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より良い組織づくりや経営、自己変容を求めて企業経営者が多く集う「天外塾」の塾長 天外伺朗さんお迎えし、YADOKARI共同代表のさわだいっせいと上杉勢太が生き方のコアに迫る鼎談。後編では、天外さんの新著*①で語られているインディアンの叡智が導く意識変容と、予測不可能な世界の中での経営者の在り方について伺う。

*①:『「鳥の瞑想」で開く第三の視点とメタ認知の奇跡』天外伺朗著(明窓出版)


天外伺朗(てんげしろう)

工学博士(東北大学)、名誉博士(エジンバラ大学)。
1964年、東京工業大学電子工学科卒業後、42年間SONYに勤務。上席常務を経て、ソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所(株)所長兼社長などを歴任。「CD(コンパクトディスク)」とAIロボット「AIBO」の開発者としても広く知られる。現在は医療改革や教育改革に携わり、瞑想や断食を指導。企業経営者のためのセミナー「天外塾」を開催。著書に『実存的変容』、『あけわたしの法則』、『自然経営』(武井浩三共著)、『ザ・メンタルモデル』(由佐美加子共著)等多数。インディアンの叡智から生まれた最新刊『「鳥の瞑想」で開く第三の視点とメタ認知の奇跡』では中高生に向けて瞑想を指南。更に2025年9月には『コミュニティ“多様性”の源泉にふれる』も出版。

*②:フレデリック・ラルーが著書『ティール組織』で「5つの組織モデル」として表した、組織の進化の段階を色と共に示した概念。詳しくは前編で解説

オレンジ社会を超えていく「存在のレベル」

さわだ: 天外さんは、変容して「真我」に気づいていくということと、資本主義社会との関係についてはどのように考えていますか?

天外伺朗さん(以下敬称略): 資本主義という言葉はあまり的確じゃないかもしれないね。「オレンジ社会*②」と言った方がいいかもしれない。オレンジの特性は合理性や効率、成果主義、競争。

意識の変容に伴って、変容前の「生存のレベル」から、変容後は「存在のレベル」になるんだけど、生存のレベルというのは能力や貢献、やる気など現在の社会の他人からの一般的な評価で測られる。存在のレベルになるとそういうものはどうでもよくて、「存在しているだけで価値がある」となる。

僕が見る限りそれを実現しているコミュニティは今の所二つしかなくて、神戸の「はっぴーの家ろっけん」(認知症の方々のシェアハウス)と北海道の「べてるの家」(統合失調症などの精神障がいを抱えた方々の活動拠点)。ここへ行くともう貢献も能力もへったくれもない。「存在を尊重する」という社会がここにある。

変容していくと、「こうあるべきだ」と、その逆の「こうあっちゃいけない」の両方がなくなっていきます。そうするとどんな社会になっていくかというと、法律に頼らなくなっていく。今は法律を基準に正義と悪、良い人と悪い人を分け、裁判所で秩序を保っていますが、その概念はなくなる。存在そのものを尊重する社会では民間の紛争解決サービスがたくさん出てくるだろうと思います。

今回の本の中でもインディアンの長老のエピソードでそれを描いているんだけど、インディアンの世界では紛争が起きると、当事者は長老の所へ行く。長老と争いの当事者二人とでスウェット・ロッジという、母なる大地の子宮をかたどったドーム状の真っ暗なテントの中に入り、焼けた石を中央に据えて時折水をかけながらセイジ(薬草)を焚き、猛烈な熱さの中で祈り続けるということをする。長老が紛争当事者を裁くのではなく、当事者と一緒に「創造主」に起きていることを報告し、延々と祈ることで紛争を解決するんです。

ここで何が起きているのか、なぜ紛争が解決するのかというと、それがこの本のテーマでもある「メタ認知の獲得」です。紛争の当事者は、最初は「自分の視点」からしか物事が見えていなくて互いに相手が悪いと争っていたわけだけど、祈りを続けていくうちに「相手の視点」や「長老の視点」、ひいては「創造主の視点」まで加わってくると、エゴ剥き出しの闘争心は入り込む余地がなくなる。「創造主の視点」は「究極のメタ認知」なので、これを獲得すれば紛争なんかなくなるわけです。

コミュニティ・ソースに必要な、場を「ホールドする」力

上杉: スウェット・ロッジでのインディアンの長老は、紛争当事者を裁く役割ではなく、彼らがより高次の視点から起きていることを見る「メタ認知」を獲得するためのファシリテーター。これに関連して、「場をホールドする」という概念について教えていただけますか?

天外: インディアンの世界には「ビジョンクエスト」と言う儀式がある。部族の男子が15歳になると、寝袋とコウモリ傘一つだけ持って、三日間断食しながら山に籠り、その土地の精霊とつながる。それが大人になる儀式なんだよね。

その時に少年は山に登るんだけど、長老はふもとで「ホールドする」のが原則。これを言葉で説明するのは難しいんだけど、強いて言えば、意識を広げて、ビジョンクエストの場に邪悪なスピリットが入ってこないようにキープするということ。これはコミュニティ・ソースの在り方として最も大切だと僕は考えている。

この長老の結界はかなり強力で、例えば毒蛇が出たとしても、大抵は結界の縁に沿ってどこかへ行ってしまう。ところがもし結界の中に入ってきたとしたら、それは創造主のお使いだから噛まれて死んでも運命だと彼らは考える。そういう命の危険がある状況の中でビジョンクエストに挑む少年の安全が確保できるように、長老が「意識でもってカバーする」ということだね。

天外塾ではこうしたインディアンの叡智のエッセンスなども取り入れているんです。言語やロジックの世界だけで閉じてしまわないように、僕は言語じゃない領域も大事にしたい。

会社のトップも、この長老と同じなんだよね。「場をホールドする」というのが最も大きな役割。

さわだ: 目には見えないものかもしれないけど、その意識が大切なんですね。

「多重の我」の図。私たちの自我は多層構造になっており、本質である「真我」は最奥にある。出典:『「鳥の瞑想」で開く第三の視点とメタ認知の奇跡』天外伺朗著より

「変容」すると結果に執着しなくなる

さわだ: 資本主義の中で僕らは成長を目指していますが、そのこと自体がオレンジ社会のものでしかないというか、そこに天外さんはもうあまり希望を持っていないのですか?

上杉: YADOKARIはオレンジ社会の過剰な経済的合理性に疑問を持つ所から始まって、思想を伝えながら10年くらいやってきましたが、社会はあまり変わっていないということにさわだは落胆しているんです。でも思想ばかり語っていても仕方がないから、一度ちゃんと資本主義社会の中で素晴らしい商品やサービスを作るということをやってみようと資金調達をし始めた。そしてありがたいことに少しずつ会社は成長してきていますが、一方で組織の進化やメンバーの本来性の発揮みたいなことを考えると、結局YADOKARIもオレンジ社会の多くの会社の二の舞になるんじゃないか、という話です。

天外: よく、社会改革に走っている人が、資本主義と戦ってしまってるじゃない。それは「これが正義だ」という幻想の中で、「虚飾の我」と戦っている状態。それじゃあ社会は変わらない。

さわだ: 資本主義の枠組みで考えれば考えるほど、「戦う」という姿勢になっていればいるほど、ティールのような組織を作ろうと思ってもできないし、「やり方」に走っている気がして。

天外: 「戦う」というのがオレンジの特色なんだよ。戦っているうちはオレンジから出られない。オレンジから脱出しようとしているのに、オレンジの方法論ではダメなんだよね。

さわだ: とすると、結局は組織の「在り方」が大事になってくる中で、鍵になるのは経営者の変容だと思うんですが、やはりトップが変容することは、組織全体の進化に大きく影響しますか?

天外: トップが変わることが大きいよね。メンバーからのボトムアップで、というよりはトップが変わらないと組織は変わらない。そこに「やり方」はない。今、天外塾でやっている変容も「こういうふうに変わりましょう、ああいうふうに変わりましょう」は一切ない。目標を作っている時点で前のパラダイムから出られないからね。

そうじゃなくて、「ひとりでに、どこにいくか分からないけどどこかに行きます」という世界。まずは自分が「戦っているんだ、戦いの世界にいるんだ」ということを知り、そこから一歩出てみることだよね。

上杉: それで僕は戦いをやめるためにスートラを唱えて、起きてくる事象をただただ受け入れて、YADOKARIのみんなも戦いを手放していけるように、一人一人のパーソナルミッションを掘り出したり、生まれてきて何をしたかったのかみたいなことを対話したりしています。もちろん事業成長プロセスの中にはあるけれど、そこは変容していくための手段で、究極を言えばYADOKARIがなくなったとしても、ここを通過して巣立っていったメンバーの変容に関わることができたらそれでいい。そんな視点で物事を見ようかなと最近は思い始めています。

とは言えスートラを唱えていたら、事業やプロジェクトがぐんぐん進んだり、進退の動きが大きくなったり、若手が頑張ってくれたり。このエネルギーを大事にしていこうという心境です。戦いに囚われている「虚飾の我」…僕も含めて天外塾に来ている経営者の多くもこれに捕まっているんだけど、それを手放して行くために、とりあえずスートラを唱えるという感じです。

天外: 今の上杉くんの話を聞いて分かるのは、「結果に対する執着」がなくなってきているでしょう。これがポイント。結果に対する執着を持っているうちはオレンジ。それがなくなってくると、だんだんティールに近づいてくる。

そうすると「責任」というものがなくなる。責任は結果に対する執着から出てくるわけだから。ティールになると責任という概念がなくなる。だから「ティール組織にしましょう」なんて言っているうちはできないんです。けっこうすごい変革なんだよ。

著書:「鳥の瞑想」で開く第三の視点とメタ認知の奇跡-たった10分の積み重ねが人生を変える-インディアンの古代の叡智と現代科学が融合した軌跡の瞑想メソッド。著者が40年の探求で到達した究極の自己変容の技法

ガソリンエンジンで走るか、モーターで走るか

天外: 戦いが悪いわけじゃなくて、そこにはオレンジの確固たる世界がある。それを否定してしまうと「戦い」になってしまう。否定しないで、それはそれでちゃんとやればいい。

僕は「ガソリンエンジン」と「モーター」という喩えをしています。ガソリンエンジンというのは、自分がネガティブのレッテルを付けたエネルギーで、恐れと不安に駆られて動いている。一方で「真我」のエネルギーで動いているのがモーター。オレンジ社会では大体みんな、ガソリンエンジンで走ってのし上がっていくんだけど、天外塾ではガソリンエンジンの回転数をだんだん落としていくから、モーターが回り始める前はすごく不安定になるんですよね。やる気がなくなっていったり、鬱っぽくなったり。

さわだ: 必要以上に対比させすぎていたのかもしれないと思いました。資本主義と、僕らが大事にしていきたい本来性や世界観とを。どう両立させていけるのか対立構造で否定的に考えすぎて、使わなくていいエネルギーを使ってしまっていたのかも。

天外: うん。資本主義にしても、オレンジ社会の戦いにしてもそうだし、みなさんがよく陥るもう一つの強い囚われは、「優れた組織は自律分散型じゃなきゃいけない」というもの。ヒエラルキーがあってもいいんですよ、ワンマン組織だって僕は決して悪くないと思う。どの組織形態が優れているかで戦ってしまったら、また本質とは違ってしまうよね。今いる人たちにとって居心地の良い組織はオレンジかもしれないし、アンバーかもしれない。ワンマンでも、そのワンマンの人の意識が変わってくると素晴らしい組織になる。儒教の思想はそうだよね。

上杉: 僕ら二人のこれまでの歩みは、怒りから始まった戦いの繰り返しだったから、僕らが怒りを手放していった時に会社はどうなっていくのかなと思います。想像もしていなかったことが起きるんじゃないかって。

今は、会社に流れている新しいエネルギーに乗りながら、いかに自分も良いエネルギーを保てるかということを考えています。戦いのエネルギー、つまりガソリンエンジンを使うと一時的には大きな力が出るんだけど、その後で疲弊しているのを感じたりもするので。

天外: 戦いのエネルギーは「生命を維持する」エネルギーなんだよね。だから戦いのエネルギーと戦っちゃいけない(笑)。要するにちゃんと「意識して」ガソリンエンジンを使えるようになればいい。全体をガソリンエンジンが支配しちゃうと今までの二の舞になってしまうけど、モーターの方が支配している中で、使える所はガソリンエンジンも使っていけばいいんです。

上杉: なるほど。

「フロー」は変容の一つのプロセス

さわだ: 「変容」は、スートラを唱えること以外でも起きることはありますか?

