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YADOKARIについて

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工事中の塔体等を活用し、平穏な日常生活を取り戻し、横浜の経済が再び元気になるようエールを送るライトアップを行います。

第一弾として、7月7日からブルーライトアップを行います。

8月以降は、光の色の種類を増やし、動きのある演出も加えたライトアップを実施していく予定です。

1.事業目的

横浜マリンタワーは、開港100周年にあわせ、市民の発意でみなと横浜のシンボルとして1961年に建設され、長く市民に親しまれてきましたが、塔体塗装等の修繕工事を令和4年3月末(予定)まで実施するため、横浜マリンタワーはその間休館しています。

工事中も都心臨海部エリアの景観に配慮し、さらに若い世代にも横浜港のシンボルとしての横浜マリンタワーの存在を再度認知いただくため、塔体等を活用した空間演出を実施します。

なお、自宅からでもライトアップを鑑賞できるよう、7月7日よりウェブカメラで動画を配信します。

2.実施期間

令和2年7月7日(火)以降
18:00~24:00 ※7月7日は19:30開始

3.演出内容

平穏な日常生活を取り戻し、横浜の経済が再び元気になるよう、医療従事者、飲食や観光等の事業者等の皆様に対するエールを送るライトアップを行います。

<第一弾>
7月7日(七夕)からは、第一弾として、新型コロナウィルスの対応に奔走されている医療従事者の皆様に感謝の気持ちとエールを送る、ブルーライトアップを行います。

<第二弾>
外出自粛緩和の移行期間の終了が見込まれている8月以降は、光の色の種類を増やし、動きのある演出も加えたライトアップを実施していく予定です。

4.特設ウェブサイト

6月30日(火)より、本プロジェクトの特設ウェブサイトを開設しました。
https://negainotou.marinetower.city.yokohama.lg.jp

5.施設情報

横浜マリンタワーは、昭和36(1961)年に横浜開港100周年記念事業として、横浜展望塔株式会社(当時)により、市民の皆様のご協力のもと建設されました。以来、横浜港のシンボルとして長く市民に親しまれていましたが、入場者数が年々減少し、存続が困難な状況に至りました。そこで、市民の皆様から保存・活用について要望を受けたことから、横浜開港150周年に向けて、横浜市が取得し、耐震補強等の再整備を行い、平成21年5月にリニューアルオープンしました。
現在は塔体塗装等の修繕工事を行っており、令和4年4月以降に再開業する予定です。

【本件に関するお問合せ先】

横浜市文化観光局観光振興課 菅野
電話:0456713652
メールアドレス:bk-shisetsu@city.yokohama.jp
FAX:0456636540

ここは世界を代表する経済都市で、近年動乱の最中にある香港。

その北東部の海岸沿いにある屯門区は経済都市の香港らしく、高層ビルが立ち並びつつも、比較的自然の緑が多く見られるこの地域にキュービックなコンテナを連結させたこじんまりとしながらもお洒落なオフィスが誕生した。

work of substance(ワーク・オブ・サブスタンス)というデザイン会社がgoodman westlink(グッドマン・ウエストリンク)というロジスティクス系の会社のためにこのコンテナハウスを設計した。

作りとしては単純で、3つのコンテナを使い連結させて1階部分とし、3つのコンテナの中心のコンテナにもう一段コンテナを乗せてそれを2階部分とした。

全部で使用したコンテナは4つではあるが、アウトドアスペースを含め、スペースとしては6つの異なる空間を作り出している。

このような空間設計ができるのはコンテナハウスならではだ。

コンテナの正面と背面をガラス張りにし、建物自体の見通しを良くしている。

近代的でお洒落なオフィスに、最近採用されやすいデザインだが、単に見た目だけではなく、室内に自然光をふんだんに取り入れることができるため、日中電気を使わずに済むだけでなく、暖かな雰囲気に包まれながら、ここでの作業を進めていくことができる。

「コンテナハウス」と聞くとメタリックで無機質な印象を持つが、中を見れば、内装の壁に木材をメインに使用している。

ガラス材とのコンビネーションでスタイリッシュながらも暖かく居心地のよい空間作りに成功している。

1階部分の2ブロックは大広間として、集まって会議などができるようにに設計してある。

会議室さながら重厚な雰囲気がありながらも、周りの緑が見えるため、堅苦しすぎない空間となった。

2ブロックを使った会議室はもう一つの1ブロックのコンテナと仕切られており、スライド式の扉を開けると階段がある。
その階段のスペースに簡単な給湯スペースもあるため、簡単にお茶を作って参加者や来訪者にお茶出しが可能だ。

このようにスペースを無駄にしない設計を取ることが全体としてこのコンテナハウスのコンパクトさにつながっている。

階段を上がれば2階のスペースに。

上がった先のスペースはコンテナ部分ではなく天井まで全面ガラス張りの非常に開放的な空間となっている。

また、2階の奥の部分はベランダ、テラススペースとなっており、会議や仕事の休憩時間として、緑に囲まれ、外の空気を吸いたい時に最適だ。

全体をとおして、まるで高級ホテルかのように、「コンテナハウス」ということを感じさせないことが特徴と言えるだろう。

コンテナ自体が安価ではあるものの、このようなデザインを取れば、全く安っぽさは出ずに、むしろ高級感を出すことができるのだ。

コンテナハウス自体はスモールハウスとしてよく使われ、元々運搬用の素材なのでモビリティとう観点でも良好で、モバイルハウスとしてもよく使われる。

今回は4つのコンテナを使用しているが、それを応用して組み合わせ、今回のように小さなコンテナを連結させれば、拡張性が高まり、必要なスペースを好きなだけ増やしたり減らしたりすることができる。

また、今回のようにたまにコンテナを抜いたりしてオープンスペースを作れば、その可能性はさらに広がる。

加えて、解体する時も、コンテナを切り離して撤去するのみなので、撤去コストもそれほどかからず、周りの自然にも悪影響を与えない。

香港に今起こっている混乱を抜きにしても、都会での生活や仕事というのは気をそらされることが多く、ストレスを抱えながら生きていかなくてはならないことが多くなるだろう。

このように、僻地に簡単にすばやく、オフィスを立てることができたなら、様々な選択肢ができ、外の情勢に惑わされずに自分の仕事に集中できる環境を作れるのかもしれない。

via:
https://www.archdaily.com/
https://www.designboom.com/

▼ライブ動画を全視聴できます。お楽しみ下さい。

https://www.facebook.com/141357895967519/videos/1087179428331996/
Facebook動画で視聴できない方はYoutube動画(こちらをクリック)も視聴可能です。

2011年3月11日、濁流に飲み込まれる家の映像に衝撃を受け、その日からYADOKARIとしての活動を始めた創業者のさわだいっせいとウエスギセイタ。「一生をかけて高額な家を買うことが、本当に幸せな住まいの在り方なのだろうか?」そんな疑問から「未来の豊かな住まい方」を探究し始め、タイニーハウス、移動する暮らしなどの新たなライフスタイルを世界中から紹介するメディアとして、YADOKARIは少しずつ歩みを進めてきました。

2013年に法人化し、タイニーハウスによる駐車場を活用したコミュニティプレイス&飲食施設「BETTARA STAND 日本橋」や、同じくタイニーハウスを用いた京急電鉄高架下のホテル&飲食施設「Tinys Yokohama Hinodecho」などの場づくり・地域活性の事業展開を経て、創業7年目を迎えた今、YADOKARIはさまざまな自治体や企業との大規模なプロジェクトにも参画させていただくようになりました。

そんな今を、さわだとウエスギは「YADOKARIの第2創業期」と捉え、会社のVision・Mission・Valueを一新。原点に立ち戻り「リビングコスト・ゼロの住まい」を、仲間たちと本気で実現しようとしています。YADOKARIの新たな世界観とこれから向かいたい未来について、2人が想いを語りました。

YADOKARI第2創業期にあたり、進化するVision

YADOKARI株式会社 共同代表取締役 ウエスギセイタ(左)・さわだいっせい(右)

ウエスギ: 7年目にして、実は1月の終わりくらいから会社の新しいVision・Mission・Valueをずっと考えていたんですよね。もともと最初のビジョンメッセージや理念も3ヶ月くらいかけて2人で考えましたよね。

さわだ: そうですね、小林武史さんがプロデュースしている代々木VILLAGEに行って。

ウエスギ: さわだとそこに入り浸って、ああでもないこうでもないと。モバイルハウスやタイニーハウスの構想はもともとあったので、代々木VILLAGEの動くコンテナみたいなものを見ながら実際にインスピレーションを感じて言語化していって、何度も何度も書き直したのが、YADOKARI.netの「ABOUT」の言葉。この時、テーマにしていたタイニーハウスや多拠点居住は今だからこそメジャーですけど、これを書いた2012年は、こんなこと「?」が付いている時代でしたよね。

さわだ: 普通になりましたね。

ウエスギ: この「ABOUT」にもある「場所、時間、お金に縛られない」というのも重要ですよね。でも今回のコロナで、場所や時間には縛られなくなってきたかもしれない。東京にいる意味も薄くなってきましたね。

さわだ: 確かに。こうやってリモートで仕事ができるようになっちゃうと、場所と時間の自由はもう実現できている人もいるかもしれない。あとはお金だね。

ウエスギ: そこだけだよね。この時は、「これからの豊かさ」の実現に向けてYADOKARIというメディアを深めていくにあたって、「自分の中で豊かな暮らしってどんなのだろう?」というのをお互いコラージュで持って来て、そこから言語化したんだよね。3.11とも重なって、僕らも自分たちなりのマニフェストを提言として書こうと思った。これを読んで連絡してきてくれた人、たくさんいましたよね。

さわだ: 僕らのスタンスが出ていたし、ここに共感してくださった人たちが多かったんだろうね。

ウエスギ: この当時はまだ会社化は考えていなくて、ただ自分たちのやりたいことを一生懸命言語化しようとしてた。今まさに、こういうことをやっておいて良かったなと思います。これが今から約8年前に書いたもので、スタッフも増えてきて、2020年1月くらいから第2創業期だという意識もあったので、Vision・Mission・Valueを改変しようということになった。さわだと一緒にまた3ヶ月くらい産みの苦しみで考えて、かなりアップデートしたんです。

Vision(YADOKARIの使命)/「世界を変える、暮らしを創る」Change the world, Create a life

ウエスギ: このフレーズが出て来た時、2日間くらいテンション上がっちゃいました。

さわだ: 久しぶりにブルブルッと、自分たちの中に来たんですよね。

ウエスギ: 今までは「住」という視点で、タイニーハウスとか多拠点居住とか、ツールも明確にしていましたよね。それを、自分たちがやって来た活動を棚卸した時に、もう少し次の世界へ行けるように、年末にうちの会社のメンバーみんなで真剣に話したんですよね。それを受けて僕らももう一度Visionをアップデートしようと。「暮らし」という領域から「世界を変える」。かなり引き上がりましたよね。

さわだ: 相当大きいよね。ずっとモバイルハウス、タイニーハウス、コンテナハウスに固執していたというか、今でももちろんその事業もやっていて、暮らしを変える一つの選択肢ではある。でも、それだけが人々を幸せにするわけでもないし、もっと選択肢がないとダメだよねということで、壮大なことにチャレンジしてみたいんですよね。

ウエスギ: この「世界を変える」というのは、さわだはもともと「世界」が頭にありますよね。

さわだ: YADOKARIの可能性はこんなもんじゃないだろうって所に、いつもチャレンジしたいんだよね。もちろん毎日小さなことから丁寧に活動を進めて行かなきゃいけないんだけど、視野は大きく広げたい。

ウエスギ: これは僕らの著書をきっかけに、中国に講演に呼んでいただいたのが大きかったなと。中国と韓国でYADOKARIの本が翻訳されて出ているんですけど、「中国の新しい暮らし」というテーマで登壇させていただいた時に、「小さな暮らしってどう?」って聞いたら、中国の若者が「いや、3億円のマンションに住みたいし」みたいなこと言ったりして、めちゃくちゃ面白いなって。日本の中だけじゃない、同世代だけど価値観は多様なんだなと。そうなって来ると、僕たちのフィールドというか、価値観をアップデートすることにおいて、まだまだたくさんの人たちと切磋琢磨できそうだなと思いましたよね。だから「住」から「暮らし」、そして「暮らし」から「世界」へ。みなさんどう思いますかね? 共感してくださる方は、ぜひ一緒にこの船に乗ってほしいなと思います。

さわだ: うん。自分たちだけだと難しいことだし、ハードルは高いと思うから。

Mission(YADOKARIのありたい姿)/「暮らしの美意識を体現し、新たなカルチャーを創造する」Multi creative society of life. Creating a new culture.

