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▼Made in Serigaya 詳細はこちら

町田駅から約700m徒歩圏内の距離にある市街地のシンボル的な公園である芹ヶ谷公園。園内には国際版画美術館が位置し、豊かな自然の空間には彫刻噴水・シーソー等の美術作品も点在しており、「まちなかで人と緑が出居合ふれあう芸術の杜」というテーマで「芹ヶ谷公園”芸術の杜”構想」として再整備プロジェクトが進められています。
 
そのなかで、芹ヶ谷公園と(仮称)国際工芸美術館を一体的に整備していくにあたって、この”芸術の杜”のコンセプトを「パークミュージアム」と名付け、公園の価値と資源を活かしながらまちなかの賑わいと連携させていくことで、町田の多様な文化芸術の活動や公園の豊かな自然を体験しながら学び楽しむことができる新たな体験型の公園としていくことを目指しています。
 
このパークミュージアムを実現していくために、様々な”公園で〇〇したい”という声を集め、実際に様々な公園活用の取り組みをおこなっていくための市民参加型プラットフォームが「Made in Serigaya(メイドイン芹ヶ谷)」です。
 
芹ヶ谷公園から市民が主体となって町田の文化や自然の魅力を発信し、さらに芹ヶ谷公園から新しい文化を生み出していこうという思いから「Made in Serigaya」と名付けました。
ここから生まれたアイデアやプロジェクトは、パークミュージアムの取り組みとして芹ヶ谷公園の新たな魅力となっていくことを目指します。
 
動画は、2020年11月14日~15日、これまでみんなで「想像」してきた将来の芹ヶ谷公園の風景を、2日間にわたって実際に「創造」してみようという実験的な取り組み「Future Park Lab」の様子です。是非ご覧ください!
 
▼「Future Park Lab」の様子ついてはこちら

YADOKARI×BEYOND ARCHITECTURE 協働取材!

4月26日、東京・神田錦町に誕生した複合施設『神田ポートビル』。入居するのは、サウナ、写真館、学校、印刷会社など、異業種の顔ぶれ。なぜ、このラインナップになったのか? 前回に引き続き、取材は、YADOKARIとBEYOND ARCHITECTUREの協働で担当。プロジェクトメンバーよる完成までのウラ話をお楽しみください。

聞き手:さわだいっせい(YADOKARI 代表取締役 CEO)、みやしたさとし(BEYOND ARCHITECTURE編集長)

竣工した「神田ポートビル」外観(写真/「神田ポートビル」公式サイトより)

竣工した「神田ポートビル」内観(写真/「神田ポートビル」公式サイトより)

(前回の記事はこちら

神田でサウナ⁉︎ 東京の真ん中で、ほっとひと休みできる場所を。

神田ポートビルのプロジェクトメンバー 。(右から)池田晶紀さん(写真家)、米田行孝さん(ウェエルビー代表)、藤本信行さん(建築家)、芝田拓馬さん(安田不動産)

米田 (今回のプロジェクトは)ずっとやる気なかったんですよ、本当のところ。池田さんはいつもこんな調子で、「今度サウナを東京でつくりたいんですよ、だから今度ちょっと見に来てよ」って感じで気軽に言う。でも僕は、「サウナって大変だよ、運営たいへんだよ、やめときなよ」ってずっと言ってて。

池田 確かにっ! 米田さんが言ってることが正しいよ。

米田 そう、いつもこんな調子(笑)。で、「米田さんがやらないなら自分でやろうかな」とか言うから、「それはやめとけ」「もっとこうしたほうがいい」とか、なんだかんだと言っているうちにいつの間にか自分がやることになっちゃったんですよね。騙されて(笑)。

池田 そのとおり。

米田 (笑)。僕はそもそも、自分の店の売り上げを極端に増やしたいとか、業界のシェアを上げたいとかそういったことにはあんまり興味がなくて、じゃあ何をしたいかというと「サウナカルチャー」を広げていきたいだけなんですよ。だから土地が限られていて賃料が高い東京に店を構える理由がなかったのでやってこなかった。この話を聞いたときも気持ちは変わらなかったんですよ、初めは。

芝田 でも米田さん、最初にこの建物と神田を見て回ったとき、リップサービスだったかもしれないですけど「この街にはサウナが必要だよね」って言っていました。

藤本 「ないとかわいそうだ」ぐらいの勢いで。

池田 リップサービスだよ。

米田 いや(笑)。僕は名古屋の人間なんで東京には詳しくないし、正直あんまりいいイメージももってなかったんですよ、東京って。ぎゅうぎゅう詰めに建物が建っていて人も多くて空気も悪いってイメージで。でも、この神田エリアをグルグル歩き回ってみたら、お風呂屋さんがあったり、レコード屋とか古本屋さんとか昔ながらの喫茶店みたいな店とか自分の好きなものばかりがあって。喫茶店とかに入ってまわりのお客さんの話を聞いていると大学の先生らしき人とかが来ていて、学問的なおもしろい話なんかもしていて。「あれ、ここってなんかすごくいい」「日本のおもしろさが凝縮された街なんじゃないのか」って思えてきて。東京ってどんどん新しい超高層ビルが建ってそこに人を集めようとするけど、東京の魅力って実はそこじゃなくて、もっと本質的な魅力というか、都市ならではのカルチャーが積み重なっていることで、まさにそれがあるのがこの神田なんじゃないかって。なんとなくサウナと共通するものがあるなって思って「神田にサウナはないの?」って聞いたら、ないって言うから、それで「サウナないとダメじゃん」って言ったんですよ。だから、そのときは自分でやるとはまったく思ってないんです。

芝田 誰かにやってもらうといいよね、みたいな。

米田 ただ、池田さんとは前から縁があったというか。こんなお調子モノだから、前も急な依頼で人力車サウナをつくったことがあったんですよ。

池田 スパイラルビルで僕の個展があったときですね! スパイラルの中では火を使えないので実際には稼働しなかったんですけど、そのときつくった人力車サウナを神田のアートプロジェクトで実際に使おうって話になったんですよね。そんな無謀なことを許してくれた街なんですよ、神田は。

米田 だからもう、なんか、みんな出会っちゃったんだよね、結局のところ。

池田 そう、しょうがないですよ、運命なんだから。

米田 池田さんはこのビルにも街にも縁がある。自分もこの街が好きで、このビルの雰囲気も気に入って、ここがどういう風に変わっていくのか見てみたいという純粋な興味が湧きましたよね。普通、街の開発っていうと、超高層ビルをバーンみたいなものがほとんどですけど、僕はツルツルピカピカしたものがあんまり好きじゃなくて。もうちょっとザラザラっていか、味わいのあるものに関わっていくのならおもしろいと思っているので、このプロジェクトは感覚的におもしろいんじゃないかなって。街の開発というか、街づくりに参加できるのであればいいなって思うようになって、いつの間にか巻き込まれたって感じです。でも実際に考え始めてみて、これからの街のデザインってどんなことだろうって思ったとき、心地良さが重要なキーワードになるんじゃないか。心地良さならば、サウナを生業にしている自分ができることかなって。サウナができることによって、どうやって人が集まってくるのか、何か生まれるのかっていうのは始まってみないとわからないことですけど。

池田 ある意味、実験みたいなもんだよね。

(右)池田晶紀さん(写真家)、(左)米田行孝さん(ウェエルビー代表)

こうして安田不動産の芝田さん、藤本さん、池田さんに加え、サウナのプロ、米田さんが加わった。

池田 先ほどお話したように、2017年にフィンランドヴィレッジで糸井さんに初めてお会いしたんですけど、その後もときどきお会いする機会があって、いっしょにご飯を食べているときにこのビルの話をしたんですよね。僕はコマンドNで街とアートをつなげる活動をしてきたから、今度はこのビルを拠点に同じことができるね、という話をしていて。そしたら糸井さんが「それって街づくりじゃん、なんか楽しそうでうらやましいなあ」っておっしゃって。僕は冗談半分で「何かあれば協力してくださいよ」みたいなこと言ったんですけど、そうしたら後日、本当に連絡がきて「池ちゃん、こないだの話してたビル、見に行きたいんだけど」って。

芝田 実はその時点では、2階と3階に何が入るか決まってなかったんですよ。

池田 ちょうど外資系の企業と交渉している段階で、なんか自分たちとは温度差がありそうな感じではあったんですけど、でも家賃を払ってもらえるんだったらいいか、みたいな感じで。でも本心では、僕は精興社さんとは昔から仕事しているし、米田さんもよく知っているし、何かしらつながりがあるとか、クリエイティブな人たちがいいよなって気持ちもあって。

芝田 そんなタイミングで糸井さんが見に来てくれることになって。

池田 糸井さんがビルを見ているところを後ろから写真撮って、それをグループラインに送ったんですよ。「糸井さんは単に見に来ただけで絶対に入らないので期待はしないでね」って言いながら。でも、僕自身このメンバーの熱意と誠意がすごく伝わってきて、このメンバーでやるからこそどうにかいいものにしたいっていう気持ちがどんどん強くなって。だったらみんなにも糸井さんに会ってもらおうとカジュアルにご飯を食べる機会をつくったんですよ。糸井さんを口説こうとかって話でもなく。でも、話をしているうちに糸井さんがだんだん入ってくるんですよ、なんかこう、すでに一緒にプロジェクトを動かしているような、少しずつ耳を傾けてもらっている状態が続いて。そんなある日、「僕、行くよ」って糸井さんが決断をされて。

芝田 「うちら(糸井さん)がこのビルに入ったらうれしいだろう?」って。

池田 なかなか言えないよね。僕が同じこと言ったら、お前誰だよって。

芝田 (笑)。これもつながるんですけど、社内の初期の企画会議で、この街のペルソナを話したとき、実は糸井さんの名前も挙がっていたんです。糸井さんみたいな人がきてくれるといいよねって。そのときはまさか、『ほぼ日』が神田に移転する話に繋がるなんて誰も想像できてませんでしたから、本当に何かに導かれたという感じです。

2階部分にある「ほぼ日学校」のフロア

入り口のドアには「ほぼ日学校」のマークが

共有部にある本棚は、昨年亡くなられた和田誠さんから譲り受けたもの

ほぼ日学校の入り口にあるフロントロビーは、ワークスペースとしても使える

糸井さんの英断により、『ほぼ日の學校』が仲間入りすることが決定。サウナ、写真館、学校、オフィスが一同に集い、このビルの個性がより際立つことになった。そして、プロジェクトの勢いも一気に増すことになる。

芝田 「ほぼ日の學校」が入ることが決まって、糸井さんがうちの会社に来てプレゼンテーションしてくれたんですけど、それが本当にプロフェッショナルの仕事で。はじめにお話したように、うちの社長はサウナがキライなんですけど、最後は社長も含めて会場みんながスタンディングオベーション。

池田 糸井さんは言葉の人だから、このプロジェクトの方向性が決まったのってやっぱり糸井さんが入ったことが大きいんですよ。神田ポートビルという名前も糸井さんがつけてくれたんですけど、このネーミングを解読してみると、ポートって港で、港がどういう位置づけかというと人が休むところであり、再出発するところ。旅人が集まる場所でもあるし、街の中心でありながらつなぎになるような場所。要は都市のなかの港になろうというのが神田ポートビルなんですね。ということはつまり、“休む”っていうことがキーワードになっていて。

米田 都市の生活って苦しいこともたくさんあるじゃないですか。だからこそ、そこに“休み”が必要だと思うんですよ。

池田 でも、ここは遊園地ではないんで、決まった遊びを提供しますじゃなくて、どう遊ぶかは個人の自由に任せているんです。建築的にもスタディだし、スタートしてから変化していってもいいというか。そういう意味でも、途中っぽさというか、受け手側の余白があって、そこに可能性があるなって思うんですよ。いろんなものを大盤振る舞いで提供するからどうぞっていうことじゃなくて、入る側にもある程度の用意っていうか、学びたいからくるんだとか、気持ちよく休みたいから来るんだっていう、自分の生活にきちんと意識を向けていてほしいというか。

米田 今回はそのひとつがサウナですけど、サウナ的なものであればほかのものでも構わないと思いますし。

池田 でも、僕らは結局サウナつながりなんですけどね。

藤本 ほかにない(笑)。

池田 だって俺、写真家だから、本来は。でも今思うと、サウナっていう導きがあって、そうならざるをえない状況で今に至るというのが本当の話なんですよ。ね、そうですよね?