天外: うん。いくつかパターンはあるけど、いちばん大きいのは「死」との向き合い。だから名経営者といわれる人は死と直面した経験を持つ人も多い。他に「擬似的な死」というものもあって、会社が潰れるとか、リストラに遭うとか、親しい人の死などもそう。

さわだ: 会社の中ではどうやって「変容」を起こしていけばいいんでしょう? 僕らはパーパスを「生きるを、啓く」と定めて、自分らしい在り方・暮らし方・価値観に気づいてそれを伝播させていく、ということを言っているんですが、そこにもYADOKARIに関わる人たちに「変容」していってほしいという願いが込められているんです。でも、今日の話からするとそれはもう「願いすぎ」だし「戦っちゃってる」ということですよね(笑)

天外: 全般的に、資本主義を毛嫌いして戦っている人が多いかもしれないね。戦いのエネルギーをうまく使えるようになるといい。そういう人たちにこの話が少しでも伝わってくれるといいけどね。

上杉: いわゆる「フロー*③」のエネルギー、「熱中している」状態が会社の中で起きるとどうなって行くんでしょうか? それもどこに行こうが結果には執着せずに、ということかもしれませんが。

天外: それはまさに創業期のSONYがそうだったね。フローに入る人がたくさんいた。フローというのは、ずっとフローでい続けることはできないんだけど、会社全体としてフローになりやすい雰囲気にすることはできる。いつも誰かがどこかでフローの状態になっていて、プロジェクトが動いていくという感じだね。

*③:心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した「フロー理論」(人が夢中になって物事に取り組む状態)を組織運営に応用した経営手法が「フロー経営」。天外氏は、創業期のSONYがまさにこのフロー経営の実践例であり、社員が自由と自主性を持って働ける「安心安全の場」を作ることで、イノベーションや高い成果が生まれるとして、「天外塾」などの場を通じて、多くの経営者に「管理型」から「フロー型」へと意識を転換することの重要性を伝えている。

上杉: そういう状態に、YADOKARIもこれからの一瞬一瞬になっていけたらいいなと思っています。

さわだ: 僕も元々デザイナーで、良いものを作りたいという思いはずっと変わらずあります。現在のプロダクトはまだまだ改善していく余地があると思っているので、いかに「タイニーハウス」にみんなが夢中になり、創造性を発揮して取り組めるようになるかということをマネジメントしていきたいと思っています。

天外: 「クリエイトする」というのはフローに入りやすいよね。

さわだ: フローに入るのは、やはり自分のやりたいことというか、内発的な動機と結びついている時でしょうか?

天外: フローはただ「夢中」になればいい。夢中になって、ただただ一生懸命それをやればいい。SONYでコンピューター作っていた時もね、みんな仕事が面白くて、会社に一緒に泊まり込んでやっていたんだよね。今は時代的にもとてもやれないと思うけど。それはただ「面白い」からなんだよね。

さわだ: それは良いものが生まれますね、間違いなく。

天外: フローも「変容」の一つのプロセスなんだよ。創業期のSONYはフローに入った人が次のリーダーになって伸びていった。成長するんだよね、フローに入ると。

混沌の中でどっかりと座っていること

さわだ: いい循環が生まれていくんですね。夢中になってやって、それが成果を上げて、みんなにも認められて、また次に進んで…というふうに。

上杉: 12年前の僕らの創業期、アーティスト活動をしていた頃は資本主義への怒りしかなくて、その戦いのエネルギーで今まで走ってきたんだけど、その怒りを手放せば手放すほど会社の中に新しいエネルギーが満ちてきているような気がする。自分たちの中にある怒りのエネルギーに向き合いつつ、お互いに手放していくプロセスを見守りながら、ここからの10年をまたやっていくという、そんな心境ですね。

天外: 変容していく過程で、ガソリンエンジンが回転を落としていって、モーターが回り始める前に、すごく不安定になる時期が来る。会社のトップやメンバーがその時期を迎えた時、周りはただそれを見守ってやるということですよね。僕は変容をお手伝いすることはできないけど、その不安定な時期を支えるのが塾長の役割だと思ってる。

そして、変容は一度起きたら終わりではないんです。どこかに素晴らしい安定した状態があるのではなく、人生は混沌としていてぐちゃぐちゃで、いろんなことが起きていくのが当たり前。でもその混沌の中で、混沌をものともせずにどっかりと座っている、というのが大切なことです。

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「戦いのエネルギー」であるガソリンエンジンで走る世界から、自分の「真我」(本来性)によるライフミッションに従ってモーターで動く世界へ。蛹が蝶になる「変容」とは、合理性や効率・成果で判断するオレンジの社会から、「存在そのもの」に価値を置き、正義で裁かず結果に拘らない社会へと進化すること。戦いのエネルギーすら否定することなく、一つ上の視座から時には戦いのエネルギーもうまく使いながら、自分のライフミッションと会社の事業、そしてフローの結節点で駆動していく。

そこに「やり方」はない。それはトップやメンバー自身の「在り方」が変わった結果でしかない。YADOKARIは本当にそんな組織であることができるだろうか?

ただ、これだけは言えるのではないかと思うのだ。混沌の中で、自分の本来性に出会おうと求め続け、またトップや仲間がそれを求めようとするプロセスを不安定さも含めて互いに見守り支え合いながら、代わるがわる熱源となり、小さな暮らしの自由と豊かさを世界に実現し続ける。YADOKARIとはそんな、果敢な創造性に満ちた集団であり、稀有なサンガであると。

前編を読む>>

文/角 舞子

YADOKARIと共振共鳴し、新たな世界を共に創り出そうとしている各界の先駆者やリーダーをお迎えして、YADOKARI共同代表のさわだいっせいと上杉勢太が生き方のコアに迫る鼎談。今回は、上杉も参加している企業経営者のための学びの場「天外塾」の塾長 天外伺朗さんだ。2025年4月に上梓された新著*①も紐解きつつ、前編では経営者自身の変容の重要性と企業にもたらされるものを探る。

*①:「鳥の瞑想」で開く第三の視点とメタ認知の奇跡』天外伺朗著(明窓出版)

天外伺朗(てんげ しろう)

工学博士(東北大学)、名誉博士(エジンバラ大学)。
1964年、東京工業大学電子工学科卒業後、42年間SONYに勤務。上席常務を経て、ソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所(株)所長兼社長などを歴任。「CD(コンパクトディスク)」やAIロボット「AIBO」の開発者としても広く知られる。現在は医療改革や教育改革に携わり、瞑想や断食を指導。企業経営者のためのセミナー「天外塾」を開催。著書に『実存的変容』、『あけわたしの法則』、『自然経営』(武井浩三共著)、『ザ・メンタルモデル』(由佐美加子共著)等多数。インディアンの叡智から生まれた最新刊『「鳥の瞑想」で開く第三の視点とメタ認知の奇跡』では中高生に向けて瞑想を指南。更に2025年9月には『コミュニティ“多様性”の源泉にふれる』も出版。

YADOKARIの出発点と現在地

上杉: 元々天外さんの著書に出会ったのは18歳の頃でした。それから著書やメルマガなどほぼ拝読しています。そんな中で以前、YADOKARIで対談した『自然経営』の武井浩三さんからのつながりもあり僕も「天外塾」で学ぶようになり、今日は天外さんとの対談を迎えられて光栄です。初めにYADOKARIの歩みや現在地をさわだから。

さわだ: YADOKARIは2013年に創業して、可動産や多拠点居住などの新しい暮らし方を提案するメディアと、タイニーハウスのプロダクトを製造・販売、ビレッジ開発する事業を展開しています。

僕自身は、3.11がきっかけで人生が変わりました。姫路市の出身で、ビッグになりたい、お金持ちになりたいとミュージシャンを目指して10代の時に東京に出てきたのですが、東日本大震災による津波でたくさんの家が流されている光景を目の当たりにして衝撃を受け、価値観が変わりました。明日はどうなるか分からない、人生を変えようと、家族ができたり子どもが生まれたりするタイミングで東京から逗子へ移住しました。

その頃、「タイニーハウス」というカルチャーに出会いました。アメリカのリーマンショック後に始まった、住宅ローンが払えなくなった人たちが集まり、自分たちで小さな家やシャーシの付いた動く家などを作って暮らすというムーブメントです。震災後、改めてコミュニティの大切さや、お金だけでは買えない心の豊かさが重要だと感じ、メディアで発信し始めました。

最初の5年ほどは、どちらかというとアンチ資本主義的な活動やアーティスト活動に近い表現活動をしていました。ディベロッパーや電鉄が所有する建設前の暫定地や電鉄高架下などの遊休地にタイニーハウスを設置して交流拠点をつくるような活動もしていましたが、そうした活動だけでは日本の中で僕らが提案したい暮らしや哲学はなかなか広がっていかないと感じていました。そこで、やはりタイニーハウスというプロダクトを販売することに本気で注力しようと、3年くらい前にベンチャーキャピタルから資金を調達し、ビジネス面でも成長を目指すようになりました。いろいろな人たちの応援、経営指南を頂きながら今に至っています。

僕らが事業基盤の成長の手段としてIPOも視野に入れている話を上杉が天外塾でした時に、天外さんから「それはちょっと欲が出ちゃってるかもね」みたいなことを言われたと聞いていますが、どういう意図でそうおっしゃったのかなと。その辺りから今日はお話を伺いたいです。

天外伺朗さん(以下敬称略): うんうん、なるほど。天外塾ってどういう感じに見えてるんだろう?  わけの分からないことをやっている集団?(笑)

上杉: 僕は「天外塾」と「企業経営の新しい潮流セミナー」の2つに参加させていただきましたが、経営者を中心とした塾生が自分に起きた危機・クライシスを共有して、それを天外さんが面白がってくれて過去の経営者のパターンから様々なフィードバックをもらいながらも「Doing(やり方)」に答えを求めることを手放す学びとして「スートラ*②」を唱え、虚飾の我に直面しながら本来の「Being(在り方)」の流れに少しづつ乗っていく。そうするといろんな事象が起きて人生が変容していくという(笑)、すごくシンプルに言うとそんな感じ。

僕が天外塾で学び始めて1年になりますが、その間に会社のメンバーの入れ替わりの大きな変化があったり、若手メンバーが積極的に活躍してくれたり、業績が下降するかと思いきや、大きな受注が決まったりと動きが激しいです。僕はずっとスートラを唱え続けていて、今2万回くらいになっています。

…って、これじゃ怪しすぎて、全然分からないですよね!(笑)

*②:スートラは意味を含む詩句。マントラが音の響きに力があるとするのに対し、スートラは教えを伝えるもの。どちらもサンスクリット語。天外塾ではスートラは「祈りの言葉」と捉えている。

ティール組織は目指した時点で失敗する

天外: じゃあ、その辺りの話からしようか。ティール組織というのは今、非常に流行っているんだけど、天外塾に来る人は、「ティール組織をやろうとして失敗しました」という人が多いんです。ティールは目指したら絶対うまく行かないと僕は思う。「じゃあ、どうしたらいいんですか?」と聞かれるんだけども、その質問の裏に何があるかというと、「こうすればティール組織になりますよ」という答えを求めているわけで、それを求めた時点で絶対ティールには行かないんです。

なぜかと言うと、基本的に経営も組織もコミュニティも同じですが、「Doing(やり方)」ではなく「Being(在り方)」だから、教わってできるものではないんですよ。

『あけわたしの法則』という本でも書いているけど、「あけわたしスートラ」というのがあって、それを唱えていると「明け渡し」という意識の受動的な変容が起こる。「自分を明け渡す」とどうなるかという一つの事例なんだけど、湯河原で「ご縁の杜」という旅館の女将をしている深澤里奈子が天外塾に来て、かなり苦労して明け渡しを達成した。そうすると何が起こるかというと、めちゃくちゃ運が良くなるんです。要するにトントン拍子に物事が進むようになる。

著書:「あけわたしの法則」「努力で勝ち取る“古典的成功”は、川の流れに逆らい泳ぐようなもの。本書が誘うのは、実存的変容を経て“宇宙の流れ”に身を委ねる“宇宙的成功”。湯河原『ご縁の杜』女将・深澤里奈子さんの蝶のような飛躍を追体験し、あなたも力を抜いて人生が開く瞬間を味わってください。」

彼女の場合は、当時雇っていた料理人とトラブルがあり、次の料理人を決めないまま、ミシュラン星付きのその人を解雇しちゃった。でもそこで旅館をガラッと切り替えて、リトリート施設として1ヶ月後に再出発すると宣言した。それは彼女が瞑想の結果得た「ライフミッション」に沿って生き始めたから至った決断で、従来の経営ノウハウから言えばめちゃくちゃなんだよね。

ところがそこからシンクロニシティ(共時性)がどんどん起きた。これが「明け渡し」の特色。その時旅館にアルバイトに来ていたある女性が、実はヴィーガン料理の達人で、4ヶ月後に淡路島で自分でリトリート宿をやろうとしていたんだけど、「プロジェクトがなくなってしまったので、もう少しここで働かせてください」と言ってきた。料理人の解雇から5時間後の話。そして「ご縁の杜」は成功していった。これが共時性ということです。示し合わせたような偶然が次々と起きていく。

でもね、深澤里奈子のこの話を聞いて真似しようとする人が出てくるだろうけど、それではみんな失敗するんです。なぜかと言うと、先ほどのティール組織の話と同じで「明け渡し」というのもBeingであって、Doingではないからです。「こうすると明け渡しできますよ」ということではないんですよね。深澤里奈子はそこで意識の変容が起きて蛹から蝶になったのだけど、真似する人は蛹のまま落っこちてしまう。そうならないようにと、本の中ではページを割いて注意しているんだけどね。

だから上杉が今どの辺まで行っているか分からないけど、「スートラを唱えていくと運命に乗っていけるようになる」という、極めて怪しい塾です(笑)。

*フレデリック・ラルーの5段階の組織の進化図

「やり方」に走っても変容は起きない

さわだ: 上杉がスートラを唱え続けて変容し続けていったら、YADOKARIは成長できますかね?

