第6回:生きる芸術「ある夫婦の冒険とその作品」| 芸術は、生きる技術
こんにちは、夫婦でアート活動をする檻之汰鷲(おりのたわし)こと、石渡のりおです。今日は、夫婦で一緒に作品をつくり、活動することについてお話します。
檻之汰鷲(おりのたわし)誕生
ぼくら夫婦が2人で一緒に作品をつくるようになったのは、野外フェスティバルで出会った老人の言葉でした。会場の端でタバコを吸っていると、ひとりの老人が話しかけてきました。
「どうだい?このイベントは楽しいかい?」
ちょうど、雨が上がったので天気をきっかけに世間話をしました。老人はそのイベントの主催者でした。会話が弾むと、名刺を出して、来年も遊びに来なさいと誘ってくれました。別れ際に、老人はこう言いました。
「あんたらいい夫婦だ。長続きの秘訣を教えよう。」
雨上がりの太陽が老人を照らしました。
「共通の趣味を持つことだ。」
その言葉は、しっかりとぼくの心に響きました。
それから、夫婦で作品をつくるようになりました。
A and E | 2010 Tokyo, Japan
アートと生きることは無関係なのか?
始めた頃は、それぞれ別々に仕事を持っていましたので、帰宅した夜や、休日に作品をつくっていました。個展を開催したり、グループ展に参加したりもしました。しかし、作品はほとんど売れませんでした。
ぼくが、生きることや作品をつくることについて、ほんとうに考えるようになったのは、2011年の東日本大震災がきっかけでした。震災と原発事故によって、それまでの価値観が壊れたようにみえました。それまで「幸せ」や「豊かさ」と呼ばれていたものが、誰かの犠牲によって成り立っていたことを知りました。
今までと同じ生活をしていれば、同じことの繰り返しで、誰かを非難しても何も変わらず、自分ができることをやるしかない、行動してみるしかない、そう考えるようになりました。そして、いまこの時代に生きている他の国の人たちは、どんな暮らしをして、何を考えて生きているのか、猛烈に知りたい気持ちになりました。それで、嫁とアート作品をつくりながら旅をしてみることにしました。
それは、いままでしてきた仕事を止めて、いままでの生活を止めることでした。よく決心したね、と言われますが、ぼくはある日、家の前で拾った紙切れを大切にしています。なぜなら、そこにはゲーテのこんな言葉が書いてあったからです。
財を失うことは小さく失うことである。
名誉を失うことは大きく失うことである。
勇気を失うことはすべてを失うことである。
絵を売ること
旅を始める前に、どうしてもやるべきことがありました。それは作品をお金に変えることでした。
まず展示会場を探しました。作品を持っていろんな場所に行きました。ちょうどその頃、友達が、新規オープンするバーのスタッフをやる予定で、お店に飾る作品が欲しいと言ってくれました。すぐに候補の作品を持って、そのバーのオーナーに会いに行きました。
オーナーは、「これは芸術じゃない、デザインだ。」と、作品を見るなり否定的な態度で言いました。ところがオーナーはテーブルを囲んで話しをしてくれました。
「幾らで売りたいんだ?」
「5万円です。」
「どうして5万円なんだ?」
「ほんとうはもっと高いです。」
「それじゃ説明になってないな。」オーナーは話しを続けました。
「いいか、絵ってのは、その昔、お金の代わりだったんだよ。美という字をみてみろ、羊がいるだろ。昔は、戦争や災害があっとき美術品をまず持って逃げたんだよ。それで羊と交換したんだ。絵には、交換できる、それだけの価値がなければいけないんだよ。」
絵を売りたいぼくは、すっかりこの話しが気に入りました。絵は貨幣だったのです。そこに絵を売るヒントを発見しました。自分の作品を貨幣にすることにしたのです。
贋金づくり
それまでは、高く売れるなら売れるほどいいと考えていたので、価格を決められませんでした。お金は、すべての商品やサービスと交換できます。絵を売るということは、そのすべてと比較されることです。例えば、1万円分の食事をしたら、どれだけの料理が食べられるのでしょうか。本を1万円分買ったら、どれだけの知識と愉しみが手に入るのでしょうか。リンゴひとつ、お腹が減って喉が渇いている状況で食べたら、それにはどれだけの価値があるのでしょうか。
個展に来てくれる人、絵を買ってくれるだろう人を想定して値段をつけました。「贋金づくり」と題した個展は、1万円から5万円の28点の作品を展示して、例のオーナーのお店で開催することになりました。初日に作品は完売し50万円をつくることに成功しました。
アートの価値とは何か?
