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株式会社Sanu CEOの福島弦さんをお迎えし、YADOKARI共同代表のさわだいっせいが生き方のコアに迫る対談。後編は、福島さんとさわだの「幸せ論」とこれからの生き方、創造性や自然に触れることの本当の意味について話が展開する。(前編はこちら>>

福島弦|株式会社Sanu CEO(写真右)
北海道札幌市出身。2010年、McKinsey & Companyに入社し企業・政府関連事業やクリーンエネルギー分野の事業に従事。2015年、プロラグビーチーム「Sunwolves」創業メンバーとなり、ラグビーワールドカップ2019日本大会の運営に参画。2019年、本間貴裕氏と「Live with Nature. /自然と共に生きる。」を掲げるライフスタイルブランドSANUを創業。2021年、SANU 2nd Home事業をローンチし、現在21拠点の自然立地で事業を展開する。雪山育ち、スキーとラグビーを愛する。2024年9月、目黒に地球を愛する人々が集うラウンジ「SANU NOWHERE」をオープン。

さわだいっせい|YADOKARI 代表取締役 / Co-founder(写真左)
兵庫県姫路市出身。10代でミュージシャンを目指して上京し、破壊と再生を繰り返しながら前進してきたアーティストであり経営者。IT企業でのデザイナー時代に上杉勢太と出会い、2013年、YADOKARIを共同創業。YADOKARI文化圏のカルチャー醸成の責任者として、新しい世界を創るべくメンバーや関係者へ愛と磁場を発し続ける。自身の進化がYADOKARIの進化に直結するため、メンターとなる人に会うことを惜しまない。逗子の海近のスモールハウスをYADOKARIで設計し居住中。

人を喜ばせる利他性こそが利己

さわだ: 僕は、「幸せをつくるための装置」を会社に求めている所があって、それが経済性に飲まれてしまうと本末転倒なので、そこに抗うように社内にフィロソフィーボードを設けているんです。目の前の個人的な幸せを大事にしつつ、それを会社を通じて広げていけるのが理想だと思っている。弦さんの幸せ論とか、人生論みたいなことをお聞きしたいな。

福島さん(以下敬称略): 幸せ論かぁ、難しい質問しますねぇ。僕個人としては、人に喜びを与えることは幸せなことだと思います。SANUを例えば100年愛されるブランドにしたいと思った時、最初にやらなきゃいけないのは「愛すること」だと思うんです。実際に利用してくれる方を。 「愛する」ということは、自分の全てをぶつけて他の人に喜んでもらうという行為だと思うので、愛されるより愛するということをして人に喜びを提供し、それが返ってきたり、反応が見えたりした時が、自分にとってすごく喜ばしいことじゃないかと思います。それが僕の幸せの原点にあるかもしれない。

さわだ: 人を喜ばせることが自分の幸せというのは「利他的な精神」ですよね。「利己的な思い」というのは無いんですか?

福島: ありますよ。この利他性こそが利己的であるというか、人が喜ぶ姿で自分が喜ぶのは、極めて利己的な姿だと思います。あとは、表現することは楽しいことですね。会社経営も表現じゃないですか。企業戦略を書くのも、ポエムを書くようなもの。表現することには人間としての根源的な喜びがあると思います。本間さんはそれを空間でやっているけれど、僕は会社の方向性を決めたり、こうして対談させていただいたりする機会も自己表現の幸せな時間の一つだと思いますし、それは純粋に楽しいことです。

奥に見えるのは福島さんのサーフボード。本間さんと連れだって海に出かけることも。

創造性は「受け取れる豊かさ」から始まる

さわだ: 弦さんは「創造的である」って何だと思いますか? SANUというこの作品はすごく美しいし、僕らもこんなかっこいいものをつくりたいと思う。でも、美しいかどうかと、必要かどうかは別の話という気がするし、「創造物の質が高い」こと自体にどんな意味があるのかなとも思うんです。

福島: 創造性の原点は「感受性」だと思います。生み出す前に「受け取れる豊かさ」を持っているかどうかが重要じゃないかと。僕らは自然の中にその答えがあるのではないかと思っていて、例えば夕陽を見たり、風を感じたりする場面に、無数の情報と究極の美が詰まっているんじゃないか。それを意識的に幼少期からやっていたわけではないけれど、その体験が積み重なって今の自分があるので、創造性・クリエイティビティの原点として最も大切なものではないかと思います。

さわだ: なるほど。もう少しブレイクダウンして伺うと、どんなデザインが素晴らしいと思いますか?

福島: アウトプットとしてどんなものが優れていると思うか、ということで言うと、「よく考えられ、しっかりと汗をかいてつくられたもの」が良いものだと思います。オーガニックなものが良いとか、サイケデリックなもの、モダンなものが良いとか、それは趣味嗜好・それぞれに良さがあるという世界に入ってしまうので、結局は愛情を込めてつくられているか、工夫が込められているか、そういう所に出ると思いますね。

さわだ: じゃあ、やはりそこに時間をかける?

福島: そうですね、時間もある程度必要だと思います。

さわだ: 少し分かった気がします。SANUは「考え切っている」という感じがしますよね、一つ一つの挙動や表現に対して。それをお金のせいにしちゃったりする自分のスタンスを改めないと、と思いました。

SANUの未来と自分自身の死に方

さわだ: SANUさんがこれからの未来どうしていきたいか、そして弦さん自身はどんな死に方をしたいかお聞きしたいです。

福島: SANUがこの先どうなっていきたいかについて僕が考えているのは、一人でも多くの人に「Live with nature./自然と共に生きる。」を提供していくこと。都会に住む一般的な家庭の子どもたちにも当たり前に、定期的に自然に触れる機会をつくりたい。そのための広がり方を一歩ずつ考えていきたいと思っています。ただ、正直に言うと山頂はまだよく見えていない感じ。登り続けているけれど、その高みがどこなのかは明確には分かっていない。だから「ここまで広がってるな」というのを都度確認し、模索しながらやっていく感じだと思います。

さわだ: 登る山を変えるというか、軌道修正もあり得るんですか?

福島: 大いにあると思いますね。途中から非収益事業の枠組み、例えば教育事業などを立ち上げて、収益事業のお金を一部回しながら、経済的に難しい子どもも自然の中に連れていくことをやってもいいかもしれない。その辺りの解像度はまだまだですが、そういうこともやっていきたいと思っています。

さわだ: でもテーマは「自然」なんですね、それは変わらない?

福島: そうですね、自然を通じて人間の生活の豊かさをつくっていくことでもあると思うので、究極は人間のことだとも言えるのですが、それはベースとしてあります。あとは、僕も本間さんも自然が好きなので、また一緒に新しい土地、オーストラリアやニュージランドなどを旅して「ここでやろうよ」みたいな話をしたい。

さわだ: ついて行って取材したいです(笑)

プライベートでもよく山を登るというお二人(提供:株式会社Sanu)

福島: で、60歳か70歳ぐらいから執筆活動。最後の表現活動です。芥川賞を狙います。「芥川賞を狙う人は、芥川賞を受賞できない」と友人に言われたんですが、そんなことはないはず。文章を書くのは好きなので、物書きをやってみたいなって。

さわだ: 30年先でいいんですか?

福島: ええ、今はビジネスで皆に伝えるものの中でやっているので、30年先でいいんです。さわださんは、どんな人生を送りたいですか?

さわだ: 僕はお金と時間と場所に縛られない暮らしを追求しているので、日本に関わらずいろんな所を拠点にしながら、そこを転々としていくこと。僕は今すでに十分幸せなんですよ。奥さんや子どもがいて、誕生日に好物のチキンカツをつくってもらって、葉山でケーキを買って、映画を見て、温泉に入って…という日々が。でも、それをいちばんに大事にしつつ、次の創作をいかに広げられるかに挑戦したいと思っています。

福島: 創作のモチベーションはどこから来ているんですか?

さわだ: それはやはり「存在価値」ですよね。自分が生きていること自体を表現すること。最近、YADOKARIで「生きるを、啓く。」というパーパスをつくったんです。常に自分の目の前の扉を開いていくスタンスであれという。そうするためにはきっと、自分が苦手なことやハードルが高いと感じることにも向き合う必要がある。僕は去年、鬱になって半年間休んだんです。でも「戻ってきたい」と思ったのは、今まで超利己的な人間だったのが、家族や仲間の大切さに気づき、利他的な人間に変容したからなんですよね。僕は自分のためより人のために何かまだやる使命があると思って戻ってきたので、「皆と一緒に社会に対して何かつくれるものはないか」という所に原点回帰した感じがあって。

そこに至るまでは共同代表の上杉とも激しく言い争っていましたが、僕がいない時に彼も踏ん張ってくれたし、彼自身も変容を遂げて、その二人がもう一度、井の中の蛙じゃなくて先に進もうぜと握手し合った。この先に行くために大事なのが「創作」や「創造性」だと思うんです。自分にとっても、YADOKARIにとっても。「僕らはここにいる」と証明していくことが社会に対しても利益を与えるという循環を、今は信じられるようになった。

福島: いいですね。今、本当にいい場面にいるんですね。新しい局面に。

自然の中で出会う、長期間的思考の源泉

福島: 僕が人生でやりたいことがもう一つありました。北海道の自然のために何かやること。僕らが自然をビジネスにしているという繊細さは持つのですが、北海道は今、一部では開発が進む一方で他はどんどん衰退していて、良さをちゃんと生かして多くの人に伝えていかないと、今の良さが50年後も保たれていることはないかもしれないと思い始めています。最後、自分の人生をこの島にかけたいと思う感覚が徐々に芽生えてきていますね。それは僕の自己表現の一つかもしれない。

さわだ: それこそ資本主義の波が押し寄せる中で、自然と共生する社会を目指しているSANUさんから見て、その状況を良い方へ導くために重要なことって何ですか?

福島: SANUが大事にしていることで言うと、「楽しい原体験づくり」こそが全てだと思っています。僕が今この仕事をしているのも、それがあったから。自然に触れることで、楽しかったな、あるいは怖かったな、悔しかったなも含めて、原体験を持っている人の数が増えていくと自ずと考えることは変わっていくと思うので、僕らは北風ではなく太陽であろうと考えています。社会学者の見田宗介さんが、「ポジティブ・ラディカリズム(肯定的な革命)」という言葉を出されているように、「この先の未来のために今は苦しみましょう」という活動は無理があると思うんです。手段主義や全体主義、否定主義ではなくて、もっと変えていくプロセス自体を楽しんでいく行為とか、多様な考えの中で思想や器をつくっていく行為、そういう活動体の方が数珠つなぎに広がっていくように思います。“I have a dream.”の世界ですね。「自然との共生」というテーマに対してやっていくことは、「自然って楽しくない?」という小さな瞬間の蓄積からつくるものだと思っています。

それから最近は「グッド・アンセスター(Good Ancestor)」*①の本を読んでいるので、「時間軸を長くする」ことは重要だなと思っています。資本主義の端的な特徴は「時間軸が短い」ってことで、デジタル化されるともっと短い。ここ20〜30年でデジタル化が世界をフラットにしたことによって、高速で情報交換が行われて、物事のスピードがものすごく速くなった。スピードが速くなると思考も極めて短期間的になるということに対して、長期間的思考をどう持つかという感覚を、体の中に埋め込まなきゃいけない。それは言葉や数式で得るものではなく、その方法の一つが、僕は自然と遊ぶことだと思っています。つまりは人間社会がつくり出したものではない自然物の中でこそ、長期間的な思考の源泉に出会えるんじゃないかって。

*①:未来の世代にとって良い祖先であること。哲学者であり未来学者でもあるローマン・クルズナリック(Roman Krznaric)が提唱。

さわだ: そのためにも、自然の中に一人でも多く連れ出したいという。

福島: そうなんです。都市に自然を持ち込むか、都市の人を自然に連れていくかの二択であろうというので、連れていく方が「SANU 2nd Home」 、今日お越しいただいた「SANU NOWHERE」は、都市に自然を持ってくる方ですね。僕なら植栽、緑という発想ですが、そこで「岩」という導き方をする本間さんのことを僕は愛してやまない。岩を持ってきて、自然の質量を感じさせる。確かに岩は植栽よりも時間軸がもっと長いですよね。何百万年、何億光年かけて、マグマの蓄積によって出来上がった鉱物。たぶん、子どもたちは脳みその奥底でそれを感じるんです。そこを導き出してくる本間さんは面白い人だなと思いながら、一緒に働いています。

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2024年9月7日OPEN「SANU NOWHERE 中目黒」
本間貴裕さんからの言葉にも注目

〒153-0061 東京都目黒区中目黒3丁目23-16
https://www.instagram.com/sanu_nowhere/

地球や自然を愛する人々が集うためのラウンジ「SANU NOWHERE」は、SANU 2nd Homeの会員はもちろん、一般客も利用できる。東京初出店となる宮崎のタコスレストラン「SANBARCO」、スペシャルティーコーヒーショップ「ONIBUS COFFEE」が入店。週末には自然をテーマにした映画・音楽・トークイベントも。上階はSANUのオフィス。

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ちょうど取材当日、施設正面に巨大な岩を含む植栽が完成。SANUファウンダー / ブランドディレクターの本間貴裕さんに話を聞いた。

自然を愛する人たちが横のつながりを持てる場所をつくりたいと3年ほど前から構想し、理想的な物件にようやく巡り会えて実現しました。 「NOWHERE」は「どこでもない」という意味で、「東京」とか「中目黒」とか、人間が名前をつけていますが、本当はそんな境界線はなく、都市の先には山があるし海がある。このラウンジは、自然は本当は一つで、全てが地続きだということを思い出すための場所です。だから植栽も北から南までいろんな国や地域の植物が混ざっているし、内装も特定の国のテーマではなく「全て一続きである」というのがコンセプト。サーフムービーやスノームービー、釣りやクライミング、もしかしたら環境問題のショートムービーなども流し、ワインを片手にタコスを食べながら、いろんな自然のインスピレーションを受け、時に音楽で騒ぐ…そんな場所になる予定です。

 

編集後記

さわだとの対談に、自身の本来性からまっすぐに臨んでくれた福島さんの話を経て、SANUの掲げる「Live with nature./自然と共に生きる。」に込められた深い思想が、心をざわめかせている。計り知れないほどの巨大さと永い時間軸で生きる自然の中にいると、きっと自分の命の儚さを改めて感じると共にエゴが死に、ジワリと、生きていることのありがたみが体の芯から湧き出してくるのではないか。自然保護やサステナビリティといった、自然を客体化するような言葉では足りない、「全てが一続きである中で生きる」実感とはどんなものだろう? YADOKARIのパーパス「生きるを、啓く。」にも通ずるその感触を確かめに、もっと自然の中へ、行ったことのない大きな自然の中へ、私は行きたくなっている。

 

前編を読む>>

文/森田マイコ
写真/藤城佑弥

2024年7月6日、YADOKARIは創業10周年を記念して、1人ひとりが自分の人生を取り戻し新しい世界を創っていくために、“自分と、他人と、世界と向き合い、共に行動するための集い”「鏡祭」を開催した。イベントテーマ「180 〜めざす、もがく、変わる〜」の下、各界のゲストを招き、今向き合いたいイシューについて行った4つのトークセッションの様子を、YADOKARIに関わりの深い3人のライターが「鏡」となり、映し出す。本記事は、セッション④「悟」のレポートだ。

»当日の様子を見れるアーカイブ動画はこちら

会場となったのは東急プラザ表参道オモカド内にある「LOCUL」

はじめに

空を切り裂く稲妻と、パァーンと何かが破裂するような鋭い雷鳴、滝のごとく降りしきる雨が続いていた。午後から首都圏を覆ったゲリラ豪雨で、表参道と原宿の交差点はみるみる冠水し、道路は川と化していた。この嵐の意味は? 私にはそれが、何か巨大な変化の前触れであるように思えた。

今やデファクトスタンダードと言ってもいいほど普及したクラウドファンディングサービスを運営する経営者と、YADOKARIのさわだが「悟り」について対話する。世の表象では科学や資本主義が依然として覇権を握っているように見えるが、潜象ではすでにそうではないのかもしれない。失われた30年と呼ばれる時代をインターネットの黎明と共に新しい世界をつくることで生き延びた、私と同世代の経営者である彼らが今、どのような心境に至り、どのような未来を見据えているのか。嵐の中から穏やかな佇まいで会場に現れた家入氏が着席し、この日最後のトークセッションが始まった。

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◆セッションテーマ:悟|さとり
悟りの民主化、コモンズ、互助、これからの会社組織と宗教組織

【ゲスト】

●家入一真|株式会社CAMPFIRE 代表取締役(写真左から2人目)
2003年株式会社paperboy&co.(現GMOペパボ)創業、2008年JASDAQ市場最年少(当時)で上場を経て、2011年株式会社CAMPFIRE創業。2012年BASE株式会社を共同創業、東証マザーズ(現グロース)上場。2018年ベンチャーキャピタル「NOW」創業。Forbes JAPAN「日本の起業家ランキング 2021」にて第3位に選出。

●さわだいっせい|YADOKARI 代表取締役 / Co-founder(写真右から2人目)
兵庫県姫路市生まれ。ミュージシャンを目指し上京。デザイン専門学校卒業後、アートディレクター/デザイナーを経て独立。2013年YADOKARI創業。逗子の海近くのスモールハウスをYADOKARIで設計、居住中。

●荒島浩二|YADOKARI 執行役員(写真左)
東京都台東区生まれ。鎌倉在住。コミュニティ型の住宅・ホテル・オフィスを一通り経験した後、2021年にYADOKARIジョイン。

●伊藤幹太 |YADOKARI ブランドフィロソファー(写真右)
神奈川県横浜市生まれ、新宿在住。2019年にYADOKARIへジョイン。自社施設「Tinys Yokohama Hinodecho」の運営を経て、公園・広場・団地などを舞台とした地域活性化支援や、タイニーハウスの企画・開発業務に従事。2024年から、ブランドの精神・思想・哲学を探究し、文化圏へ浸透させていく役割「ブランドフィロソファー」に就任。

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「悟り」というテーマの理由と自分の無価値感

伊藤: 今日の「鏡祭」ではトークセッションを4本やっていて、1本目のテーマが「祈 いのり」、2本目が「縁 えにし」、3本目が「馬鹿 ばか」で、ここで場が荒れまして。(笑)その後の4本目「悟 さとり」が、家入さんをお迎えしての今ということになってます。

さわだ: トークセッションで泣かされる人がいたり、怒る人がいたり…。

伊藤: うちっぽいですよね。

さわだ: うちっぽいです。「生きるを、啓く」です。

家入さん(以下敬称略): そうなんだ。

伊藤: 今回の4つのセッションテーマは、YADOKARIメンバーの中から「今、このことについて向き合いたい、考えたい」というのを抽出して設定したのですが、「悟り」を選んだのがさわださんなんですよね。どういうきっかけからですか?

