【対談前編】多様化する未来に生きる個人と組織の関係性のデザイン|武井浩三氏(社会活動家/社会システムデザイナー)

10期目を迎え、資金調達を行い、事業成長を本格化させたYADOKARI。「世界を変える、暮らしを創る。」という企業ビジョンの実現を目指し、代表取締役COO上杉勢太が、「これからの組織の在り方」を模索している。「働くメンバーの個人・チームとしての成長や幸福と、資本主義の中での事業成長は両立できるのか?」が上杉の問いだ。

今回は、日本の自律分散型経営の第一人者、社会活動家/社会システムデザイナーとして多方面で活躍している武井浩三氏と上杉が対談。武井氏が体系化した自律分散型組織のつくり方のメソッド「DXO(ディクソー)」や経営哲学「自然(じねん)経営」を紐解きながら、資本主義が変容しつつある時代に、スタートアップベンチャーが本来性を見失うことなく、メンバーと共に成長とビジョン実現を果たしていくための道を探る。

武井浩三(たけい こうぞう)
社会活動家/社会システムデザイナー
地球をお金のいらない世界へとアップデートするために、様々な営利非営利活動を行っている。高校卒業後ミュージシャンを志し渡米、Citrus College芸術学部音楽学科を卒業し、帰国後にCDデビュー。アメリカでの体験から起業するも、倒産・事業売却を経験。「関わるもの全てに貢献することが企業の使命」と考えを新たにし、2007年にダイヤモンドメディア株式会社を創業。設立時より経営の透明性をシステム化し、次世代型企業として注目を集める。 2017年には「ホワイト企業大賞」を受賞。ティール組織・ホラクラシー経営等、自律分散型組織(DAO)の日本における第一人者としてメディアへの寄稿・講演・組織支援などを行う。2018年にはこれらの経営を「自然経営」と称して一般社団法人自然経営研究会を設立、2000名を超えるコミュニティとなる。組織論に留まらず、「自律分散・循環経済・重なり合い」をキーワードに、持続可能な社会システムや貨幣経済以外の経済圏、民主主義のアップデートなど、社会の新しい在り方を実現するための研究・活動を多数行なっている。不動産領域におけるDX推進活動にも尽力。コミュニティ通貨のプラットフォームを運営する非営利株式会社eumoの共同経営者として新しい金融に関わりながら、SDGs、組織開発、フェアトレード、エシカル消費、地域エネルギー、地方創生等、多数の営利非営利企業にてボードメンバーを務める。世田谷における地域活動ではNPO法人neomuraの理事として地域のお祭りや清掃活動、農コミュニティ、都市型地域通貨の発行流通などを行う。

活動の全てが自己表現。武井さんが社会思想家になるまで

上杉: 個人・チームのより良い成長と、事業成長を同時に叶えるYADOKARIらしいこれからの組織の在り方を求めて探求を続ける中で、武井さんが体系化された「DXO(ディクソー/進化型組織OS)」に行き当たり、改めてお話を伺いたいと思っています。武井さんがダイヤモンドメディア株式会社(現・株式会社UPDATA)を創業された辺りから、現在の活動に至るまでの経緯をお聞かせいただけますか?

武井さん(以下敬称略): 僕は2007年にダイヤモンドメディア(2019年代表退任)という会社を立ち上げ、ティール組織やDAOと呼ばれる自律分散型組織で経営を始めましたが、当時はそのような組織の会社は世界的に見てもほとんど無く、「なぜそれをやるのか?」もほぼ理解されなかったんですよね。

僕がそうした考えに至ったきっかけは、その1年前に別の会社を設立して、1年で倒産させてしまった経験です。高校時代の友人を誘って起業し、みんなに借金もしてもらい、大学や大企業を辞めてまで手伝ってもらったのに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。僕は結局何がしたかったんだろう? 人間はそもそも何のために存在しているんだろう? そこに向き合わないと次に進めない状態になってしまいました。その時僕は、ただただシンプルに、「みんな幸せになれたらいいな」と思ったんです。

もちろん最低限の金銭は必要ですが、お客様を幸せにして仲間が不幸せだったら、社会的な幸せの総量はプラスマイナスゼロ。働く仲間も、お客様も、取引先も、地域経済も、地球環境も全てひっくるめてポジティブな作用をしていないと、働く意味がないと気づいてしまった。それまでは売上げの伸ばし方やマーケティングの勉強ばかりしていましたが、倒産をきっかけに「どうやったら人間が幸せになれるのか」、「経済活動に伴う環境破壊に対して人類はどうすべきか」というような、今でいうSDGsやサステナビリティの領域に急激に関心が高まりました。

