【対談】自由で幸せな国。北欧の豊かな暮らしを日常に。イェンス・イェンセンさん×YADOKARI|100 PEOPLE 未来をつくるひと。(VOL.004)
YADOKARIメンバーが未来をつくるひと100人に会いに行く対談企画「100 PEOPLE 未来をつくるひと。」VOL.004は、デンマーク出身で日本コロニヘーヴ協会・代表のイェンス・イェンセンさん。
神奈川県鎌倉市の築40年の民家を、自分のペースでゆっくり時間をかけて改修して暮らしたり、神奈川県小田原市の近くにあるコミュニティガーデン「コロニヘーヴ」の活動を通じて、北欧の料理やデザイン、DIYなど、手しごとの良さを感じられる北欧のライフスタイルを提案しています。
なぜか惹かれてしまう北欧ですが、その暮らしの豊かさについて、YADOKARI代表兼プランナーのウエスギセイタが聞きました。(進行・構成 増村江利子)
イェンス・イェンセンさんプロフィール
デンマーク出身。一般社団法人日本コロニヘーヴ協会・代表理事。 デンマーク式コミュニティガーデン「コロニヘーヴ」を日本に広める活動として、2010年「日本コロニヘーヴ協会」を設立。2児の父。
家が主役ではなく、庭が主役。
バルト海と北海に挟まれた島々からなるデンマーク。人口600万人の小さな国、デンマークのコミュニティガーデン「コロニヘーヴ」は、週末にゆっくりと過ごすための、小屋つき庭のこと。花や野菜や果樹を育てるのはもちろん、芝生で昼寝をしたり、小屋で読書をしたり、焚き火を楽しんだりと、いろいろな楽しみ方があります。
イェンス・イェンセンさん(以下イェンス) 「コロニヘーヴとは、集合体を意味するコロニーと、庭を意味するヘーヴから生まれた言葉。つまり、庭のコミュニティですね。デンマークでは、小屋つきの庭が20〜30区画集まって、ひとつのコロニヘーヴになっています。
都市部のマンションに暮らしているなど、庭を持っていない人のための庭だけど、そこに小屋があるのが特徴。日本の市民農園と違うのは、庭を眺めながらゆっくりとお茶を飲んだり、バーベキューをしたりと、もっとレジャー的な使われかたであること。小屋があるので別荘的ではあるけど、家ではなく、あくまで庭が主役なんです。」
YADOKARIウエスギ(以下ウエスギ) 「一昨年フィンランドに行ったんですが、北欧の夏は短いので、夏を思いきり満喫するために、家族と自然の中でバカンスを楽しむんですよね。」
イェンス 「そうですね。スウェーデンではコロニー、ドイツではクラインガルテン、イギリスではアロットメント・ガーデン、ロシアではダーチャと、それぞれ名称は異なるけど、デンマークにおけるコロニヘーヴと基本は同じ。それらの庭には小屋があるので、夏はそこで過ごします。」
ウエスギ 「週末やバカンスは、家族と自然の中で過ごすというライフスタイルなんですね。」
イェンス 「コロニヘーヴの小屋は、豪華ではなく、とても質素。上下水道はあるけど、電化製品もあまりない。とにかく最低限のインフラしかないんだけど、さっきも言ったとおり、家が主役ではなくて庭が主役だからね。
5月から10月の間はコロニヘーヴの小屋に住んでもいいという法律があって、夏の間は小屋から出勤したりする。ほかにも、コロニヘーヴのある土地は更地にしてはいけないという法律ができるくらい、国民にとって重要なものとして位置づけられています。
公共・私立のコロニヘーヴがあるけど、使用料はデンマークのコロニヘーヴ協会が定めていて、平均は年間20,000円〜30,000円くらい。どうしてそんなに安いのかというと、別荘のように“所有”することはできないから。公園と同じように、市民の場として提供されているんです。」
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自然の中で手を動かして、生きる力を取り戻す。
ウエスギ 「イェンスさんは、神奈川県小田原市の近くでもコロニーヘーヴをつくって、その場所をオープンな場にしていますね。」
イェンス 「仕事でデンマークから東京に引っ越したものの、都内には緑がない。コロニヘーヴが欲しくて探したんだけど、なかったんです。だから自分でつくるしかないなと思って。小田原の土地に出会ってコミュニティガーデンをつくり始めました。
とはいっても、たくさんの区画が集まるコロニヘーヴとは異なり、あくまで1区画。自然の中で過ごす遊びかたを広めたいと、月に1回オープンデーをつくり、みんなで庭の手入れをしたり、ピザ釜でピザを焼いたり、草木染めワークショップをしたりと、いろんな人が出入りして、みんなで楽しんでいます。」
