
Eri Morikawa
東京から車で約1時間。
神奈川県・藤野の山あいに、2台のトレーラーハウスを活用したレコーディングスタジオ「inou studio」が誕生しました。
一台は音楽制作のためのスタジオ。もう一台は、休み、語らい、ときには泊まりながら制作を続けるための空間として。木々や鳥の声に包まれたこの環境で、アーティストたちが制作に向き合っているのだとか。
今回は、inou studio代表の大塚さんに、この場所が生まれた背景や、トレーラーハウスを選んだ理由について伺いました。
──まず、レコーディングスタジオ「inou studio」がどんな場所なのか教えてください。
大塚さん(以下敬称略):2台のトレーラーハウスで構成されていて、片方がレコーディングスタジオで、もう片方が滞在棟。滞在しながら音楽制作ができる、そんな使い方をするスタジオです。音楽制作だけじゃなくて、撮影や仕事で利用される方もいます。

Kyouhei Yamamoto
──宿泊しながら制作活動ができる場所なのですね。そんなレコーディングスタジオを、ここ藤野につくろうと思ったきっかけを教えてください。
大塚:僕は藤野で生まれ育ったのですが、藤野は、2000年代には「芸術のまち」としてまちづくりが進められ、現在も素敵なアトリエがあったり、アーティストや写真家の方が住んでいたりすると耳にしますし、人口の5%くらいがアーティストだと聞いたことがあります。
僕も音楽が好きだったので「地元にスタジオがあったらいいな」と思っていて。
もともとの知り合いであり、YADOKARIさんとも親交のある株式会社ウィルネクスト代表取締役の中村さんがこのスタジオの谷の向こうにある『虫村』*という場所に住んでいるのですが、一緒にこの土地について話しているうちに、景色もいい土地だったので、「ここで何かやりたいね」って話になったんです。
あと、地元の同世代のミュージシャンと知り合い、「スタジオをつくろうと思っているんだよね」って話したら、「絶対やりましょう。」って後押ししてくれたことも、すごく大きかったですね。
*中村さんが手がける循環型の暮らしのコミュニティ「虫村(バグソン)」プロジェクトについての詳細はこちら
▶ウィルネクスト中村真広×YADOKARIさわだいっせい|ツクルバ退任からの新たな出発【CORE SESSIONS Vol.3 前編】</span>
DIYから、2台のトレーラーハウスという発想へ
──トレーラーハウスを検討するようになったきっかけを教えてください。
大塚:実は、最初からトレーラーハウスを考えていたわけではなく、最初はDIYで建築することを検討していました。資材を送ってもらって、自分たちでセルフビルドできるサービスを見つけて、「クラウドファンディングで仲間を集めて、みんなでつくり、その人たちが使う場所になったら面白いな」と考えていたんです。
でも土地を調べてもらったらここが崖地だと分かり、木造では難しく、擁壁も必要になると言われました。想像していた以上に費用がかかることとなり、DIYは断念しました。
そんなとき、中村さんから紹介されたのが、YADOKARIでした。

Kyouhei Yamamoto
──当時、トレーラーハウスにはどんなイメージを持っていましたか?
大塚:正直、そのときは全然イメージが湧きませんでした。思い浮かべたのは、映画『8 Mile』に出てくるような、低所得者向けの住居としてアメリカの駐車場に並ぶキャンピングトレーラー。だから、実際に展示場で実物を見るまでは、「狭そうだな」という印象が強かったですね。
──展示場へ来てくださったのですね。そのときはどんな印象を持たれましたか?
大塚:展示場では「MIGRA」と「ROADIE」を見学しましたが、窓が大きく、天井も高くて。それまで想像していたトレーラーハウスとは全然違いましたね。
もともとDIYを検討していたときにイメージしていた建物は60㎡ほどあったのに対して、トレーラーハウスは1台20㎡ほど。少し小さいなと思っていましたが、「2台置けますよ」と教えていただき、「その間をデッキにして、屋内と屋外をつなぐ空間としてデザインできたら、当初イメージしていたのと同じくらいの広さになりそうだな。」と思いました。
スタジオと滞在棟を分けるという使い方も、その時にイメージが湧きました。普通の平屋だと音が広がってしまうんですが、シンメトリーで縦長の空間の方が、音の響きが均一になります。
そういう意味でも、スタジオと宿泊棟を分けて、その間をデッキでつなぐやり方は、意外とハマるんじゃないかなと思ったんです。
大切にしたのは、プロ仕様ではなく「居心地のよさ」
──内装づくりで、一番こだわったところを教えてください。
大塚:まず、スタジオのデザインに力を入れたくて、ずっとそのことを考えていました。まずは窓をどうするか。窓の場所と扉の場所をセットで考えていましたね。
YADOKARIのサイトで「Tinys INSPIRATION」の施工事例を見たときに、一つの面に大きな窓があって、その先に自然の景色が切り取られた事例があって、「これがやりたい」と思ったんです。
長い面に窓を設置することもできたんですけど、奥だけに窓があって、縦に抜ける感じにしたかった。そういう設計だったら、壁も白がかっこいいなと思って、そこからほかのデザインも決まっていきました。

