
社会の常識や価値観にとらわれず、自身にとって心地の良い暮らしを自身に問い続けながら、新たな暮らしへと手を伸ばす。そんな『暮らしの実践者』のもとを訪ね、生き方へのヒントを探る「Life is beautiful」。
今回は、YADOKARIがプロデュースを手がけるシェアハウス「ニューヤンキーノタムロバ」の卒業生、FJMY(ふじまゆ)さんを訪ねました。
まゆさんは、タムロバでの生活期間中、愛やセクシュアリティへの関心から、1か月間、家を持たずに歌舞伎町での生活を経験。
「歌舞伎町は、私がどんな人間であってもいいんだと、感情を解放できたまちだった。」そう語るまゆさんにとっての「Life is beautiful」とは?
FJMY(ふじまゆ)さん|表現者
1997年生まれ。群馬県出身。専門学校卒業後に上京し、デザイン会社で3年間制作部に勤務。その後フリーランスに転身し、デザイン業やSNSコンテンツ制作を手がける。YADOKARIがプロデュースを手がけるシェアハウス「ニューヤンキーノタムロバ」に2年間入居し、2年目にはコミュニティビルダーとして活動。その間に自己のセクシュアリティに向き合うため、歌舞伎町での1か月生活を実践。現在は風俗の仕事も経験しながら「自己を深く知る」ことを軸に探求を続ける。
アロマンティックアセクシュアルでポリアモリー、そんな自分と向き合いたいと思った
ーーまゆさんが歌舞伎町での1か月生活を始める背景には、ご自身のセクシュアリティへの気づきや葛藤があったそうですね。
「私には、3年ほど男性のパートナーがいて、タムロバで2年間一緒に住んできました。彼は、一緒に作品をつくる“相方”のような存在で。『今の気持ちは青なんだよね』と伝えると、『どのくらいの青?ちょっとグラデーションしてるね』などと返ってくる。そういう言葉にならない感覚的な繋がりを感じることのできる大切な存在なんです。
ですが、彼のことを異性として見られず、“彼氏”と呼んだことは一度もなくて。夜の関係はもう1年以上ありませんでした。
それでもいろんな人と出会う中で『この人素敵だな』と思う瞬間は多々あって、1人を愛するっていう感覚がずっと分からず『愛ってなんだろう』ってたくさん悩んでいて。段々自分が冷たい人間なんじゃないかと思い始めたんです。
原因を知りたくて調べていく中で出会ったのが、『ポリアモリー(心の繋がりを感じる複数のパートナーと、合意のうえで同時に親密な関係を築くあり方)』と『アロマンティックアセクシュアル(アロマンティック(恋愛感情を抱かない)とアセクシャル(性的欲求を抱かない)の両方の特徴を併せ持つ性のあり方)』というセクシュアリティで、自分はこれなんだって腑に落ちました。
同時に、『なぜ自分はそうなったのだろう』と考えるようになって。どこかのタイミングで、愛する人が一人ではなくなってしまったのか。性欲がなくなってしまったのか。
夜の街と呼ばれる欲望に溢れた歌舞伎町で人と出会い、関わってみれば、何かが分かるんじゃないか。自分が変われるのではないか、そんなふうに思ったんですよね。もう居ても立ってもいられず、『早く行きたい、知りたい』と頭の中はそのことでいっぱいでした。

どんな音楽を聴きたくなるのか? 何に目を奪われるのか? どんな発見があるのか? 感情はどんなふうに揺れるのか? 何を幸せに感じるのか?歌舞伎町で明らかにしたい問いをひとつひとつ、メモに書き留めた。
ーー1か月間の生活には、何かテーマのようなものはあったのですか?
