インタビュー・対談

【インタビュー】点でなく線で考える移住のススメ。信州・松本のブックカフェ栞日(しおりび)菊地さんの新たな取り組み

信州の松本駅から徒歩10分ほど。
緑が生い茂ったあがたの森公園までまっすぐ伸びるこの道は、人通りが多くにぎやかだ。
個人で店をかまえる方も多く、歩いていて楽しい気分になる。
ゆっくりと街を見渡しながら歩くのにちょうどよい距離にある「栞日(しおりび)」は2013年に菊地徹(きくちとおる)さんが始めたリトルプレスやZINE(自費出版されている出版物)を取り扱うブックカフェだ。

以前、YADOKARIでは菊地さんを取材して、自分の暮らしたい街である松本市に拠点を構えた経緯、主催イベントである「ALPS BOOK CAMP」についてお伝えした。

その菊地さんは、2016年7月に栞日の店舗移転、そして中長期滞在施設「栞日INN」の経営をはじめた。

移住者である菊地さんがINN(小さな宿)を始めたのは、同じく松本への移住を希望する人の役に立ちたいという想いがあったのだという。

移住者ならではの視点で活動の領域を広げる菊地さんに、今回は「栞日」の新しい試みや、惚れ込んだ土地の文化との関わり方についてお話をうかがった。

菊地さんは店内に足を踏み入れるお客さんひとりひとりに軽やかな口調で話しかける。
入った瞬間に「あ、また来たい」と思わせるフレンドリーさだ。

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じっくりその地域を知るための「中長期滞在」

「栞日」はブックカフェでありながら毎週1組限定の宿泊を受け入れる「栞日INN」を併設している。このユニークな試みは、どのような経緯で生まれたのだろうか。

毎週1組限定で宿泊できる「栞日INN」。2階はキッチン・ダイニング、3階は作業スペース、4階は寝室と階数ごとコンパクトにまとまっている。

「松本に移住したい人って多いんです。栞日を構えてから、お客さんに『移住したいんですけど、何かいい物件ありませんか?』って聞かれることが増えたんですよね。『いやいや、うちは不動産屋じゃないぞ!』と思いながらもその時、一回二回日帰り旅行で訪れただけじゃ松本のことはわからないと思ったんです」

学生時代、栃木県・黒磯にある「CAFÉ SHOZO」に惚れ込み、大学のあるつくばから毎月のように通ったという菊地さん。初めはカフェを目的に黒磯に訪れていたが、回数を重ねるにつれて周辺の店に足を運んだり、いつも走らない道を通ったり。街の点と点が線としてつながっていく実感があったという。

備品である食器類は松本市内で販売されている工芸品。「栞日INN」には生活の中で松本の文化に触れられる小さな工夫も散りばめられている。

「同じ場所で一週間なり、一ヶ月なり過ごすことでその土地の風景をみて、天気を肌で感じていく。そうすると本当にこの街で自分が暮らしたいのか考えることができると思ったんです。僕に相談してきてくれる人って多分ビジネスホテルに泊まりながら中長期滞在することは望まないんですよね。もっと街のコミュニティーと関わりながら街を知りたいんだろうなって思いました」

菊地さんの元に相談に来る人々は、松本への訪問を重ねることで移住を考え、「旅」から「日常」を求めるようになる。松本で生活していくというリアリティを感じるためには、メディアが伝える松本の魅力ではなく、移住を考える人々が日常に溶け込み、実際に肌で感じることが必要だと菊地さんは言う。

実はブックカフェ栞日として物件を借りる際に、既に「この物件は宿をやったら面白そうだ」と、宿泊施設としての可能性を感じていたそうだ。

「『栞日INN』の利用は、今のところクラウドファンディングで支援してくださった方が多い印象です。まずは三年間、このスタイルでやってみようかなと思っています」

活版印刷機との出会い、移転のタイミング

1階は喫茶スペースと展示。2階にはギャラリーと本棚が並ぶ。

1年前に以前の店舗から5軒先、2階建ての物件へと移転した栞日。以前の4階建ての店舗と比べるとワンフロアがとても広くなっている。移転はいつから考えていたのだろうか。