ウエスギ: Visionの「世界を変える、暮らしをつくる」を達成するための、僕らのあるべき姿ですよね。さわだは、これはどうですか?

さわだ: 暮らしの美意識というものの定義は人それぞれだけど、僕らの中では、日常の暮らしの中にも自分なりの丁寧さや美意識をしっかり持って、それを自分たちで実際に体験・体現していくことが重要だよね、と言っているんです。表層だけじゃなく自分たちが行動で表していく。それが積み重なって、いろんな人に影響を与えたりして新たなカルチャーになっていく、その流れが大事なんじゃないかと。

ウエスギ: 小さな暮らしやミニマリストも、一つの暮らしの美意識ですよね。あれを「合理的な暮らし」みたいに表現した時に、「HOUSE VISION」のプランナーの土谷貞雄さんに「いや、君たちのやっていることは合理的ではなくて、美意識だよ」って教えてもらったのがきっかけだった。日常ではない美意識のことを「演劇的な暮らし」などと僕らは表現するんですが、例えば彼女の誕生日に横浜のみなとみらいのホテルを予約してシャンパンを飲んで観覧車に乗る、みたいな、それも素敵な暮らしだけど、それは演劇的な暮らしであって日常ではない。僕らが描いているのは、日常の中でこの1杯のお茶をどうクリエイティブにつくろうかという所作や暮らし方ですよね。そういう所の美意識が整ってくると豊かになるなぁという実感があったので、そんな人が増えていくとまた新たなカルチャーができそうだなって。

ウエスギ: アフターコロナでは地方移住が加速するんじゃないか、みたいな議論も社内ではしているんですが、仕事があるから首都圏を離れられない場合もありますよね。過去に無印良品さんとそういうアンケートを2万人くらいに取った時に「働き方を変えないと、暮らし方を変えられない」というご意見をたくさんいただいて。でも、このコロナで働き方も暮らし方も大きく変わりそうなので、改めてどんな暮らしをしたいか考えたいですよね。こうなってくると家の居心地の良さはけっこう大事。さわだはどうですか? 海の近くに住んでるけど。

さわだ: うちはもう震災の時に一念発起で逗子に引っ越して、築50年の古い平屋に住みながら、家や庭を少しずつきれいにしながら、時には朝、海へ散歩に行きながら、みたいな暮らし方にシフトしたんです。今このコロナの状況下でも同じ暮らしを続けられていて、何の不満もない。

ウエスギ: 夜遅くまで働いて、寝に帰るだけの家に暮らしている人はしんどそうですよね。

さわだ: 今まで家の中に「居場所」をつくってきた人たちは、この状況になっても幸せに家での時間を過ごせるんだけど、そこに居場所がない人はけっこうしんどいんだよねぇ。ずっとバリバリ仕事し続けてきた人とか、顧みずにやってきた人とか。だから良いきっかけになるかもしれないですよね。住みたい所に住みつつ仕事ができる環境が整えられるようになったから、この機会にもっとストイックになればいいんだよね、本当に自分が気持ちいい場所へ。

Value(YADOKARIの行動指針・価値基準)

ウエスギ: まあ、ずっと言ってきたことですよね。でもなんかちょっと中2病みたいな所が良いですよね。

さわだ: 中2病なんだよねぇ、基本。うちの社員には一人一人、ビジョンミーティングをしたんですよ。メッセージに向き合ってもらって「これを聞いてどう思う? こういう生き方できてる?」とかね。

ウエスギ: これはもともとのメッセージビジョンから抽出した、さわだ・ウエスギが事業をやる上で、いつも案件一つにおいても立ち返る7つのバリューですよね。

さわだ: 人生のスタンスみたいな所でもあるよね。そこと仕事を交わらせたい。仕事だって人生だし、そこをミックスするとぶれない。本気でそれをやり続ければ良い人生を送ることができるよね、という所を書き出した感じかな。

1. 今を生きる/過去を悔やみ、未来に怯えることは不毛。今という一瞬に集中して生きることでまだ見ぬ可能性を引き出し、人生を成長させる。

ウエスギ: 大抵の人は、悩んでいることが今のことじゃないんですよ。過去の自分を悔やんでいたり、そんな自分だからできないんだと思っていたり、行き先が見えない、お金どうしようみたいなことだったり。これからのことと過去のことで悩んでいて、今日何を一生懸命頑張ってやっているのかを忘れちゃったりする。

さわだ: これからずっと死ぬまで頑張って、まだ見ぬ可能性を見たいなっていう所まで頑張るわけじゃないですか。その中でも足元の幸せ、今幸せかどうかはとても重要だと思っていて、僕は誰一人として、今自分が幸せじゃないと思って付いて来ていたら絶対ダメだと思っていて。YADOKARIで働いている人たちがみんな、今幸せであってほしいなということなんです。

ウエスギ: それで今、素敵な関係性や仲間たちが少しずつ増え始めてるということは、自分の中で自信を持って言えることです。

2. 好奇心に従う勇気/好奇心と恐れは表裏一体。静寂の中で湧き上がる魂の声を勇気を持って選択する。

ウエスギ: 好奇心は勇気がないと選択できないですよね。

さわだ: 僕はけっこうナチュラルに選択できちゃうんだけど。人生とっくに捨ててきたんで。そこはポリシーとして頑張ってやってきた気がする。

ウエスギ: 「好奇心」と「恐れ」は、僕は表裏一体だと思ってるんですよ。みんなワクワクしてることは多少あるんだけど、それを選択する時は、お金のことや家族のことなどいろんな恐れもありますよね。守りたいプライドみたいなものがあるのかもしれない。僕もそうだったから。前回もさわだの話に出ていたんだけど「何者でもない自分を認める所から自分は始まる」という話にもつながる。さわだは、好奇心はシンプルにやってますね。

さわだ: もう中学校ぐらいでレールを外れた時から、そうやって生きた方が楽しいなって(笑)。ウエスギを見てると、やはり「長く続けることが正義だ」って感じじゃないですか。僕は打ち上げ花火で、思いっきりでっかい花火をぶち上げる、創造と破壊みたいなのが正義だと思ってるから。

ウエスギ: でも「世界を変える、暮らしを創る」は、その破壊と継続の両方がないとできないと思う。だから僕は最近、お互いそれをやれたらいいなと思ってます。 

3. 固定観念や慣習に囚われない/創造性は無限大。合理性を一旦傍に置いて本質を捉え、新たな価値を生むクリエイティブを考え抜く。

さわだ: これはみんなにしょっちゅう言ってるね。固定観念や慣習は、コミュニティや環境や国や時代などで全然違うものになっていくから、そこには本質が隠れていないような気がしていて。そこをまずフラットに見られる目を持つ方が、良いクリエイティブにつながる気がします。

ウエスギ: 固定観念をぶち壊すって、できるようで、できる人って少ないと思うんですが、さわだはなぜこういうことがベースにあるんですか?

さわだ: 無いものをつくりたいんじゃないでしょうかね。面白いじゃないですか、無いものをつくった方が。

ウエスギ: 確かに。YADOKARIとしては、市場がないと言われている所をずっとやってきたので、そこはすごく大事なことですよね。こんな小さな会社だけどいろんな人たちに目を掛けていただけるのは、ここだと思っているんです。

4. 仲間を信じる/一人では世界を変えることはできない。仲間を信じ、プロフェッショナルとして己の役割を全うする。

ウエスギ: この仲間を信じるっていう感じ、僕はもともと成果主義の会社が多かったから、チームでやるのはYADOKARIが実は初。

さわだ: 僕は夢ばっかりでかいからね(笑)。弱い人間だし、できないことばっかりだから。ここだけはできるということ以外は、本当にみんなに手伝ってもらうしかないなぁという感覚ですよね。みんなそれぞれ自分ができること・できないことがあるはずだから、それがYADOKARIでマッチしていって、1つのチームとして世界を変えられるような大きなことができれば良いんじゃないかな。だから自分の弱さもちゃんと認めて、強さも知って、みんなが補い合うのが大事だろうなって。

僕は個性を大事にしたいんですよね。雇う側と雇われる側じゃなくて、それぞれがちゃんと自分らしさを発揮できる会社が良い。別に株式会社じゃなくても良いんだけど。YADOKARIの、株式会社という枠組みに関しても、これからどんどんチャレンジして壊していきたいと思ってる。

ウエスギ: 「みんな役員」みたいな可能性もありそうですよね。みんながこの会社の社長みたいな感覚。コロナをきっかけに、株式会社みたいなものも分解されるかもしれない。その形態である必要性が無くなってくるかもしれないですよね。

5. やり抜く価値/やりたいことがあるなら、やるべきことを全うし、時代の流れを掴む。

さわだ: 仕事って短距離走じゃないから、結局、永続的に会社も続いていくものでないとダメだと思うし、打ち上げ花火を上げて終わっちゃうとそれだけなんだよね。そこでどれだけしぶとくやり続けられるか。やり続けることで次のチャンスがまた降ってくるのかもしれないですね。

ウエスギ: 「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があるけど、YADOKARIは人事を尽くして、その後にまた時代の流れを掴む、みたいな感じ。やり抜いたら天に任せるんじゃなく、やり抜いた後も時代を見に行こう、みたいな、やり抜いているからこそ見極めようという所はありますよね。

6. 地球と共に育む/地球と生き、自然を愛し、全ての生き物と共に育む。

ウエスギ: ここはお互いに少し弱い所だから、自分たちに課した感じもあるよね。

さわだ: 自分たちがつくり出すプロダクトが、安いのを理由に地球に良くない部材を使って、それでできた物をお客さんに提供すること自体が本当に良いのか?という話で。自分たちの活動も作り出す物も全て、一貫して責任を持つのが大事じゃないですか。これからの時代の会社は、これが当たり前にないとダメだから。 

ウエスギ: 若い子たちの方が、エシカル、ホリスティック、持続可能みたいなことが既にベースにあったりしますよね。YADOKARIで紹介してきた、自然の中でスモールハウスで暮らすのが気持ちいい、みたいな感覚と通じる所がありますよね。ここはみなさんと一緒に「地球と育む」企画を考えていきたいです。生かされているということを、自分で感じ取れる人たちが増えていきそうですよね。

7. 愛を伝え続ける/生かされていることに感謝し、関わる全ての人々へ愛を伝えることを怠らない。

ウエスギ: さわださんは愛、伝えてるんですか? パートナーシップもそうだし、会社もそうだし。伝え方はいろいろあるけど。

さわだ: 僕は前の会社をクビになった時に、やっぱり愛を感じられなかったというか、自分の会社をつくるんだったら絶対に愛のある会社をつくるぞって思ったんだよね。

ウエスギ: その愛って何なんですか?

