第4回:生き甲斐を編むマナビゴト 編み物を介して被災地を支援するデザイナー 三園麻絵さん|未来をつくるマナビゴト

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「教える・買う・身につける」編み物を通じた被災地支援

東日本大震災から3年。いまだに避難生活が続く方々に対して、何かできることはないかと模索している方も多いのではないでしょうか。
支援にはさまざまな方法があります。たとえば被災地に足を運んで、直接のお手伝いをする。避難所で足りないものを寄付する。そういったことのひとつとして、編み物を介した東北支援を提案するデザイナーがいます。

それが三園麻絵さん。三園さんは海外や国内ブランドのデザイナーを経験し、ニットに関する著書も出版されるなど、キャリアのあるデザイナーです。その彼女が東北各地の編み物ワークショップで講師を始めたのは2011年7月、東日本大震災から4カ月が経った頃でした。

当時を振り返り、三園さんはこう話してくれました。
「物資などはとりあえず行き渡っていましたが、慣れない避難生活を送る方々の心に疲れが溜まっていました。そんな状況を知り、自分なりに被災した方のために役立ちたかったのです。女性起業家を支援するWWBジャパンの奥谷京子さんに相談し、編み物ワークショップを始めたらどうだろう? と意気投合しました。柔らかな毛糸に触れ、手編みに集中することで、少しでも気分転換になればと。そして、できれば仕事や生活の場を奪われた被災者の方に、生き甲斐を感じてもらいたいと思いました。」

会津や宮古など、東北各地を回ったワークショップには、毎回多くの人が参加。
会津や宮古など、東北各地を回ったワークショップ。多くの人が参加した。

三園さんが講師を務めたワークショップ「ソーシャルニットワーク・プロジェクト」*では、ただ編み物を学ぶだけではなく、完成した作品を販売できるのが特徴。第3世界ショップというフェアトレードのショップを通じて被災地の編み手さんの作品を販売しました。

作品はかぎ編みの膝掛けやショール。初心者でも編めるパターンを三園さんが設計し、材料の毛糸や編み棒等は全国から寄付していただいたものを使用。被災された方が編み手となって製作します。その作品を予約購入することで東北支援ができる仕組みです。商品を待つ人がいることで、つながりを感じながら編んでもらいたいという思いがあったとのこと。

ノスタルジックな膝掛けやショール。「買い手が決まっていることで、つながりを感じながら製作できる」とは編み手さんの声。
ノスタルジックな膝掛けやショール。編み手さんからは「無心に手を動かしていると辛いことも忘れていられる」との言葉も。

ワークショップの体験が原動力。オリジナルブランドが発進。

年2回の展示会。その場で予約注文ができる。写真は2014年の秋冬コレクション。
三園さんが立ち上げたブランド「1chilu」。写真は2014年の秋冬コレクション。

実は、このワークショップには続きがあります。三園さんが講師として教えるなかで出会った編み手さんと、今ではマナビゴトの枠を超えてコラボレーションしているのです。

「東北は元々手仕事の伝統があります。その土地柄、編み物が上手な方が多く、作品が売れることで心細い避難生活に張り合いが出たとという感想もいただきました。その声を受けて、東北の編み手さんたちのニットをもっと多くの場で紹介したいと思うようになったのです。」

被災地支援が前提となるソーシャルニットワーク・プロジェクトの他にも、三園さんがなじみのあるアパレルの世界で長く東北の編み手さんの作品を流通させ、自立の助けになりたいと思ったそうです。

「そこでビジネスパートナーの中島雪宏さんと一緒に、オリジナルブランド『1chilu』を立ち上げました。ニットとパンツを中心としたラインナップで、ワークショップで出会った編み手さんに定期的に手編みのアイテムを製作依頼しています。」

「1chilu」の名前の由来は日本語の一縷(1本の糸。また、そのように細いものの意)から。細く長く続けて行きたいという願いが込められているそうです。「1chilu」の手編みニットは毎シーズン好評で、贅沢なカシミア糸のカーディガンや複雑なノルディック柄のセーターは、一生物の価値があります。

「1chilu」の手編みシリーズを手がけた会津の編み手庄子ヤウ子さん。避難先の会津の会津木綿を使ったテディベア會空(あいくう)の作者としても知られている。
「1chilu」の手編みシリーズを手がけている会津の編み手庄子ヤウ子さん。避難先の会津の会津木綿を使ったテディベア會空(あいくう)の作者としても知られている。