米田 そのとおり(笑)。

池田 おチャラけたカメラマンが強引にサウナサウナって言ったんだって思われるかもしれないけど、違うんです! サウナの導きどおりにやっていっただけなんですよ!(了)

終始楽しそうに語り合うプロジェクトメンバーの4人

【取材を終えて】
あらかじめ答えを用意したプロジェクトではなく、成り行き、導き、いや、必然によって進んだプロジェクト『神田ポートビル』。米田さん率いる『サウナラボ』、池田さん率いる『あかるい写真館』、糸井さん率いる『ほぼ日の學校』が入居し、この4月から街の人はもちろん、神田錦町に訪れる人たちみんなが自由に利用できるようになる。住む人も、働きに来る人も、遊びに来る人も、さらには学びに来る人も休みに来る人も、どんな人たちをも受け入れてくれる深い懐を持つ“ポート”ビル。神田の街でどんな存在になるのか、今から楽しみだ。

屋上にはサウナの客がくつろげる屋外スペースを設置

Text : Naoko Arai Photo:Akemi Kurosaka


profile
(「神田ポートビル 公式サイト」より抜粋)

池田晶紀 / IKEDA Masanori
写真家 / 株式会社ゆかい 代表。担当:クリエイティブディレクション
私の本業は写真家です。写真家は「会う」ことが仕事ですが、会うことを仕事にしている次の狙いは、「会う場所」をつくることでした。これからつくるこの場所には、いろんな出会いがあります。それは、人であり、物であったり、事であり、はたまた自分自身であったりと、様々なアカデミックな仕掛けとセットでオルタナティブな人たちが出入りする計画です。さらに特異なポイントとして、神田錦町という街や人が持っている気風にも触れながら、この場所に、サウナに入りに来てください。とっても贅沢な時間として、ここで野生の呼吸を取り戻す習慣がつくれたら、と考えています。

米田行孝 YONEDA Yukitaka
サウナラボ / 株式会社ウェルビー 代表
人も自然の一部だと気づき、野生に目覚めるのがサウナです。身体的感覚を取り戻し「ここちよさ」を感じとることが、デジタルの時代には必要だと考え、都市でのストレスを解放する身近な自然として、この街にサウナという木を植えます。サウナは人と自然を繋ぎ、人と人とを繋げる場。新しい出会いがこの街に新たな風景を作ります。

藤本信行 FUJIMOTO Nobuyuki
建築家 / バカンス株式会社 代表。担当:デザイン監修
都会で生活する人を元気にするその効能を盲信したまま、まちづくりの原動力としてサウナを提案したのが2年半前。同じころに池田さんに出会ったのをきっかけに、サウナラボ東京初出店、ゆかいさんスタジオ移転、ほぼ日の学校初の常設、さらには精興社さんとのコラボまで、ファンタジックな展開にすでにととのいさえ感じています。サウナは地面に穴を掘ってつくったのがはじまりだそうです。個人的には、それを地下空間につくることに誰よりも興奮しながら計画に関わらせていただきました。地中から湧き出るサウナエネルギーで、これからこのまちがゆっくりと蒸されながら活性化していくのをとても楽しみにしています。

芝田拓馬 SHIBATA Takuma
安田不動産株式会社。担当:プロジェクトマネジメント
地元民から来訪者と多様な人々が行き交いながらも、祭りや人情を通じて、居心地の良い距離感で繋がっていることが神田の魅力だと思います。そんな神田との”縁”で集まったメンバーが、このまちを「第二の地元にしたい」と夢語り進めてきたプロジェクトが間もなくお披露目です。サウナ・学校・写真館と、単なる言葉の組み合わせでは説明しきれない新たな場は、控え目に言って最高です。この場所で生まれる出会いや旅立ちに、地元不動産会社ならではの、神田の水先案内をさせていただきます。


(事業概要)
施設名:神田ポートビル
所在地:東京都千代田区神田錦町3-9
用途:事務所・公衆浴場
構造・規模:RC造 地下1階地上6階  延床面積2,980.52㎡
事業主:安田不動産株式会社
企画支援:藤本信行(バカンス株式会社)
デザイン監修:バカンス株式会社、株式会社須藤剛建築設計事務所
神田ポート(1F)プロデューサー:小林知典(株式会社ゆかい)
クリエイティブディレクション:池田晶紀(株式会社ゆかい)
ネーミング:糸井重里(株式会社ほぼ日)
ロゴデザイン:菊地敦己(アートディレクター)
協力:日本ペイント株式会社、優美堂プロジェクト(東京ビエンナーレ2020/2021)

via: dezeen.com

ローマ近郊の海辺の歴史的な町フレジェネに、隠された建築廃墟がある。宇宙的とも未来的とも見えるオブジェのような建造物は、異次元世界の雰囲気を醸している。

via: dezeen.com

この「カーサ・スペリメンターレ(実験の家)」は、イタリア人建築家 ジュゼッペ・ペルジーニ、妻のウガ・デ・プレザン、そして後に息子のレイナルド・ペルジーニによって、1968年から1975年の7年間かけて建てられたものだ。

別名カーサ・アルベロ(ツリーハウス)として知られるこの建物は、フレジェネの海岸近くの松林の中に、週末の実験的な別荘として建設された。1995年に建築家が亡くなって以来、この建物は廃墟と化しており、遠い過去から忘れ去られたランドマークとなっている。

via: dezeen.com

カーサ・スペリメンターレには、打放しコンクリートなどを用いた彫刻的な建築表現である「ブルータリズム」の斬新な建築技術が実験的に使用されている。建築家のペルジーニは、1960年代から、コンピュータプログラミングを建物の設計に適用することを最初に検討した建築家の一人。ペルジーニにとってカーサ・スペリメンターレは、回転構造とプレハブ要素のアーキテクチャの可能性を調査するプロジェクトでもあった。

via: dezeen.com

樹木の中に高くそびえ立つカーサ・スペリメンターレは、立方体と球体のモジュールからなる建物が、コンクリートの枠組みの中に、幾何学的に組み合わさっている。モジュール構造により、住みながら自由に拡張することができるように設計されているのだ。

メインの建物と地上を結ぶ赤い階段は、吊上げ橋のように地面から引き上げることができ、離陸する宇宙船のように誰も中に入ることができなくなるという。

via: dezeen.com

球体の部屋は、メインフレームからぶら下がっているものと、敷地内に別の場所にある直径5mの離れのゲストハウスの2つがある。

via: dezeen.com

メインの建物は、立方体の透明なウィンドウボックスを散りばめた、積み上げられたコンクリートボックスを特徴としている。

via: dezeen.com

via: dezeen.com

内部は、寝室、キッチン、バスルームで構成され、2つの部屋を含む3つの3mのキューブのモジュールで区切られている。バスルームは3mx1.5mの2つのモジュールで区切られ、大きな円形の窓から中を覗くことができる。

via: dezeen.com

カーサ・スペリメンターレは、しばしば破壊行為の対象になり、若者たちの落書きの遊び場になっている。コンクリート上部構造の金属結合部分のいくつかは、構造的破損を起こしているという。

建築家・研究者のパトリック・ウェーバーとサビーネ・ストープは、不安定な状態にあるカーサ・スペリメンターレの建築の威容さを総合的に記録するためにデジタル保存に取り組んだ。「カーサ・スペリメンターレは、実験的な建築の傑出した例です」と彼らは言う。

ウェーバーとストープは、写真家のアンディ・タイと3Dスキャン会社 ScanLABと共同で、カサ・スペリメンターレの3Dモデルを共同制作した。

via: dezeen.com

「カーサ・スペリメンターレは、放置されその物語が永遠に失われる前に、世界中の専門家や研究者がそこから学ぶことができるように、デジタル化される価値のある建築です」と2人の研究者は述べているという。

カーサ・スペリメンターレの3Dプロジェクトは、2019年にシュトゥットガルトのヴァイセンホフギャラリーで開催された『バウハウスの100年』のイベントのオープニングに展示された。

Via:
dezeen.com
iconichouses.org
sosbrutalism.org

今、気になるヒトやコトを様々な角度からキャッチアップしていく、YADOKARIとBEYOND ARCHTECTUREオンデザインパートナーズ運営)によるコラボ企画。第一弾は日本のビジネスの中心地・大手町のお隣・神田錦町に、この春、誕生する複合施設『神田ポートビル』を取り上げます。サウナ、写真館、学校、印刷会社のオフィスという、ちょっと不思議な顔ぶれが集うこのビル。なぜ、そうなったのか? プロジェクトに関わったメンバーにお集まりいただき、「神田ポートビル」誕生までの秘話を伺ってみました。

聞き手:さわだいっせい(YADOKARI 代表取締役 CEO)、みやしたさとし(BEYOND ARCHITECTURE編集長)