さわだ: それはまだ分からない。一緒に働くメンバーを一生幸せにするとか、一生面倒を見る気概で対峙するとか。とはいえ優しくするだけが愛ではないし、時には厳しいことも言う。君が本当にそれで死ぬ時に後悔しないかなって。そういうことに気づいた時に、実は前の会社も愛がない会社だったとは思わなくなったんだよね。

ウエスギ: へぇー! そうなんですか。

さわだ: あの時、僕はクビになったけど、結局そうしてもらったことによって今ここにいるわけだから。

ウエスギ: それは愛だったって受け取れるってこと?

さわだ: そういう愛もあるなぁって。確かに僕はあそこで自分の最善を尽くして仕事をしていたかというと、多少は怠けてた部分もあったかもしれないし、今となっては前の会社の経営者の気持ちはすごく分かる。

ウエスギ: すごいこと言いますね!

さわだ: うん。やっとそこで単純に優しくするだけが愛じゃないと思ったんだよね。愛のある会社をつくろうと思ったのは間違いなくて、ただそれをどう伝えるかは、僕も口下手な所があるから難しいなと思うけど、努力はしたいと思ってます。

ウエスギ: でもさわだのその愛を感じて周りに人がいるのは事実ですよね。だから伝えなくても伝わるものなのかもしれないです。奥さんに愛を伝え続けるって、どんな感じなんですか?(笑)

さわだ: それはね、ちゃんと言葉で伝えた方が良いと思うんだよね、行動で示すとか。しっかり分かりやすい形で示した方が良いよね、ものすごく家事をやるとか、時々花を買って帰るとか、「いつもありがとう」って感謝の言葉を伝えるとか、とにかく分かりやすい方がいいね(笑)。

ウエスギ: さすがですね。うらやましいなぁ、俺も頑張ります(笑)。

住居費ゼロの世界へ

ウエスギ: こんな感じで3ヶ月間悩み抜いて、第2創業期にYADOKARIのVision、Mission、Valueを設定しました。これは僕らのことというよりも、意外に人生を生きる上での指針としても役立つフレーズかもしれない。

さわだ: それで今、中銀カプセルタワーの新しい形、現代版の中銀カプセルタワーをつくろうとしてるんだよね。僕らは3〜4年前に中銀カプセルタワーの保全の一環で、10㎡の1カプセルを創業期の初めてのオフィスとして借りていたんです。建築家の黒川紀章さんはミニマリズムの先駆者で、1960〜70年代からこういうことを考えていたなんて本当にすごいなと感銘を受けて。で、現代にあれを蘇らせるならどんな機能が必要かと考えた時、まず思ったのは、やはりコミュニティだよね。それぞれのカプセルが独立して完結しすぎているから、カプセル同士の交流があまりない。そこでコミュニティスペースやコワーキングスペース、リラクゼーションスペース、温浴施設みたいなものがあることが重要じゃないかと思って、いま僕らがつくろうとしてます。それがYADOKARIのクリエイティブレジデンス。

ウエスギ: それをきっかけに、さわだがまた創業期のビジョンを取り戻したこともあって、だから「リビングコストをゼロにする」という原点に立ち返りましたよね。

さわだ: 新たなVisionの中で、「世界を変える、暮らしを創る」ことに伴って、以前のVisionが「お金と場所と時間に縛られない暮らし方をつくっていく」ことだったんだけど、お金に縛られない暮らし方は、まだ僕らは実現できていないなぁと思う。

ウエスギ: 世界中がまだできていないですよね。

さわだ: このコロナ禍で、スペインなどはベーシックインカムを始めると言っているけど、日本はまだまだ先だろうと思います。でも僕は、民間がいろんなインフラ系のサービスをフリーミアムでどんどん提供してくるとは思っていて、次第にお金は使わなくても生きられるような世の中になると思っている。その枠組みの中でYADOKARIも挑戦したくて、僕らがいちばん強い所で、「スモールハウス=極小の小さな家」を何らかの形で無償で提供していけないかと今考えている所です。

ウエスギ: ぶっ飛んでるよねぇ! ほとんどお金って住居ですよ。年収の3分の1から多い人だと2分の1くらい住居費だから。それがゼロになった時にみんなは可処分所得をどうするんですかね。

さわだ: 僕はやはり創造欲求みたいな所に立ち帰るんじゃないかと思ってる。結局ものづくりしたりとか、何かを表現したくなると思っていて。だから第1弾として、クリエイターとかアーティストとか「クリエイティブクラス」と呼ばれる方々に向けてのレジデンスをつくって、それを住居として無償で提供していく仕組みをやっていこうと。

ウエスギ: それを今、進めています。住んでもらえる人を全国から公募します。

さわだ: そのお金を集めるために奔走してます。大きなお金を僕らが資金調達して再分配していく形かもしれないし、ある個人が足長おじさん的にアーティストを支援することもできると思うし。その仕組みとプラットフォームと住む場所、小屋みたいな「HOUSE in HUT」を開発していて、ハード(建物)と、お金の仕組みと、コミュニティをつくろうとしています。

ウエスギ: YADOKARIは、これからお金が回ってきたとしても、クリエイティブなお金の使い方をしたいですよね。リビングコストゼロ。それによって人間のクリエイティビティや美意識が引き上がり、もっともっと豊かになると思うんです。

さわだ: だからもう本当に、みんなお金のために生きるのはやめようということですよ。「世界を変える、暮らしを創る」という中で、僕たちは次の取り組みとして、世界中のリビングコストをゼロにしていく壮大なプロジェクトに邁進します。僕らは人生をかけるテーマが見つかったと思っているから、これをずっとやっていくので、ぜひ何かしらお力を貸してくださる方がいたらご一緒したいと思っています。

via: divisare.com

電柱の上に見張り塔のような部屋があるインダストリアルな建築物。実はこれ、中国にある茶室なのだという。日本における茶室のアップデートといえば、世界的デザイナー&アーティストの吉岡徳仁がデザインした「ガラスの茶室 – 光庵」が有名。ご存知の方もいらっしゃるのではないだろうか。
さて、お隣のお茶の本家、中国でも新しい世代向けに茶室文化がアップデートされているという。日本とは異なる中国のアプローチを覗いてみよう。

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高床式の茶室は、浙江省金華市の金華建築芸術公園にある17の展示作品の一つ。作品のキュレーターは、中国を代表する現代美術家・建築家であるアイ・ウェイウェイだ。金華建築芸術公園はダムの下流の低地にあり、ツリーハウスのような高い茶室では、お茶を飲みながら広い川のランドスケープやそよ風を楽しむことができるという。

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この茶室の特徴は、ありきたりの公共インフラの建設材料を使ってデザインされていること。構造を支える支柱には電柱を使用して、0.88平方メートルのフットプリントの上に載っているという。手すりには給水管が使われ、茶室のための水を供給している。ドアは重力で自動的に閉まる仕組みで、トイレは引き戸の後ろに隠れている。

via: divisare.com

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茶室の精神性は、インダストリアルな環境のなかで成り立つのか。孤立して空間に浮かび、風を感じることで、訪れる人のマインドを変える試みかもしれない。

こちらの上海の小さな庭にある茶室は、近隣のオフィスにつながる2つの階段の間の殺風景な空間をリノベーションしたもの。茶室の床面積は19平方メートルで、2つの庭からなる敷地40平方メートルのスペースに建設されている。

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中庭の後ろのコンクリートの壁に沿って建てられた茶室は、直径90cmの高い桐の木の立つエリアをL字型にカットして、小さな裏庭を追加。

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茶室と庭を自然につなげるために、高さの異なる3つの水平カンチレバーが、段差を生むように設けられている。一番下の高さ45cmのカンチレバーは、建物を囲むベンチとして機能し、高さ1.8mのカンチレバーは、内部空間を中庭に拡張する小さな庇の役目を果たす。最後のカンチレバーは、厚さ8mmのスチールボード屋根の張り出しだ。

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フレームの60mmの黒い正方形スチールがインテリアの引き締まったアクセントになり、透明ガラスと波ガラスを効果的に使い分けてデザインされている。ベッドスペースを庭として再利用するためにつくられた茶室は、日本の都心でも利用できそうなアイデア。

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中国の茶室文化は、自然を愛でる気持ちやおもてなしの心という点では、日本の茶室と共通しているようにもみえる。一方で若い世代へお茶をアピールするために、革新を恐れないアップデートの大胆さも感じられる。伝統を尊重する日本人の繊細さと、中国の茶室文化に見られる大胆さ、どちらも魅力的だ。

Via:
divisare.com
divisare.com
frameweb.com

(提供:#casa

▼動画で簡単レビューが視聴できます

https://www.facebook.com/yadokari.mobi/videos/857979764698165/
Facebook動画で視聴できない方はYoutube動画(こちらをクリック)も視聴可能です。

YADOKARIが紹介する世界の新しい暮らし事例を、簡単レビューする動画コーナー未来住まい方会議。今回は「多世代シェア」がテーマです。

ご紹介した事例を含む参考記事

▼シェアハウスの増加によって変わる家族観(前編・後編)
https://house.muji.com/life/clmn/small-life/small_190226/
https://house.muji.com/life/clmn/small-life/small_190326/

▼多世代シェアハウスが体現する豊かな暮らし(前編・後編)
https://house.muji.com/life/clmn/small-life/small_181225/
https://house.muji.com/life/clmn/small-life/small_190129/

▼古きよき長屋のライフスタイル|豊かな長屋の暮らしを考える
https://yadokari.net/wp/nagaya-yadokari-3/20667/

▼ポートランド・独居シニアと養護施設の児童が家族のように暮らすコミュニティ。社会問題に取り組む「Bridge Meadows」
https://yadokari.net/wp/minimal-life/56261/

▼オランダ発・非営利在宅ケア「Buutzorg(ビュートゾルフ)」に学ぶ新しい働き方
https://yadokari.net/wp/enjoy-work/67981/

via: hymer.com

“Made in Germany”。欧州モーターホームの最高峰HYMER(ハイマー)と、150年の歴史を持つ世界最大の総合化学メーカーBASFがコラボ。2025年のバンライフのビジョンを表現した、キャンピングカーコンセプト「VisionVenture」を発表しています。3Dプリントや新素材満載のラグジュアリーなデザインに、世界中のブロガーが注目しました。

via: hymer.com

独HYMERは、2025年のバンライフのコンセプト「VisionVenture」を2019年9月に公開。「European Innovation Award 2020」で、インテリアデザイン、エクステリアデザイン、ブロガー部門で三冠を達成しました。メルセデス・ベンツ スプリンターを大胆にカスタマイズした革新的なコンセプトには、製品化を希望する声が数多く寄せられています。

「VisionVenture」のエクステリアは、メルセデス・ベンツ スプリンターのフロントガラスを再設計してさらに前方にシフト。ピラー、ボンネット、ルーフライトも再デザインされています。3Dプリントパーツ、赤外線反射塗料、空気圧式ポップトップルーフや、BBQコンポーネントを備えたリアテラスなど、BASFの20を超える革新的な素材が採用されています。オフロードで使用するための四輪駆動も装備。

「VisionVenture」プロジェクトは、実際のキャンピングカーコミュニティの声からインスピレーションを受けて設計され、デザイン、自給自足、軽量化にフォーカス。ホイールパネルとボディパーツのいくつかは3Dプリントを使用し、非常に堅牢でゴムのような品質を実現しています。