「移転については、創業店の店舗が手狭になってしまったということもひとつあるのですが、東京の東向島からこの子(活版印刷機を指さして)がやってきたことがきっかけです(笑)。東向島は地場産業で活版印刷が盛んな地域。元々、車庫を改装してご夫婦で小さくやられていた印刷所にいた活版印刷機なんですよ。機械を動かしていたご主人が亡くなってしまったことで、動かせる人がいなくなってしまったんです。ただ、とても丁寧にメンテナンスなさっていたそうで、電源をいれたらすぐに使うことのできる状態。奥様も鉄くずにしてしまうのは忍びないし誰か使える人がいたらということで友達伝いにお話をいただいたんですよね。」

店内に入ってすぐ左に鎮座するのは黒々と迫力のある活版印刷機。

取り扱う出版物で活版印刷が多く用いられていたこともあり、友達からの声がけ以前に活版印刷機に興味があったという。

「実際に現場にこの機械を見に行ったら打ちのめされちゃったんです(笑)。もしこの機械が松本で現役で動いていたらかっこいいなって思って。」

「場所はなんとかします!」と二つ返事で活版印刷機を引き取ることになった菊地さん。物件はどのように探したのだろうか。

「元々は街の電気屋さんだった建物で、最初の店舗と同じ地主さんに紹介してもらったんです。『借り手が見つからなかったら潰して駐車場にしようと思っている』という物件だったのですが、内見してみたらこれは駐車場にするにはもったいないってくらい素敵な物件でした(笑)」

長野県諏訪市を拠点に活動するユニットmedicala(メヂカラ)が内装を手がけた。

編集者になること

菊地さんが主催する「ALPS BOOK CAMP」は長野県大町市の木崎湖で開催される。

栞日の移転と共に、松本市への移住を考える人々に向けて「栞日INN」の運営を始めた菊地さん。
開業した2013年当時から「松本市を発信するリトルプレスがないこと」にもどかしさを感じていたそう。

「例えば長野市だったらナノグラフィカがつくっている『街並み』という写真集仕立てのリトルプレス、南信州だったら伊那市のCAMPがつくっている『CAMP』という伊那谷のカルチャーを発信するリトルプレスがあります。だけど松本市には存在しなくて、さらにいうと長野県を包括的に発信しているリトルプレスもないんです。」

新しく活版印刷機を迎え入れ制作した、上田「haluta」のショップカード。

「僕はデザイナーでもないし文章は人並み。どうしたらオリジナルのリトルプレスが作れるのかなってずっと考えていたんですけど、最近なんとなく自分の立ち位置は「編集」だなって思うようになったんです。栞日のオーナーではあるけど、菊地徹個人としてはエディターになりたいんです」

「松本に訪れる方や現在住んでいる方ってクリエイター気質の方が多い印象があります。例えば栞日に訪れて、並んでいる出版物から情報発信の方法を感じ取ったお客さんが『情報を発信する立場になりたい』と思った時に僕が間に立てたらいいですよね。アイデアや作品を見せてもらったり、届けたい相手を教えてもらったりする中で表現方法の提案をし、『じゃあ栞日から発行しようか』と背中を押せたらいいなって思っています」

菊地さんは「松本で本屋をやるようになってから、『本』という視点で長野県や日本を見るようになりました。」と言う。

日本のクラシック界の祭典として名高い「セイジ・オザワ松本フェスティバル(旧・サイトウキネンフェスティバル)」や若者が中心となってポピュラーミュージックの祭典として開催されている「りんご音楽祭」、30年以上続くクラフトの祭典「クラフトフェアまつもと」など、街全体が文化の発展に力を入れている松本。菊地さんのフィールドである『本』を使って、伝えるべきコンテンツは豊富にある。

「僕にとって自分の店の経済がまわることは一番重要なことではありません。あくまでこの店があることで、店を訪れてくれる人や、その人たちが住んでいる街が楽しくなったら良いなと思っています。ひいては街だけじゃなくて、街を包括しているエリアとか県とか国が、僕の店があることでちょっとおもしろくなったら楽しいじゃんって思っている節があるんです。最初から自分の店で完結することをやるつもりじゃなかったんですよ」

松本で文化を生み出し、育てている菊地さんは、これからも人々に刺激を与える仕掛けを次々と生み出していくだろう。

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