女子的リアル離島暮らし

第10回:加計呂麻島の子どもたち|女子的リアル離島暮らし

三谷晶子プロフィールアイコン | 2014.5.2
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YADOKARIをご覧の皆様、こんにちは。小説家の三谷晶子です。 この連載も第10回を迎えました。今回は、加計呂麻島に住む子どもたちのことについてお話をしようと思います。

先日、海開きをした奄美諸島。晴れた日はどこまでも青い海が開けます。

加計呂麻島はつい先日、海開き。晴れた日はどこまでも青い海が開けます。

入学も卒業も集落全体で祝う


3月、4月と年度末と年度初めは卒業・入学シーズン。 加計呂麻島には小学校と中学校しかなく、中学を卒業する子どもが高校に行くには、自動的に奄美大島か、そのほかの土地の学校に進学します。また、転勤をする先生方は3月末に島を去ります。

その日、港にはさまざまな人々が集まります。生徒や先生が校歌を歌い、段幕を掲げ、テープを渡して去りゆく先生を見送るんです。

船から見た見送る人々。風になびき次第にちぎれていくテープ。

船から見た見送る人々。風になびき次第にちぎれていくテープ。

手を振り、海へ消えていく船影を瞳で追いかける人々。年度末に別れは付き物ですが、離島という立地上、その別れはより鮮明に可視化されます。

過疎化と高齢化を肌で実感したひと言


そして、4月最初の入学式。加計呂麻島は超高齢化が進み、若者の人口は減るばかり。私のいる集落、諸鈍の小中学校の入学生は今年は小学校3名、中学校1名。これでも、加計呂麻島内では多いほうです。

島の小中学校の入学式。保護者はもちろん、ご近所の方もたくさんいらっしゃいます。

島の小中学校の入学式。保護者はもちろん、ご近所の方もたくさんいらっしゃいます。

島の卒業式、入学式では、当日、集落内に「本日は諸鈍小中学校の入学式です。地域の方もぜひご参加ください」とアナウンスされます。

昨年、島に来て数ヶ月経ったばかりの頃。私はそのアナウンスを聞きつけて、ふらりと卒業式に参加しました。 そのあと、近所の雑貨店に寄ったらそこの奥様からこう言われたんです。

「卒業式に行ってくれたの? 嬉しい! 子どもたちが少ないから寂しいでしょ。私も行きたかったんだけど、母親の介護中だから行けなくて」

書類の数字の上だけではない、過疎化と高齢化の意味を実感したような一言でした。

「子どもは町の宝」が本当に実践されている場所


しかし、それでも島はとても子育てがしやすい場所なのではないかと思います。 私の家は小学校の真裏。時々、子どもたちが家まで学校だよりを届けてくれたりします。 また、集落の集まりに参加すると子どもたちが一緒に遊んでくれることも。

「あきこちゃん!」 と言って、駆け寄り抱きついてきてくれる子、似顔絵を描いてくれる子。

保育所の壁にチョークで私の似顔絵を書いてくれた子。

保育所の壁にチョークで自分と私に似顔絵を描いてくれました。

「この海岸には星砂が落ちているんだよ」 「海に入ったあとは、砂に足を埋めるとあったかくなるから」

そう言って、自分の住んでいる集落の浜について教えてくれる子。

海遊びをしたあとに私に足を乾いた砂に埋めて温めてくれる二人。

海遊びをしたあとに私に足を乾いた砂に埋めて温めてくれる二人。

その子の親御さんに会うと「遊んでくれてありがとう」と言われるけれど、遊んでもらっているのは私のほうだ、と私は思っています。

都会にいると、子どもと触れ合うことがない


東京にいる間、私はほとんど子どもと触れ合うことがありませんでした。 20代の頃は、まず子どもを産んでいる友人も親戚もいず、30歳を過ぎてちらほら親戚や友人の子どもと会う機会が出てきたぐらい。日常的に子どもと触れ合う機会はほぼゼロです。

そのような状態だと、「自分が子どもが好きなのか」がまずわからないものです。 特に20代の私は、「自分が子どもと過ごす」ことを全くリアルにイメージできませんでした。

家の近くの保育所は大きな木の下にあります。

家の近くの保育所は大きな木の下にあります。

わからないもの、イメージできないものに対して人は親近感を持つことはできないと思います。実際、東京にいる時、私は『子どもを産むこと』に対してどこかで恐怖心を抱いていたような気がします。

ちょっと都内に打ち合わせに行くだけでも、満員の電車に乗らなければならない。私の実家は東京ですが、同じ都内でも少し離れている場所なら、電車で1時間以上かかるのは当たり前。となると、そう簡単に預けることなどできない。 かと言って、東京で暮らすには自分も働かないとなかなか厳しい。

じゃあ、子どもはどうすればいい?