「FJMY(ふじまゆ)という存在を“完全体”にすることでした。
自分にはまだ足りない感情が多いなと感じていて、そのひとつが “人を愛すること”。人を好きになるとはどういうことなのか、自分のアセクシャルを克服できるのか、試してみたかったんです。
パートナーに対しても、一緒にいるのに何も与えることができないし、要望に応えることができなくて、相手から一方的にもらうばかりで、せっかく2人でいるのに申し訳ない。もし自分の中に、愛を見つけられて、誰かを『愛している』と実感できれば、それが原動力になって何かが変わるんじゃないかと思って。セクシュアリティに気づいたのが2024年の8〜9月。そして、歌舞伎町での生活を始めたのがその1か月後の10月でした。気づいてからすぐに行動していましたね。」
歌舞伎町での暮らしと風俗店での勤務。そこで見た、多様な“性”のカタチ
ーーそういった思いで、歌舞伎町に繰り出したのですね。どんなふうに生活を始めたのですか?
「トランクルームを契約して、そこに荷物を置きました。服は5日分ほど着まわせるものを。財布の中は5000円で、お金はおろさずにここから頑張ってみようと。部屋も探さず、身ひとつで出かけました。
デザイナーとして生きてきましたが、ただ真面目なデザインばかりやっているんじゃ面白くないなって思っていて。前から、ホストクラブの名刺とか作ったら面白そうだなとか、サイトのデザインとかやってみたいなっていう気持ちもあり、ホストクラブに少しずつ通い始めていたんです。
初日の夜は、指名していたホストと人生で初めてシーシャ屋さんへ。私が頭の中で考えていた、歌舞伎町でやりたかったことをシェアし、ホストさんからは『歌舞伎の街での新しい出会いや経験を案内するね』と言われて。それまで夜遊びなんて知らなかったので、私にとっては全てが初めてのことで、これから始まる1ヶ月が楽しみな気持ちになりました。
こうして歌舞伎町での生活がスタート。その日手渡しでお金がもらえるということもあり、風俗店で働きはじめ、ネットカフェに帰る生活が始まりました。その日その日で寝床を決め、今日はここ、明日はあそこ…とたらい回しで、2駅先のネカフェまで歩き、朝方3時頃ようやく眠る日もありました。
ちょうど秋になった頃で、本当に寒くて。冷え切った床に薄いブランケット1枚で震えながら寝る、そんな最初の1週間でした。」

慣れない生活に熱を出し、精神も崩壊。ネットカフェで涙を流すまゆさん
ーー探求のために、風俗店でお仕事もされていたのですね。
「風俗で働くことやパパ活は、歌舞伎町生活でやりたかったことのひとつでした。流石に好奇心旺盛な私でも、いきなり風俗店に飛び込む勇気はなかったので、入念に調べ、面接していく中で、負担の少ない内容だけで行う、ソフトサービス店で働きました。
過去に、上司や学校の先生など、年上の男性から性的に見られたり、手を出されたことが何度かあり、それがずっとトラウマでした。だから、年上の男性の方と改めて向き合うことで、自分のアセクシャルを克服できるんじゃないかって思ったんです。
私が働いていたお店では、お客さん1人あたり、15分から20分ぐらいの時間を過ごすので、1日に15人ぐらいと接客しました。
恋人と別れて寂しさを感じている方や、奥さんには言えないことや見せられない姿を共有しに来る方もいる。人によって来る理由は本当に様々です。
もっと目がギラギラしているお客さんばかりかと思ったら、性欲だけじゃなく、癒されたいと思って来ている人がすごく多かった。
そういう点では、過去のトラウマを克服することとはまた違って、自分がイメージしていた“性”のカタチとは異なるものがあるんだと体感して。これは、私にとって大きな気づきでした。
もちろん、いい人ばかりじゃなくて、怖い人もいました。パパ活で5万円をすられたこともあります。
パパ活をしていると、変な要望をされても、『さっきお金振り込んでくれたし…』って上手く言いくるめられてしまっているなと感じることもあって。そういう人たちは、断れないことがわかったうえで女性と接しているんですよね。本当にひどいのは、風俗店に行かず、パパ活したり、まちで女性に声をかけているような人たちなんじゃないかって。逆に、風俗に通う人への見方が変わった瞬間でもありましたね。」
ーー帰ろうって思う瞬間はなかったのですか?