旅をすることは、移動をすることです。持ち物をやたらに増やすことはできません。ですので、旅しながら作品を売ること、つまり誰かに所有してもらうことは、重要な課題になりました。つくった作品を愛してくれる誰かを探さないといけないのです。
イタリアではアスコリピチェーノという人口5万人の小さな街に2ヶ月間滞在しました。街の中心まで歩いて1時間ぐらいありましたし、イタリア語も着いてから勉強を始めたのでコミュニケーションに不自由しました。だから1ヶ月以上も友達ができませんでした。夫婦2人でレジデンスに籠って作品をつくり続け、友達は犬のリロだけでした。
滞在して1ヶ月ほどすると、アーティストインレジデンスのホストが街の本屋さんに、展示場所をみつけてくれました。初の海外での個展が決まったのです。しかし、たまたま本屋でみた作品を誰が買ってくれるのでしょうか。そう考えるうちに、そもそも自分の作品の価値が、どれくらいなのかを試してみたくなりました。つまり、お金以外のものと交換したら、それは何になるのでしょうか。
「アートの価値とは何か」とタイトルをつけ、作品をお金以外のものと交換します、と張り紙をして、箱を設置し、街の本屋さんで個展を開催しました。数日して箱のなかを覗くと、幾つかのメモが入っていました。希望する作品と交換のアイディアが書いてありました。連絡を取って、本屋で待ち合わせして、そうやって作品を愛してくれる人たちと出会っていきました。
作品は、こんなものと交換されました。
シッビリーニ山へのハイキング
カップルとダブルデート
レストランで家族とのランチ
週末のホームパーティーへの招待
お婆さんの手編みの刺繍
お母さんの手料理
畑で採れた野菜山盛り
ディナーへの招待
彫刻家による彫刻のレッスン
交換してくれたものを受け取ることは、時間を一緒に過ごすことでもありました。つまり、それは人に出会うことでした。ひとりも友達がいなかった1ヶ月半から状況は一転して、最後の1週間は人に会うことで大忙しになりました。
何かを探している時に別の何かをみつけること
ぼくら夫婦は、アート・ギャラリーに所属していません。だから、自分たちで作品を買ってくれる人とコミュニケーションをしています。
ある日、バルセロナで、作品を買いたい人がいました。€100ぐらいの小さい作品が欲しいとオーダーしてくれました。作品が完成するころ、その彼がやってきて言いました。
「公共料金を支払ったら、お金がなくなって、ごめん。だから、今回はやめるよ。」
お金を受け取れないことよりも、その作品のオーナーがいなくなるのが残念でした。
気を取り直して、歩いて海に行くと、途中の道に€100が落ちていたのです。周りを見渡しても誰もいませんでした。ぼくは、作品が彼のところに行きたがっているんだと思いました。その€100を拾って、作品をオーダーしてくれた彼にプレゼントすることにしました。お金を落とした人には、別のラッキーが起こっていることを願いながら。
ある夫婦の冒険と作品
ぼくら夫婦は、体験したことを作品にします。バルセロナでは、何度もボートを漕いで地中海を遊びました。あまりにも海とボートが好きになってしまい、海をモチーフにした作品をつくりました。「海(うみ)」の言葉の響きからタイトルを「UMI -Create, birth, sea-」にしました。
海-UMI-Birth,Create,Sea
80cm×61cm paper,painting,on wood
2013 Barcelona,Spain
その作品を買ってくれた女性が、数カ月後、妊娠したことを知りました。ぼくらは、「つくる・産む」と付けたタイトルと一致した出来事に興奮しました。さらに数カ月して、その子供は産まれました。
その子供の名前を聞いて驚きました。大海原でボートを漕いで冒険するような人間になって欲しいという願いから、作品をつくった経緯も説明していないのに、櫂人(かいと)と名付けられたのです。そんな偶然が起こったのです。
この世の中には、言葉で説明できないことがたくさんあります。ぼく自身のみならず、すべての人間が生れてきたこと、どうして人間がいるのか、それもわかりません。でも確かに、この瞬間にも、世界中の至る所で人間は生きているのです。ぼくら夫婦は、なにかが「生れる・起こる」そんな偶然に、芸術を感じずにはいられません。
すべての作品は、ぼくらの子供です。その子供たちが、作品を見た人や触れた人に、ちょっとした奇跡を起こすのが、楽しみで、それは、愉快なイタズラのような魔法です。そこで、今回は、みなさんの人生が、「うまくいく」ことを願い、この作品をつくってみました。
馬9行(うまくいく)-Nine horses go on
60cm×60cm,Painting,Collage on wood
2014|Tokyo,Japan
お知らせ
9月27日(土)から10月3日(金)まで、東京代官山のレストランUNICEで「ある夫婦の冒険と作品」と題して個展を開催します。
旅でつくってきた作品と新作を展示します。会場はレストランですので、座って食事をして、コーヒーなんか飲みながら、ゆっくり鑑賞できます。
また10月3日の夜には、クロージング・パーティーも開き、そこでは、旅の体験談をトークしたり、オークションも開催します。代官山UNITのイベント・スペースもつかって、所縁ある音楽家たちのパフォーマンスも楽しめますので、どうぞ、みなさん足を運んでみてください。