ウエスギ 「みんなで集まって、自然の中で手を動かして。とても楽しそうです。ひとつの庭から、新しいコミュニティができていますね。」
イェンス 「オープンデーは、すぐに毎回満員御礼になってしまう。自然の中で遊ぶことを本質的に求めているのでしょうね。通勤のための満員電車を見ると、それはそうだなと。
日本の社会保障はデンマークのように整っていないので、その役割を大手企業が担っていたりする。だからどうしても大手企業に勤めていれば老後が安心という考えになりがちなんですよね。」
ウエスギ 「3,000万〜4,000万円くらいの新築住宅を35年ローンで払うために満員電車に乗る、という人はたくさんいますね。」
イェンス 「デンマーク人は、稼ぐために働くのではなく、本当に好きなことを仕事にしていますね。僕が特に感じているのは、時間の大切さ。いくらお金があっても時間は買えない。週5日働くのはいやだなと思って、以前の勤務先では、金曜日を休みにしてもらったんです。週休3日。その分収入は減るけど、ゆとりのある生活ができるほうが豊かだと思います。
それからデンマーク人は、基本的に残業はしないですね。する人もいるかもしれないけど、夕方には家に帰って、家族で夕食を食べるのが当たり前。時間ではなくて、アウトプットの質を重要視しているからね。
会社という組織に依存するのではなく、自分で『生きる力』を身につけて、仕事をもらうのではなく、つくるほうが安心だと思う。僕は、収入がゼロになったとしても生きていく自信がついてきたかな。」
ウエスギ 「日本は先進国なのに、『生きる力』だったり、暮らす知恵や住まいのリテラシーが低いような気がします。3.11以降、意識が変わったという人は多いかもしれません。」
イェンス 「震災はひとつの大きなきっかけになったね。コロニヘーヴは、住まいと場所を変えることで自然に触れる機会をつくる役割もあるけど、小屋づくりを通してDIYスキルが身につくのもいい。家だと自分でリノベーションをするのはハードルが高いけど、小さな小屋ならいろいろと実験ができるからね。
デンマークでは、暮らしの中に当たり前のようにDIYの文化がある。学校の授業で木工や縫い物を学んだり、手をつかう授業が多かったり、両親が自分たちの住まいに手を入れている風景を日常のものとして見て育つことは大きいね。」
ウエスギ 「デンマークには、いろんな世代の人が集まって、アートや伝統工芸、経済学、ジャーナリズムなどを先生も生徒も同じ校内に一緒に暮らしながら学ぶというフォルケホイスコーレという学校がありますよね。そこでは入学試験も卒業試験もなくて、成績もつかない。学びたいから学ぶという、まさに『生きる力』を身につけるための学校なのかなと。」
家が小さくなれば、もっと豊かになる。
ウエスギ 「ところで、僕らは、家を小さくすることで、家にお金が掛からないだけでなく、自分でDIYをして家づくりを楽しんでできるようになるなど、今よりもっと暮らしが豊かになるんじゃないかと考えているのですが、どう思いますか?」
イェンス 「確かにそうですね。無理に小さくすることはないかもしれないけど(笑)。日本とデンマークでは敷地と建物に関する考え方がまったく違います。日本は、建物が敷地いっぱいにつくられている。デンマークは、敷地に対して建物が小さい。必ず庭をつくるからね。家を小さくすることによって庭の面積が増えるなら、小さくしたほうがいいという考えだね。
例えば建物が100㎡くらいだとしたら、庭は少なくとも300m㎡くらいの広さがある。建物に対して、庭は3〜4倍の広さ。庭と住まいの関係性がとても大切で、家の中からどんな庭の景色が見えるか、庭でどんなふうに遊べるかを考えている。アウトドアリビングといって、庭もひとつのリビングとして捉えているんです。焚き火をしたり、スモークチーズをつくったりする場所って、都内にはないでしょ?」
ウエスギ 「キャンプ場に行かないと、焚き火はなかなかできないですね……。」
イェンス 「日本人の家に関する考え方は、すごく変だなと思う。日本の普通の家は2,000万円くらいで、土地は同じ2,000万円くらいだけど、家は25年くらいしかもたない。ローンの支払いが終わる頃には、またローンを組んで建て直さないといけない。これでは豊かにならないよね。
デンマークでは、同じ住宅購入に4,000万円かけるとしたら、3,000万円が家、1,000万円が土地。日本では半々か、もしくは逆ですね。デンマークでは、建物自体は一度建てたらあとはセルフビルドで、土地を買うという考え。修繕や改築コストを抑えて、自分たちでなおしたりつくったりして、経年変化を経てどんどんいい家になる。そのほうが豊かでしょ?」
デンマークの豊かさは、どこにあるのか?
