建設会社の未来。地域に開かれたコミュニティハブ「茅ヶ崎ストーリーマルシェ」の挑戦
神奈川県中南部の、いわゆる湘南エリアにある茅ヶ崎市。年間を通じて温暖な気候で、相模湾に面しているためサーフィンなども盛んだ。それに惹かれて市外から移り住む人が多く、オープンな地域性でも知られる。取材日はちょうど晴天。「空が広くて明るい!」が、茅ヶ崎駅を降りた第一印象だった。
その駅から海岸へまっすぐ伸びる道を歩いて15分ほどの場所に、2ヶ月に1回、第2土曜日に市が立つ。その名も「茅ヶ崎ストーリーマルシェ」という。
茅ヶ崎ストーリーマルシェがスタートしたのは2013年7月。18年5月で30回目を迎える。毎回、カレー、ピザ、おにぎりなどその場で食べられるフード類や、地元産の食材にこだわったピクルスや梅干しなどの保存食品、ハンドメイドのアクセサリーや生活雑貨等々、バラエティに富んだ約20店が軒を並べる。規模は決して大きくはないが、地域のイベントとしておなじみの存在だ。
主催するのは松尾建設株式会社。茅ヶ崎で三代続く建設会社だという。その会社がなぜ「マルシェ」を運営しているのか?代表取締役である青木隆一さんにお話をうかがった。
茅ヶ崎で三代続く建設会社がマルシェを始めた理由
——松尾建設さんは、ずっと茅ヶ崎なんですか?
青木:はい。もとは祖父が始めた造園業がルーツの会社です。今の場所からは少し西の松尾という地区にあったので、屋号が「松尾」なんです。建築業にシフトしたのは親父の代から。僕の代で、自然素材にこだわった注文住宅を手がけるようになりました。
注文住宅を始めたのは約10年前ですね。仮に1年間のお客様が10世帯くらいだとすると、それが積み重なって100世帯以上になっています。最初のお客様とは直接的に親しくお付き合いができるけれど、今後さらに増えていったとき、一軒一軒とじっくり関わることが難しくなり、せいぜい通り一遍の定期点検くらいのお付き合いになってしまいます。だから代わりにみなさんで集まれる場所を作りたいという思いがありました。
湘南・茅ヶ崎で自然素材をふんだんに取り入れた体に優しい家づくりを手がける松尾建設株式会社
そのために当初開いていたのが「オーナー会」です。オーナーさん、つまり当社で家を建ててくださったお客様たちに声を掛けて、会社の敷地である駐車場でバーベキューや餃子の持ち寄りパーティをしていたんです。何回か繰り返すうちに、近所の人から「おたくの会社、面白そうなことやってるね」などと声をかけていただくことが増えて、「ここに地域の人も巻き込んだら結構面白いものになるんじゃないか」と考えるようになりました。
ちょうど同じタイミングで、奈良の工務店さんが主催しているマルシェを見学させてもらう機会があったんです。もちろん奈良と茅ヶ崎では文化的な土壌も人も違うから、そのまま茅ヶ崎で通用するものにはならないので、自分たちなりのスタイルにアレンジして2013年にマルシェをスタートさせました。
——お客様の集まりとして始めた場に地域も巻き込むことに、難しさはありませんでしたか?
青木:もとのオーナー会でも、オーナーさんの友達など当社と直接関わりのない人たちにも来ていただいていましたし、結構楽しい会になっていたんです。それならいっそ狭いコミュニティで終始せず、どんどん開いていったほうが楽しめるんじゃないかなと思いました。元来が地域に根ざした会社ですから、自然な流れだったかもしれません。
——楽しめることが第一目的? 失礼ながら、お仕事にするとか、収益を上げるといったことはお考えになりませんでしたか。
青木:あまり考えていません。マルシェでの出店者の売り上げはあくまで出店者のものです。多少の出店費はいただきますが、それはほぼすべて集客のために使っています。僕らの人件費をそこからいただくこともない(笑)。好きなことをやって楽しませてもらっているので、それでいいと思っています。
マルシェでは、本業の営業的なことも一切していません。マルシェを通してうちがどういうことをやっている会社か徐々に浸透して、家のことを相談したいという人が来てくれることはありますが、あくまで副次的なもの。「営業目的」と伝わっちゃったらつまらないし、本業の集客目的のイベントとして、すでにオープニングハウスや勉強会を開催していますし。それとこれとは完全に区切っています。
——出店者の選定はされていますか?
