石で磨く壁。モロッコの伝統技法、タデラクト|ナチュラルビルディング×暮らし
こんにちは。妻と二人で世界の暮らしを巡る旅「Tramp Track」を続けている佐野達哉です。本連載では、各地にある自然素材の家づくりと、そこにある人々の暮らしをリポートしています。
連載のタイトルにある「ナチュラルビルディング」とは、その土地にある自然の材料を使い、できるだけ環境に負荷をかけない方法で家を建てること。第4回目は、ナチュラルビルディングの分野で注目の素材、タデラクトを紹介します。
ルーツはモロッコ。注目の素材・タデラクト
世界各地にあるナチュラルビルディングのお家を訪ねていると、ある材料が使われているのをよく見かけます。つるつるした質感、優しい色合い、有機的な形にも適した施工性。その特性から、自然建築をする人たちの間で注目されている素材がタデラクトです。
モロッコのマラケシュを中心に伝わる伝統左官技法・タデラクト。日本の一般的な漆喰と同じ消石灰が材料ですが、ここで使われる石灰は成分の違いから「耐水」「磨くとツヤが出る」という珍しい性質に加え、他の地域にある石灰より耐久性があります。また、消石灰に顔料を混ぜることで、さまざまな色を持たせることができます。そして、これらの特性を一切の化学薬品を使わずに発揮できるのが、タデラクトの優れた点なのです。
マラケシュの街で見かけたタデラクト
タデラクトは、その優しい色合いからリビングや寝室の内装に使われることが多いのですが、強度があるため外装にも使われますし、耐水性があるため水まわりにも採用されています。さらに、下地が平面でも曲面でも自由に塗ることができるので、まさに万能の仕上げ方法。注意してマラケシュの街を歩くと、さまざまな仕上がりのタデラクトを見つけることができます。
ツヤを出す秘密は「磨く、擦り込む」
タデラクトのもうひとつの特徴は、石で磨いて仕上げるというその独特な技法。左官コテで塗られた面を、手のひらサイズの石で何度も円を描くように擦ります。時間をかけて磨いていくと、少しずつ表面にツヤが出てきます。
「タデラクト(tadelakt)」とは、ベルベル語で「磨く、擦り込む」という意味。まさにこの工程が、タデラクトの要です。
丁寧に想いを込めて手間を掛けることの魅力
モロッコ国内では、高価なものとして捉えられてきたタデラクト。実際に、古くは宮殿や、貴族など富裕層の邸宅などに使われてきました。現在では、博物館などの観光施設やホテルなどで見られます。
しかし、現地で材料自体は安価に手に入ります。ただ、石で磨く作業にとても手間が掛かるため、タデラクトは高価な仕上げ方法となっています。
つまり、コストがかかるのは「材料費」ではなく「手間賃(施工費)」。
手間賃は、誰かにお願いしたら費用になるけれど、自分たちの手で仕上げるのであれば、時間は掛かるけど費用の心配はありません。できるだけ自分たちの手で家を建てるナチュラルビルディングに最適です。ナチュラルビルディングの分野でタデラクトが注目されているのは、これが大きな理由なのかもしれません。
手間がかかるということは、一方で、それだけ思い入れができるということ。何より自分で磨くことで、そこには想いがこもります。
筆者も現地で職人さんの指導のもと、数日間タデラクトの技法を学びました。もちろん、ある程度の経験と技術は必要ですが、石で磨く工程で必要なのは、テクニックよりも根気と集中力。実際、磨き続けていると腕が疲れて大変ですが、自分で磨いた面に少しずつツヤが出てくると、喜びもひとしおです。
「タデラクトの意味は、マッサージって訳すと一番しっくりするね」という職人さんの言葉が、胸に落ちました。
マッサージのように丁寧に想いを込めて手を動かす。そのプロセスも、タデラクトの新しい魅力だと感じました。
自然素材でありながら、耐水性・耐久性があり、自在な形に対応できる。そして、自分の手で作り出すことができるタデラクト。ナチュラルビルディングの視点から、新しい形で世界に広がっていったモロッコの伝統左官技術は、これからも本場で、そして世界各地で、見直され、受け継がれていくことでしょう。
(Photos=佐野達哉)
*筆者が妻と二人で続ける「Tramp Track 世界の暮らしをめぐる旅」では、世界各地の衣食住を紹介しています。