イギリスで300万円以下、日本で普通免許でけん引できるトレーラーが「AIR OPUS」。90秒で膨らむテントは2.4mという余裕のヘッドスペースで、2つのダブルベッドを常設。これって、高価な国産キャンピングカーより全然いいのでは?
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▼イベント動画を全視聴できます。お楽しみ下さい。
https://www.facebook.com/yadokari.mobi/videos/836050140093045/
Facebook動画で視聴できない方はYoutube動画(こちらをクリック)も視聴可能です。
「固定概念にとらわれずに日本のポテンシャルを再発見」をビジョンに掲げる株式会社R.project。地方にある見過ごされがちな風光明媚な自然や、豊かな食材、まだ活用できる遊休不動産などを、合宿事業、バジェットトラベル事業、そして教育事業の3つ事業を柱に可能性を見出している注目の企業です。
未来トラベルクリエイターズfile、第3回目のゲストはR.project執行役員を務める金子愛さんをお呼びして、遊休不動産の有効活用をしながら、教育をベースに考える新たな宿泊事業の実践者として、これまでのプロジェクトの苦労や喜び、そしてR.projectが考える未来の教育ついてお話を伺いました。
是非、ご覧下さい。
南半球にあるオーストラリアといえば、通称「エアーズロック」と呼ばれる、世界遺産で有名な「ウルル」をまず思い浮かべる人が多いのでは。「ウルル」は、原住民アボリジニーにとってはとても神聖な場所とされ、2019年10月26日から観光客向けの登山が禁止となることでも話題になった。
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ミニマルライフ、断捨離、シェアリング。
家や物を、あまり持たない生き方がある。
小屋にも通ずる“小さな暮らし”に、都市の人は経済性や、身軽さに加え、
「つながり」を求めているのかもしれない。
“小さな暮らし”を楽しむ
大きな家や、たくさんの物を持たずに、暮らしたい。
そんな思いを持つ人が増え、小屋が人気を集めているようだ。
暮らしには、眠る、働く、食べる、遊ぶ、休む、などの時間があり、そのための物や場所が必要だ。
どうすれば、“小さな暮らし”は実現できるのだろう?
物や場所を「盛り込む」と「諦める」と「所有しない」
物理的なスペースの小ささは、必要な物や場所を「なるべく多く盛り込む」工夫で実現できる。
小さな居場所をたくさんつくっても良いし、時間によって意味合いが変わる居場所をつくっても良い。
ふたつ目の考え方は、そもそも「多くのものを求めない」。
「私はもうこれ以上、家を持つということに興味を持てないんだ。このちいさな建物で充分なのさ。ポートランドに住んでいたこともあるけれど、今のほうが幸せだよ」
こういう姿勢を、良い意味で「諦める」というのかもしれない。
そして、もう一つ。「物や場所は必要だけど、所有をしない」という考え方もある。
海や山を楽しむ小屋なら、「遊ぶ」ための場所は所有せずともいくらでもある。
オフィスやレストラン、娯楽施設がある都市では、働く、食べる、遊ぶ場所を必ずしも所有しなくて良い。
極端な例として、眠る場所を含めた一切の空間を所有しない実験的な暮らしだってあった。
「宿泊する比率はカプセルホテルが7割、2割がAirbnbなどのホームステイで、残りの1割は友達の家などに泊めさせてもらいます。土日は彼女の家に行って過ごします。暮らしは意外と快適です」
「盛り込む」、「諦める」、そして「所有せずに使う」。
それを組み合わせることで、“小さな暮らし”は実現されていく。
ワンルームマンションや寮=小屋の集合?
さて、都市に小屋を持った生活は、どんなものだろう?
小屋で目覚めたら、カフェで朝食を摂り、電車やバスで出社。
昼食は近くの定食屋で済ませ、午後の外回りの空き時間には図書館で読書。
シャワー付きのスポーツジムで汗を流して、居酒屋でビールを飲んで、小屋に帰る。
カフェや図書館や居酒屋がリビングの代わりになり、ジムがバスルームだ。
そしてこれは、忙しい社会人の“寝るために帰る”生活と大差ない。
ワンルームマンションは外観こそ大きいが、“小屋”の集合体と見ることもできる。
近年は、大型で共用部を充実させたシェアハウスや寮も増えている。
たくさんの“小屋”に多様な機能を近接させた、“小さな都市”に見えてくる。
なぜ、所有を手放したい?
では、小屋にせよワンルームマンションにせよ、“小さな暮らし”をしたいのはなぜだろうか?