上杉: YADOKARIの事業成長プロセスでのステージがどうなっていくのか、天外さんは面白がって見てますよね。

天外: うん、IPOも目標立ててこうしてああして…という「やり方」だから、ライフミッションからの動きとは矛盾する側面もある。「やり方」に走ってしまうと「在り方」がお粗末になってひっくり返ることもあり得る。「在り方」にしっかり接地しないと僕がお伝えしているような経営にはならない。

もちろん「やり方」の経営は全く悪くなくて、世の中の経営学のほぼ全てが「やり方」です。組織モデルの概念で言うと、オレンジの世界*③にできたのが経営学。「引き寄せの法則」やナポレオン・ヒル、カーネギーなどもそう。「正負の法則」も同様、目標を作ってそこへ向かうものだから、僕の言っていることと逆なんです。

*③:フレデリック・ラルーは著書『ティール組織』で「5つの組織モデル」として、組織の進化の段階を色と共に表している。
1.レッド組織(衝動型):マフィア、ギャング、古代の部族社会/「力」が全て。リーダーが支配/恐怖・命令・力
2.アンバー組織(順応型):軍隊、官僚制度、宗教組織/「ルールと役割」が大切。命令系統がピラミッド状/規律・安定・伝統
3.オレンジ組織(達成型):大企業・グローバル企業/「目標を達成すること」が最優先。競争と成果主義/効率・イノベーション・出世
4.グリーン組織(多元型)/NPO・協同組合・ホスピタリティ重視の会社/「人間らしさ」や「みんなの意見」を大切にする/共感・平等・参加
5.ティール組織(進化型):Buurtzorg(オランダの訪問看護)、パタゴニアなど/「自己の内なる声」に従って動き、上下関係がない/自己マネジメント・目的の共有・進化

でもそれが間違いだということではなくて、カーネギーの方法論も有効です。蛹の時代に目標を作り、それに向かって努力する。そうすると結果としては、「大きな蛹」になれる。でも「蝶」にはならない。変容は起きないんです。

大きな蛹になることで、偉くなれるかもしれないし、お金も入ってくるかもしれない。世の中から称賛されるかもしれない。しかし社会的成功は何の意味も持っていないと僕は思う。僕は30代でCD(コンパクトディスク)やAIBO(アイボ)を発明して、世の中にものすごく称賛され、一般的に言えば成功者になったのだろうけど、その時も一向に心の安定はなかった。恐れと不安に囚われて「もっと成功しなきゃ」と走り続けている状態だった。だから今、そういう状態から「明け渡し」の状態へ行くということを、天外塾ではお伝えしているんです。

上杉: まずは実践からと、スートラを毎日唱えています。朝108回、寝る前に108回。マントラを唱えて瞑想状態に入ってからスートラを唱える。それを続けていると、先ほど天外さんが「ライフミッション」とおっしゃっていたものを、僕らの会社では「個の本来性」と呼んでいるんですが、それを取り戻していくような気がします。

(※個の本来性という言葉は立石氏から教えて頂き活用させて頂いてます

否定的な信念を確認し続けるだけの人生に陥らないために

天外: 人間には基本的に「ニーズ」というものがある。その人のいちばん奥に行くと、その人の持っている「欲求」が見えてくる。そのニーズは階層構造になっていて、最奥にあるのが「真我(アートマン)」。そこまで行き着くと「ライフミッション」が出てくる。

一緒に本を書いた由佐美加子はピーター・センゲのメンタルモデル*④を追求していて、人は「痛み」を避けるために、痛みを説明するための否定的な信念体系を構築し、それが4つのメンタルモデルに収束するというのが彼女の理論。

著書:「ザ・メンタルモデル痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー」 は、組織開発ファシリテーターとして1,000人以上の悩みと信条に耳を澄ませてきた由佐美加子氏と天外伺朗氏らが、人間の“内的世界の設計図”を可視化した一冊です。
本書で提唱されるメンタルモデルは〈外界の出来事はすべて自分の内側から創り出されている〉という仮説を核に、思考・感情・行動の連鎖を体系化。自らのモデルを認識し、痛みを起点とする分離のパターンを統合へ書き換えることで、不本意な現実に振り回される人生を卒業し、「本当に創りたい世界」を自らの手でデザインできる。そのプロセスを具体的な事例とワークで示します。ビジネスリーダー、教育者、自己探求者まで、変容を求めるすべての人へ。内面というテクノロジーをアップデートし、個人と社会の進化を加速させる実践的ガイドです。

そもそもなぜ痛みを感じるのかというと、この世に生まれて「ある」と思ったものが「ない」から痛みを感じる。その「ある」と思ったものというのが「愛とつながり」だと。それがないことで痛みを感じて、それを説明するための否定的な信念体系を作り、それがガッチリ固まると「痛みの回避行動」しかしなくなる。恐れと不安から出られなくて、否定的なメンテルモデルを繰り返す。

例えば「価値なしモデル」の人は、「自分はありのままでは価値がない。人や社会に何か価値を与えないと、自分は世の中で生きていけない」という否定的な信念を持っている。回避行動をいくらやっても、その否定的な信念を確認するだけなんです。「ああ、やっぱり自分には価値がない」ということを確認して終わる。

このループからの脱出を他人に任せてしまうと、依存が残る。だから僕はスートラを唱えて、自力でそこから抜けていくという方法でやっています。これは非常に多くの方に実践されていて、本を読んでいる人を含めるとものすごい数になる。

上杉: 実体験ですがスートラを5000回以上唱えた辺りから、いろんなことが起き始めますよね。

天外: そう、天外塾でやっている他の瞑想と比べてこのスートラ瞑想は何の手掛かりもない。例えば涙があふれてきたり、ものすごい怒りが湧いてきたりというようなセンセーショナルなことは何も起こらず、淡々としている。だけど5000回くらいから次第に意識が変わってくるというのが、実践している人の感想だね。

「多重の我」の図。私たちの自我は多層構造になっており、本質である「真我」は最奥にある。出典:『「鳥の瞑想」で開く第三の視点とメタ認知の奇跡』天外伺朗著より

“自己否定”を否定する「虚飾の我」に気づく

天外: 僕は高校2年生の女の子が「何をいわれても傷つくことはないですね!」と言ったのをきっかけに4月に本を出したんだけど、これは教育の世界に瞑想を持ち込もうという一つの挑戦。ここに中高生にも深層心理を楽しく分かってもらえるように描いた図があって、基本的には昔からずっと言われている深層心理の図なんだけど、この中に一つだけ今回の新発見を盛り込んだ部分がある。それが「虚飾の我」というレイヤー。

例えば「お前はバカだ」と言われて傷ついたとしたら、それは自分自身も心の底では「私はバカだ」と思っている(自己否定観の我)から、そう受け取ってしまって傷つくわけです。ところが自分ではそれを認めずに、「私はバカであってはならない」として、その自己否定観を否定し、押し込めてしまう。これが「虚飾の我」。

押し込めてしまったネガティブなエネルギー(シャドーのモンスター)を、みなさんは使っちゃいけないものとしてレッテルを貼りがちなんだけど、本来は必要だし役に立つものなんです。例えば「傲慢さ」などというものも、会社やプロジェクトやコミュニティを成功させようという純粋な気持ちから出てくる傲慢さなら、ちゃんと使う必要がある。押し込めた部屋を開けることによって、傲慢さも素晴らしい力になる可能性がある。

上杉: スートラではダメな自分を許容する言葉を唱えるんです。僕は「価値なしモデル」なので、「価値を出さなくてもいい、卑怯者でもいい、自分勝手でもいい、責任果たさなくてもいい、いい人を演じなくていい」などというスートラを唱えていますが、最初は辛くて全然言えなかった。でもだんだんと言えるようになってきました。

天外: 唱えていると「虚飾の我」が少しずつ薄まっていって、その奥のエネルギーが現れてくる。自分自身が活動してくるんだよね。

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目標を掲げてそれにどのように向かうかという「やり方」ではなく、自己存在の「在り方」の変容こそ、自身と組織の進化にとって重要だと天外さんは説く。スートラを唱えて自分を明け渡した先に、蛹が蝶になるように意識の変容が起こり、自身の最奥にある「真我」につながって「ライフミッション」が明らかになる。そうすると共時性が常に起こるようになり、運に乗っていける私になるのだという。

従来の経営学のセオリーには全く当てはまらない、スートラ瞑想による経営者自身と組織の変容。不可思議ではあるが、実践中の上杉は、続けていくうちに「虚飾の我」が薄まり、「真我」のエネルギーが萌し、眼前でYADOKARI内に様々な変化が起きていく状況を実感しつつある。あなたはどう感じるだろうか?

後編では資本主義の捉え方や、疲弊しないエネルギーの使い方、予測不可能な世界の中でのこれからの経営者の在り方について対話が深まる。

後編を読む>>

文/角 舞子

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オランダのデザインスタジオ Blade-Made は、退役した風力発電用タービンをタイニーハウスに生まれ変わらせた。設計を手がけたのは、ロッテルダムの建築事務所 Superuse の建築家ヨス・デ・クリエガー。彼は2023年にBlade-Madeを共同設立し、寿命を迎えた風車の新しい使い方を探る活動を続けている。

今回利用されたのは「ナセル」と呼ばれる部分。発電機やギアなど風車の中枢を収める空間で、長さ約10メートル、幅4メートルと居住にちょうどよいサイズだった。そこから着想を得て、この小屋は「Nestle(寄り添う、という意味)」と名づけられた。部品の再利用かつ、再生可能エネルギーを使用をも実現したこのタイニーハウスの中を、覗いてみよう。

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風車とは思えない空間の心地よさ

外観は昔の風車の姿をそのまま残しているが、一歩中に入ると、ゆったりとくつろげるモダンな空間が広がっている。浴室やキッチンなどの設備をまとめて配置することで配線や配管をすっきりと整理し、その分リビングエリアを広々と確保した。オープンプランの空間にはソファやダイニングテーブルを置くだけでなく、展示やオフィス、会議スペースとしても柔軟に使える。

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内装は地元の家具工房 Woodwave が手がけ、明るい合板やリサイクルPETフェルトを使うことで温かみと快適さ、さらに音響性にも配慮されている。デザインはできるだけシンプルにまとめ、誰にとっても居心地の良い空間となっている。

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再生可能エネルギーで暮らす

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屋根には4枚のソーラーパネルを設置し、室内の電力や電気自動車の充電に利用できる。温水はソーラーボイラーで供給され、空気熱交換式ヒートポンプが室内の快適な温度を保つ。断熱性も高く、気密性の高い構造と三重ガラスの窓で居心地をさらに高めている。

今回のナセルは、オーストリアのゴルスで使用されていたVestas V80型風車から供給された。世界には同様に寿命を迎えた風車が1万基以上あるとされ、今後もその再利用方法を模索し続けているという。

「Nestle」は、退役した巨大な機械の可能性を暮らしに変えた象徴的な例。産業の遺産に新しい命を吹き込み、持続可能な未来を描くタイニーハウスとして、森の中で静かにその存在感を示している。

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町田山崎団地を舞台に、団地に住まう人とまちの人とが入り混じり、団地ならではの豊かな暮らしや心地いい日常の景色を共に創り・発信していく取り組み、「まちやまプロジェクト」。

そのプロジェクトの一環として、団地や町田にまつわる取り組みをしている方のインタビューを発信していきます。

6回目となる今回は、ここ山崎エリアにて「幼少中高大合同文化祭」を行うなど、地域に開かれた教育に取り組む都立山崎高等学校(以下、山崎高校)のお話です。高校生の自立心を育むための探究活動や、地域連携が進む山崎エリアの魅力について、山崎高校の町谷校長先生にお話を伺いました。

地域連携が育む、高校生の自立心

ーまず、山崎高校が掲げている教育目標について教えてください。

教育目標は「18歳の成年年齢にふさわしい立ち振る舞いができる、主権者の育成」です。私は山崎高校に着任して3年目ですが、ここへ来てすぐに教育目標を新しくしました。成人年齢が引き下げられたこともあり、生徒たちを子どものまま卒業させるのではなく、大人化させていく必要性をより一層感じています。

18歳になればアパートや携帯電話の契約もできますし、今は18歳や19歳を狙った詐欺もたくさんあるんです。そういった犯罪に引っかからず、自分で判断できる力をつけていってほしいと思っています。

ー町谷校長が、高校の地域連携に力を入れるきっかけは何だったのですか?

