樽石暮らしを楽しむ〈兄夫婦のパン屋編〉

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「樽石暮らしを楽しむ」第3話は、樽石から少しだけ足をのばして、反町夫妻の兄夫婦が営むパン屋さんへ。木々の緑が芽吹きはじめたうららかな春の日に、早朝からその仕事場にお邪魔させてもらいました。自然豊かな場所にある、とてもゆったりとしたパン屋さんに。

田舎にあるパン屋さん

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兄夫婦の営むパン屋さん「nouka(ノウカ)」があるのは、樽石地区から車で数分の碁点という地域。江戸時代初期より、山形に舟運による富をもたらした最上川の左岸にある、豊かな自然に囲まれたところです。

人口は230名。樽石地区に比べれば2倍ほどありますが、ちょっとお隣に行けば、そこはもう過疎地域だったりと、一般的には田舎に分類されている地域でもあります。なかなか新規店舗の参入などはなく、それゆえ開店から4年経ったこちらのパン屋も、地域的には新店という認識が強いようです。

ほんとうの話、ご近所さんのはずなのに未だに何屋なのか分からずにいる隣人もいますが、それは決して興味がないからではなく、朝起きてから仕事をして寝るまでの、日々の生活の一連の流れができているから。「そのうぢいがんなねな(そのうち行ってみよう)」と思いながらも、まだお邪魔できてないだけのようでした。地域的には農業就業者・高齢者の割合が多く、田畑の対応に明け暮れながらの生活なので、そういったこともしょうがないのでしょう。

左:佐藤喬一さん、右:佐藤郁実さん
左:佐藤喬一さん、右:佐藤郁実さん

オーナーである佐藤さんご夫妻。奥様の郁実さんがパンをつくり、旦那様である喬一さんは家業をこなす傍らパンの販売を担当。最近では村山市地域おこし協力隊の千田ちゃんもメンバーに加わり、三人四脚で店を切り盛りされています。

お店を開店する前は同地域内にあるホテルに勤めていた郁実さん。サービス業から製造業へという転身で独立を図り、この碁点にお店を構えました。

どこでお店をやるかということよりもお店をやりたいという想いが強く、もっと街中のテナントもあったのでしょうが、いつの間にか現在の場所で開店する運びになったそうです。

確かに人口の多い地域ではないですが、パンの味が次第に評判となり、今では車で一時間ほどかけても頻繁に来店してくれるお客様も少なくないということでした。

できるだけ自家製の、やさしいパンづくり

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午前4時30分。空がまだ仄暗い早朝に、郁実さんのパンづくりははじまります。
生地のあたためから成形と二次発酵、そしてオーブンへ。お店のオーブンはとても小さく、一度に大量に焼くことはできません。だからお店に並べるパンの種類と同じ回数、作業をひとりで休むことなく繰り返し、すべてのパンが焼き上がるのはたいていお昼すぎ。自身で綴ったレシピを確認しながらひとつひとつ丁寧に焼き上げるパンは早朝の空腹感もあり、僕の目にどれも、とてつもなくおいしそうに映りました。

聞けばパンを膨らませるのに不可欠な酵母も、果物や穀物など、さまざまな自然の食物から手作業で起こされているとのこと。その時に見せていただいた桑の実の酵母は、ベリー系の香りを辺りに漂わせながらガラス製の容器の中でシュワシュワと元気に発酵を続けていました。
酵母を大切に育てているから、きっと焼き上げるパンもおいしいのだろうと素直に感じてしまいました。

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小さな地域の中で

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郁実さんがお店について、おもしろいことを話していました。「このお店はパン屋ではあるけど、私自身としてはそれ以前に人が集まれる場所という気持ちがあります」。
取材中も高齢の婆ちゃんがパンを買いに来て他のお客さんとの世間話に花が咲いたり(ハード系のパンを買っていった)、また別のお客さんがママチャリに乗って蓮の花の球根を届けてくれたり。ここに来れば誰かと会うし、地域で何が起きているかも知ることができる。

昔は街角にあるタバコ屋や日用品店が小規模地域の交流の場という役目を担っていたのでしょうが、時とともにそれらが少なくなってきた今、人口の少ない地域にこういったお店は、とても必要とされているのでしょう。

将来的にお店をどうしていきたいかという話になると、場所はどこがいいかなど明確なものはないけれど、もう少し広いところに移ることができればということでした。もうちょっと人が集まれたり、もちろんもっとパンを焼けるように。

地域が小さいなら小さいからこそ、域内の住人同士の距離を縮めるって大切なこと。その繋がりの輪の中にこのパン屋さんはあり、そして、そうであって欲しいと地域からも望まれているようです。

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ここ数ヶ月の間、碁点、また樽石という地域へ(おおきくまとめると村山という地域になるのですが)通っていますが、お会いする人達との話を通して思うのは、みんなそれぞれ自分らしく、やれることをやれる範囲でやりながら、日々の暮らしをおおいに楽しんでらっしゃるということ。

傍から見れば地域興しに頑張っているように見えなくもないのですが、当の本人たちはまったく気負いがないような。「あれもこれもしなければならない」ではなく「あれもこれも楽しみたい」。そんな具合で、一度しかない人生を楽しまなければ損ですよって、とても自然体で伝えてくれているような気がしてなりません。

農業の話その①

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一方、樽石の舞ちゃんたち(前回の記事参照)は、村一番の米農家である勇さんのところで、爺ちゃん婆ちゃんたちに混ざっての稲床つくりをしていました。

毎年4月は農業初めの季節。まるで花咲か爺さんであるかのように、みなで種もみを撒いています。今の時代は機械を使っての種まきが主流なのですが、ここ樽石では昔ながらの手作業での種まきをしているのにはいささか驚きました。
農夫の爺ちゃんによれば、このように手塩にかけた稲床が育ち、収穫の時を迎える様子は何年経っても楽しいらしいです。土に触りながらの仕事、僕も実際にやらせてもらいましたが、中腰で続く作業に半日でぐったり。しかし、それはそれはとても楽しい時間でした。

「農家の仕事は、一日に詰め込んでできるもんではないから」。天気と相談し、気温と相談し、少しずつ慎重に、そしていくらか大雑把に展開される樽石の農業。その模様に何を感じ、何を見ることができるのでしょうか。それはこれから収穫の時にいたるまで写真と記事でお伝えしていければいいなぁと思います。

この記事を公開する頃には、稲床で育った苗を水を張った田んぼで植える作業がはじまる頃でしょう。それも追々紹介させていただければ幸いです。
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