?

家族だとしても誰もが自分だけの空間が必要だと語るレオナルド氏。”aVOID”は定住者一人用+ゲスト一人が泊まれるサイズとしてデザインされています。それでは、家族用のタイニーハウスはどのように変化を遂げる可能性があるのでしょうか?

現在5人用のタイニーハウスをデザインしているというレオナルド氏。そこには、一つの空間を家族分に分けるような工夫があり、各々が自分の空間を閉じたり開いたりできるのだとか。

そして、このアイデアはなんと日本のカプセルホテルからインスピレーションを受けたのだそうです。カプセルホテルに滞在した時、同じ空間に多くの人がいながらもm、例えその空間が小さかったとしても、音楽を聞いたりカーテンを閉じたり、確かに自分の空間だと感じられたと言います。

タイニーハウスのムーブメントはアメリカから始まり、どこか海を渡ってきた価値観のような気がしていましたが、言われてみるとカプセルホテルや都心での一人暮らしのアパートなど、私たち日本人ははもともと限られた空間で過ごすエキスパートだったのかもしれません。生き方の選択肢が変化し、増え続ける今、家族で暮らせるタイニーハウス、世界を旅する家族も増えていくのかもしれません。

家族の定義とは

ここで気になるのが、そもそも”家族”ってなんだろう。家と家族というのは、文字通り切っても切り離せない関係性でもあります。家族用のタイニーハウスをデザインしている彼に尋ねてみました。

「人にとって大切なもので、自分自身が感じるものであり、自分らしくいられ、頼れる場所。」

「自分が感じ、深く繋がった人のことを言うのだと思います

と答えてくださったレオナルド氏。時には自分一人きりでさえ、それも一つの家族の形になり得ると言います。

私自身もデンマークに留学中、ルームメイトと2人暮らしでした。彼のおっしゃる通り、彼女のことを心から信頼し、今思えばその時彼女は確かに、私にとって”家族”でした。タイニーハウスのような固定されない家での暮らしがあるように、家族もまた、定義を固定しなくてもいい時代。妻、夫、子供だけでなく、様々な形があり、そしてそれらが変わっていくことも、時には自分の人生にとっていいこともあるのかもしれません。

暮らしの美意識とは?

ここまで変化を喜んで受け入れ、自分の人生を作り上げているレオナルド氏。限られた空間の中、そして変化する生活環境の中でも、いつでも自分らしさを失わずにこのタイニーハウスで暮らすことができる、その暮らしの美意識に迫ってみました。

「美意識とは、自分が好きなものを持つこと、つまり必要以上のものは持たないこと」

何か欲しいものがあれば、自分が確信を持ったものを選ぶ。何かをデザインするのであれば、自分な必要なものだけにし、余計なものは加えない、そう意識しているそうです。そしてそんな自分の好きなものというのは、目でははっきり見えず、暮らしの流れの中にあるものだと言います。ご自身だけでなく、クライアントの家をデザインする時も、これを意識するそうです。その人の隣には、いつもどんなものがあって、その人の周りのものにはどんな流れがあるのか、それをしっかりと観察することで、その人らしい暮らしの美意識が見えてくるのです。

予測がつかないタイニーハウス

ただ、タイニーハウスだけは周辺環境も含め、自分の周りに何がくるかは予測がつきません。そこで前述の美意識の真逆の発想も使ったそうです。つまり自分の身の回りにあるものと完全に異なるもの、好きでないものをあえて使う。それがこの”aVOID”を真っ白にした理由だそうです。そうすることによって、自分の周りにあるもの、自分の好きなものがより一層引き立つのだと言います。

コロナ後の暮らしはどのように変わるのか

タイニーハウスと共に新しい暮らしを創り上げてきたレオナルド氏。そんな彼にとっても予想外だったコロナは、これから私たちの暮らしにどんな影響を与えてくれるのでしょうか。

「私たちは、自分自身を幸せにしてくれるものが何なのか、例えそれを今まで思いつかなかったものだったとしても、気づいていくと思います。」

長い時間何もない日々を過ごした人も多かったと思います。そんな時こそ、自分の心の声に耳を傾け、何が必要で、何が本当にいいものなのかを試す時間でもあったと彼は言います。イタリアでは、この時期テラスの重要性が再注目され、今ではテラスの無い家を買う人がほどんどいなくなってしまったとか。このようにテレビやソーシャルメディアの広告からではなく、自分の実体験を通して、自分自身の幸せに気づいていくのですね。これから多くの人が彼のいう”暮らしの美意識”、つまり自分の好きなものに気づき、必要なものを取捨選択しながら暮らす時代に変わっていくのかもしれません。

さらに、この機会に運動を始めたというレオナルド氏。ランニングや山にサイクリングにもいくのだとか。それまではいつも忙しく、運動をする時間を作らないと決めていたほど。ただ、今は健康にも精神的にもとても良いことに気づき、このようにして多くの人がものだけではなく、行動も含めて何が自分にとっていいものなのかを分かるようになってくると彼は言います。

次の目標や夢

時代の最先端を走り続けるレオナルド氏は、次はどんな夢を持っているのでしょうか?

「建築家としては、”レオナルドの家”ではなく、”みんなのための家”をデザインしたい」

他の人が望んでいるものを知ることが、建築家として難しいことでもあると彼は言います。現在はこのタイニーハウスを他の人に泊まってもらい、インタビューを重ねているそう。自分のアイデアをまずは自分自身が試し、そして他の人に経験してもらう。そしてその経験を基に、次は誰かの暮らしをデザインする時がきたのです。

またご自身の目標としてはこう語る。

「常に新しいことに挑戦していきたいです。常に自分が心地いい場所にいるだけでなく、やったことがないことや知らないことをやってみたい。」

既にこのタイニーハウスを通して多くの経験をされてきたレオナルド氏。それでも尚、新しいことに挑戦し続けようとする姿は、本当に勇気をもらいます。

「新しいことを始めるのは大変ですよね。でもそれによって冒険できたりたくさんの経験に出会えるチャンスができるんです。私の夢は常にそのような状態でいることです。常にそのような気持ちを持っていたいし、そういられる強さも持っていたい。恐れや制約を持たずに、新しいことに挑戦していきたいのです。」

今回インタビューさせていただき、”決めないことの必要性”を改めて考えさせられました。決めないことによる不安や、変化に対する恐れは、この時代多くの人が感じていたことではないでしょうか。逆を返せば、決めないことによる広がる可能性や、変化による新しい出会いや気づきなど多くの楽しみや喜びが私たちを待ち受けているかもしれません。

私たちも、タイニーハウスはもちろんのこと、生き方、考え方も彼のように柔軟に、そして私たち自身がその体現者として、多くの人に伝えていける存在でありたいと強く思うのでした。

 

Photo: ©︎ Leonardo Di Chiara