さわだ: 約1年前、僕は会社を半年ほど休んでいたんです。理由は、僕と上杉で創業したこのYADOKARIという会社が資金調達もして大きくなっていく中で、子どもが親離れしていくように、自分の手からどんどん離れていってしまう感覚があり、距離の取り方が分からなくなって、「僕の存在価値は無いんじゃないか」という所に行き着き、ズドンと落ちてしまって。

そこから半年休んでいる間に、最初のうちは「上杉ムカつく、なんで分かってくれへんねん!」みたいな(笑)怒りが噴出してたんですが、休むことで肉体に蓄積していた疲労が抜けていくと、少しずつ精神も回復していき、落ちるのも底をついた感じになった。それから散歩や釣りに出かけるようになって、休養期間の最後の方は「なんて幸せな毎日だろう」と思うようになり、僕自身にこれまで経験したことのない変化が起きたんです。

これまで僕はどちらかというとアーティストタイプで、何かをつくっては壊し、さらに新しいものをつくってまた壊し…みたいなことを繰り返してきて、それが自分の美学だったんですよね。でもこの時、底まで落ちて僕は変容し、「利他的な精神」というか、家族や周りの人に感謝しないとなとか、遊びに来てくれるYADOKARIメンバーへのなんて良い奴らだろうという思いが心底湧き上がってきて、これからは自分のことよりも他者や社会へ貢献すべきだなと使命感のようなものに駆られる瞬間が訪れたんです。

そうしていくことで地球や宇宙にも良い影響を与えることができ、全てが一つになっていくんじゃないか。どこかで聞いた「ワンネス」的な感覚に包まれた瞬間があったんですね。それでその感覚に興味が湧いて調べるうちに、それは「悟り」というものに近いんじゃないかという考えに至って、ますます興味が強くなったというわけです。

今まで信じていた自分の「エゴ」みたいなものが死んで、新しい自分になったようなこの感覚。それは「変容」というものだと後で知ったのですが、こういう体験をくり返していくと、さらにヤバイ人になるのかなって(笑)

伊藤: 家入さんはこの「悟り」というテーマで僕らがトークセッションを依頼させていただいた時、どんなことを思いましたか?

家入: 僕がなぜこのテーマで呼ばれたのかで言うと、僕は数年前に浄土真宗で得度*①しているんです。出家みたいなものですね。もともと宗教学には興味があり、本などを通じて個人的に学んでいたのですが、いろいろな宗教の中でも仏教の教えが哲学として僕にすごくフィットした。身近な人の死などを発端に、親鸞の考え方に触れ、「この人のことをもっと知りたい、いや、むしろ親鸞を超えたい」というような動機から浄土真宗での得度に至りました。それで呼んでいただいたのかと思ったんだけど。

先ほど無価値感の話が出ましたが、僕も20歳くらいで最初の会社を立ち上げ、その後いろいろな会社を25年ほど経営してきて、いまだに僕自身がどんな価値を提供できているのか分かっていないんです。確かにゼロイチの立ち上げは言い出しっぺでやり始めるけれど、そこから先はいろんな人たちの力で事業が進んだり成長したりしていく。僕はいまだに財務諸表の読み方でさえ独学。ただ、ずーっと自分がどんな価値があるかわからないから挫折もないし、最終的に「僕はここにいていいのかなぁ」という感じになることが多い。今も透明度が高まって来てる。

さわだ: 後ろが透けて見えます(笑)

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*①:仏教の修行者が正式に僧侶になること。一般の人が出家して僧侶になるための儀式や手続き。

「悟り」とは、世界の見え方が変わること

伊藤: 家入さんの言葉を僕なりに捉えると、家入さんはどの会社でも、経営者という立場であっても、そこに家入さん自身そのものとしていらっしゃったということではないかと思いました。

家入: そう言ってもらえると救われますが、それを「自分で分かってそうしている」感じだと、嫌な感じじゃないですか? 「僕はこうだから」みたいな、開き直りや甘えのような。僕はそれとは少し違うんですよね。

伊藤: 実は今年、10周年のYADOKARIが新しいパーパスを設定しました。それが「生きるを、啓く」という言葉ですが、このプロジェクトにあたりYADOKARIのメンバー全員にけっこう時間をかけてインタビューしたんです。「あなたにとってのYADOKARIって何?」と。僕らは日頃、タイニーハウスや暮らしのメディア、まちづくりなどの文脈で知っていただくことが多いのですが、メンバーからはそういう話は全然出てこなくて、「“YADOKARIらしさ”というのは、ここにいて自分の人生が変わっていくこと。僕らがYADOKARIにいる理由は、自分の人生を在りたい方向へ啓いていきたいからじゃないか」という話がたくさん出てきた。僕らがお仕事でご一緒した方々のポジティブな反応として、会社を辞めて次の新たなステージに飛び出していくケースが多いのですが、僕たちが活動することで関わってくださる人の「生きるが啓かれていく」としたら、こんなに嬉しいことはないよねということで、この言葉をパーパスに据えたんです。

そうした時に、僕らYADOKARIが目指す組織の形として、メンバー一人ひとりの「生きるが啓かれていく」組織、その人がその人のままであることを許容できたり、その感覚を育てていけたりする組織ができないだろうかと考えていて。この「生きるを、啓く」と「悟り」は近い所にあるんじゃないかと感じているんですよね。

家入: なるほど。仏教的な言葉としての「悟り」で言うと、仏教は「生きるとは苦である」から始まります。その苦から解放されるためにさまざまな教えや無常無我などの概念、真理を追求していき、最終的に苦しさから解放されるというのが「悟りをひらく」ということになります。だから僕は、悟りをひらくとは、悟りをひらいた「状態(ステータス)」をいうのではなく、それを常に追い求める「態度」のことをいうのだろうと思います。仏教でも、悟りはひらいて終わりではなく、その先がまだあると言っている。生きるのは苦しい。そこで悩み抜いて、あらゆる感情や執着を手放していって、行き着いた先に悟りがあるとするならば、確かに自分自身は穏やかな気持ちでいられるかもしれませんが、側から見たら廃人同然かもしれない。それが本当に幸せなのかは僕にも答えが出ていません。別の言葉で言うと「ウェルビーイング」とか「より良く生きる」ということになるのかもしれないけど、それと「悟りをひらく」が本当に同義かどうか、そして、それが幸せなのかどうかは分からないです。

荒島: 今日僕が家入さんに聞きたかったことの一つが、聞けたかもしれない。悟りとは「点」なのか「線」なのか、ということ。状態ではなくプロセスなのかをお聞きしたかったです。

家入: 僕は悟りをひらいたことがないので分かりませんが(笑)、線というか、「態度」のことだと思います。苦しみの後に訪れる感覚に近いのかもしれない。悟りをひらくというのは、僕らが今目の前にしている現実の見え方に対して、全く新しい認識の仕方を体得することなんだと思います。その体得の仕方はいろいろあって、死のような大きな出来事がそうさせる場合もあるし、厳しい修行の末に体得するものかもしれない。でもこれは「点」で急にポンと来るものではなく、そこに至るまでの過程のことをいうのだろうと思います。

仕事と悟りの交差点

伊藤: 「悟り」の輪郭を教えていただきましたが、今僕らはYADOKARIという組織として、「働く」とか「仕事」の中でそれに出会っていけないか、生きるを啓きながらYADOKARIという会社をやっていけないかということを、大きな問いとして持っているんです。家入さんは会社経営や仕事のフィールドにおいて、悟りのような場面が交差していることはありますか?

家入: 今の問題提起は「仕事とはそういうものではない」という前提がありますよね。その一方で「自由」みたいなものがあって、その交差点はあるのか、というお話。それで言うと、皆が皆できることか分からないし、僕が今の立場にあるから言えることだよと言われてしまいそうですが、僕は20数年前に会社を始めてから今に至るまでずっと、家族や会社のメンバー、仕事相手、遊び友達などを、全部混ぜ合わせているんです。こういうイベントにも家族が来るし、仕事の場でも境界線を曖昧にしていくことを大事にしていて。仕事とプライベートというだけではなく、いろんなことにおいてそうしています。境界線をつくってゼロか1かとしてしまった方が人間は楽なんですよね。例えば俺は仕事一本でやっていくと決めたから趣味の時間は全部捨てる、みたいに。でも本当はその間のグラデーションに大事なものがたくさんあって、経営者だけどギターがすごく上手いとか、そんなゼロと1の間をどうつくっていくかをすごく考える。仕事もその中に溶かしていく、みたいな感じです。

さわだ: これからの会社組織は、働く人個人の幸せや、その人がどう生きるか、どう在りたいかということが、会社のビジョンや方向性に合致している必要があるんじゃないかと僕は思っていて、それをYADOKARIで実現したい。家入さんが言っていた一つに融和していく、プライベートも仕事も人生も全てを包括していくことが必要じゃないかと考えているんですが、会社経営の中で、個人の幸せや思いについてどんなふうに捉えていますか?

家入: 会社は誰のものか?という議論ってありますよね。株主のもの、社長のもの…いろんな見方があるけど、僕はそこにいるメンバーのための居場所であると捉えています。その居場所で一人ひとりが気持ちよく働けることによって良いサービスが生まれ、お客さんに届き、数字となり、株主も喜ぶかもしれない。そういう構造であるべきだと思います。ただ、やはり全ての不安や不満を取り除けるわけではないということも、一方ではあきらめとしてあります。

さわだ: あきらめ…?

家入: 「あきらめ」というのは、これも仏教的な言葉で、本来はネガティブな意味ではなく「明らかにする」ということなんです。いろんなものを手放していくことでもあります。例えば自分がこうなれるとか、モテたいとか、そういう感情がポジティブに自分をモチベートして行動につなげられている時はいいのですが、いつか無理が来た時、心はしんどくなってしまいます。だからそういう感情や執着を一つひとつ手放していくことが、真理に辿り着くための道であると仏教では言われます。だから「明らかにする」と「あきらめる」は同じ意味で、決してネガティブではない。

僕は居場所づくりも行なっていますが、全ての人を受け入れる場所をつくるのは無理があって、僕らだからこそやる、僕らがやるべき対象の人たちにやる、ということが大事かなと考えています。心が疲れて学校や会社に行けなくなってしまった人がたくさんいたので、彼らが寝泊まりできる「リバ邸」という駆け込み寺のようなシェアハウスをつくったのですが、ある時、重い鬱病の方が来てしまい、場がクラッシュしてしまったことがありました。全ての人の居場所をつくるんだという気概でやっていたけど無理だった。それである先輩に相談したら、「全ての人を救おうだなんておこがましい」と。リバ邸にはリバ邸だからこそできることがあり、世の中にレイヤーのように重なるいろんな居場所をつくっていくしかないし、それはリバ邸だけがやることではない。そういうレイヤーが網目のように重なる世界では、社会から人がこぼれ落ちたとしても、どこかの層で何かしらの網目に引っ掛かる可能性が生まれる。その網目をどれだけ増やしていけるかが大事なんだと話をされて。

だから会社を「居場所」と捉えた時に、全ての人の居場所になるとは思っていないんです。もちろん今いるメンバーとそういう場所にしていきたいという思いはあるけれど、人生は流れる川のように出会ったり別れたりしながら進んでいくものなので、一人ひとりに執着しすぎて「絶対にこの人は手放したくない!」と心乱すよりは、またいつかどこかで一緒に仕事しようねという関係の方が健全だと思います。それでまた戻ってくる人もいますし。

でも難しいなと思うのは、一人ひとりに対してあまり執着しないというのは、自分自身が心穏やかでいられるやり方ではあるけれど、本当にその人のためを思ってやっているのか、ただ自分が傷つきたくなくてそういう態度に行き着いたのか、僕の中でも答えは出ていません。

さわだ: 経営者は傷つくことも厭わないというか、目の前の壁を大きなストレスを抱えてでも超えていく、そのために生きてるぞ!みたいな人もいますよね。

家入: 僕はそんなふうに生きたくはないですよ。でも経営だけでなく、僕は僕の人生の中でいろいろな傷を得てきたので、その中で結果的にこういう経営スタイルになったんだと思います。できることなら傷つきたくないですねぇ(笑)

数字を追うことと執着を手放すことの折り合い

荒島: 今の、執着しないとかあきらめるというお話は、人材などに関してはそうかもしれませんが、例えば数字を追わなきゃいけない時などは、どんなふうに折り合いをつけていらっしゃるんですか?

家入: これは逃げるような答えになってしまうかもしれませんが、僕らにも僕らの目標数字があって、社内会議などでそれに対してどうこう、という場面がありますよね。そこで僕がする話としては、そもそもなぜ数字を追わなきゃいけないんだっけ?という所から始まります。僕らのミッションは「一人でも多く一円でも多く、想いとお金がめぐる世界をつくる。」というものですが、こういう世界をつくるという目的があって、その上でどう「インパクト」を出すかという話があって、それが数字になり、結果的に社会に対する約束になっていく。なぜ数字を達成しないといけないかというと、僕らのミッションを達成するためにやるべき、やらなきゃいけないんですよね。みんな日々、自分の持ち場でタスクに追われていると、なぜ自分がこの仕事をしているのか分からなくなる瞬間がある。その時に目標を立てたからやらなきゃいけないのではなく、この山の向こう側の世界をつくりたいから、そこに行き着くために、この社会に対する約束を実現していかなくちゃいけないよね、それをブレイクダウンしたのが数字である、という視座を持てるようにすることが大事かなと思っています。

伊藤: 僕らにも見たい世界があって、そのためにやっていきたいことと、それを支える指標や数字があるはずで。こんなふうに生きていきたいというビジョンを描くけれども、日々が自動操縦になってしまった瞬間にこぼれ落ちていく「怯え」や「恐れ」のようなものがある気がしています。それはYADOKARIだけじゃなく、今日来場してくださった方全員にあると思う。そういうことにちゃんと向き合う機会をつくりたくて企画したのがこの「鏡祭」というイベントで、これは毎年やっていきたいと思っています。家入さんの経営者としての日々の中に、「小さな鏡祭」みたいな瞬間がたくさんあるのかなと思いました。

山の向こう側を信じる

伊藤: 「生きるを、啓く」というパーパスを議論している際、これは一人でもやれそうじゃないか?という問いもありました。会社である必要があるのか?と。

さわだ:  僕は「生きるを、啓く」をYADOKARIに設定してから、YADOKARIの中で起こるすべてのことをあきらめないと決意したんです。皆にもそう在ってほしい、YADOKARIは本気で人生を変えようとする場で在ろう、と求めてしまう。

家入: そんな一面があるんですね。荒島さんは、これをどう感じているんですか?

荒島: 僕はけっこう共感しています。

さわだ: 荒島には、ふだん僕は全然共感されないんですよ(笑)

荒島: でも僕は、「生きるを、啓く」に対する共感度は社内でも高めじゃないかと思うぐらい共感してます。家入さんは、「一人でも一円でも多く…」という“山の向こうの世界”を強く信じていらっしゃるじゃないですか。それをあきらめないという気持ちと、物事にあまり執着しないという仏教的な心境とは、どういう整合性になっているんでしょう?

家入: 難しいのでうまく説明できるか分かりませんが、僕らがCAMPFIREを立ち上げたのが東日本大震災の直後だったんです。あの震災は、地方の課題を浮き彫りにしましたし、被災された方だけでなく多くの人が、短期的なものではなく長期的なものとして価値観の変化を強いられた出来事だったと思います。その最中で僕らはCAMPFIREを立ち上げ、事業をやっていくにあたり、クラウドファンディングというものが本質的に何を体現すべきかを考え続けました。今では多様な使われ方をしているクラウドファンディングですが、僕らは人口減少社会において、既存の社会からこぼれ落ちていってしまう人たちにとっての新しい経済圏をどうつくるか、極端に言うとそこにしか興味がないんです。それを言葉を換えて「一人でも多く一円でも多く、想いとお金がめぐる世界をつくる。」と言っている。

ここから先、人口減少は、嫌だとかダメとかいう話ではなく、そうなってしまうと決定していて、自治体や国が提供していたインフラやサービスが崩壊していく。そういう世界の中で僕らの子どもやそのまた子どもの世代が、この国にいて良かったと思える社会をどうつくっていくのか。それがスタートアップ企業の役割だと思います。社会課題を解決したいとか、そういうことではなく、単純に自分の子どもたちの世代がどう在れば幸せかということを実現しようとすると、それは民間でやっていくしかなく、だからミッションを達成したいとか、そこへの執着ということではなくて、「せねばならん」「それがないと成立しない」という感覚…うまく伝わってます?

荒島: すごく面白いお話を伺っている気がしています。ビジョン・ミッションとか、それを浸透させるとか、会社のみんなが同じ熱量で「生きるを、啓く」を捉えていく状態をつくるのは非常に難しい。でも今、何か、その次の次元のお話をされている気がして。そういう感覚ではなく、「当然につくらなくてはいけない未来だよね」みたいな感覚で捉えていらっしゃるんだなと。

家入: それはメンバーもわりと信じてくれていると思います。その世界をつくるためには、やはり僕らが自分たちの掲げた言葉をどれだけ信じ込めるかどうかだと思うんです。

幸せとは? より良く在るとは?

さわだ: 僕が今、会社でとてもやりたいことは、個人の幸せやどう生きるかみたいなことを会社の中に組み合わせていきたい、会社も個人も同じ方向を向いて進んでいきたいということです。会社のミッションやパーパスの中に、個人の生き方や哲学みたいなものも反映されているような状態。家入さんはどう思いますか?

家入: 社員個人の幸せという言葉が出るたびに感じていたんだけど、僕はあまりそこだけを重視しているわけではないかもしれない。

さわだ: 社員は皆幸せであってほしいが、そこに対して一人ひとりに自分がコミットする時間は無い?

家入: いや、時間の問題ではないかもしれない。矛盾してますね、さっきは会社は皆のための場所だと言いながら。本当にそれは信じていますが、一方で全ての人の幸せなんて実現できるわけがないと思っているし、それも真理。幸せになるための場所はここだけじゃないと思うんです。

伊藤: 伺っていて思うのは、僕らは今「生きるを、啓く」をパーパスに設定して、メンバー一人ひとりの幸せを支えたり引き出すことができる組織とは?という問いの下に話をしてしまっていましたが、僕は家入さんが一人ひとりの幸せに興味が無い、そこに愛情が無いというよりは、幸せとは誰かや何かに「してもらう」ものではなく「自分でなるもの」だと考えていらっしゃるように感じて、そこが大きな気づきでした。

家入: 「幸せ」って何でしょうね?

さわだ: 家入さんは今、幸せですか?

家入:それなりにいろいろありましたが、不幸せだと思ったことはあまりないかもしれない。幸せって何でしょうね。「ウェルビーイング」って何ですか? より良く生きるってこと? 「より良く」って何でしょうね。

「より良く」というのは、こう在るべきというものがあり、それに対する差分を明確にして、そこに至るまでのステップをどう踏んでいくかという発想ですよね。だからある意味、資本主義と非常に相性が良い。資本主義の本質にあるのは、自分じゃない誰か、ここじゃないどこかという夢を見させて、その夢と現実との差分をマネタイズすることでドライブさせる仕掛けだと思うんです。そういう意味でウェルビーイングは資本主義に乗っかりやすい思想だし、「より良く在る」って何だろうなと今、改めて思いました。どこかに何か、違う人生があったんじゃないかとか、自分はきっとこう在ることができるとか、そう考えるのって結局は苦しいですよね。

「悟り」は現実を書き換え、自分をケアしていく物語

家入: 今回、この「悟り」というテーマをいただいた時に、悟りって何だろうと考えたんですよね。もちろん仏教的な悟りの概念はありつつ、この場でいう「悟り」とは、至極個人的な人生において「悟り」というものをどう捉え直すか、みたいなことだろうと。先ほど「悟り」というのは状態ではなく、それを求めていくプロセスをいうんじゃないかという話もありましたが、そのプロセスが何を意味するのかを考えると、僕は悟りをひらくために動いていくプロセスは「自分をケアしていく物語」なのだろうと思ったんです。今置かれた現状を不幸で辛いものとして見るのではなく、そこに違う視点を持ち込むことで現実を捉え直すことが「悟り」だと思います。それは言い方を換えるなら、「違う現実をつくり出す」ことでもある。他に分かりやすい言い方ない?

