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ちいさな暮らしは「目的」じゃない|#01 ちいさな暮らしを始めたのは、 都内で旅を続けたかったから

現在の住処は四畳半

タイニーハウスや小屋暮らしなど、ちいさな暮らしはまだまだ実践者も少なく、始めてみたいけれど少し不安という方も多いのではないでしょうか?TINYHOUSE ORCHESTRAでは、日本国内で実際にちいさな暮らしを実践されている方にレポートを執筆いただき、新しい暮らしを始めるヒントをお伝えしています。

今回は、ちいさな暮らしを実践中のフリーランスライター、スズキガクさんによる暮らしの記録です。ガクさんの所有物は一時、段ボール3箱ほどに収まる量。2年で引っ越しを5回繰り返し、東京都内のシェアハウスを転々としながら暮らしてきたそうです。

—————

僕が東京都内を転々とする生活をはじめたのは、2014年6月のこと。コネも経験もないけれど、ライターになる!と地元を飛び出し、まずは高田馬場にあるシェアハウスに転がり込んだ。ライターになりたかったのは、「旅をしながら仕事ができるかも」という淡い考えからだった。「なんとかなるだろう」と勢いだけで行動できるほどに、僕は旅が好きだったのだ。

僕は大学を卒業後、学生の頃に読んだ紀行文に憧れて(あと就活に失敗して)自転車で日本を一周した。そこから旅の魅力にハマり、2年ほど自転車屋で働いた後に8ヶ月間の世界旅行に出かけることになる。折りたたみ自転車を持って中国からスタートした旅は、チベットやインド、トルコやヨーロッパを経て、南アフリカまで及んだ。

自転車旅行中、北海道北部にて

それでも僕の旅行熱は冷めなかった。地元のNPOで少しだけ働いた後、「生きてる実感がない」と感じて仕事を辞めて、段ボール2箱分の荷物だけを持って上京した。

僕は、大学を卒業してからは京都〜静岡〜東京と住む場所を変え、上京してからも、高田馬場〜学芸大学〜吉祥寺〜銀座〜下北沢と引っ越しを繰り返している。どうやら、僕はひとつのところにはじっとしていられないみたいだ。

引っ越しは段ボール2箱でおさまった

そんな風に都内をあちこちへ転々とする生活は心地よかった。引っ越しをするたびに住む家が変わり、毎日行き来する道が変わる、街には知らない店が山ほどあって、休日には散策だってできる。それは旅の延長のようなものだったのだ。

住む場所は決まってシェアハウスを選んだ。マンションのように敷金礼金がかからないし、生活に必要な家電や食器も一通り揃っている。家賃も比較的安いシェアハウスは仮暮らしには最適の住居だと思う。

東京都内を転々としていた時の所有物は少なく、上京してきたばかり頃の荷物は確か、こんな感じだった。

<下着>
・パンツとタンクトップ:4枚
・靴下:4足

<外着>
・Tシャツ:5枚
・ズボン:3本
・冬用の上着1枚
・フリース:2枚
・Yシャツ:2枚

<仕事道具>
・ノートパソコン:1つ
・パソコンのケーブル類:諸々
・スマホ:1台
・デジカメ:1台

<洗面用具など>
・歯ブラシ:1本
・髭剃り:数本
・シャンプーや石鹸:1セット
・洗濯用洗剤:1ボトル

<その他>
・寝袋:1つ
・就寝用マット:1つ
・自転車:1台
・文庫本:3冊
・靴:2足

上京後、引越しを重ねるうちに多少荷物は増えたけれど、積極的に荷物を増やそうと思うことはなく、気軽に引っ越せるだけの量をキープしていた。

これは世界旅行中の荷物、これに衣服4日分が加わる

ちいさな暮らしを維持した3つの理由

僕がちいさな暮らしをキープしようと思ったのは、3つの理由からだった。

①気軽に引っ越すことができる、気ままな暮らしを味わいたかったこと
②駆け出しのフリーランスだから金銭に余裕がなかったこと
③物は必要最低限あればいいと気付いたこと

「③」のような考えに至ったのは、長期の旅行経験からだった。旅の最中は基本的にテント暮らしか、ゲストハウス暮らし。家電はない、定住する家も電気・ガス・水道もない。ないないづくしの仮暮らし。それでもテントを立てれば家になり、コンビニやスーパーで食料が買えて、コインランドリーに行けば洗濯だってできる。

背中に背負えるだけの荷物で、1年だって2年だって生活できることを経験できたし、道具は工夫すれば本来の用途以外の使い方ができることも知れた。この経験を通して、物を買う前に、それが本当に必要かどうか、手持ちの何かで代用できないかをよく考えるようになったのだと思う。

遊牧民から定住民へシフトする

思うに、暮らしの拠点をあちこちに動かしていた時の僕は、まだ旅行気分を味わいたかったのだと思う。ひとつの場所に留まりたくない、都内の様々な場所に住んでその土地の雰囲気を味わいたい。そんな価値観を持っていたから身軽さを重視していた。その結果、僕はミニマリストになった。

僕はミニマリストを志していたのではなく、自分にとって心地よい生活を模索した結果、いまの暮らし方を選んだ。そんな経緯を経てきたので、「ミニマリスト」と言っても、人それぞれに様々な価値観や背景があるのだと考えているし、物を減らすことで豊かな生活が得られるとは思っていない。

僕は、「ちいさな暮らしは手段であって目的ではない」と考えている。だから、物は増えてもかまわない。事実、直近の1年半を同じシェアハウスで過ごしていて、だんだんと所有物も増えているのだ。