待機児童の問題をよく聞くけど、保育園に入れられる?

そもそも、子どもを持ちながら、働くことができるの?

子どもと触れ合うことはほぼないけれど、子どもに関する問題はよく聞く分、そんな風に考え込んでしまうことがあるような気がします。

浜辺にある無料休憩所には子ども用の浮き輪も置いてあります。

浜辺にある無料休憩所には子ども用の浮き輪も置いてあります。

しかし、島に来て、少なくとも「子どもと触れ合えることがない」という状態では私はなくなりました。

道端ですれ違う子どもたちと一緒にかくれんぼをしたり、桑の実を食べたり。

「あ、私、子ども好きなんだ。一緒に遊ぶの楽しいんだ」

私はそのことを島に来て初めて知ったような気がします。

去年、小学校に入学した子のお祝いの席。学校の先生はもちろん、島の方が入れ替わり立ち替わり訪れます。

去年、小学校に入学した子のお祝いの席。学校の先生はもちろん、島の方が入れ替わり立ち替わり訪れてお祝いをします。

第3回でも書いたように加計呂麻島は仕事も少なく、人に雇ってもらって都市部と同じ収入を稼ぐのはかなり難しい場所です。しかし、子どもの卒業や入学時には必ず集落を上げてお祝いをし、誰もが喜んでくれます。

地域の方がいつも身近にいて、誰もが声をかけてくれる。見知らぬ人などほとんどいないので、子ども同士で遊ばせているのも安心できる。 待機児童の問題も、子どもが少ない島ではありません。少なすぎて学校の統廃合が進んでしまう問題もありますが、保育園には入れないことはまずないでしょう。

そして、やっぱり、子どもを産むことや育てることを、島の誰もが祝福してくれるという所は何にも代え難いことだと私は思います。

加計呂麻島の民宿にあるWelcomeの看板。

加計呂麻島の民宿にあるWelcomeの看板。

寄せては返す波は、いつまで見ていても飽きません。

寄せては返す波は、いつまで見ていても飽きません。

私が住む加計呂麻島は鹿児島県大島郡瀬戸内町に属する島。瀬戸内町役場では空き家バンクや奄美・田舎暮らし支援センターなども開設し、移住者を募集しています。

住む場所を変えれば全てが解決するわけではありませんが、住む場所を変えることで、見えてくることがあるのも事実です。

今いる場所に「いなければならない」と思う必要はどこにもない。 「自分はどこにでも行ける」と思えることは、踏み出す勇気さえ持てば、いつも最高に楽しいことだと私は思います。

参考:かごしま暮らしネット瀬戸内町役場ホームページ 、 奄美・田舎暮らし支援センター

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三谷晶子プロフィールアイコン

Writer 三谷晶子

作家、ILAND identityプロデューサー。東京都出身。女性誌のライターを経て『ろくでなし6TEEN』(小学館)にて小説家デビュー。2012年、二作目『腹黒い11人の女』(yours-store)刊行。2012年、福岡県上毛町にて上毛町ワーキングステイに参加。そこから派生した短編小説集『こうげ帖』を展覧会『My home town わたしのマチオモイ帖』に出展。2013年、奄美群島加計呂麻島に移住。第30回国民文化祭かごしま2015・県民自主提案事業『海の上に浮かぶ森のような島は』にて加計呂麻島を舞台にした短編小説を執筆。小説・コラムの執筆活動をしつつ、2015年「加計呂麻島の文化的価値を発信する」ことをテーマとしたアパレルブランド、ILAND identityを開始。

FB:akiko.mitani.5
TW:@akikomitani
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