「所有が少ないほど経済的だから」
「消費的な社会から、“足るを知る”にシフトしたいから」
「家や物に縛られず、身軽でいたいから」
土地を資本に生産する農耕的な人が減り、都市への集中と発展が加速しつづける現代社会。
現実的に「持てない」事情も、「持ちたくない」理由もあるだろう。
さらに、人や社会との関係が生じ、深まるということもある。
「小さな部屋に住んでみたら、家族との喧嘩が減った。逃げ場がないから、自然と関係を大切にするようになって」
「うちは小さな部屋に引っ越して、妻との喧嘩が増えたけど、以前はコミュニケーション自体が少なかったから」
空間を分け合うから、他人との距離が近づく。
必要な物を所有しないから、都市に出て他人と関わるきっかけができる。
所有を手放す“小さな暮らし”は、「つながりたい」時にも良いのかもしれない。
(了)
<文:谷明洋、イラスト:千代田彩華>
| 【都市科学メモ】 |
小屋の魅力
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所有する空間や物を最小限にすることができる |
生きる特性
|
小ささ、物理的な制約 |
結果(得られるもの)
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経済性、効率性、欲望への諦め、身軽さ、家族との距離の近さ、社会とのつながり |
手段、方法、プロセスなど
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盛り込む
生活に必要な機能を維持しながら、“小さな暮らし”を実現する。空間をうまく切り分けてもよいし、時間で使い分けても良い。設計の技術によって、コンパクト化で経済性を高めることができるが、多少窮屈になることもある。 |
諦める
ものを求めない、「足るを知る」路線。「悟り」や「諦め」の境地とも言える。技術というより、精神の要素が大きい。ある程度の人生経験や勇気は必要かもしれない。
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所有せずに使う
技術や精神よりも、環境や関係性が大切だ。自然や公共物を活かしても、人間関係やお金で解決しても良いし、あらたな仕組みを考えることもできる。人や社会との「つながり」は、目的にも手段にもなるし、結果として得られる、ということもあるだろう。
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組み合わせと、現実化
現実的には、上記の3要素を組み合わせていくことになる。暮らしのために、何を盛り込み、何を諦め、何をシェアするのか。バランスよく機能的に考えよう。実現方法は、小屋という形にこだわっても良いが、「所有を手放す」だけなら、ワンルームマンションやシェアハウスでも十分に達成できる。
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| 【Theory and Feeling(研究後記)】 |
東京に出てきてからの6年間で、2軒のシェアハウス暮らしを体験しています。いずれも、一軒家に何人かで住むというより、社員寮をリノベーションした形です。
今の物件も、狭いながらも個室はちゃんとあって、広いキッチンや浴場が共用になってます。シアタールームやちょっとしたワークスペースもあって、コストパフォーマンスもなかなか。「経済性」と、家具家電を持たなくて良い「身軽さ」、居住者間の適度な「つながり」があります。(たに) |
「都市を科学する」の「小屋編」は、横浜市の建築設計事務所「オンデザイン」内で都市を科学する「アーバン・サイエンス・ラボ」と、「住」の視点から新たな豊かさを考え、実践し、発信するメディア「YADOKARI」の共同企画です。下記の4人で調査、研究、連載いたします。
オープンオフィスに、堅木で造られた家具のようなプライベート個室はいかがでしょう。「Loop Phone Booth」は、メイプルやウォールナットの天然木を使い、カナダの職人が手作りで製作するオフィス用電話ボックス。木の香りがする空間にこもれば、ビデオ会議もリラックス、良いアイデアがひらめくかもしれません。
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「拡張家族(コーファミリー)」という言葉を知っているでしょうか?「小さく住まう、みんなで生きる」ためのシェアハウスが増えるにしたがって、同じ屋根のもとで暮らす「家族」のあり方自体が変わってきているというのです。
2017年4月に誕生した複合施設「渋谷キャスト」では、共同コミュニティ「Cift」の立ち上げから関わり、約60名のクリエイターが共同生活を送りながら、新しい時代の「家族」の定義を模索し続けています。今回の小さな住まいの研究コラムでは、この「Cift」に住む「シェアガール」、内閣官房シェアリングエコノミー伝道師の石山アンジュさんが登場。
▼ 記事「前編」はこちら
https://house.muji.com/life/clmn/small-life/small_190226/
後編では、拡張家族における教育・介護など、さらなる可能性についてうかがっていきます。
▼ 記事「後編」はこちら
https://house.muji.com/life/clmn/small-life/small_190326/
ここロシアの最西部に位置するサンクト・ペテルブルグは、ソビエト時代はレニングラードとよばれ、バレエや音楽、プーシキンやドストエフスキーなどの文学、そしてエルミタージュ美術館など芸術都市としても有名な大都市である。5月下旬から7月中旬にかけて太陽が沈まない「白夜」になることでも有名だ。スカンジナビア半島のフィンランドや、バルト三国のエストニアにも近いことから、「北欧文化」や「スカンジナビア」文化の影響も受けている。
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高規格にカスタマイズしたバンに住んで、飽きたら売り払って、新しいバンコンでバンライフを続ける。20代のアドベンチャーフォトグラファー&フィルムメーカー、トーマス・ウッドソンの生き方です。ラグジュアリーに仕上げられた、3台目のメルセデス・バンコンは現在売出し中。
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中国随一の経済都市といわれる上海は、人口が2400万人を超え世界一人口の多い都市でもある。人口の4割ほどが外部からの居住者で、国際都市としての側面もある。
「中国4000年の歴史」といわれる中国において、上海の歴史は実はそれほど古くはない。13世紀ごろにようやく街として整備されていき、14-17世紀くらいから貿易の主要な港として発展してきた。
1843年アヘン戦争後にはイギリス、アメリカ、フランス、そして遅れて日本も、上海に置かれた「租界」という居住地に移り住んだ。約100年間もの間外国文化に接してきた上海には、現在でも当時の面影を残す洋風建築が数多く見られる。
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中国で観光都市として有名な貴州省は、年間平均気温が15.2度くらいで、冬や夏も過ごしやすく中国の避暑地としても有名な場所だ。そんな貴州省にある铜仁市は、昔ながらの中国の文化や建物が残り、とても美しい伝統的な田舎の風景が見られる地域。そんな中国の原風景が残る場所に、Woodhouse (ウッドハウス) ホテルという、アグリツーリズムリゾートが誕生した。
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新橋WeWorkの1階オープンスペースで開催した当イベントには、宿泊施設開業を計画している人、現在運営している人などが多数集まった。
新しい「旅」と「宿泊」を提供するクリエイターの方々をゲストにお招きし、トラベル業界が進む方向を見出すきっかけをつくるトークイベント「未来トラベルクリエイターズfile」。第1回のゲストは、Backpackers’ Japan代表の本間貴裕さんです。
訪日外国人・観光客はもとより、場所にとらわれない働き方や移動を常とするライフスタイルを送る人にとっても、旅の拠点となる「宿」は重要なインフラです。ここ数年で一気に加速したゲストハウス、ホステル、民泊などの新しい宿泊ムーヴメントの先駆者であり、今なお先端を走り続ける宿泊施設運営会社Backpackers’ Japanがここまで成長した理由とは何でしょうか? 彼らが仕掛けてきたもの、そして彼らが見ている「宿泊の未来」とは?