山崎高校に来る前は、離島の定時制過程に携わりたいという想いで、6年間八丈島にいたんです。都立八丈高等学校の定時制課程にて4年間、そこから全日制課程にて2年間勤務しました。島は人口が少ないですが、それでも定時制課程が必要とされるのは、全日制課程に通えない事情をもつ子どもがいるからです。親はいつかいなくなってしまうので、子どもたちがしっかり自立(=大人化)していけることが大事だと考え、教育に向き合ってきました。

そして、この期間に ”地域連携の力” を強く実感したんです。例えば部活動の取り組み方。小中学校と高校の教師が連携して、一体となった指導を進めたことで、吹奏楽部や写真部が全国大会に出場し、野球部も東京大会で4回戦まで進むなどの成果をあげました。地域が一つにまとまると、大きな変化が起こせることを学びましたね。

この経験があったからこそ、山崎エリアにとても可能性を感じています。徒歩圏内に幼稚園から大学まで、教育機関がここまで隣接している立地は本当に恵まれています。この特徴を生かせば一貫教育のような取り組みも可能ですし、高校生を大人へと成長させていく上で大きな強みになると思ったんです。

子育てに大変向いている環境なので、人口減少に悩まれている山崎団地の自治会長や名店会長とも、「ここを文化教育地域として育てていきましょう」とお話をさせていただきました。

講師は地域の大人たち。フィールドワークで向き合う、地域課題とそれぞれの進路

ー山崎高校の生徒たちが、地域社会の中で自立心を育てるために、どのような取り組みをされていますか?

今の高校生はコロナウイルスの影響で、人との関わり合いを学ぶ機会が奪われてしまった時期があります。どうしてもコミュニケーション能力が未熟な部分があるので、地域の方々と交流することが大人への第一歩になると考えました。そこから生まれたのが、「総合的な探究の時間」における授業です。

昨年からスタートして、今年は隔週で2時間、地域の方々に外部講師として学校へ来ていただいています。この授業の軸は、町田・山崎エリアをフィールドワークのエリアと決めて活動することです。学校の外へ飛び出し、課題を見つけて、地域の人々と一緒に解決することがテーマです。

例えば、昨年は山崎団地の防犯や防災に取り組むグループがありました。自治会の方からは「高齢化が進み避難訓練がなかなかできない」「備蓄倉庫の整理も大変」と伺ったので、うちの生徒と一緒にやりませんかとお願いをしました。

また、福祉に関心のある生徒は、グランハート町田の障害者雇用をしているお店で、障害者と健常者の交流やメニュー開発に参加していました。訪問介護を手伝った生徒もいましたね。山崎団地の中にある正和幼稚園からは「冒険遊び場広場を作るから、高校生にボランティアに来てほしい」と声をかけていただき、一緒に活動することも。

このように、山崎というフィールドで学ぶ中で「これは町田だけの課題じゃない、日本全体でも起きていることだ」と、社会問題を考えるきっかけになればと思っています。

ー探究の時間で取り組むテーマは、生徒が自ら選択するのですか?

そうですね、活動先は生徒によって異なります。自分がどのテーマに取り組みたいのか、将来の進路も踏まえて選べるようにしています。「経済学部に行きたい」「福祉を学びたい」といった希望に合わせて、自分でテーマを決めるんです。

今取り組んでいるのは1・2年生で、3年生では進路に直結する活動へとシフトします。それまで学んだことを生かしながら、大学進学や専門学校での資格取得、就職などの選択肢を考え、実際に関わった方々から助言をいただく。そうやって進路を具体化していきます。

ー高校生のうちは外の世界を知らずに、「とりあえず大学進学」と決めることが大半だと、自分自身を振り返って思います。実体験を通じて、将来の選択肢を具体的に考えられるようになる教育方針は、とても大切だと思います。

現代は高校教育もほとんど義務教育になってしまっていますよね。本当は学校が好きではないのに、みんなが行くから高校へ行かざるを得ない。「私には高校は必要ないから行きません」と、胸を張って言える時代じゃなくなっていることが、子どもたちを苦しめているんじゃないかと。現代はSNSを通じて情報はたくさん入ってきますが、実体験がともなっていないので、自己肯定感が上がりづらいのかなとも思います。

そのような状況下で、広域通信制高校など、多様な形の学校も生まれています。では、山崎高校はどうするかと考えた時に、やはり立地的な強みを生かすべきだと。

山崎団地の周辺には、衣食住から教育、必要なインフラが詰まっているので、この場所を学ぶことは小さな日本を学ぶことになります。地域課題の解決と自分の進路を結びつけ、win-winになる形で学んでほしい。そんな思いでフィールドワーク重視の授業にしています。

学校と地域、お互いを見守るwin-winの関係に

ー幼小中高大合同文化祭を始められたきっかけは?

幼小中高大合同文化祭は、昨年2024年に試しでやってみようと始めたものです。最初は名店街の会長・綾野さんが、団地に人を呼ぶために桜美林大学と企画したハロウィーンイベントの話がきっかけで、「山崎高校も一緒に何か考えてもらえませんか」とご提案いただいたんです。

山崎高校と名店街でコラボすることもできましたが、この地域の強みは幼小中高大までそろっている団地ということ。この機会に全員に声をかけて一緒にやろう、とお話をしました。前例も何もありませんでしたが、まずはお試しで、探究授業でも生徒たちで実行班を作って開催にこぎつけました。

ー幼小中高大合同文化祭を実際に行ってみていかがでしたか?

地域と学校が協力して、一つのものを作る感覚を共有できたことが、大きな成果です。これまで、地域と学校は分かれていて、地域の人たちは学校に意見を言いづらく、学校も地域とは無関係と考えがちでした。小中学校では地域との交流が残っていたりしますが、高校は特に関係が希薄なことが多いです。

しかし、高校生も地域の方々に支えられている感覚を待ち、還元していく姿勢が大切だと思います。特に公立高校は税金で成り立っていますから、まずは信頼される学校になる。生徒たちも卒業後は納税者になるので、その自覚をもつ入り口になっていくと思います。

ー地域での活動について、生徒たちはどのような様子で取り組んでいますか?

最初は、学外の大人たちへの声のかけ方も迷っている様子でした。地域の方々が優しく声をかけてくださり、距離が縮まるうちに、自分らしさを出せるようになったと思います。今では自然に「おはようございます」「こんにちは」といった挨拶が飛び交うようになりました。

山崎団地自治会の佐藤会長からは「横断歩道で誘導してくれて助かった」という話も伺い、日常的に関わりが生まれているのは大きな変化だと思います。

ー今後、山崎エリアを文化教育地域としてさらに育てていくために、大切にしていきたいことは何ですか?

大きなキーワードは、やはり「連携」です。近頃、学生の薬物問題や事件が話題に出ますが、高校生の身近でもそのような危険はすでに迫っていると思います。だからこそ、親や教師以外にも、地域の色々な人の視線が若者の近くにあることが重要です。常に見られている意識をもつことで、未然に防げることは多いです。

他の犯罪も同じで、人の目が行き届いている地域には不審者は入りにくい。そう考えると、高齢者が多く住む山崎団地と、教育機関が集まるこのエリアは、お互いを見守れる強みがあります。

すでに「冒険遊び場」のような地域ぐるみでの居場所づくりも始まっていますし、中高生向けの取り組みについても山崎中学校と話をしているところです。

ー今後、さらに広げたいネットワークはありますか?

町田市の保護司会や児童相談所です。保護司さんは高齢化が進み担い手が少ないのですが、青少年支援にとても重要な存在ですし、今年(2025年)は町田にも児童相談所ができました。学校以外にも、子どもを取り巻く機関はたくさんあるので、そうした団体とも顔が見える関係を築いていきたいと考えています。

ー町谷校長の思いと生徒をつなぐのは、先生一人ひとりの力も大きいのだと思います。先生方への伝え方や、熱量の共有はどのようにされていますか?

核心ですね、そこが一番難しい。これは学校の教員の意識から、一緒に変わっていかないといけないことなので。日本の教育は百年くらい変わっていないと言われ、諸外国からも取り残されています。大学改革から徐々にスタートしていますが、今年からは入試方法が変わり、「探究入試」という新たな方式が加わりました。

東京都においても探究的な学びを推進しており、山崎高校でも一早く探究授業を取り入れてきました。そのため、山崎高校の生徒は探究入試に強くなっていくと思います。目的を持ってチャレンジした経験が、小論文や面接で活きてくる。そういった教育が生徒の自己実現につながることを、山崎高校の先生方にも伝えています。

だからこそ、従来の授業だけでなく、地域の方に授業をしていただくことも重視しています。これは現場の先生を否定する訳ではなく、これまでの学校ではできないことをやる必要があるからです。ただ、最初の抵抗感はやはり大きいですよね。学校に外部の人を入れるのは、裸になるようなもの。見られたくない部分まで見られるかもしれないからです。

実際、去年も衝突はありました。授業で寝ている生徒を先生が起こさない場面があり、それを見ていた地域講師の方から「なぜ起こさないのか」という疑問が発生しました。もちろん、先生にも事情があります。各生徒の特性を理解しているからこそ、あえてその場では起こさないこともあるんです。

初年度はそういった議論はありませんでしたが、2年目からは意見が交わされるようになってきました。地域講師の方々が気になる点を突っ込んでくださるようになり、深い議論が増えてきたことは大きな変化ですね。今は私が主導しなくても、先生と地域講師の方で授業を組み立てています。

最初は批判もされましたが、地道に伝えることで、応援してくださる地域の方も増えてきました。新しいことをつくるには、自分の血を流すことは必要だと思っています。批判を恐れていては変わらないですし、校長のワンマンで終わるのも違います。私がいなくなったら続かないようでは意味がありません。だから、みなさんを信頼して伝え続けています。

「今やっていることは必ずプラスになる」と信じて続けていく

ー地域の方々や学校が自然につながるために、町谷校長が大事にしていることは何ですか?

大事にしているのは、前向きさです。立場が違えば考え方も違うし、お互いに利益や不利益を考えてしまうもの。でもそれを意識しすぎると物事が進まなくなる。だから私は「みんなwin-winでしょ?」と繰り返し伝えるようにしています。

意見が違っても構いません。むしろ本音でぶつかり合わなければ、いいものは生まれないと思います。失敗したり、怒られたりすることも大切ですし、それでも諦めずに進んでいける関係性が持続につながります。

子どもたちには「失敗から学ぶ」経験を思いっきりしてほしいし、先生方にもその力を育ててほしいと思っています。山崎高校の生徒が失敗して、地域の方にご迷惑をおかけする場面もあるかもしれません。でもそれで切り捨てるのではなく、一緒に育てる存在としてご理解いただきたい。怒るときはしっかり怒ってほしいですし、その関わりが大事だと思うんです。

こうした経験を積んだ子どもたちは、10年後、15年後に地域に戻ってきた時、きっと「山崎をよくしよう」と動いてくれるはずです。1年2年で劇的に変わるわけではありませんが、将来を見据えて「今やっていることは必ずプラスになる」と信じて続けていくことが大事だと思っています。

ー最後に、この記事を読む方々へメッセージをお願いします。

地域の方々には、いつもありがとうございますと伝えたいですね。山崎高校は都内に4校あるユネスコスクールの一つなのですが、今後は交換留学や、山崎エリアに住んでいる外国籍の方々との交流も増やしていけたらと思っています。そういった部分もご協力をお願いしながら、地域のつながりを深めていきたいです。

▼次回の幼小中高大合同文化祭は「第2回 まちやま祭〜地域の学び場フェス!〜」として、11月15日(土)に開催予定。ぜひ足をお運びください!

【インタビュー】集うことが、強さになる。団地の防災イベント「DANCHI caravan」に込めた思いとは | 良品計画 石川さん

町田山崎団地を舞台に、団地に住まう人とまちの人とが入り混じり、団地ならではの豊かな暮らしや心地いい日常の景色を共に創り・発信していく取り組み、「まちやまプロジェクト」。

そのプロジェクトの一環として、団地や町田にまつわる取り組みをしている方のインタビューを発信していきます。

5回目となる今回は、町田山崎団地(以下、山崎団地)を舞台に、2015年から行われているUR都市機構(以下、UR)と株式会社良品計画(以下、良品計画)による防災イベント「DANCHI caravan」のお話です。団地という場所と防災の関係性や、イベントが果たす役割について、株式会社良品計画ソーシャルグッド事業部の石川さんにお話を伺いました。

いつもの広場がキャンプ場に、もしもの時には避難所に?