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エクステリアのダークグリーンには、BASFの温度調整とエネルギー効率の高いChromacoolテクノロジーによる新しい超弾性ペイントを採用。これにより、車両の表面温度を20°C低下させ、内部の表面温度を最大4°C低下させます。デザイン的にも、ホワイト以外の個性的なボディカラーが可能になります。

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「VisionVenture」では、メルセデス・ベンツ スプリンターのコンパクトなボディサイズの中に、多機能でオープンなフロアプランを使用。タイニーハウスのような省スペースのアイデアを詰め込んで、ラグジュアリーで余裕の室内空間を実現しています。

上下にオープンする後部ドアは、ルーフトップとテールゲートに、ランドスケープを望める小さなプライベートデッキスペースを提供します。

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空気圧で作動するポップアップトップには、2人用のベッドがあります。後部に向かって開くことができる膨張式のスリーピングルーフは、厚さ約7cmのハニカム構造のおかげで、非常に優れた断熱性能を実現します。フレームに取り付けられたソーラー発電システムにより、旅行中の自給率を高めることができます。

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インテリアには、温かみのある竹やグレーのフェルト、高級感のあるレザーを採用。リビングは室内の後部にあり、2つの白いソファと折りたたみ式テーブルでダイニングスペースを形成します。パノラマ式の大きなサイドウィンドウが屋外に向かって開き、開放感を高めます。

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キッチンは、ユニークな階段構造でスペースを節約。ベッドルームに通じる大きな階段はLEDで照明され、内部には収納スペースや、ヨットの構造からインスピレーションを得た引き出し式冷蔵庫があります。

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バスルームは可変でコンパクトになるように設計され、ローリングウォールは広げることができます。洗面台は横に折りたたみ可能で、レインシャワーを備えた広いシャワールームを完備。

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壁材には、天然石の薄いレイヤーとプラスチックを組み合わせた、BASFのVeneoSlate®を使用しています。わずか1ミリの薄さのため軽量で曲げることができ、自然素材の豪華な風合いを実現しています。

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「VisionVenture」コンセプトは、その反響が非常に大きかったため、HYMERが実際にプロトタイプを製作する可能性はあるかと思います。2025年のバンライフのトレンドが、自給自足と快適な居住性から大きく変化することはないでしょう。ただし、消費者はよりサステナブルな素材の採用を希望するかもしれません。

Via:
hymer.com

IROHA CRAFTの千葉健司さんに、山梨県韮崎市の空きビル再生プロジェクトについてうかがった公開インタビュー後編をお届けする。前編はこちらからご覧ください。

Profile
千葉健司さん
韮崎の隣町出身。韮崎高校卒業。京都で建築を学び、地元である山梨に戻りハウスメーカーや設計事務所等で勤務ののち独立。現在は自身がリノベーションを手がけたアメリカヤの4階に事務所を構え、住宅や店舗などの物件探しや資金計画、設計から施工までを手がけている。

インタビュー担当:
YADOKARI 川口直人、松倉和可

地元の支援を力に、さらなる展開も

ところで気になるのは地域の反応。長年地元で愛されてきたアメリカヤを復活させるにあたり、協力は得られたのだろうか。

千葉 韮崎市からは多大な応援をいただきました。従来の改修費の補助金は、建物のサイズに関わらず50万円が上限だったところ、担当の方が「制度を変えよう」と申し出てくださって、200平米以上の建物については200万円まで補助していただけることになったんです。さらに、韮崎市内で起業する人のための補助金制度も拡充されました。今までは韮崎在住者限定だったのが、市外の方も対象になったんです。アメリカヤを訪れるために市外から韮崎にやってくる方が増えたことがきっかけだそうです。

こうした支援を得られることになった背景には、アメリカヤのオーナーである星野三男さんの尽力も大きかったそうだ。

千葉 BEEK(山梨を拠点に活動するデザイングループ。現在、アメリカヤの5階にオフィスを構えている)の土屋誠さんにも協力していただきました。アメリカヤを借りられることになり、最初にビル内部を下見した時に土屋さんに「面白いから見に行こう」と声をかけ、それ以降、3階の入居者探しや、SNSで紹介してくれたりと、一緒に盛り上げてくれました。

さらに、若い世代も動いてくれた。

千葉 アメリカヤの駐車場を会場に2019年から始まった「にらさき夜市」というお祭りは、韮崎の若い人たちによる実行委員会が主催しています。

2020年5月現在、新型コロナの影響で休止中だが、多くの人が再開を楽しみにしている。

にらさき夜市。初回は500人が集まった。

「アメリカヤ横丁」から、夜間経済の活性化も始まる

次に千葉さんが手がけたのが「アメリカヤ横丁」だ。アメリカヤの向かいにある築70年の長屋をリノベーションして生まれた飲食店街だ。

千葉 近所の長屋が取り壊されるという噂を聞いて見に行ったら、昭和の雰囲気のままのおもしろい建物で、これは壊すのがもったいないな、と。そこで大家さんに直談判して、貸してもらうことになりました。

トイレは汲み取り式、耐震設備も古いままという、文字通り昭和の遺物といっても過言ではない建物。当初オーナーは取り壊すしかないと考えていたが、千葉さんの熱心な説得で考えを変えた。そして、アメリカヤのオープンから1年半を経た2019年9月、アメリカヤ横丁が誕生した。

昭和の雰囲気を残してリノベーション。

日本酒酒場「コワン」。

ラーメン酒場「藤桜」。

一から探して誘致するつもりだったテナントは、実際にはSNSでの拡散、アメリカヤの住人や知人などからの紹介ですぐに5店舗が決まった。

横丁のオープン日。中央左の黒いポロシャツ姿の内藤久夫・韮崎市長、その右隣が大村智博士、そして千葉さん。

千葉 横丁のオープン日には、韮崎市長さんや、ノーベル賞生理学医学賞を受賞された大村智先生がお祝いに来てくださいました。お二方とも韮崎高校で、私の先輩にあたります。みなさんすごく応援してくださって、本当に心強いです。

 

最後に紹介するのが、2019年12月に開業したゲストハウスchAho(ちゃほ)だ。
日中楽しめるアメリカヤと、よい酒場が集まるアメリカヤ横丁があれば、宿泊のニーズもあるはず。そこで、増加する一方だった空き家空き店舗を活用して宿泊施設を作ろうと有志が立ち上がった。

千葉 もともと韮崎は鳳凰三山の玄関口で、登山のために前泊する人も多かったので、山に特化したゲストハウスにしよう、と。そして、アメリカヤの6軒隣にあるお茶屋さんだったビルをリノベーションしました。元は「茶舗」というビルなので、そこからいただいて「chAho」という名前になりました。総合プロデュースは、韮崎出身で世界的トレイルランナーである山本健一さん。私にとって高校の一個上の先輩でもあります。運営は、甲府のゲストハウス、バッカスを営む野田寛さんが担当しています。

お茶屋さんだったビルを改装したゲストハウスchAho。

古い建物ならではの魅力を引き出し、使い続けたい

千葉さんが韮崎市内や近隣で空き家・空きビルの利活用に取り組む最大の理由は「地元への恩返し」だという。

千葉 高校生の頃通った韮崎を、誇れるまちにしたいという思いがあります。建物だけでなくエリアのリノベーションにも興味を持っているので、半径200m範囲に面白いものをどんどん作って、いろいろな方が関心を持って県外からも見にきてもらえる地域にしたくて。

川口 千葉さんにとって古い建物の魅力とはなんですか?

千葉 お金で買えない古きよき価値がありますよね。例えば、古い建物の木や鉄の窓には、メーカー製の大量生産のサッシにはない、昔の職人による手仕事ならではの温もりが感じられます。できるならばなるべく壊さず、補強して使い続けていきたいと思います。

平成30年の国勢調査では、山梨県の空き家率は21.3%。前回25年の調査から引き続き全国ワーストだ。だからこそ千葉さんのやる気も掻き立てられる。

千葉 空き家をまとめて集合住宅に生まれ変わらせたい。名前は「アメリカヤ村」。空き家で村を作るんです。

持て余しがちな空き物件も、やり方次第で魅力的に再生できるし、地域のハブになる可能性も秘めている。アメリカヤは、そんな大いなる希望を示してくれた。

甲府市から車で北西へ約30分ほどの距離にある韮崎市の商店街に、「アメリカヤ」というビルがある。長く商店街のシンボルとして愛されてきたが、廃業後約15年間、空きビルとなっていた。それが今、生まれ変わって街のランドマークとなっているのだ。

この再生プロジェクトの立役者となったのは、建築事務所IROHA CRAFTの代表・千葉健司さん。先日、千葉さんをゲストに迎え、「なぜ再生しようと思ったのか」「どうやって・どんなふうに生まれ変わったか」等、気になるあれこれについて公開インタビューを実施した。そのレポートを前後編に分けてお届けする。

Profile
千葉健司さん
韮崎の隣町出身。韮崎高校卒業。京都で建築を学び、地元である山梨に戻りハウスメーカーや設計事務所等で勤務ののち独立。現在は自身がリノベーションを手がけたアメリカヤの4階に事務所を構え、住宅や店舗などの物件探しや資金計画、設計から施工までを手がけている。

インタビュー担当:
YADOKARI 川口直人、松倉和可

今回のインタビューはzoomで行った。

 

廃墟同然のビルは、高度成長期、地域のシンボルだった

1967年にオープンしたアメリカヤは、1階に土産物店と食堂が入り、2階が喫茶店、3階はオーナーの住まいで、4、5階が旅館。韮崎駅前の商店街のシンボル的存在だった。

1960年代、新築当時のアメリカヤ。

アメリカヤの前身は「星野スーベニアショップ」という平屋の店舗だった。

千葉 創業者は星野貢さんという方で、もともと色々な事業を手がけていたそうです。そのうちの一つが井戸を掘ったこと。韮崎の商店街もにぎわっていた時代だったので、温泉を掘り当てればさらに人を呼べるだろうという思いだったそうです。温泉は出ませんでしたが、水温22度の鉱泉を掘り当てたそうです。星野さんはその水に「延命の水」と名付け、味を付けて凍らせた「ポンポンキャンディ」という商品を売り出しました。それが空前のヒット商品となり、建てたビルがアメリカヤ。いわばアイスキャンディ御殿です(笑)。

地域の祭りや各種行事にはボンボンキャンディの屋台が出現。カラフルなゴム風船(写真の中ほど)に入れて販売していた。

星野さん自身はカリスマ経営者として知られており、ベンチや時計を寄贈したり、駅への近道となる階段を作ったりと、利益を地域に還元していた。星野さんは2003年に96歳で亡くなり、アメリカヤも店を閉めることになった。

 

閉店から15年を経て、復活プロジェクトいよいよ始動

千葉さんは韮崎高校に電車で通っており、アメリカヤは駅からもよく見えたという。

千葉 ずっと気になる建物でした。何度か食事にきたこともあります。進学のため地元を離れ、社会人になって戻ってきたら、思い出の建物が廃墟と化していることを寂しく感じました。IROHA CRAFTではリノベーションに力を入れていたので、アメリカヤを復活できたら面白いだろうなあと、事あるごとに話していたんです。

やがて、アメリカヤを再生させたいという千葉さんの思いは、創業者である星野貢さんのご子息である星野三男さんも知るところとなった。

千葉 三男さんとお会いする機会に恵まれ、自分の思いを伝えたところ、三男さんも困っていらしたということでした。建物の損傷は激しいし、管理を続けるのは大変だけど取り壊すにも莫大な資金が必要だから、と。「僕は建築屋だから補修もするし、建物管理もするので貸していただきたい」とお願いしたところ、すごく喜んでくださると同時に、心配もされていました。大金を投資してビルを復活させたところで、その後の経営は本当に大丈夫なの?と。でも最終的には応援すると言ってくださいました。