「なかったですね。もっと自分を出したい、まだ出せるっていう感覚があって。
タムロバにいるときは、『まゆちゃん』としてちゃんとしなきゃって思っていたんですけど、歌舞伎町っていう、だらしなくて、どうしようもない人たちの行く場所では、『まゆちゃん』じゃなくてもいい。人間らしさがだだ漏れでもいい場所なんです。私がどんな人間であってもいいし、かっこつけなくていいんだって思われて、感情を解放できたことは嬉しかったです。
もちろん、すごく嫌になっちゃう日もあって、そんな日は指名のホストと2人で喋りながらお酒に酔って『もう無理』って大号泣した日もありましたよ。」

孤独の中で生まれた、愛とつるつるの心
「歌舞伎町では、いろんな人が声をかけてくれるんですよ。キャッチの人、ナンパの人、スカウトの人、いい風俗紹介するよとか、ホストクラブ教えてあげようとか、そういうのばっかりで、友達もなかなかできず、孤独を感じることも多くて。
ホストの紹介で同い年のバーテンダーの友達ができたんですけど、彼とはお金を払ってバーに行かないと会えないんです。働き始めたばかりで十分稼げるわけでもなく、ネカフェとか食事でお金が消えていくし、バーにも頻繁には行けない。
お金がないと人と繋がれないっていう寂しさと、『寂しい』って誰かに連絡できない自分の情けなさに、涙が溢れたこともありました。
そんなとき、すごいタイミングで担当ホストからLINEが入り『体調崩してない?寒いでしょ』って寝る場所を提供してくれたんです。
ホストってお金を使ってほしいから色々してくれるだろうなって思ってたんですけど、私が勝手に始めた歌舞伎町生活を助けてくれるなんて、びっくりでした。
ホストクラブにろくに通ってない、全然お金を落とさない人間なのに、なぜか優しくしてくれたその瞬間に、ちゃんとこの人のことを好きになりたいなって思えたんですよね。
表面的なホストとしてじゃなく、今ここで私に向けてくれた優しさの部分をちゃんと拾いたいなって思いました。」

ホストクラブで感じたものをラフに描いた作品。担当ホストの誕生日には、このラフをもとにシャンパンラベルをデザインした。1か月の体験を通して、やってみたかった夜の街のデザインにも挑戦できた。
ーー彼と一緒に時間を過ごすことで、まゆさん自身も変化していったような感じがありますね。
「そうですね。彼だけじゃなくて、風俗のお仕事も大きかったと思います。風俗では『夜の福祉、みんなの心の癒しなんだよ』ってお客さんに言ってもらったことがあって。自分のやってることが、ただ施術しているだけじゃなくて、癒しもちゃんと与えられてるっていう感覚がすごく嬉しかったんです。自分は冷たい人間じゃないんだって思えました。
1か月が終わる頃には、心がやわらかく、つるつるになったというか(笑)、感受性が豊かになったなって思います。
歌舞伎町生活の最終日には、ホストの子にハグをしたんです。元々、体の接触は苦手で、手をつないだりハグしたりなんて絶対しない人間なんですけど、1か月間で周りの人に与えることの幸せを知ったからこそ、『今まで本当にありがとう』って意味を込めてハグしたくなったんです。
寒い中ネカフェで寝た経験や、お金がないと人と繋がれないことへの寂しさとか、いろんな感情があったからこそ、大事にしなきゃいけない人たちがよく見えてきました。
1人を愛することはなかったけど、ちゃんと愛のある人間なんだって気づけたんです。自分の大きな愛みたいなものを、お客さんにこの愛の一部をあげて、友達にはここをあげて…って配り歩いてるんだなって。」

歌舞伎町に出る前に相方に描いた絵。タイトル『同じ夜に』
――その愛はなくなったりはしないのですか?
「なんか出てくるんですよ。なくなっても次々と。元々小さいことでもハッピーを感じる人なんですけど、歌舞伎町にいたから、ハッピーがもっとよく見えるようになった。
ある時、大久保公園前の自販機の後ろにキンモクセイが咲いてるのを見つけて、すごいいい香りがして。こんなまちにキンモクセイがあるんだって発見できて、自分最高だなって思ったり。そうやって、些細なワンシーンで人に与えられる愛が増えていくんです。」
――そんな新たなまゆさんの一面は、歌舞伎町以外でも現れているのですか?
