新・陰影礼賛
建築家の手がけた今どきの住宅は良くできている。
YADOKARIで紹介されている家はみな素晴らしい。主に、外観写真が中心だが、内装も良い。効率重視で天井の真ん中に照明を据えるのではなく、間接照明や照明との間に仕切りを挟む直接間接照明とでも言うようなしかけになっていて、光を和らげるようにしてある。こうやってまぶしさを遮ってこそ、住む人は家でくつろげるのである。
「無くしてしまえば良い」では解決しない
その建築家の努力を無にするのが、各種のモニター。大はテレビから、小はタブレット、スマホである。 ブラウン管から液晶テレビに置き換わり、筐体のデザインはスタイリッシュに洗練されたけれども、 それ自体が、建築となじまないから、モデル写真の段階では設置されていない。宮脇檀が「映らなくても良いから、格好の良いテレビをくれ」と言っていた時代とあまり変わらない。
むしろ、住み手にとっての事態は悪くなっている。職場ではPCの画面とにらめっこだし、移動中もスマホやタブレットで情報を収集する。携帯電話だとて侮ることなかれ。なにしろ、東日本大震災の停電の折には、懐中電灯の代わりとして大活躍したアイテムである。 なので、起きている間中、発光体を眺めているに等しい。おまけにハイビジョンテレビは「これ見よがし」の美しさで、家電量販店の店頭で他社製品を蹴落とすべく、非常に明るく設定されているし、その状態でこそ、パフォーマンスを発揮するように作られている。テレビは、建築家の照明デザインをないがしろにし、住み手のくつろぎにとっても敵である。
だから、テレビの設置をどうするかは、難しい問題だ。海外のリゾートホテルは家具の中に収納するし、日本を代表する高級旅館である俵屋では専用の押し入れを設けて、その存在自体を隠す。そのくらいテレビは、「くつろぎ」にとっては邪魔なものである。
だったら、自宅にテレビなど持たなければ良い。今どきの民放テレビは見るに値する番組などないし、テレビCMが消費をリードする時代はとっくに終わっている(テレビのCMを見て、その影響で商品を買ったことなど、もうないでしょ?)。見るのは、ニュースとスポーツ番組くらいのもの。であれば、前者は、ワンセグケータイかタブレット端末で事足りるし、後者を楽しみたければ、スポーツバーに行って超大型画面を囲んで、同好の士と楽しく盛り上がれば良い。と割り切るのも一つのライフスタイル。「陰影礼賛」としゃれ込むのも悪くない。
ところが、ワンセグケータイやタブレット端末といえども、バカにできない光量を持っている。時差ぼけ調整に強い光を見て眠気を飛ばすように、これらを寝る前に見ると、 身体が覚醒に向かってしまい 入眠しづらくなる。モニターをどうするかは、「無くしてしまえば良い」では解決しない。
モニターは置きたくないし、その光を浴びたくないけれど、情報収集にまた娯楽のためにモニターはあったほうが良い。なにしろ、レンタルDVDが一枚100円を切る。あるいは、スマホと連動で、番組や映画をダウンロードして見る便利を取っても、300円かそこらである。名画や名番組が廉価で見放題と言っても良い恵まれた時代である。こうした映像を楽しむには大画面のモニターがあったほうが良い。
情報社会に適応し、かつ、心安まる暮らし
この二律背反を解消するには、プロジェクターを使うと良い。正確には、プロジェクターの進歩をもう少し見極めてから導入すると良い。天井から吊れば、部屋のレイアウトの邪魔にならないし、反射光だから目に優しい。スクリーンは要らない。オーディオ&ヴィジュアル系の雑誌は、また、家電量販店はスクリーンとのセットを前提にしているけれど、白い壁があれば事足りる。ただし、幸か不幸か、壁面の材質は問われる。建築家が忌み嫌うビニールクロスに投影すると、画面を通して、壁の安っぽさが際立ってしまう。上質の壁紙か塗装が必須(ミラノのスカラ座では、レースのカーテンを軽くたわませてスクリーンにしてました。上手すぎて脱帽。私にはとてもマネできませんが、センスと布扱いに自信のある方はどうぞ)。せっかくの建築をコストの面から台無しにしてしまいがちな安物の壁紙を使わない分かりやすいメリットを施主に提示できる建築家の心強い味方だ。また、住み手にとっても、現代的な「陰影礼賛」を実現しながら、情報社会に適応し、かつ、心安まる暮らしができる。
(余談だが、本家の『陰影礼賛』の世界は、大阪の信号機に辟易した谷崎が「京都に交通巡査が立つようになってはもうおしまいだとつくづくそう思った」時代の話なので、その見識に習うことは多いが、21世紀の都市生活者には望むべくもないことである。)
ただ、今のプロジェクターは重く、かつ、ランプの寿命が短い。なので、天井から吊るのは地震の際に心配だし(下手をすれば、その下に寝ているわけですし)、ランプの交換は手間であり交換部品が高い。なので、今のところは好事家のアイテムに止まっている。こうした懸念を解消するのがLED式のプロジェクター。まだ、高価だったり、光量が不足していたりと懸念材料が多いが、技術の進歩で数年のうちに解消されること。
ちなみに、スマホやタブレットからワイヤレスで画像も転送できるように、プロジェクター全体が進歩しているのも心強い。煩わしい配線やそれといちいちつなぎ直す面倒も起きない。
住み手が活力を取り戻すには、くつろぎと熟睡が欠かせない
シャープとLIXIL(リクシル)が、ヤマダ電機と住宅メーカーやリフォーム会社と提携している現在であれば、 こうした優れものの登場まであと少し。当然、部屋のレイアウトは、 居住者がメインモニタであるプロジェクターを使うのは、夜だけか、朝昼も使うのであれば、投影面は太陽光が当たらないようにするとかで変わってくる。プロジェクターを吊るには天井自体に強度を持たせるとか、それを前提に梁を組むとか、天吊り金具も現状は一脚だけど、地震を考えれば、四脚タイプが良いとか、建築家や家を建てたいと思っている人は、頭の隅に止めておく必要があるだろう。
住み手が活力を取り戻すには、くつろぎと熟睡が欠かせない。そのためには、インテリアと家電のトータルコーディネートがいる。 「どこか」が製品を出してくれるのを待つのではなく、もっと積極的に、その手助けをする家のあり方を YADOKARIから家電メーカーに提案しても良いかもしれませんよね。