Eri Morikawa
──レコーディングスタジオということで、音響面も意識されたのでしょうか。
大塚:もちろん、音の響きも大切ですが、本当のプロが使うようなレコーディングスタジオをつくりたかったわけではないんです。
ここでやりたかったのは、合宿しながらデモをつくったり、アイデアを膨らませたりすること。だから、レコーディングスタジオとしてのスペックというより、「居心地のよさ」を大切にしていました。
そのために音響だけではなく家具にもこだわり、作業机やソファ、ランプは、地元出身の家具職人さんにつくってもらいました。
「藤野にレコーディングスタジオをつくるんです」と伝えたら、その職人さんも音楽がすごく好きで関心をもってくれて。いろいろ調べながら「こんなのはどうですか」と提案していただき、一緒につくっていきました。

Kyouhei Yamamoto
──宿泊棟は、どんな思いでつくられたのですか?
大塚:音楽制作って、数時間で終わるものではなくて、夜まで続くこともあるし、そのまま泊まって翌日も作業をすることもあります。だから「スタジオとは別に、ちゃんと休める場所をつくりたい」という思いがありました。
宿泊棟は、実はMIGRAの標準仕様とは少し間取りが違うんです。玄関を入って正面にあるトイレを倉庫にしたりなど、実際の使用をイメージしながら少しアレンジしていきました。
中村さんとYADOKARIの遠藤さんと一緒に、中村さんの家に集まって、議論して実際にトイレのサイズを図ったりしながら「このサイズならいけるね」って、内容を詰めていきましたよね。実際にできるまではサイズ感が分からなくて不安な部分もありましたが、今となってはちょうどいいです。
スタジオで制作をして、息抜きに宿泊棟へ来る。そんな使われ方をイメージしながら、宿泊棟は、少し家っぽい雰囲気づくりを心がけました。

Kyouhei Yamamoto

Kyouhei Yamamoto
思い描いていた風景が、少しずつ日常になっていく
──実際にこの場所が完成したときは、どんなお気持ちでしたか。
大塚:もう本当に満足して、別に誰も来なくてもいいや、自分と友達で遊べればいいやって思ったくらいです。
だから今も、あんまり宣伝はしていないんです。人が増えすぎると、自分たちが遊べなくなっちゃいますからね(笑)
──完成してから、ご自身もよく来られるんですか。
大塚:お客さんのチェックインがある日は来ますし、天気がいい日は、ここで仕事をしたり、人を呼んで打ち合わせをしたり。友達が来ていると「ちょっと顔出そうかな」ってふらっと来ることもありますね。
実は、つくるときに応援してくれたアーティストの友人が、予約がないときは毎日のように来てくれているんです。「よっ」って言って、二人でちょっと喋って帰る。そういうことをよくやっています。

Eri Morikawa
──利用されるゲストの方からは、どんな反応がありますか。
大塚:「最高だ」ってみんな言ってくれて、実際に見に来た人たちが、今度は泊まって作業したいと言ってくれることも多いです。
来たら絶対好きになってくれる。それは達成できているかなと思います。
使い方も、だいたい想定していた通りです。プロ仕様のレコーディング施設というよりは、滞在しながらアイデアを出したり、制作したりする場所。そういう使われ方ができているので、そこは結構狙い通りですね。

Kyouhei Yamamoto
──大塚さんにとっても、思い入れのある場所となっているように感じました。この場所をつくって、ご自身の中で変わったことはありますか。
大塚:ここを利用してくださったアーティストの方が、滞在時につくった曲やアルバムを共有してくださることがあるんです。実際にここでつくった曲が世に出ていくというシーンを見ることができるのは嬉しいですし、つくってよかったなって思います。
また、身近な人たちも興味をもってくれて、東京で出会った起業家やクリエイターの人たちが、「スタジオができたから遊びに行くよ」と藤野まで来てくれるようになったことが嬉しいですね。
自分の仲間が実際にここへ集まってくれるようになると、不思議な感覚もありますし、面白いなと思います。
おわりに
スタジオと滞在棟。2台のトレーラーハウスから生まれた「inou studio」は、トレーラーハウスが心地よい創作の拠点になり得ることを教えてくれています。
人が集い、滞在し、アイデアを育み、それぞれの作品が生まれていく。
ここで過ごした時間から生まれた音楽や写真、映像が、これからもさまざまな場所へ届けられていくことでしょう。
「inou studio」のように、トレーラーハウスを活かした新たな創作の拠点が、これからも各地に生まれていくのかもしれません。今後、どんな空間がつくられていくのでしょうか。今からとても楽しみです。
▼inou studio Instagramはこちら
https://www.instagram.com/i_no__u___/

Kyouhei Yamamoto