石からトースターをつくった男 トーマス・トウェイツの挑戦

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Via:thomasthwaites.com

現代社会の生産システムは、何ごとにおいてもハイスピードかつハイセンス。たとえ会社で手におえないことがあっても、他の会社に下請けさせれば済む。どこかの専門家が駆使した技術、どこかの発展途上国に生きる人々の労働力。それらが次々と性能の良い安価な商品を生み出していく。享受する側は、この商品がどんな流れでつくられ、どんな仕組みで動いているかなんて、分からなくても生きていけるのだ。それは確かに便利ではある。しかしそうした他人任せの構造がループして、人間の脳は結局、何かを「ゼロ」から自分の力で創造することに不慣れになってはいないだろうか。

「いったい、どうやったら石ころがトースターになるんだ?」

デザイナーのトーマス・トウェイツは、「ゼロ」からトースターを作ったイギリス人として有名だ。彼は数年前まで、自分の成し得たこと、すなわち「トースターを自力で作ったよ!」という武勇伝をあらゆる場所(大学やTED)で披露していた。そしてまで出版した。たかだかトースターをつくるというだけでなぜ?とお思いだろうか。しかし、自力でトースターをつくるという、笑ってしまうほど面倒くさいことを成し得た彼の偉業は、実際多くの人々の称賛に価したのだ。

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トースターの内部には、発燃体を包んでいる銀色のシートがあるそうだが、これはマイカと呼ばれる天然の鉱物からできている。上の写真は彼がそれを手に入れた時のもの。一日中歩き回ってやっと見つけたマイカを片手に、少し疲れ気味だが、喜びもひとしおのようだ。

確かに現実問題として、日用品であるにも関わらず、そこに用いられている専門技術と僕らの知識があまりにかけ離れているというのは寂しいものだ。毎日使う物なのに、その一つ一つが僕らにとっては未知のブラックボックスである。だからトウェイツは真正面からこう問いかけた。「いったい、どうやったら石ころがトースターになるんだ?」と。そうして、彼の9カ月のプロジェクトは始まったのである。

 鉄、銅、ニッケル、プラスチック

トウェイツは、試しに実際のトースターを買って、分解してみた。するとそれは最低でも157のパーツに分けられ、少なくとも38種類の材料が使われていたという。彼はそこから絞りに絞り込んで、とりあえず今回用意すべき材料は、先ほどのマイカのほかに、鋼鉄、銅、ニッケル、プラスチックということに決めた。

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まず鉄だが、トウェイツは南ウェールズにあるクリアーウェル鉱山に出向いて鉄鉱石を入手した。その後、図書館で色々と調べて、16世紀風の「溶鉱炉」を再現し、そこから鉄を抽出しようとしたがあえなく失敗。結局、電子レンジを駆使して精錬することにした。

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銅は、ウェールズ北部にある採掘場に赴き、なんとそこに溜まってる水を持ち帰り、電気分解して取り出したそうだ。ニッケルは、これまた面白いが、eBayで手に入れたカナダ通貨を熱して、伸線機で伸ばしワイヤにしたという。

トースターのケース部分を担うプラスチックは、石油の段階から用意するのは難しかったので、破棄されたプラスチック製品を溶かして再利用することにした。それを、一週間以上かけてくり抜いた木の型に流し込んで固め、こうしてトースターの外観も仕上がった。

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物の価値とは

さて、これらを組みあわせて、トウェイツのトースターは無事完成した。では、最終的に彼は第二のエジソンになり得たかという話だが、結局そのトースターはとてつもない代物だった。

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カバーをかぶせると…

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陳列棚に並べると…

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その後、このトースターがちゃんと作動したかといえば、スイッチを入れた後、かろうじて少しの間温まったが、その後発熱体が暴走し始め、回線が壊れ、トースターは最期を迎えたという。それでも、この「作品」に彼がどれだけのお金と労力を費やし、また一方で、商品棚にはどれだけ大量の安価で万能なトースターが並んでいるかを考えると、彼のトースターにはやはり現代人への強いメッセージ性がある。

便利すぎる世の中で、誰かがいつの間にか用意してくれた物を、僕らは何気なく利用する。でも、製品の始まりというのは陳列棚にあるわけではない。トウェイツにしてみれば、ロンドンのカフェに座っていて見える世界の大部分のものは、もともと「世界各地の地底に埋まっていた石ころや油」なのだそうだ。1920年代のモンパルナスのカフェに座っていた芸術家連中の誰がこんな見方をし得ただろう。時代は変わったものだ。そして技術も進化した。

大量生産、大量消費がこれだけ当たり前になった世界で、物を大切に扱えといっても、それは抽象的すぎる話だ。だからこそトウェイツもいっているように、「学生時代に、トースターを、電気ポットを、電子レンジを組み立てる経験をするのはいいかもしれない」。人は所詮動物で、結局身体を動かさなければ、学ばない生き物だ。トースター1個を作ることが、どれだけ大変かを学べば、僕らは商品に注がれた技術の恩恵や目に見えない労働力の存在に思いを馳せることができるだろう。何かを選んだり買ったりするとき、そういう時間を少しは持ちたいものだ。それは、人口が増加し、資源は尽き、自然環境が急変する現代に生きる僕らにとって、実に大切な態度ではないだろうか。

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参考文献:「ゼロからトースターを作ってみた」 飛鳥新社 トーマス・トウェイツ 著/ 村井理子 訳