神田ポートビル1階の工事現場

神田でサウナ⁉︎ 東京の真ん中で、ほっとひと休みできる場所を。

まずは「神田ポートビル」の概略を説明しておこう。
立地は1913年から続く老舗印刷会社、精興社の社屋がある場所。築56年が経ち、耐震補強工事が必要になったことを機に、単なる自社オフィスだけではなく、「街の新しい拠点になるような機能を備えた建物」に生まれ変わらせようと始まったプロジェクトだ。
プロジェクトのリーダーとなったのは、神田錦町に本社を持つ安田不動産(ちなみにオンデザインは、東日本橋の「TOKYO MIDORI LABO.」「T-HOUSE New Balance」「Hama House」などでプロジェクトを手掛けている)。
これまで、オフィスビルの供給にとどまらず、皇居ランナーに向けたランナーズステーションや飲食店といった特色ある路面店舗を誘致するなど、神田錦町のエリアリノベーションにも深く関わってきた。さらに近年は神田錦町四町会と共同で『神田錦町ご縁日』といった地域イベントも多く手がけ、神田錦町の建物も人も熟知した、いわば企業版の青年団長みたいな存在でもあった。街づくりのプロである安田不動産が「このビルをどうリノベーションしようか」と考えたときに、まずパートナーとしてまず声をかけたのが、ホテルや商業施設を数多く手掛ける建築家の藤本信行さん。藤本さんは街づくりやホテル、飲食店、商業施設の企画・運営を手掛ける『UDS』に勤務していた時代に安田不動産と協業したことがあった−−。

右から、池田さん(写真家)、米田さん(ウェエルビー代表)、藤本さん(建築家)、芝田さん(安田不動産)

芝田 以前、当社(安田不動産)が日本橋浜町で街づくりを手掛けたときに、別の担当者が当時UDSにいた藤本さんとご一緒したことがあって。今回、僕が神田錦町のエリアリノベーションを担当することになり、その日本橋浜町の担当者から、「藤本さんっていう面白い人がいるから、街づくりをするなら声をかけてみたら」って言われて。

藤本 面白い人ですか(笑)。確か、はじめて会ったときは、「この建物で何かをやりましょう」というより、「神田錦町という街に光を当てましょう」みたいな感じでご相談いただいたんですよね。

芝田 そうです。日本橋浜町のプロジェクトでは、デザインホテルを核にして、飲食やショップを街のあちこちに点在させるという方法でした。一帯をガサッと丸ごと再開発するのではなくて、既存の良さをいかしながらエリアをリノベーションすることで魅力をアップさせるという。その手法と同じ流れで神田錦町をどうするか、と。今回はエリアのひとつの拠点として築56年の趣のあるビルを活用してという話をして……

藤本 建物で何かをやるとなると、一般的にはコワーキングスペースを入れるとか、飲食店を入れるみたいなことが思い浮かびますけど、すでに誰もがやっているし、これからやることとしては新鮮味もないからどうなのかと思って。でも正直、この建物で、何をしたらエリアや建物の価値が高まるのか、そもそも人を惹きつける力があるものって何なのか、なかなか思いつかなかったんですよね。で、たまたまその頃、僕がサウナを好きになり始めた頃で、今、自分がその街にあって一番惹かれるのはサウナだよなって。

芝田 いきなり「サウナはどうですか?」って話をいただいたんですけど、僕は正直、「えっ、藤本さん、だいじょうぶ?」みたいな感じでした(笑)。当時はまだ今ほどサウナが盛り上がっていない時期というのもあって。

(右)藤本さん、(左)芝田さん

藤本 「サウナー」という言葉はすでにあったけど、まだメジャーではなくて、芝田さん、相当びっくりされていましたよね。

芝田 はい(笑)。そんな調子だから、最初は冗談みたいな会話でしたね。でも、藤本さんがサウナの話をするときって本当に目がキラキラ輝いていて。その目を見ているうちに、僕もなんだかサウナっていいんじゃないかって思ってきたんです。で、そのうちサウナの話をすると自分までだんだん目が輝いてきちゃって(笑)。会社でも「今、サウナがヤバいです」とか言い出すから、社内では「なんだこいつ?」って目で見られていました(笑)。

藤本 僕自身、芝田さんがそんなに盛り上がっているって気づいていなかったんですよ、最初の反応があまりよくなかったんで。だから企画書ではサウナ案を一度引っ込めたんですよね。安田不動産と一緒にやるにはサウナはキツイかもなって。

芝田 でも、あの頃、自分のなかではすっかり藤本さんに感化されちゃって、社内で地道な啓蒙活動を始めていましたから。うちの社長、サウナ嫌いなんで(笑)。

昭和の面影を残す階段

この時点で、「ビルのなかにサウナをつくる」という軸がおぼろげに見えた。とはいえ、そのときは本当に実現するのかどうか未知数であり、雲をつかむような夢物語でもあった……。 

藤本 この企画がまだどうなるのかまったくわからない時期に、写真家の池田晶紀さんに初めてお会いしたんです、長野県の『フィンランドヴィレッジ』であったサウナイベントで。

池田 藤本さんに初めて会ったのは2017年の6月28日です! 一応、説明しておきますと、フィンランドヴィレッジは、サウナ界のゴッドファーザーと言われている米田行孝さんがやっているサウナの伝道施設なんですね。米田さんは名古屋と福岡でサウナを経営していて(ウェルビーグループ、サウナラボ代表)、昨今のサウナブームをつくった『フィンランドサウナクラブ』っていう一般社団法人のメンバーでもあって。で、1年に1度、日本サウナ祭りをそのフィンランドヴィレッジでやっているんです。そこはサウナの実験施設のようなところで、日本にサウナ文化を広めるために興味を持っていそうな方をたくさん呼んでいるんですよ。そこに集まったなかの一部が、今ここにいる僕、米田さん、藤本さん。なんで僕がいるかというと、僕もサウナーで、フィンランドサウナクラブのメンバーだから。藤本さんとは初対面でしたけど、お互い裸でしたね!

藤本 笑

芝田 藤本さんからそのときの話を聞くと、池田さんはサウナに精通していて、写真家としては「ももいろクローバー」を撮ったり、アーティストとしても活動されていて、人脈も独自のネットワークがあると。それで思ったんですよ、池田さんってすごくおもしろい存在なんじゃないか、今回のプロジェクトのキーマンになってもらうべきじゃないかって。企画書に「サウナ」って書くなら、やっぱり具体的な名前が欲しかったんです、会社を説得するうえで。だから、池田さん本人に相談する前に、藤本さんと僕とで勝手に盛り上がって。

池田 え、そうなの!? それは初めて聞いたよ、びっくりした!

芝田 そのフィンランドヴィレッジが実はけっこう大きなキーになっているんですよ。あの糸井重里さんもいらしていたという。

池田 そうなんですよね。でもそのときは、このプロジェクトに糸井さんが関わるとはまったく思ってなかったです。デベロッパーと建築家の関係が近いのはわかるけど、そこに、ももいろクローバーを撮っている写真家やサウナ経営者、糸井重里さんなど不思議なメンバー同士が近づきつつあった。そう、すべてはサウナに導かれて……。

当時のいきさつを熱心に語る池田さん

藤本 僕と芝田さんで盛り上がって、正式に池田さんに、このプロジェクトのプロデューサー的な役割を担ってくれないか、ご相談にいったんですよ。そうしたら、池田さんの写真スタジオが引っ越し先を探しているって話になって。

池田 けっこう長いこと引っ越し先を探していたんですよね。で、これがまた偶然なんですけど、雑誌のインタビューとかで「次はサウナ付きの写真スタジオを作るのが夢」って言ってたんですよ、俺。だからこのビルのリノベーションの話を聞いたとき、スペース的に写真スタジオにちょうどいいかもしれないってなって思って。

藤本 さらに今回のプロジェクトが神田錦町って話をしたら、このエリアにもともとご縁があるっていうんですよ、池田さんが。

池田 僕は10年近く前から千代田区にある『3331アーツ千代田』でコマンドNっていうアートプロジェクトの企画に関わっていて、神田っ子と呼ばれるような地域の人たちとアートを結び付ける試みから、神田で何代も続く老舗の主人のポートレートを撮っていたんです。神田錦町丁目の町会長とか200人くらい撮り続けて、『いなせな神田』っていう写真集も出しました。

神田で暮らす人々が登場する写真集『いなせな東京』

米田 実はこのビルのオーナーでもあった精興社の社長さんも撮ってるんですよね?

池田 そうなんです。撮ってたんです、実際にこのビルに来て。

米田 俄然そこから池田さんの「写真スタジオ移転計画」が現実味を帯びてきて、プロジェクトのプロデュース云々の前にスタジオ移転の話から進んでいきましたね。僕自身はそのとき、このプロジェクトに関わるつもりはまったくなかったし、それどころか、東京にサウナの店を出す意味をまったく感じていなかったんですけどね。

(右)米田さん、(左)藤本さん

ときに本音で語る米田さん、そこからどうやって池田さんたちに巻き込まれていったのだろうか? すべては偶然の産物なのか、それともやはりサウナのお導きか……。その答えは次回に。

Text : Naoko Arai Photo:Akemi Kurosaka


Profile
(「神田ポートビル 公式サイト」より抜粋)

池田晶紀 / IKEDA Masanori
写真家 / 株式会社ゆかい 代表。担当:クリエイティブディレクション
私の本業は写真家です。写真家は「会う」ことが仕事ですが、会うことを仕事にしている次の狙いは、「会う場所」をつくることでした。これからつくるこの場所には、いろんな出会いがあります。それは、人であり、物であったり、事であり、はたまた自分自身であったりと、様々なアカデミックな仕掛けとセットでオルタナティブな人たちが出入りする計画です。さらに特異なポイントとして、神田錦町という街や人が持っている気風にも触れながら、この場所に、サウナに入りに来てください。とっても贅沢な時間として、ここで野生の呼吸を取り戻す習慣がつくれたら、と考えています。

米田行孝 YONEDA Yukitaka
サウナラボ / 株式会社ウェルビー 代表
人も自然の一部だと気づき、野生に目覚めるのがサウナです。身体的感覚を取り戻し「ここちよさ」を感じとることが、デジタルの時代には必要だと考え、都市でのストレスを解放する身近な自然として、この街にサウナという木を植えます。サウナは人と自然を繋ぎ、人と人とを繋げる場。新しい出会いがこの街に新たな風景を作ります。

藤本信行 FUJIMOTO Nobuyuki
建築家 / バカンス株式会社 代表。担当:デザイン監修
都会で生活する人を元気にするその効能を盲信したまま、まちづくりの原動力としてサウナを提案したのが2年半前。同じころに池田さんに出会ったのをきっかけに、サウナラボ東京初出店、ゆかいさんスタジオ移転、ほぼ日の学校初の常設、さらには精興社さんとのコラボまで、ファンタジックな展開にすでにととのいさえ感じています。サウナは地面に穴を掘ってつくったのがはじまりだそうです。個人的には、それを地下空間につくることに誰よりも興奮しながら計画に関わらせていただきました。地中から湧き出るサウナエネルギーで、これからこのまちがゆっくりと蒸されながら活性化していくのをとても楽しみにしています。