日本各地から宿泊業を志す人、運営者などが大勢詰めかけたそのトークショーの内容をレポートします!
目次
>> Part 1 過去:Backpackers’ Japanの成長の根源
>> Part 2 現在:街におけるホテルの役割と宿泊マーケット予測
>> Part 3 未来:Backpackers’ Japanが見ている宿泊の未来
>> Part 4 Q&A:参加者から質問「本間さんにこれを聞きたい!」
Part 1 過去:Backpackers’ Japanの成長の根源
本間さんの原点

本間貴裕氏/Backpackers’ Japan代表取締役。23才で起業。2010年東京に1軒目のゲストハウスtoco. をオープンしたのを皮切りに、蔵前にNui. HOSTEL & BAR LOUNGE.、京都にLen、日本橋にCITANを次々に開業。いずれも高い人気を誇る宿泊施設となっている。
本間さんは1985年、福島県会津若松生まれ。税理士事務所で働く父と介護ヘルパーをしている母の元で育ち、高校生の頃は教師になりたかったそうです。理由は、好きだったテニスを部活の顧問として続けたかったから。福島大学へ進学し、漠然と教職を目指しつつも「このまま福島しか知らないままでいいのか?」と疑問がよぎります。
そこで、「英語を勉強する」という名目で単身オーストラリアへ1年間の旅に出ること
を決意。明日から何をするのも自由だ!とオーストラリアに降り立った本間さんでしたが、いざ自由になっても実際は何をしていいか分からず、呆然と立ち尽くしてしまったそうです。
本間さんがよほど不安そうに見えたのか、1人の日本人旅行者が「大丈夫か?」と声をかけてくれました。事情を話すと「シドニーレイルウェイスクエアYHAという宿があるから行ってみろ」と言われます。
「そのホステルに入った瞬間、鳥肌が立ちました。そこには国籍も年齢も性別も異なるさまざまな人たちがいて、見知らぬ旅行者同士が楽しそうに話をしているんです。『なんだこれは?!』と。自分が今まで知っていたホテルの概念が吹き飛んだ瞬間でした」
これを機に本間さんは「英語の勉強」から「ゲストハウスを泊まりながらゆく旅」へとオーストラリア滞在の目的を変更し、バックパッカーとしてゲストハウスを巡る旅に出ました。
その瞬間に居合わせたから始まった
オーストラリアを旅する中で、本間さんは様々な宿に泊まりました。旅を始めてから約3ヶ月。ケアンズでの夜、カジノで少し遊んだ帰りに立ち寄ったバーでのことです。そこでは黒人の5ピースバンドがかっこいいジャズを演奏していました。
そこに集うお客さんはまさに老若男女。欧米人の老夫婦がゆっくり音楽を聴いている横で、アジアから来たと思われる家族とその子供たちが楽しくご飯を食べています。奥のほうでキスをするカップルがいたり、ステージの前では様々な国から集った若者たちが楽しく踊っていたりしました。
音楽とお酒と、ご飯。そして世界各地からの旅行者たちが一緒に楽しむ空間に触れ、自然と涙が出たそうです。
「いつかこんな感動を日本に持っていきたい」
そんな想いを胸に、本間さんはオーストラリアを後にしました。
生き残れるホテルとは?

