【インタビュー】日光デザイン・木村顕さんの挑戦(後編)「朝食」は世界をつなぐ! 世界の朝ごはんを食べられるカフェ「WORLD BREAKFAST ALLDAY」
前編では伝統的な書院造の宿泊施設「日光イン」が完成するまでをお伝えしたが、後編では、木村さんが手がける「朝ご飯を通して世界を知る」プロジェクト” WORLD BREAKFAST ALLDAY ”について紹介する。
前編はこちら ⇒ 【インタビュー】日光デザイン・木村顕さんの挑戦(前編) 廃屋寸前の日本家屋を回収して、人が集まる宿「日光イン」をつくる
大学で建築を専攻していた木村顕さんは、ヨーロッパを訪れた時に古い建物が残る街並みに惹かれたことをきっかけに、日本の伝統建築にも興味を持つようになった。とりわけ夢中になったのが「書院造」だった。
日光で見かけた廃屋寸前の書院造の民家を自ら改装した木村さんは、その魅力を多くの人に知ってもらおうと、宿泊施設「日光イン」をオープンさせた。
立ち飲みバーで目指したのは「パリのカフェ」
2011年3月に起きた東日本大震災の影響で、日光インが開店休業状態になっていた間に、木村さんは東京の飲食店用テナントの改装の仕事を引き受けた。
ここを自ら借りて、なぜか立ち飲みバーを開くことにしたのだ。
「時間があったし、好きなように設計したので自分自身でなにかやりたくなってしまって(笑)」
めざしたのは、パリのカフェのような空間。
といっても、インテリアやメニューといった「ガワ」を真似したのではない。意識したのはその社会的役割だった。
そもそも木村さんが日光インを始めたのは「古い建物を残すために、その魅力を伝えたい」という思いから。ただ、自分たちだけではできることは限られており、まずは人のつながりを作ることが不可欠だと痛感していた。
木村さんが訪れたパリのカフェには、そうした「つながり」を作るための糸口があると感じられた。
「行く前はパリにおしゃれな町というイメージを持っていましたが、決してきれいではないし、変なおじさんも歩いているし、結構人懐こい町なんです。カフェも、おしゃれな若い人だけが集まる特別な場所ではなく、老若男女が集うご近所の社交場。こういったしっかりしたコミュニティがあると、お互いのことをよく知っているし地域で自分勝手なことはしにくい。家を建てる場合もあまり奇抜なものは建てられないという意識が働いて、統一感のある街並みが形成されてきたのではないでしょうか」
「一方で今の日本には、カフェのように人が気軽に集まる場がないですよね。昔は「井戸端会議」なんて言われて、井戸のあった路がその役割を果たしていましたが、道や水道が整備されてなくなってしまった。そういう場所を再生してみたいと思ったんです。
立ち飲みバーは5人しか入れない小さな店でしたが、普段は接点のない世代や職業の人たちが集まるようになりました。同世代同士だと見過ごしがちな情報を得られるのが面白いと、毎日通ってくれる常連さんもいました。売り上げは大したことはなかったけれど、思い描いていた交流が生まれたことが収穫でした」
2年ほどバーを続けている間に、日光インのほうにも客足が戻りつつあった。2012年には新棟も完成した。
そんな中で、木村さんはまた新しいことを思いつく。
「日光インには外国人もよく泊まりに来るので、その人や国のことを知りたいと思って話しかけるのですが、『あなたの国ってどんな国ですか』と聞いても漠然としすぎて相手は答えられませんよね(笑)。だから代わりに『なにを食べているんですか』と聞くようになりました。しばらくして、特に朝ごはんにその国らしさが出ることに気づいたんです」
朝ごはんを通して世界を知るカフェレストラン
朝ごはんに国の個性が現れると気づいた木村さんは、客室に「あなたの国の朝ごはんを教えてください」というアンケートを置くことにした。
すると、予想以上に多くの回答が集まった。イラスト入りの詳細な解説を書いてくれる人も多かったという。
「日本の朝ごはんといえば、ご飯と味噌汁、納豆や海苔、玉子などが定番。忙しい時間に比較的簡単に用意できて、食材も手に入りやすくそれなりに栄養バランスが取れていて、飽きない、ある意味完成された献立です。こういう定番の朝ごはんが、たいていの国にあるんです。このアンケート結果がたまってきたところで『店にしても面白いかな』と思って、世界各国の朝ごはんを出すWORLD BREAKFAST ALLDAY(以下、WBA)をオープンさせました」
2013年、東京・外苑前に開店したWBAのコンセプトは「朝ごはんを通して世界を知る」。2ヶ月ごとにメニューは変わり、ひとつの国にフィーチャーした朝ごはんを一日中味わえる。
小さなドアから店内に入ると、細長い形のフロアの中央にひとつだけある長テーブルが印象的だ。
「朝ごはんは食卓を囲むイメージなので、みんなひとつのテーブルを囲んで座れるのがいいなと思って作った長テーブルです。立ち飲みバーのときのようにお客さん同士の交流が生まれることも期待しています」
メニューはお客さんが残したアンケート回答をもとに作成しているが、各国の大使館や政府観光局など政府機関の協力を仰いで本場の味を再現している。ときどき開催される料理教室やワークショップも好評だ。
WBAのオープンとほぼ同時に小岩のバーは閉めた。週の半分は日光、残りの半分は東京で暮らす生活もスタートした。
電車で約2時間の移動中は、パソコン作業をしたり本を読んだりして過ごす。乗り換えは1回だけなので、それほどストレスは感じないとのこと。日光でも東京でも多忙な時間を過ごしているので、ほどよい気分転換になっているようだ。
「日光インもWBAも、長い時間をかけて徐々に作られてきた伝統的なものの面白さを伝えることが目的です。
実際に来てくださる方も、日光インに泊まることだけが目的ではないし、WBAで食べることだけが目的ではない。知らないことを知りたい、楽しみたいと思ってくださっているようです」
木村さんは、ハードとしての建物・設備を作りながら、そこで生まれる人同士や異文化とのつながり、出会いといった「体験」を想定している。
「自分はあくまで建築士。地域を盛り上げようと考えているわけではないし、そんな力もない」とはいうが、その発想には、人が集まる場やコミュニティを作るためのヒントがあるように思う。
今も、次のアイデアをあたためているとのこと。果たしてそれがどんな形になるのか、楽しみに待とう。