第6回:無職透明エクソダス|元新聞記者の、非日常生活。【上毛町みらいのシカケ編】

平野部が霧に覆われて神秘的な雰囲気に。上毛町にて、2015年秋。
平野部が霧に覆われて神秘的な雰囲気に。上毛町にて、2015年秋。

<前回までのあらすじ>
あな悲しや、ブラジルのジャングルを走って帰国後に待ち受けていたのは無職という現実であった。「いいとこあるよ」。知人の紹介で、無職透明にして色彩を持たない若岡は、なんとか仕事を見つけて福岡県に出稼ぎへ。向かった先は大分県に接する福岡県の小さな町だった(回想終了)。

かみげ、じょうもう? いいえ、こうげです

上毛町。かみげ、じょうもう、うえげ……。同じ県内なのに、福岡市内ですら町名をまともに呼んでもらえない、それが現在住んでいる「こうげまち」です。福岡の東端に位置する自治体で博多駅から特急で約1時間半。川を挟んで向こう岸は大分県です。
平野部と山間部から成り立つ内陸の町。人口7800人は、武道館の収容人数(14471人)の半分ちょっと。生まれも育ちも縁はありませんでした。
そんな小さな町にやって来たのは、短期間のwebライティング、編集という仕事が縁でした。2014年末から4カ月にわたり、上毛町で生活しながら取材を進めました。
ちず
住んでみると、ないものだらけでした。いまでも会う人に「こんな何もない場所になにしに来た?」と不思議がられるくらいです。
町内にはTSUTAYAも鉄道駅もない。あるのはコンビニが辛うじて2軒だけです(滞在先から徒歩1時間)。町内の人が自虐的に「何もない」と言うのも無理からんことでしょう。

都市化が進んでいない分、里山が残されていてトレイルランニングに最適。走っていると、隣の林からガサゴソという音が響いてきます。どうも、シカが併走している模様。シカやイノシシ、タヌキが道路をのんびり横断するのも日常です。
はじめは目撃するとテンションが上がりましたが、今となっては野生の隣人たちが車に引かれないかを心配するだけです。

土手をトテトテ歩くイノシシと目が合い、ドキリッ。2015年秋。
土手をトテトテ歩くイノシシと目が合い、ドキリッ。2015年秋。

余白がたっぷりとある町

何もない。と言い切ってしまえば、それでおしまいですが、裏を返せば、真っ白なキャンバスのように余白がいっぱいの町です。何かを描こうとするならば、伸び伸びと筆を走らせることができます。そんな気風があるからかなのか、いろんな町づくり団体が活動していました。その数30団体と人口の割に多く、環境保全から修験道を歩いたりと内容も様々です。そこに町外からやって来る人たちも加わり、町の彩りはさらに豊かに。

町内外を問わずに町づくりに携わる方々は個性派ぞろいです。報酬がお金ではなくて「もの」というプログラマー、コンペのためにモンゴルで遊牧生活を経験した建築士、自治体をいくつも巻き込んでのろしを上げていく「のろしリレー」を企画するおじさん。ロッククライミングと神楽をこよなく愛する木こり。DIYで薪割り機から家の改修まで手掛ける強者、などなど。
何かを成そうと動いている人や、既存の名称では名付けることのできない活動に触れられる。そうした出会いは、日々の中で一番の魅力でした。

個性派の1人、木こりのもりさん。2015年初冬。
個性派の1人、木こりのもりさん。2015年初冬。

学生の改修した築100年超の古民家が職場に

多くの出会いをもたらしてくれたのが、現在の職場であるミラノシカこと、田舎暮らし研究サロンでした。築100年超の古民家をスタッフと福岡各所の大学生が改修。町内外の人間が関わり誕生した、象徴的な施設です。
そもそもの発端も「山の上にコワーキングスペースが欲しい」という町外からやって来た人たちの声でした。発案したのは、webマガジンの製作チーム東京ナイロンガールズ女子的リアル離島暮らしを連載中の三谷さんもメンバーの1人です。行政の取り組む「お試し居住」で滞在していた際のアイデアです。

実は冒頭の写真左下にも写っている田舎暮らし研究サロン。2016年2月。
実は冒頭の写真左下にも写っている田舎暮らし研究サロン。2016年2月。

ひとつの出会いをきっかけに新しい動きが始まる。その動きに次なる人が加わっていく。そんな面白い循環が生まれていました。上毛町をいったん離れ、定期的に訪れて流れを観察するでもよかったのですが、身を投じてみたくなりました。なんだか分からないけど楽しそう。いま描かれているキャンバスの中で、自分がどんな色を出せるのか。どう変わっていくのか試したかったのです。かくして、4カ月のはずが、終了後も住み続けることに。そして地域おこし協力隊として、ミラノシカで働くことになったのです。無職透明からの脱出です。

先にスタッフとだけさらりと紹介しましたが、先輩スタッフは一癖も、二癖もあります。
元ニートで、不登校、フリーター、バックパッカー、東大卒、社会起業家、百姓見習い、愛妻家にして一児の父。形容する言葉をぱっと並べても、よく分かりません。次回は謎多きこの同僚を軸に、ミラノシカでの日々をつづります。