【インタビュー】さくら事務所 長嶋修さん vol.1 | 空き家を活かすために、まずするべきこと
不動産コンサルタントの長嶋修さんは、日本における個人向け不動産コンサルティングや住宅診断(ホームインスペクション)の草分け的存在。不動産デベロッパーで支店長をつとめた後に独立し、1999年に業界初の個人向け不動産コンサルティング会社である、「不動産の達人 株式会社さくら事務所」を設立。革新的な取り組みを続ける背景には、日本の不動産への問題意識があるという。そのひとつが「空き家」だ。 インタビュー前編となる今回は、空き家問題の現状や、それを解決する手段としてのホームインスペクションの可能性について聞いた。
長嶋修(ながしま おさむ)
さくら事務所創業者・不動産コンサルタント。不動産デベロッパーで支店長を務めた後、1999年に業界初の個人向け不動産コンサルティング会社である、「不動産の達人 株式会社さくら事務所」を設立。現会長。また、住宅の安全性を測るホームインスペクション(住宅診断)の分野では、そのパイオニアとして、「NPO法人 日本ホームインスペクターズ協会」を設立するなどして、普及・発展に務めている。著書に『「空き家」が蝕む日本』(2014年 ポプラ社刊) 『不動産格差』(2017年 日本経済新聞出版社刊) 他、多数。
少子高齢化が空き家増加を加速させる
−−空き家率の上昇が問題になっています。現状とその背景について教えていだだけますか。
長嶋修さん(以下、長嶋):今年(2017年)の空き家数は1000万戸を超えています。
最大の原因は、人口が減少しているのに新築を造り過ぎること。日本の新築住宅は年間40〜50万戸程度で十分なのですが、今建てられているのが90〜100万戸ぐらいなので、どう考えても造り過ぎです。
もうひとつは、人口ボリュームの大きい世代がいなくなりつつあることです。2018年度以降は急角度で空き家率が増えて、じきに30%を超えてしまうでしょう。
このままいくとどうなるか。シンガポール国立大学の清水千弘教授による、2040年の各国の住宅価格を予測した研究があります。それによると、2010年比で日本は平均46%の下落。中国や韓国、タイなども下落が予想されていて、頑張っているのはフィリピンだけ。
そこに最も影響するのは人口動態です。少子化そして、高齢化。少ない若年層が多くの高齢者を支えないといけないから、家を借りる人、買う人たちの購買意欲が下がってしまうということなのです。
確かに1980年代くらいまで、日本では住宅が足りませんでしたから、家をたくさん作ろうという住宅政策でずっとやってきました。でもいつの間にか、家を建てることが景気対策になってしまいました。4000万の注文住宅が売れれば8000万ぐらいの経済波及効果があると言われています。だから景気が悪くなると新築住宅をどんどん建てて、そんなことをやっているうちに空き家だらけになってしまったわけです。
だから今ある中古住宅を大事にしないといけないのですが、なかなかそうならない。
理由は資産性です。新築した家の資産価値は年を経るごとに下落して25〜30年ほどで0になってしまう。この前提を変えなければいけない。そのために各自治体範囲で住宅総量を管理して、新築を抑制しないといけないのです。
OECDに加盟している国の多くが、住宅の総量を管理しています。世帯数や住宅数と質がこのくらいなら、今後5年10年でどのくらいの新築を作るか、といった目安を立てて、それに合わせて金融や税制をコントロールしています。
それをやっていないのは日本くらいです。
国もその対策として、中古住宅の流通数やリフォーム・リノベーションを増やすようにしていますが、新築を厳しく規制しているわけでもない。景気対策の意味もあるのでしょう。
でも現場にいる私たちとしては、新築が作られて売れて一時的に景気がよくなったとしても、それって一昔前の無駄な公共工事と同じじゃないか、と感じてしまう。
中古住宅を正しく評価し、活用していくべき
−−長嶋さんが力を入れていらっしゃる住宅診断(ホームインスペクション)も、今ある中古住宅の有効活用をめざしているのですね。
長嶋:そうです。