ウエスギ 「北欧は、IT先進国として最先端のデジタル技術を持ちながらも、人々の暮らしは基本的にはシンプルで質素というイメージがあります。モノやサービスを使い捨てる、いわゆる消費をする生活とは一線を画した価値観を持っているというか。
僕は北欧のアンティーク家具が大好きなのですが、家だけでなく、家具や食器などは代々受け継いで大切に使っていく。壊れても修理したり、買い足したりして使い続ける。デンマーク人が持つ豊かさを日本人も持つようになるには、どうしたらいいのかなと考えていて。デンマーク人と日本人の性質で大きく異なる点は何ですか?」
イェンス 「前提として、デンマーク人は議論をするのが大好きということかな。日本人は議論をするのがあまり好きではないね。」
ウエスギ 「例えば夫婦間にしても、男は黙って……というか、我慢するのが美徳ということもありますね。」
イェンス 「この間、デンマークのラジオ番組で、オンエアでうさぎを屠殺して、家で子どもと一緒に捌いて、夕食でいただく……という内容の放送があって、大騒ぎになったのね。デンマークでも反対する人はもちろんいるし、世界中のメディアが驚いた。
でもこれは、問いなのね。子どもたちは、肉がどのような過程を経て食卓に並ぶのかをあまり知らない。だから、議論を起こしたいと。」
ウエスギ 「なるほど。“対話”をするための、問題提起なんですね。対話を重ねることに慣れていると、自分の意見をあまり出さない日本人の気質にイライラすることもあるんじゃないですか?」
イェンス 「時々ありますね(笑)。もっと対話を重ねたほうがいい。お互いの考えや主張を対話によって深めていった結果、より自分の意思や主張を確立していけるし、自分の意見を持つことが自立につながっていく。どんなシーンでも、何か小さな疑問を見つけたら、それを声に出して言ってみることは大事なんじゃないかな。」
ウエスギ 「対話が生まれて、シェアをして、そこから大きなうねりが生まれれば、大きな議論になるかもしれない。事を起こすには、声を出して言うということから始まるんですね。」
イェンス 「そうですね。日本は、デンマークと比べると国としてのインフラが整っていない部分がたくさんあるけど、それはみんなが政治に対して無関心だからそうなってしまうんだよね。ちゃんと選挙に行って投票すれば社会は変わるはずなんだけど、行かないから結局変わらない。
政治は、すごく大事だよ。デンマークの若い人たちはみんな積極的に選挙に行っている。議論もするし、選挙にも行く。投票率は80%以上かな。日本の投票率は40%くらいでしょ。」
ウエスギ 「そこには、成熟度の違いがあるような気がしますね。デンマークの人々には、豊かさは、自分たちでつくっていくものだという意識がある。そして、対話を重ねながらも、お互いの意思を尊重し合うというアイデンティティがありそうです。」
イェンス 「ウエスギさんたちのように、これからの豊かさはどこにあるのか?と社会に対して問題提起をすることも大切だね。対話を重ねて、お互いに影響を受け合って、一緒に成長していける社会をつくれたらいいですね。」
北欧の暮らしは、なぜ豊かなのでしょうか。一人当たりのGDPも高く、治安も環境対策も教育水準も世界トップレベルと言われるのに、労働時間は世界最低水準。
デンマークの人々が持つ自立心の強さは、 自然の中でゆっくりと自分自身と向き合い、人と対話を重ねることから生まれるのかもしれません。
コロニヘーヴの魅力について、「やっぱり青空や自然には、どんな人でもリラックスさせてくれる力がある」と語るイェンスさん。自然の中にいると、不思議と心が解放され、会話も生まれてきます。
思い立ったら、週末には郊外へ足を運んで、思いっきり自然の中で遊んでみてはいかがですか?
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