ーまずは、石川さんの簡単なプロフィールをお聞かせください。

1996年に良品計画に入社し、その頃からキャンプ場運営に携わり、2005年〜2022年までキャンプ事業のマネージャーを務めます。その後、ソーシャルグッド事業部に異動してからは、新潟県や千葉県を中心に地域の人たちと関わる仕事が増えていきました。

防災に関わり始めたのは2011年の東日本大震災後、無印良品から「いつものもしも」という言葉が生まれた頃です。無印良品は1996年から新潟県津南町で「無印良品キャンプ場」を運営しています。30年間のキャンプ場運営からアウトドア(外あそび)には、防災との親和性があるのではないかと思っていました。

ーキャンプの文脈から、防災に関わっていかれたんですね。

そうですね。無印良品店舗でも防災用品コーナーなどが立ち上がりましたが、2、3年経つと少しずつ世の中の防災意識は薄れていきました。やっぱり、ネガティブなことってずっとは考えたくないですからね。

防災商品ですよって言っても、震災がない以上使わないものという印象になるので、なかなか売れない。売れないから棚からも遠ざかっていくという具合で、世の中から「いつものもしも」という防災の考え方が薄れていく中、URの若手のみなさんからお話をいただいたんです。

「団地でキャンプがしたい」という提案は面白い視点でした。ただ団地の空きスペースでキャンプをするだけではなく、防災、避難所などの観点も視野に入れ一緒に企画を練ることに。山崎団地のように、団地は屋外空間が豊富な場合も多いので、災害時に避難所に入れない人たちを受け入れる場所にもなるのではないかと話が膨らんでいきました。

”いつも”の場所でキャンプをすることで、”もしも”の時の備えになるんじゃないかということで、防災をテーマにしたイベントで方向性が決まりました。そして、2015年3月に第一回目の「DANCHI caravan」が行われます。

地域の防災で大事なことは、人が集まりつながること

ーどのような経緯で自治会や商店会も一緒に開催するようになったのですか?

2、3年かけてDANCHI caravanが盛り上がってきた頃から、山崎団地全体を巻き込んで開催したいという話になりました。当時は山崎団地にある自治会や商店会、コミュニティセンター同士各々で活動されているのがもったいないと感じていたんです。

DANCHI caravanとコミュニティセンターのお祭りがちょうど同じ時期で、お互いにかなりの参加者がいるので、「一緒に開催できれば、それぞれの参加者が相互に関わり合い、より多くのコミュニケーションが生まれます」とお伝えして話を聞いてもらいました。

そして、4年目でDANCHI caravanとコミュニティセンターのお祭りの合同開催が実現したのですが、ものすごい人が集まったんです。その頃から、商店会も自治会もみんな一緒にやりましょうと話をして、少しずつ輪が広がっていきましたね。今は外部で関わっている企業も70社ぐらいまで増えました。

ー防災イベントを作る上で、大切にされていることは何ですか?

地域の防災で一番大事なことって、コミュニケーションだと思っています。やっぱり、知らない人は助けられないので。隣に住んでる人が誰なのか分からなかったら、助けようがないんですよ。一人暮らしなのか、家族暮らしなのか、赤ちゃんがいるのか。知っていれば、いざ震災が起きた時に協力し合えるけど、住んでいることすら知らなかったら絶対に助けられない。本当に原則だと思いますね。

昔は近場の商店街がコミュニケーションの場所だったけど、今は文化も変わってきているので、代わりに集まれる機会が必要なんだと思います。だから、定期的にイベントが開催されることで、「先月も会いましたよね」とか、「あの人最近見ないね」みたいな話から、様子を見に行くことにつながっていく。

これが防災を地域イベントとして行う役割なんじゃないかって。コミュニケーションをどう取るかということ。だから、集まる理由になれば内容は何でもよくて、楽しいことと結びつけるのが大切ですね。

ー近くに住んでいる人を知るという意味でも、防災イベントの会場として団地は相性が良さそうですね。

そうですね。あと、山崎団地は自由度の高い広場がたくさんあるので、そういう意味でもイベントに使いやすいと思います。災害時、わざわざ遠くへ移動しなくとも、団地の広場を避難所にできると考えています。そういう視点からDANCHI caravanも始まっているので。各々で避難するよりも、この団地内で合同避難が可能になれば、共助がしやすく混乱も抑えられるかもしれません。

ー2015年からスタートし、今年で10年が経ちますが、山崎団地の変化は何か感じられていますか?

自治会や商店街をはじめ、山崎団地に関わる人たちがつながってきたことは大きいですね。それによって、新しい物事に対する抵抗感も下がっている気がします。変化することって面倒で、どんどん腰が重くなるものですが、URをはじめとした若い人たちが一生懸命に頑張っている姿を見ると、自分たちも何か力になりたいなって思いますよね。去年の3月には、初めてお隣の木曽団地も一緒にやりましょうという話になって、合同開催が実現しました。

イベントだけじゃなくて、団地の外側からの人たちが色々な話を持ち込むようになってきているので、それはすごく変わったんじゃないかな。

あとは、近隣の学校との取り組みも増えていて、最近では商店会と幼稚園が中心になって、地域の子供たちを集めた「冒険遊び場」が始まりました山崎団地の広場でバーベキューをしたり、林で遊んだり、誰でも参加できる集まりです。DANCHI caravan以外にも、こういった活動が盛んになるといいですよね。

ハードルは低く、多世代が楽しめる企画づくりを

ー今後のDANCHI caravanに期待することや、やってみたいことはありますか?

まだまだ参加するハードルは下げられると思っていて、気軽に人が集まりやすい工夫は今後も考えていきたいです。

次回やりたいと思っているのは、団地や近隣地域の方々から、昔の団地の写真を集めて、プロジェクションマッピングで商店街に映し出す企画です。まだまだ柔らかいアイデア段階ではありますが。

商店街に「万寿園」という中華料理店があるのですが、店内に昔の写真が貼ってあって、すごくかっこいいんですよね。そこからアイデアをいただきました。

※中華料理店「万寿園」の店内にあるお写真の一部

この企画から、団地の方々が家で写真を探したり、眺めたりするきっかけになればいいなと思っています。昔の写真を見ると、人間の脳って不思議と若返るというか、その頃に戻っていきます。団地も高齢化が進む中で、そういう刺激がすごく大事だと思ったんです。そこから、「久しぶりにあの料理を作ってみようかな」「息子に電話してみようかな」とか、行動につながっていくんじゃないかなと。

当時の様子をプロジェクションマッピングで蘇らせることで、活気を取り戻す契機になればと思っています。

ー当時のレトロな街の様子は、きっと若い人も興味があると思いますし、世代を超えて楽しめそうですね。

イベントの一つのプログラムですが、日常にどう落とし込めるのかを常に考えています。お借りした写真を題材に、アート系の学生に作品制作をしていただいて、展示するアイデアも出ています。そうすれば、団地の方々と大学の接点が生まれるかもしれません。

また、近隣の高校や大学の学生の皆さんとも色々やっていきたいと思っています。例えば、学生の皆さんが、宅急便の集荷場から団地の人たちに荷物を届けるアルバイトだったり、買い物代行をしたりと妄想しています。学生のみなさんには社会勉強になりつつ、団地の方々もコミュニケーションが取れていい取り組みだと思います。

このような様々なアイデアをURの若手スタッフの皆さん、関係各所のみなさんと日々考えています。

防災イベントの作り手が育てば、本当の災害時に動ける人口も増えていく

ーこれから防災イベントを企画したい、興味があるという方にメッセージを送るとしたら?

イベントって当日の参加者数も必要だけど、目的が集客になった瞬間にイベントの中身は薄くなると思います。有名アーティストを呼べば人は集まるかもしれませんが、その場きりですよね。

それよりも、一緒に作っていく人を増やすことが、防災については特に大事です。「成果の8割は、事前準備がどれだけ整ったかによって生み出される」のだと思います。何事にも2:8の原理があって、2割の牽引者(防災イベントの作り手)が汗をかくと8割の人がそれに答えてくれる。

主体的にイベントを作る2割の人たちは、防災意識や知識が身についていくので、本当の非常時に動ける牽引者になれます。だから、イベントが雨で中止になったとしても、準備段階で防災に強い人が育っていることが大切な視点ですね。

イベントを続けているとどうやって広げていくかとか、色々なことを考えますが、焦らずに地道にやっていくしかないですよね。URという大家さんが、団地の人のために一生懸命に汗をかく姿にこそ、住人や地域の方も動かされると思っています。そして、その信頼や安心感で人が繋がっていく、それこそが防災なんです。

私の役割は、関連地域の方々とのコミュニケーションが主になっています。たまたま私は10年間継続で関われているので、各所の関係者の橋渡しのような役割も担っていますね。外部の人間だからこそ、できることなのかなと思っています。

ここで培ったノウハウが、現在では、全国の無印良品店舗で「いつものもしもCARAVAN」という防災イベントを開催しています。

「なんでそこまでやるの?」とよく言われますが、自分の仕事だと胸を張って言えるものにできたら、嬉しいですからね。

残暑も落ち着き始め、秋の訪れを感じる9月の終わり。理由もなく外へ出かけたり、新しいことを始めたくなったりするこの季節に、町田山崎団地を舞台にしたイベント「まちやま まるごと スコーレvol.4」が開催されました。

UR都市機構×YADOKARIが連携し、2024年夏より始動した「まちやま プロジェクト」は、多様なつながりの中で、これからの団地のありたい姿を描くことをコンセプトとした取り組みです。これまでに、地域の町内会、商店会、学校などと協力し、季節ごとのイベントやワークショップなどを開催してきました。

毎日の暮らしのなかでちょっと楽しい体験ができる、そんな「まちのにぎわい」を団地から広げていくことを目指しています。

団地の敷地を使って実施してきた実証実験のイベント第4弾、9月27日(土)に「まちやま まるごと スコーレ vol.4」として、「〜団地の広場でお月見ナイト〜 みんなで楽しむ!秋の野外シネマ」が行われました。

秋といえばお月見&芸術の秋!ということで、団地のセンター広場にある白壁をモニターにした、ナイトシネマが登場!

開演前にも、ワークショップやお買い物を楽しめる「チャレンジテント」や、広場でのヨガ、商店街を巡るスタンプラリーなど、大人も子どもも楽しめる1日となりました。本記事ではそんなイベントの様子をレポートしていきます。

「まちやま まるごと スコーレ」とは?

「スクール(学校)」の語源となった、ギリシャ語の「スコーレ」には “余暇”という意味があると言います。土地に根付いた知恵や、誰かの生きた物語。答えのない問い、余白の時間と対話。人々の暮らしが交差する団地には、学校や仕事場での学びだけではない、人生の大切な気づきがすぐそばにあるのではないかと感じます。

忙しない日々の中で少し立ち止まり、人生の「学び」や「余暇」をテーマに、大人も子どもも入りまじりながら、団地でのこれからの過ごし方を実験するイベントがこの「まちやま まるごと スコーレ」です。

青空を眺めながら、ヨガに挑戦!