鍵を借りた千葉さんは一人でアメリカヤを訪ねて内部を確認し、改めて手応えを感じた。

千葉 錆びついたシャッターを開けたらお化け屋敷のようで怖かったんですが(笑)。屋上に上がってみたら看板はインスタ映えするし「これはおもしろいな」と感じました。

千葉さんが借り受けた当初のアメリカヤはこんな状態だった。こちらは1階。

改装前の2階(上)と3階。

改装前の4階。現在IROHA CRAFTが入っている。

5階には街を一望できる風呂があった。

着工前、まずは清祓いをして、高圧洗浄をかけて防水加工した。インパクト抜群でビルの歴史を伝える「アメリカヤ」の看板はそのまま残した。

できるところは自分たちでも手を入れた。2階のショップ「AMERICAYA」の内装はスタッフによるDIY。5階の塗装は、SNSで地域に呼びかけてイベントとして実施した。

実は、アメリカヤ誕生のきっかけとなった「延命の水」はまだ湧き続けている。

千葉 普通、地下水はモーターなどで汲みあげるんですが、延命の水は今も勢いよく自噴しています。この水をどうしても使いたくて水質検査をしたところ、非常に良質な軟水だとわかりました。飲んでもおいしいですよ。新築当初からアメリカヤビルは水道を引いていなかったんですが、今回も引いていません。トイレでさえ延命の水を流しているという贅沢な状況です(笑)。

2017年11月に着工したアメリカヤは、5ヶ月後の2018年4月、グランドオープンを迎えた。

千葉 工事中からたくさんの方がSNSに上げてくれていましたし、地元の新聞やテレビ局も取材してくださって、注目していただいているのはわかっていましたが、想像以上の人出があって感動しました。

2018年4月、オープン当日のアメリカヤ。

インテリアもテナントも魅力的 新たなアメリカヤ

朽ち果てた廃墟のようだった1階には、ボンシイクという喫茶店が入った。都内から山梨にUターンした夫婦が始めた店で、ハンバーグやカレー、ミートソースなど親しみやすいメニューがそろう。

1階の喫茶店、ボンシイク。器や什器も夫妻こだわりの品々を使っている。

2階はIROHA CRAFTが営むDIYショップが入る。古材、植栽、照明器具、アイアン塗料、黒板塗料など、一般的なホームセンターでは扱っていないDIYグッズを販売している。

2階のDIYショップ、AMERICAYA。取材した2020年4月の段階ではリニューアル閉店中。

3階は、かつて住居だった当時の細かい部屋割りを生かし、店舗やギャラリーとして貸している。

千葉 IROHA CRAFTによるアメリカヤの運営方針に共感してくださった、魅力的なクリエイターやショップが入居してくれました。それから約2年を経て入居者はだいぶ入れ替わりましたが、また面白い人たちが集まりました。

3階の店舗やギャラリー。

4階が、IROHA CRAFTのオフィス。

千葉 初めてビル内部を見に来た時すでに、オフィスの場所は決めていました。決め手は4階だけバルコニーがあったこと。バルコニーがある事務所に憧れていたんです(笑)

4階のIROHA CRAFT。写真下は千葉さん自慢のバルコニー。

イベントが開催されることもある5階のコミュニティスペース。

5階はコミュニティスペース。弁当を食べたりハンモックに揺られて昼寝したり、誰でも自由に使える空間となっている。半日単位で貸し切りにできるので(要予約)、各種イベントを開催することもできる。これまでフリーマーケットやW杯のパブリックビューイング等のイベントが開催されてきた。

千葉 ちなみに、星野三男さんがレコード好きということで、アメリカヤを盛り上げるために月1回「昭和のレコード鑑賞会」を開催してくださっています。オープンリールデッキなど古い機材を使い、当時の音楽を当時の音で再生するんです。

現オーナー・星野三男さん主催のイベント「昭和のレコード鑑賞会」。

 

多くの地方都市がそうであるように、高齢化や人口減少に伴って韮崎の商店街も元気がなくなっていた。しかしアメリカヤのリニューアルオープン後、市外はもちろん県外から多くの人が訪れるようになった。

千葉 やっぱり、オープンできた時は感動しました。三男さんも喜んでくださったし、「親父も喜んでくれているよ」と言っていただけたのが嬉しかったですね。

川口 思いがつながったんですね。それこそ空き家や空きビルをリノベする価値だと思います。

インタビューの時点で、5階のコミュニティスペースは新型コロナウイルス感染拡大防止のため閉鎖中だったが、緊急事態宣言の解除を受けて6月1日から再開した。きっとまた、以前と同じようなにぎわいが戻ってくるだろう。

 

後編では、アメリカヤの次に千葉さんが手がけたプロジェクトをご紹介します。

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イノベーションを生むための課題解決のアプローチ「デザイン思考」で注目を集める、世界的デザインコンサルティング会社IDEO。IDEOは、自動運転がもたらす未来のライフスタイルを、「Future of Automobility」として特集サイトにてアップデートを続けています。移動するオフィス「Work on Wheels」では、どんな新しい働き方が実現できるのか、見ていくことにしましょう。

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IDEOの「Work on Wheels (WOW)」は、未来の自動運転オフィスのビジョンを表現しています。ガラス張りの台形のポッド内には、運転席を省いたシンプルで余裕のあるインテリアスペースがあります。自動運転EVは、夜間の電力のオフピーク時に充電され、予約システムを通してワーカーの送迎を行います。

WOWは、テレワークを行うリモートワーカーチームのための、オンデマンドのミーティングルームとしても使用できます。スタートアップは、オフィス賃料が高い大都市のヘッドオフィスを廃止もしくは縮小して、財務負担を軽減することができます。

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ミーティングポイントには、桟橋やスタジアムの空き駐車場など、都市の活用されていないスペースや、自然のランドスケープでリフレッシュできる場所を選ぶことができます。システムが、渋滞ルートを避けてパーソナライズされたお好みの場所を、レコメンドしてくれるかもしれません。

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WOWの全面ハッチをポップアップすれば、アウトドアが満喫できる開放的なオープンスペースが生まれます。

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モジュール式に設計されたポッドは、様々なチームのニーズに合わせて再デザインが可能。予約システムが収容人数などのポッドのカスタムオーダーを処理して、チームが毎日スペースを再構成できるようにします。コーヒーマシンやコールドプレスジュースなどの、簡易キッチン設備も追加可能でしょう。

スライド式のスマートガラスパネルは、ワンタッチで新鮮な空気を取り込み、閉じたときにはチームを有害な紫外線や雑音から保護します。スマートガラスの透明度を不透明に変えて、プライバシーを確​​保したり、プレゼンテーションのために気が散らないように室内を暗くすることもできます。

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車内に設けられた様々なサイズのディスプレイと柔軟なワークスペースにより、高度なコラボレーション環境が実現します。

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フローリングの下には、チームが快適に生産性を保ちながら、何日もオフグリッドで過ごせるように大容量のフラットパック・バッテリーが収納されています。

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遠隔地のロケーションでは、フードトラックや、モバイルドライクリーニングなどのオンデマンドサポートが利用できるかもしれません。これらもまた、無人の自動運転車がサービス提供している可能性があります。

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一日の終わりに、WOWポッドは自動でサービスハブに戻り、充電や再構成が行われます。ハブは都市の低コストのエリアに配置でき、電動式ポッドは必要なメンテナンスが最小限ですむので、運営コストも低く抑えられます。

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テレワークチームの久しぶりのオフラインミーティングを、WOWを使って緑豊かな場所やビーチ沿いの爽やかな環境で行うと、チームワークが促進され、クリエイティブなアイデアが浮かびそうです。これはというプレゼンを、ストーリーにそって場所を変えながら演出すれば、クライアントの心もがっちり掴めるかもしれません。IDEOの考える自動運転の未来が、今後どのようにアップデートされていくのか、注目したいと思います。

Via:
automobility.ideo.com

(提供:#casa

2020年4月、YADOKARIが新しく東京の表参道にサテライトオフィスを構えた。場所は表参道の交差点から徒歩1分の、プレミアムな立地にあるビルの一画。北山幸朋氏(株式会社JAPAN PROPERTY nationwide代表取締役)が、遊休不動産の有効活用をオーナーから依頼され、運用・管理を請け負っている。

Omotesando Stories」と名付けられたこの施設は全部で12フロアを有し、シェアオフィス、ホテル、貸し会議室、イベントスペースなどフロアごとに異なる用途で空間を提供。1つのビル内に時代のニーズを汲んだ複数の用途が重層的に混在し、外国人旅行者をはじめ、ノマドワーカーやクリエイターなど多様な人々が出入りする。ここから予期せぬ出会いや縁が階層を超えて交錯・発展し、想像を超えた物語が生まれるマグネット的なスポットになれば、というのが北山氏の意図だ。

北山さんが管理する「Omotesando Stories」の一室。

YADOKARIがこのビルにオフィスを構えたのには明確な理由がある。一つは、長年不動産業界ひとすじでビジネスを展開してきた北山氏とのパートナーシップの締結。そしてもう一つは、北山氏とYADOKARIが始める全く新しい形態の住居モデルを、現実のものとするためだ。

今回の対談は、「リビングコストゼロの住まい“ゼロハウス構想”の実現」という、YADOKARI自身も大いに好奇心をそそられている新規プロジェクトの立ち上げにあたり、北山氏とYADOKARI共同代表のさわだいっせい・ウエスギセイタが表参道のオフィスで語り合ったものだ。互いの関係性やプロジェクトの概要、未来の住まい方のビジョン、人生観などについて、対談のハイライトをご紹介する。

直感で結ばれた信頼関係

北山幸朋(きたやまゆきとも)さん/株式会社JAPAN PROPERTY nationwide代表取締役。宅地建物取引士。大学を卒業後、不動産ディベロッパー 松下興産株式会社(現・関電不動産開発株式会社)に入社。その後、オーストラリア松下興産株式会社に出向しリゾート開発事業に携わる。不動産投資運用会社 株式会社クリードを経て独立。2014年に倒産、一時ホームレスも経験したが、2015年、周囲のサポートに恵まれ再起。新たにJAPAN PROPERTY nationwideを設立し、神田の複合ビルの1階をコミュニティスペースとして活用した「MID STAND TOKYO」等不動産活用のプロフェッショナルとしてさまざまな物件の活用提案と運営を行い現在に至る。「日本で最も美しい村」連合オフィシャルサポーター。

ウエスギ: 北山さんと僕らの出会いはいつ頃でしたっけ?

北山さん: 2016年の夏ぐらいかな、僕が復活して翌年。唐品知浩さん(YADOKARI小屋部部長)から「BETTARA STAND 日本橋」の話を聴いていて。

ウエスギ: 当時はどちらにいらっしゃったんですか?

北山さん: 再起後、リビタさんが運営する東京・神田の「the c」でオフィスを借りていて、2017年に同じく神田の「MID STAND TOKYO」をオープンすることになって、神田の街で大半の時間を過ごしていました。

さわだ: 「MID STAND TOKYO」では、いろんなイベントもやってましたよね。

ウエスギ: その頃は新しい会社を始めて大きな転換点だったと思いますが、どんな気持ちで仕事してたんですか?