青木:堅苦しいものはないんですが、最初から「絶対曲げないでいこう」と決めた条件が、「ちゃんとしたストーリーやこだわりがあって、茅ヶ崎が好きなこと」。何か人との繋がりのストーリーや、今その人がその商品を売ろうと思った理由や、なぜその仕事を始めたのかでもいい。とにかく出店者それぞれが、僕らやお客様に伝わるストーリーを持っていることですね。あとは人好きであれば。条件らしいものといえばそれくらいですね。
主催者である僕ら松尾建設の家づくりも「お客様それぞれのストーリーを大切にしたい」という思いがあります。そこにリンクさせたコンセプトなので、最初から大切にしています。
——マルシェを続けてきて、地域が変わったと思うことはありますか?
青木:地域の方が楽しめるイベントが数少ない地域だったので、二か月に一度ではありますが、このマルシェを楽しみに待ってくれている方が増えてきたように感じます。
出店者の方たちがはばたくきっかけにもなっているかな、とも僭越ながら思います。たとえば、いいものを作っていて知る人ぞ知る存在だった出店者さんがいらっしゃって、僕らはあえてこだわりがあって宣伝していないのかなと思っていたら、実はやり方がわからなかっただけだったそうなんです。そういった方がほかの出店者さんと交流していく中でノウハウを学んだり、別のイベントに出店できるパイプが生まれたり、茅ヶ崎以外の地域の出店者が茅ケ崎での知名度を上げる場としても、マルシェが機能するようになっています。お客様同士のつながりもできているようですね。
——会社や青木さんになにか影響はありましたか?
青木:お見かけしたことはあっても挨拶やお話ししたこともない方と、このマルシェを通じて話せるようになりました。会社自体やスタッフの人柄も、地域に知ってもらえるようになったと感じます。ずっと地域に根ざしてやってきた僕らにとって、これほど嬉しいことはありません。
家を建てて以降の人生にも寄り添う建設会社でありたい
——先ほど、本業でも「ストーリー」を大切にしているとおっしゃっていたのが印象的でした。具体的にどんなことですか?
青木:一生のパートナーとして、オーナー様の人生によりそう建設会社でありたい、ということでしょうか。そのためにこそ、気の合う人と好きなことをしたいと思っています。利益だけ考えれば、「高価格の家を建ててくれるかどうか」「すぐ契約してくれるかどうか」で線引きすることになるんでしょうけれど、それだけでは長くお付き合いするのは難しいと思うんです。生意気に聞こえるかもしれませんが。
こちらであらかじめお客様を選別することはありませんよ、失礼になってしまいますから。でも、お話ししてみるとお互いなんとなくわかりますよね。「合わないかな」という依頼は自然と立ち消えになります。
お客様それぞれのストーリーを大切にした家を作るために、ファイナンスから将来設計までかなり深くお話をうかがうことになります。そのために、お客様が率直に要望や不満を言えるし、こちらも「これはできる、できない」とはっきりお伝えできる関係のパートナーになりたいんです。
家づくりを考えるお客様に向けた青木代表のメッセージ動画
——人生に寄り添うような。
青木:そうですね。迷惑かもしれませんが(笑)。
最初に自然素材にこだわった注文住宅をてがけている、とお話ししましたが、今はどこもやっていることなので、差別化の意味でも、お客様との付き合い方は色々考えています。
——確かに建設以外の分野も手がけていらっしゃいます。マルシェもそうですが、雑貨店(※)まで。※korb(コルプ)という生活雑貨店が、事務所に隣接しています
青木:一見、建築とはかけ離れて見えますが、どれもお客様と長くお付き合いしていきたいという思いから始めたものなんです。雑貨店は、新居にあわせて、あるいはライフステージの変化に応じて、家具や食器について気軽にご相談いただける場所。日常的にも、ネジが取れたとか、扉の立て付けが悪くなったとか、そういったことも相談していただきたいと思っています。マルシェも、先ほどお話しした通り「お客様と直接顔を合わせて交流できる場所」のひとつなんです。
事務所も、ぱっと見でなんのオフィスかわからないようにしています。いわゆる「土建屋さん」っぽい感じだと、一般の方は入りづらいじゃないですか。
——確かに、カフェか美容室みたいなおしゃれなたたずまいです。
青木:たまに間違えて入ってくる方もいます(笑)。雑貨店があることでさらに気軽に立ち寄ってもらえて、隣のオフィスには僕らがいるので直に言いたいことが言える。そういう場でありたいんです。
——「茅ヶ崎ストーリーマルシェ」という地域に開かれた場を自らつくり、会社自体も地域に向けて開かれている。松尾建設さんのようなスタイルは、日々の暮らしに直接携わる企業のこれからあるべきひとつの姿ですね。
新しいことを始める人を応援する「トライアルキッチン」
