【インタビュー】デンマークの大人の学校「フォルケホイスコーレ」から学ぶ自分らしい生き方と共同生活の魅力|IFAS 山本勇輝さん


世界で最も幸福な国の一つとされるデンマーク。自分らしく生きながらも、自然と調和し、他者と尊重し合うその暮らしは、とても自然体で豊かに感じます。最近はデンマーク語のHygge(ヒュッゲ)という言葉を日本でも耳にする機会もみなさん増えたのではないでしょうか?

そんな注目される北欧の国デンマークに、大人のための学校があります。その名も”フォルケホイスコーレ”。今回は、このフォルケホイスコーレに留学し、後に教員も務めた山本勇輝さんにお話を伺いました。

提供:山本さん
山本勇輝
1986年高知県高知市生まれ。大学で社会学を学びながらアメリカ留学を経験した後に、貿易関係の会社へ就職。その後、2013年にデンマークのHøjskolen på Kaløへ留学。日本でフォルケホイスコーレの設立を志し、一般社団法人IFASを立ち上げ。2016年よりNordfyns højskoleにてBody&Mindという心と体の繋がりを教える教員として3年半勤めた後に退職。現在は、Københavns Professionshøjskoleにて再び大学生となり更に専門性を高めるために心理運動療法士の勉強をしている。

フォルケホイスコーレとは?


フォルケホイスコーレとは、デンマークに70校以上あり、17歳半以上であれば誰でも入学できる、試験も宿題も成績もない大人の学校。大学でも専門学校でもないけれど、デンマーク政府に認められた一つの教育機関です。授業は、ほとんど教科書を使わず実践的且つ、民主主義的思考を育てるスタイル

サスティナビリティなど環境や社会問題を学ぶ授業から、陶芸やジュエリーなどアートを学ぶ授業、アウトドアやダンス、ヨガなど体を動かす授業までその範囲はとても幅広く、多くの人が未経験の科目にチャレンジします。

多様な科目を学ぶことができるため、大学入学前に自分のやりたいことを考えたり、社会人を辞めてもう一度新しい分野を学び直したり、ギャップイヤーや人生を考え直す時間としてデンマーク中から生徒が集まります。

全寮制で、先生と生徒たちが共同生活をするのも大きな特徴の一つ。最短が3ヶ月のタームであることから、授業や寮生活を通して多くの人と時間をかけて関わり、自分自身を知り、本来の力を引き出すことのできる、ちょっと不思議な学校です。

そんな場所で数年間生徒、そして後に先生として過ごした山本さんは、どんなことを学んだのでしょうか。

生きている意味はなんだろう

水辺で夕日を眺めながら友人と語り合う 提供:山本さん

突然ですが、みなさんは自分の生きている意味を考えたことはありますか?
デンマークに渡る前、彼の頭にはこんなことが浮かびました。

「”20代半ばあるある”なのかもしれませんが、このままの自分でいいのかな、
俺の生きてる意味は何なんだろう、という大きな問いが降りてきたんです」

きっとこんな風に考えることは、長い人生の中ではとても自然なこと。それでも大人になるとそれを消化する場所や時間はほとんどなく、うやむやになってしまう人も多いのではないでしょうか。フォルケホイスコーレは、授業や共同生活を通して、そんな自分とじっくりと向き合える場所です。

社会人留学のハードル


日本ではまだ馴染みの少ないギャップイヤーや社会人留学。デンマークでは半数以上の人が高校卒業後にそのまま進学せず、旅に出たり、働いたり、フォルケホイスコーレに通います。会社を辞めて大学に入り直す人も多くいます。

その背景には、大学までの授業料は国民の税金で賄われ(フォルケホイスコーレは授業料の一部と全寮制のため寮費がかかります)、さらに大学生は政府から返済不要の生活支援金がもらえるという手厚い社会システムがあります。

それに加え、”いろんな生き方がある”ということを、誰もが認識し、人との生き方の違い、意見の違いを受け入れる社会の器があるように感じます。

社会人だった山本さんがデンマークへの留学を決断した際には、二十代半ばにもなって自分探しをするのかと周りからの反対があったそうです。それでも、その時の決断が今の自分を形成してると自信を持って言います。

大人になっても学び続けること、そして自分と向き合うことが人生において大切であることをデンマークでは国が理解をし、実際に教育機関として全国民にその機会が平等に与えられているのです。