北山さん: あんまり構えることもなく自然な気持ちですね。一度倒産している中で、仕事での明確なビジョンがあったわけではないです。目の前に来るものをただただ一生懸命やっていました。「日本で最も美しい村」連合に加盟する自治体からいただいた仕事や不動産仲介を。でも「MID STAND TOKYO」をやっていたことで、ここ(表参道の遊休不動産活用)の話をいただいて、現在につながってます。こうした案件は、大手より僕らのようなスタイルの方が融通が効いてフィットする。不動産は、少数でも十分に大きなビジネスができる業界だというのは、今までの経験から確信しているんです。

YADOKARI共同代表取締役のさわだいっせい

ウエスギ: 出会った頃の北山さんに対するイメージは、さわださんはどうだったんですか?

さわだ: めちゃめちゃナチュラルに心を許したな、という感じです(笑)。大先輩なのに距離感を感じさせないように接してくれて、一瞬で「裏切らない人だ」と。直感的にこの人と友達になりたいと思いました。その先で、いつか何か一緒にやれたらという感じで。

北山さん: 何か仕事の話になったっけ? その時。

さわだ: 伊根町(京都府)に一緒に行ったぐらい(笑)

北山さん: そんなに打ち合わせを重ねて、みたいな感じじゃないよね(笑)。でも僕は「BETTARA STAND 日本橋」が閉店(*①)するという話を、ウエスギさんから電話もらったのを覚えてるよ。

*① 2016年に、YADOKARIは東京都中央区日本橋のビル建設予定地の暫定利用期間に、車輪付きのタイニーハウスを活用した飲食店兼コミュニティプレイス「BETTARA STAND 日本橋」を開業。それまで空き地だった場所に可動産による場を設置することで新たな賑わいやカルチャーを創出した。しかしビルの建設が確定し、2018年3月末をもって「BETTARA STAND 日本橋」は惜しまれつつ閉店した。

ウエスギ: 覚えてます。あの時、申し訳なくて泣きながら電話してましたもんね。

さわだ: 「BETTARA STAND 日本橋」は僕らにとっても大きな出来事でしたね。その前は中銀カプセルタワービルの一室を保全の一環でオフィスとして借りてはいたけど、主体がメディアでしたから。「BETTARA STAND 日本橋」で初めて大手の不動産会社さんとも本格的に事業を行ったし、一つのリアルな場・施設を運営する中で、経営者としても学びが多かった。それが糧になって、横浜日ノ出町にある京急電鉄高架下の「Tinys Yokohama Hinodecho」へつながっていったんですよね。

北山さん: 表参道のこのプロジェクトも、「MID STAND TOKYO」をやっていた時に前職の先輩から話をいただいて。ちょうど2018年に民泊新法が施行されるタイミングだったので、「じゃあ家主居住型民泊のカテゴリでこのビルに住みながら民泊をやってみようか」となり、神田からここへ引っ越してきました。今までの経験から、できるだけ固定費を持たないように、何かあっても身軽でいられるようにして、YADOKARIのみんなもそうだと思いますけど、仕事もプライベートも垣根をなくして、限りある時間を大切に、人生を楽しみながら生きたいなと思っているんです。

共に始める新しい住居モデル

夜明けの表参道。撮影:北山幸朋さん

ウエスギ: 改めて、一緒に始めようとしている新しいプロジェクトについて、お話ししていきましょうか。

北山さん: 僕はオーナーから預かったビルや空間をいくつか運営・管理していますが、これまでもそれぞれの空間ごとにホテルや、シェアオフィス、貸し会議室など、あえて異なる用途での運用を行ってきました。同じビル内に空間が複数ある場合、全部同じ用途にする方法もあるけれど、それぞれ違ったニーズを満たす空間にするのも手法の一つかなと。特に今回のコロナ禍で、インバウンド頼みの宿泊業はかなり厳しい状況になっている。そこで、新しく運用を企画する区画では、これまでにはなかった「住居」による活用を提案しています。

さわだ: 建物の中に入れられる小屋(House in House/Hut)をいくつか作って、希望する人に住んでいただこうと思っているんです。その住居費をタダにする仕組みを構想していて。YADOKARIの新ビジョンとして掲げているのが「世界を変える、暮らしを創る」ということなんですけど、その暮らしの美意識を体現して新しいカルチャーをつくっていく「人材」を輩出し続けるような、新しい場を提供したいんですね。社会的に意義のある取り組みをしている、またはこれからしようとしている人たちに、住まいを無料で供給したいと。

ウエスギ: 僕らはそういう人材を「ニューエリート」と呼んでるんですが、世界的にはクリエイティブクラスとか、アーティスト、クリエイターと呼ばれるような、社会を変革する可能性を持った人たちが入居の対象。彼らに、いわば「ベーシックインカム的」な聖域としての場を無料(フリーミアム)で提供して、資本主義的な価値観に怯えることなく自由に実験開発や創作活動をしてもらおうという試みです。

さわだ: 小屋を用いた、小さくても快適でプライバシーを保つことができる住まいというだけでなく、いずれはコワーキングスペースやフィットネス、食事、リラクゼーションなどがシームレスに一体化した環境をつくって、パフォーマンスが最大限に上がるようにしたい。固定費の大半を占める家賃をゼロにすることで、時間とエネルギーを集中投下できます。

ウエスギ: ここにいろんな価値観を持った投資家や起業家、意識の高い若者などの人脈とアイディアが集まるコミュニティを形成しつつ、YADOKARI本来の領域であるメディアやイベントによるPR・発信の支援もしていく計画です。

ベーシックインカムとしての住居。資金の出所は?

YADOKARI共同代表取締役のウエスギセイタ

北山さん: それを無料で、という所が気になるんだけど、どういう仕組みなのかもう一度。物件のオーナーだって、持っているだけで固定資産税などの経費が発生する中で、借りる側にも貸す側にもメリットがある仕組みは、ある種の「発明」だよね。

さわだ: ビジネスモデルを変えようということではなくて、お金の出所を変えようということなんです。僕らが実現したい未来に賛同していただける投資家やVC(ベンチャーキャピタル)、上場企業などから社会的インパクト投資として資金調達を行う。投資家と言っても、例えばビル・ゲイツやジャック・ドーシー、元ZOZOの前澤さんみたいに、お金を持っているだけでお金が増えていく循環に入っていて、かつ社会的価値への視座を持った投資家に、金銭的なリターンを求めず「社会を変える人材・アイディア」に対して投資してもらうという新しい投資の形を提案したい。住まいを借りている人が家賃を払うのではなく、僕らが資金を調達して払うことで新しい文化ができないかと。富の再分配とか、フィランソロピー・マネーと呼ばれるものの一つの形ということですね。

北山さん: オーナーさんにとっては出所が違うだけで、家賃が入ってくるのは変わらないんだね。やはりオーナー側は、物件にテナントをつけて不動産投資を回収して…という考えは、そこまで変わらないだろうからね。

さわだ: その中で、例えば1室だけ、オーナーさんもこの取り組みに関わってみませんか?という形で提供していただくのは大いにありだと思っています。都市型のプランの場合はフロアのスペースも限られているけれど、郊外や地方都市など面積の取れる所では、住まいやコワーキングスペースに加えて、カフェ、温浴施設なども併設した、地域住民とも交流できるようなタイプのYADOKARIクリエイティブレジデンスもつくりたいと考えています。

ウエスギ: 今回のコロナショックが起こる前から「小さな家」の次の構想は考えていたんだけど、リビングコストのかからない“ゼロハウス”は、これからの時代により求められるかもしれないですね。

さわだ: 僕らYADOKARIがやってきたことは、もともと不況に強いというか、「人生をかけて家を買わなくてもいいよね。暮らしをミニマムにして小屋に住んだり、家に車輪をつけて既存のインフラから独立して、高い住居費を払わずに暮らしたら、幸福度は上がっていくんじゃないか」という提案。だから3.11からYADOKARIを始めたんです。流されていく家を見て「ああ、家ってなんだろうな」って思わずにはいられなかった。これからも、コロナ禍があっても大丈夫な暮らしをつくり続けたい。原点に立ち戻って、住居費を抑える暮らし方をさらに考えているんです。

人生の目的とこれからのライフスタイル

表参道の交差点で。

ウエスギ: 北山さんは、ご自分の会社が一度倒産して、離婚もして、お子さんとも離れて、マンションも手放してホームレスになって…っていう壮絶な経験をされていますが、そこから再起して、今はどういう目的で仕事をしているんですか? 人生観もきっと大きく変わったんじゃないかと。

北山さん: 以前の僕を知る人から見ると、今の僕は全然違うらしい(笑)。以前の僕はエゴが強かったみたいだけど、今はそういうのは無いよね、名前を売りたいとか、会社を大きくしたいとかは思っていないし、物欲も無い。僕が今、人生観として持っているのは、人生100年時代と言うけれど自分の命は必ず尽きる。たとえ100年生きたとしても、そこで自分の命が終わって忘れられてしまうのは淋しい。自分のやってきた仕事や価値観を共感してくれる人に継いでもらって、続いていったらいいなと思って仕事をしています。それで言うと、僕の子どもはまだ16歳だし、事業継承を押し付けるつもりもない。そこをYADOKARIの層が埋めてくれると思っているんです。今回、シェアオフィスにYADOKARIが入ってくれて、僕が持っていない層やネットワークを持って来てくれたのは本当にありがたいよ。

ウエスギ: 僕も離婚を経験していますが、これからのパートナーシップの可能性として、一緒に住まなくても家族だったりパートナーとしての関係は築けるんじゃないかと。北山さんは今でもお子さんの誕生日を一緒に祝ったりして仲が良いじゃないですか。

北山さん: 良い距離感だと思うよ、今。離婚した時、子どもはまだ10歳で、あちこち一緒に旅をしたりもしていたから、やはり一緒にいたかった。その強い気持ちがなければ、今、日本にいなかったかもしれないよね。近くにいながらたまに会って、また離れて、みたいな関係もあっていいんだと思うよ。

ウエスギ: 僕もそう思います。さわださんは今、家族と一つ屋根の下で暮らしていますが、夫婦の距離感や家族との関係についてはどんなふうに考えているんですか?

さわだ: もし今ライト別居しても子どもが小さいから、子育ての負担が奥さんに全部行ってしまうのは良くないよね。程よい距離感でコミュニケーションを取りながらやっていくしかないんじゃないかなあ。僕は仕事で行きたい所へ行けるわけだし。でも今回のコロナで外出ができなくなって、朝から家族みんなで海へ散歩に行ったり、今までできなかったことができたりして、経済がストップしたからこそ家族が一つになれたのは良い気づきだったね。

ウエスギ: 距離感が近くなる家族もいるだろうし、新たなスタイルの家族も生まれて来そうですね。

これから立ち現れる世界に向けて

明治神宮の森。撮影:北山幸朋さん

2020年、突如発生したコロナショックによって、全世界的に働き方や住まいの在り方、人との関わり方など、既存のあらゆる構造が一旦解体されつつある。アフターコロナの世界で、僕らはどんな生き方の指針を見出すのだろうか。これからどのような暮らしや未来をつくるのか。北山氏と共に開始する表参道での“ゼロハウス構想”プロジェクトは、その最初の礎となるのかもしれない。

▼ Omotesando Stories
https://www.omotesandostories.com/

▼ライブ動画を全視聴できます。お楽しみ下さい。

https://www.facebook.com/yadokari.mobi/videos/973372986411618/
Facebook動画で視聴できない方はYoutube動画(こちらをクリック)も視聴可能です。

2020年7月でYADOKARIは創業から丸7年を迎えます。未来の住まい方を提案するウェブメディアから始まった私たちは、多くの方々とのご縁に恵まれ、タイニーハウスなどのプロダクトの開発・販売や、「BETTARA STAND 日本橋」「Tinys Yokohama Hinodecho」などの遊休不動産を活用したリアルな場の運営とコミュニティづくりの経験を経て、現在はさまざまな自治体や企業さまと一緒にまちづくりプロジェクトに取り組んだり、独自の事業を展開したりしています。

時代がより不確実性を増す中で、2019年末には増資も受け、未来に向けて第2創業期を迎えているYADOKARI。ここ1〜2年で新しいメンバーも加わり、さらなるチャレンジへと向かう今、改めて創業者である共同代表取締役のさわだいっせいとウエスギセイタがYADOKARIの原点を語りました。前後編でお届けする創業ヒストリー、前編では2人の出会いから創業までの経緯をご紹介します!