ナイトシネマの会場となるセンター広場。秋晴れの心地いい昼下がり、理学療法士・ヨガ講師の大越瑞生さんによる「心と体 まるごとヨガ」が行われました。

せっかくの機会を逃すまいと、私も初めてのヨガに挑戦してみました!野外でじっくりと体を伸ばしていくのは、何とも開放的。

「最近空を眺める余裕がなかったかも」「肌に触れる風が気持ちよくて嬉しいな〜」「今日なに食べよう」などと、自然に聞こえてくる自分の内なる声に耳を傾けます。

講師をしてくださった大越さんは「最後はみんないい表情になっていて、その場が優しい雰囲気で包まれていたのが印象的でしたね。自分の内側を見つめる時間が、他者と関わる上でも大切なことなんです。」とお話してくれました。

質問タイムも設けられ「肩こりはどうすればマシになりますか?」など、体に対する日頃の悩みもシェアできる機会に。少しの間立ち止まって、内観する時間をとる大切さを味わいました。

チャレンジテント企画!あなたの「やってみたい」が、誰かにとっての始まりになる

商店街を進んだ奥にあるぽんぽこ広場には、様々な体験をすることができる「チャレンジテント」が並びました。

こちらは、前回もアートのワークショップで大人気だった桜美林大学の「ぼくらのサークル」のテントです。メンバーそれぞれの”やってみたい!”を原動力に、地域イベントでのワークショップなどを企画しています。

今回は、落ち葉を使って絵を描く”落ち葉アート”を準備してくれました。

特に印象に残っているのが、サークルメンバーのみなさんそれぞれが口にしていた「好きにしていいんだよ」というメッセージ。

絵の具をパレットじゃなく、画用紙にそのまま出そうとしている子を見て「うん、そっちに出したっていいよ!」と声かけをしている場面も。みんなのびのびと楽しそうでした。

描き始めたら止まらない子も多く、そばで見守られていた親御さんは「自宅ではここまで自由にやらせてあげられないので、とてもいい機会でありがたいです。」とお話してくれました。

サークルのメンバーの方からは、「やっぱり子どもたちの絵は爆発力がすごい。学校で上手な絵を描く人はいっぱい見ていますが、それとは全く違ういい絵を描いてくれますよね。次回も新しいワークショップを考えているので、楽しみにしていてください!」と感想を教えてもらいました。

お隣のテントからも楽しそうなおしゃべりが聞こえてきます。「手芸カフェ」のみなさんの手元に伸びる毛糸がだんだんと編まれていく様子は、つい見入ってしまいます。

この「手芸カフェ」は第1金曜日13〜15時に、山崎団地商店街の駄菓子屋兼シェアスペースの「ぐりーんハウス」にて活動しています。

手芸カフェのみなさんが挑戦しようとしているのは、「ヤーンボミング」というニットのストリートアート。編み物を使って、街路樹やベンチなど公共空間に装飾するものです。

モチーフ編みのピースを集めていって、最後につなぎ合わせることを目指しています。

もちろん、自分の今作りたいものを編んでもOK!お教室と違って気軽に入っていけるので、初心者でもマイペースに参加できるのが魅力です。

普段も手芸カフェに通われている参加者の方は、「みんなで作業しながら、雑談をする。すごく癒されますし、こころの健康にもいいと思うんです。自分で進めていて、分からないことがあったらその場にいるみんなで解決する。自然と助け合いが生まれます。」と、にこやかに話してくれました。

この日の数時間でも、こんなにたくさんモチーフ編みが集まりました!山崎団地がカラフルなニットでおめかしする日も近いかもしれません。

商店街にアトリエ兼ショップを構える「キャンドルStudio lepta」は、店頭でキャンドルづくりのワークショップをしてくれました。

もうすぐハロウィンなので、カボチャが添えられたとってもかわいらしいキャンドルです。

実験のような、工作のような。お子さんの中には、このキャンドル作りの体験を忘れないようにと、一生懸命に説明書を書き残す姿も。

また、子どもたちに大人気だったのが、商店街をめぐるスタンプラリーです。各店舗の前にスタンプ台が準備され、全部集め切ると商店街で使える商品券と交換できます。

子どもたちにとってはちょっとした冒険です。「次はあそこ!」と、楽しそうにスタンプを集めていきます。

後ろから見守っている親御さんも、「商店街にどんなお店があるのか意外と知らなかったです。回遊できていいですね。」と感想を教えてくれました。

この日は毎月第4土曜日に開催中の「町田山崎団地冒険遊び場」の活動日で、集まった人たちで協力しながらBBQをしたり、懐かしのベーゴマを一生懸命に回す姿も。

地元の子どもたちのみならず、大人のファンも多い駄菓子屋のぐりーんハウス。射的コーナーや綿菓子が用意され、いつも以上に賑わいを見せていました。

美味しいフードやドリンクを片手に、ナイトシネマが始まります。

夕日が沈み始めた頃、ナイトシネマ会場のセンター広場に2台のキッチンカーが到着しました。食事からスイーツまで楽しめる韓国フードの「et cetera」と、相模原にある卵菓屋さんの“相模の赤玉子”をたっぷり使ったシフォンケーキの「ぽちのひとくちしふぉん」です。

また、商店街にアトリエ兼ショップを構える「キャンドルStudio lepta」にご協力いただき、ホッと一息つける休憩スペース”ちょこっとチル空間”が準備されました。

水に浮かぶものや、空や海のような青色がきれいなものなど、種類豊富なキャンドルを用意してくれました。やさしく揺れる火を見ていると、それだけで気持ちがリラックスしていくのを感じます。

午後6時になり、いよいよ映画の上映が始まります。レジャーシートを広げて、フードやドリンクを用意して、映画が始まるのをワクワクしながら待ちます。外で観れるってなんだか特別です。今回上映したのは「怪盗グルーの月泥棒」という作品。

上映が始まると、グッと集中する子どもたち。大人たちも物語に引き込まれ、一緒に声を出して笑ったり、こころ温まる展開に涙したり。通りがかりの方々も足を止めて、鑑賞している姿が印象的でした。

まとめ

いつもの場所で、少し新しいことや、知らなかったことをやってみる。そんな小さな一歩から、思いもしない驚きや発見、感動が生まれることに気がつけた一日。レポートを書いている私も、初めてのヨガで心身を見つめ、自由な気持ちで絵を描いて、ナイトシネマにときめいて、しっかりと楽しんでいました(笑)

次回のまちやま まるごとスコーレは、11/15(土)・11/16(日)の2日間を予定しています。ぜひお楽しみに!

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ニュージーランド・コロマンデル半島にある「Driving Creek Railway and Pottery(DCR)」の敷地に、小さな小屋が建っている。その名は「Picalo Cabin」。建築家Gerard Dombroskiが、現地にある廃材や使われなくなった構造物を集め、1か月という短い期間で仕上げたタイニーハウスだ。

きっかけは、彼がDCRで薪窯の修復作業に参加したことだった。滞在中に「また戻ってきて、何かをつくってみないか」と声をかけられる。ただし条件は厳しい。新しい資材を買うことはできず、敷地内で見つけたものだけを使う。そして制作期間は1か月。建築家としての直感と柔軟さが試される挑戦が始まった。

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カヌカの森に建つ、3週間の建築実験

建設地に選んだのは、カヌカの木々が覆う丘の斜面。そこに放置されていた古いスチールフレームを見つけ、かつてジップラインのプラットフォームとして使われていたそれを基礎に据える。ここから「森の天井を見上げる部屋」というコンセプトが生まれる。天窓からは揺れる枝葉と空が広がり、横に視線を向ければ木々のカーテンが包み込む。森の動きをそのまま感じられる空間になった。

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小屋の造形には、彼の趣味であるスケートパークの要素も反映されている。曲線的な屋根や流れるようなフォルムは、スケートボウルを思わせる。資材の多くは廃材の再利用であり、地元住民やアーティストから譲り受けたものも少なくない。ひとつひとつの素材に記憶が宿り、それらを編み直して小屋は形になった。

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限られた時間と森が導いた小屋

工事は2月初旬に始まり、わずか3週間余りで完成した。朝はカフェでコーヒーを飲み、日暮れまで作業を続ける日々。地域の人々や他の滞在アーティストとの交流も、この小屋に温度を与えた。短期間の実験的建築は、リスクを恐れずに発想をそのまま形にする機会であり、彼にとってかけがえのない時間だった。Picalo Cabinは、その挑戦の証として今も森に佇んでいる。

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2025年8月2日(土)、YADOKARの「鏡祭」が開催されました。

「鏡祭」は、せわしなく変化し続ける社会の中で、自分たちが大切にしたいことや目指す姿を見失わないように、自他と向き合うための年に一度の特別なイベントです。

2度目となる今回は、YADOKARIがエリアブランディングを手がける高架下の複合施設「星天qlay」が舞台。YADOKARIのオフィスであるBゾーンの qlaytion galleryから、Cゾーンの芝生広場、Dゾーンの自社運営シェアハウス「YADORESI」 まで、施設全体を使っての開催です。

テーマは “Homomobilitus〜動くことで自由になる〜”

YADOKARIは創業以来、「世界を変える、暮らしを創る」を掲げ、時間や場所に縛られない自由な暮らしを探求してきました。

今回は「移動する人間」を意味する Homo Mobilitas という言葉に注目し、人間本来の「動く性質」から暮らしを見つめ直します。

記事をお届けするのは、YADOKARI.netにてライター・編集を務める鈴木です。普段、お仕事で訪れている星天qlayが、この日はまるごとYADOKARIらしく染まる特別な一日。どんな光景が広がるのか、胸を弾ませながら会場に向かいました。

暑さの中にも爽やかな風が吹き抜ける芝生広場では、5つのトークセッションと多彩な企画が展開。ゲストを迎え、多くのYADOKARIメンバーが登壇し、熱のこもった対話が繰り広げられました。

TALK SESSION 01|YADOKARIの原点と自由な暮らしの未来

最初のトークセッションでは、NPOグリーンズ共同代表の鈴木菜央さんを迎え、YADOKARI共同代表の上杉、さわだと共に、YADOKARIの活動の根源や歩みを振り返りつつ、「お金・場所・時間に縛られない自由な暮らし」の現在地について語り合いました。

鈴木さん:「自由な暮らしは成功者だけのものじゃない。誰にでもできることだと思います。自分でつくれるものが増え、一緒に作る仲間がいて、自分が生きるために必要なものを自然から獲得できる能力があれば、自由度はぐっと上がるんです。すべてがお金で買える時代ですが、お金に頼らず、やりたいことを実現できる能力が、自由の幅を広げるんです。」(トークより抜粋)

お三方の言葉を聞いていると、憧れていた暮らし、そして一緒に日々を紡ぎたい仲間の存在が浮かび上がってきます。まさに、鏡祭の幕開けにふさわしい、静かだけれど確かな高揚を伴う時間でした。

TALK SESSION 02| 動くことで自由になる 〜少数民族「ムラブリ」から学ぶ〜

続いてのトークでは、言語学者の伊藤雄馬さんを迎え、タイやラオスの山岳地帯に暮らす少数民族であり遊動民「ムラブリ」に焦点を当てながら、「移動する暮らし」についてのトークが行われました。

伊藤雄馬さん:「お金があり、動かせる家がある。それだけでは、自由に動く暮らしは実現できないと思っています。

ムラブリは常に危険と隣り合わせです。次の瞬間、何が起きるかわからないからこそ、目の前の出来事を受け、どんな死であろうと受け入れる。その覚悟が、彼らの暮らしをワクワクするものに見せています。一方で私たちは、明日も当然生きていると思い込み、何が起きるかわからないことを忘れてしまいがちです。

日本では、タイニーハウスのようなハードウェアをつくっただけでは自由になれないかもしれません。移動をするためのマインドセットを整えることが必要なのかもしれませんね。ムラブリと日本人、どちらの要素も大切にしながら生まれる第三の選択肢があると思っています。」(トークより抜粋)

ムラブリにとって「移動」とは、距離でもなく、絶えず動き続けることでもないとすると、自分にとっての「移動」とは何だろう?移動することで得られる瞬間に、私は何を感じ、心が動くのだろう?

異なる生活を営む“他者”の暮らしに触れながら、自分の心と向き合う時間は、日常のあたりまえをそぎ落とし、新しい自分に出会える問いを持ち帰らせてくれたように思います。

EXHIBITION|TINY HOUSE ARCHIVES 夢と現場の記録室

タイニーハウスのブースには、YADOKARIオリジナルのタイニーハウス「MIGRA 太陽光パネルモデル」の実物と、実寸大の空間が並びました。来場者は実際にタイニーハウスの中に入り、そこで感じたことを隣の空間に自由に描くことができます。壁一面には、タイニーハウスの開発やセールスを担当するメンバーや、来場者のメッセージが次々と書き込まれていました。

企画担当:セールスプランニングユニット 小川晃輝
「僕たちはそんなに”綺麗”なことをしているわけじゃないので、感動的に飾り立てるのは違和感があって。だからこそ普段の想いや葛藤をそのまま形にしようと考えて、この展示が生まれました。」

来場者はブースの言葉に共感したり、新たなコメントを書き加えたり、互いに「こうしたらどう?」と意見が重ねられていったりと、単なる観賞の場ではなく、共に考え、共につくる時間に。「よいものを一緒につくりたい」という熱量があふれていました。

さらに小川さんは、「建築学生が展示を見て、キラキラした目で『すごいですね』と声をかけてくれて。その瞬間に、これまでの葛藤やしんどかったことが少し報われた気がしました。成績や数字じゃなくても、自分たちの思いが誰かに届く形になって、本当に嬉しかった」と振り返ります。

『YADOKARIでは、もとめられるクリエイティブのレベルが高い』メンバーと話していると、そういった言葉をよく耳にします。

しかし、こうやってありのままをそのままに映し出す姿もまた美しくて、YADOKARIだからこそ作り出せるものを見ることができた気がしました。

続いてのトークセッションを聞きに、YADOKARIが運営するシェアハウス「YADORESI」のブースへ。

(cap:YADORESIの住民たちの「はなれマド」には、それぞれの暮らしが窓越しに表現され、鏡祭に合わせて住民のみなさんのプロフィールが新たに掲示されていました。 )

YADORESIに到着すると、住民のみなさんがウェルカムドリンクを用意して来場者をお出迎え。

手作りのシロップを使った新鮮なフルーツジュース、丁寧に淹れるこだわりのコーヒー、台湾出身の住民による本格タピオカドリンクなど、どれも愛情や個性のこもった特別な一杯。ひとつしか選べないのが惜しくなるほどでした。

