【インタビュー・後編】『Studio Journal knock』発行人・西山 勲さんに聞く「アーティストたちに寄り添いながら、表現したいこと」
2013年に創刊したビジュアル誌『Studio Journal knock』は、これまでタイ、カリフォルニア、ポートランド、南米など、その国々の気鋭アーティストを数多く紹介してきた。2016年2月に上梓した5号目も、フランス、スペイン、イギリスなどヨーロッパで活躍する11組に密着。作品制作の現場(スタジオ)を訪れ、アートとひたむきに対峙する“表現者”たちの日常を丹念に追いながら、その素顔を浮き彫りにしている。
最終ページのエンドクレジットに目にやると、「編集、文、写真、アートディレクション」の欄には「西山 勲」という名のみが表記されている。つまり『Studio Journal knock』は、取材から校了までの全工程を彼ひとりがトータルで担っているということだ。これを例えるなら、CDアルバムを制作するにあたって、ゲストヴォーカル以外のすべての作業工程を彼ひとりが担当するようなもの。つまり作詞・作曲・アレンジ、演奏、さらにCDジャケットのデザインワークまでをトータルで手掛けているというわけだ。一ページ、一ページを捲っていると、西山さんが伝えたい「想い」が誌面の隅々にまで丁寧に表現されていることがわかる。
これほどまでに完璧を目指す人物である。お会いするまでは、きっとストイックで気難しい性格なのだろうと思いきや、意外にも温和で優しげな人柄。多くのアーティストが彼の密着取材に応じ、思わず心を開いてしまうのも腑に落ちた。
今回、インタビューは、『Studio Journal knock』の制作エピソードから、今後のインディペンデントメディアの展開まで及んだ。途中、誌名の由来について質問したとき、「“knock”は、訪ねた扉をたたく音から。“Studio”は、アーティストのアトリエのことを意味します。“Journal”は、僕が一人称で綴った日誌のようなものだからです」
そう言って西山さんは、すこし照れた表情を浮かべた。そのはにかんだ仕草がなんとも印象的だった。
※このインタビューは前編/後編の二部構成でお届けしています。
取材から編集まで、「筋書きなし」が僕のスタイル
──取材はそのときのタイミングで臨機応変に進めている感じでしょうか。
そうです。事前に考えていた取材のスケジュールも、その時点のタイミングで変えることがあります。通常の編集の仕方だと取材前に大まかな台割を作りますが、僕にできるのは、取材先が一カ国に集中しないように配慮するくらい。移動をしながら会いたいアーティストとのアポイントを得て、互いのスケジュールを合わせて会うということは思った以上に調整が難しいものでした。
──筋書きのない「空気感」や「臨場感」を大切にされているように感じます。
筋書きのないと言うと格好良すぎますが、旅をしていると偶然起こる出来事や、人との出会いによって思わぬ展開に発展することがありますよね。その旅の一番面白い部分をそのまま誌面の構成にしてしまうという姿勢は、創刊号から変わっていません。これは個人でやっているメディアだからできる自由であり強みだと思いますし、そもそも台割り通りに進む旅だったら、僕自身したくないと思っちゃう。
写真も同じで、デジタルでバンバン撮るよりフィルムで一枚一枚大切に撮りたい。現像・フィルムスキャンも現地のラボにお願いして、上がってきた色や癖を出来るだけそのまま誌面に掲載する。そもそもとっくにブローニーフィルムの受け付けを廃止したラボも多く、フィルムが傷だらけになることもありますが、そうしたノイズこそが、旅の空気感や臨場感として伝わると信じてやっています。
──取材から発行までの時間的なロスは、紙媒体の永遠のジレンマではありますよね。
『knock』は移動と取材をしながら制作しているので、一冊の本が出来上がるまでにかなりの時間を要します。例えば2号目のカリフォルニア編は、カナダで制作して入稿しました。その後メキシコのグアナファトという街へ移動し、色校正を受け取り確認し、印刷に回します。その後、キューバで取材を行い、次に向かったメキシコシティのホステルで完成した本を受け取るというようなことをしています。
旅をしているあいだ、『knock』のデータや色校正、完成した本も一緒に旅をしているんです。旅をしながら本を作ることは大変ですが、ウェブサービスが発展した今なら時間はかかるけど不可能ではありません。ウェブ媒体のような拡散性はありませんが、そうやって出来上がった本を手に取ったときの重みは読んでいただいた方に伝わると思います。
世界のクリエイターと出会うために
──西山さんが今号の特集で、いちばん伝えたかったことは何ですか。