2人の出会い

YADOKARI株式会社 共同代表取締役のさわだいっせい(右)とウエスギセイタ(左)。YADOKARIが運営するタイニーハウスを用いた宿泊・飲食施設「Tinys Yokohama Hinodecho」にて収録

ウエスギ:YADOKARIは法人化して今7年目なんですけど、活動自体は3.11からなんですよね。

さわだ:そうです。3.11をきっかけにいろんなことを考えてね。家が流されたり、たくさんの人が亡くなるような状況があって。

ウエスギ:僕とさわだは、実は前職はウェブデザインやコンサルをやっている制作会社にいたんです。さわだはその後独立したので前々職にあたりますが。そこでさわだはデザイナーを、僕は営業兼プランナーをやっていて、さわだは良い兄貴分の先輩だったんです。僕が困るとよく相談に乗ってもらってた。鎌倉に一緒にドライブに行ったりとか(笑)

さわだ:そうそう。それでウエスギは運転がすごく下手だから、基本は僕が運転してるんだけど「さわださん、疲れただろうから代わります!」って運転を代わって10mくらい走ったらいきなりホイール擦ったとか(笑)

ウエスギ:そんな感じで、出会いは僕が新卒前だから21才とか22才。

さわだ:僕が中途で24才くらいで入った時に、ウエスギが大学の空いた時間でインターンで入ってたんだよね、まだ正社員じゃなくて。

ウエスギ:大学4年生でした。それで仲良くなって。入社してからは本当に昼夜問わずに働いて…あの頃覚えてます?

さわだ:うん、良い経験でしたね。仕事が終わらずにそのままオフィスでちょっと寝て。

ウエスギ:よく銭湯に行きましたよね。

さわだ:赤坂のラーメン屋とか。で、また帰ってきて夜中に仕事して。2005年とか2006年とかかな? ITバブルは弾けてたんだよね?

ウエスギ:弾けてます。それでリーマンショックが2008年に来て、けっこうIT業界は厳しくて、全員解雇、みたいなことがあったんですよね。個人事業主か辞めるかどちらか選択することになって。

自己啓発に明け暮れた20代。IT会社をクビになる

創業前の一コマ

さわだ:辛かったねぇ。僕は、まぁとにかく一生懸命にバカなりに頑張ってたんだけどなかなか成果が出せず。自分は基本的にはクリエイティブの人間だと思ってるんだけど、営業側に異動になって、1日200件くらいノルマで電話営業することになって、途中から僕もうできなくなっちゃってねぇ…すごくしんどくなって。そういうのもあって、成果が出ないからダメだってクビになったんだよね。

ウエスギ:でも、そのタイミングでリーマンショックも重なっていたので、一旦全員解雇みたいな感じでしたよね。僕はその頃22才で、さわだは25才で、仲良しだったメンバーで赤坂見附の焼肉屋で小さな送別会をやって。あの時さわだはもうインドへ行くって決めてたんでしたっけ?

さわだ:インドは中学ぐらいから行きたかったんだよね。何かしらそこに自分の求めているものがあるんじゃないかと思っていて。仕事も無くなったし、ちょっと自分の修行のために行ってみるかっていう。

ウエスギ:送別会の時、俺いきなりさわだの前で涙をブワーッて流してしゃくり上げながら「もう俺どうしたらいいか分かんないっす、悔しいっす!」みたいなことをずーっと言ってた(笑)。みんなすごく仲が良くて同志だと思っていたので、バラバラになってしまうのを自分にはどうにもできないっていうことに、とりあえずさわだの前で大泣きするっていう。そんな20代前半でしたね。その後さわだはインドに行って。

さわだ:3ヶ月くらい旅して、帰ってきてフラフラしてたら、あるウェブディレクターさんが声掛けてくれて。化粧品会社のウェブ事業を立ち上げるんだけど一緒にやらない?って。何もねぇや、別にどうなってもいいや、インドの人はもっと自由に適当に生きてるし、俺もそれでいいやって思って帰ってきたら声が掛かったから、そのままフリーランスでその仕事を手伝った。当時の不況の中ではすごく仕事が回ってきていたので暮らせるようになって、「あ、全然大丈夫だな」って。こうやって自由に生きるという選択肢もあるんだなぁって思ったんだよね。

ウエスギ:さわだが電話営業をしていた当時に住んでた浜田山のマンションに遊びに行ったことがあったんですよ。その時に部屋の壁に「年収3億円!!」とかって書かれたポストイットがいっぱい貼られてて、マジやべぇと思って(笑)。

さわだ:僕なんて兵庫県の姫路市って所で生まれて、一念発起して片道切符で東京に出てきて、とにかくビッグになりたいっていう思いでやってたから。今のYADOKARIとは親和性のないような話だけど、とにかく毎日が大変だったから、自己啓発をそれだけガンガンやって頑張って生きないとやっていけなかったもんねぇ。

ウエスギ:あとパソコンの上に「俺はやれる!」って貼ってあった(笑)。でも俺、あれを見て「あぁ、俺と一緒だ」って。俺も同じようなことしてたから。仕事が楽しいとかじゃなくて社会情勢もあって、そのぐらいまで追い込まれてましたよね。とにかく売り上げを上げないと自分の居場所がない、みたいな。面白かったですよね、あれもね、今考えると。

さわだ:いい思い出です。

震災を機にライフシフト

3.11東日本大震災。津波で全てのものが一瞬にして流されてしまう凄まじい光景を目の当たりにする via:.youtube.com

ウエスギ:その後どうでした? さわだは29才で結婚もして、震災が来て、恵比寿から三軒茶屋に移って。

さわだ:そうそう。結婚して、子どもも生まれて、三軒茶屋に戻ったんだよね。もともと僕は18才でミュージシャン目指して東京に出てきたタイプなんですよ(笑)。当時、親戚のおばちゃんが三茶に住んでいて、近くの方が何かとサポートしてもらえるのかなと思いつつ風呂なしアパートに住んでました。そこが東京の原点なんです。震災が起きて、子どもが生まれて、その時に一度暮らし方をリセットしたいなぁと思った。それまではフリーランスでお金もある程度稼げるようになって、もっともっと上に行きたいっていう気持ちばかりあったんだけど、でもそこでライフシフトして原点に帰るということで三軒茶屋に戻ったんです。

ウエスギ:なるほどね。そのタイミングで仲良しだったからまた会うようになって。そうだ、俺が相談に行ったんだ!

さわだ:ウエスギがもう今の会社辞めたいと(笑)。別の会社に就職したい、みたいな話をしていて。ウエスギはインテリアがすごく好きだったんで、「ITもいいけど、もっと自分のライフスタイルに近いことや、自分の好きなことを仕事にする方向を少しずつでもやり始めた方がいいんじゃない?」と言いました。

ウエスギ:中目黒のうまい鍋屋で。その後、また鎌倉に連れてってくれたんですよ(笑)

ものづくり学校後のファミレスでYADOKARI誕生

さわだ:そういう話をしてたら、僕もフリーランスでウェブ制作ばかりやっていて人との温度感が感じられないし、毎日パソコンの前でやり続ける仕事にだんだんしんどくなってきちゃって。もっと直接的に人の笑顔に触れたいなぁとか、自分のしていることがどういうふうに社会に影響を与えているのか感じたいと思った時に、やはり自分のライフスタイルに関係することを仕事にしたいと思い始めて。ウエスギが家具好きだから、それを作ってみたりするのがいいんじゃない?みたいな話になって、僕も興味あったから家具を作る学校に一緒に行こうかって。

ウエスギ:土曜日だけ開催するものづくり学校が世田谷にあるんですよね。そこでまずは自分たちの好きなオリジナル家具を作ってみようと。7〜8回通いましたよね。

さわだ:うん。それなりに通って、ちょっとずつ作り始めようとした時に「なんかこれ違うなぁ」って思ったんですよね(笑)。企画して提案するのはいいんだけど、自分で作り始めた時に、ちょっと自分にはあんまり楽しくないなって。

ウエスギ:そのDIYは挫折感があったけど、学校が終わった後に近くのファミレスに行って何時間もしゃべるのが楽しかった。

さわだ:そうねぇ、バンドの黎明期みたいな感じで、ナプキンにいろいろ描いたり、夢を語ったり、その時間が楽しかったんだよねぇ。ものづくりよりも、休みの日に会ってファミレスで何時間もコミュニケーションするのが楽しかったねぇ。

ウエスギ:そこでYADOKARIが生まれたと言っても過言ではないですね。

コンテナハウスから始まった小さな暮らしの提案

ウエスギ:当時さわだが、アメリカで「コンテナが余る」みたいな社会問題があると言っていて。

さわだ:そうそう。コンテナに物が積まれてアメリカへ輸入されて来た後に、そこに何か物を載せて返すことができずに空のコンテナが残っちゃうという問題があって。それから、宮城県の女川町で坂茂さんが作られていた仮設住宅があったんですけど、内部も無印良品の家具が使われていて素敵なんですよね。これは団地だったけど、例えば1個ずつ外して、中古コンテナはオークションとかで5万円くらいで買えるので、俺らなんて建築の超素人だから「この5万円の家でいいやん!」て。

ウエスギ:その話をファミレスでしてくれて、それから俺らはウェブでリサーチし始めたんですよね。

Via:https://www.archdaily.com/

さわだ:そしたら北欧の「夏の家」とかねぇ、そういうすごく素敵な家がいっぱい出てきたんだよね。

ウエスギ:うん。それを最初、取材執筆みたいな感じでお互い記事にしていこう、みたいなそんなところからでしたよね。

さわだ:それがすごい楽しくてねぇ。夜中の12時くらいまで普通にフリーランスの仕事してクタクタになってるのに、そこから記事をそれぞれで作るっていう。

ウエスギ:朝3時くらいまでやりましたね。それを1〜2年続けたんです。

さわだ:そうそう。Facebookグループは作ったんだけど公開せずに記事のストックをずーっとやり続けて、その後少しずつ公開し始めたら、みるみるうちに10いいね、30いいね、100いいね、ってなってきて。

ウエスギ:すごかったですよね。

さわだ:こんなに反響があるんだ!とすごく驚いて。300超えた時に「これはもう革命が起きたな」っていう気がしましたね。

ウエスギ:フォロワー1万人くらいまで全部把握してましたもんね。

さわだ:面白い人や有名な人がいっぱい「いいね」してくれて、こんなに影響力があるんだ、YADOKARIやってて良かったなと思いました。

ウエスギ:それから約2年、記事をお互い700くらい書いてFacebookページからメディアに変わっていくって感じでしたよね。それをやっていたら「この家、買えるんですか?」とか「働きたいです」とか「どこでマネタイズするんですか?」とか、そういう問い合わせが来始めて。

さわだ:「いえ、何のマネタイズもしてません、ただ好きでやっているだけです。だから楽しく見てください」って。

本物の小さい家「INSPIRATION」を販売

2015年にYADOKARIが開発し、10棟限定で販売した250万円の小屋「INSPIRATION」。ミニマルな空間でシンプルに、クリエイティブに生きるライフスタイルを提案し、予想を上回る多大な反響と共に完売した。 

ウエスギ:さわだがその後に、「やっぱり自分たちで住みたいスモールハウスを作ろうよ」という話になったんじゃない?