そこで別の仲間と一緒に立ち上げ直した会社がダイヤモンドメディアです。そんな経緯があったので、僕は「仕事や会社よりも、最初に大事にしなきゃいけないものを大事にできる会社をつくりたい」と思いました。心ある経営者が社員を大事にすることは素晴らしいと思いますが、その経営者が心変わりをしたら会社が丸ごと変わってしまう可能性もある。そうではなく、「仕組みとして会社が健全な状態でしかいられないような在り方」をつくり上げたかった。それで代表や役員を毎年選挙で決めたりしましたし、究極的には上司も部下も社長も無くしたいと思い、社会の仕組みを知るために法律をかなり勉強した結果、今の法制度の中では僕が実現したい仕組みをつくるのは無理だという所まで行き着いてしまった。社会自体を変えないと、良い人間が良い活動をすることができないと。

こうした僕の社会に対する課題感は、ダイヤモンドメディアの中だけでは表現できないし、会社自体も転換期を迎え、僕自身との方向性が乖離し始めていたので、2019年に会社を後任に譲りました。

武井さんの著書:ダイヤモンドメディア時代の自律分散型組織経営の軌跡が詰まっている

上杉: ダイヤモンドメディアを卒業されて、そこからどういうふうに現在の社会思想家や社会システムデザイナーの活動へ進んでいったのですか?

武井: 僕は長い間、社会の既存のルールに無自覚に従うことを全くやってこなかったので、同じようにそこに共鳴する仲間が日本中にたくさんいて、ダイヤモンドメディアを退くタイミングで「一緒にやろうよ!」というメンバーが集まり、今の活動につながっています。

例えば非営利株式会社eumoでは、「腐るお金」という概念でお金に消費期限を持たせて地域の中で循環させる地域通貨をつくったり、Next Commons Labという会社では人口減少していく自治体と一緒に、地域住民やデジタル住民を巻き込みながら「第二の自治」を作る活動をしていたり。SOCIAL ENERGYという事業では、クラウドファンディングのように誰でも電力事業を立ち上げることができ、ふるさと納税のように電気を買うことで地域支援ができるプラットフォーム事業を行ったりしています。

僕は人間の多面的な活動を一つの会社で全て表現することに無理があると感じているので、意識的に多様な会社をやっているという感じですね。

上杉: 倒産を機に「みんなが幸せになるためには?」という大きな問いが立ち、それを掘り下げて行くことが今の活動につながっているんですね。武井さんは、そういうふうに、自分で問いを立てて探求していくというのは昔からなんですか?

武井: そうですね、僕は元々ミュージシャンで、演奏することや歌うことも好きですが、曲をつくるのがいちばん好きなんです。音楽をつくることは自己表現なので、「自分が何者なのか、何を表現したいのか、みんなに何を伝えたいのか」が無いと、何も表現できないんですよね。音楽に限らず、会社や仕事も僕にとっては全てが自己表現。答えが無いことが前提にあり、その上であなたや僕、みんながどう感じるか、何を表現したいかがスタート地点にある。それが倒産をきっかけに「そもそも僕らが当たり前に生きているこの世界はこれでいいんだっけ? お金って何だっけ? 法律って正しいの?」というふうに、社会の全てに対して問いが立ってしまう体になっちゃったんですよね(笑)

自律分散型組織のつくり方「DXO」と、そのベースとなる自然経営とは?

上杉: そんな武井さんの活動の一つとしてやっていらっしゃる、「手放す経営ラボラトリー」という会社から出版・無料配布しているのが「DXO」、自律分散型組織のつくり方のメソッドですよね。そのベースとなる考え方が「自然経営」だと理解しているのですが、その辺りを詳しく教えていただけますか?

武井: はい。手放す経営ラボという会社は、僕たちは「コミュニティカンパニー」と呼んでいて、株式会社が丸ごとDAOになっているような組織です。僕のコミュニティカンパニーの定義は、「株式の議決権の34%以上を持っている人をつくらない会社」ということで、支配権が完全に分散しており、特定の個人が会社を私物化できないようになっている組織。つまり、会社自体をコミュニティ化しているということです。

この手放す経営ラボでつくった「DXO」は、「Digital Transformation」あるいは「Decentralized Transformation」×「Organization」の略。僕が長年実践する中で、自律分散型組織はもちろん思想も大事ですが、具体的な所有権・議決権・マネジメントの仕組みを整えるとつくることができると分かってきたので、それをメソッドとしてテキスト化したものが「DXO」です。