「どんなに山奥にあっても潰れない宿もあれば、駅の前にあっても潰れる宿もある。その違いは何なのかを知りたくてリサーチしました」と本間さん。
帰国した本間さんは、オーストラリアで見た景色を日本にどう持ってくるかを考えた末、自らゲストハウス・ホステルをつくろうと決意します。とはいえ大学を出たばかりで、ゲストハウスに泊まったことはあるけれど経営したことはありません。そこで本間さんはまずお金を貯めようと、創業者である友人3名と共に1年間たい焼き屋を経営し、約1000万円のお金を貯め、その半分を使って3〜4ヶ月の期間をかけ、徹底的なリサーチを行いました。
仲間の2人は雰囲気の良いゲストハウスのフィーリングを感じるために世界一周の旅へ。本間さんを含むあとの2人は、日本国内の宿泊施設を全国に渡り調査。「ゲストにとって良い宿とはどんな宿なのか」を突き止めるため、10項目ほどポイントを設けていろんな人に話を聞いていきました。
リサーチの結果、必須で達成したい条件は、
・東京23区内
・外国人旅行者が多く集まる駅の近く
・駅徒歩10分以内
というものでした。
人が途切れない宿に、決定的に必要なもの
そう言っておいて矛盾するようですが、と本間さんは言葉を続けます。宿に人が来続けるためにはデータでは表せない決定的なことが1つあることに気がついたそうです。それが無いと、いくら条件が良くてもダメなこと。
本間さんはそれに、沖縄の海辺に建つ小さなゲストハウスで気づきました。その宿では、いつもそこにいる優しい女将が、朝起きると「お腹すいた?」と言ってご飯をつくってくれたり、風邪だと言えばティッシュを差し出してくれたりと、何気ないからこそ嬉しい心遣いをしてくれます。そんな彼女を慕って、各地から人が集まってくるのです。
「つまりは『愛』。その宿に、愛情を持って守ろうとする人いるか。それがシンプルだけど、いちばん重要なことだと気がついたんです」
それこそが、デザイン・立地・料金をも凌ぐ、宿の真ん中に必要なものだと本間さんは感じたそうです。
築90年の古民家と、トモさんとの出会い
リサーチの後、物件探しを続けていたある日、東京に物件が見つかります。地下鉄日比谷線の入谷駅から徒歩2分の所にある、築90年の木造古民家。まさに条件に叶う建物でした。とはいえ雨漏りもあり手直しは必至。設計事務所や工務店など数軒に相談しましたが、「建て替えた方がいい」「アルミサッシに入れ替えましょう」と言われます。「もしかして、僕らと見えているものが違うのかもなぁ」そんな折、本間さんはツリーハウス・ビルダーであり大工のトモさんに出会いました。
入谷の物件に入るなり床下や瓦の状態を入念にチェックしたトモさんは、本間さんにこう言います。
「ここはかっこいい宿になる。でもめちゃくちゃ金がかかるから、お前はしっかり金を集めて来い」
この人とならやれる。トモさんと本間さんたちのゲストハウスづくりが始まりました。
自分のつくりたいものを言葉にする
古民家のリノベーションをするにあたって、トモさんがまず言ったことは2つでした。
「インパクト(電動ドライバー)を買って来い。お前ら金がないんなら自分でつくれ、俺が教えてやる」
「つくりたいものを、ハッキリ言葉にしろ。俺はお前らがつくりたいものをつくる。だからどうしたいかをしっかり伝えろ」
こうしてみんなの手でゲストハウスをつくることになりました。トモさんは工事期間中、自分が現場に泊まれば交通費が浮くだろうと、古民家に寝泊まりしながら施工してくれました。そんなトモさんを見てみんなも泊まり込むようになり、料理の上手なメンバーがご飯をつくって食卓を囲むようになりました。
自分のつくりたいものをハッキリ言葉にしろと言われても、すべてが初めてのこと、壁の色1つすぐには答えることができません。そんな中、夜な夜な食卓を囲んでみんなで話し合いながらつくっていきました。
ゲストハウス toco. の誕生
そして2010年、初めてのゲストハウス「toco.」が東京都台東区に誕生します。その一画にある飲食スペースは、本間さんがオーストラリアで出会った光景にも重なる場所です。toco.が開業し、旅人はもちろん近所の人たちやいろんな人が混じり合っているそのバーの景色を見た時、Backpackers’ Japanの理念は生まれました。
“あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を。”
Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE−自然の中で飲んでいるような気楽さと仕掛け
続いて2年後、台東区の蔵前にあった、おもちゃ屋さんの倉庫だった古いビルを「Nui.」という宿泊施設に仕立てます。この宿は、現在長野県でReBuilding Center JAPANを営む東野唯史(あずのただふみ)さんをデザイナーに迎え、スタッフと大工さんと一緒につくりました。
「みんなと『どんな空間だったら、あらゆる境界線を越えて人々が集えるのか』を話した時、出てきた一つの結論が『自然の中』でした。会議室だったら名刺交換から自己紹介が始まることが多いけれど、それがもし湖畔や山の中だったら、ひとまず乾杯して『何やってんの?名前何て言うの?』という会話から始まるよね、と」
五角形のテーブル、いびつな形のベンチ
「Nui.の空間には、様々な仕掛けが施されています。『あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を。』と言っても、何かサインのようなもので『隣の人に話しかけてください』とか『ここはコミュニケーションが活発になる場所です』というのはナンセンスなので、雰囲気でなんとか伝えようと」
例えば、四角形のテーブルだと向かい合ってしまうけれど、五角形のテーブルだと話しやすくなりそうだとか。まっすぐなベンチだとみんなが前を向いてしまうけれど、少し曲線があることで座る人同士ちょっと目が合ったり、体が傾きやすくなるとか。