長くアパレル業界でデザイナーをしていた三園さんがオリジナルのブランドを立ち上げるにあたっては、ワークショップの講師として東北各地の編み手さんと交流したことが、大きな原動力となりました。

「大規模なアパレル会社では海外製造がほとんどなので、デザイナーと作り手の距離が遠くなります。そういったダイナミックなビジネスの世界でのクリエイションにもやり甲斐を感じていますが、ワークショップの経験から、顔の見える作り手と共に丁寧なモノ作りをしたいという気持ちも強くなりました。手編みに限らず、日本の繊維工場は質が高く、その繊細な仕上がりは世界に誇れるものです。ですから『1chilu』では、全ての製作過程を日本国内で行うことにこだわっています。」

「1chilu」の洋服は、甘さを抑えたユニセックスなラインに、素材感や作りの良さで複雑な表情が加えられているのが特徴。手編みのアイテムもデザインの完成度が高く、「可愛らしく」というよりも「格好良く」着られるので、大人の女性こそ身につけたいものです。

そういった「1chilu」のクリエイションは同業者にもインパクトを与え、東北の編み手さんたちの活動もブランドの枠を超えて広がっています。

「セレクトショップのデザイナーさんから声をかけていただき、ショップのオリジナル商品を製作することになりました。ワークショップの参加者である宮古の編み手さんチーム『愛編む宮古』に製作を請け負っていただき、私は受注側のデザイナーという立ち位置でお手伝いしています。既にサンプルができあがって、青山の『BLOOM&BRANCH』で9月中に発売します。」

「Bloom & Blanch」のオリジナルを手がけたのは宮古のニットチーム「愛編む宮古」。三園さんが教えていた「ソーシャルニットワーク・プロジェクト」から発生した。
「BLOOM&BRANCH」のオリジナルを手がけたのは宮古のニットチーム「愛編む宮古」。三園さんが講師として教えていた「ソーシャルニットワーク・プロジェクト」から発生した。

「ニットを仕事に」その提案が震災後の生活の希望に

三園さんとコラボレーションしている編み手さんは、現在のところ会津と宮古にお住まいです。三園さんとの出会いであるソーシャルニットワーク・プロジェクトで心惹かれた点は、それが仕事にも繋がる技術だったことだと、皆さんは口を揃えます。

「震災後、私たちは全てを失いました。何もないなかで『仕事をしませんか』というお誘いは大変助かりました。編み物は好きでやっていたので、ニットの仕事ができるということは救いになりました。」と会津の渡部美恵子さん。編み手さんのなかには故郷を離れて移住を余儀なくされたり、職場が倒産したり、また仮設住宅に暮らしたりといった生活をされている方も多くいらっしゃいます。そんな苦難のなかでもニットによって仲間とつながり、仕事を生み出せたという事実が、大きな自信になったそう。

現在「ソーシャルニットワーク・プロジェクト」から発展し、「1chilu」や「BLOOM&BRANCH」の製品を編んでいることに関しても、チャレンジする喜びを感じていらっしゃるとのこと。初心者でも編めることを念頭にデザインされた「ソーシャルニットワーク・プロジェクト」の作品とは違って、ブランドの製品を作るにはより複雑な編み方が必要であったり、同じサイズや品質を保つ必要があったりと、難しい点もあります。

「嬉しいと同時に緊張する。」とは愛編む宮古のメンバー。それも買い手に喜んでもらいたいと思えばこそ。前向きにステップアップする編み手さん達の言葉には、作り手としてのプライドが宿っていました。

2011年のワークショップ「ソーシャルニットワーク・プロジェクト」。そこには困難な状況のなかでも誰かのために編みものをする優しさや、新しいことに挑戦しようという前向きな気持ちが、芽吹いていたのだと思います。その芽がどんどん成長し、「1chilu」や「BLOOM&BRANCH」を通して更なるつながりが生まれていくことを願わずにいられません。

東北の編み手さんによる作品を買うには、下記より最新情報をご確認ください!
1chilu
BLOOM&BRANCH
ソーシャルニットワーク・プロジェクト

*「BLOOM&BRANCH」のニットは9月の中頃の入荷を予定しているそうです。詳しくはお店にお問い合わせください。

*「ソーシャルニットワーク・プロジェクト」はWWB/ジャパンの奥谷京子さんのアドバイスにより発足したプロジェクト。三園さんはその立ち上げのメンバーであり共同開催者でした。現在は奥谷さん三園さんの手を離れたものの、「ソーシャルニットワーク・プロジェクト」は継続しており、第3世界ショップのオンラインショップ経由で被災地の編み手さんの作品を購入することができます。