女子的リアル離島暮らし

第19回:住みたい場所に住むということ|女子的リアル離島暮らし

三谷晶子プロフィールアイコン | 2015.4.7
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現在、私が住んでいる場所の最寄の海、諸鈍長浜。

現在、私が住んでいる場所の最寄の海、諸鈍長浜。

未来住まい方会議をご覧の皆様、こんにちは。小説家の三谷晶子です。
東京もあたたかくなってきたようですが、加計呂麻島はもう暑いぐらい。そろそろ、海に入ろうかと思う今日この頃です。
さて、今日は、私の「住みたい場所」の遍歴についてお話したいと思います。

振り返れば、住みたい場所などなかった


私は東京で生まれ育ち、今まで、東京以外の場所に住もうと思ったことはありませんでした。東京は日本で一番の都会。そこに生まれると、親の転勤などがない限り、東京で小中高大学と進学し、そのまま東京で仕事をするのが大多数なのではないでしょうか。そうなると、なかなか、ほかの場所へ住もうと思う機会はないものです。

先日、道端で出会った子犬二匹。あまりの可愛さに思わず寄り道。

先日、道端で出会った子犬二匹。あまりの可愛さに思わず寄り道。

実家が東京だと、家賃が高いこの場所でわざわざ一人暮らしをする意味もそうありません。私も、20代半ばまで実家に住んでいました。

祖母の介護がきっかけで始めた一人暮らし


私が一人暮らしを始めたのは祖母の介護がきっかけです。高齢になった祖母は、足を悪くし、雨戸の開け閉めや日常の買い物などが徐々にできなくなってきていました。しかし、祖母は先に他界した祖父と一緒に建てた家にできる限り長く住みたかったようで、施設に入ることは拒否していたのです。

親戚は皆、祖母と住むことはできない状態で、ヘルパーさんに週に何日か来て頂いていたのですが、毎朝雨戸を開けることまでヘルパーさんには頼めません。
そこで、私が近所に引っ越して、雨戸の開け閉めをし、ちょっとした買い物や用事などをすることになりました。

友人がお子さんとともに来てくれたときの写真。 祖母は青い海を見たことがあったのかな、とふと考えたり。

友人がお子さんとともに来てくれたときの写真。
祖母は青い海を見たことがあったのかな、とふと考えたり。

祖母はその時、91歳。いつ他界してもおかしくはない年齢です。こうして、一緒に過ごすことは最後かもしれない。そう思って、私はその役目を自分から志願しました。その後、祖母は体調を崩して入院し、数年後に他界。私が祖母と毎日のように過ごしたのは短い間でしたが、その時間を持てて本当によかったと思っています。

しかし、祖母の入院が決まった時、ふと思ったのです。

「私、何のためにここに引っ越してきたんだろう」

自分で選んだこと、納得したこと。それは間違いなくそのとおりです。

けれど、それは「祖母の近くにいたい」ということであって、「この場所に住みたい」ということでは私の場合、ありませんでした。
祖母が入院したことで、私はその場所に住んでいる意味を感じられなくなってしまったのです。

こちらは島の子どもたち。一緒に浜辺に流れ着いたごみを片付けているところ。

こちらは島の子どもたち。一緒に浜辺に流れ着いたごみを片付けているところ。

もちろん、当時住んでいる家の近くでできた友人や、行きつけのお店などもあり、今でもそこの方々との交流はあるのですが、その時のぽっかりと胸の底が抜けたような感覚をいまだに私はよく覚えています。

「この場所がいい」と思って住むこと


それから、第1回の記事でも書いたような成り行きを経て、私は今加計呂麻島に住んでいます。
最初は、1ヶ月程度滞在して、それからあとのことはその時に考えようという気持ちでした。
しかし、加計呂麻島がとても好きになり、移住して2年が過ぎています。

「この場所が好き」

仕事上でも、家の事情でもなく、ただ自分の気持ちだけで住む場所を選んだこと。
私にとって、それは、人生で始めての出来事でした。

友人が訪れたときに撮ってくれた一緒に遊んだ加計呂麻島在住の男の子の海の中の写真。 加工ゼロなのにこの美しさ!

友人が訪れたときに撮ってくれた一緒に遊んだ加計呂麻島在住の男の子の海の中の写真。
加工ゼロなのにこの美しさ!

「離島暮らしって羨ましい」「離島暮らしって不便じゃないの?」

「今、加計呂麻島に住んでいます」と言うと、大抵の方から言われるのがこの言葉で、この全く違う意味のように聞こえる言葉は実は同じ側面を持っているのではないかと思います。

それは、「羨ましいけど(仕事や家などの事情で)住めない」、
「不便そうだから(仕事や家などの事情で)住めない」ということ。

きっと、加計呂麻島に来るより前の私だったら、同じことを思っていたでしょう。

島に住んだことと、ネットのおかげでご縁ができた『季刊ritokei』。 先日の春号にちらりと登場させていただきました。

島に住んだことと、ネットのおかげでご縁ができた『季刊ritokei』。
先日の春号にちらりと登場させていただきました。

インターネットインフラが整って、遠い場所にいながらも仕事ができるようになった。
家族の事情で東京にいなければいない理由がなくなった。
そして、加計呂麻島に来てたまたま借りる家が見つかった。
私が今ここに住んでいるのは、タイミングがよく人に恵まれたからです。

けれど、「住み続けている」のは自分の選択で、それはただ「この場所が好き」だからだと思います。

何もしなくても、許されている状態


遊びに来てくれた友人が晴れた日、外で寝転びながらこう言いました。

「なんか、何もしなくてもここにいるだけで楽しいね」

「ここにいるだけで嬉しい」「ここにいるだけで楽しい」

それはきっと何もしなくても全てから許されている状態です。

本来、人間は「何もしなくても許されている」ものだと私は思うのですが、そのことを真に感じたのは、加計呂麻島に来てからのような気がします。

ありとあらゆる青のグラデーションが海と空にある場所です。

生きていると、時に思いもよらない何かがやってきたりもします。けれど、「今、自分がここにいること」が既に幸せなら、やってくる何かに対する恐れや不安はそのうち流れ去るものだと思えるのではないでしょうか。

散歩帰りに海に足をつけて。もう既に水温も温かです。

「住んでるところを自信持っていいところだって言えるって幸せだよね」
「なぁ、本当に幸せだよ」
これは、加計呂麻島に長く住むIターンの方との会話。

自分自身で「住む場所」を選ぶことがもたらした予想外の幸福は、毎日外に出て海を眺め「綺麗だな」と思うときに、色濃く鮮やかに眼前にあります。

写真協力/Aya Kozasa

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三谷晶子プロフィールアイコン

Writer 三谷晶子

作家、ILAND identityプロデューサー。東京都出身。女性誌のライターを経て『ろくでなし6TEEN』(小学館)にて小説家デビュー。2012年、二作目『腹黒い11人の女』(yours-store)刊行。2012年、福岡県上毛町にて上毛町ワーキングステイに参加。そこから派生した短編小説集『こうげ帖』を展覧会『My home town わたしのマチオモイ帖』に出展。2013年、奄美群島加計呂麻島に移住。第30回国民文化祭かごしま2015・県民自主提案事業『海の上に浮かぶ森のような島は』にて加計呂麻島を舞台にした短編小説を執筆。小説・コラムの執筆活動をしつつ、2015年「加計呂麻島の文化的価値を発信する」ことをテーマとしたアパレルブランド、ILAND identityを開始。

FB:akiko.mitani.5
TW:@akikomitani
HP:Akiko Mitani Ameba Ownd

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