伊藤: 「意味を書き換える」?

家入: そうそう。それはどのように行うのかというと、過去に起きた自分の出来事をただの辛い経験で終わらせず、「だからこそ今この活動をしている」ということにつなげていけたら、その過去の辛さや傷、劣等感や怒りなどの負の感情に意味を見出すことができますよね。そうすることによって現実を書き換えていくプロセスのことを、今回の場においては「悟り」というのかなと。「生きるを、啓く」もこれに近いかもしれません。だから「より良く在る」という話でしかないとしたら、現実とその先の差分をどう埋めていくかということしかないのだけど、「現実を意味づけし直していく」作業というのはきっと、生まれてから今に至るまでの自分の過去の出来事と一つ一つ向き合っていくことなんですよね。そこに意味を見出していくことによって、「だから今ここにいるんだ」と現状を再定義し、じゃあこの先の自分が何をすべきなのかにつながっていく。

僕は中学2年でいじめをきっかけに引きこもりになり、10代は家からほぼ一歩も出られないまま過ごした経験があります。僕がリバ邸をやっているのは、あの時、家でも学校でもない、こういう第3の居場所があったら良かったなと思っているから。だから僕がやる意義がありますよね。そこに接続できた瞬間に、過去が隠すべきものではなくなった。過去に向き合い、過去に意味づけをし、今に接続をつくっていく、それが「悟り」であり「生きるを、啓く」なのかなと思いました。

働き方も生き方も、皆が一つに溶けていく世界

さわだ: 僕の理想として、個人の幸せを会社でも実現していきたいという思いがある中で、AIやロボティクスが進化して、人は本当に好きな仕事をやれば良いという世の中になるのだとしたら、もしかしたら場としては会社じゃなくてもいいかもしれないし、そうなったら何によって皆とつながるんだろうと考えたりもします。哲学や思想でつながるコミュニティといえば宗教組織もそうだけど、会社組織と宗教組織は何が違うんだろう? どうですか?

家入: そうですね、いろんな宗教の定義があると思いますが、僕は宗教の本質というのは、「人智を超えた所に生きる意味を設定してくれる存在を置く」ことだと思うんです。人間は理由を求める生き物なので、特に自分がしんどい時に、なんで自分だけがこんな辛い目に遭うんだ、そこには理由があるはずだと思うわけです。その理由を解き明かしたいけれど、理由が無いことも往々にしてありますよね。僕がいじめを受けた明確な理由なんて分からない。でも僕が、なぜいじめられたんだ?とその理由に執着している限り、その過去の苦しみからは逃れられない。その時に、ある宗教では前世の行いが悪かったからだと言うかもしれないし、別の宗教では神様の試練だと言うかもしれない。でも、その理由を人生を超えた所に設定してくれることによって、理由を求めずに済む。しょうがないかと思えたり、じゃあせめて今世は良いことをして来世につなげよう、みたいにポジティブに変換できる。「生きる理由を異なる所に設定して、それを信じることができるかどうか」が宗教の定義だと思います。

そうだとした場合に、それは宗教組織・宗教法人である必要はないと思うんです。「生きるを、啓く」を皆で信じていて、自分がなぜ生きるのかに対して理由を設定してくれる存在が会社であるならそれでいいかもしれませんし、コミューンや共同体でもいいのかもしれない。特に日本においては宗教関連の事件の影響で、批判的な意味で「宗教的だ」という表現をすることが多いですが。

さわだ: それは外の人が僕らを見た時にどう捉えるか、ということですね。YADOKARIの未来を考えていくと、「生きるを、啓く」が進んでいった人ほどYADOKARIの枠にはまらなくなっていくんじゃないかとも話していて、現に新卒で入社して2年前にうちを辞めた子が、お金も持たずに海外へ行って絵を描きながら発信して何万人ものフォロワーができ、今や世界中を旅しているんです。そういう人を留まらせておくべきではないと僕は思うし、辞めた後でも「あの子はYADOKARIだ」と思っている。そんなふうに、思想なのか、価値観なのか、YADOKARIを一回通りましたという事実だけでもいいのかもしれないけど、それがつながり合っているコミュニティみたいな会社に少しずつしていきたい。今はもうオフィスが無くても、どこにいてもいい時代だし。

家入: そうですよね、働き方もグラデーションだと思うんです。社員か否かとか、メンバーの定義とか、そういうことはどんどん曖昧になっていき、かつタイニーハウスやスポットバイトみたいなものがさらに普及していくと、「働く」とか「仕事」の意味もきっと変わっていく。そうすると最終的に何をもって組織とするのか、メンバーとするのかはどんどんグラデーションになっていって、ぐちゃぐちゃになっていくし、それでいいんだと思う。皆、溶けていなくなる。でも何かしら関わり続けていく。会社の形はそういうものになるのかもしれないですよね。

終わりに

いつしか嵐は収束に向かっていた。まるで世界がすっかり洗われたように感じられた。「悟り」とは、過去に向き合い、意味を書き換えることでそれを癒し、今とこれからに接続するための物語。それが「生きるを、啓く」と限りなく同義であるならば、このパーパスは、泥臭くもがき続けてきたYADOKARIという会社とそこに関わる人々のこれまでを肯定し、そこから続く未知の世界へと進む勇気をくれる。一人ひとりが自分の人生を本当に愛することを思い出すための鍵だ。

その鍵を手にした途端、個人や、会社や、仕事や、立場…あらゆる境界が溶け始め、世界が再創造されるような気がした。そんな感覚を共有し合える人々がつながるYADOKARI文化圏。それは既存の会社や組織の形では到底捉えきれない、一つの宇宙のようなものかもしれない。

取材・文/森田マイコ

2024年7月6日、YADOKARIは創業10周年を記念して、1人ひとりが自分の人生を取り戻し新しい世界を創っていくために、“自分と、他人と、世界と向き合い、共に行動するための集い”「鏡祭」を開催した。イベントテーマ「180 〜めざす、もがく、変わる〜」の下、各界のゲストを招き、今向き合いたいイシューについて行った4つのトークセッションの様子を、YADOKARIに関わりの深い3人のライターが「鏡」となり、映し出す。本記事は、セッション①「祈り」のレポートだ。

「鏡祭」の会場となったのは東急プラザ表参道オモカド内にある「おもはらの森」

はじめに|「私の神様はどこにいる?」

YADOKARI と一緒に仕事をさせていただくことになり1年が経つ。
本音が見えにくい環境、仕事のために場所も時間も縛られる、そんな社会人生活に疲弊していた私にとって、世界を変える暮らしをつくろうと模索する彼らの姿は、これからを生きる希望のように見えた。そんなYADOKARIとの出会いをきっかけに、心に中に眠っていた想いや好奇心が掻き立てられ、世界の様々な場所から文章を綴り、多様な暮らしの営みが自身の価値観と溶け合う感覚を楽しみながら、日々を過ごしている。

旅する暮らしの中で私が最も魅了されていたのは、人々の「祈り」の姿だった。
ガンジス川の先をまっすぐな瞳で見つめ手を合わせるヒンドゥー教徒、私の旅の平穏を願い、神に静かに語りかけ祈りをささげるキリスト教徒の友人の姿はとても美しかった。

「何があろうと変わらぬ姿で自分を愛し、見守ってくれている。そう信じられる存在が常に心の中にいるのなら、どんなことがあっても強くあり続けられるはずだ。」

祈るという行為には、私の知らない豊かさがあるように思えたのだった。

自分の祈りの先となる神様のようなものを探し始めていたとき、鏡祭トークセッションのテーマが耳に入り衝撃を受けた。その1つが「祈り」だったからだ。
私の大好きなYADOKARIは、「祈り」というものをどう捉えているのだろうか。私の神様を見つけるためのヒントがあるに違いない、そんな期待を胸に、4人の対談に耳を傾けた。

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テーマ:祈|いのり
意思、ありたい自分を守る日々の過ごし方、暮らしのアーティスト、礼拝的な瞬間、戦争と生活

【ゲスト】

●筒|ドキュメンタリーアクター / 6okkenメンバー
実在の人物を取材し、演じるという一連の行為を「ドキュメンタリーアクティング」と名付け、実践する。近年の活動に、十和田市現代美術館「地上」、ANB Tokyo「全体の奉仕者」など。主な受賞に、第28回CGC最優秀賞、やまなしメディア芸術アワード2023-24 山梨県賞など。Forbes Japan 30 under 30 2023選出。


●西山萌|編集者 / 6okkenメンバー
編集者。粘菌。多摩美術大学卒業後、出版社を経て独立。編集を基点にリサーチ・企画設計・場所づくり・書籍制作・メディアディレクションなど。アート、デザイン、都市などメディアを横断し、雑誌的な編集を行う。編集を手掛けた書籍に『ADCADE TO DOWNLOAD — Internet Yami-Ichi 2012–2021』(エキソニモ、2022)、『来るべきデザイナー現代グラフィックデザインの方法と態度』(グラフィック社、2022)他。


●鈴木なりさ|喫茶おおねこ店主
もっと声をあげやすい社会をめざして政治分野で活動中。2021年から吉祥寺「喫茶おおねこ」店主/経営。2023年武蔵野市議会議員補欠選挙立候補。現在、杉並区長岸本さとこ事務所スタッフ&ローカルイニシアティブネットワーク事務局。保護猫2匹と暮らしています♪


●伊藤幹太|YADOKARI ブランドフィロソファー
神奈川県横浜市生まれ、新宿在住。2019年にYADOKARIへジョイン。自社施設「Tinys Yokohama Hinodecho」の運営を経て、公園・広場・団地などを舞台とした地域活性化支援や、タイニーハウスの企画・開発業務に従事。2024年から、ブランドの精神・思想・哲学を探究し、文化圏へ浸透させていく役割「ブランドフィロソファー」に就任。
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「意宣り」とは

伊藤:創業から10年、YADOKARIはメディア、タイニーハウスの販売、そしてまちづくりなど、暮らしにまつわる様々な領域へと活動の幅を広げています。こうして会社が大きくなる中で、なんでこういう活動に取り組んでいるのか、自分たちがどうありたいのかを見失い、悩むことが、会社としても僕個人としても増えてきているんです。

「祈り」と聞くと、宗教的なものをイメージされる方が多いかと思いますが、元は「意宣り」と書き「自分がこうありたい」という意志を宣言しながら、もしくは音にせずとも心に留めながら生きていく姿勢のことを言うそうです。

僕たちが「こうありたい」と願う確たる意志を持ち続けることの大切さを実感している今だからこそ、普段から「意宣り」をたずさえ、多様な業界で活躍されているお三方をお呼びしました。

最初に、皆さんが「意宣り」と聞いてどんな印象を持たれたのかお聞きしたいです。

:僕にとって「意宣り」は、すごく身近にあることだなと思いました。例えば500円玉が落ちてたら「今日はいいことがあるかもしれない」って思えたり、少し離れたところにあるゴミ箱にゴミを投げて、中に入ったら試験に受かる。なんて運試しをしてみる時だったり。
自分が叶ってほしいと思うことを、日常の中にある習慣と紐づけて考える時、自分がこうありたいという「意宣り」を、無意識のうちに実践しているように思います。

西山:ひとによって異なるとは思うのですが、誰しも心の内に日々何かしらの「祈り」をたずさえながら、自らの心のなかで意思を宣言するという行為は日常的に行われていることなのかなと。一方で「意宣り」を誰かと共有することはあまりないのかもしれないなと考えていました。

編集者として言葉を扱う仕事をしたり、日々目まぐるしく更新されていくSNSのタイムラインを見るなか、今の時代は、多くの人が誰かに発信することや伝えることに重きを置いているように感じます。だからこそ、伝えることを一番の目的としていない「意宣り」にはとても特別な意味があるように思いました。

鈴木:「意宣り」を誰かに共有することは、私にとってあまり身近なものではなかった気がします。例えばジェンダー平等や、気候危機の問題など、社会がこうなってほしいという「意宣り」を掲げたときに、周りから「意識が高い」と言われたり、冷ややかな目を向けられることが日本では多々ありますよね。
日本には「意宣る」ということを受け入れられない風潮があるように思います。

実現するためではなく、自分が自分であるための「意宣り」を

伊藤:「意宣り」を個人の中でとどめておくことは出来ても、誰かに共有したり、発信することは難しい。そんな中で、なりささんや萌さんは自分の中にある「意宣り」をどうやって守ってきたのですか?

鈴木:祖母の家に行くことが「意宣り」を守ることに繋がっていたのかもしれない。一緒にご飯を食べながら「今何してるの?」、「ちゃんとご飯食べてるの?」、「カフェの経営は大丈夫?」とよく聞かれていたんです。そんなときに私は「自分がこうありたい」という想いを再確認できていたような気がします。

西山:私は、精神的にとても落ち込んだり体調を崩したときなど、困難と立ち向かわなくてはならない際に「意宣り」を意識しているような気がします。

本当に辛くて立ち直れそうもない、誰かに相談しても解決できそうもないときってあるじゃないですか。そんなときに自分を助けてくれたのが、少し離れたところから状況を把握し、第三者の立場から見てくれているもう一人の自分の視点でした。こうありたいという「意宣り」から生み出されるそうした視点が、今の状況を精査して次の行動やマインドを作るのをサポートしてくれている感覚があります。

伊藤:筒くんは、俳優業を通して自分ではない誰かのことを自分の身体を通して演じていますよね。

:はい。ドキュメンタリーアクティングという、実在の人物を取材し演じるというプロセスを実践しています。今の話を聞いて、「ドキュメンタリーアクティング」という活動そのものが自分にとっての「意宣り」だったのではないかと思いました。

この活動を始めたきっかけは、まさに萌さんが言うように、友人を亡くし、自分が本当に辛かったときでした。

彼のお葬式に行ったとき、「彼はいいやつだったよね」とか 「オープンなやつだった」と、みんなが口々に言っているのを見ました。確かにそれは事実なんだけど、彼女の前では気弱だった姿とか、好きなことをやろうぜってみんなを勇気づけてくれていた半面、嫌いな仕事をクソクソって言いながらやってた姿とか、この言葉では表せない彼の一面がたくさんあったんです。その場にいると彼のそんな姿を忘れてしまうような気がして、怖くなりました。

僕しか覚えていない彼をこの世からなくしてしまったら、彼しか知らなかった僕もなくなってしまう。そんな恐怖をきっかけに始めたのがドキュメンタリーアクティングです。他者を演じることにより、自分自身を目に見えるカタチで残していく。作品を作るためではなく、自分が自分であり続けるために行った行動でした。自分にとってこの活動はきっと「意宣り」だったんですよね。

伊藤:ただ自分らしくあり続けるために、自分の意志をカタチにすることも「意宣る」という行為の一つなのだなと今のお話を聞いて思いました。

僕、学生時代に振られたことがあったんですけど、たとえ振られても相手を好きな気持ちは変わらないじゃないですか。叶うかどうか分からないけれど、それでも相手を好きと思う気持ちをカタチにするっていうのはある意味「意宣り」だったのかもしれない… (笑)

鈴木:叶うかどうかは分からないけれど、それでも自分の意志を置いておく。私の政治活動はその意味合いが強いです。

私が政治活動に関わり始めたきっかけは、選挙に立候補した先輩の手伝いをお願いされたことでした。最初は選挙に立候補するつもりはまったくなかったのですが、手伝い始めたらなんだかすごく楽しくて。仲間たちがみんな立候補する流れがあったので、私も立候補したんです。

当時は自分の声を残したいという気持ちが強かったです。全国でたくさんの若い女性が立候補した中で、受かった人はまだ半分ぐらい。でも、声を挙げたという事実はいつまでも残るじゃないですか。「あの人が立候補したなら、私も立候補しようかな」というように政治に参加する若い女性が、今後はもっと増えたらいいなと願っています。「挙げた声は残る」私はそう信じています。

伊藤:萌さんも、個々の声や想いをカタチにするような活動をされていましたよね。どんな想いで活動をされていたか、活動の紹介も含めてお話しいただけますか?

西山:ロシアによるウクライナへの侵攻が始まった時、日々凄まじい光景がマスメディアを通じて報じられるなか、それでも日常生活は続いていく。戦争にはもちろん反対、という思いを抱きながらも、遠く離れた訪れたことのない国に対してどのような思いを抱けばいいのか。自分たちに何かできることはあるのか。言葉にならない悶々とした心境にある人も含め、誰もが現在の状況に対して態度表明をできる形式を考えたいという思いから「WAVES」というプロジェクトを始めました。

当時はデモに参加し「戦争反対」と声を挙げることだけがまるで模範解答のように映し出されている状況がありましたが、戦争に反対するその先に、どんな世界を望んでいるのか、何を守りたいのかは、みんなそれぞれバラバラなはず。そういったそれぞれ異なるはずの想いが、「戦争反対」という一つの言葉だけに集約されてしまっていることに、私自身、強い危機感を感じていました。なぜなら、極端な例かもしれないですが、「戦争反対」だからこそ、戦争を食い止めるためには武力の行使も厭わない、という考え方もできてしまうからです。戦争反対という言葉で終わらせず、その先にどのような未来を思い描いているかで社会は大きく変わってしまう。それに「今の状況を受け入れたくはないけれど、募金やデモには距離感を感じてしまう。他にできることはないのだろうか」と考えている人が、実はたくさんいたんですね。

そうした状況を目の当たりにし、「私たちが何を思い、大切にしたいと考えているのか」、それを人と共有できる場を作ろうとスタートしたのが「WAVES」でした。明確な意見がなくても、必ずしも言葉で表さなくてもいい、なんでもいいからあなたにとって今大事にしたいこと、守りたいものは何かを考え、それをあなたの態度表明としてポスターに表してほしいと呼びかけました。そして活動に賛同してくれて集まった80以上の態度表明を、日本各地で巡回展示を行い、さらに多くの方と言葉を交わすことができました。

意宣りを共に守り続けられる場を

伊藤:僕、意宣りというものは個人のものであると同時に、自分だけでは守ることが出来ないものだと思っています。

ある時、自分が固定観念にすごく縛られていることに気づき「好奇心の奴隷になる」と決めて生きてきたんですが、その意志を守り続けることが出来たのは「それめっちゃいいね」って背中を押し続けてくれる仲間がいてくれたからでした。

筒くんたちが作っているアーティストランレジデンス「6okken」も、そこで暮らす人たちの「意宣り」を守ることに繋がっているんじゃないでしょうか?