芝田拓馬 SHIBATA Takuma
安田不動産株式会社。担当:プロジェクトマネジメント
地元民から来訪者と多様な人々が行き交いながらも、祭りや人情を通じて、居心地の良い距離感で繋がっていることが神田の魅力だと思います。そんな神田との”縁”で集まったメンバーが、このまちを「第二の地元にしたい」と夢語り進めてきたプロジェクトが間もなくお披露目です。サウナ・学校・写真館と、単なる言葉の組み合わせでは説明しきれない新たな場は、控え目に言って最高です。この場所で生まれる出会いや旅立ちに、地元不動産会社ならではの、神田の水先案内をさせていただきます。

via: funlifecrisis.com

フルタイムの旅行者となったアメリカ人カップルが、2年間の長旅のために中古のバンをDIYコンバージョンしました。コスト重視の改造に徹した結果、かかった費用はたったの30万円。バンのコンバージョンのステップは、Webサイトで詳細に公開され、バンライフをはじめる多くの人たちが参考にしています。2人の節約DIYのお手並み拝見といきましょう。

via: funlifecrisis.com

バンのコンバージョンを実践したのは、2016年に企業を退職して、世界中を旅行することを決意したローラとジョエルのカップルです。2018年に2人は、中南米をめぐる2年間の長旅に出かけることを決めました。キャンピングカーを購入するために貯金を使う余裕はなかったので、自分たちの頭と手を使ってDIYでコンバージョンを行うことにしました。

カップルは2017年に、ホンダ エレメントSUVのコンバージョンの経験がありました。長距離旅行のためにはさらに広さに余裕のあるバンが最適だと考え、カスタムSUVを売却して購入資金に充てました。運良く非常に程度の良いラム プロマスターを2万ドルで手に入れることができ、約3カ月かけて3,000ドル弱(約30万円)のコストで、カスタムキャンピングカーにコンバージョンしました。

via: funlifecrisis.com

プロマスターのコンバージョンキットが見つからなかったため、独自のレイアウトとフロアプランを最初から作成する必要がありました。2人のコンバージョンの目的は、コストを可能な限り低く抑えること。DIYコンバージョンなら、高額なキットを使用する代わりに、バン内部のあらゆるものを自由に変更して、個性的なユニークなものに仕上げることができます。

基本的なフロアプランは、キッチンを左の壁に置き、ベッドを背面に配置するというものになりました。

via: funlifecrisis.com

バンのインテリアの必須要件は、以下のようなものでした。
・ベッド下収納付き固定ベッド
・冷蔵庫
・常設コンロのあるキッチン
・水栓とシンク
・自然光と空気の循環のためのスライディングウィンドウ
・屋根のファン
・猫のためのスペース
・助手席回転シート

内装工事を始める前の最初の仕事は、窓とファンのためにバンに穴を開けることでした。このステップで何か問題が発生した場合、バンが台無しになるため、これは最も恐ろしい作業の一つでした。窓用に2つの穴とファン用に屋根にも穴を開けました。空気がバン中央のウィンドウから、後ろのファンから出るように循環させるために、後部のベッドの上の部分にファンを取り付けました。

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スライディングウィンドウは、虫保護スクリーンを備えた中型サイズを地元のRV放出店から、1枚わずか30ドルで購入しました。窓とファンを取り付ける際は、錆びないようにすべての断面を白いペンキで補修し、黒いテープを使用してすべてを密閉しました。

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電気システムには、運転中に充電される2つのバッテリーと、屋根の上のソーラーパネルが含まれます。このシステムは、LEDライト、冷蔵庫、ウォーターポンプに電力を供給し、カメラギアとコンピューターを充電するための追加ユニットがあります。

ソーラーパネルは、クレイグスリストで見つけた使用済みの145Wのものをほとんどただで手に入れて、屋根に小さな穴を開けて2本のワイヤーを通し、RVとバン用のシーラントで密封しました。

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断熱材は、ホーム・デポの硬質フォーム断熱ボードを採用しました。以前のSUVのコンバージョンの経験から、大きな領域が適切に密閉されていれば、小さな領域をすべて密閉しても断熱効果はそれほど高くないことがわかっていたので、大きなパネルのみを密閉し、小さな隙間は気にしませんでした。

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バンのインテリアは、明るい色のキャビネットと壁、対照的なシックなダークウッドの天井、カウンタートップ、フローリングを備えたシンプルでクリーンなデザインにしました。

天井パネルは、多くのヘッドスペースを確保するためにできるだけ薄くし、コントラストが際立つようにダークウォールナットカラーにしました。ストリップを約1.3cm離して配置し、ステンレス鋼のネジでプロマスターの屋根の梁に取り付けました。

LEDは効率的で通常の照明のように熱くならないため、全体に使用しました。明るい照明が必要な場合に、天井に5つの明るいLEDパックライトを設置し、ムード照明が必要な場合に、バンの周りに調光可能なLEDストリングライトを吊るしました。ベッドの下後部収納コンパートメントに6番目のパックライトを使用しました。

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カップルは、ほとんどの人とは少し異なるフローリングを採用しました。合板を下に置いてすべてをフラットにする代わりに、天然木のような外観のラミネートフローリングを使用することにしました。これは低価格で非常に薄く、パーツを所定の位置にスナップすることで簡単に設置できるためです。ラミネートフローリングが完成した後、バンに出入りするときに壊れないように、ドアステップにアルミバーを置きました。

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2人は猫と一緒に旅行するために、後部にトイレボックスエリアを作り、正面からアクセスするためのキャットウォークを作成する必要がありました。

ベッドトップの大部分は木製の薄板を使用しましたが、左側のキャットウォークと右側の後ろの洗濯かごへのアクセスドアに合板を使用しました。キャビネットフレームの前部は、滑らかなパイン材で仕上げました。

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常設ベッドの下には、できるだけ多くの収納スペースを設置しました。後部ドアからもアクセスでき、ハイキング用品、水タンク、トイレ、バッテリーを保管するために使用されます。

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ベッド下のクローゼットのフレームとドアは白で塗装し、シンプルでクリーンな仕上がりにしました。

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長期旅行のためのキッチンエリアの必須要件は、生鮮食品を保管するための小型のビルトイン冷蔵庫、水栓付きのシンク、プロパンストーブでした。冷蔵庫は、以前のホンダ エレメントSUV変換で使用した完璧なビルトイン冷蔵庫がすでに手元にありました。

構築済みのキッチンキャビネットを10ドルで購入し、そのベースの周りにすべてを構築しました。キャビネットの上に置くために、IKEAのセールでダークウッドのブッチャーブロックカウンタートップとシンクを購入しました。水栓はAmazonで見つけました。

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安全性とスペース節約のために、バンの内部に大きなプロパンタンクを設置する代わりに、450gのコールマンの緑のプロパン容器を使用します。これで通常、朝食と夕食を1週間以上調理できます。空になったら、バンの外側のペリカンケースに保管している5kgタンクから補充します。

1〜2週間分の水を貯蔵するために、2つの26リットルコンテナを入手しました。ろ過された飲料水を保管するための1つの容器と、シンク用の1つの容器が必要でした。

くつろぎのために助手席に回転シートを追加しました。取り付ける前にはどれだけ使用するかわかりませんでしたが、結果的に毎日使用しているバンの最高の設備の一つになりました。

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IKEAから大きなオレンジ色のカーテンを購入し、それを窓用の小さなプライバシーカーテンにカットし、写真の吊り下げワイヤーで所定の位置に取り付けました。

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ルーフには、アルミバーと木製の細板で、夕日を眺めるのに最適なカスタムルーフラックを構築しました。ルーフラックにアクセスするために、アルミラダーをリアドアに追加しました。

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結局、DIYコンバージョンには、合計2,900ドル(約30万円)を費やしました。最も高かったのは、冷蔵庫の400ドルと助手席の回転シートの200ドルでした。木材、断熱材、釘などの材料には、約500ドルを費やしました。

ローラとジョエルは、4カ月のテストドライブに出かけて、コンバージョンの仕上がりを確認しました。予想以上のバンの完成度に満足した2人は、その後中南米を走破する旅に出発、15カ月後の旅程を無事終えることができました。

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世界的なアドベンチャー・フォトグラファーとして知られるトラビス・バーク。彼は、おばあちゃんから譲り受けたバンをDIYでレストアして、81ドルの資金で冒険バンライフをスタートした。灰色の無愛想なバンの愛称「ベティ・ザ・グレイウルフ」は、おばあちゃんの名前をとったものだ。

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カリフォルニア州サンディエゴのノースカウンティーで育ったトラビスは、サーフィン、スケート、スノーボードが趣味の、典型的な南カリフォルニアの若者の生活を送っていた。趣味のためのお金を稼ぐために倉庫で働いたり、バスボーイをしたり、食料品の袋詰めなど、様々な職業を経験。消防検査会社では、真夜中のレストランの換気システムに這い上がって、換気口の内側からグリースをこすり取る悲惨な作業に従事していた。

退職した両親が西海岸の長距離自然歩道をハイキング旅行していたとき、トラビスはヨセミテ国立公園で2人と会う際に、一眼レフカメラを購入。帰宅後には、コミュニティカレッジに入学して、様々なワークショップに参加した。その後、インターンとして働き、プロの写真家のアシストを通して、写真のスキルを身に着けた。

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そしてある日、テキサスのベティおばあちゃんから電話がかかってきた。
「前庭に古いキャンピングカーのバンがあるけど、取りに来れるならあなたに譲るわよ」
それがゲームの始まりだった。

トラビスは飛行機でテキサスに飛び立ち、おばあちゃんをめいっぱいハグして、バンを手に入れた。数ヶ月間実家で過ごした後、持ち物のほとんどを売り払って、バンを移動式の住居兼写真スタジオに改造。バンの内部をレストアし、バッテリーとコンピューターを充電するために屋根にソーラーパネルを設置、メカニックを調整して、DIYで機能的な快適さを実現した。

トラビスは、銀行口座に81ドルを入れると、アドベンチャー・ロードトリップにでかけた。西海岸からカナダに向かい、バンクーバー島でサーフィンを楽しんだ。それから東に向かい、アルバータ州からアメリカ北東部へと走り、紅葉の変化をカメラに捉えた。

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「決まった旅行スケジュールはありませんでした。パートナーもいなかったので、実際に到着してから次のプランをつくっていました」とトラビスは言う。

旅の途中でトラビスのキャリアが開花し始める。彼はアンバサダーやスポンサーフォトグラファーとして様々なブランドと仕事をすることができるようになってきた。十分な収入を生み出すことで、4年間のバンライフを送れる自由を手に入れた。

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トラビスは、「ベティ・ザ・グレイウルフ」に乗って全米各地を旅した。秋にはバーモント州の裏道を訪れ、満天の星空の下で美しい橋を撮影した。ワシントン州では危険ながらも驚くほど美しい氷の洞窟を撮影し、ユタ州では何ヶ月もかけて世界で最も長く深いスロットキャニオンを探索。トラビスの息を呑むような写真は、自然界の果てしない美しさを表現している。

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トラビスは現在、サンディエゴの固定された住宅に住んでいる。写真ビジネスは順調で、長年の友人4人をサポートするために、彼らをスタジオに雇うこともできた。