前号ラテンアメリカ編では、中南米を横断する「旅」を中心に据えていましたが、今号では、アーティストたちの「表現」の部分にスポットを当てています。ヨーロッパ各地を巡りながら様々なアーティストたちに話を聞いているうちに、彼らの生き方そのものに焦点を当てて伝えたいと考えました。
表紙の帯にも記した「何が彼らを突き動かすのか」という問いは、僕がこの旅をはじめた当初からアーティストたちへの興味です。彼らが生きるアーティストとしての日常と、人生の紆余曲折に耳を傾けました。それをまっすぐに受け止め綴ること。自分がこの本を通じて大切にしたいことに改めて立ち返りたいと思いました。
──アーティストたちとの対話の中で、どのような気づきがありますか。
アーティストというのは、とても知的で、それでいて普通の人の及ばないような発想を持っています。エネルギーに溢れ、何からも自由な存在に思えます。瞳は澄んでいて、創作に打ち込む姿は子供のように見えたりもします。ロンドンのハイドパークで会ったシャー・エヴァンスは、ものすごく感受性が高い女性で、地球規模ですべての人々の幸せを願っている。会ったばかりの僕らに対して、数ヶ月前に亡くなったというボーイフレンドへの愛を語り、涙を見せてくれました。記事にはしなかったけど、僕は彼女の純粋さに胸を打たれました。
そして、彼女が取り組む創作に強く興味も持つことになりました。作品だけを見てすべてを理解することはとても難しいけれど、その作品を作ったひとを知ることで、難解な作品にも興味が湧くし、どこがどのように良いのか、美しいのか、面白いのかを知ることができる。僕はそんなアートの見方があってもいいと思うんです。
「フォーレーン6スタジオ」もそうです。海中に見たこともない創造物を漂わせる彼らの水中インスターレーションも、一見突拍子もないことに思えますが、彼らのバックグラウンドやふたりの出会い、発想が生まれる経緯を紐解いていくと、なるほど!と思わされる。なるようにしてなったということが見えてくる。そこが面白いんです。
彼らと一緒の時間を過ごしていると、今まで僕らがどんな狭い世界に生きていたのか、偏ったものの見方をしていたのかを思い知らされます。まさにアートは自由の象徴であり、アーティストは自由とは何かを教えてくれる使者のように思えます。
今後のメディア展開と、本作りの覚悟
──いわゆるウエブメディアとの連動は意識されていますか。
僕自身、そっち方面はあまり詳しくないのでYADOKARIさんにあらためてご相談しようかと(笑)。ただ、今考えているのは、取材時に映像の撮影も行って、それを効果的には使えたらいいかなあと考えています。
──実際にこれまで撮影された動画はありますか。
地中海に行ったときにすこし撮影しました。僕自身、もともとドキュメンタリーフィルムが好きなので、最終的にはなんらかのカタチで映像作品にまとめることができればと思っています。これからは取材時に動画も一緒に撮っておきたい。SNSやウェブサイトで公開して、メイキングの共有やティーザーとしての役割になるのではと思っています。まぁウェブに関してはその程度です。
──そうすると、今後の展開も楽しみです。
以前、あるインタビューで、中東号とアジア号を出したら、あとは日本の取材を最後に『Studio Journal knock』の活動は終わるつもりという話をしたがことがあります。でも、今は終わらせる必要があるのかなと思うようになりました。本の売り上げで印刷費と取材費だけもまかなえれば、生活費は他の仕事で補填しながら、まだまだ続けていけるんじゃないかと思えるようになりました。
──単純に『Studio Journal knock』の売り上げだけでは生計的には難しいと。
残念ながら今のところ、まだ本の売り上げだけでは生計を立てるレベルにありません。毎号少しずつ発行部数を増やしてきたことで、ようやく経費が払えるようになったところ。広告を入れることができれば少しは楽になるのかなとも考えたことはありますが、もう少し踏ん張りたい。広告の業界から逃げてこの活動を始めたこともあって、『knock』に関しては限りなく自由でいたいなと(笑)。
ただ、今後も続けていく気持ちというか、腹が据わったこともで、まだまだ見たい世界があるし、作りたいタイトルもあることに気づきました。アフリカ、ニューヨーク、ベルリン、東欧、北欧とか、会ってみたいアーティストが世界中あちこちにいるんです。
──次号の取材もそろそろはじまるころでしょうか。
すでに中東の取材に関しては、イスラエル、UAE、カタール、イランなど半分は終わっています。7月後半にはトルコを中心にふたたび旅に出る予定です。先日、アンカラやイスタンブールでテロ事件があったので多少心配ですが、当然現地では人々の生活は続いています。少し遠い場所となってしまった感のある中東だけに、現地の空気を肌で感じてみたい。その上で、アーティストたちの声をじっくり聞き、その日常を見つめたいと思います。