:確かにそうですね。山梨に6棟の家を借りて、アーティストたちが暮らす場「6okken」を運営しているのですが、アーティストっていう言葉の定義を、音楽家や美術家などに限らず、その人が手放せばこの世から消滅してしまう視点に向き合い続けてる人というように言っていて。それは、「意宣り続けている人」と同じ意味合いがあるように思います。

大切な視点を持った個性の強い人たちをまとめ、マネタイズすることに難しさを感じていますが、こういった生活拠点がもっと増えたらいいなと願いながら日々活動しています。今後は、そんな場づくりをしてみたいと思う方々への道しるべとなるよう、6okkenを作るまでの過程や、今僕たちが直面していることやその解決策を記したレシピブックのようなものを作る予定です。
自分の意宣りを、1人ではなく誰かと共に守り続けられる環境は絶対にある、多くの人がそう思えたらいいですよね。

伊藤:なりささんは、政治活動してる中で「意宣り」を誰かに共有したり、守り続けるということをどのように実践されていますか?

鈴木:私は、先ほど萌さんが言った態度表明っていう言葉が自分の行動に近いように思いました。

自分が選挙に出る前までは、SNSで政治的なことを発信したことがなかったので、ジェンダーのことや女性の権利など自分の大切にしたいことについての発信を始めたとき、学生時代に知り合った人たちが、これまで通り友達でいてくれるかどうかがすごく不安だったんです。でも発信し始めたら、友人の意見を伝えてくれたり、イベントに呼んでもらったりと、むしろ友達が増えていました。
自分の「意宣り」を表明することは、人と繋がるための良い一歩なのではないかと思います。

「意宣り」を続けるために、自分を開いていく

伊藤:萌さんは冒頭で「意宣り」は必ずしも誰かに共有する必要のないものだとおっしゃっていましたが、この話を踏まえて何か感じていることはありますか?

西山:たしかに「意宣り」を誰かと分かち合えることができたなら、それはとても素敵なことだと思います。一方で誰もが「意宣り」を共有できる、そんな心地よい環境をつくるためは分からないことを無理に分かろうとしないことを大切にする必要があると感じています。

性別や世代など、それぞれ異なるバックグラウンドを持つ人たちと一緒に6okkenのメンバーと過ごすなかで、お互いを100パーセント理解して受け入れることは当然できない。わからないことをわからないままに、共に過ごすことも大切なのだと気が付きました。

わからないままでいることって怖いことのようにも思えるのですけれど、「わからない」という気持ちを自分の中にとどめたり、時に相手に伝え合える環境なら、それぞれが持つ「意宣り」を守り続けることができるのではないかと思います。

鈴木:「意宣り」を大切にするために、注意しないとならないことってたくさんある気がする。私たちは「意宣り」にポジティブな印象を持つ一方で、米軍基地での問題に声を挙げている沖縄の人たちなど、身近な人の意宣りに対して、見て見ぬふりをしてしまうこともありますよね。

:「意宣り」がスローガンのように掲げられ連帯が生まれたとき、その連帯を強めるために、他のものを虐げてしまうということもある気がする。これをしないためにも、外の世界に出て、他の人が持つ意宣りの存在に気付き続けることが大切だと思います。

西山:自分の「意宣り」にだけフォーカスして壁を作ってしまうのは、たしかに危ない。自分が願っていることがたった一つの「正義」や「正しさ」と呼ばれるものと繋がった瞬間、例えば政治だったり、何か大きなものに利用されてしまうことがあるかもしれません。

「意宣り」は絶対に消費されてはいけないものだと思っています。 そうはならないために、たとえ共感することができなくても、自分の知らない世界や、会ったことのない人たちの中にも「意宣り」があるということを知っていく、もしくはその世界に自分を開いていくことが大切になるのではないでしょうか。

:それこそこの鏡祭のような、「意宣り」をスローガンのようなものでカタチにしたり、掲げたりすることなく、等身大の自分として集い、それぞれの「意宣り」を映し合える場所が必要ですよね。

幹太:そうですね。「自分がどうありたいのか」、「目の前の仕事を何のためにやるのか?」そんなYADOKARIや、ここに足を運んできてくださった皆さんそれぞれ感じている等身大の違和感と向き合える場所となるようにと開催したのがこのイベントだったのですが、こういった場が僕たちには必要だってことに改めて気づけました。これからも「意宣り」を持ち寄り共有できるこの「鏡祭」という場を、守り続けていこうと確信しました。

終わりに|「意宣りの先は、もうすでにそばにあった」

これまでの人生の中で抱いた違和感や恐怖から目を背けずに向き合い、「意宣り」を守り続けてきた4人の元へは、対談後も多くの人が集まり、心を寄せ合う姿があった。
カタチにならずとも確かに心の中にあった想いが「意宣り」となり、その輪郭が段々と浮かび上がる。そんな感覚を覚えたのはきっと私だけではなかっただろう。
トークが終了した後の私たちのいる空間には、目には見えないあたたかな連帯の輪があるような気がした。これがYADOKARIの言う「YADOKARI文化圏」なのかもしれない、私はそんなことを考えていた。

自分のいのりの対象を外へ外へと探し求めていた私。
しかしそれは、世界のどこを探しても見つかるものではなく、すでに心の中にあるものなのだと、4人の対談から気づかされたように思う。そして声にならない小さな「意宣り」を互いに写し合い、守り合ってきた身近な人たちの存在にも。

どんどんと広がる「YADOKARI文化圏」の中で、どんな世界と出会えるだろうか。そんな期待を胸にこの社会を生きられることの幸せを、深く、噛み締めていた。

YADOKARIと共鳴共振し、新たな世界を共に創り出そうとしている各界の先駆者やリーダーをお迎えして、YADOKARI共同代表のさわだいっせいが生き方のコアに迫る対談シリーズ。今回は、株式会社Sanu CEOの福島弦さんだ。中目黒に移転したばかりのSANU新オフィスにて、福島さんの思いがけない素顔も垣間見えた対談の様子を前後編でお届けする。話は資本主義社会の中での経済性と文化性の両立という、YADOKARIが今直面しているイシューから始まった。


福島弦|株式会社Sanu CEO(写真左)
北海道札幌市出身。2010年、McKinsey & Companyに入社し企業・政府関連事業やクリーンエネルギー分野の事業に従事。2015年、プロラグビーチーム「Sunwolves」創業メンバーとなり、ラグビーワールドカップ2019日本大会の運営に参画。2019年、本間貴裕氏と「Live with Nature. /自然と共に生きる。」を掲げるライフスタイルブランドSANUを創業。2021年、SANU 2nd Home事業をローンチし、現在21拠点の自然立地で事業を展開する。雪山育ち、スキーとラグビーを愛する。2024年9月、目黒に地球を愛する人々が集うラウンジ「SANU NOWHERE」をオープン。

さわだいっせい|YADOKARI 代表取締役 / Co-founder(写真右)
兵庫県姫路市出身。10代でミュージシャンを目指して上京し、破壊と再生を繰り返しながら前進してきたアーティストであり経営者。IT企業でのデザイナー時代に上杉勢太と出会い、2013年、YADOKARIを共同創業。YADOKARI文化圏のカルチャー醸成の責任者として、新しい世界を創るべくメンバーや関係者へ愛と磁場を発し続ける。自身の進化がYADOKARIの進化に直結するため、メンターとなる人に会うことを惜しまない。逗子の海近のスモールハウスをYADOKARIで設計し居住中。

資本主義に食われ切っていない

さわだ: YADOKARIはメディアから始まりましたが、2年前からタイニーハウスの製造・販売をするようになりました。それが少しずつ売れるようになってきたものの、それだけでは「物売り」なので、幅を広げるためにプラットフォーム化やAI導入も含めたIT化、コミュニティ化などに取り組んでいます。元々タイニーハウスは、アメリカでリーマンショックが起こり、住宅ローンが払えなくなった人たちが集まってコミュニティビルドでシャーシの上に家を建てる所から始まっているので、「アンチ資本主義」的な価値観があるんです。僕らは東日本大震災後にこの文化を見つけ、家の長期ローンを支払うために仕事で身をすり減らし、毎日満員電車に揺られて…という暮らしから脱却したいという思いがあって創業したんですね。

福島さん(以下敬称略): カウンターカルチャー的な出発点。

さわだ: そうです。資本主義的な世界からいかに脱却して次のイズムを手にするか、みたいな、今思えば「アート活動」のような文脈から始まったんです。ただ、その延長では、特定の人たちからは面白がってもらえるけれど、それ以上は広がらない限界を感じて。資本主義の力も借りながら僕らの活動を広げていく必要があると思い、資金調達をして成長を目指す方へ舵を切りました。

福島: 資本主義と付き合ってみてどうですか? 思ったより悪くない、という感じ?

さわだ: そうなんですよ、面白いなと。僕は自分たちの思想や文化、哲学を広めるために資本主義を使っているし、お金はその副産物だと思っている。ただ、この文化性・哲学性と経済性の両立はとても大事だと感じていて、その視点でSANUさんの「リジェネラティブアクションレポート2024」も読ませていただき、通ずるものがあるのかなと思ったんです。文化性と経済性の両立についてどう思われますか?

福島: 僕らも全くもって、巨額のお金を稼ぎたいという目的ではやっていません。そういう意味では資本主義に食われ切っていないかもしれない。トップを張っている人間たちが、やりたいことがあり、好きなことがあり、それを表現していく活動をするにあたって、提供できる人の数が多い方がいいから株式会社の仕組みを活用しているということなので、素地には文化や哲学、リジェネラティブという思想があります。リジェネの活動についても、幼少期から側にあった「自然」という自分たちが好きなものを事業の対象にしているので、大切なものを大切にするのは当たり前だという感覚でやっていますね。

釜石市で実施した植樹活動の様子(提供:株式会社Sanu)

大谷翔平を超える存在?

さわだ: 僕は子どもが二人いるんですが、「こんな大人になってくれたらいいな」のNo.1・2が弦さんと本間さんで、No.3が大谷翔平なんです(笑)

福島: ありがとうございます、それはうれしいな(笑)

さわだ: 本当にすごいと思っていて、今の日本は閉塞感が強いけれど、お二人のような30代がたくさんいたら大きく変わっていきそうだなと。お二人は柔らかいし、人としても素敵だし、センスも良いし、お金も稼げるし、幸せそうだし、全部持っていますよね。

福島: 最強じゃないですか(笑)。全然そんなことはないですよ、でも全体的には幸せですかね。

さわだ: なので、どういうふうに育ってここまで来られたのかを知りたくて。

福島: 僕はいとこがたくさんいる中のいちばん下で、めちゃくちゃ愛されて育ったんです。愛情の器があふれるくらい。それがベースにありますね。

さわだ: 自己肯定感が高かったんですか?

福島: 幼少期は。中学・高校くらいからはいろんなコンプレックスが織り混ざってきました。そんな中で、僕にとって「自然」と「ラグビー」はとても重要でしたね。ラグビーは僕にとって、感情を爆発させられて、人に思い切り体を当てて、でもチームで戦うからルールは守らないといけない喧嘩みたいな、いまだに他に代わるもののないスポーツ。自分の精神発達上、非常に重要なものだったと思います。もう一つ、自分の心を自由にしてくれるのが「自然」。悔しい思いや辛い思いをしても、雪山に行ったら自由になれた。

さわだ: コンプレックスって、何があったんですか?

福島: いろいろありましたが、小学生の頃は地黒なのを女子にからかわれたり、中学では髪が天然パーマなのをすごく気にしてたり…

※ここでSANU ファウンダー / ブランドディレクター 本間貴裕さんが「俺も!すんごい嫌でヘアアイロンかけてた」と合いの手。「全く一緒」と福島さん。

さわだ: 反抗期とかあったんですか?

福島: ありましたよ。壁に母への暴言を書いたり。

さわだ: 弦さんがそんなことをしていたなんて、なんだか希望です(笑)。ラグビーはどんなきっかけで始めることに?

福島: 母が、ラグビー日本代表選手で監督も務めた平尾誠二さんをとても好きだったんです。「かっこいいね」とラグビーの話をよくしていて。

さわだ: 多少、お母さんを喜ばせたい気持ちがあったんですかね?

福島: はい、ありましたね。シングルマザーの家庭で育ちましたし、母を喜ばせたい気持ちは今もあります。たぶん原動力でもあると思います。

さわだ: 今はどんなことをしたら喜びそうですか?

福島: SANUを立ち上げることを伝えた時は非常に喜んでました。僕の自然の原体験は、知床で4泊5日の子どもだけのキャンプに参加したことです。当時はSNSもない中、山岳グッズなどを売っているお店にあったそのツアーのチラシを母がもらってきて、キャンプには危険もあるから事前説明会にも出席して…というふうに、彼女のいくつもの努力を経て自然の中に連れて行ってもらった体験があるんです。それを母に返すというより、受け取ったものを次の誰かに渡していくことで、彼女がいちばん喜ぶんじゃないかという感覚がありました。

今までは新しい仕事を始める度に、心配性の母は「まあ良いと思うけど」とか「その仕事は大丈夫なの?」みたいな反応が多かったのですが、SANUの「自然と共に生きる。」というミッションと、本間さんとやろうとしていることを伝えた時、「最高ね!かましたれ!」みたいなLINEが返ってきて。感度に引っかかったんでしょうね、これだ!と。

人生で一度、アカレンジャーをやってみたかった

さわだ: 僕は中学ぐらいからドロップアウトしてレールを外れているから何でもありなんですよ。だから起業しか選択肢が無かったんですが、弦さんはいわば「エリート」じゃないですか。日本でいちばんと言われる大学を出て、マッキンゼーに入って。それでも起業にチャレンジしているのがすごいと思うんです。ドロップアウト組からしたら「こっち来ないでくれ」って感じ(笑)。起業したのはなぜですか? 怖くないですか? 今まで乗ってきたレールを外れるのは。

福島: でも僕は、さわださんのようなロックなものに対する憧れがあるんですよ。小学校の時、仲の良い友達が生徒会長に立候補して、副会長にどうしてもなってほしいと言われて出馬することになり、真面目な公約を掲げて念入りに準備していたんだけど、演説をお笑いっぽくやる子に見事に負けたんです。優等生は人気がないという挫折体験(笑)。スタートアップをやっていても何となく感じます、逆のコンプレックスを。それが創業動機というわけではないですが。

起業の理由は、流れるように行き着いた感覚はありますが、創業の頃に本間さんと議論する中で言っていたのは、「人生で一度、アカレンジャーをやってみたかった」。僕は、ラグビー部は副キャプテンだし、生徒会も副会長でしたし、どちらかというとバランス型で全部をうまくまとめちゃうタイプなので、自分の表現を元にチームを集めて、その中でトップを張る経験を人生の中で一度はやってみたかったし、すごく楽しいことだろうと思っていました。

さわだ: 本間さんとの出会いは、確か共通の友人の結婚式?

福島: そうです。以来、Backpackers’ Japanにジョインしてよと誘われ続け、でもちょうどラグビーの仕事を始めるタイミングでもあったので、それをしながら3年目ぐらいでBackpackers’ Japanの非常勤役員として関わり始めました。Backpackers’ Japanも創業から8年目に差し掛かり、次の方向性を模索していた時期だったんです。当時、本間さんはティール組織などを導入して、もっとフラットに、どんどん創発していくような組織へと会社をいかにつくり変えていくかというフェーズで、僕は目線を引き上げていくような役割だったと思います。

“We”と“I”から始まる思考と、広める役割・深める役割

さわだ: SANUは、Backpackers’ Japanではできなかったことなんですか?

福島: そうですね。ある時から本間さんが「人と人を」というテーマから、「人と自然を」というテーマを語り始めた。だから大元は「Backpackers’ Japanという社名をどう変える?」という議論から始まったような気がします。そこに僕も入って議論しているうちに、一緒にやろうという話になってきて。でもテーマがBackpackers’ Japanとは違うし、やるなら社会を変えるくらいのことをやりたいし、そのためには大元のDNAやカルチャーを突然捻じ曲げていくのは違うねという話になり、互いに退路を断ってゼロイチで立ち上げることになったんです。

さわだ: そういう「契りを交わした」みたいなことがあったんですね。

福島: 非常に繊細だったのが、共同代表みたいに並んでやるんですが、社長はどちらですかという議論。本間さんとは長い時間かけて話し合いました。そして彼は「退路を断つ」と言ったら、それをやり遂げてくれた。難しいことじゃないですか、自分が創業した会社を譲り渡していくのって。

さわだ: お二人の肩書は、本間さんがファウンダー/ブランドディレクターで、弦さんがCEOですよね。弦さんはなぜファウンダーじゃないんですか?

福島: 二人でいろいろな整理をしたのですが、まず会社として成長する企業をつくっていくために、意思決定はスピーディーかつシンプルであるべき、ということで日々の思考は代表取締役CEOとして僕がやっていく。ただ、同時にこの会社はブランドや哲学、文化、理想を掲げる会社でもある。事業アイデアの手前で考えていた時間も長いし、そここそが全ての根源で、それを言い出したのは紛れもなく本間さん。会社のファウンダーであり本気でブランドを担う人間。お互いの得意な領域と、この会社においてやるべき役割を考え、最も的を射た肩書として表現するとこうだよねと決めました。しっくりくるね、という感じで。

さわだ: 弦さんと本間さんは仲良さそうですよね。お二人はどういう役割分担になっているんですか?