「本当にすべておばあちゃんのおかげだと思っています。バンがなければ、人生で飛躍を遂げ、夢を追いかけることはできなかったでしょう。

わたしのキャッチフレーズは『情熱的に生き、夢を追いかけよう』です。おばあちゃんは、わたしに夢を追いかけるチャンスを与えてくれました。そして今わたしは、他の誰かの夢を追いかけるのを手伝う立場にあります」とトラビスは語る。

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トラビスは2018年に、「究極のストーリーテラーコンテスト」を開催。写真家、作家、ビデオグラファーなど、あらゆるタイプのクリエイターが対象だ。優勝者には、カスタムバン「ベティ・ザ・グレイウルフ」と6,000ドル相当の機材、そしてトラビス本人のコーチングのチャンスが与えられた。

一台のバンが変えた、一人の男の人生。
小さな移動する空間が眠っていた好奇心を開花させ、夢を叶えるきっかけになるかもしれない。

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「これからの○○」をテーマにした同連載で、これからの住まい方の選択肢として、CRAZY創業者・山川咲さんの記事を書かせてもらった。組織としての大変革を迎えるタイミングでCRAZYを辞め、娘の英ちゃんとともに奄美へ旅立った咲さん。そうした経験をもって見つけた「東京で暮らし、自然へかえる」という新たな暮らしについて紹介をしたところ、記事を読んでくださったYADOKARIさわださんから「彼女の暮らしを夫である森山(和彦)さんはどう見ていたのだろう」という声を頂いた。というわけで、今回の記事では、咲さんの夫である森さん(と親しみを込めて呼ばせていただいている)の生き方・暮らし方にフォーカスをしてみようと思う。

森山和彦

大学卒業後、人材コンサルティング会社に6年半在籍。2012年7月に株式会社CRAZYを創業。完全オーダーメイドのウェディングプロデュース事業「CRAZY WEDDING」を運営し、「情熱大陸」をはじめ数多くのメディアに取り上げられる。2019年2月には初の自社ブランド施設「IWAI OMOTESANDO」をオープン。2020年4月にはオンライン結婚式サービス「Congrats」の提供を開始するなど、結婚式に新たな選択肢をつくり続けている。経営の第一優先を健康とし、創業から毎日手作りの自然食を提供する他、全社員で世界一周旅行などユニークなカルチャーを有する。日本初の睡眠報酬制度の発案・導入では、世界各国のメディアから、その独自の経営手法が注目を浴びる。

組織が危機に陥る中、山川咲が脱退し奄美へ

ご存知の方も多いかと思うが、あらためて紹介すると、森さんは妻である咲さんとともにCRAZYを率いてきた代表である。いつも完璧を目指してものごとを作り上げるクリエイティブ・ディレクションが得意な咲さんと、もっと長期的なビジョンでもって組織・経営を組み立てる森さん。その調和によってCRAZYは生まれた。

しかし、咲さんは昨年、CRAZYを辞めて娘とともに東京を離れた。新型コロナウイルスによって大打撃を受けるウエディング業界の真っ只中にいながら、東京で一人戦ってきたのが森さんである。森さんは当時を振り返りながら、経緯を教えてくれた。

「子どもが生まれてから、2人の時間がなかなか取れなくなったんですが、ある日、銭湯へ行った時、たまたま娘が車の後部座席で眠っていたんです。すると、咲ちゃんが切り出した。『私、辞めようと思う』。僕が最初に思ったのは『お前まで辞めるのかよ』ということでした」。

時は2019年の12月。当時、CRAZYという組織は大きな変革を迎えているタイミング。今一度組織をどうやって作り直すか、それが森さんの一番の課題だった。実は4年ほど前、組織が危機に陥った時に森さんは「リジョイン」という手を取ったことがある。社員全員を一旦辞めてもらい、そのまま離れたい人は離れる、それでも残りたい人だけが再就職するという大胆な取り組みだ。「またリジョインするしかないのかも・・・」。そう森さんは考えていた。

しかし、今回はそうはしなかった。「合宿でもすれば?」。そんな仲間からの突飛な提案が腑に落ち、即断した。全員で沖縄へ行ってキャンプをしよう。思いっきり楽しんで、お金を使って、辞める人たちには楽しい思い出とともに辞めてもらおう。そんな大胆な独断を張り詰める経営会議の中でひとり明るく発表した。みな最初はポカンとしたが、結果的には仲間の結びつきを強める機会となったそうだ。その後、15人ほどのメンバーがCRAZYを離れた。

森さんは「まわりの芽を楽しむ大きな木」

そんなタイミングでの咲さんからのカミングアウト。「お前まで・・・」。そこから2時間くらい、車中で二人だけの話を続けた。1時間くらい話した頃から森さんの頭の中に別の考えが浮かんできた。「普段はまわりに意見を求めたり、影響されやすい咲ちゃんが、何を言われてもブレない。これは覚悟してるんだなって思いました。何を言っても彼女の意思は変わらない。その時、ふと思ったんです。2人が全く別のことをしたら楽しそうだって。2人で1つのものを作るんじゃなくて、お互いの可能性がそれぞれ伸びていくのってめちゃくちゃ最高じゃん、って」。

森さんは咲さんのインスピレーションを尊重しているし、咲さんは森さんの意思決定を尊重している。咲さんは目の前のプロダクトのクオリティを完璧にまで求めるし、森さんは長期的なビジョンでもって組織が向かう方向を示してあげる。家族と組織という二つの居場所において、2人はそんな関係を保っていた。

しかし、子どもが生まれ、子育てをする中で、2人の時間が取れず、意思決定が遅れてしまう。これまで二つの経営人格をすり合わせながら進んできたCRAZYという組織の前に進むスピードが遅くなり、時間だけが過ぎていた。「僕のビジョンと彼女のインスピレーションがかみ合わず、お互いの強みをうまく交換できていなかった」と森さん。そんなタイミングだったこともあり、森さんは咲さんの決断を受け入れてみた。

森さんは自分を「まわりの芽を楽しむ大きな木」と表現する。「僕は創業時から吟遊詩人とかと一緒にチームを作りたかったんです。僕は単なる大きな木。まわりに才能を持ったたくさんの芽や花がほしいんです。自分自身はそれらの芽が育つようにコミュニケーションをとる役割。芽がどんどん成長していくのを見るのが一番楽しいんです」。

咲さんはそんな芽や花の中では完全なるスターだろう。だから、彼女がいなくなることはもちろん惜しい。だけど、ひとつの花がなくなった時、まわりの花が枯れるわけではない。「むしろ他の芽の面白みが出てくるし、新しい芽が生まれてくる。誰かがいなくなれば、他が頑張る。だから、咲ちゃんが辞めてもいいんだよ、と思った」。

そばにいることだけがパートナーシップじゃない

こうして咲さんがいなくなったCRAZYという組織とともに、東京に残った森さん。その暮らしっぷりはいかがなものだったのか。彼はこう即答する。「まず、咲ちゃんに感謝をしている。(奄美に)行ってくれてありがとう」。

家庭においては育児も家事も分担をしているという森山家。仕事が忙しいかどうかは関係ない。それは「誰もが地球で生きている人間として忙しいから」。

「咲ちゃんは仕事をしていないから暇だとかそんな感覚ではない。仕事に関係なく、人生に忙しい人だから、コロナ禍でも家族の時間は分担すべきだった。だけど、彼女は二人で奄美へ行ってくれた。僕は一人、東京で仕事だけに専念することができた」。もちろん、仕事は大変な状況だ。コロナの影響でいつ会社が潰れてもおかしくない。銀行からの借り入れのために足を運び、延命をした時期もあった。「仕事で言えば、記憶がなくなるくらい大変だったけれど、すごくいい暮らしだった」。

森さんがCRAZYを通じて考え続けているのは「パートナーシップ」という言葉に集約される気がする。人と人の関係性、愛し合うことの可能性。結婚式はそのひとつの形だけれど、CRAZYが目指すのは「愛を可視化すること」。昨年会社のビジョンも変更し、人生におけるあらゆる「パートナーシップ」を考えることを最大のミッションとして、動き始めた。

「パートナーシップとか、愛し合うことって、必ずしもそばにいることじゃないと思ってて。お互いが心地よい距離を見極めていくのが重要なんです。だから、昨年咲ちゃんがいなくなったことはすごくいい時間だったし、無意識にそんな時間を作ってくれた咲ちゃんの直感力は本当にすごいと思います」。

「できるだけそっちにいていいよって思ってた」と笑う森さん。2人がいないから寂しいかというと、そんなことはなかったらしい。もちろん連絡は取り合っていたし、帰ってきたことは当然嬉しかったけれど、森さんは目の前にいる人を大事にしたいタイプだから、大変な時期を仕事だけと向き合うことで充実した時間を過ごせたのだという。

「僕は彼女の欠けている部分が可愛いと思うんです。大事な用件でのLINEの大事な部分が抜けていたり、こちらの質問を無視して脈絡のない話が飛んできたり。『今すぐ振り込んで!』なんていうくせに、振込先の情報が欠けていたりして(笑)、残された情報から調べまくって、振り込みをするんです。可愛くないですか」。森さんの話を聞いていると、パートナーシップとはいかなるものかがわかるような気がしてくる。だからこそ、2人がバラバラの場所にいても、それぞれの暮らし・時間を尊重しながら、家族を育んでいけるのだろう。

「手触り感のない生活は嫌だ」

やがて、別々の時間を経て、東京に戻ってくるなり咲さんは「引越しをしたい」と言い始めた。それまで、代々木の大きなお家に住んでいた森さんは、正直今の暮らしがとても気に入っていたという。

「もともと移動が大好きで毎年のように引越しをしていたのですが、代々木の家はこれ以上ないくらい快適な空間で、生まれてはじめてこの家に合わせて家具を買い揃えたくらいです。しかも、咲ちゃんたちがいない間はリモートワークの仕事場としても機能していたわけですが、夜にろうそくをつけてチルな時間を過ごしていると、こんなに家が快適なんだと感動していたくらい。だから、引越したいと言われて最初は嫌でしたね」。

咲さんいわく「手触りのない生活が嫌だ」とのこと。整いすぎた生活も、この場所にいるという価値観も嫌だと言われた。それなら、自分で家を探して、引越しの準備もしてくれたら、僕はついていくと森さんは伝えた。森さんの条件は「せめて緑だけは見えるところに」。そのまま、咲さんは家を探し、引越しの準備をした。「とは言っても、最後のいくつかの手続きは僕がやったんですけどね」と笑う森さんは、やはり咲さんのことがとても好きなのだろうと思う。

そうして引越した先はなんと団地だった。これまでと比べると家賃は3分の1程度。間取りもずいぶん小さくなった。「家が小さくなって、前の家に合わせて購入した家具はなんだかチグハグで全然合わないんです。だけど、こんな暮らしもいいなって」。「引越してよかったことは?」と聞くと、「家族の身体的な距離が近いこと」だという。