「僕たちは、コミュニティをつくりましょう、人と人をつなぎましょう、と言うのは好きじゃない。意図されたものを意図通りに発信しても、そこには予定調和しかない。何か面白い人と出会いそう、Something Goodが起こりそうという、ちょっとしたワクワク、ツヤみたいなものが大事。何も案内しなくても、それを空間で感じてもらえるようにしたかったんです」
Backpackers’ Japanが手がける京都のLen、日本橋のCITAN、そしてこれからさらに展開していくであろう彼らの宿泊施設のすべてに、この原点はきっと活かされていくのでしょう。
Part 2 現在:街におけるホテルの役割と宿泊マーケット予測
変化する街とホテルの役割
「ホテルの役割は、昔は『バリアー(Barrier)』、つまり旅行者を未知の街の危険から守るものだったんですね。でも近年は『ゲート(Gate)』になったと思っています。街が安全になり、ホテルは外の世界につながる玄関になった。旅人はホテルを通して街のことを知り、街の人は旅人と交流して視野を広げる。ホテルやラウンジは、旅行者だけでも街の人だけでもダメで、利用者のバランスが大事。性質の違う両方がいることで面白い会話が生まれるんです。
街って何かを考えると、僕にとっては名付けられた地域でもなければ、半径何キロという範囲でもない。自分の街に帰って来たと思えるのは、人と挨拶を交わした時。人同士の結びつきや関係が街をつくると思っています。ホテルやラウンジに集う人々から輪が広がっていって、人がつなぐ街が少しずつ増えていったら面白いなと思っています」
宿泊マーケットは今後どうなる?
マーケット(市場)には川と同じで流れがあるので、その流れを読むことがビジネスをする上では大事だと本間さんは言います。では、今後の宿泊マーケットはどうなっていくのでしょうか?
「世界のマーケットを見ると、海外を含めた全旅行客は2018年には18億人に達すると言われています。中でもアジアは先進国の伸び率の倍。経済の発展に伴って、アジアの人が旅行するようになっているんです。
そして人々の寿命は長くなります。現在の世界の平均寿命は70才、それが2050年までには77才、2100年には83才まで延びます。
さらに人々の関心は環境問題に向かっています。何か環境に対してやらなければならないんじゃないかと思っている人はすでに世界の7割を超え、特に上海やムンバイでは、もう90%近い人が何かしなきゃいけないと思っているんです。ところが、そうは思っているんだけどどうしていいか分からない。
アジアの旅行者が増え、アジアに来る人も増え、寿命が延びる中、健康と環境への関心が高くなる。そのようなマーケットを考慮すると、例えば一つの可能性として、『環境によく配慮された設備を持ち、また、人の健康に良い影響を与えるアクティビティが豊富に準備された宿を、アジア・太平洋地域につくる』という考え方に、シンプルに辿り着くかもしれません」
この流れは始まっていて、バリ島やスリランカではすでに、ただ泊まるだけではない、ヨガやサーフィン、地産地消の体にやさしい食事などを組み合わせた、数日間のリトリートプログラムを伴う宿泊施設が多数生まれているそうです。
日本のマーケットと勝機
一方で、国内のマーケットを見てみると、宿泊施設の稼働率が平成29年時点で抜きん出ているのは東京と大阪。共に年間平均80%を超えています。さらに詳しく見ると、さまざまな宿泊所のタイプがある中で、ビジネスホテルの稼働率が約80%なのに対し、ゲストハウスなどの簡易宿所の稼働率は52.2%と実は低めだそうです。
かつ、日本では少子高齢化で人口が減り、特に労働人口は現在の6700万人から、2065年には4000万人まで縮小すると言われています。それに伴い顕著になるのが「ビジネストリップの減少」。これを埋めるには年間7000万人の外国人観光客が必要で、達成できても現在の状況とトントン。日本国内の宿泊マーケットは次第に厳しくなるようです。
Part 3 未来:Backpackers’ Japanが見ている宿泊の未来
今後つくりたい宿泊とは? キーワードは「シームレス」
ちょっと真面目なマーケットのお話の後は、本間さんが考えるこれからのホテルはどうなって行ったら面白いのか? どんなホテルをつくりたいのか?についてお話しいただきました。キーワードは「シームレス」。つなぎ目がない、という意味で、その中で本間さんは5つの切り口を挙げています。
自国:他国

「未来はいろんなことの境界線がもっと曖昧になっていく」と本間さん。
「これは今、僕らがやっていることでもありますが、自分の国と他の国がどんどん曖昧になっていく。なぜかと言うと、1つはビザ緩和。そして、より大きいのが同時翻訳システムの発達ですね。他言語が話せなくてもタイムリーにコミュニケーションができる。もしかしたら、僕のおばあちゃんとスペイン人のおじいちゃんが恋に落ちる可能性がある時代だって来るかもしれません。これが今後5〜10年で起きることだと思います」
日常:旅
「もうすでにそういう方もいらっしゃると思うんですけど、旅に行っても仕事をしますよね。
旅と日常の境界線ってホテルで考えると、何泊するかの差だけだと思うんです。3泊なら旅行でも、それが365日になれば日常。だとすると、ホテルや旅をつくるという発想ではなく、レジデンスがサブスクリプションで買えるようになっていて、月10万円払えばどこにでも泊まれるといい。例えば夏になったら北海道の緑の中で仕事をする。秋には京都で紅葉を見ながら仕事をする。冬はハワイに…なんていうことができるようにしたいなと」
仕事:休日
