第3回:農村で感じた命の循環|おおいた農村潜伏記
「未来住まい方会議 by YADOKARI」をご覧のみなさん、こんにちは。大分に移住してとうとう1年が経ちました、小海もも子です。今回は、大分に居続けた理由と、農村で感じた命の循環をお話します。
第2回で、大分に引っ越したものの彼とお別れすることになり、いきなり家がなくなったとお伝えしました。「彼と別れた」と友人に言うと、どうしてまだ大分に居続けるの?とよく聞かれます。その理由をこれからお話しします。
この手で命を産みだした責任
私が大分を出なかった理由の一つに、畑を作ってしまったということがあります。
土地主さんから土地を借りて、手にマメを作りながら耕した畑は愛着があります。さらにそこに種をまいて、芽が出ました。種を植えたら芽がでるということは、当たり前です。しかし、自分が植えた種が、自分のあげた水を吸い、根を張り、芽を出すという喜びは、心が躍るような胸がいっぱいになるような不思議なきらめきがあります。
植えた種は、綿花、たかきび、ヒエ、藍、アマランサス、エゴマです。通うことができないならいっそ全部倒してしまおうかとも考えましたが、健気に伸びていく姿を見ているとそんなことはできません。あまり手間をかけなくてよい野菜だったことが幸いして、週1回程度の世話でなんとか育てられました。
また、土に触れることはとても楽しいことです。草取りをしながら季節ごとに小さな花を見つけたり、食べられる野草を採ったり。ミミズにはありがたや〜と静かに土をかけてあげます。土にまみれた手はなんだかちょっと誇らしい気持ちになります。そして、畑を始めてから土らしくある土を汚いと思わなくなりました。ちょっと土のついた野菜ならパクッと食べてしまいます。美味しい野菜は土から育つのです。土よりも排気ガスとか食品添加物の方がよっぽど身の危険を感じる気がします。
そして、時々しかいけない畑も、なんとか実りを得て収穫。とうとう年末に畑を更地に戻しました。命を生み出した責任を最後まで取れたこと、来年に向けて種が取れたことを嬉しく思っています。
終わる命を見届けることで気づいた命の循環
大分に残った理由の2つ目に、彼の飼っていた秋田犬があります。名前をゴンちゃんといい、大きくて、真っ白で、食いしん坊の忠犬です。私が大分に来て一番一緒に過ごしたのがゴンちゃんで、話し相手でもあり、行動範囲を広げる同士でもありました。そのゴンちゃんは、私が大分に来た時点でフィラリアという蚊を媒体にした感染病になっており、腹水が溜まっており、そう長くはないということでした。
私は家を出てからも、たびたびゴンちゃんを連れ出し、畑仕事を見守ってもらい、おやつをあげたり散歩したり。少しずつ弱っていくゴンちゃんに胸が苦しくなりつつも、一緒にいれる時間が幸せで、なんとか少しでも生きながらえるようにと願っていました。
9月に入り、ようやく秋田犬の苦手な夏が過ぎたと安堵したところで急に足腰が立たなくなり、寝たきりになってしまいました。今度は畑ではなく、介護を中心に頻繁に訪れるようになりましたが、あっとう間に衰弱し、ある日撫でながら「好きよ〜ゴンちゃ〜ん」と声をかけている時に、一度頭を反って亡くなりました。
しばらく側で悲しみに暮れていましたが、ふとしばらく見に行ってなかった畑を思い出し、重い足取りで向かいました。そこには、今年初めての綿花が真っ白いホワホワの綿毛をつけています。「ああ、ゴンちゃんは綿花になったんだ」と、消えていく命と生まれる命の循環を感じ、悲しみが少し和らぎました。畑をしていて本当に良かったと思った瞬間です。
自分の命の活かすために
農村では常に生と死の入れ替わりを感じます。それはおばあちゃんの漬けた漬物などの発酵から、蜘蛛につかまった蝶々、季節ごとに入れ替わる野草、葬儀場のクラクション、山に沈む夕陽まで、身の回りに生死が充ち満ちています。微生物も、草花も、動物も常に生まれては死ぬということが、なんだか都会よりも頻繁に、またむき出しに行われているように感じます。
私はかつて世界のいろいろな国を旅しました。砂漠も高い山も行きました。こんなに生死の入れ替わりがある世界で生き延びて、何のつながりがなかった大分に、現在立っていることが奇跡のように感じることがあります。だからといってはなんですが、「私×大分」を満喫するために、美しい景色を見たり、好きな場所を作ったり、面白い人と出会いたいと思っています。
また、家を出た私を保護してくれたのは出会ったばかりの近所のご家族でした。私よりも少し年上のご夫婦と、小学生の男の子、中学生の女の子の4人家族のお宅に居候生活です。まさにヤドカリ! 元の家からちょっと近い場所で、潜伏するような、でも優しい家族たちに癒される生活が始まりました。
今回、自分の住むところがなくなったことで、屋根のある家があること、暖かい布団で寝られること、美味しいご飯が食べられること、一緒に笑える友人がいることが、何と幸せなことなのだろうと感じることができました。人生は、これだけあれば十分なのかもしれません。
さてさて、好きなことの一つに写真があるのですが、昨年末に発売された「JOURNEY」に大好きなチベット圏の写真を3枚使用してもらいました。この本は絶景と、生き方を決めるヒントとなる名言で構成されています。ちなみに絶景がどこの国で、どんな場所なのかも知ることができます。
また、そのシリーズ本として「HAPPY 幸せのカタチを見つけるための111の言葉」という”幸せを感じる言葉”と”様々な動物の写真”が組み合わされた本が2月25日に発売されます。こちらは制作のお手伝いもさせていただき、なんとゴンちゃんの写真も載っています!
もしよろしければ、書店などで手に取ってみて下さい。