福島: 仲良しですね。役割で言うと、僕が広める役割、彼が深める役割。僕は一人でも多くの人に、この「Live with nature./自然と共に生きる。」を届けるためにはどうするかを考える。彼は、1日24時間の体験の中でどういう変化幅を起こしていくかを考える。思考のフレームが若干違っていて、僕はどちらかというと“We”で考える、社会全体をどう変えていくかみたいな思考で、彼は“I”で考える。私がこの空間が好きか、心が躍るかどうか。「私のときめきがない限り、人のときめきはないでしょう」という、深めていく思考。考え方のフレームの違いによって役割が違い、凹凸が組み合うという分担ですね。

もう少し具体的に言うと、深めていく時の僕らのいちばんのエレメンツは建築や空間だし、そこから「SANU」という名前や「Live with nature./自然と共に生きる。」という言葉、ストーリー、SNSの一つ一つにもつながる表現を、彼が深く深く掘っていく。僕の広げる役割というのは、事業における設計士みたいな感じですかね。SANUが広がるほど自然が豊かになっていくためにはどんな枠組みが必要か、一人でも多くの人に届けるためにどうするか、どんな財務的な仕組みがフィットするのかなどを考えるのが僕の仕事です。

福島弦は、いかにして株式会社Sanu CEOになったのか?
さわだとの対談の前半では、SANUの今へとつながる福島さんの道のりについてお聞かせいただいた。後半は、福島さんの「幸せ論」や死ぬまでにやりたいこと、創造性の源について対話が深まる。

後編へ続く>>

2024年9月7日OPEN
地球を愛する人々が集うラウンジ
SANU NOWHERE 中目黒
SANU NOWHEREは、SANUが中目黒に新たに開く、地球や自然を愛する人々が集うためのラウンジだ。SANU 2nd Homeの会員はもちろん、一般客も利用できる。東京初出店となる宮崎のタコスレストラン「SANBARCO」、スペシャルティーコーヒーショップ「ONIBUS COFFEE」が入店。週末には自然をテーマにした映画の上映や、音楽・トークイベントも開催予定。上階はSANUのオフィスとなっている。

SANU NOWHEREの施設写真(提供:株式会社Sanu)

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「期間限定!」、「オススメです!」そんな言葉とともに何かを紹介されれば、試してみたくなる。

過去の検索履歴に基づいた「ちょうど探してたモノ・コト」を提示してくれるネット広告などは、ついつい見入ってしまう。

そうやって、予想もしていなかったものや、好みではないものを買ってしまったことがあるのは私だけではないだろう。

周囲の意見やデータに基づいた「おすすめ」は、よりよい選択肢を探すのに役立つことがある。一方で、自分が好きかどうかという基準で判断する機会が少なくなり、心の中にある「これが好きで、あれが苦手」という想いを封じ込めてしまっているのかもしれない。

何者にも左右されない、自分にとっての「好き」という想いを大切にするためには、どうしたら良いのだろうか。

モノ・コトを「心地よいか・そうでないか」で判断する

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自分の「好き」を大切にするためのアイディアを1つご紹介しよう。
それは、モノ・コトを「心地よいか・そうでないか」に分けて考えるというものだ。

例えば、ソファを買い換えるとき。まずは「座ったときに、居心地がいいかどうか」を重視する。

どれだけ人気で、部屋にあった配色で、デッドスペースを生まないソファでも、座りづらかったらもったいない。触り心地、長時間座った時の感覚など、「これがいい」と思うものに出会うまで、ソファを「心地いいかどうか」の天秤にかけていくのだ。

様々な形がある中から、ジーンズを1つ選ぶとき

産地や品種など様々な種類の中から、お野菜を選ぶとき

洗剤や文房具など生活に必要なものを選ぶとき

価格の安いものや、使い慣れたものを無意識のうちに選んでしまう方もきっと多いだろう。時には思いとどまって、「心地よさ」を基準に選び直してみてはいかがだろうか。

こうして自分にとっての「好き」の感性を研ぎ澄ましていくことで、心地良いものに溢れた暮らしに近づいていることに気が付ける瞬間があるかもしれない。

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人間関係に関しても、「心地よいか・そうでないか」を起点に見つめ直してみよう。

足を運んでいるイベントや交流の場は、あなたにとって心地のよい場となっているだろうか。

心地よいと感じているのなら、その場のどんなところに心地よさを感じているのか探してみる。すると、集まる人たちの人となりや会話のペース、会場の雰囲気など、さまざまなポイントが見つかるだろう。

居心地の悪さを感じる場に関しても同じで、どんなところに違和感を感じているかを考えてみよう。
たとえ長く通っている場でも「古くからの付き合いだから」、「家から近いから」という理由で通い続けている一方で、見逃してしまっている居心地の悪さがあるかもしれない。

「心地よいか・そうでないか」、どちらにおいても見つけたポイントをきっかけに、新しいコミュニティや出会いを探してみてもいいだろう。

「心地よい」を重ねて、居心地のいいひとときを過ごす

周囲にあるモノ・コトを、心地いいかどうかで判断していくうちに、自分にとっての「好き」が浮かび上がってくる。それは対象を選定し、排斥するわけではなく、自分の解像度を上げていく作業だ。

それは、意識しない粒度で感じられるかもしれない。

夏の朝早くに起きて、まだ温まっていない、冷たい風を吸い込んだときに感じる心地よさ。

足を長く見せてくれるけど、少しお腹まわりがきついスキニーパンツ。

話を聞いているだけで幸せな気持ちになれる、友人との会話。

ふとした瞬間に湧く「あ、私、この感覚好きだな」「この感覚、ちょっと嫌だな」の気持ちを、次の動きに活かしてみる。活かしているうちに、身の回りの物が整理されたり、居住地が変わったり、自分の身の回りには、好きな人たちで溢れたりすることもあるだろう。

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1つずつ自分の「心地よさ」を集めていけば、その先にはストレスの少ない、ほっとできるような居心地が待っているはずだ。それは空間かもしれないし、人間関係かもしれないし、習慣かもしれない。

心地よさを重視して過ごすことが、自分らしい素敵な暮らしにつながることを願いながら日々を過ごしていこう。

2024年7月6日、YADOKARIは創業10周年を記念して、1人ひとりが自分の人生を取り戻し新しい世界を創っていくために、”自分と、他人と、世界と向き合い、共に行動するための集い”「鏡祭」を開催した。イベントテーマ「180 〜めざす、もがく、変わる〜 」の下、各界のゲストを招き、今向き合いたいイシューについて行った4つのトークセッションの様子を、YADOKARIに関わりの深い3人のライターが「鏡」となり、映し出す。​​​​本記事は、セッション➂「馬鹿」のレポートだ。

»当日の様子を見れるアーカイブ動画はこちら

トークセッション➂の会場となったのは、東急プラザ表参道オモカド内にある「LOCUL」

はじめに

「今度町田でイベントをやるから、レポートを書いてみない?」

そう声をかけてもらったのは2019年の秋、YADOKARIが運営していた高架下複合施設「Tinys Yokohama Hinodecho」でスタッフとしてアルバイトをしていた時のことだった。あの頃の私は22歳で、”文章を書くのが好き”という気持ちだけを宙に浮かせた何者でもない学生だった。

そのイベントレポートを皮切にありがたいことにYADOKARIから様々なお仕事を頂き、毎日毎日、馬鹿の一つ覚えみたいに文章を書き続けていたら、いつしか胸を張ってライターですと名乗れるようになった。YADOKARIは、”言葉を紡いで生きていきたい”という夢を叶えてくれた、私にとってとても大切な会社だ。

「YADOKARIの10周年イベントでトークセッションを開催するので、レポートを書いてくれませんか?」

2024年の夏、そんな大切な会社の10周年イベントにライターとして関われることが嬉しくて、私は二つ返事で快諾した。登壇者も思い入れのある顔ぶればかりで、私は勝手に、自分自身も一つの集大成のような気持ちで取材に臨んだ。

ところが蓋を開けてみれば、トークセッション前にどしゃぶりの雨が降って会場が屋内に変更になり、終盤でファシリテーターが登壇者の話を遮り、最終的に登壇者の一人が涙をこぼしていた。こう書くと収集がつかないイベントのように聞こえるかもしれないが、私はこのトークセッションが一番、鏡祭のテーマである「180 〜めざす、もがく、変わる〜 」を体現していたように思う。雷鳴をBGMに繰り広げられたカオスの一部始終を、ぜひ追体験してほしい。

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◆セッションテーマ:馬鹿|ばか
馬鹿、本能、囚われから抜け出す、揺さぶりとユーモア、バグ

【ゲスト】
●赤澤岳人|株式会社OVER ALLs 代表取締役社長(写真左から2人目)
1981年生まれ。ロースクール卒業後、数年間の無職ニート期間を経て29歳で大手人材会社に初就職。社内の新規事業コンテストで優勝し、新規事業推進室の責任者に。2016年、画家の山本勇気と共にOVER ALLs設立。年間で数十件の企業や組織などのWOW!をミューラル(壁画)で表現する活動を続ける。

●川口 直人|YADOKARI プロデュースユニットリーダー(写真右から2人目)
長野県長野市生まれ。大学卒業後、YADOKARIへ新卒入社。自社施設運営、メディア事業、セールス、企画プロデュース、事業開発など幅広く担当し、現在はプロデュースのユニットリーダーを担当。

●山下里緒奈|YADOKARI プロデュースユニット (写真右)
東京都国分寺市生まれ。デンマーク留学中、暮らしに溶け込む「遊び」の価値観にどっぷり浸かる。冒険遊び場やラジオパーソナリティ、国分寺のまちの寮での活動を経て、2022年にYADOKARIジョイン。名前の由来がリオのカーニバル。

●ダバンテス ジャンウィル|ニューヤンキーノタムロバ住人 (ファシリテーター/写真左)
1998年、神奈川県生まれ、相模原育ちのフィリピン人。映画や音楽などアートに触れる環境で育つ。社会問題に変化を及ぼすアートについて興味を持つ。YADOKARIが運営を行う『クリエイティブ最大化』がコンセプトのシェアハウスニューヤンキーノタムロバに居住。自らのルーツであるフィリピンと生まれ育った日本の間でアイデンティティに悩みながら、日本に暮らす外国人が抱える差別や偏見、生きづらさを発信している。

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「馬鹿」になりたい

山下: 「馬鹿」という言葉はネガティブなニュアンスで使われることが多いですが、「生きるを、啓く」というパーパスを掲げ、暮らしの領域で新しい価値観の可能性を探ろうとする我々YADOKARIが、今向き合うべき態度ではないだろうかという思いから、今回このテーマを設定しました。

私はYADOKARIに入社して今年で3年目になりますが、実はここ数ヶ月は3日に1度くらい泣いていて。それは忙しない日々に疲れてしまっているというのもありますが(笑)、YADOKARIが「自分がどうありたいのか」を常に問うてくる会社だからなんです。私自身そこに向き合いたい気持ちがあるからYADOKARIにいるんですが、実際私は馬鹿真面目でもあるし石橋を叩いて叩いて結局渡らない理由を探しちゃうようなビビリな側面もあって。
でも、情熱があって、無我夢中で、本能的な感覚を頼りに突き進んでいく、向こう見ずなところもあるかもしれないけど誰よりも楽しんでいる。そういう「馬鹿」になった状態でものづくりができるともっと感動を与えられるのではという思いがあるので、今回「馬鹿」についてぜひ皆さんと一緒に考えたいなと思っています。…これ真面目すぎる?

ダバンテスさん(以下敬称略): 話を聞いていて、本当にこの人は馬鹿になりたい真面目な人なんだなと(笑)。今回このトークセッションのお話をいただいたときに『馬鹿の壁』という本を勧めたら、「課題図書ですね、貸してください!」と言って1週間でみっちり読み切った人間が、この山下里緒奈です。では改めて、赤澤さんの自己紹介をお願いしても良いですか?

赤澤さん(以下敬称略): 株式会社OVER ALLsという壁に絵を描く会社をやっています。アートでご飯を食べていくのが大変なこの国で、「ミューラル(壁画)」という、言葉が浸透していないくらい一般的じゃないもので会社を作るのはなかなか馬鹿なことだなと思いますが、そういう会社をやらせていただいています。

「馬鹿」と「迷い」

山下: 赤澤さんは、ご自身をいい意味で馬鹿だと思いますか?

赤澤: いや、思わないです。至極まっとうだなと思っています(笑)。今回の「馬鹿」というテーマを聞いたときに、現代はみんな暇かつ賢すぎるんだろうなと思いました。例えば今日を生きるのに必死なときに、自分のやりたいことは何だろうと考える人はいないですよね。だけど現代は情報だけはたくさんあって簡単にアクセスできるし、暇だからやりたいことを探さなきゃいけない。そうしてみんなが迷っているのを見ると、賢すぎて逆に馬鹿になっているところがあるんじゃないかと思いますね。

山下: 「馬鹿」を考えるうえで、「迷い」は良いヒントな気がします。とにかくまっすぐで、良いと思ったものを信じて進んでいく力のある状態が「馬鹿」だと思うので、「迷い」とどう向き合うかが、馬鹿になれるかどうかの分かれ道な気がします。

赤澤: 僕は、そんなにやりたいことがどうこうと考える必要はないと思っています。僕自身も、今はあまりやりたいことがないんです。僕の場合、それはできることが増えてしまったからだと思っていて。日本のアートの市場規模は2000億から3000億円ほどしかなく、そんな業界で会社を始めた当初は、2年間手取りが14万円でした。14万円だと生きていけないので、とにかく必死で。

今はある程度生活ができるようになり僕自身もできることが増えたから、逆に選ぶのが難しくなってしまい、人通りの多い南青山の交差点にある事務所の1階を1年くらいほったらかしにしているんです。今の僕は、やろうと思えばここでタコス屋さんもバーも物販も、会社のプレゼンテーションもできる。できることが増えた結果、選択肢が多くなり、迷ってしまって動けていないんです。

山下: 昨今は場づくりにおいても、働き方や暮らし方においても、余白や選択肢をたくさん持っていることを豊かとする考え方が増えていますよね。私は、ここで言う「馬鹿」というのはそことは少し違う路線を行くことなのかなという感覚があって。何でもできる豊かさではなく、何か一つを決めきって、信じて進んだ先に見える景色があるのかもしれないなと思っています。

ダバンテス: 現代は情報に溢れていて、本当にいろいろな選択肢があるじゃないですか。だけどやりきれない、踏み出せないというのは、ここにいる多くの方も抱いたことのある感情ではないかと思います。選択肢が多いと選ぶのが難しい一方で、何かを選ぶにはある程度の情報も必要だと思うのですが、自分のやりたいことを見つけるために情報はどういうバランスで受け取っていくのが良いのでしょうか?

赤澤: やりたいことが見つからないという人に、「やりたいことをどうやって探していますか?」と聞くと、ちゃんと人に会って話を聞いたり、調べたり、本を読んだり、勉強したりしているんです。ですがやりたいことを探すうえで一番大事で一番身近な一次情報に当たってないんですよ。それは家族や親友など、周りの人に「自分に何をやってほしい?」と聞いて回ること。一番自分のことを見てくれる人たちに対して、自分のマーケティング調査を行うことですね。それが一番確かな情報なのに、みんな広いインターネットの海に飛び出していって、迷ってしまうわけですけど。

2,30人に聞いてみると、結構みんな自分のことを見てくれていて、あなただったらこういうことができるんじゃないかと伝えてくれます。そのうちの一つを選んでまずやりきってみたらいいと思います。

「情熱」が嫌いだ

山下: 今年の鏡祭のテーマである「180」は、180%でもあり180BPMでもあり、熱量を持って挑んでいくことで目指せるものがあるのではという考えのもとで設定されました。川口さんは今、何%ぐらいでYADOKARIに向き合っていますか?

ダバンテス: 正直に本音で答えてください(笑)。

川口: 入社して数年は180%でやってきたつもりですが、今は正直に言うと60%くらいの力ですね。一つに決めて必死にやり切ることで得られる感動や幸せはこれまでYADOKARIで何度も味わってきて、それが面白いことも知っています。

僕は初期からYADOKARIにいて、代表の2人以外に社員が僕1人だった時期もあるのですが、今は仲間が増えてきて、同世代も多く居心地が良い。プライベートではパートナーもいて幸せに暮らしている。最近はこの状態を守るのも一つの幸せだなと感じているので、馬鹿にならず、賢く60%で生きることも一つの選択肢だなと考えるようになりました。ですが一方で、「いや、そういうわけでもないよな」という気持ちも最近ニョキニョキと芽生えてきている状態です。

ダバンテス: そのニョキニョキはなんで出てきてるんだろう?

川口: 殻の中の幸せから飛び出さなければ、という感覚もあるのだと思います。一つに決めて必死になる自分を待っているんでしょうね。なので、やりたいこと決めなきゃ、と共感しながら赤澤さんのお話を聞いていました。

赤澤: 今おっしゃっていた60%というのはすごくいいなと思います。実は僕、最近情熱って言葉が大嫌いなんですよ(笑)。情熱っていう曖昧なものほどいい加減なものはないというか。この馬鹿というテーマも、「自分馬鹿なんですよね」と言って馬鹿を演出する人は本当の馬鹿じゃないんです。情熱の演出が入ってるから。本気でやっている人たちは淡々とやっていて、情熱なんてことを語らない。だから、180%で燃えつきてしまうよりは、60%で淡々とやり続ける、でも絶対に逃げない、そして諦めない。そっちの方が僕はよっぽど大事なことだと思います。

「馬鹿」になる恐怖

川口: YADOKARIが新たに「生きるを、啓く」というパーパスを掲げたとき、僕はまだ自分にできることがあるんだと感じました。山下さんはどうですか?

山下: 私が今回「馬鹿」をテーマにしたのも、「180」というキーワードが光になるなと思ったのも、「生きるを、啓く」というパーパスがあってこそだなと思っていて。赤澤さんの話を聞いて、生きる上で180%と60%は二者択一ではないというか、ある意味恋愛感情に近い部分もあるのかなと感じました。例えば恋は瞬間的で燃え尽きてしまう可能性もあるけど、それが愛になると、微熱くらいの温度かもしれないけれど下がることなく続いていくのかなと思っていて……

ダバンテス: ちょっと待ってください。うまく喋りすぎてませんか?

残り時間もわずかとなり、話が終盤に入っていくかと思われた頃、ダバンテスさんの一言で空気が一変する。

ダバンテス: 山下さんは話が上手くてファシリテーション慣れしている人だけど、今回はあなたたちYADOKARIが主役の場なんですよ。正直聞きながらずっとイライラしていて、なんでお前らうまいこと喋ってんだばかやろーと(笑)。そこじゃなくて、本当に心からの叫びみたいなのを語るのが今回のこのテーマなんじゃないですか?友達や家族にしか言えないようなあなたの内側にある悩みを聞く、そして答えもらう。それがいま一番正しい姿勢なんじゃないかと僕は思います。悩もう、待とう、大丈夫。

山下: うん……まさに(笑)そこを引き出してもらうためにダバちゃんに来てもらったんだよね。多分、私は自分の願いや欲求を宣言するのが得意じゃないんです。

ダバンテス: 怖いのかな?

山下: そう!怖くてビビリで、それを言ったらどう思われるかをすごく気にしてしまう。私の感覚では、日々働いたり社会と向き合うときには、自分がどこを目指したいかより、関係する人と向き合って、相手がどう思っているかを理解して情報を揃えたうえでしか、自信を持って自分の発言ができないと思っているところがあって。自分がこうありたい、こうしたいと決めて、楽しく前を向いて進み始めたら、一緒にやっていける人が自ずとそばにきてくれるんじゃないかと頭では分かっているけど、旗を掲げて突き進むのが怖いんだと思います。

赤澤: 突き進むのが怖い?

山下: はい。でもなんでだろう。私は何を怖がっているのか……

ダバンテス: どんな言葉が浮かんでくる?

山下: う~ん。自分が発言したことを相手がどう受け取るかや、他人の目にすごく自分の心が傾いてしまう感覚というか……

赤澤: 自分が言ったことに対する相手の反応が、あなたの人生に何の関係があるんですか?

山下: そうですよね。私は多分、調和みたいなものを強く求めているんだと思います。強烈な原体験があるわけではないけれど、だからこそなのか、何かと決裂したり、誰かに嫌われたり、呆れられたり、そういった人と分かり合えない状況を恐れている気がします。だから自分のスタンスとして、周りから応援・理解されてない状況で、「いや、でも私やりたいんで」と馬鹿になりきれない。

赤澤: 自分の発言や行動に対する相手の反応と、相手・自分の人格は切り離した方がいいですね。大人はみんな立場があってポジショントークをしているから、今ご自身がやられていることに対して相手が反応しても、それは人格を攻撃されたわけじゃなくて、あくまでやっている「こと」に対して発言しているだけ。その人があなたの全人格を否定しているわけではないという感覚を持って、そこは分けて考えた方がいいと思いますね。

山下: 自分が生み出すものは自分の化身だと思っている部分もあって、そうあることが自分にとっての美意識ではあるけれど、もっと自分が解放されていくためには、切り離すことも必要なんだなと赤澤さんの言葉を聞いていて思いました。

赤澤: アートはその典型ですよね。アート作品というのは世の中に出した以上、非難にさらされるわけですよ。クリエイティブは全部そう。だけどそれは作品に対して批判があるだけであって、クリエイターの人格を否定されていいるわけじゃないはずなんです。そこを混同してしまう人も多いけれど、分けて考えられるようになると良いのではと思います。

山下: おっしゃる通りだなと思う一方で、「でも切り傷ぐらいは怖がらずにつけろよ、自分」という気持ちもあります(笑)一体何を守ってるんだ、と常に自分に問うてるんですよね。

ダバンテス: ここまで三人の話を聞いてきて、それぞれの悩みがあるなかで、赤澤さんと川口さんは同じような悩みの路線にいる気がしています。そのうえで、川口さんが今、一番悔しさを感じることは何なのか、感情的にネガティブになることっていつなのかを聞かせてほしいです。

川口: 最近はできることが増えてきて、いろいろなことがこなせるようになってしまったことに時折悔しさは感じます。それを踏まえて、僕はこの1年間山下と同じチームで仕事をして、さっき話していたような悩みを聞き続けているのに、まだ悩ませてしまっていることが、一番悔しいですね。

この川口の言葉に、「あたたかい会社…」と呟き、山下の目からは涙が溢れた。登壇者も、会場にいるお客さんも、彼女から溢れ出た葛藤をそっと見つめる。

ダバンテス: これは一つ壁を越えたんですかね?

