【インタビュー・後編】音楽業界への再挑戦は逆境と鎌倉移住が転機に。弁理士・ミュージシャン・発明家:小川コータさん
弁理士試験に合格し、2年半勤めた特許事務所から独立して自分の事務所を構えた小川コータさん。しかし当時はリーマンショックで仕事がなく、空いた時間で遠のいていた音楽活動を再開すると、思わぬ出会いが待っていた。
後編では小川さん自らが発明し、今やスマートフォンやタブレットには欠かせない入力法となった「フリック入力」や、音楽活動、プチ移住先の鎌倉での生活についてお話をうかがう。
前編はこちら ⇒【インタビュー・前編】「自分が欲しいモノ」を作り出す、弁理士・ミュージシャン・発明家という生き方:小川コータさん
<プロフィール>
慶応義塾大学法学部政治学科卒業後に27歳で弁理士となり、その後、東京工業大学大学院修士課程を修了。2年半の特許事務所勤務を経てアイザック国際特許商標事務所を設立、所長を務める。株式会社ハイキックエンタテインメントに所属する作詞作曲家。AKB48、ももいろクローバーZ、パク・ヨンハ等に楽曲提供。鎌倉で地域密着ミュージシャン「小川コータ&とまそん」として活動中。
リーマンショックで諦めかけていた音楽の道が拓けた
弁理士試験に合格したときに「弁理士で身を立てる!」と決意し、2年半勤めた事務所を退職して独立しアイザック国際特許商標事務所を設立。しかし、リーマンショックで特許出願自体が減っている状況でのスタートとなった。
空いた時間を利用して音楽活動に注力した小川さんは、その活動中に知り合った友人の誘いで音楽事務所に所属。AKB48などへの楽曲提供を始めた。「自分が聴きたいな、と思って書いた曲が世に出てみんなに喜ばれるのは嬉しかった」と語る小川さんは、ついに音楽の世界でも頭角をあらわすことになる。
鎌倉へのプチ移住
ちょうどそのころ、当時住んでいた駒込のアパートが取り壊されることになり、転居先を探していた小川さん。知人や友人に「どこに住もう?」と話題にしたところ、数名から「鎌倉がいいんじゃない?」と言われたという。[protected]
「自分で設立した特許事務所の業務は最初からクラウド化していたので出社する必要はほとんどなかったし、鎌倉なら都内に不便なく出られる。海があって緑がある環境は曲作りにもいいかなと思って。それに寺や神社があったり細い路地がある街の感じが好きで。これは駒込にも通じるんだけどね」(小川さん)
そして「近所にフラッと歩いて飲みに行ける文化」も鎌倉が気に入った理由のひとつだ。都内に住んでいた頃は友人と待ち合わせて新宿や池袋の飲み屋に行くことがほとんど。ところが鎌倉には近所のお店にフラリと入って他のお客さんと仲良くなり、店主に「一杯どう?」とお酒を勧めて一緒に飲める「文化」があるのだと小川さんは語る。
そしてこの「文化」のお陰で、フラッと入った飲み屋でメジャーで活躍していたミュージシャン「とまそん」と知り合い、意気投合。2人でユニットを組んで自身の音楽活動を本格的にスタートさせた。
「フリック入力」の発明は「ポケベル打ち」から
小川さんには知られざる顔がもうひとつある。それはスマートフォンやタブレットなどに搭載されている「フリック入力」の発明者であること。
弁理士試験に合格した2007年。小川さんの頭にひとつのアイデアが浮かんだという。
「元々、携帯のメールは2回打てば文字入力ができる『ポケベル打ち』を使っていたんだけど、だんだん、ポケベル打ちができる機種が減ってきたんだ。ガラケーで標準搭載されている『5タッチ入力』は時間がかかって面倒だし、このまま『ポケベル打ち』がなくなったら結局は自分が困る。だったら自分でもっといいものを開発しようと思って」(小川さん)
当時はまだスマートフォンは世に出ていなかったが、タッチパネルを搭載したガラケーが少しずつ登場していた頃。これからは画面全部がタッチパネルになる時代が絶対に来ると思った小川さんは、そうなると5タッチ入力はさらに誤入力が増えると考え、「それなら打つ回数じゃなくて横の動きを使えばいいんじゃないかとひらめいた」という。
もちろん、弁理士として自分で権利化したので弁理士費用はゼロ。とはいえ、特許取得までの道のりは長く、フリック入力にまつわる複数の出願全ての権利化まで7年ほど掛かった。その間にスマートフォンが世に出たことで、権利をどのように使うかについて悩んだという。
「フリック入力を各企業にライセンスすることも考えたんだけど、対象企業はライセンス料を払いたくないから、特許を潰そうとしてそれぞれが訴訟を仕掛けてくると思う。その訴訟に対抗することもできるけどお金も時間もかかるし、音楽とかやりたいことに割く時間と脳の隙間が減っちゃうな、と。なので複数の特許権を丸ごと企業に売却することにしたんだ」(小川さん)
現在は鎌倉の自宅で家庭菜園やDIYなどに取り組み、電力のオフグリッドにも興味があるという小川さん。自身の特許事務所にパートナー弁理士を入れ、「フリック入力」特許の売却も完了し、音楽に集中できる環境も整った。
ミュージシャンとして「紅白に出たい」「時代を超えて残る曲を作りたい」と笑いながら語ってくれた小川さん。2016年5月4日には宮田和弥、浜崎貴司、おおはた雄一など13組が出演する音楽フェス「きたかまフェス」を小川コータ&とまそんとして主催する予定だ。
多岐にわたる分野で活躍するパラレルキャリアを実践するためには才能も必要だが、それ以上に、「自分が欲しいと思うモノ」に正直であり、好奇心やフットワークで実現しようとする熱意なのだと改めて教えられた気がする。
写真提供:小川コータ
小川コータ&とまそん
アイザック国際特許商標事務所 [/protected]