「最近AIやロボットの話がよく出ていますが、人間がやらなきゃいけないことの量がどんどん減ってくると思うんですね。それと同時に好きなことに時間を使えたり、何かを表現することが、今よりももっと仕事になってくると思います。産業革命の時も、機械が仕事をしてくれるようになって、歌を歌う人が生まれたり、デザインする人が生まれたりした。それと一緒で、これからは自分のやりたいことや表現することが仕事になりやすい。そうすると好きなことをやっているので、それって仕事なの?休みなの?という境がなくなっていくと思います」
都市:自然

いつの間にか「都市=緑がない」が前提になってしまったが、そうではない未来も十分にありうる。
via: archdaily.com © Joe Fletcher
「昔、人は自然の脅威を避けようとして都市をつくりました。その結果、自然の美しさを感じる機会が失われてしまった。合理化して行った先で、それが切迫感になっていると思います。東京に住んでいるみなさんはきっと感じていることでしょう。これをもう一度リデザインできると思います。都市の中に自然の美しさを取り入れたり、都市とつながりながら自然の中に住めるようなことが起きてくると思います」
教育

これだけインターネットが発達した今、「学校に通う」という教育スタイルを見直してみてもいいはずだ。
Via:archdaily.com
「1つの学校に通わなきゃいけないっていうのがナンセンスだと思っています。僕の子どもがこれから小学校に入るんですが、出張にも連れて行きたいし、もしかしたらハワイや京都に行くかもしれない。でも速いウェブさえあれば、あるいは授業を録画してくれてたら、それってどこでも学べることだと思います。だから言語の壁と距離の壁をテクノロジーで越え、どこにいても学校を選べるような世界にしていきたい」
本間さんが描く、未来の街とホテル
「クレジットカード1枚ピッとやったらもう、登録された世界中の施設のどこにでも泊まり、住むことができる。引越しの手間もなく、保証金も保証人も2年間の縛りもない。アプリで場所を選んで泊まったり住んでみたり、世界中を転々とすることもできる。で、その先々で子どもが同時通訳で学ぶのか、インターネットを通して日本の学校の授業を受け続けるのかを選べる。お父さんはラウンジで仕事ができる。都市なんだけれども自然にインスパイアされたデザイン。東京の20年後、30年後は自然豊かであってほしいんです。都市と自然の境目が少しずつ無くなっていって、緑がたくさんあふれる街だったらいいなって。ホテルがそういうものをリードする役割ができれば、街全体が面白いデザインになって行くんじゃないかと」
開発ではない、自然の中のホテル

自然を破壊することのないポップアップ&オフグリッドの宿泊施設ならサスティナブルだし、より気持ちよさそうだ。
via:archdaily.com
「今までのリゾート開発は、そこにある自然を大きく壊して、住民の反対運動を抑えてつくることが多かった。目の前には海があるのに、プールから海を眺めるっていうようなことが起きていた。もはやそういうのは要らなくて、ポップアップ式の建物でいいんじゃないかと。自然を壊さない形で、そこに突如として出現させられるホテルをつくりたい。それと同時に必要なのはオフグリッドですね。その場で太陽光や風力などでエネルギーを循環させる。それが全世界にあったら、無理のない形で人が自然に触れ、より楽しむことができるようになるんじゃないかと思います」
非日常を日常にしていくのが次のステージ

街の中で日常的な会話が交わされないことが、いつから日常になってしまったのだろう?Backpackers’ Japanがつくり出すのは宿を超えた「生態系」に近いものだ。
via:archdaily.com ©Johan Jansson
本間さんから今後のホテルや宿泊業の展望についてまとめていただきました。
「ホテルが持つ可能性ってすごく大きいと思っています。今までのホテルというのは非日常だったと思うんです。頑張ったご褒美に1泊2泊、良い所に泊まってみるというような。でも非日常だけじゃなくて、それを日常に持ってくるのが僕らの次のステージなんじゃないかと。日常をより良くしていく、より暮らしやすくしていく、日常の中でもいろんな人たちと話すことができる。そういうものがホテルを通してつくれたら、もっと世界は明るくなるんじゃないかと信じてます」
“あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を。”
Backpackers’ Japanのこの理念は、ホテルだけでなく街や暮らし方、生き方の未来へも広がっていくのかもしれませんね。
Part 4 Q&A:参加者から質問「本間さんにこれを聞きたい!」

参加者からは具体的な質問が相次いだ。
イベントの最後は、参加者のみなさんや応募段階で寄せられた本間さんへの質問にお答えいただきました。そのいくつかをご紹介します。
Q. 「ゲストハウスがオープンすることで、その地域がどのように変わったのかお伺いしたいです」
A. 「よくNui.ができて蔵前が面白くなったと言われるんですけど、僕らはあまりそうは思っていなくて、蔵前は僕らが行く前から十分に素敵な街だったと思います。ただ、外の人に『蔵前』の名前を紹介する役割を担えたと思います。旅行者という意味でもあるし、『倉庫をリノベーションしたホステルとラウンジ』という形に興味を持ったメディアの人たちが取り上げてくれた。それによって、蔵前に興味を持って新しい人がお店をつくったり、カフェをつくったりしたというのが成り立ちだと思います。
ホテルが街をつくるっていうのはちょっとおこがましくて、面白いと思ってる街に僕らが展開してるっていうのが本当の所。一生懸命やった結果、まちづくりに少し貢献している、というぐらいなんじゃないかと」

都内だけでなく千葉県や愛知県など遠方からの参加者も。宿泊業と本間さんへの注目度の高さが伺える。
Q. 「生きることと旅することの違いを教えてください」