川口: こうやって馬鹿になる姿が見たいじゃないですか。「生きるを、啓く」を掲げた今、YADOKARI社員全員が、こうやって「馬鹿になる」ことに向き合っているところだと思うので、山下が悩んでいることは、僕も一緒に悩み続けていきたいです。

「馬鹿」になるには

ダバンテス: 最後に、赤澤さんに改めて聞かせてください。馬鹿って何ですか?

赤澤: やっぱり、みんな賢すぎるんですよ。だからあえて馬鹿にならなきゃいけない。つい考え事をしている自分に酔ってしまうかもしれないけれど、悩むとか考えるって、実はすごく無駄かもしれない。とにかく一つやると決めたらまずそれを一生懸命やるだけで、世界は広がっていくんじゃないかと思います。

小林一三さんという阪急電車を作った創業者の言葉で、「君が下足番を命じられたならば、日本一の下足番になりたまえ。させれば誰も貴様を下足番などにしておかぬ」という言葉があります。今で言う良い仕事ではないかもしれない下足番ですら、やり切ってしまえば周りが勝手にチャンスをくれる。

力を抜いて適当にやるのは合理的で賢いかもしれないけれど、それでも全力でやった人間にだけ実は道が拓けている。そういうエピソードは世の中にたくさんありますよね。だから自分の生きるを、啓いていこうと思ったら、とにかく目の前のことに一生懸命になる。それをさぼって、いろいろな情報を見て勝手に迷って悩んで人生を浪費していくのは、それこそすごい馬鹿だと思う。悩んでいる暇があるなら、今目の前にあることをとにかく一生懸命やって、それで日本一になればいい。そうしたら自然と、道は拓けてくると思います。

終わりに

トークのなかで山下が語っていたように、YADOKARIは「自分がどうありたいかを常に問うてくる会社」である。そんなYADOKARIの周りにはいつも、自分の信じる美しさをめざし、もがき、そして変わろうとする人たちがいる。

私は「YADOKARI文化圏」にいる人たちの、馬鹿になろうともがく姿が好きだ。馬鹿になりたくて、なりきれなくて、でも諦めたくなくて、涙を流す人がいる。その姿が人を惹きつけ、YADOKARI文化圏は自然にその輪を広げていく。

激しい雷雨のなかにこぼれた一滴の涙が、少しずつ、けれど着実に水たまりの色を変えていくように、YADOKARIはこれからも温かく世界を変えていくのだろう。

私も、そんな「生きるを、啓く」文化圏の一員でありたい。水たまりに映った自分を見ながらそんなことを思う、27歳の夏の日だった。

取材・文/橋本彩香

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暗くなったら電気をつける。こうこうと光るライトの下で、時間を忘れて作業に没頭してしまうことはないだろうか。

明るい場所にいると「動かなくては」と思うのは人間の性なのかもしれない。

光の色によっても、私たちの気分は大きく変わる。
たとえば、暖かいオレンジ色の光の下では穏やかな気持ちになったり、スッキリとした青白い光の下では集中力が高まったり。
照明は時に音楽のように、私たちのマインドセットや、過ごしたい空間を演出してくれる。

特に北欧では、冬の日照時間が短く、照明を選ぶということは豊かな暮らしをつくるために欠かせない大切なもの。

今回は光の明るさや色、配置をたくみに使い分ける北欧の照明術から、心地よい日々をデザインする方法を考えていきたい。

食卓を包みこむペンダントライト。皆が集う場所にはとっておきの灯りを

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対話を重んじる北欧諸国では、家族や友人と食卓を囲む時間がとても大切にされている。皆で集い、今日あった出来事や気持ちをじっくりと共有するのだ。

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ダイニングテーブルには、その時間を彩る照明が欠かせない。

テーブルの上60cmほどの位置にペンダントライトが吊るされている光景が特徴的だ。低い位置にライトを置くことで、手元をしっかりと照らしながらも、食卓を優しい光のベールで包むよう工夫されている。

照明によって、人々を一つの場所に集わせ、リラックスして話ができる空間を作り上げているのだ。

何かをするお供にはタスクライト。メリハリをつけて気持ちを整える

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読書に編み物、たまには絵を描いてみたり・・・。お家時間を大切にする北欧の人々は、実は一人で黙々と過ごすことも多い。

ほっと一人時間を楽しみたい時には、手元を優しく照らす灯りを。

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タスクライトは読書や書き物をする場所に置き、“何かをすること”を助けてくれる。

光が届く範囲が限られる分、空間に明暗をつけやすい。「この場所に来たら作業をする」と気持ちを切り替えたり、逆にその他では何もしないと決めてみたりする。そうすることで、自分に必要なものをコントロールし、生活に余白を生み出せるのではないだろうか。

光を組み合わせて“Hygge”な空間を

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“Hygge(ヒュッゲ)”とはデンマーク語で、心地よいを表す言葉。

お気に入りのライトを必要に合わせて置いていけば、いつのまにか部屋全体が暖かい光に包まれ、心落ち着く空間ができあがる。
ポイントは、天井や壁など全体を照らす「アンビエントライト」と部分的に照らす「タスクライト」をうまく分散させること。頭の片隅に置きながら暮らしの動線をつくると、奥行きのある素敵な部屋になりそうだ。

人に寄り添った灯りと暮らしを見つめ直す

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北欧の照明は、デザインの美しさがフォーカスされがちである。だが、長く暗い冬を家の中で過ごす人々が、毎日を少しでも楽しく、心地よく暮らせるように工夫を凝らし、進化を遂げてきた。

普段何気なく点ける灯りは、あなたにとってどのようなものだろう。心を豊かにするもの?それとも、すり減らしてしまうもの?

まずは一晩だけで良い。太陽が沈んだ後はあえて自然に逆らわず、照明を点けないで過ごしてみてはどうだろう。必要ならば、その場所にだけ光を灯す。
大切な時間に添える灯りを見つけることで、日々の暮らしに欠かせない、自分にとっての豊かさが見えてくるかもしれない。

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ThanCa Ltd. /心地よさを追求する北欧流の照明選びのポイント

北欧、暮らしの道具店 / 【北欧に学ぶ、冬の灯り】前編:「すべてを照らさなくていい」照明選び、3つのポイント

greeniche / 北欧に学ぶ、「照明」を使った空間づくり

2024年7月6日、YADOKARIは創業10周年を記念して、1人ひとりが自分の人生を取り戻し新しい世界を創っていくために、“自分と、他人と、世界と向き合い、共に行動するための集い”「鏡祭」を開催した。イベントテーマ「180 〜めざす、もがく、変わる〜」の下、各界のゲストを招き、今向き合いたいイシューについて行った4つのトークセッションの様子を、YADOKARIに関わりの深い3人のライターが「鏡」となり、映し出す。本記事は、セッション②「縁」のレポートだ。

»当日の様子を見れるアーカイブ動画はこちら

「鏡祭」の会場となったのは東急プラザ表参道オモカド内にある「おもはらの森」

はじめに

上京した10代の頃から数え切れぬほど通ったラフォーレ原宿のある交差点を見下ろしながらYADOKARIの10周年に立ち会うことになるとは、過去のどの瞬間にいる私も想像していなかった。新卒で最初に入った東京の会社のデスクで、PCの画面越しに法人化する前のYADOKARIを初めて見つけてから10年以上が経つ。2社目の会社の仕事で偶然にさわだ・上杉と対面し、数年後に自分が独立してライターとなり、YADOKARIのメディアで記事を書かせてもらう日が来るなどということも、どれ一つとして私が計画したことはない。合縁奇縁の連続。それが私とYADOKARIとの関係である。

そのYADOKARIは近年、投資家からの資金調達を開始し、さらなる成長へ向けてアクセルを踏むことを選んだ。資本主義の中で急速に成長しながらも、社員はもちろんYADOKARIに関わるすべての人々と「愛」でつながり続けられる文化圏を創造したいと、さわだは言う。

「僕らも“縁”を大切にしているんです」と、独立して間もない頃の何者でもない私に、かつて上杉は言った。10年目を迎えた YADOKARIが、この先どのような心持ちで人との縁をつないでいこうとしているのか。熱気に包まれた空中の森で、私は4人の対談に耳を傾けた。

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◆セッションテーマ:縁|えにし
家族とパートナーシップと組織、合縁奇縁、本来性、依存と自立

【ゲスト】
●田中元子|株式会社グランドレベル代表取締役(写真左から2人目)
建築コミュニケーターとして建築関係のメディアづくりに従事後、2016年「1階づくりはまちづくり」をモットーとする株式会社グランドレベルを設立、2018年私設公民館として「喫茶ランドリー」を開業、同年グッドデザイン特別賞グッドフォーカス賞(地域社会デザイン)。設計コンサルティングやプロデュースなどを全国で手がける。主な著書に「マイパブリックとグランドレベル」「1階革命」(晶文社)ほか。

●立石慎也|パフォーマンスデザイン有限会社 代表取締役社長(写真右から2人目)
「存在の百花繚乱」をテーマとした意識の深化と発達に特化したエグゼクティブコーチ/「識育コーチング®︎」開発者/コーチ養成トレーナー。23年の経験を持つCEOとして、二つの会社を率いる。成人発達理論やインテグラル理論などを駆使して、プロアーティストや中小企業の成長や社会活動を支援。2022年9月からYADOKARI株式会社の人材・組織開発顧問も務める。

●さわだいっせい|YADOKARI 代表取締役 / Co-founder(写真左)
兵庫県姫路市生まれ。ミュージシャンを目指し上京。デザイン専門学校卒業後、アートディレクター/デザイナーを経て独立。2013年YADOKARI創業。逗子の海近くのスモールハウスをYADOKARIで設計、居住中。

●山下里緒奈|YADOKARI プロデュースユニット (ファシリテーター/写真右)
東京都国分寺市生まれ。デンマーク留学中、暮らしに溶け込む「遊び」の価値観にどっぷり浸かる。冒険遊び場やラジオパーソナリティ、国分寺のまちの寮での活動を経て、2022年にYADOKARIジョイン。名前の由来がリオのカーニバル。

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愛と合理性

山下: YADOKARIは元々さわださんと上杉さんが2人で立ち上げた半ば趣味のような活動から始まって、創業10年目を迎え、メンバーも30人近くに増えて成長している中で、会社として人との関わり方や向き合い方を考えるフェーズに来ていますよね。対談テーマ「縁(えにし)」は、私とあなた、1対1から始まる関係のことを指していて、会社組織もパートナーシップ、家族、親子…そうした個から始まる関わりの延長上にあると言えます。偶発的な出会いから人生が豊かになることもある。いろんな形の関係性を紐解きながら、これからのYADOKARIが文化圏の人たちとどのように関わっていきたいのかが見える回にしたいと思います。最初に皆さんが「縁」や、その先にあるであろう「愛」についてどう考えているのか伺いたいです。

立石さん(以下敬称略): 「縁」という言葉の対義語を仮に置いてみるなら「契約」になるでしょうか。例えば会社なら雇用契約とか。そういう関係ではない所に「縁」や「愛」がありそうだなと思います。この後、元子さんから「愛と合理性」のお話があると思いますが、「合理性」は可視化できて再現性の高いものだけど、そういうふうに定義されてしまったものではない所にありそう。「存在を招き入れて、そこで多くの人が幸せになるための合理性」が愛ではないか、そんなことを考えていました。

田中さん(以下敬称略): このイベントにあたってYADOKARIさんから5文字以内で自分を表現する言葉をくださいって言われて書いたのが「愛と合理性」。私は今まで愛しかない場合と、合理性しか問わない場合という極端な大人たちにたくさん出会ってきたけれど、愛を世の中にどのように出現させるのか、そのために合理性が必要で、両方大事なのにどちらかに偏りがちだよなと思いながら書きました。人をデートに誘うのに日時と集合場所だけ伝える人はいないでしょ。愛や伝えたい想いが伝わるという目的に向かって戦略立てや選択をするのが、合理性への模索だと私は思います。

山下: 元子さんは、仕事の時にもデートする時と同じような感覚で臨むこともあるのでしょうか?

田中: 仕事だけでなく誰かに何か言う時は全部そうじゃないですか? 言葉自体がプレゼントだもの。どんな言葉を選ぶかによって、相手が傷つくリスクも、喜んでくれる楽しみも孕んでいる。人間は、何を言っているかだけが重要で、どう言っているかはどうでもいいという動物ではないから、その特性に沿ったことをするのが私の興味。

山下: 動物の特性に沿ったことをする…面白い。さわださんもYADOKARIの中で「愛」は大事なキーワードだと思いますが、、「ビジネス」と「愛」を対比で考えた時、いかがですか?

さわだ: 僕は過去に会社員を2回やったことがあって、2回ともクビになってるんです(笑)。言われたことができないとか、上司に歯向かっちゃうとかで。自分のポリシーからものを言ったらクビになった。

田中: Oh my gosh! 言われたことをその通りにやってほしかったの? じゃあ、あなたじゃなくてもいいじゃない。思ったことを正直に言ってくれてありがとう、じゃなかったの? それは雇った方に責任があるんじゃない?

さわだ: まあ、ふり返れば僕にも至らない所が多々あったと思います(笑)。ただ僕はその経験から、自分でつくるなら「愛と自由のある会社」をつくろうと決めてYADOKARIを創業したんです。でも「愛」はいろいろな種類がありますよね、家族や奥さんへの愛、子どもへの愛、メンバーへの愛、地球への愛…。僕は「YADOKARI文化圏」をつくろうとしていて、最終的には「愛」や「信頼」といった人間の真ん中にあるようなものが大事にされつつ文化圏が広がっていったらいいと思っているけど、愛を定義しちゃって、皆がその同じ愛を目指すのが良いことなのか、それは幸せなのかをすごく考えます。

愛とは何か?

山下: 愛は抽象的で定義するのは難しいけれど、少し具体化するために、皆さんが日常の中で愛を感じる瞬間を教えていただけますか?

田中: 私は全時間そう思ってる。「愛」無くして「生きる」はないじゃない? 私には「愛」に明確な定義があって、「どなた様もすこやかに」ということ。誰だって健康な方がいいし、病気だったとしても少しでも回復した方がいいし、寝たきりでも“今日は晴れてるなぁ”って思えたらいいし、嫌なことがあっても良い経験だったと思えた方がいいでしょ? 人間は一度生きてしまうと、なぜだかずっと生きていたくなる動物だから、そういう動物としてすこやかであれ、というのが私の愛の定義。

山下: ともするとビジネスの文脈では忘れ去られてしまいそうな感覚ですね。

田中: すこやかであることを明確に求めて自覚的に動いているビジネスだけだったら、こんな地球にはなっていないですよ。秒で億を稼ぐことが超合理的なビジネスだと思われているけれど、その結果、人や地球がどうなっているのか総合的に考えると、それは本当に「合理的」なのかと私は思う。私は別に地球のために生きてはいないけど、自分が間違った悪いことを仕掛けてしまったという意識を持ちたくないから、自分のために未来永劫すこやかであるように仕掛けていて、それが「愛」だと思っているんです。

立石: 元子さんのお話を聞いていて、「合理性」とは、未来永劫、皆のすこやかさを再現するためのものということなのかなと。

田中: でもね、私は全然人のためではなく、それが結果的にたまたま誰かにとって良いことになったとしても、自分がそれをしたかったから、という気持ちが絶対最優先。

立石: それは僕の中の言葉で言うと、「美意識」や「美学」というものかもしれない。結果的に誰かのためになるかもしれないけれど、自分の中ではこうなんだ、こうでなければ許せないという美意識に根ざした合理性。誰かのためにという自己犠牲的な感じではなく、自身の本来性の発露から出てくる。

さわだ: うちのメンバーは個性的で、その人にしかない特性があって、それをいかに発揮してもらえるかを常に考えているけれど、仕事の中で今はなかなかフィットさせてあげられないことも多い。でも基本的にはその人が好きで、本来やりたいことにいかに集中させてあげられるかという所が、僕の経営者としての美意識の一つです。

予期せぬ一瞬に心が動く

山下: その人が持っている美意識とか、本来持っている在りたい姿を引き出していくのが経営者の手腕かもしれないですよね。世の中に面白い人と面白くない人がいるのではなく、誰もが美意識や本来性を持っていて、それをいかに発揮させていくか。元子さんが、屋台で無料のコーヒーを配って、自分とは全く考えが違う人ともコミュニケーションしてきた活動は、まさに「何者でもない私とあなたの関わり」を実践されていたのかなと思いますが、その活動について教えていただけますか?

田中: 2014年頃から10年ほど、道端で通行人にコーヒーをあげて遊んでるんですよ(笑)。皆どんな顔をするのか見たいから。「怖っ!」て思う人もいるかもしれない。でも「面白いね、ありがとう」って受け取ってくれる人もいて、受け取ったついでに聞いてもいないのにいろんなことを話してくれるんです。その内容がいちいち面白いんですよ。それはきっとその人がいちばん言葉にしたいことなのに、家族にも、仕事中にも、誰にも聞かれないこと。それが聞ける楽しみがあるという「イタズラ」です。

さわだ: イタズラ…可愛いですね(笑)

田中: 私はイタズラや実験をやってどうなるかが知りたくて生きてる。「喫茶ランドリー」も、私が公民館をつくったら、もっとファンキーでファンシーな公民館をつくれるよっていうイタズラがしたかったんです。

さわだ: YADOKARIも「イタズラ」とは形容していないですが、ワクワクとか、楽しく面白くエンターテイメント性を持って、ということは意識してきました。

田中: ワクワクするのは知らないことだからですよね。どうなるのかな?というスリルも含めて。「必ずワクワクできるもの」って矛盾してる。感動体験にも科学的なパターンがあるんですよ、緊張と弛緩とか。AIの方が間違いなく、それこそ合理的に感動するものをつくれると思う。だから私は感動そのものにも全然価値を見出していないんです。「泣かせるぞー!」という映画を観る時は、「泣かないぞー!」と思う(笑)。

山下: 元子さんにとって本当に自分の心が動く瞬間というのは、計算されたものではないんじゃないか、ということですね。

田中: そう。それこそ多様だと思うな。

縁が生まれる所

山下: 予期せぬ偶然の出会いや出来事に感動する経験は多くの人がしていると思いますが、場づくりの観点も踏まえて、どういう空間的な仕掛けや要素があるとグッと引き合う瞬間が生まれるのか、立石さんいかがですか?