星天qlay コミュニティビルダー大越さん
「YADOKARIの晴れ舞台ということもあって、何か恩返しができればという気持ちがあり、心を込めて準備をしました。
入居したばかりの住民が初めて企画を提案してくれたりなど、鏡祭はYADORESIの住民たちにとっても、得意なことや“好き”を表現する良いステージになりました。」

そしてここYADORESIでは、星川・天王町エリアのコミュニティや、まちづくりに関する2つのトークセッションも開催されました。その様子もご紹介します。

TALK SESSION 05|商業施設で探る、社会的インパクトのかたち

最初のトークセッションには、星天qlayを含む保土ケ谷区の開発に携わる株式会社 相鉄アーバンクリエイツの小杉山 祐昌さんと、星天qlayが採用する評価指標「ロジックモデル*」の提案者であるアンドパブリックの桑原 憂貴さんをゲストに迎えました。

商業施設でありながらもまちづくりの拠点でもある星天qlayが、どのような価値や評価基準をもって活動していくべきか。星川qlayのエリアブランディングに携わるYADOKARIコミュニティオペレーションユニットの木村とともに、議論が交わされました。

*事業を通して、売上だけではなく、地域につくりたい価値がどのように実現されるか、社会的・環境的な価値を考え、周辺地域に起こる経済的価値を想像し可視化するための考え方

トークの冒頭では、小杉山さんから星天qlayの開業までの軌跡や込められた思いが語られ、桑原さんへとバトンが渡されます。

桑原さんは、「我々の人生は、売上を上げるためにやっているわけではないですよね。売上を上げた先に何が実現されるのかという問いに答えるのがロジックモデルを書くということです。社会になんとなくある『いいこと』が、具体的にどういいのか?それを示すのもロジックモデルです」と語り、議論はスタート。

会場には地域に住む方々も多く集まりました。自分たちが暮らす施設がどのような思いでつくられ、どのような姿を目指しているのか。真剣な面持ちで耳を傾ける参加者の姿がありました。

そして再び、Cゾーンの芝生広場へ。

企画に合わせて移動する時間も、今回の鏡祭の楽しみのひとつ。誰かと一緒に歩きながらじっくり話すことで、新たな気づきが生まれたり、つながりがより深まったり。YADOKARIメンバーはもちろん、メンバーのご家族や、YADOKARIとかかわりの深い外部パートナーの方々とお話できたことも、心に残る幸せな時間でした。

PERFORMANCE|鶴川よりの使者

芝生広場では、YADOKARIの鶴川団地プロジェクトに関わる二人、「鶴川からの使者」による、今回のテーマ「Homo mobilitus」を体現した身体表現の15分間のパフォーマンスが始まりました。

ヒロシさんが声とパーカッションのリズムを重ね、その音に合わせてコミュニティビルダーの石橋さんが身体で表現。動いたり止まったり、流れるように全身を使う場面もあれば、身体の一部分だけがかすかに動く場面も。

身体の動きが徐々に内面へ向かい、自分自身を見つめる動きへと変化していくかのような姿は、心と身体が一本の軸を持った存在へと変わるかのよう。空気が一変する演出に、自然と引き込まれます。集中してパフォーマンスを見つめる時間は、感動と期待が入り混じり、心を整えられていくような不思議な体験でした。

WORKSHOP|Find your journey by YADOKARI VILLAGE

同じく芝生広場では、YADOKARIが手がけるタイニーハウス型宿泊施設 YADOKARI VILLAGEの企画ブースが登場。

こちらの企画では、風景や言葉がプリントされたカードを手に取りながら、自分は旅に何を求めているのかを考えていきます。カードがヒントとなり、自然と「自分が本当に過ごしたい時間」や「心が求める時間」に意識が向かっていくのが印象的でした。

「次の休みはこんなことをしてみよう」「今はこんな場所に心が向いているのかも」と、小さな気づきが生まれ、これからの週末の過ごし方が変わりそうな予感も。

YADOKARI VILLAGEが大切にしている、「自分の日常を少し変える時間」 を追体験。自分自身の内側へと意識を向けることができました。

企画担当 プロデュースユニット 近藤万緒:
「どんな方が来てくださるのかドキドキしながら当日を迎えました。言葉を丁寧に選びながら、時間をかけてカードを選んでくださる姿がとても嬉しかったです。ブースの中で一人ひとりがじっくり自分と向き合う時間を過ごしてくれていたと思います。これをきっかけに、自分と向き合う時間を過ごしに、ぜひYADOKARI VILLAGEにも来てもらえたら嬉しいですね。」

TALK SESSION 04|オフグリッドのハードとハート

その後は、自然と調和した暮らしを探求するarbol一級建築士事務所の堤 庸策さんを迎えたトークセッションがスタート。実際にオフグリッドの住まいで生活しながら実践と探求を続ける堤さんと共に、「オフグリッドと共にある暮らし」について紐解いていきます。

堤さん:「オフグリッドは、都市生活のままグリッドなしで暮らせるわけではありません。生活そのものをシフトする必要があります。
自分の暮らしに本当に必要なものは何か、どれくらいの電気を使っているか、どれくらいの制限から不自由を感じるのか。それは人それぞれ違いますし、自覚的であることが大切です。オフグリッドに適した家も、一般的な nLDK の家とは違う形で、人それぞれ多様なのだと思います。」(トークより抜粋)

あなたにとって家とは何か——寝床なのか、食卓を囲む場所なのか。求めるものは人それぞれであり、家の形や選択肢ももっと自由で多様でいいのかも。自分にぴったりの家はどんな形で、どこにあって、どんなものが備わっているのか。考えるだけでワクワクします。

TALK SESSION 06|コミュニティビルダー・サミット

続いてYADORESIでは、鶴川団地の鈴木真由さん、星天qlayの大越瑞生さん・日置法男さん、ニューヤンキーノタムロバのダバンティス・ジャンウィルさん、あやセンターぐるぐるのコミュニティビルダーを務めるYADOKARIの君塚が集い、これまでの活動、哲学を共有するコミュニティビルダー・サミットが行われました。

ビルダーたちの言葉をいくつか紹介します。

答えのない問いに向き合いながらも、自らもまちで暮らし、楽しむ姿勢を忘れない。そんな彼らの率直な思いが語られました。

会場には、YADORESIや鶴川団地、タムロバに住む住民たちも来場し、ビルダーたちの姿を温かく見守っていました。

YADOKARIを起点に、さまざまな場所でコミュニティや暮らしが広がっていく様子を垣間見られる、心があたたまる時間でした。

TALK SESSION 04|変わり続ける自分を解放する働き方

最後のトークセッションは、芝生広場にて「日本仕事百貨」のナカムラケンタさんを迎えて。型に縛られず、新たな採用や働き方のカタチを耕し続けるナカムラさんと共に、自分らしい働き方をデザインする力や、それを受けとめる組織のあり方についてのディスカッションが行われました。ナカムラさん自身の失敗談も交えながら、働き方の本質に迫ります。

ナカムラさん:「仕事をほどほどにしたい人もいるんだなって知って、ひとりひとりの気持ちを確認することが大事だと気づいた。だから、働く量や、給料を自分で決められるような組織体制をつくりました。」

「会社を登山に例えると、以前は先頭を歩いていました。今では後ろのほうから、みんなが登っている様子を眺めているようで、とても楽しいです。みんなも生き生きと働いているし、業績も伸びている。大変なこともあるけれど、良い組織に育ってきました。」(トークより抜粋)

共に登壇したYADOKARIメンバーの伊藤・北本からは、

「メンバーが楽しそうにしているところを少し引いたところから見守るときもあれば、どうしてもみんなで高い山を登らなければいけないときもある。そんなとき、経営者やリーダー層はどうしたらいいのでしょうか?」

「ナカムラさんにとって、YADOKARIってどんな組織ですか?」

といった質問も投げかけられ、働き方や組織の在り方を模索し続けるナカムラさんに対して、YADOKARIメンバーが疑問や悩みを赤裸々に相談する、まるで「公開人生相談」のような場に。

芝生広場でその様子を見守るYADOKARIメンバーも、それぞれが自分の働き方や未来を重ね合わせながら、静かに思いを巡らせていたのかもしれません。

最後に、YADOKARIが普段オフィスとして使用している、qlaytion galleryの様子です!

YADOKARI History Exhibition|11年間のヒストリー展示

空間の中央には、YADOKARIのヒストリー展示が。創業前夜の3年間から、12年目を迎える今年までの歩みを示したタイムラインには、YADOKARIの変遷が丁寧に描かれていました。風に揺れるタペストリーは爽やかさを感じさせる一方で、メンバー直筆のありのままの想いや決意、葛藤といったリアルな想いも刻まれ、見ごたえがありました。

ニューヤンキーノアシアト by ニューヤンキーノタムロバ

弘明寺にあるクリエイティブシェアハウス「ニューヤンキーノタムロバ」のブースでは、今年入居した4期生たちの暮らしが紹介されていました。

エンジニア、漫画家、プロデューサー、昨年に続き2年目の滞在になるメンバーなど、多様なバックグラウンドを持つメンバーが、自身の人生や入居の決断について、展示物とともに語ります。

以前、2・3期生の卒業イベント「ゼロフェス」を取材した際の、卒業生たちのエネルギーも思い出され、今回の4期生がどのような姿で卒業していくのか、今から楽しみになるブースでした。

YADOKARI Partners’ Voices|経営パートナーたちの想い

こちらは、株主や経営パートナーの声を集めたコーナーです。YADOKARIを応援し続ける方々が、「YADOKARIに期待していること」や、今回のテーマ「Homo Mobilitus」についての率直な想いを語る特別な機会となりました。

出会った時期や立場が異なるからこそ、多様な視点から語られるYADOKARIの活動への意見は、とても興味深く、刺激的です。

企画担当 コーポレート事業部 郷原かなえ

「普段の仕事や、今後の経営方針を決めていく中で迷うことも多いですが、こうして近くにYADOKARIのことを考えてくださる方がいることが、メンバーにとって大きな支えや糧になるといいなと思い、このブースをつくりました。来場したくださった方にも何かヒントや後押しになれば嬉しいです。」

TINY HOUSE CONTEST EXHIBITION

お向かいのお部屋では、初の自社開催となった「YADOKARI TINY HOUSE CONTEST 2025」で集まった157作品が展示されました。ひとつのタイニーハウスにこだわりを詰め込んだアイデアから、タイニーハウスを複数使ってコミュニティづくりを提案する作品まで、多様な視点が並び、とても見ごたえがありました。

中には、「自分のアイデアが飾られているのを見たい」と、スーツケースを持って遠方から訪れた方の姿も。

「自分だったら、このタイニーハウスをどこに置いてみたいだろう?」「この空間にどんなものを置くだろう?」と想像が膨らみます。世界中から集まったタイニーハウスのアイディアに自分自身が映し出される。たくさんの応募作品を通して、そんな鏡祭らしい体験ができたように思います。

おわりに

YADOKARIが共にお仕事をしている方々や、各コミュニティのコミュニティビルダーやシェアハウスの住民、YADOKARIの卒業生など、多くの方で賑わい、2025年の鏡祭も幕を閉じました。

企画やトークの中には、時にYADOKARIの悩みや葛藤が映し出される場面もありましたが、YADOKARIがこれまでにつくってきたたくさんのつながりや、豊かな暮らしを実践者たちが、彼らの舞台を支え、彩ってくれていたようにも見えました。

YADOKARIが育んできたコミュニティと人のつながりが、一堂に集まった場は、まるで宝箱のよう。

この大きな文化圏が、これからどんな形に広がり、どんな景色を見ることができるのか。未来が待ち遠しくなるイベントでした。

 

取材・文:鈴木 佐榮
写真:藤城 佑弥

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12歳のハンナ・カトラーは、父ジム・カトラーと一緒に、アメリカのワシントン州、ピュージェット湾の島に小さなキャビンを建てた。作業は週末に行われ、約8か月かけて完成。窓から湾の景色を眺め、折りたたみベッドでくつろぐ時間もあるこの小さな空間は、「頭に描けるものは、作れるんだ」という貴重な教訓を、ハンナ、そして子どもたちにそっと教えてくれる住まいだ。

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自然に溶け込むデザイン

80平方フィートのキャビンは、常緑樹サラルの茂みの間にそっと佇み、湾を一望できるパノラマビューを取り込む。既存のツールシェッドの基礎を活かし、周囲の植物をなるべく残す工夫を施した。シダー材の歩道は根を避けて湾曲し、自然との一体感を損なわない設計になっている。

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親子でつくる学びと工夫

ハンナと父ジムは、木材をカットして基礎に運び入れ、ジムが支える間にハンナがパワードライバーで固定する。フレーミングや断熱、コルテン鋼の外壁・屋根施工までほぼ親子だけで行い、唯一大きなガラス窓の設置だけは3人の協力を得た。湾の景色を室内に取り込む大きな窓は、完成後のキャビンの魅力を一層際立たせる。

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家族の多目的な隠れ家に

完成後のキャビンは、父の仕事場、ハンナの友達が泊まるバンクハウス、そして普段は家族の団らんの場としても活用される。
折りたたみベッドはソファに変わり、小さな空間ながら多用途に使えるのが特長だ。ジム自身も「キャリアで設計した中で、この家が自分らしさに最も近い」と語る。小さなキャビンは、親子の協働と自然との調和を通して、ものづくりの喜びと家族の時間をそっと育む空間になった。

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「生きかたを、遊ぶまち」をコンセプトに掲げる、相鉄本線・星川駅〜天王町駅間の高架下施設「星天qlay(ホシテンクレイ)」では、2025年7月19日(土)、夏の夕涼みを楽しむ音楽イベント「宵祭(よいまつり)」を開催しました。

今回の「宵祭」は、心地よい音楽とともに夏のひとときを味わう特別な1日。個性豊かなアーティストたちのライブやパフォーマンスが繰り広げられ、訪れた方々が、音楽に耳を傾けながら涼やかな風を感じたり、おしゃべりに花を咲かせたりと、それぞれの“宵”を楽しんだ、当日の様子をレポートしていきます。

大盛況の星天ライブ&マルシェ

芝生広場では、「星天ライブ&マルシェ」を開催!