初めてのデンマーク生活で気づいたこと

友人たちと木を使ってシェルターを作った様子 提供:山本さん

日本の社会人からデンマークの学生へと大きな変化を遂げ、社会人時代は夜遅くまで働いていた環境から、国立公園内の自然豊かな学校では午後3時には授業が終わる生活。当初は自由時間をどう過ごしたらいいか分からず戸惑いながらも、徐々に生活のバランスや人間らしい生き方の大切さに気づいたと言います。

「時間がゆっくり流れていく中で人との対話を通して、いろんな生き方があるんだな、こんな生き方もかっこいいな、自分は実はこういう人間だったんだなと、自分のルーツが明確になっていきました。

それと同時に、日本にいた時は日々仕事ばかりでそんなことを考える時間もなく、20代半ばまでずっと忙しかったんだということにも気づきました。」

実践的且つ対話型の授業

生徒たちに太極拳を教えている風景 提供:山本さん

実際の授業では、机に向かうよりも体を動かして実践的に学びます。その中でも生徒同士で対話をしたり、自分の考えを発言する機会も多くあります。生徒たちの発言力は非常に高く、先生はもちろんのこと、周りの生徒もそれに耳を傾けます。”答え”を言うのではなく、”自分の意見”を安心して発言できる空気がそこにはあります。

デンマーク人は、”何を言ってもいい”ということを言葉だけではなく体で理解しています。色んなバックグラウンドがあって、持ってる知識や経験したことが違う中で意見が違うのは当然という共通認識が基盤にあるんです。だから対話もしやすい。そして、それが国を作っていく上で大切だということをみんながわかっているんです。」

対話力から見るデンマークの教育

生徒たちの前で講義をする様子 提供:山本さん

それでは、どうしてここまでデンマークでは発言力、対話力が高いのでしょうか。
実は、デンマークの民主主義教育は幼児教育から始まると言います。

「”今日は私は砂場で遊びたい。”と、ちゃんと自分の意見を言える民主主義教育が幼稚園の頃から始まっています。日本のように、”今日はみんなでお遊戯をやります”と大人が決めたことに子供が従う環境とは、全然違うんです。」

幼い頃から自分で考え、意見を持ち、それを人に伝えるまでのプロセスを学ぶデンマーク。子供を一人の人間として対等に接し、大人たちがその意見を尊重します。これは、フォルケホイスコーレの先生も同じ。いつでも対等な立場で生徒に寄り添ってくれます。

共同生活からの大きな学び

フォルケホイスコーレでの食卓様子 提供:山本さん

そして、授業と同じくらい学びの場であるのが、共同生活です。
共同宿舎のハウスミーティングではこんな場面によく遭遇します。

山本さん『俺のコーラ飲んだの誰?』
みんな 『。。。』
Aくん  『あ、それ俺飲んだかも、中にあるのは勝手に飲んでいいのかと。。。』

こんな出来事は日常茶飯事。自分のコーラがなくなって嫌な気持ちになったと思ったら、飲んだ張本人は俺のビールは勝手に飲んでいいよ!みんなの冷蔵庫だから!と言っていて拍子抜けしたとか。異なる考えや文化の人たちと一緒に住むとことで、自分の価値観だけで物事はジャッジできないことにも気づいたそうです。

「フォルケホイスコーレでの学びは授業だけではない、生活の中での学びも大切にされているんです。自分は日本の感覚で生きてるからこう思うんだとか、改めて自分に問いを持ちかけることができるのが、共同生活の醍醐味だと思います。」

ルールは自分たちで作るもの

コペンハーゲン近郊のシェアハウスでのハウスミーティング

そんなトラブルも起こる寮生活ですが、ほとんどルールがありません。飲酒や喫煙に関してのルールは多少ありますが、ほとんどのルールを対話を通して自分たちで決めていきます。

自分が困っていることがあればシェアし、みんなで解決策を探る。一見面倒なプロセスに思うかもしれませんが、こういった時間を通して彼らは体で民主主義を感じているのかもしれません。

「ルールはみんなで作るもの。ルールが人を縛ってはいけません。なぜ法律があるかといったらみんなが生きやすい場所にするため。法律があるから生き方を法律に合わせるのではないのです。

もし小さな問題があっても、それは悪いことではありません。日本人の意識の中にもしかしたら問題=悪みたいなイメージがあるかもしれません。でも問題を解決して楽しい社会にしていったり、問題から何か学んだり。いろんな角度から見て前向きに捉えることもできるんです。」