立石: 最近よく言われる「心理的安全性」、ダイバーシティみたいなものは前提として必要ではないかと思います。例えば「正解はこれだけど君はどう思う?」なんて言われると仮面を着けなきゃいけなくなる。そういう完全防備しなくていい、人が自然でピュアにいられる環境設定が大事。先ほどの無料コーヒーのお話で、通行人が話をしてくれるのは、元子さんがピュアな好奇心から発している言葉・行為だからですよね。それに相手も影響を受けて、いつもは世間で求められていることを言わなきゃいけないと考えている人でも、その場では「実はさぁ」と自分語りが始まる。本当に自分自身が感じているありのままを言える環境が、まず必要かなと思います。

山下: 誰もが自分の本来性を起点として、自分が持っているストーリーを交換していくつながり。そういう「縁」が、「愛」みたいな所からつくられていくのですかね。

立石: そうですね。その人の本当の自分語り、それを仕事の場、会社でできるということにチャレンジしているのがYADOKARIさんだと思います。

さわだ: 難しいですが、それが理想だとは思っています。まだ社員が1人か2人の時に「YADOKARIサポーターグループ」というものをSNS上につくり、最終的には3000人くらいまでになったんです。そこでは「小屋部」と称して、グループ内の大工さんに教わりながら、小屋づくりのスキルを覚えたい人たちがコミュニティビルドで小屋を年間30棟以上つくったり、企業からの依頼案件に対して僕と上杉では対応できないスキルを持った、例えば建築家などのグループ内の専門家が手を挙げてくれて、有志で仕事したりということが、10年前に既に生まれていたんです。ゆるやかなつながりだけど、皆が「YADOKARIらしさ」みたいなことを考えていて、仕事はプロフェッショナルというギルド的な感じが新しいなと思いながらやっていました。今思えば「ソース」みたいな部分にアプローチできていたのかもしれないです。

つながり続けたいから、本音で語り合う

山下: 本音を語り合えるかどうかって、誰とどう向き合うのかによって感覚が変わるように思います。例えば私とさわださんは社長と社員の関係ですが、飲みに連れていってくださる時には、何者でもない私とあなたの関係でのコミュニケーションを取ろうとしてくれているのが分かる。奥さまやお子さんとの関わりの中ではいかがですか?

さわだ: 会社ではそこまで感情を出さなくなりましたよね。でも家では奥さんや子どもにすごく甘えていると思います。気を付けないといけないけど、僕がどんなにわがままを言っても、その人たちは離れていかないっていうコンフォートゾーンにいるような感覚。

僕は根暗で複雑に物事を考えてしまうことが多いんだけど、奥さんは常に明るくて安定していて言葉もシンプル。そんな所がバランス良いし、良い家族関係がつくれている自信がある。僕にとって家族はよりよく生きるための仲間です。聞いていいのか分からないけど、元子さんは?

田中: 私は今も元夫と一緒に仕事をしていますし、喫茶ランドリーを始めた時に「スタッフを絶対に叱らない」という実験を始めて、それが今も続いています。お互いに「そこ直してよ!」ということはあるけれど、じゃあもしそれが直らなかったら、その人とお別れしなきゃいけないんだろうかと思った時に、「だったら一生直らなくていいや」と思う。許せなくても、一緒に生きていく方を私は選ぶ。離婚にしても、家族関係って密室だから、うまくいかなくなった時に何か関係を変えないと再構築できないから、そうしたんですよね。

山下: 本当の意味では元旦那さまとも決別したいわけではないからこそ、関係性の変化を選択した、ということですかね。同じ人との向き合い方でも、ビジネスパートナーとして関係性を変えることで続いていく。

田中: そうよ。二度と会いたくなければそうしたし、私にとっては彼の良い所も能力も全部分かっていたからこそ、何か一緒にできたらいいなと思いました。「人との関係」ってよく言うけど、「自分がどんなコンディションか」の方が大事です。皆、自分の外に課題を見て「変わればいいのに」と言っているけれど、自分自身のコンディションだって1分1秒ごとに変化していて、そのお互いの変化の接点でたまたま起きているグルーブじゃないですか。だから私は、「ずっとあなたと一緒にいたいから、できればお互い調整したくて言いたくないことを言っているんだけど、それはあなたを愛しているからだ」と、そう伝えるようにしています。

山下: さわださんにもきっと同じような感覚があるんじゃないでしょうか?YADOKARIを卒業していくメンバーとの関係性とか。

さわだ: そうですね、いろんな理由で辞めていった人がいますが、お互いの道を歩んでいく中で、また未来で交わることがあるかもしれない。これが人生の終わりじゃないですし、YADOKARIを卒業したメンバーがもっと成長したら、それはすごくうれしいことだし。なので囲い込もうなんていう気持ちは全くなくて。

田中: 私は「辞めたい」と言われたことはないけれど、辞めたからって何も変わらないですよね、愛は。

さわだ: 変わらないですよ。お互いおじいちゃん、おばあちゃんになった時に、またおいしいお酒が飲めたらいいねって思ってます。

本来性同士の関係の中で

山下: 人との関係性を考える時に、まずいちばん大事なのは自分のコンディションを知っていることだという視点が面白いなと感じています。お互いに良い関係というのは、それぞれが自分のコンディションや本来性を分かった状態であることが一歩目なのかなと思ったのですが、立石さんの専門領域も踏まえて感じていることはありますか?

立石: 意識の発達現象に関しても、その人がどういう文脈・ストーリーや環境の中にいて、肉体や心のコンディションがどうであるかによって、発達レベルや多様な能力レベルが大きく変動しているということが最近の研究で明らかになっています。その人が状況によって変動しているということを心に置きながら、最善で働ける環境や文脈をいかに準備できるかが、企業や組織の課題だと思います。「愛と合理性」で言うと、合理性の部分ですね。

山下: 自分と相手のコンディションを知り、会社内での立場や仮面を着けた状態での関係性ではなく、私とあなたとの関係性の中でどう歩み寄っていけるのか。元子さんはご自身の会社の皆さんと関わっていく時に、大事にされているポリシーみたいなものはありますか?

田中: 私は1対1でも、会社でも、全部「イタズラ」だと思ってるんです。誰かにお声がけする時どんな言葉を選んで話すのか、それもちょっとしたイタズラやプレゼントみたいなもの。そういうものを用意するのが私は好きなんです。例えば人からトンチンカンなプレゼントをもらったとしても、「さんざん考えてこんな物かよ」というくだらなさも含めて最高のプレゼントだと私は思ってます。自分がコントロールできることなんてものすごく限られている。だから「歩み寄る」なんてこともしなくていいと思う。そんなことより、あなたがどんな人かということを素直に知りたい。あなたが考えていることをもっと聞かせてほしいと思います。

山下: 私とあなたの関係、「縁」は、相手のことを考えるのと同じくらい、自分自身がどんな感覚や思いを持っているのかを知ることが両輪で働く所から生まれるし、それが「愛」なのかは分かりませんが、お互いの言動の背景にあるものがイメージし合える関係性でいられたらいいなと思います。そして、それを素直に開示できるYADOKARIであったらいいなと思いました。

終わりに

一人ひとりが本来性同士で関わり合いながら、時に近づき、時に離れ、辞めた後でもつながり続ける「愛」や「信頼」を土台にした文化圏。その創造の鍵は、自分自身のピュアな本来性にバイアス無しにいかに気づき、素直に表現できるか。そして相手の中にもそれがあることを忘れずにいられるか、ではないか。自分も人も、大きく変動しながら今日を生きる人間という動物であり、そのすこやかさを尊重し続けることが真に合理的な愛なのかもしれない。4人の対談から浮かび上がってきた「縁」や「愛」というものの輪郭を何度もなぞりながら、これらがビジネスや仕事の場で実現可能であるならば、私は働くことに希望が持てるし、この身をどこに置いていたとしても私の心はYADOKARI文化圏の中にいつでも寛ぐことができる。YADOKARIという企業がつくるこの新しい世界の訪れを、私は見届けたいと思う。

この後、首都圏は凄まじいゲリラ豪雨に洗われることになる。
対談が終わった瞬間、その最初の一滴が天から落ちてきた。

取材・文/森田マイコ

団地で暮らす「コミュニティービルダー」が団地住民や地域の方々と一緒に、鶴川団地の新たな魅力を創造・発信していく未来団地会議「鶴川団地プロジェクト」。

今回は7月27日(土)・28日(日)に開催されたイベント「鶴川ダンチホリデイ vol.2」の様子をレポートしていきます!舞台となるのは鶴川団地内にある、いわゆる”空き地”。可能性を秘めたこの空間を「鶴川なかにわBASE」と称し、地域の人と人を繋げるイベントを実験的に開催しています。

「空き地に集まる、団地暮らしの”あったらいいな”」をテーマに集まった企画やお店によって、団地の休日が楽しく彩られました。

ものづくりのワークショップから、お家のリノベーションの相談まで?みんなでつくる青空市場

元々は6月の予定だったところが、天候の関係で延期開催となった今回のダンチホリデイ。ばっちりと晴れた真夏日の中、鶴川なかにわBASEがにぎやかな市場に変身しました!

今回は全部で7つの出店があり、美味しそうなパンやお菓子もあれば、リメイク雑貨や楽器作りのワークショップなど、個性豊かなお店が並びます。

様々な柄の布で作られたペンケースやポーチ、生活に使える小物たち。「ハートルームちと『おばぁちゃんの宝箱』」は、77歳、85歳、95歳のおばあちゃん姉妹と、店主ちとさんのハンドメイド小物のショップです。

コロナ禍の時に作ったマスクを、家の前で無人販売し始めたことがきっかけで、徐々にイベントへ出店するようになったそう。どれもお財布に優しいお値段で、栞はなんと10円!「子どもでもたくさんお買い物を楽しめるように」とお話されていました。


可愛らしいパッケージに包まれたお菓子が並ぶのは「結まーる工房」のブース。小麦粉よりも身体への負担が軽い米粉で作ったシフォンケーキ、クッキー、ドーナツなどの洋菓子と、この日は文旦を使った琥珀糖がイチオシでした。身体が喜ぶお菓子たち、優しい味わいに幸せな気持ちになります。



こちらでは、”塩絵”を体験できるワークショップが行われていました。塩絵とは、天然の自然塩を配合した絵の具を使って描く新しい技法。明るくて鮮やかな色を使うので、脳が刺激されて気持ちが元気になるそうです。黙々と作業に没頭する方もいれば、講師の方と会話を楽しみながら進める方も。

今までやったことのない物事でも、マルシェなら気軽に参加できる気がします。


鶴川団地のコミュニティビルダーの石橋さん、鈴木さんによる紙芝居の読み聞かせも。鶴川団地のイベントに欠かせないパフォーマンスになってきています。読み聞かせが始まると遊びに来ていた近所の子たちが集まり、楽しそうにお話を聞いていました。

今回はもう一つ、ものづくりを楽しめる出店が。お面のようなお茶目なタンバリンや、おがくず粘土でできたマラカスが並ぶこちらのブースでは、楽器の手作り体験ができます。

「スイートハンド」のお二人は、“その子の個性を引き出す音楽夫婦ユニット”として、楽器作りのワークショップや、作った楽器で一緒に楽しめる演奏会やリトミックなどの活動をされています。

アートと音楽の二つを楽しみながら、個性の芽がでるスイートハンドのワークショップ。仲良しなお二人の人柄も相まって、自然と笑顔の溢れる時間になります。


バリエーション豊かな手作りパンも販売されていました。店舗を持たないパン屋さん「kiitonn」は素材へのこだわりが特徴。小麦粉は北海道産、食パンに使用している牛乳は多摩地方限定の牛乳、焼菓子の卵は横浜市の養鶏場で仕入れているそうです。美味しくて身体にいいものを選んでいただく時、優しく幸せな気持ちになれます。


かわいい子供服や雑貨が並ぶこちらのブースは、「​​moutons(ムートンズ)」です。洋裁教室で出会った3人が、普段の洋服作りで余った生地、古着や着物を使い、新たにかわいいものを生み出しています。畳のヘリの生地を使った箸置きなど、使われなくなったものもユニークなアイデアで再び輝いていました。ほとんどが一点ものなので、お気に入りと出会える楽しさもありますね。


オリジナル真鍮金物を中心に扱う「あえん堂」は、普段はリノベーションを手掛ける二人による出店です。自分たちでかっこいいと思える製品を作ることで、提案の幅も広げています。

棚受やトイレットペーパーのホルダーなど、取り入れやすいアイテムからお家づくりを始められるのが嬉しいです。

木目の表情や香りの違いを楽しめる、無垢木材の端材で出来たオブジェもオーナーの美作さんのアイデアから生まれました。自らものづくりを楽しんでいるお二人になら、気軽にお家づくりの相談をしたくなります。


前回に引き続き、キッチンカーの出店も。今回はクレープやかき氷を楽しめる「&55ete」が駆けつけてくれました!新鮮ないちごがたっぷり乗ったクレープや、かき氷も大人気。チラシを見て買いに来たという方もいらっしゃいました。

青空の下で行われたダンスのワークショップ、トレーラーハウスはファッションの展示スペースに大変身!


広場ではダンスチーム「grooviest」に所属するnoyuさんによる、スペシャルワークショップが行われました。今年から鶴川団地付近のセントラル商店街にある「EGG REC DEPARTMENT 」でも、ダンスのレッスンをされています。

子どもから大人、出店者の方もみんなで一緒にステップを踏む光景はとっても和やか。完璧じゃなくても、みんなで音楽に合わせて体を動かせば、一体感が生まれて笑顔に包まれます。

ヨガやラジオ体操など、定期的にアクティビティができる場所としても、鶴川なかにわBASEは活用できそうです。


ピエロのマシューとピエロのアンジュのチーム「ドレミふぁ共和国」は、オルゴール人形のパフォーマンスで活動中のお二人。
オルゴールの優しい音色に合わせて、不思議な世界観が広がっていきます。ゆったりと鑑賞できる踊りで、癒しのひと時を作ってくれました。

パフォーマンスステージの後ろに設置されたトレーラーハウスでは、「みんなの試着室」と題してファッション企画が行われました。


着こなし方も、何に着せるかも自由という、唯一無二のお洋服たち。
建築設計・グラフィックデザイン・服飾などのクリエイティブを横断しながら活動を行っている竹中里来さんが作った服が展示され、実際に試着もできます。

来場者の方々も思い思いに服を身につけて、プチファッションショーが行われる瞬間も。

こんな風に、団地や近所に住む方々が作品を発表できる場所になっていくのも面白そうです。

なくてもいいけどあったら楽しい。どんどんアイデアを共有できる場所に


イベントの最後には、空き地の未来を考えるトークショーが行われました。

埼玉県にある北本団地で活躍されている江澤勇介さんをお迎えし、「団地の空き地の可能性を考えよう!」というテーマでトークが進みます。

ファシリテーターはYADOKARIの伊藤幹太が担当、鶴川団地周辺で暮らす若者として、コミュニティビルダーの石橋さんと、最新鶴川に引っ越してきて設計デザイン事務所を構えたtoge togeの萩尾さんも参加します。

多くの団地が抱える、居住者の高齢化や空き室の増加、団地内の商店街もシャッター通りになってしまうなどの課題。北本団地も同じ問題を抱えていますが、シャッターの閉じていた場所にJAZZ喫茶のお店がオープンした頃から、少しずつ人やアイデアが繋がり、波紋が広がるように、空きスペースを使って小商をする人が増えています。

今では毎年新しいお店がオープンし、イベントなども盛り上がりを見せているそうです。

北本団地のこれまでの歩みや最近の動きに沿ってトークをする中で、印象的だったのが「でもさ」というキーワード。

商店街などで空き家が増えても、それぞれの生活に大きな支障はありません。それでも「でもさ」と思いとどまって、自分たちの暮らす場所を面白く活用できないか考えてみること。そして、そのアイデアを言い合える仲間が繋がっていくことで、ポジティブな変化が起こっていくはず、というお話でトークショーは締めくくられました。

今回会場に配置されたベンチや、あそび広場の空間作りに使われているブロックは、萩尾さんたちが作ったもの。

メンバーみんなでアイデアを出し合って、断熱材を再利用したものづくりを考えました。こういったご近所同士の交流が波紋を起こし、空き地がどんどん活用されていくのかもしれません。

今後の鶴川団地での空き地に対して可能性を感じることができた、第2回目のダンチホリデイ。鶴川なかにわBASEの実験はまだ始まったばかり。今後への期待が膨らみます。

6月28日(金)、横浜にあるYADOKARIの共同オフィス・qlaytion galleryにて、「未来サンカク会議 」が開催されました。

未来サンカク会議は、「暮らし」、「住まい」、「コミュニティ」、「まちづくり」といった分野で新しい価値を探求してきたYADOKARIと、様々な分野の第一線で活躍されているゲストスピーカー、そして当日集まったみなさまと領域を超えて未来を創っていく、誰もが “サンカク” できるオープンな実験場です。

未来サンカク会議では、”ネオ残業”という言葉を掲げており、めまぐるしく変化していく社会の中で、普段はなかなか話をする機会のない人たちが集まり、未来サンカク会議は、肩書きを飛び越えて共に時間を過ごすことで、参加者の皆さんが新しいアイディアの着想を得たり、新しい事業やプロジェクトを共創するきっかけとなる場を目指しています。

四度目の開催となった今回は、可動産で地域を巡る旅「DOSAN NRT」というプロジェクトでYADOKARIと事業共創を行った、成田国際空港株式会社 地域共生部の木川直樹さんをゲストにお迎えしました。「動かす」と、「動きだす」もの…!?をテーマに、トークとワークショップの二部構成で行われたイベントの様子をお伝えします。

アイスブレイク

イベントは近くの方と簡単な自己紹介を行うアイスブレイクからスタート。今日呼ばれたい名前、サンカク会議参画のきっかけ、移動していきたいなと思っている場所の3つをおしゃべりし、空気が和やかになったところでトークセッションがスタートしました。

可動産を活用した新しい価値の創出

川口 直人(YADOKARI株式会社 事業推進室 / チーフオブスタッフ): 1996年生まれ。長野県出身で大学卒業後に、YADOKARIへ新卒入社。以来、自社で企画・プロデュースの高架下複合施設「Tinys Yokohama Hinodecho」の運営統括マネージャー、100均空き家物件のctocマッチングプラットフォーム「空き家ゲートウェイ」のプロジェクトマネージャーを歴任し、暮らしに関わる企画プロデュース、遊休不動産と可動産の活用企画、まちづくり支援イベントなどを主に手がける。現在は自社タイニーハウス / ヴィンテージバンなどの新規プロダクトのセールス担当や可動産を活かした企画のプロデュースを担当。

まずはDOSAN NRTでプロジェクトリーダーを務めたYADOKARIの川口が、創業時から会社の主軸として取り組んできた可動産事業についてお話しさせていただきました。近年は、固定資産である不動産に対して、トレーラーハウスやタイニーハウスなど、動かすことのできる資産が「可動産」と呼ばれています。

2011年の震災をきっかけに、お金、場所、時間に囚われないライフスタイルの実現を目指して創業したYADOKARI。長期ローンを組んで戸建住宅を購入し、返済のために忙しなく働き続ける、といったような既存の住まい方や生き方を問い直そうと、可動産に着目して事業を展開してきました。

可動産を活用した新しいライフスタイルや新しい豊かさをメディアとして発信する一方、メーカーとして自社でトレーラーハウスやタイニーハウスのプロダクト開発・販売も行っています。さらに近年は、可動産を活用した地域の賑わいづくりや魅力発信といった企画プロデュース事業にも力を入れています。イベントでは、可動産を活用した企画プロデュース事業の一部をご紹介しました。