全体的にコンパクトな家で、天井も低くて、みんなが近くにいる感覚。一人の快適な時間を経た後だから、なおさら、その良さを感じるのかもしれない。「咲ちゃんも前の家は完璧すぎたけど、この家は完璧じゃないからと工夫して暮らしたいみたいです。引越してよかったかといえば、超よかった。でも、今はもう『手触りのある生活』なんて求めてないと思いますよ。彼女はそういう人だから」。愛を込めて、森さんはそう話す。

他者との関係性の中で流動的に生きるということ

森さんの話を聞いていると、CRAZYが目指している「愛の可視化」というミッションがすごくすんなりと理解できる気がするし、なによりまず森さんの生活自体がそれを体現しているかのようである。CRAZYはコロナ禍をくぐり抜けて、次々と新しい挑戦を続けている。オンライン結婚式に新たな式場、さらには、テクノロジーを活用した「パートナーシップ」事業を今夏目標で作っているそうだ。

「これは僕が人生をかけて作っているプロダクト。新しいCRAZYを作っている感覚です。僕はふうふの関係性が世界を変えると思っていて、あらゆるテクノロジーを駆使して、パートナーシップを支えたいんです。人々は『being』よりも『doing』に目を向けがちですが、大事なのは『being』。2人の時間で何をするかより、2人でいることの素晴らしさを感じた上で、何かをする。そんな関係性を作っていきたいんです」。

これまで、結婚式という枠組みの中でいろんな可能性を模索してきたわけだが、結婚式というポイントの縦軸を伸ばしていくだけじゃなく、人生という横軸全てを網羅していきたいというのが森さんのこれからのビジョン。最近では「お客様以上社員未満」というポジションを作り、身内を増やしながら新しい組織のあり方を模索しているところだそう。

どこまで行っても森さんは「パートナーシップ」のことを考えているし、彼が描くビジョンはもう地球規模の話。それは暮らし方や住まい方にも直結するもので、全く別の領域とも思えない。「愛ある子どもが増えれば、世界が変わっていく。僕たちはこれからも『愛がみえる』ように、人生の編集作業を続けていくだけです」。森さんはそう締めくくる。

森さんの話を聞いていると、とても“流動的な”人生だと感じる。もともと、森さんも移動が大好きで、毎年必ず海外旅行をしていたし、今の生活をリセットするために定期的に家族旅行にも出かける。引越しだって毎年してきたわけだが、ここでいう流動的というのはそれだけじゃない。

組織が危機に陥れば突然みんなでキャンプをしてみたり、咲さんが「奄美へ行く」と言えばそれを受け入れたり、帰ってくるなり「引っ越したい」と言えば、ついていく。しかも、その状況を全力で楽しんでいる。(多拠点生活とかそういう意味での)単なる場所の流動性だけでなく、生き方そのものが流動的で、その人生を精一杯楽しんでいる。そして、それぞれの移動の根幹には誰かとの“パートナーシップ”がある。最初に書いたとおり生態系を維持する「大きな木」そのものだ。

森さん自身は「自分の時間を生きている感覚」だというが、聞いていると、そこには必ず他者がいて、流動的な時間があると感じる。そんな、他者との関係性の中で生まれる曖昧な暮らし方は、誰でも真似できるものではないし、だからこそ、僕は彼の生き様にすごく憧れるのである。

© Kai Branss via: gestalten.com

タトゥーアーティストのジュリー・トーベルと、彼女のパートナーでディレクター&ビデオグラファーのカイ・ブランズ。
若いドイツ人のカップルである二人は、2017年に中古の米国製スクールバスを購入した。そして、2人はこのスクールバスを1年かけてDIYでレストア。翌年からヨーロッパを猫と一緒に巡るバンライフをスタートさせたという。

© Kai Branss via: gestalten.com

2人は、ベルリンの自動車修理工場の前の路上で、偶然スクールバスを見つけたのだという。
「一晩考えて買うことにしました。偶然というか、運命というか。このバスがわたしたちの人生をいい意味で劇的に変えてくれたので、運命と言えますね」とカイは当時のことを語った。

レストア作業で、大変だったことについてカイは。
「バスの状態はかなり悪くて、ボディの一部には錆がたくさんついていました。すべてをきれいにリペアするのには、とても時間がかかり、はじめに予想していたよりもお金がかかりました。レストアには1年かかりましたが、こんなに時間がかかるとは思ってもいませんでした。」と振り返ったという。

© Kai Branss via: gestalten.com

「得られたものもあります。はじめてバスをレストアする人にとって、その成功は、奇跡的で感動的なもの。実際にヒンジがうまくフィットして動き出す様子には、ワクワクします。電気工事の取り付けで、わたしにとって一番苦手だったことは、電気工事の取り付けです、終えた時には、一番の達成感を感じましたね。電気はすべて予定通りに作動し、今も問題なく動いています。」

もともとバックドアがあった場所には、下部に収納スペースのあるプラットフォームを、上部にはカップルのダブルベッドを配置したという。ガスコンロは、バスのサイドドアから吊るされた折りたたみ式のカウンターに置くことができるように工夫されている。

© Kai Branss via: gestalten.com

旅のために車を改造しようとしている人に、カイがアドバイスを語る。

「はじめに、いくつかの問題に直面するかもしれませんが、決して計画をあきらめないこと。きっとあなたは報われます。次に、おおざっぱにレストアをおこなって、数週間の旅に出ましょう。ここで、あなたの作業を確認しアイデアを再インプットして、再度レストアを続けることができます。

レストアを行っていく途中で、何のためにこんなに努力しているのかわからなくなってしまうかもしれないので、はじめに旅に出ることは重要です。最初に車で旅することは、バンライフに何が本質的に必要なのかという貴重な洞察を与えてくれます。ついつい事細かくいろんなことを計画するかもしれませんが、実際にはそんなに多くのものは必要じゃないかもしれません。

©️NIPPONIA小菅 源流の村「崖の家」 https://nipponia-kosuge.jp/cliff/

コロナ禍でも連日完売するほど人気の、山奥の空き家を改修した宿「NIPPONIA小菅 源流の村」の運営者である、株式会社EDGE 代表取締役 嶋田俊平さんへのインタビュー。後編では、若者たちがこの宿を選ぶ意外な理由について、そして、嶋田さんが目指す「日本一のマイクロツーリズム宿」の真意と構想を伺った。

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いつか手に入れたいライフスタイルのための投資

2019年8月に、小菅村でいちばん大きな築150年の空き家、通称「大家(おおや)」を改修し、レストラン併設の宿がオープンした。宿のコンセプチュアルな対象客として想定したのは、首都圏に住む30〜40代の夫婦、あるいはカップル。とは言うものの、実際の利用者は経済的にも余裕のあるシニア層が多くを占めるだろうと予想していた。

ところが、その予想は覆された。営業を開始してみると、宿泊客の約50%が30〜40代、そしてなんと20代の若者たちが約20%を占め、50代以上の利用者は30%ほどだった。嶋田さんはそこに、どのようなニーズが存在しているのかをこう語った。

「思った以上に若い人が来てくれたのが驚きでした。社会に出たばかりの20代のカップルや、学生さんもけっこう多い。都会でバリバリ働いて疲れを癒しにここに来る、夫婦でゆっくり過ごすという旅の目的を想像していましたが、若い世代の方々のお話を聞くとそうではない。彼らは何かを消費しに来るのではなく、学びや将来の自己実現のための投資として、この宿に来るんです。

いつかこういう家に住みたい、いつかこういう素敵な家具や照明に囲まれて暮らしたい、こんな豊かな自然に包まれてオーガニックな食生活を実現したい…そういった目指すライフスタイルを吸収にし来る人が多い。最近『ライフスタイル・ホテル』というジャンルの施設が増えており、この宿はそれを意識してつくったわけではないのですが、まさにそういうふうに見られているんだなと実感しました」

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入口が宿で、出口が村

さらに嶋田さんは、もう一つ重要な宿泊客の特徴に気づいた。もともとこの宿は、小菅村に観光客が増えてきたため、宿泊機会を増やすためにつくったものだった。ところが、「NIPPONIA小菅 源流の村」を訪れる宿泊客の90%以上は「初めて小菅村に来た」という人々なのだ。

「つまり、小菅村に来るのではなく、まず『NIPPONIA小菅 源流の村』が目的で来る。それをきっかけにこの村を体験し、豊かな環境や食や村の人に触れて、『もっと小菅村のことが知りたくなった』と言ってくる。入口が宿で、出口が村なんです。僕は逆だと思っていたのですが、僕らの宿がなかったら小菅村に来ることはなかった人たちが来ています」

住環境や食生活、1日の過ごし方など、自分の理想の暮らしの体験のために宿を訪れ、それが入口となって地域への興味が湧くという構造だ。その興味の奥底には、漠然とではあるが「もしここで暮らすとしたら?」というシミュレーションも、かすかに混じっているのではないだろうか。リモートワークが一般化した今、都会で稼ぎ、リゾート地や田舎で消費するという働き方・生き方は、すでに過去のものになりつつあるのかもしれない。

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700人の小さな村で豊かさの本質に触れる

強い吸引力を持つ「NIPPONIA小菅 源流の村」の魅力をつくり出しているサービス開発のコンセプトは、「700人の小さな村で豊かさの本質に触れる」というものだ。

このコンセプトを宿として実現しているのが、嶋田さんからマネージャーを託された谷口さんを中心とするスタッフの方々だ。谷口さんは、もとは東京の会員制ホテルのスタッフとして富裕層向けのサービスを行ってきたが、果てしなく増長していく「高付加価値サービス」に疑問を感じ、同じホテルで働いていた奥さんとともにオーストラリアに留学、クリスタルウォーターズでパーマカルチャーの世界に出会う。「いつか自然が豊かなところで、自分たちの理想のホテルをやりたい」と思いながら帰国した谷口さんの目に留まったのが、開業を控えた「NIPPONIA小菅 源流の村」の求人情報だった。

嶋田さんは、谷口さんたちが提供しているサービスに、大きな共感と信頼を寄せている。

「谷口夫妻は自分たちがやりたかった宿をここで実現していて、僕はそれがいいなと思っているんです。彼らのライフスタイルの体現が、この宿だと言ってもいい。豊かさの本質って何だろう? 彼らがかつて感じていたモヤモヤを、同じように感じている若者たちがこの宿を訪れています。

『700人の小さな村で豊かさの本質に触れる』というのは、シンプルに言えば『足るを知る』ということ。そこにある自然や、目の前に差し出された食材に『ありがたい』と感謝する。今ここに大切な人といられることに感謝する。そういうものです。この宿だけでなく、小菅村自体にそういう感じがありますよね」

©️NIPPONIA小菅 源流の村「崖の家」 https://nipponia-kosuge.jp/cliff/

子どもと過ごせる「崖の家」では、自炊の価値を開発

村の空き家を一つひとつ改修していき、村全体を分散型ホテルにするという計画と共に歩んでいる「NIPPONIA小菅 源流の村」は、「大家」に続いて2020年8月に、新たな客室「崖の家」をオープンした。村内の切り立った崖の上に放置されていた築100年超えの2つの空き家を、2棟の二階建てコテージへ改修。ゆったりとした滞在を約束するため中学生以上の利用に限定している「大家」に対し、「崖の家」は子どもと一緒に滞在したいというニーズに応える。