問題があるからこそ人は成長ができる。それこそがシェアハウスの価値なのかもしれません。

社会人から生徒、そして先生へ

Body&Mindの授業風景 提供:山本さん

このようにフォルケホイスコーレで数々の学びを経て、デンマークの教育を知り、日本にこんな教育が受けられる学校が作れたらと思い始めた山本さん。当初4ヶ月の滞在の予定がフォルケホイスコーレを更に知るべく、語学を学びながらキッチンスタッフを経て、遂には日本語、体育、アウトドア、Body&Mindなど数多くの科目の先生も経験されました。

IFASの誕生


先生をしていたその頃、デンマークの建築事務所で働く日本人が訪ねてきました。それが、現在彼が運営する一般社団法人IFASの共同代表、矢野拓洋さんです。矢野さんは建築事務所で働きながら、フォルケホイスコーレがデンマーク人の働き方や幸福度などのライフワークに影響を与えていると考え調査を開始し、日本人の先生がいると聞きつけ彼に会いにきたそうです。

「僕もフォルケホイスコーレを日本に発信して将来的にそんな学校ができたらいいなと思ってますって話をしたら、じゃあ一緒にやりましょうという話になって。こんな学校日本にあったらいいよねって焚き火を囲みながら夜な夜な話していたのを今でも覚えています。」

2014年、遂にIFASが誕生し、デンマーク中のフォルケホイスコーレをヒッチハイクなどで周り、取材を重ねて情報を発信。今では日本人のフォルケ留学生には欠かせない、日本で初めてのフォルケホイスコーレ情報をまとめたホームページを完成させました。実際にデンマークのフォルケホイスコーレで日本人向けの短期プログラムを企画運営するなど活動の幅を広げています。

日本のフォルケホイスコーレがあったら

アウトドアの授業風景 提供:山本さん

実際に日本にフォルケホイスコーレがあったら、そこにはどんな可能性があるのか伺ってみました。

「デンマークでは、未来をより良くするために人は大切な資源であり、そのためにも教育が重要であると考えられています。人が基本ですから、フォルケホイスコーレでは人として生きるヒントや、様々な生き方を学べる可能性の場だと思っています。

大人になっても勉強し続ける大切さや、新しいことを勉強することの楽しさ、人と何かを一緒にやることが自分の人生を豊かにすること。そんなことをもっと多くの日本人にもフォルケホイスコーレを通じて感じてもらいたいと思っています。」

今後の目標

いつかバンライフにも挑戦してみたいそう アイスランドにて。

デンマークに来てもうすぐ8年。フォルケホイスコーレとの出会いで彼の人生は大きく変わりました。体を動かすことが好きだと気付き、それが仕事になり、今では現地で大学生として学んでいます。目まぐるしく活動してきた中で、もう一度自分のインプットの時間を作り、専門性を高めたいと言います。

「太極拳やダンスなど体を動かすことが好きなので、それがどのように脳に影響を与えるのか、どのように体を使えば健康な人生を送れるのかなどに、とても興味があります。

フォルケホイスコーレに来る日本人学生が言葉ではなかなかコミュニケーションを取れない場面も見てきました。そんな時、一緒にダンスをしたり体を動かすことでコミュニケーションが取れることもありました。コミュニケーションのツールって言葉だけではない。そういう体と心の感覚的なところに興味があって。心理運動療法士という勉強をすることにしました。

将来的には日本かデンマークで、またフォルケの先生をやりたいです。」

シェアハウスの可能性について

生徒たちと焚き火を囲む風景 提供:山本さん

フォルケホイスコーレは読むものではなく、体験するものだと山本さんは言います。それでも、この山本さんのお話や生き方から、その魅力を感じ取っていただけましたでしょうか。

YADOKARIも、これまで世界の数々のシェアハウスを取材してきました。
以前は安く住めるというメリットで選ばれることの多かったシェアハウスも、近年では、世界中でその価値を見直されています。

誰かと一緒に住む価値は、単にものやスペースのシェアだけでなく、知識や経験値などのシェアであったり、”拡張家族”という言葉が注目されているように、血のつながりを超えた新しい家族を手に入れることも可能な時代になってきました。更には、”多世代シェアハウス”で、世代を超えて学び、教え、支え合う暮らしも注目を浴びています。

フォルケホイスコーレは、”学校に寮”がありますが、”学べるシェアハウス”という言葉に置き換えてみると、日本にもフォルケホイスコーレのような学びを取り入れる事ができるのかもしれません。

いくつになっても生きる意味を問い直し、学び成長できる機会を私たちも増やしていきたいと思いながら、彼らのこれからの活動にもますます注目です。