A. 「根本的に2つは違うことだと思います。言葉の意味だけで言えば生きることは命を維持するということだし、旅をするというのは自分が住んでいる場所ではないどこかへ、一定期間訪れるということだと思うので。
ただ1つ言えるなら、オーストラリアを1年間旅した最後の1ヶ月位けっこう落ちていて、なんで旅をしたんだっけ?と内省していた時期があったんです。でも日本へ帰る日に、その時の友達が10人ぐらいサプライズで駅まで見送りに来てくれて。僕は感動して泣きました。何をするために旅をしたのか結局は分からなかった。けれど、その途中で良い仲間ができ、最後に自分を気持ちよく見送ってくれるなら、それで良いんだって思えたんです。
良い仲間っていうのは、ただ漠然と過ごすんじゃなくて、いろんな人と一生懸命話をしたり、何かに挑戦しながら進んで行くからできるもの。それで言うと、旅も生きることもきっと同じで。こいつらと一緒に生きていきたいという仲間と、何かを一生懸命するっていうのが僕にとっては大事。それが僕が死ぬ時に、良かったなぁと思えることだと思います」

時に哲学的に、時に科学的に、明快に語る本間さん。そのベースにはご自身の実体験がある。
Q. 「ホテルの集客などの取り組みで工夫されている点を教えてください」
A. 「あまりしていないと思います。もちろんFacebookページやインスタはやっていますが、プロモーション費は最初から今までずっとかけていません。基本的には来る人が広げてくれるのを待っているという形です。Nui.も最初の1年ぐらいはバーに飲みに来てくれる人がなかなか増えなくて、暇な日はスタッフ同士で飲んでいたぐらいなんです。
でも一方で、徐々に人気になっていくくらいのペースでいいんじゃないかとも思っています。流行ってしまうものは、廃れやすくなってしまうじゃないですか。だからちょっとずつ広がって行くのを大事にしたいと思ってます。
ただ、本当に僕らに興味を持ってくれた人が僕らのことを知れるように、『STORY FOR 5 YEARS』という5年間の軌跡を物語にしたものがあります。温かい人や僕らを好きだと言ってくれる人が集まってくれればいいなと」
>> STORY FOR 5 YEARS
https://backpackersjapan.co.jp/company/archives/category/story
Q. 「個室とドミトリーをどのように捉え、どのように組み合わせてホテルをつくってこられたかについて教えてください」
A. 「最初はあまり深く考えず、自分がオーストラリアで見たゲストハウスはドミトリーと個室が半々くらいだったのでそのバランスでつくりました。これからの話をすると、ゲストハウスって今の日本で『流行ってる』んだと思うんですね、カフェブームとかと同じで。それって危険で、ゲストハウスやドミトリーは世界の市場で見るとニッチなんですよ。僕もそうですが個室に泊まりたい人の方が多いんです。なので今後は、少しはドミトリーをつくるけれど90%は個室というようなバランスでやるんじゃないかと。
ただ、もし自分がドミトリーでやりたいという強い思いがあるなら、リスクと思いを天秤にかけてやられたらいいと思います」

Airbnbのホストや、すでに宿泊施設を運営している企業の方も参加。
Q. 「スタッフと向き合い一緒にやって行く上で、大事にしていることを教えてください」
A. 「共同創業者の宮嶌という女性が『一緒にご飯を食べよう』と、toco.の時からずっと言っているんです。彼女のお母さんが『おいしいご飯があったら人は悪いことはできない』といつも言っていたそうなんですね。だから僕らはいつも彼女のつくったご飯を一緒に食べながら事業を進めてきました。創業メンバーが4人いて、創業時はまあよく喧嘩したわけですが、どんなにシリアスなことがあっても食卓を一緒に囲むんです。話をしたくないと思っていても、おいしいご飯を一緒のテーブルで食べ続ける。あの頃を思うと、きっとご飯が僕たちの絆をつないでいてくれたのだと思います。
それは今、僕らの会社の制度の一部になっていて、採用条件の1つが『一緒にご飯を食べたいと思えるかどうか』なんですね。宿って24 時間だし、生活を共にする場所です。そこでどんなことがあっても一緒にご飯を食べたいと思うかどうかって、1つの重要な指針だと思うんです」

イベント終了後も参加者同士がWeWorkのロビーに残ってお互いの宿泊業について熱心に話し合っていた。
宿泊の未来と街との関係だけにとどまらず、私たちがこれから選び取りたい暮らしや生き方についてまでも、本間さんにたっぷりと語っていただいた一夜。Backpackers’ Japanが開く宿が次々に共感を呼び、人を集める理由が分かったような気がします。宿泊業を志す人たちがつくる場、そしてそこから街へ広がる輪が、ますます世界を素敵に変えていったらいいなと思えたイベントでした。
(取材・執筆/角舞子)
ゲストプロフィール

本間貴裕(ほんま たかひろ)氏
株式会社Backpackers’ Japan 代表取締役
大学3年の春に渡豪。帰国後は2つの学生団体の代表を務める。大学を卒業してから起業を決意。個人事業でたいやき屋をオープン。そこで得た資金を元に2010年2月に株式会社Backpackers’ Japanを創業。同10 月より東京は入谷にてゲストハウスtoco.を開業。2012年9月にゲストハウス2号店となるNui. HOSTEL & BAR LOUNGEを蔵前に、2015年3月に3号店Lenを京都に、2017年3月に東日本橋にて4店舗目となるCITAN(シタン)をオープンさせた。旅とサーフィンをこよなく愛する。
▼株式会社Backpackers’ Japan
https://backpackersjapan.co.jp/company/
▼1店舗目 ゲストハウス toco.