私の専門は建築ではなく不動産です。不動産の視点で建築を見極めることが必要だと思い、すでにホームインスペクションが普及しているアメリカを視察して、歴史的経緯やどんな問題があったかなど一通り把握して、日本流にアレンジしたインスペクションを実施しています。
これまで38,000件くらい診断してきた中には壊したほうがいい物件も1、2割程度ありましたが、残り8割は何とか使えるようになります。それを峻別して、どんどん活用を進めたいと考えています。
今まで実際にあったケースを例に出しましょう。
床などが浸水してひどい状況の物件がありました。診断してみて、原因は、配管が少しずれていて、水が漏れていたことだとわかりました。配管をちょっと修理すればなんの問題もない物件だったのです。クライアントにこの診断結果を伝えたところ、購入決定。価格はかなり割安でした。
当社のクライアントで、かつてインスペクションを受けた人の中で買わなかった割合は18%でした。8割以上が購入を決めます。買わない人の中には、住宅ローンが通らなかったという人、先に買われてしまった人も含めているので、実際にはほとんどの人が買っています。
中古が敬遠されてきたのは、そもそも一般の人には何が分からないかも分からないから。専門家が正確な判定をして、診断結果についてよいことも悪いこともすべて伝え、対処法についても伝えて納得できれば購入したいと思ってくれます。何より中古なら割安ですからね。
先ほどお話ししたように、住宅の資産価値は25年で0になるとされていますが、本来は25年でも30年でも50年でも価値はつくはずです。今、国土交通省が、築年数を考慮せず建物を評価するということに取り組んでいます。「築何十年ですが事実上は何歳に相当する……」といった判定をしていきます。
やり方はアメリカ方式で、まず物理的耐用年数をエリアで決めます。木造だったら60年、70年とか。経済的耐用年数はそれより少し短くなります。
たとえば築40年の家を売ろうと思ったとき、事実上まだ築10何年に相当するのであと何年使えます、と建物の専門家が判定する。そうすると、築40年の建物が従来より早く高く売れる、という理屈です。
設備系や内装はどうしても経年劣化するのでそのままだと減価する一方ですが、リノベーションやリフォームをしていればこちらも判定するとき価値があがります。
−−建物の実際に即した評価ということですね。ホームインスペクションのニーズが高まる中、技術革新も進んでいるのでしょうか。
長嶋:今、30坪ぐらいの戸建のインスペクションには所要2時間半〜3時間程度かかります。さらにファイバースコープやサーモグラフィ、建物の傾きを調べる機器など、個別の技術や機器はたくさんありますが、すべてやるとかなりの手間になります。でも将来的に、これらの機能をひとまとめにした専用の端末が開発されたら、一瞬で終わると思います。
それに、人間が屋根の上に登るのは危険なのでドローンが代わりにやってくれるでしょうし、報告書だってインスペクター専用アプリがあればすぐ作れるでしょうね。実際アメリカにはすでにアプリがあります。
今、うちでもすでに遠隔診断を実施しています。遠方で出向けない場合や、一箇所だけ確認してほしいというような場合、映像や画像を送ってもらえればあらかた推測はできます。将来的にはもっと詳細に検査できるようになるでしょう。
東京理科大学が、新築時にチップを埋め込んでおけば、雨漏りや歪みなどが生じた場合に検知できるというシステムを開発したそうなのです。もうすぐ実証実験にとりかかるそうで、実用化されれば点検自体が不要になるでしょうね。
空き家を活かせばまち並みは豊かになる
−−中古物件を大事に使うようになると、まち並み自体も変わりそうです。
長嶋:もちろん、だめなものは取り壊して建て替えればいい。でも今あるものをなるべく活かしていけば、まちに歴史が残っていきます。時間の経過が残っているまちのほうが豊かだと思うのです。
ただし、建物単体の「点」ではなく、「面」、つまり地域で取り組まないと効果は限定的。地域全体でまちのことをどれだけ考えられるかが肝になってくると思いますね。
中古住宅の利活用が活発になれば、地域全体が魅力的になり、結果的に不動産価値が向上する。そんな未来を実現するにはどうすればいいのだろう。
後編では、一人一人ができることについて考える。
(提供:ハロー! RENOVATION)