——マルシェでは「トライアルキッチン」という新しい試みもスタートしましたね。こちらについても教えてください。
青木:YADOKARIさんが日本橋の「BETTARA STAND」で使っているのと同じモバイルキッチントレーラーを活用した施設で、ついこの間完成したばかりです。YADOKARIにはマルシェのプロデュースにもご協力いただいていますが、せっかくならもっとがっつり関わってもらって、YADOKARIと当社が組む意味のあることをして地域を盛り上げようと「トライアルキッチン」にたどり着きました。
トライアルキッチンの目的は、「なにかを始める人の応援」です。「応援」というと生意気かもしれませんが、たとえば、これから飲食店を始めたいけれど、集客の仕方もわからないし、そもそも自分がつくるものが世の中に認められるのかもわからない、と思っている人はたくさんいます。そういう方たちがお試し体験できる施設にしたいんです。
——そのアイデアを思いついたきっかけはなんだったのでしょう。
青木:家づくりを通して、何組ものご家族と関わってきた経験が根底にあります。ご主人でも奥様でも、料理や裁縫、工芸などがプロ級の腕前という方が何人もいらっしゃったんです。みなさんお店をやりたいのは山々だけど、家庭のことや子育ても忙しいし、自分の腕が実際に通用するのかも確信がない。なにより店舗を構えるためには数百万、数千万の借金を抱えてのスタートとなるから、二の足を踏んでしまうんですよね。そういう人たちが、まず自分のつくるものが十分世間に受け入れられるクオリティであると自信を持てる機会を設けたかったんです。そういう体験が、お店を持つステップになるんじゃないかとも思うので。
あとは、雑貨作りや料理などのワークショップも組み込んでいきたいですね。当社のオーナーさんや雑貨店のお客様のスキルを活かして講師になっていただくことも考えています。
——トライアルキッチンからさらに広がりがありそう。楽しみですね。
青木:具体的な方向性はこれから詰めていく必要がありますが、すごくすてきな場になると思いますよ(笑)。先日のマルシェ(第28回)でお披露目したばかりですが、本当に面白かったです。とにかく、何かを始めたい人の背中を押す場にしていきたいですね。
マルシェを通して茅ヶ崎の魅力を伝えたい
——マルシェやトライアルキッチンを、地域活性化につなげたいというお考えもありますか?
青木:それはあります。茅ヶ崎って結構外からやってくる方が多いんです。そんな方がマルシェを見て「茅ヶ崎っていいところだね」と思い、それがきっかけで茅ヶ崎に住みたいと思ってくれたら、茅ヶ崎を拠点にしている建設会社としてはうれしい限りです。
ただ、規模を大きくすると、自分たちがやりたいことだけでは済まなくなるじゃないですか。そこまでせずに、あくまで自分たちがいいと思うことに、それに共感する人たちと取り組んでいきたいと思います。
——マルシェについて今後の展望を教えていただけますか?
青木:今は奇数月に1回開催しているマルシェを、月1回開催にしたいと思っています。今、出店希望がかなり多くて、その要望に応えていると特定のお店に定期的に出店していただくのは難しいし、新規出店の順番もなかなかまわってこないので、お待たせしている状況なんですね。だから開催日を増やすことで、少しでも多くの方に出店の機会を提供したいんです。開催日が増える分、地域の人にも運営に参加してもらいたいとも思っています。そうすることで、本当の意味で地域の声を活かしたマルシェ運営をしていきたいですね。
——これからの理想の暮らし、これからローカルコミュニティが大事にしていくべきことはなんだとお考えですか。
青木:みんなが自分の住む地域や人をよく知り、身近な人々から協力しあえる関係性を築けることが理想です。
茅ヶ崎は市外や県外から移住される方も多いですが、そんな方々と地元が交わり、たくさんの情報を集めながら、仲良く楽しく、しかも自分らしく暮らせる、そんな街が最高だと思います。
「茅ヶ崎ストーリーマルシェ」は、出店者、来場者、そしてコミュニティをつなげ、地元の人がこれまで知らなかった地元の魅力を知り、地域外の人に茅ヶ崎の魅力を伝える役割を果たしている。さらにこれから、新しいことを始めたい人の背中を押してくれる「トライアルキッチン」という取り組みも始まる。
まさにそこは、青木さんが理想とする暮らしを実現するためのコミュニティハブだ。それを「自分たちが楽しいから続けている」と明快に言い切り、自ら行動する青木さんの姿に、ローカルの暮らしやこれからの企業のあり方を考える上で大切なものが示されていると感じた。
そろそろ春も到来、奇数月の第二土曜日は「茅ヶ崎ストーリーマルシェ」へ出かけよう。茅ヶ崎の青い空と潮の香り、笑顔の絶えない青木さん、アットホームな茅ヶ崎の皆さんが出迎えてくれることだろう。
▼ 「茅ヶ崎ストーリーマルシェ」 スライドショーをお楽しみ下さい