ちいさな暮らしをしていた僕が、なぜ物を増やそうと思ったのか。その理由は、生活の豊かさや価値観の変化に関わることなのだけれど、詳しくは次回お話しします。

ライター:スズキガク

現在の住処は四畳半

タイニーハウスや小屋暮らしなど、ちいさな暮らしはまだまだ実践者も少なく、始めてみたいけれど少し不安という方も多いのではないでしょうか?TINYHOUSE ORCHESTRAでは、日本国内で実際にちいさな暮らしを実践されている方にレポートを執筆いただき、新しい暮らしを始めるヒントをお伝えしています。

今回は、ちいさな暮らしを実践中のフリーランスライター、スズキガクさんによる暮らしの記録です。ガクさんの所有物は一時、段ボール3箱ほどに収まる量。2年で引っ越しを5回繰り返し、東京都内のシェアハウスを転々としながら暮らしてきたそうです。

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僕が東京都内を転々とする生活をはじめたのは、2014年6月のこと。コネも経験もないけれど、ライターになる!と地元を飛び出し、まずは高田馬場にあるシェアハウスに転がり込んだ。ライターになりたかったのは、「旅をしながら仕事ができるかも」という淡い考えからだった。「なんとかなるだろう」と勢いだけで行動できるほどに、僕は旅が好きだったのだ。

僕は大学を卒業後、学生の頃に読んだ紀行文に憧れて(あと就活に失敗して)自転車で日本を一周した。そこから旅の魅力にハマり、2年ほど自転車屋で働いた後に8ヶ月間の世界旅行に出かけることになる。折りたたみ自転車を持って中国からスタートした旅は、チベットやインド、トルコやヨーロッパを経て、南アフリカまで及んだ。

自転車旅行中、北海道北部にて

それでも僕の旅行熱は冷めなかった。地元のNPOで少しだけ働いた後、「生きてる実感がない」と感じて仕事を辞めて、段ボール2箱分の荷物だけを持って上京した。

僕は、大学を卒業してからは京都〜静岡〜東京と住む場所を変え、上京してからも、高田馬場〜学芸大学〜吉祥寺〜銀座〜下北沢と引っ越しを繰り返している。どうやら、僕はひとつのところにはじっとしていられないみたいだ。

引っ越しは段ボール2箱でおさまった

そんな風に都内をあちこちへ転々とする生活は心地よかった。引っ越しをするたびに住む家が変わり、毎日行き来する道が変わる、街には知らない店が山ほどあって、休日には散策だってできる。それは旅の延長のようなものだったのだ。

住む場所は決まってシェアハウスを選んだ。マンションのように敷金礼金がかからないし、生活に必要な家電や食器も一通り揃っている。家賃も比較的安いシェアハウスは仮暮らしには最適の住居だと思う。

東京都内を転々としていた時の所有物は少なく、上京してきたばかり頃の荷物は確か、こんな感じだった。

<下着>
・パンツとタンクトップ:4枚
・靴下:4足

<外着>
・Tシャツ:5枚
・ズボン:3本
・冬用の上着1枚
・フリース:2枚
・Yシャツ:2枚

<仕事道具>
・ノートパソコン:1つ
・パソコンのケーブル類:諸々
・スマホ:1台
・デジカメ:1台

<洗面用具など>
・歯ブラシ:1本
・髭剃り:数本
・シャンプーや石鹸:1セット
・洗濯用洗剤:1ボトル

<その他>
・寝袋:1つ
・就寝用マット:1つ
・自転車:1台
・文庫本:3冊
・靴:2足

上京後、引越しを重ねるうちに多少荷物は増えたけれど、積極的に荷物を増やそうと思うことはなく、気軽に引っ越せるだけの量をキープしていた。

これは世界旅行中の荷物、これに衣服4日分が加わる

ちいさな暮らしを維持した3つの理由

僕がちいさな暮らしをキープしようと思ったのは、3つの理由からだった。

①気軽に引っ越すことができる、気ままな暮らしを味わいたかったこと
②駆け出しのフリーランスだから金銭に余裕がなかったこと
③物は必要最低限あればいいと気付いたこと

「③」のような考えに至ったのは、長期の旅行経験からだった。旅の最中は基本的にテント暮らしか、ゲストハウス暮らし。家電はない、定住する家も電気・ガス・水道もない。ないないづくしの仮暮らし。それでもテントを立てれば家になり、コンビニやスーパーで食料が買えて、コインランドリーに行けば洗濯だってできる。

背中に背負えるだけの荷物で、1年だって2年だって生活できることを経験できたし、道具は工夫すれば本来の用途以外の使い方ができることも知れた。この経験を通して、物を買う前に、それが本当に必要かどうか、手持ちの何かで代用できないかをよく考えるようになったのだと思う。

遊牧民から定住民へシフトする

思うに、暮らしの拠点をあちこちに動かしていた時の僕は、まだ旅行気分を味わいたかったのだと思う。ひとつの場所に留まりたくない、都内の様々な場所に住んでその土地の雰囲気を味わいたい。そんな価値観を持っていたから身軽さを重視していた。その結果、僕はミニマリストになった。

僕はミニマリストを志していたのではなく、自分にとって心地よい生活を模索した結果、いまの暮らし方を選んだ。そんな経緯を経てきたので、「ミニマリスト」と言っても、人それぞれに様々な価値観や背景があるのだと考えているし、物を減らすことで豊かな生活が得られるとは思っていない。

僕は、「ちいさな暮らしは手段であって目的ではない」と考えている。だから、物は増えてもかまわない。事実、直近の1年半を同じシェアハウスで過ごしていて、だんだんと所有物も増えているのだ。

ちいさな暮らしをしていた僕が、なぜ物を増やそうと思ったのか。その理由は、生活の豊かさや価値観の変化に関わることなのだけれど、詳しくは次回お話しします。

ライター:スズキガク

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