さわだ:うん。ずっとウェブの仕事をしてきたから、やはり手応えがないっていう所が出発点だったので、やはり何かしら自分たちで「こういう物がいいよね」というのを作りたい気持ちがあった。それでクラウドファンディングをやった。

ウエスギ:そう。その時に建てたのが、「INSPIRATION」という250万円の移動式の小さい家ですよね。

さわだ:とにかく価格を先に決めたんだよね。ちょっと良い車1台分くらいで、ローンを組まずにキャッシュで買える感じ。水回りもキッチン・トイレ・シャワーが付いてこの価格っていう。大体13㎡くらいの、20フィートコンテナサイズでトラックに載せて移動もできる、というのを作ったんですよね。

ウエスギ:これでクラウドファンディングをやって300人くらいの人が出資してくれて320万円くらい集まって。これはさわだ的にどうでしたか?

さわだ:実際にたくさんの人に300万円以上も支援していただいて、その責任はあるなぁと思いつつ、やはりこういう物を求めている人たちは世の中にたくさんいるんだと気づいたかな。

ウエスギ:問い合わせがすごかったですよね、1年で4000〜5000件。ああいう軽量鉄骨のプレハブハウスって昔からあったんですよね。でも僕らは打ち出し方として、35年ローンに縛られず、高い賃貸に住まずに、可処分所得を住宅じゃない所に使うことで豊かな暮らしをしようよってことを販売サイトに提案をした。「INSPIRATION」という名前を付けて、自分たちの暮らしを見つめ直す創造性のある場所として作らないかと。あれもいろんな建築家やコンテナメーカーに断られましたけどね。

さわだ:そうですね、「儲からないよ」って。でも、おかげさまで10棟限定で販売して完売して、それ以上にメディアとお客さんからの反響がすごかった。これである程度「YADOKARI」の名前がリアルの方でも少しずつ広がっていったきっかけになったと思います。企業さんからコラボレーションの依頼が来るようになって、そこでいろんなキャンペーンをやらせていただいたりとか。

ウエスギ:小屋フェスとか、小屋展示場とか。

さわだ:あの頃もまだ2足のワラジでやってたのかも。デザインもやりながら、YADOKARIもやりながら。YADOKARIからは一切給料もらってなかったかもしれない。

初めての著書を出版

ウエスギ:そうですね、そんな感じで楽しくやっていたんですよね。2014年に始めての著書も出ましたよね。「アイムミニマリスト」っていう。

さわだ:日本中の小さな暮らしをやっている人たちを取材して、それを1冊にまとめた本を、三栄書房さんから出していただいんですよね。

ウエスギ:その後、海外も含めて8冊ほど出版させてもらって、メディアも加速しながら、少しずつ拡大していったって感じですよね。その後に日本橋ですかね。

>>後編へ続く(後日公開予定)

毎年ミラノで開催されている世界最大規模のデザインの祭典ミラノデザインウィークが新型コロナウィルス感染拡大のために中止となりました。出展に向けてデザインを進めていた学生やクリエイターに2021年のミラノデザインウィークへ出展するために、大変心苦しいお願いではありますが、支援をお願い致します。

クラウドファンディング
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ミラノで開催されるデザインの祭典に学生やクリエイターの出展を支援しています

私たちは一般社団法人 日本DESIGN BANKという一般社団法人を立ち上げて、学生やクリエイターの支援プロジェクトbud brand(バッド ブランド)「つぼみ(bud)+綺麗に咲かせる(brand)」を展開しています。

bud brandでは、才能あふれる次世代の日本人クリエイター達が “日本のデザイン”を世界へ発信できる場として、2016年より4年連続でミラノデザインウィークへの出展を支援し続けていました。

bud brand 公式HP https://www.bud-brand.com

クラウドファンディングに至るまでの経緯

今年で5回目の出展を目指して活動を続けていましたが・・・

今年は5回目となるミラノデザインウィークへの出展を目指し、1年がかりで学生やクリエイターたちが、イタリア、ミラノでのまだ世の中にはないプロダクトを考え出展を目指して活動してきました。

しかし、新型コロナウィルス感染拡大により、日本はもちろん、イタリアではさらなる感染者と死者数が出たことにより、2020年のミラノデザインウィークは中止となりました。

イベントは中止となりましたが、出展に向けて試作品を繰り返し作り、ブラッシュアップしてきた時間とコストが報われなくなってしまいます。出展に向けて抑えていた会場の費用なども現在、イタリアも大変な時期なのでどうなるかわかりません。また現地で直前まで動いていただいた方への費用も支払わなければいけません。

なかには卒業製作もかねて1年がかりで製作したのにも関わらず、卒展も中止になり、ミラノへの出展も立たれてしまった作品もあります。

1年間の努力を無駄にしないために・・・

そこで、この作品を埋もれさせないために、2020年の10月23日〜11月3日に開催される日本最大規模のデザインとアートのイベントDESIGNRT TOKYO 2020への出展、2021年4月13日〜18日まで開催されるミラノデザインウィークへの出展をして、今回展示予定だった作品を世界の方々に見ていただく場を提供したいと考えています。

DESIGNRT HP http://designart.jp
ミラノデザインウィークHP https://www.milanosalone.com

DESIGNART TOKYO 2020
MILANO DESIGN WEEK 2021
への出展にみなさまのお力をぜひ貸してください!!

クラウドファンディング
支援を行う

資金の使い道について

2020年 ミラノ単独会場出展でかかった活動費(ミラノ、トルトーナ地区)
2020年 作品スタジオ撮影費
2020年 DESIGNRT TOKYO 2020への出展へ向けての活動費(10月23日〜11月3日開催予定)
2021年 ミラノデザインウィーク2021への出展へ向けての活動費(4月13日〜18日開催予定)
2021年 ミラノデザインウィーク2021報告会の開催へ向けての活動費(2021年6月開催予定)

学生、クリエイター支援の活動費
人件費、諸経費、CAMPFIREの手数料

リターンについて

【シンプル応援】500円
シンプルに応援して頂ける方はこちらをお願い致します。bud brandメンバーより感謝のメッセージをメールにてお送りします。

【budオリジナルステッカー】1000円 (2枚)
bud brandオリジナルステッカーを2枚お送りします。パソコンやファイルなど好きなところに貼って様々な場所へ連れ出してください。カラーはblackとblueをご用意しています。カラーは選べません。

【budオリジナルORIGAMI】1,500円 (2枚セット)
bud brandオリジナル折り紙です。折り紙は全部で4種類です。日本の文化をテーマに、とんとん相撲、富士山、鶴、手裏剣。説明書通り折っていけば素敵な折り紙が完成します。折り紙はランダムで2枚お送りします。

【budオリジナルパンフレット+ステッカー】2,000円 (1冊+ステッカー2枚)
bud brandオリジナルパンフレットです。パンフレットと1冊とステッカー2枚ついたセットになります。。現地の写真はもちろん、スタジオで撮影した作品写真をふんだんに使用したものとなります。bud brandオリジナルステッカーはblackとblueをご用意しています。カラーは選べません。

【budオリジナルTシャツ】5,000円 (1枚 サイズS / M / L)
bud brandオリジナルTシャツです。おもて面にはbud brandのロゴが入っています。うら面には首下にワンポイントでbud brandのキーワードが書かれています。

【budオリジナル提灯ノベルティ】5,000円 (1個)
bud brandオリジナル提灯です。つるの部分はレザーをあしらい、吊るせるようになっています。bud brandのロゴをレザーに焼印をしたストラップ付きで可愛いインテリアとして飾ることも照明のランプシェードとしても使っていただけます。ランプシェードとしてご活用いただく場合は、提灯の底にはわっぱがひいてあるので、LEDのキャンドルライトなどを置いけるようになっています。

※LEDのキャンドルライトは付属されていません。LEDキャンドルライト以外のあかりは使用しないでください。

【budオリジナルノベルティセット】10,000円 (1セット)
bud brandオリジナルノベルティセットです。ステッカー 2枚、ORIGAMI 2枚、パンフレット 1冊、Tシャツ 1枚、提灯 1がセットになって、通常14,500円のところ30% OFFの10,000円でご用意しました。ぜひ複数のノベルティをご希望の場合はこちらのセットをご支援ください。

【bud brand 個人スポンサー】30,000円 (2イベントスポンサー)
bud brand個人スポンサーとして、DESIGNART TOKYO 2020とMILANO DESIGN WEEK 2021へご支援いただきます。スポンサー特典として、公式HPへのスポンサーページへのお名前掲載、2021年bud公式パンフレットへのお名前掲載、A1 budオリジナルポスター 1枚、パンフレット 1冊(2021年度版)をご用しています。さらには、WEBマガジンにて活動報告、2021年6月に予定しているbud brand 活動報告会への1名様をご招待(飲物代、軽食代含む)させていただきます。

※次回のミラノデザインウィークが延期になった場合は、2022年開催時にパンフレット作成、報告会を開催します。

【bud brand 法人スポンサー】50,000円 (2イベントスポンサー)
bud brand法人スポンサーとして、DESIGNART TOKYO 2020とMILANO DESIGN WEEK 2021へご支援いただきます。スポンサー特典として、公式HPへのスポンサーページへの社名掲載、2021年bud公式パンフレットへの社名掲載、A1 budオリジナルポスター 1枚、パンフレット 1冊(2021年度版)をご用しています。さらには、WEBマガジンにて活動報告、2021年6月に予定しているbud brand 活動報告会への2名様をご招待(飲物代、軽食代含む)させていただきます。

※次回のミラノデザインウィークが延期になった場合は、2022年開催時にパンフレット作成、報告会を開催します。

実施スケジュール

支援受付開始:2020年5月7日
支援受付締切:2020年6月30日

<ノベルティの発送について>
支援受付締め切り後より発送準備を始め7月中~8月上旬までを目処にリターンの履行を進めてまいります。

<募集方式 All-in方式>
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。

クラウドファンディング
支援を行う

最後に

コロナウイルス感染症の拡大により日本中、世界中の方々が困難な状況にあると思います。

そんな中、アートや文化はどうしても二の次になってしまいます。ただ、ミラノへの出展を目標に活動を続けている学生やクリエイターの作品を発表できる場を絶やさずに提供していきたいと考えています。

わたくしどもの活動にご支援くださいなどと声を上げるのも如何なものだろうかと悩んでおりました。

わたくしどもは可能な限りの手を全て尽くしてこの活動を守りたいと思います。そして願わくば、休校要請や自宅待機要請の中でもクリエイティブな活動に希望となる存在としてbud brandのプロジェクトを知っていただければ幸いです。

皆様、何卒ご支援のほどお願い申し上げます。
そして一刻も早いこの事態の収束と皆様のご健康を心よりお祈り申し上げます。

bud brand 公式HP https://www.bud-brand.com
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名称  :一般社団法人 日本DESIGN BANK
住所  :東京都渋谷区神宮前5-47-11 青山学院アスタジオ402
代表理事:梶原 清悟、山口 智之
電話  :03-6869-7042
メール :info@bud-brand.com
設立  :2018年12月3日

事業内容:
日本のデザインを世界へ発信する事業 / 日本のクリエイターを育成する事業 / 海外の展示会へ日本のデザインを展示する事業 / ECサイトを含むプロダクト商品の販売事業 / デザインクオリティーアップのための検定制度の実施 / プロダクトデザインを学べる場の提供及び各種研修の実施 / 学校法人及び各教育分野との連携及びタイアップ事業 / 学生の支援に関する事業 等

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