「崖の家」の建物内にはアイランドキッチンと円卓が備わり、食事は宿泊客が自炊する仕組みだ。嶋田さんは、ここにも豊かさの本質に触れるための仕掛けを施した。

「発端は『崖の家』の宿泊客の食事をどうしようかという課題からでした。『大家』のレストランはやはり大人向けなので、小さなお子さんを連れた『崖の家』のお客様に利用していただくのは難しい。そこで自炊を、ということにしたのですが、『自炊=安い』という考え方ではなく、自分で料理をすること自体を付加価値にしたいと考えたんです」

そこで生まれたのが「つながる食卓」というコンセプトだ。宿泊客に村で農業体験をしてもらい、幾重にも重なる「つながり」を感じていただく。例えば、大地とつながる、食物の生産者とつながる、家族や友人たちと一緒に料理し食卓を囲んでつながる。宿泊客はこの体験を通じて、人と自然、人と人、命とのつながりを回復することができる。

こうした仕掛けを行いながら、嶋田さん自ら書いたプレスリリースでは、「崖の家」の特徴を「3密回避の貸切宿」、「農作業はオープンエアのアクティビティ」などと表現。「withコロナ時代のマイクロツーリズム」を全面的に打ち出し、NHKをはじめとする多くのメディアの注目を集めた。

©️NIPPONIA小菅 源流の村「崖の家」 https://nipponia-kosuge.jp/cliff/

普遍的なマイクロツーリズムと地域の再生を目指して

コロナ禍で海外を含む遠隔地への移動を制限された人々は、改めて身近な地域に目を向け始めた。今住んでいる地域をはじめ、自宅から1時間ほどで行ける近場への旅「マイクロツーリズム」が脚光を浴びている。しかしコロナ禍が終息すれば、再びインバウンド頼みの観光産業や遠いリゾート地での消費に置き替わってしまうのだろうか?

嶋田さんは、マイクロツーリズムにもっと普遍的な価値を感じているという。

「名もなき村、名もなき風景、名もなき人々、名もなき品々。そこに目を向けて、これらが長い歴史の中で人々の手によって受け継がれてきたことの意味を学ぶ。それがマイクロツーリズムだと思いますし、この言葉がない時から僕らはそれをやってきた。『近場で済ます』ではなく、近くにこんなに美しいものがあったんだと気づけたらいいですよね。コロナ禍で機運が高まったのは事実ですが、一過性ではなく、普遍的なマイクロツーリズムにしたいですね」

JR東日本とコラボレーションしたマイクロツーリズム企画、小菅村を含むJR青梅線沿線の地域を巡る「沿線まるごとホテル」を開催。Via:http://marugotohotel-omeline.com/

2021年2月17日から4月20日までの期間には、JR東日本とコラボレーションし、青梅線の無人駅「白丸」駅を発着点に、周辺集落や小菅村を周遊して「NIPPONIA小菅 源流の村」に泊まる、「沿線まるごとホテル」の企画を実施している。

この企画の背景には、マイクロツーリズムとして「沿線」という角度から、今まで見過ごされてきた小菅村周辺の地域にも光を当て、最終的な目的地だけではなく通過点にも人々の視野を広げたいという想いと共に、源流 小菅村に発し海まで続く多摩川流域全体のつながりを回復できないかという、嶋田さんの未来へのビジョンがある。

「多摩川源流にある小菅村は、昔から本当に頭が下がるような村づくりをしてきているんです。多摩川を汚さないために、30年以上前から全戸に下水道を整備したり、農業排水を川に流さないようにしたり、川のクリーン活動にも力を入れてきました。そしてようやく『多摩川源流の村と言えば小菅村』と、少しずつ知られるようになってきた。僕らの宿は、長年の村の努力の積み上げの上で営業させていただいています。

だから、本当に小菅村を感じるには、多摩川を遡ってきていただきたいんです。それができるのがJR青梅線です。多摩川沿いを走り、多摩川を一つの流域として意識することで、下流の人は上流の人のことを思い、上流の人は下流の人のことを思い、お互いに何かあったら助け合う。そんな流域一体の社会をつくれたらと」

経済成長が優先されてきた時代に、社会のさまざまな場所で効率化と共に分断が進んだことは周知の事実だ。人と自然、人と地域、そして地域同士の思いやりやつながりもまた、いつの間にか薄れてしまった。多摩川流域をもう一度つなぎ直すアクションは、これまで人々の命を生かし続けてきた、本質的な大いなる流れをつなぎ直す動作にも見えてくる。

©️NIPPONIA小菅 源流の村「崖の家」 https://nipponia-kosuge.jp/cliff/

最後に、嶋田さんに宿や地域づくりに取り組む人に向けてメッセージをいただいた。

「自分の経験からしか言えませんが、コロナ禍で思ったのは、僕たちのやっている事業はやはり地域の人や地域のファンによって支えられているということです。世の中が大きく変わる時に僕たちが生き残ることができているのは、何かあった時に助けてくれる人が大勢いたから。実はこれがいちばんの強さなのではないかと思います」

人間の本質的な豊かさに触れることをいかにつくり出せるか、そしてそこに集まるたくさんの共感をいかに力に変えることができるか。このようなモデルだけが、これからの予測不能な激動の時代を生き抜いていけるのかもしれない。

(執筆:角 舞子)

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via: designboom.com/

「自然に囲まれた暮らしがしたい。」と思われることはありませんか。都会で暮らしながら、週末は借別荘暮らし?それとも、キャンピングカーを利用? でも、これからの人生は、自然に囲まれて、自分のお気に入りのスペースで過ごす時間を長くしたいと考えられる方は、例えば、自分で家を建ててしまうのはいかがでしょうか。

数年前、若き映画製作者のZach Bothは、10年以上使われている荷物用のバンを自分で改造。その移動可能なスタジオでアメリカ中を旅しながら働いていました。彼のノマド暮らしを支えてくれるこのスタジオの装備は、再利用の木材を使い、サスティナブルかつ洗練された美しいものでした。

ところが、彼は昨年の秋、ユルト(ゲル)で暮らすために車で旅する生活を卒業。 彼とガールフレンドのNicole Lopezは、オレゴン州ポートランドの郊外に6か月かけて建てたこのユルトで、快適な生活を送っています。

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ユルトの直径は、30フィート。2人がデザインしたたこのユルトは730平方フィートの光で満ち溢れたリビングスペースに囲まれています。作り付けのモダンな家具や電化製品も揃っており、水や電気も完備。来客用の広々としたスペースも確保されています。ユルトの入り口からはいると、この広々としたソファとテーブルが迎えてくれます。ここで、外の景色を楽しみながら読書をしたり、会話を楽しんだりできます。憧れちゃいますね。

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コンパクトなキッチンスペースは入口からはいって左手に。冷蔵庫も完備。作った料理は、キッチンスペースの横にあるダイニングテーブルへ。とてもスムースな動きで日常生活ができます。話をしながら、料理を準備できるし、友人を招いた気軽なホームパーティでも活躍しそうなスペースですね!

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右手には、薪ストーブ。寒い日にはこのストーブの前で癒しの時間をすごせます。また、薪ストーブのそばにある植物が置かれた棚は、緑を置くだけの棚ではなく、リビングスペースとワーキング・スペースの間仕切りを兼ねています。家で仕事をする時は、リビングスペースとは分けられた仕事に集中できるスペースがあることは大切ですよね。

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via: doityurtself.com/

2人は友人や家族の助けを借りて、たった1度の週末で外部構造を建ててしまいました。内部構造は、キッチンとバスルームからなる中心設備、そして、ベッドルームは少し高いロフトにあります。この円形のベッドルームは、45もの植物の鉢と一日中豊富な光が入る天窓が特徴です。

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ロフトにあるベッドルームには梯子をのぼっていきます。毎日冒険気分が味わえますね。

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窓際に置かれた一人掛けのソファは、お日様の光を浴びてくつろぐ特等席かも。

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このプロジェクトで注目すべき点は、2人の希望で建築中に彼らが学んだことをネット上に無料でシェアしていることです。彼らのサイト(doityurtself.com)には、詳細の段階をおった手順に加えて、すべての建築プロセスの写真やビデオがあります。また、アメリカにあるユルトの会社の紹介も含まれています。「何千年もの歴史があるユルトの構造を21世紀の現代的な建物に応用できたことは信じられないくらいた。」と2人は語ります。広々としたリビングエリアでは、読書をしたり、犬と遊んだりする穏やかな暮らしが待っています。

via: designboom.com/

時には、玄関に腰かけて、雄大な景色を楽しむのも素敵。都会を離れて、光と自然と緑に囲まれた家で、リモートワークをしながら過ごす穏やかな暮らし。ユルトだったら、自分の建てられるかも。マイ・ユルト計画を始めてみませんか。

via: designboom.com/

project info: 

designers: zach both and nicole lopez

learn more: doityurtself.com

photography: bryan aulick

via: designboom.com/

via: doyurtself.com/

 

 

「WATERLICHT」というインスタレーションとローズガールデ氏

「WATERLICHT」というインスタレーションとローズガールデ氏
©Daan Roosegaarde

オランダに暮らしていると、国の「独自性」「創造性」に驚くことが多々あります。
代表的な例を挙げると、まず「2001年に世界ではじめて同性婚を合法化」したこと。その他にも、「娯楽大麻への寛容政策」(違法ではありつつも、一定の条件下なら逮捕はされない)や、「安楽死の合法化」などがあります。国の法律そのものが他国と全く異なるのです。産業面でも、世界的に使用されているコンピュータ言語「Python」もオランダ人が開発しました。

オランダ人は、どうしてこんなに独自性・創造性があるんだろう? 育つ環境に秘密があるのだろうか?
そう考え、オランダ人クリエイターにインタビューを敢行しました。
今回は、世界的に有名なダーン・ローズガールデ氏のお話を聞くことができました。そこには、オランダ人自身が分析する意外な「創造性の秘密」があったので、ぜひシェアさせて下さい。

ダーン・ローズガルデ氏とは

ダーン・ローズガールデ氏

ダーン・ローズガールデ氏 ©Daan Roosegaarde

今回インタビューに回答してくれたのは、オランダのみならず世界的に注目を集める様々なインスタレーションをプロデュースするダーン・ローズガールデ(Daan Roosegaarde)氏。1979年オランダ生まれのデザイナー兼アーティストであり、オランダと上海を拠点とするソーシャルデザイン・ラボ「Studio Roosegaarde」創設者でもあります。

(インスタレーションとは、現代美術における表現手法・ジャンルのひとつ。展示空間全体を作品とし、鑑賞者の全身が作品に囲まれることで空間を五感で体験しながら作品を味わうスタイル。)