タイニーハウスとカスタムバンを活用したDOSAN真鶴の実証実験の様子

《イベント内で紹介した事業》
・bettara stand日本橋(2016年~2017年/東京・日本橋)
・Tinys Yokohama Hinodecho(2018年~2024年/神奈川・横浜市)
・DOSAN真鶴(2022年~/神奈川・真鶴町)
・かわさきミーツ(2024年/神奈川・川崎市)
・DOSAN NRT(2024年/千葉県・成田国際空港と周辺4市町村)

暫定遊休地、負の歴史を背負ったまちの高架下、絶景スポットとして名高い無人駅の遊休地、市役所前の屋外公共空間など、それぞれの特色から活用が難しい土地、課題を抱えた土地に可動産を設置することで、人々が滞在・滞留する空間づくりを実現してきました。

DOSAN NRT実証実験中の様子@ひこうきの丘

成田国際空港株式会社と共創したDOSAN NRTでは、滑走路からの距離がわずか600mほどのところにある「ひこうきの丘」にYADOKARIのトレーラーハウスを2台設置し、トレーラーハウスに滞在する1泊2日の実証実験を行いました。

絶景スポットに設置されたトレーラーハウスに滞在するだけでなく、空港とその周辺エリアの皆様のご協力のもと、「魅力的なローカルキーマンに会いに行く旅」という付加価値を付けることで、四組の参加枠に対して全国から300人近いご応募をいただくことができました。

川口「DOSAN NRTは、「Narita Airport OPEN INNOVATION PROGRAM 2023」の一環として、成田国際空港株式会社さんと共創という形でコラボレーションさせていただきました。広大な敷地や地域プレイヤーさんとの繋がりなど、成田空港とその周辺エリアだからこそできるツアーになりました。皆様にご協力いただき、成田空港の職員さんが空港内を案内して魅力を伝えるという体験コンテンツを提供することができ、現地の”人”と出会い、時間を共にすることで、単に地域を訪れるだけでは味わうことのできない心が動く旅を作ることができたと思っています」

▼2024年5月に行われたDOSAN NRT実証実験のレポートはこちら
https://yadokari.net/wp/event/86270/

成田空港を世界一の空港にする

木川 直樹さん(成田国際空港株式会社 地域共生部 マネージャー):  大学卒業後、2000年に成田空港会社へ新卒入社。国内LCCの就航地拡大の航空会社営業、人事室での新卒・社会人採用、社費での国内MBA留学(日本ビジネススクールケースコンペティション:通称MBA甲子園で全国優勝)等、社内ジョブローテーション制度を活用し多種多様な9部署を経験。現在は、空港周辺のまちづくりや観光事業開発を担当し、昨年実施した社外企業とのオープンイノベーションプログラムで、YADOKARI株式会社との共同事業を実現。成田空港を社員・空港スタッフみんなの力で、世界一の空港にすることが夢。

続いては、成田国際空港株式会社の木川直樹さんへバトンタッチ。まずは、あまり聞くことのできない「空港会社」の仕事についてお話が。

2024年現在、日本には97の空港がありますが、民間が管理する空港、国が管理する空港、自治体が管理する空港と様々なのだそう。成田空港は、滑走路を作るところから、航空機の給油、免税店の運営など、成田空港にまつわることの多くを民間企業である成田国際空港株式会社がマネジメントしています。

4万人近い従業員を抱え、年間約4000万人が利用する成田空港。木川さん曰く、空港自体が一つのまちのような存在で、成田国際空港株式会社は「空港の大家さん」的な立ち位置なのだとか。


木川さん「我々が入社して一番最初の研修で言われるのが、『地域と空港が共存共栄していく。これなくして成田空港の成長はありえない』ということです。千葉県の内陸に位置する成田空港では、飛行機の騒音で地域の皆様にご迷惑をおかけしている事実がございます。そういった環境の中で、地域のためにできることをしていくというのが弊社の一番大切なミッションです。

成田空港は今後、更に1000ヘクタールほどの土地を買収させていただき、3本目の滑走路を建設しています。新たな滑走路の運用が始まると空港で働く従業員が現在の4万人から7万人まで拡大していく予定です。こういった変化が起きていくなかで、我々も責任を持って空港周辺のまち作りに参画しなければならない、という課題意識を持っています。

では、どうやってまち作りに参画していくのか。そのアプローチを自分たちだけで考えるのではなく、他社との事業共創を行おうと、今回社として初めてオープンイノベーションプログラムを実施しました。ありがたいことに160件以上の応募があり、その中でYADOKARIさん含め数社の企業を採択をさせていただいたというのが、DOSAN NRTの背景です」

成田国際空港(株)とYADOKARI(株)の集合写真@ひこうきの丘

さらに木川さんは、YADOKARIとの事業共創を通して得た三つの気付きについてお話ししてくださいました。

➀「変」ーいつもの場所が特別な場所に変わる
「騒音の問題もあるので、我々の発想では空港の近隣を滞在拠点にするなんてありえないと思っていました。しかし実際に滑走路のすぐそばに滞在拠点を設けてみたら、飛行機が離発着する風景、空港の夜景、そして飛行機の音すらも一つの観光コンテンツとして楽しんでいただくことができ、マイナスだと思っていたことがプラスに変わる発想の転換を体感しました」

➁「動」ー行動こそが新たな価値を生む
「我々は空港内の管理が本業のため、これまでまちづくりという文脈で地域に対して働きかけていく機会は多くありませんでした。今回DOSAN NRTのプロジェクトをスタートするにあたり、成田空港職員、YADOKARI、そして地域の皆様と共にワークショップを行ったのですが、そこで出た『管制塔横のランプタワーで地上40mのチェックインをする』という案を実際のツアーで採用しました。自分たちが動くことによって、思いも付かないような価値が生まれる、”No Action No Future”だなと感じました」

➂「人」ー人の魅力が滞在価値を2倍3倍に
「空港の周辺は、成田山新勝寺の他に有名な観光コンテンツがそれほどなく、実証実験を行う前は来ていただいた方にどれほど楽しんでいただけるだろうかと不安もありました。ただその不安は本当に杞憂に終わって、今回一緒に事業をしていただいた地域プレイヤーさんたちの魅力が、滞在価値を2倍にも3倍にもするんだということをまじまじと感じました。

人の魅力がすべてなのは空港も同じで、我々成田空港は地理的に不利な場所にありますが、人の魅力では世界トップレベルの空港になりたいと思っています。人の魅力を最大化させて、空港職員、地域の皆さんと共に、成田空港を世界一の空港にする。この思いを伝播させる重要性を、DOSAN NRTを通して再認識しました」

もっと深堀り!クロストーク

ファシリテーターを務めたYADOKARIの山下里緒奈

お2人のお話の後は、会場にお越しいただいた方からの質問も受付ながら、ざっくばらんにクロストークが行われました。クロストークの一部をご紹介します。

Q.事業共創をするなかで心が動いた瞬間は?

木川さん「成田空港の周辺は自然豊かな地域ですが、その一方で『自分たちのまちには何もない』という方も多いんです。ですが今回のプロジェクトによって、魅力的な”人”が多いことが証明されたことはとても嬉しく、感動しました。

また、空港職員は裏方で表に出ることは少ないのですが、YADOKARIさんから『空港スタッフさんも今回は表に出てみるのはどうですか』とご提案いただきました。少し躊躇する部分もありましたが、いざやってみたらスタッフは皆活き活きとお客様に空港を案内し、喜んでいただくことができました。自分たちが何もない、できないと思っていたことも、そんなことはないんだなと感じられたのが、心が動かされた瞬間でした」

Q.事業共創をしたうえで感じた、「共創」のポイントとは?

木川さん「私は共創という言葉を難しく考えすぎる必要はないと思っています。『イノベーション=新しいものを生み出す』と大きく捉えられがちですが、私は、イノベーションというのは既存の価値と既存の価値の組み合わせから生まれるものだと思うんです。

前提として自分たちの強みを正しく把握して、それを掛け算をする相手を探すことが共創なのではないでしょうか。我々は年間4000万人が利用する空港自体が強みであるし、それに対してフックとなるタイニーハウスの企画プロデュースや、たくさんの人を集めれれるメディアを持っているYADOKARIさんの価値。これが上手く掛け算されたことによって、今回は新しい価値が生まれたのだと思います」

複数の参加者さんが手を挙げ、木川さんに質問する場面も。

Q.今回の実証実験を経て、今、どんな未来を思い描いていますか?

川口「今回の実証実験では、自信を持って良いものができたと言うことができます。成田空港さんと我々の共創という立て付けではありますが、実証実験を行うにあたって、自治体の方々や地域プレイヤーの方々とも密接に関係を築いてきました。成田空港の周辺地域には本当に魅力的な方々が多いので、トレーラーハウスという強みを活かしながら、ただ飛行機を乗り降りする場所ではなく、主体的に動くことでしか得られない価値に気付いてもらえる未来を、成田空港さんと我々が中心となって描いていきたいと思っています。

僕はYADOKARIに入社して7年目になりますが、こんなに楽しく前進できた地域プロジェクトは初めてです。事業を勧めていくなかで今後もいろいろな壁に直面するかもしれませんが、成田空港の皆さんとであれば、それを乗り越えていくのは苦ではなく、楽しく前進できるだろうという期待感を抱いています」

当たり前を「動かす」ワークショップ

トークセッションの後は、3グループに分かれてワークショップを行いました。凝り固まった固定概念をほぐしながら、これまで眠っていた地域資源や、変わらないと思っていていた”当たり前”を「動かす」ことで、どんな新しい可能性が見えてくるのかアイデアを出し合います。

サンカク会議は”ネオ残業”を掲げているため、仕事のときの肩書きを脱ぎ捨て、いつもと違う自分になれるよう、前向きなギャル、小学1年生、リアクション芸人など、くじ引きで引き当てた役割になりきるロールプレイング形式でワークショップを進めていきました。

お菓子や飲みものも用意され、和気あいあいとした雰囲気で始まったロールプレイングゲーム。「前向きなギャル」役の参加者さんが「みんな何か飲み物いる?」、「そこのテーブルでやろー♪」と早速なりきって進めている場面も見られました。

➀”今”のアタリマエ

3段階に分けて行われたワークショップ。まずは成田国際空港周辺にあるモノ・コトや課題など、”今”のイメージをポストイットに書き出し、可視化する作業を行いました。

トークセッションでのお話を思い起こしたり、AIも活用したりしながら、思い思いに書き出していきます。迷ったときにはワークシートに書かれている下記の質問を参考にしながら、ワークを進めました。

どんな人・場所がある?/オノマトペで表すと?/どんな過ごし方・暮らし方ができる?/エリアが抱えている課題は?/ポジティブイメージとネガティブイメージ

➁ひらめきリレー

続いて行ったのは、ひらめきリレー。一度成田空港から頭を切り離し、「いつか移り住むまちにあったらいいなと思うモノ・コト」を30秒で1アイデア記入し、隣の人に紙を回すという作業を行いました。

前の人からひらめきを得てアイデアを重ねていくことで、徐々に既成概念に囚われない自由なアイデアが広がっていく様子が印象的でした。

➂動かしてみる

最後は、➁ひらめきリレーで出てきたアイデアで、➀のポストイットに記したような”今”のアタリマエを壊してみたら、どんなぶっとび施策・ニュースが生まれるかを考えました。

「わざわざ来たくなる場所にするにはどうしたら良いんだろう?」と話し合ったり、「滑走路を使ってどんなスポーツができそう?」とそれぞれのキャラクターになりきって自由に発想を広げてみたりと、各チームそれぞれのやり方でアイデアを掛け合わせていました。

そのなかから特におもしろかったぶっとび施策を選び、「20××年の未来に名誉ある賞を受賞した、成田空港周辺エリアのビッグニュース」という設定で、架空の「サンカク新聞」を作りました。

サンカクアワード

最後は各グループのサンカク新聞を発表!個性的で自由なぶっとびアイデアが飛び出しました。例えば、、、

<眠らないまち・成田>
騒音問題を逆手にとり、夜の滑走路で歌って踊るイベントを開催。うるさいまち・眠らないまちとして成田をおもしろがろう!

<天に旅立つ地域・成田>
多様な人がいる成田で人生最期の時間を過ごしたい!「旅に出ること」と「この世を去ること」のダブルミーニングで、「旅立つまち」として成田をアピール。多様な国の人と交流したり、多国籍のご飯を食べたりして、最期の時間を楽しむ。旅立った後は、成田発の飛行機で散骨をする。

<滑走路で大運動会>
広大な敷地を使って運動会を開催しよう!飛行機同士で綱引きをしたりと、空港ならではのの競技をやってみたい!

各グループの個性的な発表のなかから、木川さんが最も良いと感じたアイデアが「サンカクアワード」として表彰されました!選ばれたアイデアは……

<ナリコレ~成田コレクション~>
滑走路をランウェイに見立てて、パリコレの次を行く「ナリコレ」を開催。
成田は宇宙旅行の出発地にもなっていくだろうという未来予想図から、「空港から宇宙へ」というコンセプトのもと、人間のモデルだけでなく、宇宙から来た全生命体が滑走路を歩くコレクションを行う。

木川さんは、「どの案も非常に面白かったですが、きっと近い未来は、我々は世界だけでなく宇宙も目指しているはずなので」とサンカクアワード選考の理由をお話してくれました。

交流会

イベントが終わった後は、木川さんやYADOKARI社員も含めた交流会を開催。なかには「新入社員で、先日マナー研修で名刺交換を習ったばかりなんです」という方が木川さんに名刺を渡してお話する場面も。

「なんで参加したんですか?」、「お仕事は何されてるんですか?」など皆さん積極的に言葉を交わし、年齢や職業が異なる人々が集まる「ネオ残業」を楽しんでいました。

肩書きを飛び越えて、自由にアイデアを羽ばたかせた第3回目の未来サンカク会議。この時間をきっかけに新たな「共創」が生まれるかもしれない。そんな期待と共に、ネオ残業の幕が降りました。

取材・文/橋本彩香

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ここは南半球、オーストラリアの東側に位置するニュージーランド。
少し前にラグビーW杯のためオールブラックが注目されたが、「人口より羊の方が多い国」としても知られている。

日本と似たような形で北島と南島に分かれており、日本と同じ島国で基本的にどの場所でも海に近い。

今回のタイニーハウスはその東、太平洋側の海岸線沿いの近くに佇み、松の森に囲まれながらひっそりと丘の上にその姿を表す。

このタイニーハウスの名前はオーナーの名前を取り「Cherry Picker tiny house(チェリーピッカータイニーハウス)」。
ここは誰かの住まいとしてではなく、多くの人がミニマルな住まいを体験できる長期滞在者向けのゲストハウスとして建てられた。

豊かな空間で見たい景色を捉えるために

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家の大きさは約22.3平方メートルほどとタイニーハウスらしく、こじんまりとしている。

外壁は黒く塗られた軽量のビニル材で壁を貼り、端にアクセントとして白く塗られた杉材を使い、窓のフレームや入り口のフレームとして使っている。そして屋根は赤色の波状の金属屋根で、色の組み合わせも独特で楽しい。

また「Cherry Picker tiny house」は、建てる場所にもこだわり、自然を見渡せる丘の上に建てたのだという。

しかし小高い丘の上に建てられていると、景色が良くなることがメリットとなるが、逆にデメリットもある。例えば、遮るものが何もない高い場所では風が強く吹きやすいなど、自然から受ける影響がとても大きいのだ。

今回のスモールハウスでもそれは例外ではないが、後ろの玄関部分をあえて隠してシェルターを作ることで、強風の影響を緩和している。

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そしてこのタイニーハウスは、日当たりや景色の見え方を考慮して、窓を取り付けている。

家の玄関を北向きに設置することによって日当たりの良さを良くする工夫がなされ、計算され取り付けられた窓から入る光に溢れ、白い清潔感が漂っている。

見たい景色や身を置きたい空間の雰囲気を考慮して、建物を配置する場所、窓を設置する場所などをフルカスタマイズできることは、タイニーハウスの大きな魅力の一つだろう。

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中に入ってみると清潔感がありつつも木のぬくもりが感じられ、ここでの快適な生活が想像できる。

内装の壁は白い合板を使い、安心感が感じられる。木材の温かみを出しつつも、清潔感を出すのに最適だ。

狭さが生み出す人への優しさ

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ミニマルな空間であるものの、中にはキッチンもあり、冷蔵庫、シンク、コンロもあるので生活に必要なものは全て揃っている。キッチンが備わっていれば、タイニーハウスでの暮らしに初めて挑戦する人にとっても安心感があるだろう。

階段は収納スペースとしても活用されている。小さな空間ではあるものの、限られたスペースを最大限に活用することで、生活に必要なものをしっかり準備した上でゲストを迎えることができているという。

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この収納スペースも兼ねた階段を上がった2階部分、つまりロフト部分は寝室となっており、ダブルサイズのベッドがすっぽり入るほどの大きさだ。

ベッドの枕部分に窓、そして天井を見上げれば天窓が付いている。
眠りにつくときは綺麗な星空を見ながら眠りにつき、朝が来れば朝日の光がまぶたの上に自然と落ちてくるため、寝起きが悪い方でもすっきりと起きることができる。

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また、ベッドは2階部分だけではなく、このソファーも引き出せばベッドに変身するため、
お年寄りや足が不自由な方など、階段を上るのが難しい方でも安心して滞在できる。

狭い空間で快適に過ごすための工夫が、バリアフリーな空間づくりにも寄与しているのだ。

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ゲストからは、「実際に暮らしてみると、約22.3平方メートルほどとは思えないほど広々とした生活を送れることに気づいた」との声が上がっているという。

様々な要因が考えられるが、一つはこの家を囲んでいるテラスにあるだろう。この木製テラスは側面の4面のうち2面を囲んでおり、お茶をしたり、ダイニングスーペースとして使えるだけではなく、例えばヨガなどの運動をやるなどいろいろな使い道を考えることができる広さがある。

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ここにはシャワーも取り付けられているので、アウトドアで自然を感じながらシャワーを浴びることができる。このシャワーとデッキを活用すれば、子供向けのプールやテントサウナを設置したりなど、趣味を楽しむ場や、大切な人との思い出作りの場としても活躍するだろう。

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ミニマルであることが、かえって暮らしを贅沢に、そしてぬくもりが溢れる、人に優しい住まいをつくる。そんな暮らしの在り方を教えてくれているのが、この「Cherry Picker tiny house」だ。

ニュージーランドにはオーストラリアと似たようなタイニーハウスのカルチャーが根付いており、ニュージーランド独特の牧歌的な雰囲気で暮らす生活はまた味わい深いものとなる。
そんな生活を気軽に体験することのできる「Cherry Picker tiny house」のようなゲストハウスがあることは、このようなカルチャーが世代を問わず人々から愛され、守られ続けている理由の一つだろう。

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via: busyboo.com

写真から見てとれる印象は、まるで木製のコンテナボックス。何を運ぶためのコンテナなのかと見まがってしまう。その正体はプレハブ住宅「The Kensington Residence」である。同じような外観の多いプレハブ住宅だが、シンプルながらも、木のぬくもりを感じさせてくれる。 (さらに…)

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