「DXO」は非常にシンプルです。組織は人間関係でできているので、まずは良い人間関係をつくる。そして関係性は目に見えないので、共通認識を持つために「言葉」「形」「数字」の3つの要素で説明する。これを会社の中で整えていく仕組みがDXOです。ただ、この仕組みには裏付けが必要ですよね。なぜそれを整えると社内の人間関係が良くなるのかという。その根本的な思想を、僕は「自然経営」という言葉で整理しました。

DXOとは?
Design × Organization
デジタルツールを活用して、働く人の個性を解き放ち、組織を生命体のようにしなやかな形態にデザインするプログラム。
DXOには、僕が長年の経営経験を通じて得た知見や体系化した知識を、余すところなく入れ込みました。売上を伸ばすためのノウハウではありません。社員や部下を効率的にコントロールするためのマネジメント論でもありません。組織の形を整えることで経営者自身の意識の変容が促される。つまり人間性が自然と高まっていく「経営環境のデザイン」です。DXOによって平和で調和的なデザインを施された組織は、関わる全てに対して健全な貢献をもたらす存在になります。開発メンバーとして手前ミソではありますが、DXOはノーベル賞ものの発明だと思っています。幸せを生むであろうこの思想と方法が、世界中に広まっていくことを心から願っています。

ダイヤモンドメディアを12年間経営する中で、経営者にすら依存しない自律分散型組織の在り方がそもそも社会で成り立つのかを調べていた時に、今の経営学や経済学のほとんどが「戦い」がメタファーになっていることに違和感を覚えました。ビジネスマンなら一度は著書を手にしたことのある現代経営学・マネジメントの発明者、ピーター・ドラッカーも「戦略とは戦う相手によって成り立つものだから、まず敵を見出せ」という意味のことを言っている。でも僕は「戦いたくない。みんなと仲良くしたい」と思った。じゃあ何から学べるのかと探した時に、「調和」や「生態系」、「人間の体」などの自然の摂理から学べることがたくさんあったんです。

「自然農」という言葉をつくった農学者の福岡正信さんは、僕が影響を受けた人の一人。耕さない、肥料も農薬もまかない、雑草も抜かないという農業を編み出した方ですが、これこそが、指示や命令をしない、教育もしないのに人が育つということを自然の摂理の中で証明している。自然界は弱肉強食で厳しそうに思えるけれど、肉食動物も腹が減った分しか食べないわけで、草食動物が絶滅するまで食べ尽くしたりしない。肉食動物がいるから草食動物の数も適正に保たれ、植物も食い荒らされずに生態系が保存される。「僕はこっちから学ぼう」と思いました。

人間の体においても、もちろん西洋医学的な外科手術は必要ですが、そこだけ取り除いても根本の生活スタイルや食事などから改善していかないと、また問題が起こる。だから西洋と東洋の両方が必要で、「統合医療」の分野が生まれています。

こうして自然の摂理を学ぶ中で、僕の目指す経営の姿が見えてきました。それは、東洋的な思想を求めつつ、数字で経営の舵取りもしっかりとできる、東洋と西洋の良いバランスで成り立つ経営です。それを判りやすく理論体系化し、まとめたのが「自然経営」です。

「自然経営」は3つの要素で説明できます。1つ目が「情報の透明性」。これがないと会社は必ず既得権益化する。2つ目が「力の流動性」。これは、意思決定の権力を特定の誰かに固定するのではなく、イシューごとに最適な人が決定するようにすること。人と権力が先にあってイシューを扱うのではなく、それを逆転させるんです。そして3つ目が「境目の開放性」。組織の縦割りのコンフリクトをいかになくすかということです。よくあるのが営業部門と開発部門の仲が悪いというケース。利害が相反するので対立しやすいのですが、中を見てみると営業部長と開発部長の仲が悪くて、それがフラクタルに組織に反映されていることもよくある。時々配置換えをして部門間を人が跨いで行き来していくと、ホームとアウェイの感覚が変わり、コンフリクトを超えていくことができます。さらには会社と会社も跨いだ方がコンフリクトがより解消できると分かり、ダイヤモンドメディアでは、他社に留学ならぬ「留職」することも推奨していました。

そういうふうに、組織を先に持って来ないで、個人が感じていることや意識、やりたいことを先に持ってきて、それに合わせて組織を流動化・開放化させていくと、最も無理がなく良い状態を維持できると分かりました。それを「透明性・流動性・開放性」というエッセンスで説明し、情報の透明化に不可欠なインターネットの具体的なツールと用いる場面も含め、メソッドにまで落とし込んだのが「DXO」です。

(執筆/森田マイコ)

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