創造的になった秘密

「Waterlicht」を見上げる少年

「Waterlicht」を見上げる少年 ©Daan Roosegaarde

筆者が最初にぶつけた「どうしてあなたはそんなにクリエイティブなんですか?」という身もふたもない質問に対し、ローズガールデ氏は、ご自身のスタジオではどのようなところからインスピレーションを得ているのか教えてくれました。それは主に、以下のような2つのタイミングなのだそう。

1.何かに腹を立ててイライラした時
2.何かに魅了された時

例えば窓の外を見て、「交通渋滞」「大気汚染」「海面の水位上昇」「CO2排出量増加」などのせいで社会が混乱したら、非常に困りますよね。「そんな時、人々は2つの道を選ぶことができる」とローズガールデ氏は語ります。

選択肢1:文句を言い、部屋に隠れて、他の誰かを責める
選択肢2:人間が既にこの状況を作り出してしまったので、そこから抜け出せるように、デザインや設計しようと動き出す

ローズガルデ氏は、自分自身を「アクティベーター(活性化させる人)」だととらえているのだそう。
路上で看板を持って叫ぶ活動家(アクティビスト)ではなく、持続可能な社会の美しさと可能性を示す、「選択肢2」を採るアクティベーターなのです。

何か天啓(インスピレーション)を得て作品を生み出すのではなく、社会や環境へのフラストレーションが作品を生み出すヒントやきっかけになっているのだとか。

韓国に建てられた、高さ7mのスモッグフリータワー

韓国に建てられた、高さ7mのスモッグフリータワー ©Daan Roosegaarde

スモッグフリータワーで収集された粉塵

スモッグフリータワーで収集された粉塵 ©Daan Roosegaarde

確かに彼が手掛けた「Smog Free Project」は、大都市のスモッグ(空気中の粉塵など)に対するフラストレーションから誕生しました。韓国、中国、オランダ、ポーランドの都市にスモッグフリータワー(Smog Free Tower)を建て、そこで収集されたスモッグを固めて黒い石の指輪にするという何とも奇抜なプロジェクトだったのです。

空気中のスモッグから作られるスモッグフリーリング(Smog Free Ring)

空気中のスモッグから作られるスモッグフリーリング(Smog Free Ring)©Daan Roosegaarde

2人の愛もサステナブルになりそうなスモッグフリーリング

2人の愛もサステナブルになりそうなスモッグフリーリング©Daan Roosegaarde

そしてこのサステナブルなプロジェクトは多くの若者の共感を呼び、この指輪「Smog Free Ring」をプロポーズに使うカップルも続出したのだそう(現在は販売休止中)。確かに2人の愛も持続可能な気がしてきますよね。社会的フラストレーションが生んだ、素晴らしいインスピレーションです。

創造的に成長することを支えた人コト

「Studio Roosegaarde」外観

「Studio Roosegaarde」外観 ©Daan Roosegaarde

「あなたは学校教育の影響を受けたと感じますか?」という筆者の問いかけに対し、「実は私は、美術学校から2回追い出された経験があります」と回答したローズガルデ氏。けれど彼の父親が科学教師だったので、物理学の原理には子供の頃から魅了されてきたのだそう。「これはどのように機能し、なぜそうなるの?」「代わりにこれをした場合はどうなるの?」とよく父親に尋ねていたと語ってくれました。

スタジオで作業するローズガルデ氏

スタジオで作業するローズガルデ氏 ©Daan Roosegaarde

そうやって好奇心を持ち続け、恐れずに夢に向かって真っすぐ進み続けることで、彼は創造性を開花させたのです。けれど美術学校を2回ドロップアウトした彼がアート世界で生きていくことを、「クレイジーだ」と揶揄する人も多かったようです。

そんな経験も踏まえ、「他の誰かがあなたの夢を壊したり、変えようとすることを、甘んじて受け入れないでください。驚きをもって世界を観察し、すべてが可能であるという信念を持ってみてください」と日本の我々にアドアイスもくれました。

そして意外なことに、彼に「影響を与えたクリエーター」として日本人の名前を挙げてくれました。それは、建築家の磯崎新(いそざきあらた)氏。「彼は素晴らしい日本の建築家だと思います。彼の作品を見て、あなたの中のインスピレーションを刺激してみてください」と絶賛していました。ローズガールデ氏は他のインタビューでも「京都の庭園などにもインスパイアされた」と語っています。日本には、ローズガルデ氏の創造性を刺激したエッセンスが豊富にあるのですね。

オランダ人の国民性としての創造性

ローズガルデ氏個人の創造性とは別に、出身国である「オランダの創造性をどう考えるか」とも尋ねてみました。彼は、「オランダ人は常に創造的である必要がある」と考えているそうです。それは、オランダの歴史と地理に関係しています。実は埋め立てによって国土を拡張してきたオランダは、国土の大半が海抜以下で、水に囲まれた国。テクノロジーで水位を制御しなければ、文字通り国が水没するのです。

「Waterlicht」のインスタレーション

「Waterlicht」のインスタレーション ©Daan Roosegaarde

彼が手掛けた巡回展「Waterlicht」は、水の詩と力を示したインスタレーション。環境への配慮をなくしイノベーションを止めた場合、洪水による水位がどれほど高くなるかを光で演出しています。
このインスタレーションを観た人々は、その美しさに圧倒されると共に、環境へのケアを怠ると国が水没することを体感し、衝撃を受けたのです。

前述のように、彼は「アクティベーター(活性化させる人)」として、人々の意識を活性化させたのですね。

そして宇宙へ

LEDビームでスペースデブリ(宇宙ごみ)を視覚化するアートワーク「SPACE WASTE LAB PERFORMANCE」

LEDビームでスペースデブリ(宇宙ごみ)を視覚化するアートワーク「SPACE WASTE LAB PERFORMANCE」
©Daan Roosegaarde

そんなローズガルデ氏の活動は地上に留まらず、いまでは宇宙規模に広がっています。
彼のスタジオが「Space Waste Lab」(宇宙ごみに関するプロジェクト)に着手しているので、遅かれ早かれおそらくローズガルデ氏ご自身も宇宙へ行くことになるというのです。すごい!

しかしここで、思わぬ告白をうけました。

「実は、私は高所恐怖症なんです」

けれど、そんなことで怯むローズガルデ氏ではありません。宇宙に飛び立つ自分自身を鼓舞するために、そして、恐れとより良く共存するために、パラグライダーにチャレンジしています。

高所恐怖症にも負けず、宇宙プロジェクトを進める

高所恐怖症にも負けず、宇宙プロジェクトを進める ©Daan Roosegaarde

「私は恐れを取り除こうとはしません。なぜなら、恐れも良いものだからです。恐れと対峙することは自分を知るための良い方法でもあります。恐れは私のアイデンティティの一部です。恐れも自分の一部ですから」と、独自の考えも披露してくれました。

新しい世界に踏み出す時は、ついつい恐れから二の足を踏んでしましますよね。そんな時は、ぜひこのローズガルデ氏の言葉を思い出したいです。

おわりに

「宇宙船地球号には乗客はいない。我々全員が乗組員だ」という哲学者マクルーハンの言葉を記したインスタレーション

「宇宙船地球号には乗客はいない。我々全員が乗組員だ」という哲学者マクルーハンの言葉を記したインスタレーション 
©Daan Roosegaarde

ローズガールデ氏はご自身の仕事のことを、以下の様にも分析してくれました。

「私は政治家ではないので、自然エネルギーに200億ユーロの予算をつけることも、長期的な都市プログラムを行うこともできません。けれどうまくいけば、多くの人々に良い影響を与えることができるものを作ることができます。私の仕事は、人々の意識を高めるのです」

これは実は、アートワーク以外でも、多くの仕事にもあてはまることなのではないでしょうか。ぜひ私たちYADOKARIも、人々の意識に働きかける「アクティベーター」でありたいと思います。

Via: studioroosegaarde.net

via: leviniglut.net

北欧の空気が白く凍り、ホットタブから蒸気が星空に上っていく。レビン・イグルートは、フィンランドの北極圏ラップランドの丘にあるガラスのホテルだ。
ゲストは、イヌイットの雪の家「イグルー」を透明ガラスでデザインした部屋で、オーロラと星空の下で眠りにつくことができる。

via: leviniglut.net

レビン・イグルートは、ラップランドで最も人気のあるリゾート地の一つであるレヴィから10kmの距離にあり、高さ340mの丘陵の斜面に位置している。街の光から遠く離れて、斜面からの北の空の遮るもののない眺めは、オーロラを堪能するための理想的な場所だ。

レビン・イグルートのガラスのイグルーは、完全な断熱効果のあるガラス張りになっており、広々とした暖房付きの部屋に高水準の設備を備えている。イグルーは電気で温められているので、ガラスが曇る心配もなく、暖かく快適な室内を実現する。

via: leviniglut.net

ガラスのイグルーは、屋外ジャグジーとプライベートテラス付きのスイート・イグルー、渓谷の素晴らしい景色を望むプライム・スーペリア・イグルー、居心地の良いスーペリア・イグルーの3つのタイプが用意されている。各イグルーには、完璧な位置に調整可能な電動ダブルベッド、床暖房付き専用バスルーム、冷蔵庫付き簡易キッチン、WiFi、Bluetoothスピーカーが備わっており、全てのタイプにビュッフェ式朝食が含まれているようだ。

via: leviniglut.net

53平方メートルという広々としたラグジュアリーなスイート・イグルーには、屋外ジャグジー付きのプライベートテラス、キングサイズのベッドを備えた独立したスリーピングエリア、ダイニングテーブルとソファチェアのあるラウンジエリアがある。スイート・イグルーからは、渓谷と北欧の空の素晴らしい景色を眺めることができ、最大収容人数は大人2名・子供2名で、朝食、モエ・エ・シャンドンのウェルカムドリンク、ミニバーが含まれている。

via: leviniglut.net

via: leviniglut.net

23平方メートルのプライム・スーペリア・イグルーと、スーペリア・イグルーは、渓谷や森に面しており、丘の斜面からの空の眺望を楽しむことが可能だ。

via: leviniglut.net

グループ向けの宿泊施設ノーザンライツハウスは、丘の中腹に建てられたエレガントな石とガラスの構造で、暖炉とプライベートサウナがあり、イグルーの宿泊客もサウナを利用することができる。

ウィンターシーズンには、スノーシューハイキング、トナカイファーム訪問やトナカイぞりサファリなど、北極圏ならではのアクティビティが豊富に用意されている。さらにスノーモービル、ハスキー犬ぞりサファリなどのアクティビティは、レヴィの中心部で利用でき、近くのレヴィリゾートでスキーを楽しむことができるという。

via: leviniglut.net

ラップランドのオーロラのシーズンは、11月中旬から4月中旬。暗くて天気が良いときにのみ見ることができるという。真冬よりも秋と春により見やすく、夕方の10時から朝の2時の間に見られることが多いようだ。
絶好のタイミングを狙って、訪れてみてはいかがだろうか。

Via:
leviniglut.net

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