https://backpackersjapan.co.jp/toco/
▼2店舗目 Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE
https://backpackersjapan.co.jp/nuihostel/
▼3店舗目 Len 京都河原町
http://backpackersjapan.co.jp/kyotohostel/
▼4店舗目 CITAN(シタン)
https://backpackersjapan.co.jp/citan/
ウェールズの威厳に満ちた神話と合板のキャビン。ありえないような組み合わせをプレファブリケーションで実現したポップアップ・ホテルが2017年の夏に現れました。洞窟のゆらぎを感じる不思議な小さな空間は、グランピングの隠れ家にぴったり。組み立て家具のようにパーツをはめ込んで建築されました。
「アーサーの洞窟 (Arthur’s Cave)」と名付けられたこのキャビンは、ウェールズ政府観光基金の助成によるグランピング・キャビンのコンペティション「エピック・リトリート」で選ばれた8作品の一つ。デザインは、イギリスの建築事務所、ミラー・ケンドリック・アーキテクツによるもので、建築は合板プレファブリケーションの専門知識を持つEJ RYDERが担当し4週間で完成させました。
8つのキャビンは2017年のサマーシーズンに、カステル・イ・べレにポップアップオープンし、その後リーン半島に移動。プロジェクトの模様は、イギリスのドキュメンタリー番組でも取り上げられテレビ放映されました。
ミラー・ケンドリック・アーキテクツは、2015年にポール・ミラーとマイケル・ケンドリックが設立した新しい建築事務所。イギリスのウェスト・ミッドランズに拠点を置き、効率的で低コストな、持続可能な建築の革新的なメソッドを探求しています。
ウェールズの神話と伝統をテーマにしたコンペで、ミラー・ケンドリックは、アーサー王と騎士たちが隠れたという洞窟をイメージ。ラグジュアリーとポップアップという矛盾しそうな要素を、合板を効果的に使ったアプローチで見事に両立させました。
黒い岸壁を思わせる外観の「アーサーの洞窟」のインテリアは、合板が肋骨のように波打ってビジターに神秘的な隠れ家気分を味あわせてくれます。CNC(コンピュータ制御工作機)でカットされたバーチ材の幾枚もの合板が、ジグソーパズルのようなジョイントを使用して緊密にはめ込まれ、あばら状に模様を描きながら高い耐久性を実現しています。ウェールズの伝説からインスパイアされたコンセプトに、現代の建築技術を組み合わせたユニークなデザインと言えます。
12平方メートルという限られたスペースの内部には、薪ストーブのあるリビングエリアの背後に、キッチン、バスルーム、ダブルベッドを備えた寝室が、巧みに目かくして配置されています。シンクやバスルームなどの設備を含む内部の建築素材は、すべて合板のみというシンプルさ。
ほとんどをガラス張りにした明るいエントランスからは、アウトドアのランドスケープがゆったりと楽しめます。カスタムメイドのランプスタンドも、インテリアを反映した蛇腹のようなデザイン。こういうディテールへのこだわりって意外と重要です。
建築資材にはウェールズ地産の材料が使用されています。外壁を覆うカラマツの板は、エスゲール商用森林で伐採した木材を隣接するマッキンレーの製材所で加工、黒く染めてエージング風に仕上げました。挿入されたウール断熱材も近隣のタイマウル産の羊毛を利用しています。ローカル経済に寄与するのも持続可能性の一部という考え方です。
バスルームでは、常温の水に加えてホットウォーターも利用可能。太陽光発電で作動するLED照明、コンポストトイレも備えています。ミニマルながらも、グランピングには十分な設備のオフグリッドキャビンとなっています。
「アーサーの洞窟」の建築費用は明らかにされていませんが、CNC加工した合板とパズルのように組み立てられる工程から、かなりの低コストを実現しているように思えます。
デジタル制御でプレファブリケーションできるタイニーハウスなら、データと設計図さえあればDIYでも建築できるメリットがあります。「アーサーの洞窟」のデザインは、近い未来の住宅建築フローの参考になる例ではないでしょうか。
Via:
archdaily.com
millerkendrick.co.uk
ejryder.com