「歌舞伎町生活が終わってタムロバに戻ったとき、住民のあやちゃんが歌舞伎町での体験を本にしてくれました。
当時私は部屋のベッドの上で、あやちゃんからLINEで原稿のデータをもらいました。すぐ読んで、感情が溢れて大号泣しちゃって。廊下に出たらすぐ会えるのに、わざわざLINEで『今からそっち行っていい?』って言いながら、ありがとうってボロボロになって伝えて。自分がそういう人間じゃなかったから、変わったんだなって実感しました。」

あやさんと一緒につくり、完成した本
思わぬ形で出会ったぴったりの仕事と、終わることのない探求
ーー1か月の歌舞伎町生活が終了した後は、どんな生活されているんですか?
「その後タムロバに戻り、卒業後も横浜に暮らしながら、今も横浜にある風俗店でお仕事しています。
今の自分に適している仕事を、見つけちゃったなって感じ。目に見えるお客さんの嬉しそうな顔とか、ちょっと興味なさそうな表情とか、分かりやすくフィードバックが返ってきて、試行錯誤しながら人と向き合うスタイルが、私のやりたかったことにぴったりだなって。
最初はそれが楽しかったんですけど、いつの間にかランキングも上がっていって。2位になれば『2位の女の子』として見られるし、1位になれば『ナンバーワン』って見られる。
提供の価値を上げなきゃいけなくなるので、楽しくなくなっていく感覚もありますが、自分が接客を終えた後に『指名してよかった』『今日来てよかった』って言われると、やっぱ正解だったなって思えるんです。」
「そういう瞬間に出会い続けていくうちに、もっと次の段階に行きたくなる。ただのハンドサービスを提供するだけじゃなくて、長い時間かけてその人を知って、自分にできることをしていきたいなって思っています。」
――今も、ご自身のことがだんだん分かっていくような感覚があるんですか?
「そうですね。その感覚はきっと止まらないと思います。絡むお客さんとの関わり方が変わることで、自分に対する見え方とか、価値観も変わる。自分のことはまだまだ分からないなって思っています。
まだ4割ぐらいしか分かっていない感覚。”本当の自分を知りたい”というこの探求は終わらないと思います。」
編集後記
“完全体”の自分になるために。
必要な場所や刺激、そして出会いを求めて、本能のまま未知の世界へ飛び込んだまゆさん。
その探求の途中で彼女がたどり着いたのは、風俗店という場所だった。
今、彼女はその世界を自ら選び、出会う人々と真摯に向き合いながら生きている。そうした日々のなかで、「自分がわかっていく」感覚を確かに感じているのだという。
彼女の探求のことを知ったのは、2025年3月、タムロバで開催された3期生の卒業イベント「ゼロフェス」だった。歌舞伎町で見てきたこと・感じたことをためらうことなく表現し、そこには、ホストや彼女のお客さんなど、歌舞伎町で出会った人たちの姿も。そんなシーンに惹かれ、実施されたのがこのインタビューだ。
この日の取材は、まゆさんが働く横浜のメンズエステサロンで行った。「ここを指定するかは迷ったが、この場所が今の自分を一番表現できる」と迎えてくださったまゆさん。
「私は風俗で働いてますって隠すことなく言っています。働いてみて、恥ずかしいものではないと思ったので。」と笑うまゆさん。自分が心から納得できる道を描きながら、自分を満たし、周りの人のやさしさや愛を与えていく。夜のまちで働く彼女には、その世界を知らない人には想像することのできない、あたたかな世界があるように見える。
最後に、彼女が今、選びそして歩む道を、私YADOKARI編集部がどのようにまなざし、何を美しいと捉えるのか。私たちの間でも少し迷いがあった。しかし社会の常識や価値観にとらわれず、自分の魂が求めるものへまっすぐに手を伸ばし続ける彼女の姿を、ゼロフェスに訪れた人だけでなく、もっと広く伝えたかった。そして届くべき人のもとへ、しっかりとこの声を届けるために、ここに書き留めることを決めたのである。