トップバッターは、世界的スポーツイベントや各地のフェスでも活躍するカルナバケーションさんです。 開演前からたくさんのお客さんが集まり、サックスの爽やかな音色とともにライブがスタート。空気がふっと切り替わって、高架下はまるで夏フェスのようなにぎわいに包まれました。自然と手拍子が広がり、体が動き出す。会場全体がわくわくした一体感に包まれます。

なかでも、カルナバケーションさんのリードで観客の皆さんが手拍子を合わせるセッションは、大人も子どもも巻き込みながらの大盛り上がり。音楽でつながる、気持ちのいいひとときでした。

カルナバケーションさんのコメント:
「すごく楽しい1日でした!フェスだと音が外に出てしまいがちですが、高架下では響きが返ってきて、ホールで演奏しているような心地よさがありました。お客さんにも、それを感じてもらえたんじゃないかなと思います!」

 

続いて登場したのは、CERTE(セルテ)さん。
トロンボーン、フルアコースティックギター、そして女性ボーカルという、ユニークな編成のユニットです。

さっきまでのにぎわいから一転、ぐっと穏やかな、大人の空気感に。高架下にジャズのゆったりとした音がふわりと響き、風が音楽に乗って流れていくよう。聴いているうちに、自然と体がリズムにのって動き出すような心地の良い時間でした。

その後登場したのは、Yumedori(ユメドリ)さん。
ガットギターとパーカッションを奏でる、おふたりによるユニットです。

演奏のスタートと共におふたりのやわらかく優しい音が、自然の音や風、子どもたちの声など周囲の音とひとつになっていくような不思議な感覚に。日が少しずつ落ちていく時間とともに、心がすっと落ち着いていくのを感じます。

日が沈むなか、子どもたちの声や風を感じながら、ゆったりと豊かな夕暮れを楽しむことができました。

高架下で異文化体験も!マルシェやワークショップも開催

同じく芝生広場では、マルシェやワークショップの開催も。

まずは、AFRICA COLAのチャーリーさん。自身のルーツであるアフリカ原産のスパイスだけを使ったこだわりのクラフトコーラを提供してくださいました。京都から東京まで、コーラを売り歩く旅の途中で星天qlayに出会い、今回の出展をとても楽しみにしていたとか。

スパイスが効いたあっさりとした味わいで、後味は少しピリッとスパイシー。暑い夏でも飲むと元気が湧いてくる、とても爽やかでおいしいクラフトコーラでした。

また、E2C(Project Exchange to Change)さんは、モロッコで買い付けたたくさんの雑貨を販売。普段は、モロッコのツアーやイベント開催、ワークショップ、現地式のお買い物体験などを通じて、日常と世界をつなぐ新しい文化交流をつくっているのだそう。

今回は、モロッコ独特の「書き値」(欲しい商品の金額を紙に書いて提示し、店主と交渉して購入する方法)という買い物文化も体験できる特別な機会のご用意も。日本ではなかなか出会えないユニークなスタイルに、多くの方が新鮮な驚きを感じていました。高架下で異文化に触れられる、貴重な体験でした。

たくさんの子どもたちでにぎわっていたのは、「たまごマラカスづくり」のワークショップ。このワークショップは、同日開催のイベント「Loop」(天王町・星川エリアの飲食・物販・サービス店をチケット制でお得に楽しめる地域回遊型のイベント)の参加店舗として出店。
小さな卵型の容器にビーズやひまわりの種を入れて、オリジナルのマラカスを作るブースです。シールを貼ったり色を塗り、自分だけのデザインをつくることができます。

マラカスを作った子どもたちによる即興のセッションも大盛り上がり。その後のライブでもマラカスを握って音楽を楽しむ子どもたちの姿がありました。

また、クリエイター向け協働制作スタジオ「PILE」さんによるワークショップも、Loopの参加店舗として開催。
ボタニカルアートでうちわをデコレーションするコーナーと、夏にぴったりのフェイス・ボディペイントが体験できるコーナーがありました。

地域で集めた植物やドライフラワーを使って、自分だけのうちわが作れます。

フェイス・ボディペイントは、すいかやひまわりなど夏のお祭りにぴったりのデザインから好きなものを選び、身体に描いてもらえます。特別な日にふさわしい体験で、気分を盛り上げてくれました。

そして、今回のイベントでは、「星天ヒト×コト ホッピング」と題したスタンプラリーも開催。星天qlay内のお店に掲示されたスタッフさんたちの「夏の夜、星天qlayで聴きたい曲」を集めて、Cゾーンの芝生広場へ行くと、素敵なプレゼントがもらえます。会場内を駆け回る子どもたちの元気な姿が、とても印象的でした。

まちの人のステージ、オープンマイクを開催!

Bゾーンでは、今回の星天qlayで初めての試みとなるオープンマイクを開催!開始から多くのパフォーマーが、それぞれの方が想いのこもった演奏をお届け!子ども連れのご家族やご年配の方など、たくさんの方が足を止めて、ふとした夕涼みのひとときを楽しみました。

気軽に音楽に触れられる!音育ワークショップとオープンピアノ

DゾーンのYADORESIでは、親子で楽しめる音育ワークショップが行われました。

段ボールでギターを作るワークショップや、屋外にはオープンピアノも設置され、通りすがりの方々が気軽に立ち寄っては自由に音を奏でていました。

お酒を片手に生演奏を楽しめる、夜のジャズライブ

段々と日が沈み、空がピンク色に染まり始めるころ。 
Eゾーンを舞台に、「星天ライブ」がスタートしました。

夕暮れにぴったりのジャズライブが繰り広げられ、お酒を楽しめる飲食店が多いEゾーンは、しっとりとした大人の雰囲気に。

最初に登場したのは、はっぴーばーすでーズさん。シェアハウス「YADORESI」の住民とそのご近所さんで結成されたアコースティックバンドです。

今回の宵祭ではジャズアレンジに初挑戦。YADORESI住民や顔なじみの方々が応援に駆けつけ、演奏を盛り上げる場面や、友人の誕生日を歌でお祝いする場面もありました。星天エリアとつながりの深い彼らならではの、あたたかく心に残る30分間の演奏でした。

はっぴーばーすでーズさんのコメント:「今回はジャズに初挑戦!いつもとは違う状況ではありましたが、仲間たちが盛り上げてくださり、私たちらしい演奏と雰囲気をつくることができたように思います。とても楽しかったです!」

その後は、芝生広場でも演奏したCERTEさんとYumedoriさんが再び登場。

CERTEの歌声やサウンドと夕暮れの雰囲気がぴったり合い、素敵な演奏で胸がいっぱいに。ピンク色の空とも重なり、とても素敵な空気感に包まれました。

CERTEさんのコメント
「夕方のこんなに心地よい時間に歌うのは初めて。ライブハウスやフェスなどで演奏することは多いですが、こんな開放的で涼しい場所での演奏は珍しく、とても気持ちよく歌わせてもらいました。ぜひまたここで演奏したいです。」

Yumedoriさんが登場する頃には、あたりはもう真っ暗に。静かな夜のまちに響く打楽器の音はまるで木々がそよぐ音のよう。お酒を楽しみながら夜の時間を過ごす方々のそばで、夜の雰囲気を華やかに彩ってくださいました。

Yumedoriさんのコメント
「今回は、ブラジルの音楽を中心にボサノバを演奏させていただきました。野外ライブを思い出し、懐かしい気持ちにもなりました。」

まとめ

暑い夏の夕暮れ、みなさんと涼を楽しむひとときとして開催された宵祭。生演奏に包まれながら、美味しいお酒やごはん、大切な人との特別な時間を楽しめる贅沢な時間となりました。

子どもからご年配の方、この日を楽しみに星天qlayに足を運んでくださった方々、そしてお仕事帰りにふらりと立ち寄ってくださった方や、お散歩の途中に寄ってくださった方も、それぞれのペースで宵の時間を楽しんでいる様子で、多くの方と心地よいひとときをご共有できたことをとても嬉しく思います。

ご来場いただいた皆さま、ありがとうございました!

取材・文:鈴木 佐榮

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週末の時間をおもいっきり楽しみ、自分を解放するための拠点。それがタイニーハウス「the weekender」だ。朝の日差しが差し込む明るいリビングで、香り立つコーヒーを片手にゆったりと過ごす。少し汗をかいたら肩の高さの扉を開け、外の風と光に包まれながらシャワーを浴びる――小さな家だからこそ生まれる、自由で特別な時間が随所にちりばめられている。

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光あふれるリビングで過ごす時間

北側には大きな開口部とデッキが広がる。晴れた日には日光や風を感じながらリビングでくつろぎ、雨の日には室内からしっとりとした自然の景色を眺める。屋内と屋外がシームレスにつながる設計が、開放感あふれる居心地をもたらす。

そして寝室奥のシャワールームには外に向かって開ける小さな扉が設けられているという。景色を感じながら浴びる水の心地よさは、日常では味わえない非日常体験。プライバシーは守られつつ、光と風を全身で感じる瞬間が、短い滞在をより贅沢なものに変える。

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変幻自在の小さな拠点

明るく広々としたリビングやキッチンは、快適な滞在を支えるだけでなく、内部をオープンに使えばスタジオやギャラリー、オフィスとしても活用できる。週末だけでなく、長期滞在や定住にも対応する柔軟な小さな拠点だ。
「the weekender」は、コンパクトでありながらも光と開放感にあふれ、自然とつながる体験を提供する住まい。小さな空間に込められた工夫が、短い週末を忘れがたい時間へと変えてくれるはずだ。

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ブラジル・サンパウロで開催された展示「Janelas CASACOR 2020」で公開された「Elo Studio」は、建築家ティシアーネ・リマが手がけた15㎡のコンテナハウスだ。

真鍮と吹きガラスを組み合わせ、空虚さと支え合いを象徴するその表現を、住まいという空間に重ね合わせている。ガラスの繊細さを「家」に見立て、コロナ禍で家が避難所となった状況を示唆するように、住まいを「 fragile(壊れやすい)けれど互いに支え合う場所」として再定義した。

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最小限で最大の心地よさ

内部はキッチン、オフィス、バスルーム、寝室、そして屋上へとつながる構成を持ち、限られた15㎡を巧みに使い切っている。スカンジナビアデザインを基調に、自然素材を活かした明るい空間が広がる。家具は最小限に抑えつつも多機能性を備え、持続可能な木材「Grano」を取り入れることで、軽やかで温かみのある雰囲気を生み出した。小さいからこそ必要なものだけが厳選され、日常に寄り添う余白を感じさせる空間だ。

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都市に浮かぶ小さなオアシス

Elo Studioの大きな魅力は、都市のただ中で自然とつながる仕掛けを備えていることだ。キッチンや寝室の窓から風や光を取り込み、屋上にはランドスケープデザイナー、フラヴィオ・アビリオによるグリーンルーフを設置。さらに、リラックスできるテラスを併設し、都市生活にいながら自然と触れ合える環境をつくり出している。太陽光パネルによる発電と柔らかな採光も相まって、明るく健やかな空気感が漂う。

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家が問いかける、本当に必要なもの

「Elo Studio」は、単なるコンパクトハウスではない。そこには「人が暮らすうえで、本当に必要なものは何か」という問いが込められている。限られた面積を工夫しながら、安心感や居心地を最大化する設計は、パンデミックを経て価値観が揺らぐ今の時代に、あらためて住まいの本質を考えさせてくれる。小さな巣のような空間に身を委ねることで、住むことの意味、そして家がもつやさしさを深く味わえるのだ。

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